聴き込み
ステンライナ滞在3日目。トーマとトレアはメリーと言うワーウルフの元を訪ねていた。
狼なのにメリーとは、などと心の中で苦笑しつつ、トーマは彼女にいくつかの確認をとる。
どういう関係か、人柄はどうだったか、仮に自ら姿を消す理由があるのか、などだ。
「ジーナとは彼女が越してきてからの友人よ。夫がハンソンカンパニーに務めててね。越してきて知り合いの少なかった彼女を気にして私に紹介したの」
ちなみにこのメリーというワーウルフは魔物化した口であり、原種であったならこうスンナリと話はできないだろうとはトレア談である。
「人柄?明るい子よ、まぁ少し引っ込み思案な感じもあるけどね。誰かに恨まれるタイプじゃないわ」
そう言ってメリーが紅茶に口をつけたとき、偶然にも彼女の夫カトルが帰宅した。
丁度いいので彼からも話を聞くことにした。
「自ら失踪する理由?いや、思い当たらないな。仕事も順調だったし、それに…」
「ジーナも私と一緒にこの人の妻になる予定だったの。ワーウルフになってね」
トーマからすれば驚く内容である。しかしトレアによればこういった一夫多妻も、同意の上や自ら望んで魔物化する女性も、親魔物の地域では少なくないのだそうだ。
それはさておき、話を聞く限りでは失踪の原因も動機もないことがわかった。
2人は彼女の人相や服装を聞き、最後にどうか彼女を見つけ出して欲しいと頼まれて夫婦の家を後にした。
「彼女の当日着ていた大きな花柄のワンピース、記憶には残りそうだな」
「ああ。門の警備は間違いなく覚えているだろう」
失踪当日、休みだったジーナはたまたまハンソン氏とばったり出会っており、落下した荷物を捜索する手伝いを頼まれたのだという。そのやり取りはメリーも見聞きしていた。
そしてその手伝いから戻った後で行方不明になっているのだ。
「そこで本当は足取りを追いたいところだが…」
「なら、保安部と病院は私が行こう」
「一人で大丈夫か?」
「ああ。メモも持っているし、確認する内容も心得ている」
トーマはその言葉に甘えて彼女とは別行動となった。
彼が先ず向かったのは西側の門。そこの警備兵に改めて目撃情報を確認し、話を聞くつもりである。
「ゴードンたちにも話したが、確かに彼女だったよ」
「来ている服はもちろんそうだったし、背格好も確かそのくらいだったはずだ」
「あ、そうそう。戻ってきた時も特徴はちゃんと合ってたらしいし」
警備兵によれば彼女で間違いないという。ただその発言に違和感を感じたトーマは直ぐに聞き返した。
「らしい、ってのは?」
「あぁ、言い忘れてたか。俺たち二人は日中の担当で、あともう二人夜中の担当がいるんだ」
「出ていく時は俺たちが見てて、戻ってきた時は夜勤の二人が確認してたんだよ。夕方くらいだったみたいだけどな」
それを聞いて思うところのあったトーマは、入退の記録も見せてもらう。トーマたちもこの街に来た時に書かせられたもので、当然ジーナも書いているはず。
街から出る時のものと、入る時のもの。その両方を確認したトーマは、自身も名前を記入して街の外へと出る。
門を出てすぐ左の林の中に入り、街の外壁沿いを進んでいく。
ステンライナは真上から見ると八角形をしており、それぞれの辺は東西南北と北東、南東、北西、南西にある程度正確と言ってよい。
トーマはその南西の辺にあたる所まで来ると地図を広げた。
(もう少し先の辺りか…)
数十メートル進んだ所で、トーマは辺りを見回した。
(折れた木の枝…ここで間違いなさそうだ)
トーマの考えた通り、そこはハンソンカンパニーの裏手であった。
折れた木の枝は言わずもがな、荷物の落ちてきた痕跡である。それに、足元の落ち葉に紛れて人工物もちらほらと見えていた。
周辺を30分程捜索して、ちぎれたロープ、割れた瓶の破片、木片などを発見する。どれも荷物の落下の証拠ではあるものの、行方不明者の痕跡では無い。しかし。
(…なるほどな)
トーマの見つめるロープと木片の断面は一部、刃物で傷付けられたような痕が残っていたのである。
