前編
「今日来ると思っていたよ! どんな仕上がりか見せておくれ!」
「あらいらっしゃい。その顔は…期待していいのね?」
「おぉ、来たか! いつも済まないな!」
訪れる先々で歓迎される数々の言葉。
「はい、これだけの量あれば十分ね。これは代金よ。」
必要分だけを取り、満足な顔をする魔法店の女店主。
「そうねぇ…形のいい、これとこれ、いただけるかしら?」
狙い澄ました目で価値の高そうなモノを引き当てていく宝石商の妖女。
「あちゃぁ、今回はあまりいい結晶ができなかったか… まぁでも、ないことに越したことはないな!」
悔しそうに唸るが今回は仕方ないとケラケラ笑う鍛冶屋の旦那。
「また頼むよ!」
「いい形ができたら、またよろしくね?」
「ほい、新しいタグだ。次こそはいい結晶ができてくれることを祈るぜ…!」
去り際に述べられる数々の言葉。
彼等に提供しているものは全て同じ品。
ここ、ドラゴニア領でしか手に入らないと言われている鉱石―ドラゴニウム―だ。
そして、それを売ってまわる俺は…冒険者でも鉱山で働く者でも商人でもない。
俺は…【竜鉱を育む者】だ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
ドラゴニウム、それは魔界銀の魔力と竜の魔力が結びついてできる結晶体のことである。
しかし、結晶化するための条件は複雑で、完全に解明しきれていない。
そのため、市場には大抵暗黒魔界や竜の墓場で結晶化され採取されたドラゴニウムが出回っている。
しかし、近年の人口増加…人間の男性が増え、騎士団入隊の流れが加速したことによって、ドラゴニウムの需要が増え、需要と供給のバランスが崩れてしまったのである。
かく言う俺自身も、二年前にドラゴニア領を訪れ、ここに住むようになった人間の男なのだが。
何故騎士団に入らずにこんなことをしているのかと言うと、俺自身が持っているある特異な体質があるからだった。
「…でね?私が目を離した隙にドラゴニウムを手に取っちゃってね?
ダメ!このままじゃ魔力が溢れて私襲っちゃうかも!と思ったわけなのよ?
ところがどっこい、手に持っても何も起きなかったわけ。」
仕事終わりにいつも来る酒場。
そこで久しぶりに会ったドラゴニア観光案内新人ガイド…じゃなかった、ドラゴニア竜騎士団のワイバーン、ミシェルは一緒に来ていた夫に俺の事を身振り手振りで説明し始めた。
ミシェルとは案内を受けた後でも何度か会っていたが、夫と顔を合わすのは今回が初めてだ。
俺よりも若くすらっとした体格の下には程よく筋肉がついている。騎士団の一員としては申し分ないだろう。
「へぇ、でも、ドラゴニウムって魔力を制御して掴めば周りに影響を及ぼさないんじゃありませんでした?」
ミシェルの夫が俺にしてきた質問は、ドラゴニウムを触る者にとっては知ってて当然なことである。
ドラゴニウムには多量の魔力が含まれており、扱い方を誤ると触れた者の精力と共に魔力を拡散する性質があるのだ。
「俺は魔力のことなんてからっきしでね。あの時も、その美しい鉱石がドラゴニウムと知らずに手に取ってしまったんだよ。」
「あぁ、確かにドラゴニウムの原石って美しい色と形状をしてますからね。」
何か納得した表情をする夫。
そう、あの時俺はドラゴニウムの持つ魅力に惹かれ、思わず手に取ってしまったのだ。
それが、俺とドラゴニウムの出会いだった。
「言ってしまえば虜になってしまったって感じかな。まぁ、そのおかげで今好きなことやらせてもらってるのだけどね。」
「なるほど…魔力を制御せずに触っても平気っていうのは、ドラゴニウムを扱う人という面ではとても貴重ですね。」
そう、後にわかったことなのだが、俺の特異な体質とは『特定の魔力を吸収し、体内で消費する』ものらしい。
その特定の魔力というのは、魔界銀に代表される鉱石など、自然で生成された魔力のことで、魔界銀を取り扱うにはうってつけの体質なのだ。
「でーもー! あのせいで夫にし損ねたんだからー!」
