ピラミッドにて
さんさんと降り注ぐ日光。それは多くの動植物に数え切れないほどの恵みを分け与え、世界を光で包み込む。誰も彼もが太陽の活動に感謝を述べ、一部地域においては神とも崇められることもある。だが、その太陽に対して今までにない程の怒りを抱いている二人の男がいた。
「なぁ……ノエル……」
「何だ……」
いつもならもっとハキハキとしゃべる二人であったが、今はぜぃぜぃと息を切らし、汗を滝のように流している。
「俺たちの職業って何だっけ……?」
「作家と……その担当……」
「じゃあ……俺たちはなんで……こんな目にあっているんだ……?」
ノエルは答えない。この辺りに入ってからずっと同じ内容の会話を続けており、すでに嫌になったのかもしれない。ノエルもまたリックと同じことを考えているのだろう。リックは忌々しげに太陽を一瞥すると、声を張り上げ,
「太陽のバカヤロー!!」
彼らは今、砂漠の真っ只中にいた。
〜二日前〜
二人はいつものようにだらだらと取材旅行という名の大義名分を持って旅行をしており、砂漠の中にあるオアシスを中心に発展している都市に滞在していた。そんな中ノエルは町中で配られていたビラを持ってリックに話を持ちかけていた。
「ピラミッド見学ぅ!? マジなのかそれ?」
「ああ……何でもピラミッドの維持がうまくいかなくなったから、ピラミッドを見学させて修繕費を得るってさ。」
ピラミッドの雰囲気を把握することは今後の執筆活動において何らかのプラスに作用することが目に見えて明らかであり、ピラミッドを中心に活動する種族であればなおさらのことだ。
「よし、その話乗った。」
二人は水を買い二日後のピラミッド見学ツアーに備えた。
話は今に戻り……
「チクショー!!マジで暑すぎるぞバカヤロー!!俺がなにしたってんだ!?」
「乗ったお前が悪い。 すみませんね連れが騒がしくて。」
ノエルはため息を吐き、騒いでる相方を無視してツアー参加者とツアー案内人であるアヌビスの女性に頭を下げる。
「いや、騒ぐこと自体はいいのだが、無駄な体力を消耗するのは感心しないな。」
案内人である彼女の言うことはごもっともである。砂漠の暑さは遠慮なく生物から体力を奪い、また、夜になれば極寒の大地となって体力を奪う。したがって、砂漠において体力の消耗は極力避けるべきである。
「まぁ、もうすぐ着いたから問題はないのだがな……」
ツアー参加者が声を上げ、それを見上げる。それは墓というには余りにも大きく、城というにあまりも異形であった。その迫力にノエルもたじろぐ。
「話には聞いていましたがこれほどとは……」
目の前に立つ巨大な建造物ピラミッド。ファラオの権力の象徴であり、同時にファラオが眠る墓でもある。何十人の人々が力を合わせようやく運べる石を何百個も積み上げできた山とも見間違うほどの巨大な物体。
「それではこちらにどうぞ。」
案内人のアヌビスを先頭にツアー参加者がぞろぞろとついていく。そんな中ノエルはちらりとリックのほうを見たが彼もまたピラミッドの迫力に飲まれたのか呆然と立ち尽くしている。
「……で? 実際に目の当たりにした感想は?」
「やっぱりでかいなぁ。これなら中に何人ものマミーがいても不思議じゃないぜ。」
「そこかよ……」
呆れるノエルを無視してリックはあたりを見回し、何かを探すような素振りを見せたが、すぐにやめ、深々とため息をつく。
「どうしたんだリック?」
「……イヤ、何でもねぇ。」
リックはなにやらがっかりした様子で、ツアーの参加者同様にアヌビスに並んで歩いていった。
ピラミッドの中に入った一行。ピラミッドの内部は石造りになっており、外に比べて非常に快適な温度で保たれている。外で味わった灼熱地獄を気にせずに見学できそうだった。普通の冒険者が挑むようなダンジョンとは違って壁には絵のようなものや、人の背丈を越す像がいくつも並び、まるで侵入者の動向を見張るようにたっている。外からは想像もつかないような風景にリックは心を躍らせる。