とするならば考えられることは1つ。人為的な工作によって荷物は落ちるように仕組まれていたのだ。
トーマは更に何か痕跡になるようなものが無いか、落ち葉を掻き分けながら探し出した。
木々の合間から夕日の筋が伸びてきた頃、大きな石レンガで出来たその壁を見つめていたトーマ。
彼は静かに街の門へと引き返し始めたが、その表情に落胆の色はない。
__________
ミラは1人、ハンソンカンパニーへ赴いていた。
なぜハンソンカンパニーの社員だけが被害にあっているのか、を確かめるためである。
生憎ハンソン氏は不在だったが、先日と同じサキュバスが受付だったためにすぐに中へ通された。
先日も使った貨物用のエレベーターでまずは屋上へ。
「あれ、あなた昨日のケンタウロスさん?」
屋上に着くと1人のハーピーが出迎えた。メアというそのハーピーに話を聞くことにしたミラは、事情を話してみる。
「うーん、この会社の人ばっかりな理由かぁ。わかんないなぁ」
「そう…。じゃあ誰か心当たりありそうな人知らない?」
そう訊かれたメアは、少し考えてマートルという男がこの会社に設立当初からいる事を伝えた。
彼がいるのは地下の大倉庫で、現場責任者をしているという。
「マートルさんね、訪ねてみるわ。それから少し話は変わるんだけど、モルアナがいなくなった時ってどういう状況だったのかしら?」
モルアナとは、約1ヵ月前に姿を消したハーピーの名である。
昨日はモルアナともう1人の失踪したハーピー、ハンナに関して失踪する心当たりがないかを中心に確認していた。
そのため、今朝トーマから失踪当時の状況を確認して欲しいと頼まれたのである。
「えっとねぇ…」
メアの説明はひどく大雑把なものであった。おかげで合間合間に何度も確認と質問を挟む形になったが、ミラは淡々と話をまとめていく。
結果として分かったのが次の通りだ。
失踪した日の仕事もそろそろ終わりという頃、配達から戻ってきた2人に例のマートルという倉庫監督の男が慌てた様子で声をかけたのだという。
彼女達の担当する地区に配る荷物が1つ何かの手違いで残ったままになっており、しかも配達指定がされていて翌日には回せないものだったらしい。
頭を下げるマートルに彼女達は気にしないように言うと、2人でその少し大きな木箱をぶら下げて飛び立ったが、そこでハプニングが起きる。
木箱に巻かれていた持ち手用のロープが切れ、モルアナだけがその木箱をぶら下げている状況になってしまったのだ。
ハンナも慌てて取り直そうとするが、結果として高度は緩やかに下がっていき、途中で荷物がこぼれ落ちて散乱した。
落胆する声を漏らした彼女達は、暗くなってきた中で散乱した荷物を集め始めた。
手伝おうか、と声をかけると、彼女達はそんなに時間はかからなそうだから大丈夫だと返したので、メアを含め他のハーピーたちはその場を後にしたそうだ。
「私はまだ報告もあったから少し会社に残ってて、私が帰る時に名札が戻されてたから帰っては来たみたいなんだけど」
「名札?」
これだよ、と見せられたメアのそれは、薄茶色の革出てきたものでハンソンカンパニーと社名が入っていた。裏にはメアの名前が書かれている。
配達先にハンソンカンパニー社員である証明として首からかける名札が配られており、退勤時には所定の場所に戻すことになっているという。
それが戻されていたということは、会社には1度戻ってきた証明であった。
大体のことは聞き終えたミラはメアに礼を言うと、今度は地下の倉庫まで降りていった。
地下倉庫は2フロア分の高さがあり、面積もかなり広いものであった。
太い柱が左右の手前側と奥側に計4本立っており、柱に掛けられた看板から、荷物の配達先などに応じて区分けされているのが読み取れた。
「マートルは俺だよ、なんか用かい?」
最初に声をかけた男、偶然にもその人がマートルであった。歳の頃は40後半、額の広くなり始めた短髪で、ガタイのいい男であった。
「ウチの社員が狙われてる理由なぁ。特には思い当たらねぇな、そりゃ社員の中にゃあ社長に不満の一つや二つあるだろうけどよ。仮にもモルアナとハンナはだれかに恨まれることぁねぇだろうし」