ミシェルの夫と会話が膨らむ中に割り込み、口を尖らせてブーブー文句を言うミシェル。
俺の体質がドラゴニア女王・デオノーラの目に留まり、スカウトされることとなったため、当時のミシェルの婿取り計画はオジャンとなってしまったのだ。
「そんなこと言うなよ。夫が悲しむぞ?」
「酷いやミシェル、僕のこと捨ててしまうのかい?」
酒も入っているのか、ノリがいい夫。
ミシェルの夫はミシェルの二番目のガイド客だったらしい。
もし最初のガイドで俺がミシェルの夫になっていたのなら、今の夫とは出会いすらしなかったのだろう。
「誤解よテリー、今は貴方だけしか見えない!♥♥」
「ミシェル!!♥♥」
「テリー!!♥♥」
抱き合い濃厚なキスを交わす馬鹿夫婦。
…っと、ここではそれが日常茶飯事だったな…
「…いやぁ、マジマジと見せつけられると心にくるものがあるなぁ…」
「…あっ、すみません…」
夫のテリーは俺に気付くと気まずそうにしていた。
「いやなに、仕事上仕方のないことさ。」
ドラゴニアに来て二年。妻がいてもおかしくない年数暮らしているが、俺はまだ独身である。
まぁ、理由はあるわけだが…
「しかし、二年前に来てまだ独身というのは驚きました…」
「女王を説得して許可を貰っているんだよ。これが、その証さ。」
竜の紋章が刻まれたペンダントを襟口から出し、二人に見せる。
「おぉ…」
「なるほど、女王様の魔力を感じる原因はこれだったのね。これじゃあ他の種族は手を出しにくいわ。」
「そうなのかい?」
意外な発言に驚いた。このペンダント、魔力を発していたのか…
「女王様の魔力が漂う人間って、加護を受けているか女王様の『もの』かどちらかってことになるからね。」
「『もの』…か…まるでもう既に所有物にされてるみたいだな…」
女王の所有物…つまり夫…ということだろうか? いやしかし、これまで女王に誘惑されたことはない。
「私達は夫に一途だから一夫多妻でも問題ないけどさ、既に女王様の『もの』となってる人に後から手を付けるってことになると…ねぇ?」
「あー、まぁ確かに…」
魔物娘の間でも目上の者、特に女王レベルのクラスの者の息がかかっている異性に後から手を付けるというのは流石にしない…ということか…
「といっても、それの意味合いは前者の方だと思うわ。後者だったら一人でこんなところで飲んでないでしょうし!」
「はは、違いないや。」
ブスリと心に突き刺さるミシェルの言葉とテリーの同意。
…俺だって好きで独身を貫いているわけじゃない…好きなことやらせてもらっているからだ。仕方ないのだ、仕方ない…
俺が今やっている仕事はデオノーラ女王が始めたプロジェクト『竜鉱増産計画』の一つ。
需要が増えてきているドラゴニウムを今後どうやって増やしていくかについて、ドラゴン族だけでなく様々な種族の知恵を借りて進めているこのプロジェクト。
俺はそのうちの『安定供給化』における役割を一人で担っている。
「でもさ、一人で大丈夫なの?運搬とか夫婦二人でやった方が効率がいいし。」
「行く場所が場所だからねぇ…『安定供給』ってことになると、夫婦というのがリスクになったりするんだよ。」
「…どういうことですか?」
「俺が行ってるのは『竜の墓場』だからね。」
俺の言葉に二人の表情が青ざめる。
竜の墓場…それは、ドラゴニア帝国がまだ建立されておらず、魔王もまだ先代だった頃に犠牲となったドラゴンが葬られた場所の総称を言う。
現在は魔力によって蘇ったドラゴンゾンビや、元冒険者のアンデッド族が蔓延るドラゴニアの中でも危険な場所である。
「えっ!? そもそも二人で行くにも危ない所だっていうのに、そんなところ一人で行くのなんて猶更危ないよ!!帰ってこれなくなる心配が多分にあるじゃない!」
「ここに居住を構えていた夫婦が戻ってこなくなってしまったら、それこそ街中で大騒ぎになってしまうだろう?
それに、ドラゴンゾンビの腐敗のブレスを夫婦ともども浴びてしまったら、その場で…って可能性もあるわけで、仕事にならないだろう?
