連載小説
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ある町にて
取材旅行を続けていたリックとノエルに危機が迫っていた。その危機はこの旅を続ける上では絶対解決しなければいけない問題であり、最悪の場合、二人の命の危険にも関わる事でもある。ついにリックはその危機から感じる恐怖に耐え切れず町中であるにもかかわらず大声で叫ぶ。

「だぁぁぁぁ!! 金が足りねぇぇぇぇ!!」

資金難であった。いくら多額の取材費用をもらいうけようと、その額には限りがあり、いくら節約しても収入がなければいずれは枯渇するものでもあり、その上、二人は自分たちの住んでいる町から離れた場所におり、歩くにしても食費が足りず、馬車を使うにも運賃が足りず、袋小路に陥っていた。

「くそ! あのボッタクリバーさえなければ!!」

声を荒げて資金難に陥ってしまった原因と考える店を忌々しげに思い浮かべるリック。しかし、ノエルはそれを首を振り否定し、ため息混じりに別の原因について述べる。

「いや、ギャンブルに熱くなりすぎたお前が悪い。」
「うぐっ……だってお前が金が足りねぇって言うからだな……」
「誰も賭け事をしろとは言ってない。」

事の発端は先ほどリックが口にした店で思わぬ出費を食らった二人の所持金が大幅に減り、その額から見てノエルはこれ以上取材を続けることをが不可能と判断したため、一旦、この町で取材費を補充しようと相方であるリックに提案したのだが、その男はいきなり名案があると自信満々に答えると、ノエルから財布を奪い取り町の中へと駆け出していく。1時間後、再びノエルの前に現れたリックが握っていた財布の中身はすずめの涙程しかなかった。

「俺が言おうとしたのは、ギャンブルじゃなくて今までで書いた原稿を編集部に送って印税を前借りすることだよ。」
「……そんなことできるのかよ……」

リックの疑問に対しノエルは答えず、再び財布の中身を確認するし、重々しくため息をつく。

「一応ハーピー便は使える程度には残っているみたいだな。」





二人は町にあるハーピー便受付所まで行き、完成している分の原稿と渡した原稿の印税を前借させてほしいという内容の手紙を受付を担当している眼鏡の女性に渡す。

「毎度ありがとうございます。それでは荷物を預からせていただきますね。」

ハーピー便の配達員はハーピー種ではあるが、事務員までもハーピー種とは限らない。こういう細かい作業は魔物娘の中でも真面目な種族が担当する事が多く、恐らく彼女もそのうちの一人だろう。リックとノエルが受付所から出ると互いに深々とため息をついた。

「珍しいなお前がそうやってため息をつくの。 いつもなら“受付のあの娘可愛くね?”とか言うのに。」
「ああ…… 今更なことなんだけどよ。 俺って文才あんのかなってな……」

いつもなら自信満々でノエルに己の才能を自慢するリックだったが、今のリックはどこか自信がなくしょぼくれた状態である。最初はギャンブルに大負けしたからと思っていたがどうも違うらしい。

「本当に今更だな。 そんなことを口にしたってお前の作品が良くなることも、大好きなリャナンシーが来ることもないんだぞ。」
「わかっているけどよぉ…… このままリャナンシーちゃんと出会えなかったら……」

リックの言おうとしていることは分かる。お互いに独身であるため、このまま取材旅行を続けようものなら魔物娘につかまり、最悪の場合、執筆活動どころではなくなってしまうかも知れない。

「うだうだ悩んでも仕方ないだろ。 そんなことよりだ。」

ノエルは財布の口を下に開けたまま軽く振る。本来ならば有り金が落ちるはずなのだが、何も落ちない。もちろん財布には種も仕掛けもない。また、夢も希望もない。

「どーやって前借の金が来るまでどう凌ぐかだな。」
「スマン……」




リックとノエルは町を当てもなくぶらぶらしている。既に宿から荷物を取り出しており、重たい荷物を背負って歩くため、疲労がお互いの体力を削っていく。二人は無駄な散策はやめ、近くの公園のベンチに腰をかけ、遠くから子供たちが遊ぶ姿を見ていた。