「ここが砂漠の王者ファラオとやらが眠る墓かぁ……」
「ただでかいだけじゃなく、中にこんなもん作らせるとは…ファラオってすごい権力持っていたんだな。」
リックとノエル、その他多くのツアー参加者がしきりに壁画や石像に目が行く中、ツアー案内人であるアヌビスが凛とした声で参加者に対し指摘をする。
「……言っておくが、ここは本物のピラミッドじゃないぞ。」
その一言がツアー参加者ならびにリックとノエル達を唖然とさせるには十分すぎる言葉であり、夜の砂漠をイメージさせるような冷たい空気があたりを包み込む。そんな中ツアーの参加者のうちの一人がアヌビスに問いただす。
「……どういうことですか?」
「だから、ここは本物のピラミッドじゃなくて観光用のピラミッドだ。」
曰く、近年、この地方では墓荒らしが横行しており、ここは本物のピラミッドに墓荒らしが来ないようにするための、いわば囮のようなものだと言う。しかし、このピラミッドが偽物であると何者かによってリークされたため、囮として扱うことができなくなってしまった。ならばこのピラミッドを砂に埋もれさせるよりも観光用に仕立てあげた方がいろいろとお得と判断したためだとか。
「紙にも書いてあるはずなんだが……」
参加者全員が配られていたビラをじっと見ると、確かにピラミッドの前に小さく観光用と書かれている。その事実を認めた人々から残念がる声が聞こえた。
「一応、ここには罠も宝もないがそれ以外においては本物そっくりに作ってあるから思う存分見学してく。」
あちらこちらから、ため息やがっかりする声が出てきたが、ツアー参加者の多くはもともとピラミッドに対して何らかの興味を持っているためか、すぐ気を取り直して見学を楽しむことにしたようだ。
「俺たちも見学するかリック。」
「……そうだな。もう金払ったし。」
そう言いながらも二人はピラミッド内部の情景を食い入るように見回っていった。途中で案内役であるアヌビスが壁画や石像に関する解説に耳を傾け、着実にピラミッドのイメージを固めていくリック。だが、時間が経つにつれその表情にかげりが見え始めてきた。
「おい……大丈夫か? リック?」
「あー……イヤ、別に体調が悪いってわけじゃないんだが……」
そうは言うものの、リックはどこかそわそわしており、なにかを探すように首を左右に振るが、お目当てのものは見つからないらしい。やがてリックは案内役のアヌビスを呼んだ。
「どうしたんだ?」
「ここって、トイレとかどうすればいいですかね?」
女性に対して言うのはまずかったのではとは思ったが、何事もなかったかのようにアヌビスは何もない壁に触れ、手にしている長い柄が付いてある天秤で石畳を突き、怪しげな呪文を唱える。すると、鈍い音共に壁が開く。
「この先がトイレだ。」
「スイマセンね……」
リックは早歩きで壁の向こうへと行った。壁の向こうは小さな小部屋となっておりその中にトイレらしきものはなく、代わりにあったのが……
「あー……あー……」
「……えーと……」
口に輪状のもの咥えられ開きっぱなしにされたまま身体をきつく縛られている三、四体のマミーの姿があった。何か便器らしきものを探したが見つからず、目の前で唸っているマミーをガン無視して急いで元の場所へと戻った。
「思ったより早かったな。」
案内人のアヌビスがリックが戻ったことを確認すると再び怪しげな呪文を唱え、壁を閉じる。壁が閉じたことを確認するアヌビスにリックは尋ねる。
「なんでトイレにマミーがいるんだ?」
「む……? 君は性欲処理しに行ったのではないのか?」
彼女はさも当たり前のように言うが、リックはツッコミをいれずにはいられなかった。
「いや、普通に尿のほうだよ!なんで性欲の話になってんの!?」