「その社長への不満って言うのは、あなたもあるのかしら?」
「ん?俺を疑ってんのか?」
「いいえ、参考までよ」
「…まぁいい。俺の不満といや、あのエレベーターだな」
彼が指さしたのは倉庫の奥側に設置されたエレベーターだった。
貨物用のようで、なんともおかしな場所にある。そのエレベーターは壁に埋め込まれているでも、背中をつけているでもなく、中途半端な位置に孤立して伸びているのだ。
エレベーターの周りは木箱で固められており、使用する事は不可能になっていた。
「元々、あれは壁際に設置されていたみたいなんだがよ。ここの地下倉庫を奥側に広げた時に取り残されたもんらしくてなぁ、老朽化してるってんで創業当時から使用禁止になってんだよ」
「撤去はしないのかしら?」
「俺も進言はしたんだ。ここに来て初めてあれを見た時から、邪魔になるのは文字通り目に見えてたしな。だがなんでも費用と時間を食うってんで、端から撤去は度外視したらしくてよ。あれがなけりゃ、もうちっとは場所も動きも楽になるんだがなぁ…」
ミラとマートルは、話しながらそのエレベーターまで歩み寄っていた。
ミラが気になっているのを察したマートルは、手頃な箱を動かして近くで見れるようにしてくれた。
「ありがとう」
ゴンドラは上がっているようでそこにはなく、床より下の駆動部が丸見えであった。
ちなみに述べると、このエレベーターは地下に設置された巻取り機から伸びた太いロープで、最上部にある滑車を介してゴンドラを吊り下げている。
ミラはその巻取り機を暫く眺めていたかと思うと、マートルにこのエレベーターが動いているのを見たことがあるか訊ねた。
マートルの返答は、先も述べた通り使用禁止になっているため1度も見たことはないということであった。
「ねぇ、あそこは何かしら?」
周りを見回したミラは次に、倉庫の奥にある扉を示した。
「ああ、あれは特別な客用の荷物が保管されてる倉庫さ」
「特別な客?」
「ああ。俺も詳しくは知らねぇんだが、社長と秘書以外立ち入り禁止になっててよ。なんでも気難しい客らしくて、他のやつが触るのをえらく嫌がられてるんだとさ」
「そう…変わったお客もいたものね…」
ミラは観音開きの扉を引いてみるが、鍵が掛かっているようで開く気配はない。
耳を当てて様子を伺ってみるが物音もせず、中の様子は伺い知れなかった。
次に彼女はマートルからモルアナとハンナの名前が上がっていたのを思い出し、屋上でメアから聞いた話を確認した。
彼の話よれば、2人が行方不明になる前日の内に、その日配達する分は全て屋上の仮置き倉庫へ上げ終えたはずだったらしい。
管理用のリストは担当者とマートルの2人が目を通しており、たしかに抜けはなかったという。
しかし、行方不明になった当日の夕方になってマートルが上がっていない荷物があることに気がついたのだ。
「まぁその後は運が悪かったなぁ。あの切れたロープもそこまで傷んでもいなかったはずなんだが…」
マートルは小首を傾げながらそう言うと続けて、荷物が壊れてなかったのだけは救いだけどな、と言った。
それについてミラが訊ねると、損害補償の請求が来ていないと彼は答えた。
落下などで荷物が破損した場合は、ハンソンカンパニー側がその全額を補償する制度をとっており、これまでも何度かそういったやり取りがあったらしい。
しかし、その時の配達先からはそういった要求が一切ないため、辛うじて荷物は無事だったのだろうとマートルは言った。
「彼女達の姿を見たのは、荷物の受渡しの時が最後かしら?」
「ああ、そうだな」
ミラは徐に顎へ手をやり、暫くなにか考えていたかと思うと再び口を開いた。
「一つ聞きたいのだけど、その日モルアナやハンナを知っていて、遅く帰った人って居ないかしら?」
「うーん…そうなると事務のオスローくらいかな」
マートルに礼を言うと、ミラは貨物用エレベーターに乗り、3階のオフィスへ向かった。
