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ーー【傾国】第十二章 武人として・・・ーー


それぞれが思い思いの時間を過ごす今日この頃。
ちょうど葛葉たちが史厳へと人質としてつれて来られて半年、季節は秋口を越えて冬の足音が近づいていた。

慌しく走り回る女官や文官、尚のこと自己鍛錬に勤しむ武官。

城内を見回せばそんな者達で溢れているのに対しここはその城内の片隅、余り人気の無い開けた場所にて舞う影が二つと見る影一つ。

「せいっ! はっ!!」
「ふんっ!・・・・・・・ぜぃっやっ!」
片や男。一市民が着る素材で作られている白い厚手の上着に深紫の下穿きを穿き、その男のものであろう全身を覆う黒の羽織が折りたたまれて大きな木の根元に置かれている。

片や女。その男を模倣するかの如く白の厚手の上着を纏うが大きな胸をキツくサラシで巻きつけている辺り武侠のモノというのが窺える。
下に穿くのはこれまた同じ形だがこちらは紺色に染め上げたものを腰に穴を開けて使用しているようだ。

そう、尻尾があるのだ。

その女、人間にあらず。

互いの武器を避けては反撃し、受けては流す。
不規則に上がる剣戟の音はまだ日が昇る前、未だ夜の闇が支配しているころからこの広場の回りに数本の松明を焚いていたようだが何時からしているか分からないその演武は今まで明々としていた松明を悉く消し去っていく。
一本、また一本と自然と消え行く明かり。
やがて互いに距離を保っていたが一気に距離を詰めて互いの武器が火花を時折飛ばしながら鍔迫り合いに入った。

刃と刃がぶつかり合ったまま、時折火花を散らし数分が経つが未だに刃が離れない。

「ふっ、うぅ・・・・長海は流石に力が強いな。」
「ぐっ、うぅ・・・・奈々こそこの頃太刀筋の剣速が上がったんじゃないか?」
白む息と共に笑顔で賞賛しあう様はどうしてこんなにも暖かいのだろうか。
荒い息と共に珠のような汗が流れていく様はどうしてこんなにも心躍るのだろうか。

一体どれほど競っていたのか分からない。
やがて空が明るみ始めていく中で死という薄い壁一枚を隔てて見詰め合う二人であったがここでその男、長海が置いた羽織をすくっと拾い上げて声をかけるものが。

「長海ぃ! 奈々っ! 焔がもうそろそろ帰って来いってさ。」
「・・・・・わかったよ春。奈々、今日はコレまでだ。」
「・・・うん。わかった。」
互いの剣から力を抜き鞘に収める。
渋々ながら、といった様子で奈々は尻尾を不満げに振り回し傍観者、春のもとへ長海の横を保ちながら移動を開始する。






が。






「む? なんだ、入れ違いか・・・」
「っ!」
「・・・・」
「えっ!? ・・・う、うわぁ! 」
無言で獲物に手を掛ける長海と長海に比べて驚いてしまった分少々反応が遅くなった奈々。そして真後ろから影すら現さずに来た突然の来訪者が自分の真上から来たことに素っ頓狂な声を上げて後ろを見る春は驚きのあまり腰を抜かして尻餅をついてしまう。

「なんだ? そんなに驚くことは無いだろう。・・・ほら立てるか?」
自分が原因というのが分かっているような態度だが全身を黒い服で揃えて黒布の首輪をする彼女は「ふふっ。」と微笑むと前かがみになって春に向けて得物の【大刀(だいとう)】と呼ばれる片刃の大槍を地面に杷尖を立てて手を差し伸べる。

「あ、ありがとうございます・・・御影さん・・」
素直な春はいくら険悪な同盟相手側の者といえども丁寧に礼を述べる。
「いやいや、お構いなく。」という彼女、御影は困ったような顔で右手を春に向けて腰を折ってまで礼を言わんとする春を制して長海らへと向き直る。

「・・・鍛錬か?」
「まぁ、そんなところだよ。」
「ふん、随分と時期を読んだ様な登場だな?」
未だに剣の柄を握る二人であったが春とのやり取りで御影と分かってから殺気を幾分薄めてはいた。
目的を問う無表情の長海に対して嫌味を臆面も無くはっきりと顔と声に出す奈々は静かに各々の得物を抜いても干渉しないようにと二人の間の距離を徐々に開けていく。