「ああ……それならすまないが我慢してくれこのピラミッドにはそういったものはないぞ。もっとも……」
「もっとも?」
「どうしても我慢できなくなったらマミーたちの口の中にしてもいいんだぞ。」
マミーの口の中で放尿。リックはその光景を思い浮かべ、激しく劣情を催したがさすがにそこまでするのは気が引けるので丁重に断りを入れる。
「そうか……だが、もしもピラミッドの中でもらしたらマミーの餌食にするからな。」
「まじすか……」
冗談と思ったものの彼女はアヌビスであり恐らく100%本気なのだろう。何より彼女自身の目がはっきりと言っている。リックはそのままふらふらとノエルの元へと戻る。
「どうしたんだリック? あのアヌビスさんに口説かれたのか?」
「いや……文化の違いを感じただけさ。」
リックはそれ以上何も言わなかった。自分はこれからこのピラミッドで漏らすか漏らさないかで人生が決まるとは思いたくもなかったから。
リックがトイレと言う名の肉便器の個室から戻ってから1時間ほど経ち、ようやくピラミッド見学も終わりが見えてきた。始まった時からいちいち事細かに解説するアヌビスがピラミッドの存在意義に関するまとめを終え、ツアーの終了を告げると、すっとぼけた声が彼女の後ろから聞こえてきた。日差しが強い地域に住んでいるもの特有の黒い肌、猫を思わせるような手足や耳、尻尾。そして普通のワーキャットは身に付けないような黄金の装飾品。誰の目から見てもスフィンクス
「ふぁ〜 おはよ〜」
「やっと起きたか。言っておくがもう既にお前の出番はないぞ。」
アヌビスはあからさまに不機嫌そうな目で今来たスフィンクスを睨む。一方のスフィンクスは全く意を介さずに自分の出番がないことを知るとすぐさま背を向け、なにやら上機嫌に来た道を戻ろうとする。アヌビスはすぐさまそれを制する。
「待て……どこへ行くつもりだ……?」
「決まっているにゃ! 愛しいあの子の元へ! きょ〜はフルデイズでやりまくるにゃ〜♪」
余りにも上機嫌なためかスフィンクスは気付かない。目の前のアヌビスから圧倒的怒りオーラを漂わせていることを。スフィンクスはアヌビスに対して背を向けたまま歩き、手をひらひらと動かす。
「それじ……」
辺りに鈍い音が鳴り響く。その音がアヌビスがその手に持つ天秤でスフィンクスを思いっきり叩きつけたと理解するには時間が掛かってしまった。
「貴様は明日の晩までピラミッド内部に入ることを禁ずる!!」
「え〜 そんにゃ〜 そんにゃのおーぼーだにゃー!」
「黙れ。マミーの呪いをかけてマミーの巣に叩き落してやろうか……?」
静かではあるが、威圧的な目を見てアヌビスがブチ切れているのにようやく気付いたスフィンクスは涙目になりながらふらふらとピラミッドの外へと行く。その光景を見ていたリックとノエル、そして他のツアー参加者もまたただ怯えるしかなかった。
ツアー終了後、リックとノエルは砂漠の都市にある格安の宿の一室で今日のことを振り返っていた。
「か〜!! あふれるロマン! 俺たちの常識には無い神秘!! まさかピラミッドがこうも俺の作家魂に火をつけるとは思わなかったぜ。」
「そうだな。観光用と言うのが少し残念だったけどな。」
「それでもピラミッドの雰囲気を味わえただけでも儲けもんだぜ。」
互いに嬉しそうに語らい合う。今日知ったことはそれだけには留まらない。例えば、この地方の価値観や考え方。新たに生まれ、独立するスフィンクスやアヌビスは業者が造った新築の遺跡(というかダンジョン)に住むことになっていたりとか、わりと意外だったのがスフィンクスとアヌビスが竿姉妹になるのはそれほど珍しくないということか。この新しい発見は次のリックの創作物に必ず繋がる。そう確信したノエルは荷物から地図を取り出し次の目的地を決める。
「なぁ……リック。 そろそろ、ここへ行かないか?」
「ここは……」
ノエルが指で地図上に指し示した場所はここから東の島国。ジパングと言われる土地であった。