狼なのにメリーとは、などと心の中で苦笑しつつ、トーマは彼女にいくつかの確認をとる。
どういう関係か、人柄はどうだったか、仮に自ら姿を消す理由があるのか、などだ。
「ジーナとは彼女が越してきてからの友人よ。夫がハンソンカンパニーに務めててね。越してきて知り合いの少なかった彼女を気にして私に紹介したの」
ちなみにこのメリーというワーウルフは魔物化した口であり、原種であったならこうスンナリと話はできないだろうとはトレア談である。
「人柄?明るい子よ、まぁ少し引っ込み思案な感じもあるけどね。誰かに恨まれるタイプじゃないわ」
そう言ってメリーが紅茶に口をつけたとき、偶然にも彼女の夫カトルが帰宅した。
丁度いいので彼からも話を聞くことにした。
「自ら失踪する理由?いや、思い当たらないな。仕事も順調だったし、それに…」
「ジーナも私と一緒にこの人の妻になる予定だったの。ワーウルフになってね」
トーマからすれば驚く内容である。しかしトレアによればこういった一夫多妻も、同意の上や自ら望んで魔物化する女性も、親魔物の地域では少なくないのだそうだ。
それはさておき、話を聞く限りでは失踪の原因も動機もないことがわかった。
2人は彼女の人相や服装を聞き、最後にどうか彼女を見つけ出して欲しいと頼まれて夫婦の家を後にした。
「彼女の当日着ていた大きな花柄のワンピース、記憶には残りそうだな」
「ああ。門の警備は間違いなく覚えているだろう」
失踪当日、休みだったジーナはたまたまハンソン氏とばったり出会っており、落下した荷物を捜索する手伝いを頼まれたのだという。そのやり取りはメリーも見聞きしていた。
そしてその手伝いから戻った後で行方不明になっているのだ。
「そこで本当は足取りを追いたいところだが…」
「なら、保安部と病院は私が行こう」
「一人で大丈夫か?」
「ああ。メモも持っているし、確認する内容も心得ている」
トーマはその言葉に甘えて彼女とは別行動となった。
彼が先ず向かったのは西側の門。そこの警備兵に改めて目撃情報を確認し、話を聞くつもりである。
「ゴードンたちにも話したが、確かに彼女だったよ」
「来ている服はもちろんそうだったし、背格好も確かそのくらいだったはずだ」
「あ、そうそう。戻ってきた時も特徴はちゃんと合ってたらしいし」
警備兵によれば彼女で間違いないという。ただその発言に違和感を感じたトーマは直ぐに聞き返した。
「らしい、ってのは?」
「あぁ、言い忘れてたか。俺たち二人は日中の担当で、あともう二人夜中の担当がいるんだ」
「出ていく時は俺たちが見てて、戻ってきた時は夜勤の二人が確認してたんだよ。夕方くらいだったみたいだけどな」
それを聞いて思うところのあったトーマは、入退の記録も見せてもらう。トーマたちもこの街に来た時に書かせられたもので、当然ジーナも書いているはず。
街から出る時のものと、入る時のもの。その両方を確認したトーマは、自身も名前を記入して街の外へと出る。
門を出てすぐ左の林の中に入り、街の外壁沿いを進んでいく。
ステンライナは真上から見ると八角形をしており、それぞれの辺は東西南北と北東、南東、北西、南西にある程度正確と言ってよい。
トーマはその南西の辺にあたる所まで来ると地図を広げた。
(もう少し先の辺りか…)
数十メートル進んだ所で、トーマは辺りを見回した。
(折れた木の枝…ここで間違いなさそうだ)
トーマの考えた通り、そこはハンソンカンパニーの裏手であった。
折れた木の枝は言わずもがな、荷物の落ちてきた痕跡である。それに、足元の落ち葉に紛れて人工物もちらほらと見えていた。
周辺を30分程捜索して、ちぎれたロープ、割れた瓶の破片、木片などを発見する。どれも荷物の落下の証拠ではあるものの、行方不明者の痕跡では無い。しかし。
(…なるほどな)
トーマの見つめるロープと木片の断面は一部、刃物で傷付けられたような痕が残っていたのである。
とするならば考えられることは1つ。人為的な工作によって荷物は落ちるように仕組まれていたのだ。
トーマは更に何か痕跡になるようなものが無いか、落ち葉を掻き分けながら探し出した。
