連載小説
[TOP][目次]
中編
『安定供給化』を始めるにあたって最大の問題となったのが、ドラゴニウムを育てる場所だった。
ドラゴニウムは暗黒魔界の洞窟や遺跡に生成されていることが多く、特にドラゴンゾンビが棲息する竜の墓場でよく取れる。
当然、ドラゴニウムを育てる場所として竜の墓場が真っ先に候補に挙がるが、何度も出向かなければならないことを考えると、当然いない方が好ましい。
かと言って、何も棲息していないような場所だと、墓場に漂う魔力も次第に少なくなってしまう。
竜の墓場に漂う魔力が持続し、かつ安全に作業できる場所…
そのような理想な場所がないか、俺は半年かけてドラゴニア西側の地域を調査した。
実地調査はもちろん、資料館に出向いて竜史や過去の文献を漁り、俺一人でドラゴニウムを育て上げるのに最適な場所を探した。
その結果、ある一つの竜の墓場を探し当てることができた。


昔。まだドラゴンが今の姿ではなく爬虫類…人類が怖れ慄く竜の姿をしていた頃。
今のドラゴニア帝国の女王、デオノーラ率いる竜の軍が、竜のためにと立ち上がった勇者を助けるために首都に進攻をかけた。
その結果、人間が治めていたドラゲイ帝国は滅び、後にドラゴニア帝国ができる布石となった。
その竜の軍の中に、ある青白き老竜がいたという。


―雷鳴竜レクヴォア―


かつて一鳴きすることで雷雲を引き起こしたとされる竜。
女王デオノーラとも面識はあり、老いた身を持ち上げ、ドラゲイ進攻に協力したという。
彼の者はその戦争後、人目を避けるように身を隠し、その生涯を閉じたといわれている。
没した日を推定する限りでは、新魔王が就任し、ドラゴンが皆今の姿に変わる十年前。
『もし、誰にも見つからずその生涯を閉じたのならば、死に絶えた場所にはレクヴォアの遺体…いや、ドラゴンゾンビだけがいるのではないか?』
そう仮説を立てた俺は、生涯を閉じた場所は何処なのか、現地に出向いて探した。
竜の巨体を隠せる…そして、去り際に女王に遺していった言葉…『同胞を見送るに相応しい場所』が何処にあるのかを探すために。

そして、見つけることができた。
山の中腹にあいたその洞窟は、過去にドラゲイ帝国の王が西側へ遠征する際に滞在していたと思われる場所。
西側の地域、竜の墓場を一望できる見晴しのいい場所にあった。

ドラゴンゾンビ以外にも魔物がいる可能性があるため、すぐ中を確認することは危険と判断した俺は、後日改めて女王デオノーラと、魔術協会所属で本プロジェクトに参加している既婚のバフォメット、キアラに足を運んでもらうことにした。
魔力流出を防ぐ魔術と可視化術、洞窟内に煙幕術を施した。
アンデット対策のために聖水を炊き、香を洞窟の中に入れてアンデットを眠らせることにした。
対策を万全にして、俺達三人は洞窟内へと足を進めた。
右に緩やかに曲がった洞窟の入り口、その奥には妙に整った広い空間と、色あせて破れた絨毯。
周囲の壁には1mの高さの足場があり、頑張れば天井まで手が届くくらいだ。
どうやらこの足場は、昔、部下が座って休息するために作られたもののようだ。
そして、敷かれた絨毯の中央には、俯せに横たわって眠っているドラゴンゾンビの姿があった。
緑に変色したその体にはふくよかさがあり、ゾンビとは思えないくらい整っている。
短く整えられた髪から覗かせるのは彼…いや、彼女の寝顔。
やはり、現魔王の影響を受けていると思われるその個体は、こちらに気付くこともなく寝息を立てていた。

…俺は正直驚いた。
ドラゴンゾンビと聞いた時、魔物娘ながらきっと悍ましい姿なのだろうと思っていた。
しかし、実際目の前にいるのは、安らかに寝息を立てている一匹の美しい竜だった。
一般に、ドラゴンゾンビは凶暴な個体と聞くが、そのような姿が想像できなかったのだ。


「…違いない。姿は違えど、あの魔力は紛れもなくレクヴォア公のものだ。」

中にドラゴンゾンビ以外いないことを確認し、洞窟を出た後、デオノーラ女王はそう仰られた。

「しかし、それ以外は何もいなかったことが幸いでした。」

そう、俺自身が吃驚するくらい、ドラゴニウムを育成する環境としては申し分ない環境だった。

「…あの洞窟、どう思うか?」

女王は俺とキアラに尋ねてきた。

「あの洞窟に漂う魔力を感じる限りでは、申し分ないのう。
一匹だけとはいえ、流石名を持ちし竜。その者の持つ魔力は他の竜を凌駕しておったわ。」

キアラは頷くように首を縦に振った。
俺がわからない魔力面について専門家がゴーサインを出したのなら…決まりだ。

「…洞窟の構造からして、ドラゴンゾンビ…レクヴォア公に見つからずに作業することは可能と判断致します。
最初だけその仕組みを設置する時にリスクがありますが、それさえできれば『洞窟に入ることをせずに魔界銀を出し入れする』ことは可能です。
加えて、ここの墓場にはドラゴンゾンビ以外に生成されているものはありませんでした。
竜の墓場で採れる飢餓竜の実もない、竜の骨も散乱していません。
よって、この洞窟は冒険する者にとっては何の利益も産まない洞窟と思われます。
これだけの好条件が揃っているこの洞窟こそ、ドラゴニウムを育てるのに相応しい場所だと判断致します。」