二人の旅はまだまだ続く。
「なぁ……ノエル……」
「何だ……」
いつもならもっとハキハキとしゃべる二人であったが、今はぜぃぜぃと息を切らし、汗を滝のように流している。
「俺たちの職業って何だっけ……?」
「作家と……その担当……」
「じゃあ……俺たちはなんで……こんな目にあっているんだ……?」
ノエルは答えない。この辺りに入ってからずっと同じ内容の会話を続けており、すでに嫌になったのかもしれない。ノエルもまたリックと同じことを考えているのだろう。リックは忌々しげに太陽を一瞥すると、声を張り上げ,
「太陽のバカヤロー!!」
彼らは今、砂漠の真っ只中にいた。
〜二日前〜
二人はいつものようにだらだらと取材旅行という名の大義名分を持って旅行をしており、砂漠の中にあるオアシスを中心に発展している都市に滞在していた。そんな中ノエルは町中で配られていたビラを持ってリックに話を持ちかけていた。
「ピラミッド見学ぅ!? マジなのかそれ?」
「ああ……何でもピラミッドの維持がうまくいかなくなったから、ピラミッドを見学させて修繕費を得るってさ。」
ピラミッドの雰囲気を把握することは今後の執筆活動において何らかのプラスに作用することが目に見えて明らかであり、ピラミッドを中心に活動する種族であればなおさらのことだ。
「よし、その話乗った。」
二人は水を買い二日後のピラミッド見学ツアーに備えた。
話は今に戻り……
「チクショー!!マジで暑すぎるぞバカヤロー!!俺がなにしたってんだ!?」
「乗ったお前が悪い。 すみませんね連れが騒がしくて。」
ノエルはため息を吐き、騒いでる相方を無視してツアー参加者とツアー案内人であるアヌビスの女性に頭を下げる。
「いや、騒ぐこと自体はいいのだが、無駄な体力を消耗するのは感心しないな。」
案内人である彼女の言うことはごもっともである。砂漠の暑さは遠慮なく生物から体力を奪い、また、夜になれば極寒の大地となって体力を奪う。したがって、砂漠において体力の消耗は極力避けるべきである。
「まぁ、もうすぐ着いたから問題はないのだがな……」
ツアー参加者が声を上げ、それを見上げる。それは墓というには余りにも大きく、城というにあまりも異形であった。その迫力にノエルもたじろぐ。
「話には聞いていましたがこれほどとは……」
目の前に立つ巨大な建造物ピラミッド。ファラオの権力の象徴であり、同時にファラオが眠る墓でもある。何十人の人々が力を合わせようやく運べる石を何百個も積み上げできた山とも見間違うほどの巨大な物体。
「それではこちらにどうぞ。」
案内人のアヌビスを先頭にツアー参加者がぞろぞろとついていく。そんな中ノエルはちらりとリックのほうを見たが彼もまたピラミッドの迫力に飲まれたのか呆然と立ち尽くしている。
「……で? 実際に目の当たりにした感想は?」
「やっぱりでかいなぁ。これなら中に何人ものマミーがいても不思議じゃないぜ。」
「そこかよ……」
呆れるノエルを無視してリックはあたりを見回し、何かを探すような素振りを見せたが、すぐにやめ、深々とため息をつく。
「どうしたんだリック?」
「……イヤ、何でもねぇ。」
リックはなにやらがっかりした様子で、ツアーの参加者同様にアヌビスに並んで歩いていった。
ピラミッドの中に入った一行。ピラミッドの内部は石造りになっており、外に比べて非常に快適な温度で保たれている。外で味わった灼熱地獄を気にせずに見学できそうだった。普通の冒険者が挑むようなダンジョンとは違って壁には絵のようなものや、人の背丈を越す像がいくつも並び、まるで侵入者の動向を見張るようにたっている。外からは想像もつかないような風景にリックは心を躍らせる。
「ここが砂漠の王者ファラオとやらが眠る墓かぁ……」
「ただでかいだけじゃなく、中にこんなもん作らせるとは…ファラオってすごい権力持っていたんだな。」