「なぁ、ノエル……」
「何だ。 くだらないことだったら怒るぞ。」
「俺たち、全ての魔物娘の取材できると思うか。」
「無理だな。分かりきったことだろ?」

全ての魔物娘に会うということは、全世界を旅することと同義であり、ただの人、しかも肉体労働を得意としていない部類の二人ならなおさらのことである。仮にいけるだけの体力があったとしても、エドキナが新たな種族を生んだり、突然変異によって新たなる種族も生まれたりする。

「はぁ……」

結局二人は懲りもせずに深々とため息をつく。それから数時間が経ちあたりは夕暮れ色に染まっていく。しかし、ベンチに座っているリックとノエルの表情はとてつもなく青ざめていた。二人の財布は既に空であり、宿に泊まることはおろか、あたたかい食事を取ることもできない。荷物の中には上を凌ぐような保存食はなく、公園にある噴水の水で飢えを誤魔化すほかなかった。さながら生ける屍というべきか。最早、死を待つ気持ちになっていた二人にその声は聞こえた。

「あのー 大丈夫ですか?」

よく響く幼い声の主は心配そうに二人を見ている。その瞳に一点の曇りもなく、空のように澄み切った瞳を持ち、控えめな尻尾と角、光がなくとも美しく輝く金髪、そして未成熟な体を持つ少女であった。

「こんなところで寝ると風邪引きますよー?」

目の前の少女は心配そうにこちらを見ているため、無視するのも悪く気になってしまい、リックは自分たちの今おかれている状況を分かりやすくオブラートに包んで話した。

「えぇ!? 大変じゃないですか!!」
「そうは言うがねお嬢さん……お金がなければ二進も三進もいかないんだよ……」

ノエルが恨めしそうにリックを見て愚痴りだしたため、リックは少し気まずそうに目を逸らすしかなかった。

「えと……それじゃあ、うちに来ませんか? ご馳走とまではいきませんが多少のおもてなしはできると思いますけど。」

二人はお互いの顔を見合わせる。今現在において願ってもないことではあったが、大人二人が少女にすがりつくというのも絵としては見苦しく思える。だが、二人の腹からなる抗議の声を聞き少女は優しく笑って呟いた。

「お二人様宿泊決定ですね。」

彼女の可愛らしい笑顔と共に下された決定にリックとノエルは逆らえるはずもなかった。少女が背を向け歩き出したと思えばすぐに歩みを止め、再び二人の方へと向き、天使のような声を響かせる。

「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。私はフィオナと申します。」

名乗ると同時に深々とお辞儀をするその姿は、貴族の令嬢を思わせるほど実に優雅で華麗であった。







フィオナについていき、たどり着いた先は恐らくこの町でもっとも巨大で豪華な屋敷にたどり着いたリックとノエル。その屋敷の扉の前に立つとその場にいた衛兵らしき人物がフィオナの姿を確認するとゆっくりと扉を開け、その向こうには物語に出てくるような真っ赤なカーペットや高そう調度品。リックは余りの場違い感を覚え、ノエルに耳打ちをする。

「え? なにこれ? この子もしかして超大金持ち?」
「お前もあの子のお辞儀の仕方を見ただろ。ありゃどう見ても貴族のご令嬢だぞ。」
「マジかよ。これから俺たちスーパー胃に悪いタイム来ちゃうの?」
「そういうことだ。」

二人が会話をしていると屋敷の奥からここのメイドがこちらに来て、フィオナと二人の姿を見るや否や、深々と頭を下げて、

「お帰りなさいませお嬢様。」

主、及び主の親族や客人の出迎えとしては申し分ない挨拶であり、どこにも文句のつけようがないほど完璧にであるように見えたが、フィオナはどこか気にいらないようで、先ほどまでの貴族の令嬢特有の躾の良さからにじみ出る高貴な雰囲気を崩し、幼い顔の頬を膨らませる。