「ふむ・・・なぁ、頼みがあるんだが?」
「・・・なんだ?」
「・・・相手をしろ、ということか?」
そんな二人を見比べるように見ていた長身の御影は顎に手を当てて少し目を閉じてすぐに長海らに視線を合わせる。

「話がはやくて助かる。・・・長海、と言ったね? 何時ぞやの約束があるから相手を・・・」
長海へ向かってゆったりとした動作で硬い石畳に硬い軍靴を響かせて歩み寄る様はまさに恐怖が歩いてやってくる、という言葉がとても似合う。

御影が二人のもとへ徐々に近づくにつれて心なしか本来の身長上に大きく見える。
紅い瞳が爛々と輝きその他の部分に影が差し、その影が尚のこと紅い瞳をより際立たせる。

流石は死霊騎士【デュラハン】なだけあり迫力が違う上に彼女自身の長身が尚のこと相手へ恐怖心を植えつけるのに一役買っていた。

やがて御影があと数歩で長海の目と鼻の先というと所に差し掛かる。

だが・・・

「だめだ! 長海と打ち合うのなら私としろっ!」
「奈々っ?!」
その死神の足音を前にしても長海の前に庇うように割って入りその死神の歩みを無理に止めるものがいた。

奈々だ。

「ほぅ・・・剣(つるぎ)に手も足も出せなかった姫君だね?・・・いいでしょう。相手をお願いします。」
「・・・では審判をしよう。」
「・・・負けん。絶対になっ!」
真紅に染まった瞳が乱入者を上から射殺さんとする視線で奈々を見抜くがそれに怯むどころか逆に睨み返すその闘志を垣間見た御影が関心し視線を温和なものに変えて手合わせを奈々に申し込んだ。
審判役を買って出た長海共々に広場の中ほどまで移動する三人はとても張り詰めた空気をまとっており宛ら・・・・







戦場の真っ只中のようだ。







「両者構え。」
「・・・」
「おい、構えろ。」
ぴたりと足を止めて対峙するように立つ両名は審判役の長海の指示を受け構える・・・はずが御影が一向に構えないことに痺れを切らして怒気を含んで刺々しく奈々が言うがそれですら涼しい顔で流す御影。

「おいっ! いい加減にかま・・・」
「・・・いつでもどうぞ? 戌姫(いき:奈々に対する汚名)ちゃん?」
「・・・っ゛!!!・・・奈々、参るっ!」
青筋が立て始めた奈々に対してやっと口を開いたかと思えば奈々にとって最も不名誉な仇名で挑発を行う御影は更に片手でおいでおいで、と言わんばかりに空き手を拱くがその顔は無表情である。
これにより怒りの沸点に達してしまった奈々が長海の合図を待たずして人狼の筋力にものを云わせた俊足で距離を一気に詰め寄り先制攻撃よろしく抜刀してあった長刀を袈裟切りに振り下ろす。



篝火を反射する彼ら武人の使っている武器は一切刃引きなどしていない。
模擬戦では無い通常の鍛錬は己が唯一の武器と共に行うのがこの当時は主流であった。



一撃必殺の速度を乗せた斬撃は吸い込まれるようにして御影の肩口に・・・







「・・・こんなものですか?」







・・・当たる前に御影の得物の上把によって阻まれ上にかち上げられてしまった。

「っぐぅ!・・・まだまだっ!」
「・・・」
奈々はその状態ですら重心をずらす事無く果敢に打ちにいく。
袈裟切り、逆袈裟、唐竹割り、水平斬り・・・
武術を知らぬ人の目では到底視認すら出来そうにない、当に人間離れした剣速を持ってしても御影の体には未だに届かない。

奈々にとって全ての攻撃に必殺の威力をのせて自身の最高速度の連携をしているというのに受け手である御影はというとふらりふらり、と風を受ける柳の木の枝のように意に介さない動きで避け続ける。
その動きは流すだけで、決して先ほどの初撃のように武器では一切受けていないので奈々はまさに武人としての格の違いを思い知らされて普通に打ち合うよりも数倍体力と精神力を鑢のように削られ、涼しい顔をしている御影への苛立ちとともに攻撃が当たらないことに焦りと疲労が見え始めた表情でいると不意に御影は語りだす。