リックとノエル、その他多くのツアー参加者がしきりに壁画や石像に目が行く中、ツアー案内人であるアヌビスが凛とした声で参加者に対し指摘をする。
「……言っておくが、ここは本物のピラミッドじゃないぞ。」
その一言がツアー参加者ならびにリックとノエル達を唖然とさせるには十分すぎる言葉であり、夜の砂漠をイメージさせるような冷たい空気があたりを包み込む。そんな中ツアーの参加者のうちの一人がアヌビスに問いただす。
「……どういうことですか?」
「だから、ここは本物のピラミッドじゃなくて観光用のピラミッドだ。」
曰く、近年、この地方では墓荒らしが横行しており、ここは本物のピラミッドに墓荒らしが来ないようにするための、いわば囮のようなものだと言う。しかし、このピラミッドが偽物であると何者かによってリークされたため、囮として扱うことができなくなってしまった。ならばこのピラミッドを砂に埋もれさせるよりも観光用に仕立てあげた方がいろいろとお得と判断したためだとか。
「紙にも書いてあるはずなんだが……」
参加者全員が配られていたビラをじっと見ると、確かにピラミッドの前に小さく観光用と書かれている。その事実を認めた人々から残念がる声が聞こえた。
「一応、ここには罠も宝もないがそれ以外においては本物そっくりに作ってあるから思う存分見学してく。」
あちらこちらから、ため息やがっかりする声が出てきたが、ツアー参加者の多くはもともとピラミッドに対して何らかの興味を持っているためか、すぐ気を取り直して見学を楽しむことにしたようだ。
「俺たちも見学するかリック。」
「……そうだな。もう金払ったし。」
そう言いながらも二人はピラミッド内部の情景を食い入るように見回っていった。途中で案内役であるアヌビスが壁画や石像に関する解説に耳を傾け、着実にピラミッドのイメージを固めていくリック。だが、時間が経つにつれその表情にかげりが見え始めてきた。
「おい……大丈夫か? リック?」
「あー……イヤ、別に体調が悪いってわけじゃないんだが……」
そうは言うものの、リックはどこかそわそわしており、なにかを探すように首を左右に振るが、お目当てのものは見つからないらしい。やがてリックは案内役のアヌビスを呼んだ。
「どうしたんだ?」
「ここって、トイレとかどうすればいいですかね?」
女性に対して言うのはまずかったのではとは思ったが、何事もなかったかのようにアヌビスは何もない壁に触れ、手にしている長い柄が付いてある天秤で石畳を突き、怪しげな呪文を唱える。すると、鈍い音共に壁が開く。
「この先がトイレだ。」
「スイマセンね……」
リックは早歩きで壁の向こうへと行った。壁の向こうは小さな小部屋となっておりその中にトイレらしきものはなく、代わりにあったのが……
「あー……あー……」
「……えーと……」
口に輪状のもの咥えられ開きっぱなしにされたまま身体をきつく縛られている三、四体のマミーの姿があった。何か便器らしきものを探したが見つからず、目の前で唸っているマミーをガン無視して急いで元の場所へと戻った。
「思ったより早かったな。」
案内人のアヌビスがリックが戻ったことを確認すると再び怪しげな呪文を唱え、壁を閉じる。壁が閉じたことを確認するアヌビスにリックは尋ねる。
「なんでトイレにマミーがいるんだ?」
「む……? 君は性欲処理しに行ったのではないのか?」
彼女はさも当たり前のように言うが、リックはツッコミをいれずにはいられなかった。
「いや、普通に尿のほうだよ!なんで性欲の話になってんの!?」
「ああ……それならすまないが我慢してくれこのピラミッドにはそういったものはないぞ。もっとも……」
「もっとも?」
「どうしても我慢できなくなったらマミーたちの口の中にしてもいいんだぞ。」