他にもアンデッド族が蔓延っているわけだし、それなら一人の方がまだダメージは少ないのさ。」
「それでは、貴方が戻ってこなくなった場合はどうするんですか? 今やってるのは貴方しかいないんですよね?」
「…女王様やプロジェクトメンバーには、俺がどの竜の墓場に行っているか伝えているし、いざという時のためにノウハウを書いた書類を残している。万が一、俺がいなくなってしまっても技術は引き継いでいけるさ。」
「だったら私達にも教えてよその場所! 助けに行ってあげるからさ!」
「気持ちは感謝するよ。でも、その竜の墓場の場所は機密事項なんだ。申し訳ないけど教えるわけにはいかないんだよ。」
「むぅ〜…!」
難しい顔を浮かべるミシェルと夫のテリー。まぁ、そう思われるのも無理はない。
「女王様は納得してくれたの?」
「まぁ、さっき話したリスクをちゃんと説明したうえでね。」
夫婦ともども竜の墓場で行方不明になるリスク。
どちらか一人だけで行った場合、夫の場合はワイトに夜の国へ連れ去られるリスク、妻の場合はアンデッド化するリスク。
また、夫婦で作業を行っている間にドラゴンゾンビの腐敗のブレスを浴びてしまえば、ドラゴニウムを育むのではなく愛を育むことに没頭してしまうリスク。
ドラゴニウムをただ取ってくるのではなく、安定して手に入れるためには何度も何度も足を運び入れなければならないリスク。
それと比較して、俺一人だけで行動した方がリスクを低減できることを示し、最終的に俺は女王の許可を得ることができた。
俺が竜の墓場で行方不明になるリスク。これは、育成場所を探して報告することと、あらかじめ育成方法を残しておくことで話がまとまった。
ワイトに連れ去られるリスク。これは、育成場所にワイトがいないことが条件となった。
暗黒魔界に出入りするため、野生の魔物に襲われるというリスクが新たに浮上したが、女王様の加護を貰うことと、魔物に会わない対策をすることでまとまった。
それでも、ドラゴンゾンビの危険性についてはぬぐいきれないため、視界に入らないことが絶対条件なのだが。
「ふぅん……そうなのか…」
「まぁ、こうやって一年半何事もなくできてるのが何よりの証拠さ。」
「…それもそうね。でも、気をつけてね?」
「心配してくれるんだね、ありがとう。」
「そりゃ、顔見知りだし…いなくなっちゃったらこうして飲むこともできないし…」
「そうだな…」
夫を手に入れてからでもこうして俺に会いにきてくれるのは嬉しいものである。
「だけど、一年半か…随分かかってるんだね。ここまで来るのに。」
ミシェルがポツリと呟く。
「……ドラゴニウムがここまでなりにくいものだとは思わなかったからね。」
ドラゴニウムを育て始めて一年半。
簡単だろうと思っていたドラゴニウムの育成はそう簡単なものではなかったのだ。
「あらいらっしゃい。その顔は…期待していいのね?」
「おぉ、来たか! いつも済まないな!」
訪れる先々で歓迎される数々の言葉。
「はい、これだけの量あれば十分ね。これは代金よ。」
必要分だけを取り、満足な顔をする魔法店の女店主。
「そうねぇ…形のいい、これとこれ、いただけるかしら?」
狙い澄ました目で価値の高そうなモノを引き当てていく宝石商の妖女。
「あちゃぁ、今回はあまりいい結晶ができなかったか… まぁでも、ないことに越したことはないな!」
悔しそうに唸るが今回は仕方ないとケラケラ笑う鍛冶屋の旦那。
「また頼むよ!」
「いい形ができたら、またよろしくね?」
「ほい、新しいタグだ。次こそはいい結晶ができてくれることを祈るぜ…!」
去り際に述べられる数々の言葉。
彼等に提供しているものは全て同じ品。
ここ、ドラゴニア領でしか手に入らないと言われている鉱石―ドラゴニウム―だ。
そして、それを売ってまわる俺は…冒険者でも鉱山で働く者でも商人でもない。
俺は…【竜鉱を育む者】だ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
ドラゴニウム、それは魔界銀の魔力と竜の魔力が結びついてできる結晶体のことである。
しかし、結晶化するための条件は複雑で、完全に解明しきれていない。
そのため、市場には大抵暗黒魔界や竜の墓場で結晶化され採取されたドラゴニウムが出回っている。
しかし、近年の人口増加…人間の男性が増え、騎士団入隊の流れが加速したことによって、ドラゴニウムの需要が増え、需要と供給のバランスが崩れてしまったのである。
かく言う俺自身も、二年前にドラゴニア領を訪れ、ここに住むようになった人間の男なのだが。
何故騎士団に入らずにこんなことをしているのかと言うと、俺自身が持っているある特異な体質があるからだった。
「…でね?私が目を離した隙にドラゴニウムを手に取っちゃってね?
ダメ!このままじゃ魔力が溢れて私襲っちゃうかも!と思ったわけなのよ?