木々の合間から夕日の筋が伸びてきた頃、大きな石レンガで出来たその壁を見つめていたトーマ。
彼は静かに街の門へと引き返し始めたが、その表情に落胆の色はない。
__________
ミラは1人、ハンソンカンパニーへ赴いていた。
なぜハンソンカンパニーの社員だけが被害にあっているのか、を確かめるためである。
生憎ハンソン氏は不在だったが、先日と同じサキュバスが受付だったためにすぐに中へ通された。
先日も使った貨物用のエレベーターでまずは屋上へ。
「あれ、あなた昨日のケンタウロスさん?」
屋上に着くと1人のハーピーが出迎えた。メアというそのハーピーに話を聞くことにしたミラは、事情を話してみる。
「うーん、この会社の人ばっかりな理由かぁ。わかんないなぁ」
「そう…。じゃあ誰か心当たりありそうな人知らない?」
そう訊かれたメアは、少し考えてマートルという男がこの会社に設立当初からいる事を伝えた。
彼がいるのは地下の大倉庫で、現場責任者をしているという。
「マートルさんね、訪ねてみるわ。それから少し話は変わるんだけど、モルアナがいなくなった時ってどういう状況だったのかしら?」
モルアナとは、約1ヵ月前に姿を消したハーピーの名である。
昨日はモルアナともう1人の失踪したハーピー、ハンナに関して失踪する心当たりがないかを中心に確認していた。
そのため、今朝トーマから失踪当時の状況を確認して欲しいと頼まれたのである。
「えっとねぇ…」
メアの説明はひどく大雑把なものであった。おかげで合間合間に何度も確認と質問を挟む形になったが、ミラは淡々と話をまとめていく。
結果として分かったのが次の通りだ。
失踪した日の仕事もそろそろ終わりという頃、配達から戻ってきた2人に例のマートルという倉庫監督の男が慌てた様子で声をかけたのだという。
彼女達の担当する地区に配る荷物が1つ何かの手違いで残ったままになっており、しかも配達指定がされていて翌日には回せないものだったらしい。
頭を下げるマートルに彼女達は気にしないように言うと、2人でその少し大きな木箱をぶら下げて飛び立ったが、そこでハプニングが起きる。
木箱に巻かれていた持ち手用のロープが切れ、モルアナだけがその木箱をぶら下げている状況になってしまったのだ。
ハンナも慌てて取り直そうとするが、結果として高度は緩やかに下がっていき、途中で荷物がこぼれ落ちて散乱した。
落胆する声を漏らした彼女達は、暗くなってきた中で散乱した荷物を集め始めた。
手伝おうか、と声をかけると、彼女達はそんなに時間はかからなそうだから大丈夫だと返したので、メアを含め他のハーピーたちはその場を後にしたそうだ。
「私はまだ報告もあったから少し会社に残ってて、私が帰る時に名札が戻されてたから帰っては来たみたいなんだけど」
「名札?」
これだよ、と見せられたメアのそれは、薄茶色の革出てきたものでハンソンカンパニーと社名が入っていた。裏にはメアの名前が書かれている。
配達先にハンソンカンパニー社員である証明として首からかける名札が配られており、退勤時には所定の場所に戻すことになっているという。
それが戻されていたということは、会社には1度戻ってきた証明であった。
大体のことは聞き終えたミラはメアに礼を言うと、今度は地下の倉庫まで降りていった。
地下倉庫は2フロア分の高さがあり、面積もかなり広いものであった。
太い柱が左右の手前側と奥側に計4本立っており、柱に掛けられた看板から、荷物の配達先などに応じて区分けされているのが読み取れた。
「マートルは俺だよ、なんか用かい?」
最初に声をかけた男、偶然にもその人がマートルであった。歳の頃は40後半、額の広くなり始めた短髪で、ガタイのいい男であった。
「ウチの社員が狙われてる理由なぁ。特には思い当たらねぇな、そりゃ社員の中にゃあ社長に不満の一つや二つあるだろうけどよ。仮にもモルアナとハンナはだれかに恨まれることぁねぇだろうし」
「その社長への不満って言うのは、あなたもあるのかしら?」