マミーの口の中で放尿。リックはその光景を思い浮かべ、激しく劣情を催したがさすがにそこまでするのは気が引けるので丁重に断りを入れる。
「そうか……だが、もしもピラミッドの中でもらしたらマミーの餌食にするからな。」
「まじすか……」
冗談と思ったものの彼女はアヌビスであり恐らく100%本気なのだろう。何より彼女自身の目がはっきりと言っている。リックはそのままふらふらとノエルの元へと戻る。
「どうしたんだリック? あのアヌビスさんに口説かれたのか?」
「いや……文化の違いを感じただけさ。」
リックはそれ以上何も言わなかった。自分はこれからこのピラミッドで漏らすか漏らさないかで人生が決まるとは思いたくもなかったから。
リックがトイレと言う名の肉便器の個室から戻ってから1時間ほど経ち、ようやくピラミッド見学も終わりが見えてきた。始まった時からいちいち事細かに解説するアヌビスがピラミッドの存在意義に関するまとめを終え、ツアーの終了を告げると、すっとぼけた声が彼女の後ろから聞こえてきた。日差しが強い地域に住んでいるもの特有の黒い肌、猫を思わせるような手足や耳、尻尾。そして普通のワーキャットは身に付けないような黄金の装飾品。誰の目から見てもスフィンクス
「ふぁ〜 おはよ〜」
「やっと起きたか。言っておくがもう既にお前の出番はないぞ。」
アヌビスはあからさまに不機嫌そうな目で今来たスフィンクスを睨む。一方のスフィンクスは全く意を介さずに自分の出番がないことを知るとすぐさま背を向け、なにやら上機嫌に来た道を戻ろうとする。アヌビスはすぐさまそれを制する。
「待て……どこへ行くつもりだ……?」
「決まっているにゃ! 愛しいあの子の元へ! きょ〜はフルデイズでやりまくるにゃ〜♪」
余りにも上機嫌なためかスフィンクスは気付かない。目の前のアヌビスから圧倒的怒りオーラを漂わせていることを。スフィンクスはアヌビスに対して背を向けたまま歩き、手をひらひらと動かす。
「それじ……」
辺りに鈍い音が鳴り響く。その音がアヌビスがその手に持つ天秤でスフィンクスを思いっきり叩きつけたと理解するには時間が掛かってしまった。
「貴様は明日の晩までピラミッド内部に入ることを禁ずる!!」
「え〜 そんにゃ〜 そんにゃのおーぼーだにゃー!」
「黙れ。マミーの呪いをかけてマミーの巣に叩き落してやろうか……?」
静かではあるが、威圧的な目を見てアヌビスがブチ切れているのにようやく気付いたスフィンクスは涙目になりながらふらふらとピラミッドの外へと行く。その光景を見ていたリックとノエル、そして他のツアー参加者もまたただ怯えるしかなかった。
ツアー終了後、リックとノエルは砂漠の都市にある格安の宿の一室で今日のことを振り返っていた。
「か〜!! あふれるロマン! 俺たちの常識には無い神秘!! まさかピラミッドがこうも俺の作家魂に火をつけるとは思わなかったぜ。」
「そうだな。観光用と言うのが少し残念だったけどな。」
「それでもピラミッドの雰囲気を味わえただけでも儲けもんだぜ。」
互いに嬉しそうに語らい合う。今日知ったことはそれだけには留まらない。例えば、この地方の価値観や考え方。新たに生まれ、独立するスフィンクスやアヌビスは業者が造った新築の遺跡(というかダンジョン)に住むことになっていたりとか、わりと意外だったのがスフィンクスとアヌビスが竿姉妹になるのはそれほど珍しくないということか。この新しい発見は次のリックの創作物に必ず繋がる。そう確信したノエルは荷物から地図を取り出し次の目的地を決める。
「なぁ……リック。 そろそろ、ここへ行かないか?」
「ここは……」
ノエルが指で地図上に指し示した場所はここから東の島国。ジパングと言われる土地であった。
二人の旅はまだまだ続く。
12/02/25 15:42更新 / のり
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