ところがどっこい、手に持っても何も起きなかったわけ。」
仕事終わりにいつも来る酒場。
そこで久しぶりに会ったドラゴニア観光案内新人ガイド…じゃなかった、ドラゴニア竜騎士団のワイバーン、ミシェルは一緒に来ていた夫に俺の事を身振り手振りで説明し始めた。
ミシェルとは案内を受けた後でも何度か会っていたが、夫と顔を合わすのは今回が初めてだ。
俺よりも若くすらっとした体格の下には程よく筋肉がついている。騎士団の一員としては申し分ないだろう。
「へぇ、でも、ドラゴニウムって魔力を制御して掴めば周りに影響を及ぼさないんじゃありませんでした?」
ミシェルの夫が俺にしてきた質問は、ドラゴニウムを触る者にとっては知ってて当然なことである。
ドラゴニウムには多量の魔力が含まれており、扱い方を誤ると触れた者の精力と共に魔力を拡散する性質があるのだ。
「俺は魔力のことなんてからっきしでね。あの時も、その美しい鉱石がドラゴニウムと知らずに手に取ってしまったんだよ。」
「あぁ、確かにドラゴニウムの原石って美しい色と形状をしてますからね。」
何か納得した表情をする夫。
そう、あの時俺はドラゴニウムの持つ魅力に惹かれ、思わず手に取ってしまったのだ。
それが、俺とドラゴニウムの出会いだった。
「言ってしまえば虜になってしまったって感じかな。まぁ、そのおかげで今好きなことやらせてもらってるのだけどね。」
「なるほど…魔力を制御せずに触っても平気っていうのは、ドラゴニウムを扱う人という面ではとても貴重ですね。」
そう、後にわかったことなのだが、俺の特異な体質とは『特定の魔力を吸収し、体内で消費する』ものらしい。
その特定の魔力というのは、魔界銀に代表される鉱石など、自然で生成された魔力のことで、魔界銀を取り扱うにはうってつけの体質なのだ。
「でーもー! あのせいで夫にし損ねたんだからー!」
ミシェルの夫と会話が膨らむ中に割り込み、口を尖らせてブーブー文句を言うミシェル。
俺の体質がドラゴニア女王・デオノーラの目に留まり、スカウトされることとなったため、当時のミシェルの婿取り計画はオジャンとなってしまったのだ。
「そんなこと言うなよ。夫が悲しむぞ?」
「酷いやミシェル、僕のこと捨ててしまうのかい?」
酒も入っているのか、ノリがいい夫。
ミシェルの夫はミシェルの二番目のガイド客だったらしい。
もし最初のガイドで俺がミシェルの夫になっていたのなら、今の夫とは出会いすらしなかったのだろう。
「誤解よテリー、今は貴方だけしか見えない!♥♥」
「ミシェル!!♥♥」
「テリー!!♥♥」
抱き合い濃厚なキスを交わす馬鹿夫婦。
…っと、ここではそれが日常茶飯事だったな…
「…いやぁ、マジマジと見せつけられると心にくるものがあるなぁ…」
「…あっ、すみません…」
夫のテリーは俺に気付くと気まずそうにしていた。
「いやなに、仕事上仕方のないことさ。」
ドラゴニアに来て二年。妻がいてもおかしくない年数暮らしているが、俺はまだ独身である。
まぁ、理由はあるわけだが…
「しかし、二年前に来てまだ独身というのは驚きました…」
「女王を説得して許可を貰っているんだよ。これが、その証さ。」
竜の紋章が刻まれたペンダントを襟口から出し、二人に見せる。
「おぉ…」
「なるほど、女王様の魔力を感じる原因はこれだったのね。これじゃあ他の種族は手を出しにくいわ。」
「そうなのかい?」
意外な発言に驚いた。このペンダント、魔力を発していたのか…
「女王様の魔力が漂う人間って、加護を受けているか女王様の『もの』かどちらかってことになるからね。」
「『もの』…か…まるでもう既に所有物にされてるみたいだな…」
女王の所有物…つまり夫…ということだろうか? いやしかし、これまで女王に誘惑されたことはない。
「私達は夫に一途だから一夫多妻でも問題ないけどさ、既に女王様の『もの』となってる人に後から手を付けるってことになると…ねぇ?」
「あー、まぁ確かに…」
魔物娘の間でも目上の者、特に女王レベルのクラスの者の息がかかっている異性に後から手を付けるというのは流石にしない…ということか…
「といっても、それの意味合いは前者の方だと思うわ。後者だったら一人でこんなところで飲んでないでしょうし!」
「はは、違いないや。」
ブスリと心に突き刺さるミシェルの言葉とテリーの同意。
…俺だって好きで独身を貫いているわけじゃない…好きなことやらせてもらっているからだ。仕方ないのだ、仕方ない…