「速さがあっていいですね。人間ではもう余程の武の功夫を持っている者でないと貴方の早さには追いつけないでしょう。しかし・・・まだまだです。」
御影は奈々の猛攻を流しながらまるで説教をするように語りだす。
奈々はそれを冷静に対応できるほど余裕が無く、あまりの相手の功夫の高さに焦りが出てきていたがそれを嘲笑うかのように奈々が大きく唐竹割りを繰り出そうとしたその刹那、きらりと光る何かが奈々の首元へ突きつけられていた。


そして時間が止まる。


「・・・なっ・・・」
「魔物としてはまだ遅い。敏省の親衛隊の中では貴方よりも早い太刀筋の蜥蜴女士【リザードマン】や火蜥蜴女士【サラマンダー】がいたが貴方の太刀はそれらには及ばない。」
太陽が昇り始めたにもかかわらず鳥の囀りなどは一切聞こえない。
あるのは殺気を篭めた切っ先を喉に宛がう【強者】と、為すすべなく身を凍らせる【弱者】のみ。

奈々の頬から滴る汗が雫となって顎から落ちる。
しかしすぐにそれは突きつけられている現実という名の大刀の刀刃によって汗すら二分割にされてしまった。

「そして・・・もし力では無く、速さを以てして私を倒したいのならばッ!」
喉もとの切っ先を引き寄せ左だけで持っていた大刀の後把を右手で持ち、左を添えるようにして刀盤を軽く握る。
さらにほとんど閉脚し直立といっていい構えだった先ほどと違い肩幅より大きく縦に足を構え、腰を落とし、右手を弓を絞るようにして力を溜めていき・・・



「私の剣速を超えて行きなさいッッ!!!」



刹那。

(あぁ・・・これが・・・格の違いか・・・・・・・・強いなぁ・・・・)
奈々の目に最後に映ったのは引き絞った御影の左手から何十枚もの刀刃という花弁が自分に向かって乱れ咲いている儚く散り行く凶刃の軌道であり、その速度に圧倒して関心し笑みを浮かべた刃先に写る自分の顔であった。

「・・・っ! 奈々っ、奈々ぁっ!!」
「おい、まさか・・・っ」
「・・・安心して、同盟相手を殺すようなことはしないわ。」
怒涛の乱舞が止み終わり数瞬。
音も無く膝から倒れ得物の『蒼い大太刀』がカランと持ち主の手を離れて冷たい石畳の上に転がると間髪いれずにその持ち主も全身から血を噴出して倒れこんだ。
その様子を見ていた春と長海は奈々に走りよりキズの応急手当をする。
長海が呼吸を確認すると春が安堵の溜息を落とした。

「はやく暖かい部屋に寝かせるといいわ。それと長海・・・」
「・・・なんだ?」
大怪我をさせた張本人である御影はというと態々春が遠くへと放り投げてしまった長海の羽織りを拾い上げ奈々の元へ歩みより膝を曲げて得物を置き、その手にしていた羽織を両手で優しく被せた。
その際、長海へ視線を移し未だ武人としての目をしたまま語りかける。

「長海は【剣】でなく何か【長器械】の持ち手独特の動き方をしていたが・・・なぜ得物を使ってやらないのだ? 奈々姫に対して随分と失礼じゃないか?」
「っ!・・・影から見てたのか?」
「ほとんど右手だけで持ち、左手は時折何か添えるような動作、一歩下がってからの回し斬り・・・どう見ても槍や棍の足運びとみるが?」
実は御影は長海たちが打ち合いをしている様を少し遠くからのぞいていたのだが、その際に長海の動きの不和を目敏く見つけ重心の位置を観察していた。

「・・・今はそれを使えない。ただそれだけは言っておく。」
「・・・そうか。ならば私は何も言わん。」
しかしその発言を以てしても長海はゆるぎない瞳で見つめ返すだけでありとうとう御影が先に折れた。