「ん?俺を疑ってんのか?」
「いいえ、参考までよ」
「…まぁいい。俺の不満といや、あのエレベーターだな」
彼が指さしたのは倉庫の奥側に設置されたエレベーターだった。
貨物用のようで、なんともおかしな場所にある。そのエレベーターは壁に埋め込まれているでも、背中をつけているでもなく、中途半端な位置に孤立して伸びているのだ。
エレベーターの周りは木箱で固められており、使用する事は不可能になっていた。
「元々、あれは壁際に設置されていたみたいなんだがよ。ここの地下倉庫を奥側に広げた時に取り残されたもんらしくてなぁ、老朽化してるってんで創業当時から使用禁止になってんだよ」
「撤去はしないのかしら?」
「俺も進言はしたんだ。ここに来て初めてあれを見た時から、邪魔になるのは文字通り目に見えてたしな。だがなんでも費用と時間を食うってんで、端から撤去は度外視したらしくてよ。あれがなけりゃ、もうちっとは場所も動きも楽になるんだがなぁ…」
ミラとマートルは、話しながらそのエレベーターまで歩み寄っていた。
ミラが気になっているのを察したマートルは、手頃な箱を動かして近くで見れるようにしてくれた。
「ありがとう」
ゴンドラは上がっているようでそこにはなく、床より下の駆動部が丸見えであった。
ちなみに述べると、このエレベーターは地下に設置された巻取り機から伸びた太いロープで、最上部にある滑車を介してゴンドラを吊り下げている。
ミラはその巻取り機を暫く眺めていたかと思うと、マートルにこのエレベーターが動いているのを見たことがあるか訊ねた。
マートルの返答は、先も述べた通り使用禁止になっているため1度も見たことはないということであった。
「ねぇ、あそこは何かしら?」
周りを見回したミラは次に、倉庫の奥にある扉を示した。
「ああ、あれは特別な客用の荷物が保管されてる倉庫さ」
「特別な客?」
「ああ。俺も詳しくは知らねぇんだが、社長と秘書以外立ち入り禁止になっててよ。なんでも気難しい客らしくて、他のやつが触るのをえらく嫌がられてるんだとさ」
「そう…変わったお客もいたものね…」
ミラは観音開きの扉を引いてみるが、鍵が掛かっているようで開く気配はない。
耳を当てて様子を伺ってみるが物音もせず、中の様子は伺い知れなかった。
次に彼女はマートルからモルアナとハンナの名前が上がっていたのを思い出し、屋上でメアから聞いた話を確認した。
彼の話よれば、2人が行方不明になる前日の内に、その日配達する分は全て屋上の仮置き倉庫へ上げ終えたはずだったらしい。
管理用のリストは担当者とマートルの2人が目を通しており、たしかに抜けはなかったという。
しかし、行方不明になった当日の夕方になってマートルが上がっていない荷物があることに気がついたのだ。
「まぁその後は運が悪かったなぁ。あの切れたロープもそこまで傷んでもいなかったはずなんだが…」
マートルは小首を傾げながらそう言うと続けて、荷物が壊れてなかったのだけは救いだけどな、と言った。
それについてミラが訊ねると、損害補償の請求が来ていないと彼は答えた。
落下などで荷物が破損した場合は、ハンソンカンパニー側がその全額を補償する制度をとっており、これまでも何度かそういったやり取りがあったらしい。
しかし、その時の配達先からはそういった要求が一切ないため、辛うじて荷物は無事だったのだろうとマートルは言った。
「彼女達の姿を見たのは、荷物の受渡しの時が最後かしら?」
「ああ、そうだな」
ミラは徐に顎へ手をやり、暫くなにか考えていたかと思うと再び口を開いた。
「一つ聞きたいのだけど、その日モルアナやハンナを知っていて、遅く帰った人って居ないかしら?」
「うーん…そうなると事務のオスローくらいかな」
マートルに礼を言うと、ミラは貨物用エレベーターに乗り、3階のオフィスへ向かった。
21/07/27 12:49更新 / アバロン3
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