「だから、私の事はお嬢様じゃなくて奥様ってお呼びなさいって言ってるでしょ。」
「申し訳ありませんおじょう……じゃなくて奥様。可愛らしくってつい……」

その言葉にフィオナは肩を下げ、落ち込んでいるのが傍目からでも分かる。しかも、客人の前でということもあるのだろう。

「結婚してもう15歳になる娘までいるのに……」
「ところで、後ろのお二方はいかがいたしましょうか?」

メイドがリックとノエルの方を一瞥し、その処遇を自らの主に尋ねる。

「……とりあえず、客室に案内して。ついでに食事も出してあげて……」
「かしこまりました。ではこちらにどうぞ。」

すっかり落ち込んでしまったフィオナをスルーし、メイドは二人を案内しようとした時。黒い何かがすぐそばを駆け抜け、フィオナの方へと向かう。その余りの速さに誰の目にも留まることはなく、一体なんだったのかすらわからなった。

「ママァ!! 帰ってきてたのね!!」

フィオナの方を向くとそこには一人のサキュバスがまるで我が子のようにフィオナを抱きしめており、その拘束に対して必死にもがき苦しむこの屋敷の奥方の姿があった。

「あぁもう! ママが可愛すぎて生きるのがつらいんですけど!!!」
「だからって、ママに抱きつかないの! あぁ! 頬ずりもダメぇ!」

目の前にある光景は見た目だけでいえば、幼いわが子を可愛がる母親と過剰なスキンシップに対して恥ずかしがっている娘の姿なのだが、先ほどのフィオナが言った事と、サキュバスの言動から考えて、フィオナが母親で、抱きついているサキュバスが娘、ということになる。状況を飲み込めていないリックに対してノエルは納得したかのように首を縦に振る。

「突然変異ですか……」
「はい。おぜう……ではなく奥様はアリスなのですが、その娘のカミーユ様は原種であるサキュバスなのです。」

ノエルの言葉に肯定するメイド。だが、リックだけが状況を飲み込めていないようだ。

「あのな、突然変異種はまだ種として完全に独立してるわけじゃないんだ。」

魔物娘の子は同じ種族の魔物娘となる。魔物の知識が多少あるものなら誰でも知っていることであるが、幾つか例外もある。母親がエキドナという種族の場合。エキドナは長女こそは母親と同じ種族になるのだが、次女以降に生まれてくる娘は待ったく別の種族に生まれてくる。しかし、極稀にそれとは関係無しに全く別の種族が生まれることもある。その場合、突然変異種と呼ばれ、通常の個体とは違った特徴を持っている。しかし、もともとの種から独立した亜種(メデューサ、レッドスライム等)とは違い、突然変異種が生む娘は原種になる可能性が高い。したがって、アリスからサキュバスが生まれることもあり得るのだ。

フィオナとカミーユが相変わらずキャットファイトしていると屋敷の扉が開かれ、その向こう側には一人の初老の紳士が立っていた。金髪のオールバック、付いているだけで威厳がにじみ出る髭、うっすらと見える皺、そして何より、その服装の高級感。その全てが彼がこの屋敷の主であると主張していた。

「お帰りなさいませ旦那様。」
「うむ。」

メイドは先ほど見せた挨拶をこなし、主の帰還を歓迎した。屋敷の主はリックとノエルを見るとすぐさま、威厳に満ちた顔を崩し、柔らかな表情を作り上げ、丁寧にお辞儀をした。

「お初にお目にかかります。この町の領主をしておりますチャールズと申します。以後お見知りおきを。」

堂々とした振る舞いに二人は呆気にとられたが、すぐさま自分たちもたどたどしくも名乗りを上げる。

「作家のリックです。」
「その担当のノエルです。」

リックとノエルが名乗るとチャールズは目を見開きながら唸り、二人をじっくり見つめる。

「それで君たちはどういった用でこちらに?」

彼の疑問はご尤もである。緊張しているリックを差し置いて、ノエルが自分たちはフィオナの好意に招かれてここに来ていると説明した。

「なるほど。そういうことでしたか。それでフィオナは…………」

彼はリック達のすぐ後ろで未だにじゃれあっているフィオナとカミーユの姿を見て、少し苦笑いしながらも、彼女たちを咎めるつもりはないようだ。

「こんなところで立ち話もなんですし、食事が出来上がるまで話をしませんか?」

彼の申し立ては二人にとって実に渡りに船に近い。なぜなら彼らは一応取材旅行の真っ最中であるため、希少種のアリスと結ばれた人物の話を聞く機会などめったに訪れることではないからだ。