俺が今やっている仕事はデオノーラ女王が始めたプロジェクト『竜鉱増産計画』の一つ。
需要が増えてきているドラゴニウムを今後どうやって増やしていくかについて、ドラゴン族だけでなく様々な種族の知恵を借りて進めているこのプロジェクト。
俺はそのうちの『安定供給化』における役割を一人で担っている。
「でもさ、一人で大丈夫なの?運搬とか夫婦二人でやった方が効率がいいし。」
「行く場所が場所だからねぇ…『安定供給』ってことになると、夫婦というのがリスクになったりするんだよ。」
「…どういうことですか?」
「俺が行ってるのは『竜の墓場』だからね。」
俺の言葉に二人の表情が青ざめる。
竜の墓場…それは、ドラゴニア帝国がまだ建立されておらず、魔王もまだ先代だった頃に犠牲となったドラゴンが葬られた場所の総称を言う。
現在は魔力によって蘇ったドラゴンゾンビや、元冒険者のアンデッド族が蔓延るドラゴニアの中でも危険な場所である。
「えっ!? そもそも二人で行くにも危ない所だっていうのに、そんなところ一人で行くのなんて猶更危ないよ!!帰ってこれなくなる心配が多分にあるじゃない!」
「ここに居住を構えていた夫婦が戻ってこなくなってしまったら、それこそ街中で大騒ぎになってしまうだろう?
それに、ドラゴンゾンビの腐敗のブレスを夫婦ともども浴びてしまったら、その場で…って可能性もあるわけで、仕事にならないだろう?
他にもアンデッド族が蔓延っているわけだし、それなら一人の方がまだダメージは少ないのさ。」
「それでは、貴方が戻ってこなくなった場合はどうするんですか? 今やってるのは貴方しかいないんですよね?」
「…女王様やプロジェクトメンバーには、俺がどの竜の墓場に行っているか伝えているし、いざという時のためにノウハウを書いた書類を残している。万が一、俺がいなくなってしまっても技術は引き継いでいけるさ。」
「だったら私達にも教えてよその場所! 助けに行ってあげるからさ!」
「気持ちは感謝するよ。でも、その竜の墓場の場所は機密事項なんだ。申し訳ないけど教えるわけにはいかないんだよ。」
「むぅ〜…!」
難しい顔を浮かべるミシェルと夫のテリー。まぁ、そう思われるのも無理はない。
「女王様は納得してくれたの?」
「まぁ、さっき話したリスクをちゃんと説明したうえでね。」
夫婦ともども竜の墓場で行方不明になるリスク。
どちらか一人だけで行った場合、夫の場合はワイトに夜の国へ連れ去られるリスク、妻の場合はアンデッド化するリスク。
また、夫婦で作業を行っている間にドラゴンゾンビの腐敗のブレスを浴びてしまえば、ドラゴニウムを育むのではなく愛を育むことに没頭してしまうリスク。
ドラゴニウムをただ取ってくるのではなく、安定して手に入れるためには何度も何度も足を運び入れなければならないリスク。
それと比較して、俺一人だけで行動した方がリスクを低減できることを示し、最終的に俺は女王の許可を得ることができた。
俺が竜の墓場で行方不明になるリスク。これは、育成場所を探して報告することと、あらかじめ育成方法を残しておくことで話がまとまった。
ワイトに連れ去られるリスク。これは、育成場所にワイトがいないことが条件となった。
暗黒魔界に出入りするため、野生の魔物に襲われるというリスクが新たに浮上したが、女王様の加護を貰うことと、魔物に会わない対策をすることでまとまった。
それでも、ドラゴンゾンビの危険性についてはぬぐいきれないため、視界に入らないことが絶対条件なのだが。
「ふぅん……そうなのか…」
「まぁ、こうやって一年半何事もなくできてるのが何よりの証拠さ。」
「…それもそうね。でも、気をつけてね?」
「心配してくれるんだね、ありがとう。」
「そりゃ、顔見知りだし…いなくなっちゃったらこうして飲むこともできないし…」
「そうだな…」
夫を手に入れてからでもこうして俺に会いにきてくれるのは嬉しいものである。
「だけど、一年半か…随分かかってるんだね。ここまで来るのに。」
ミシェルがポツリと呟く。
「……ドラゴニウムがここまでなりにくいものだとは思わなかったからね。」
ドラゴニウムを育て始めて一年半。
簡単だろうと思っていたドラゴニウムの育成はそう簡単なものではなかったのだ。
16/10/01 20:34更新 / 樹空渡
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