「では私はこれで失礼しよう。」
すくっ、と立ち上がった御影は得物を持ち振り返りただその言葉だけを残して城内へと静かに消えていったのだった・・・





例の演習場から暫く廊下を歩いていたがふと立ち止まる御影は実に楽しそうな顔をして振り返る。

「・・・ふふ、これからの成長が楽しみ・・・ん?」
独り言を言う御影が頬に妙な違和感を感じて手を当ててみるとその手には何時斬れたのか刀傷が横一文字を書いていた。

「・・・本当に楽しみだわ♪」
その傷を見て御影は更に笑顔を濃くした。

それは恋焦がれる乙女のようで。
柿の木の前で実が熟すのを待つ童のようで。

一介の武人が蕾の状態のその才を見出したかのようで。



再び前を向いた御影は日の出によってできた建物の影に吸い込まれるようにして廊下の奥の方へと消えていったのであった。



・・・・・・・・・

・・・・・

・・・

日が昇りきりもうすでに中天を越えたという頃。
いつもの見知った部屋の寝具に日が差すとその上で身じろぎする物体がある。
その物体は朝方長海の羽織っていた羽織りを毛布の代わりの如く扱い、とても至福そうな緩みきった顔で寝ているがよくよく見ると包帯だらけである。

そんな包帯の巻かれたものの所に傾いた日がこれでもかと降り注ぐ。

「・・・んぅ・・・ん・・・っ!?」
やがて日の光の暴力的な強さに耐え切れず眠っていた意識を徐々に回復させていくと自分が今何処にいるのか理解した奈々は急ぎ飛び起きたことによって毛布代わりの羽織りを床に落とすも気にかけず、上半身を捻って四方八方を見回すことで奈々がいままで横になっていた寝具が誰の物でここが何処かをすぐさま理解した。
普段奈々が見慣れた部屋の装飾品は一切無く質素倹約を体現したかのようなほとんど備え付けの家具しかない、しかしある意味見慣れた部屋。
そして何より、日が差し込んでいてほんのりと暖かくなった空気の中にある確かな残り香がその部屋の主を奈々の中で決定付ける。

「・・・長海の部屋か。」
その通り。
ここは長海の部屋である。
それが分かったところで安堵のため息を出す奈々がふと寝具の備え付けの椅子に何か紙が置かれているのに気付いてその紙を取り上げて読んでみると・・・

『怪我は焔に頼んで塞いでもらった。一先ず部屋の寝台で寝ておけ。   長海』

焔の部屋から一番近く、ほとんど人の通りも無いここ長海に宛がわれた部屋は数少ない術を使わなくても奈々たち魔物を匿うには最適な部屋だったので長海はここに運んだのだろう。
長海にとって他意はないのだろうが奈々は長海のこの配慮に少しばかり複雑な感情になるも素直に受け取っておこう、と気持ちを切り替えたのは言うまでもない。

「ふぅ・・・しかし・・・あれが親衛隊隊長か・・・・・・・手も足も出なかった・・・」
奈々は毛布代わりにかかっていた長海の羽織りを掴み上げて再びそれに包まると視線を天井に移し仰向けになり自分が傷だらけになった元凶である御影との先の一戦を頭の中に思い返すと静かにそう呟いた。

「敏省は他民族集合国家であり常に内乱が発生していた、と慎香から聞いていたが・・・故にアレだけの武力をものにしたのか?」
奈々は御影との手合わせの際、御影が言っていた言葉を振り返る。


『・・・こんなものですか?』
果たして自分はちゃんとした鍛錬はできていたのか?


『魔物としてはまだ遅い。』
果たして自分は人間のときと同じように剣を振っていただけではないのか?


『私の剣速を超えて行きなさいッッ!!!』
果たして自分は強くなっているのか?


上には上がいる。
頂を目指すにはまだまだ歩み始めたばかり。
その頂は遥か彼方の天にも見えた。
人間だった頃の感覚で振るう剣は魔物化による筋力の増強だけでただ少し早くなっただけ。
今回の御影との一戦、御影に一太刀も浴びせられなかった・・・



なんて遠いんだ。

なんて強いんだ。

なんて・・・


「・・・弱いんだ。」
天井を見つめたまま羽織から両手を出してそのまま顔を覆ってしまう。
御影という巨大な武力により己の弱さを露呈され今まで築き上げてきた自信がいとも簡単に瓦解した自分がたまらなく悔しかった奈々は知らず知らずの内に咽び泣きはじめた目尻に涙が溢れ止め処なく流れ続ける。



何も音が無かった長海の部屋に悲しみの音色の流れが止んだのはもう日が夕焼けに赤く染まる頃であった。



【続】

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傾国勢のとある一日。

長海との鍛錬の際に御影という強大な武力の乱入者の前に為すすべなく大敗を喫した奈々はその武の前に今まで己の信てきた武を悉く粉砕された。

果たして彼女は己の弱さに向き合うことができるのだろうか・・・

11/11/01 08:25 じゃっくりー

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