ちなみに二人はチャールズのことを危うくロリコンと呼びかけたのは内緒である。





部屋を移動した一行は屋敷にある応接室で言葉を交し合っている。今、リックが話題に挙がっているのは出産のことをチャールズに尋ねていた。

「奥さんが娘さんを産んだ時はどんな感じでしたか?」
「そうですね。今でこそ身長とスタイルは娘のほうが勝っていますが、生まれたばかりの娘は本当に小さく、妻も張り切って子育てしていましたね。」

確かにいくらサキュバスといえど生まれたばかりでは身長もプロポーションもアリスにすらかなわないだろう。だが、彼女たちの発育のスピードは平均的に人間のそれよりも早く、人間の平均未満のアリスが追い抜かされるのはすぐのことだろう。

「まぁ、子育てにおいてはわりと危なっかしい場面は多々ありましたね。フィオナが子育てするとメイド達からやめてほしいと、注意されたものです。妻はその程度では我が子を離すような性格ではありませんでしたが。」
「だって、私達の子供だもん。いくら私より大きくなっても私の子だもん。」

フィオナは口を尖らせつつも自らの本心をつぶやく。言っていることは母親そのものだが、その仕草は見た目相応の少女にしか見えない。そうなると隣のサキュバスが黙ってないわけで。

「あぁ!! ママほんっとに可愛いんだから!口を尖らせちゃって!!そこが超!かわいい!!」
「こ〜ら〜!!だから胸を押し付けないで!!ちょっと息が……」

落ち着いた雰囲気で話す彼は自分の妻と娘を見て何か懐かしそうな目をしている。騒がしい二人とは対照的に彼だけが年を取っているそんな感覚にすら陥ってしまう。

「妻も娘もいい子に育ってくれたと思いますよ。しかし、あの見た目でまだ母親離れしていないのは些か不安ではありますが。」
「だっただよパパ! こんな柔らかい肌! 愛くるしい瞳! 犯罪臭漂う身体! どれをとってもマキシマム可愛いじゃない!!」
「だからって私をおもちゃにしないの!」

フィオナは未だにカミーユからの拘束から抜け出せないまま話し込んでいる。
親よりも大きい娘というのは良く聞く話だが、娘よりも子供っぽい親というのは早々いないものである。こういった現象は人間同士の夫婦ではまず起こらないだろう。これも魔物娘ならではの現象か。リックとノエルがしみじみ思うと、不意に応接室の扉がノックされ、メイドが現れた。

「旦那様。お食事の用意が出来上がりました。」
「おお、そうかでは行きましょうか。」

チャールズが見せるその笑顔は先ほどフィオナが見せたものとどこか雰囲気が似ており、断ることができそうもない。結局リックとノエルはこの町の領主と共に食事をするスーパー胃に悪いタイムがやってくるのであった。












翌日、編集部から手紙の返事と重たい小包がきた。内容はというと

“いいよー!その代わりピラミッド方面やジパング地方に行っていてねー!”

その袋の中には、はじめにもらった取材費よりの三倍近い額の軍資金とジパングの有力権力者による無期限の関所通行手形が入っていた。

「「何者だよ編集長……」」

12/02/16 19:29更新 / のり
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■作者メッセージ
補足説明 チャールズ

現在は町の領主として多大な人気と支持を持っているが、フィオナを妻に迎えてからしばらくの間人気が下がっていた。ちなみにフィオナとの出会いはフィオナが迷子になったところをチャールズが家まで連れて行ったことがきっかけ。





どうも、のりです。腐乱死巣様からのアドバイスどおり連載にまとめてみました。

今回はアリスのおかーさんが書きたくてついカッとなって書いてしまいました。本当は突然変異のことをもう少しネタにしたかったのですが上手くいきませんでした。精進が足りないようです。

これからも自由気ままに書いていくつもりですので温かい目で見守ってくだされば幸いです。


どうでもいいですけどロリかーさんいいですよね……

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