俺は内心、興奮していた。
この洞窟ほど好条件は後にも先にも見つからないだろう。
ここでドラゴニウムを育てることができる、そう確信していた。

「よし、レクヴォア公には申し訳ないが…ここで決まりだ。よろしく頼むぞ。」

二人の言葉を聞き、女王デオノーラは俺に許可を与えてくれた。

「はっ、デオノーラ女王様。」

こうして、第一関門、育てる場所については解決した。


次に、ドラゴニウムを育成するための装置の設置に取り掛かった。
俺は竜の墓場を探すまでの半年間の間に、『洞窟に入ることをせずに魔界銀を出し入れする方法』も頭の中で練っていた。
育成する環境が見つかったため、今度はこれを具現化する番である。

キアラと、鍛冶屋の旦那とサイクロプスの若女将の夫婦に協力を仰ぎ、洞窟内の内壁の形状を測定し、装置の作成に取り掛かった。

装置と言っても、その構成は単純である。
レールと滑車、麻縄を用いて、魔界銀を洞窟の外から出し入れする方法だ。
延性に富み、強度のある魔界銀のレールを天井に這わせ、所々に滑車を設ける。
そして、レールの間、コの字に内側向きに爪がついた形状の間に麻縄を通して、麻縄を円形にして結ぶ。
最後に、円となった麻縄のうち半分の円弧上に魔界銀を括りつけるための麻縄を何個も結んでいく。
そうすることで、魔界銀がついてる側の縄を引けば魔界銀を中から手繰り寄せ、ついていない側の縄を引けば魔界銀を奥にしまうことができる。
そのような構成の装置を合計8本作り、安定供給のラインを構築した。

設置には細心の注意を要した。
煙幕、暗視、催眠香といった、レクヴォア公が目覚めないようにする対策だけでなく、設置する装置や使用する器具に消音術も施した。
そして、レールにドラゴニウムが付着して障害になるのを防ぐために、レール設置後に魔界銀の魔力吸収、魔力漏れを防ぐためのコーティングの魔法も使用した。
俺の手ではどうすることもできないようなことを、キアラと鍛冶屋の夫婦が丁寧に仕上げてくれた。
ここまで来れば、後は育成するだけである。
ドラゴニウムの安定供給、その期待に応えるだけだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


そして、一年半の月日が流れた。
その間に俺は、より早くより安定してドラゴニウムが生成される方法を模索し続けた。
今現在確立しているドラゴニウムの生成の流れはこうだ。

・材料を準備する
  必要なのは、真新しい魔界銀と、とある液体の二つのみ。
  魔界銀は鍛冶屋より仕入れている。
  魔力の放出がほとんどない魔界銀の方が、ドラゴニウムが生成されやすいことがわかった。
  とある液体とは…秘密だ。こればっかりは教えてしまうと真似されるのでね。
  専売特許とさせてくれ。
  …ヒント? そうだな……俺が公然の前で買うと女性達がその行方を気にしてしまう、そんな代物だ。
  …しまったな、わかってしまうか…

・魔界銀を20cm四方、高さ2cmの直方体の形状に整える
  鍛冶屋から魔界銀を仕入れる際に、タグ状に成型してもらっている。
  そうすることで、より少ない魔界銀で表面にドラゴニウムを生成させることが可能となる。
  本当は凸凹にした方がドラゴニウムの生成量としては増えるのだが、形状が悪くなるので敢えて平らにしている。
  これを20〜30個作成する。

・ドラゴニウムを回収し、魔界銀を設置する。
  作業場に着いたら、まずドラゴニウムを回収する。
  この時、全部回収するのではなく四,五個ごとに一つ、敢えて回収せずに残しておく。
  こうすることで、ドラゴニウムの魔力を他の魔界銀のタグにも及ぼしやすくしている。
  回収した後は、新しい魔界銀を麻縄にくくりつけ、タグがついてない側を手繰り寄せて魔界銀を洞窟内に収納する。
  そうそう、縄にくくりつける前に魔界銀の表面に液体を塗る必要があったな。
  その液体に溶け込んでいる竜の魔力を利用して、魔界銀の魔力と洞窟内の魔力を結びつきやすくしているのだ。


後は、回収したドラゴニウムを提供するだけだ。
生成されたドラゴニウムは、魔界銀がついた状態のパターン、もしくは鍛冶屋に依頼して魔界銀とドラゴニウムに分けるパターンの2パターンで提供している。
魔界銀がついている方が当然値段は高いが、これは魔界銀の価値も含まれているからである。
ドラゴニウムを作るために魔界銀は魔力を放出し、品質は劣ってしまうのだが、魔界銀としての機能はまだ十分に持っている。
そのため、他の金属に混ぜ合わせて使用するなど、他の用途に転用されることが多いのだ。
最近では、魔界銀のタグの片方だけについたドラゴニウムを取り除き、もう一方にはドラゴニウムがそのままついた状態で提供することも増えている。
この場合、魔界銀のタグが平らなことを利用し、台座替わりにしてドラゴニウムを置き、インテリア用として使われることが多いのだ。


この結果、現在ある程度までドラゴニウム流通させることができた。


ただ一つ、問題なのは…
生成されるスピードがどうしても遅いのである。

最初にできたのは設置してから半年後。
その間に改良を重ね、三か月にまで縮めることができた。
しかし、ドラゴニウムの需要はそれ以上である。
装置のライン数は8本。一週間ごとずらして新しく魔界銀を設置していったとしても、納期にはムラが出て、数も大した数にはならない。
それこそ、生成スパンを一か月にまで縮め、一週間で2ライン分のドラゴニウムを収穫できるようにする必要があるのだ。
…きっと、俺の力ではどうすることもできないような、何か隠された生成のメカニズムがあるのだろう。

そして現在、その生成メカニズムについて調査している。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


「…半減期…ですか…?」
「そうじゃ。半減期の違い、これがドラゴニウムの生成を左右する原因としてみて間違いなさそうじゃの。」

魔術協会に依頼していた成分調査。
担当のキアラから聞きなれない言葉を聞いた。半減期? なんだそりゃ??

「あー、そうだな。半減期について説明しようぞ。
半減期とはな、ある物体が持つ魔力やエネルギーを外に放出する時間を表しているのじゃ。」
「放出する時間…?」
「例えばのぉ…これは厳密には半減期というわけじゃないが…鍋で沸かしたお湯があるじゃろ。
 そのお湯は、時間が立てばどんどん冷めていく。これはわかるじゃろ?」
「ええ、わかります。」
「同じようにお湯を温めた鍋、これも次第に冷めていくが、鍋の方が冷めるのが早い。これもわかるじゃろ?」
「あー…確かにそう言われてみれば…」
「このように、物体によって熱の放出の仕方が変わってくるのじゃ。
 この熱が、その物体の持つ全部の熱の半分放出する時間のことを、半減期と思ってくれればよい。
 鍋の持つ熱の半減期は早い、水の持つ熱の半減期は遅い。こんな感じじゃ。」
「なるほど…」

どうやら、魔力も熱と同じように半減期を持っているというのか。

「魔界銀はな、そのものが持つ魔力が膨大な分、半減期も長くてのぅ。故に長く魔力を出し続けることは可能なのじゃが、その魔力は微小なのじゃ。
 反対に、魔界金というのも存在するのじゃが、こやつの半減期はとてつもなく速い。故に空気に触れるとすぐに魔力を放出してしまうのじゃ。よって扱いづらく、市場には流通しておらぬ。」
「なるほど…」
「で、本題なのじゃが…ここに、天然のものと、お主が育てたものの2つのドラゴニウムが生成された魔界銀がある。
 これを調べてみるとじゃな…魔界銀の半減期が異なることが判明したのじゃ。」
「同じ魔界銀なのに半減期が違う、そんなことってあるんですか?」
「同じ物質なのに性質が違うものが存在する、これ自体は実はありえることなのじゃ。
 天然の方の魔界銀の方が半減期が早い。ただ、魔界銀の含有する魔力は同じであるから、魔力放出がしやすい分、早く寿命が来る。」
「…要するに、魔力を多く出すからドラゴニウムがなりやすい…ということですか?」
「そういうことになる。」
「……本場の竜の墓場の方が、ドラゴンゾンビが一人いるだけの竜の墓場より環境がよいということですか。」
「…まぁ、そういうことになるのかのぅ…」

キアラは腕を組んで顔をしかめうぅんと唸っている。

正直、俺も腕を組んで悩みたい…!
あのドラゴンゾンビだけでは、本場の竜の墓場の環境まで持って行くことができなかったのか。
今の環境では、安定して供給するところまで持って行くことができないのか。
ここまで順調に来てたのに、急に暗礁に乗り上げてしまったような感じだ。
魔界銀の性質…これを変える方法…一体、何があるというんだ…!

「…のぅ、お主。」

俺が顔を上げると、キアラは真っ直ぐ俺を見ていた。
その顔は、何と言うか…挑戦的と言うか、子を見る母のような…そんな妖艶な顔だった。
…何か…何か策があるのか?

「魔界銀の性質変更。これは、外的要因によるものと見て間違いない。
 収穫した魔界銀に、ある成分が付着しておった。」
「ある成分? 何なんです?」

聞いた俺に対し、キアラから発せられた発言は衝撃的なものだった。

「…お主に、腐敗のブレスを吐かせることはできるかのう?」

…は?
…腐敗のブレス…だって…?
16/10/01 20:35更新 / 樹空渡
戻る 次へ

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33