ワーウルフ
爆破事件の影響は大きかった。
まず大きく動いたのは潔癖なある婦人団体だった。
『爆破事件の犠牲者に哀悼の意を示し、
魔物娘をこの国から排斥し、魔物娘と関わりのある
国との国交を断絶することを徹底すべき』
そういった内容の抗議文を政府に提出したのだ。
その団体は政府に大きく関わりのある人間も多数所属していたので
発言力が強かった。
国内は彼らの考えが主流となり街のいたるところで
団体のシンボルである純白のシーツが掲げられていた。
一方で魔物娘と手を取り合い、相互理解を深めるべきという
意見も死んではいなかった。
私が目撃したファントムはあの日以来見てはいないが
以前より活動が活発化しているのは明らかだ。
主に支持しているのはまだ相手を見つけていないような若い労働者たち、
あるいは外国とも交流が盛んな商人連中だ。
今、国内では二つの意見がにらみ合いをしている。
私がその日の入国審査の準備をしていたとき
ある兵士が私のところに来た。
「あの、入国審査官であるあなたに頼みがあるんです」
見たところ若い、まだ世間の残酷さをよく知らないような
青年だった。
「今日、私の故郷から妹がこの国にやってくるんです。
どこかへ嫁に行ってもいい年頃なのに、私と一緒にいたいって・・
ははっ、まだまだ甘えん坊なんです。
でもおっちょこちょいだからきっと必要な書類などを
忘れてしまうかもしれません」
そういって彼は懐から銀貨一枚を取り出した。
銀貨は銅貨10枚分の価値である。
「これは前払いです。妹が無事にここを通過できたなら
もう一枚払います」
「お願いします。大切な家族なんです」
彼は頭を下げた。
「収賄は立派な犯罪ですよ」
私は脅すように告げた。
「お願いします」
きっとこの若い兵士は私が首を縦に振るか通報しない限り
てこでも動かないだろう。
考えておきます、とだけ返して彼を退出させた。
さて、どうしたものか。
再開した検問所は平和だった。
しかし前よりも検問を厳しくするよう指示があり、
魔物娘の入国はますます厳しくなった。
「モチツキーです。ジパングからきました」
「どのような目的ですか」
「友人の元で働くことになりました。数か月はいる予定です」
木槌のような道具を持った男に入国許可の印を押す。
「ソデツキーです。辺境で木の本数を数える仕事をしていました」
「今回はどのような目的で帰国したのですか」
「同志が活動を再開したと聞いたので」
書類上の不備はなかったので入国許可の印を押す。
「クビワツキーです。傭兵です」
「目的はなんですか」
「ちょっとしたお手伝いです」
目的は具体的ではなかったが、とりあえず入国許可の印を押した。
命の危険を感じたので。
「次の方、お入りください」
私は次の入国者を呼んだ。
入ってきたのは若い村娘だった。
見たところ年は10の中頃ぐらいで
普通は一人で検問所を訪れるような
年齢ではなさそうだ。
しかし彼女には幼さ以外の特徴があった。
頭の上に短い毛で覆われた耳が二本生え、
腰の後ろには箒のような尻尾を生やしていた。
「あのっ、この国で働いてる兄に用事があって来ました」
彼女はこちらが訪ねる前に口を開いた。
「入国許可証はお持ちですか。」
「は、はいっ!」
彼女が取り出した入国許可証にはとくに怪しい点はなかった。
しかし、
「魔物娘の入国は現在規制されております」
「えっ」
私の言っていることは意地悪に聞こえるだろう。
だが今の国内は彼女にとっても危険である。
「お願いします。私はお兄ちゃんに会いに来ただけなんです!」
彼女は泣きそうな顔で懇願した。
「ではあなたがこの国に害意がないことを
証明するものはございますか」
私の問いに彼女はぐっと頭を傾け考え、
考え抜いた答えを言った。
「私がこの姿になったのは数か月前です。
その入国許可証が発行されたころはまだ人間でした。
それならばその入国許可証は有効だと思います」
確かに入国許可証の発行は半年前、有効期限もまだ切れていない。
私は彼女の目を見て、そして少し考え、ポケットから銀貨を取り出した。
「これはあなたの兄の物ですか」
「そうだと思います。お兄ちゃんのにおいがしますから」
「ではこれを彼に返してあげてください。
これを受け取って彼を犯罪者にしたくはありません」
「あの、入国は・・・?」
「国内では耳と尻尾を隠すこと。用事が終わったら
すぐにこの国を出ること。
この二つを順守してください」
彼女は検問所を出るまでに
何度もこちらを振り返り頭を下げた。
本当にこれでよかったのだろうか。
一時の感情に流されて自分が一番損をする
自分はつくづく出世できない人間だなと
私は自嘲した。
『妹の入国をみとめてくださってありがとうございます。
久しぶりに再会した妹がワーウルフになっていることには
驚きましたが、昔と変わらない様子で安心しました。
今のこの国では妹は肩身が狭い思いをしているかもしれませんが、
少し落ち着いたら二人で郊外に引っ越そうかと考えています。
本当にありがとうございました。
〜ある兵士の手紙〜』
まず大きく動いたのは潔癖なある婦人団体だった。
『爆破事件の犠牲者に哀悼の意を示し、
魔物娘をこの国から排斥し、魔物娘と関わりのある
国との国交を断絶することを徹底すべき』
そういった内容の抗議文を政府に提出したのだ。
その団体は政府に大きく関わりのある人間も多数所属していたので
発言力が強かった。
国内は彼らの考えが主流となり街のいたるところで
団体のシンボルである純白のシーツが掲げられていた。
一方で魔物娘と手を取り合い、相互理解を深めるべきという
意見も死んではいなかった。
私が目撃したファントムはあの日以来見てはいないが
以前より活動が活発化しているのは明らかだ。
主に支持しているのはまだ相手を見つけていないような若い労働者たち、
あるいは外国とも交流が盛んな商人連中だ。
今、国内では二つの意見がにらみ合いをしている。
私がその日の入国審査の準備をしていたとき
ある兵士が私のところに来た。
「あの、入国審査官であるあなたに頼みがあるんです」
見たところ若い、まだ世間の残酷さをよく知らないような
青年だった。
「今日、私の故郷から妹がこの国にやってくるんです。
どこかへ嫁に行ってもいい年頃なのに、私と一緒にいたいって・・
ははっ、まだまだ甘えん坊なんです。
でもおっちょこちょいだからきっと必要な書類などを
忘れてしまうかもしれません」
そういって彼は懐から銀貨一枚を取り出した。
銀貨は銅貨10枚分の価値である。
「これは前払いです。妹が無事にここを通過できたなら
もう一枚払います」
「お願いします。大切な家族なんです」
彼は頭を下げた。
「収賄は立派な犯罪ですよ」
私は脅すように告げた。
「お願いします」
きっとこの若い兵士は私が首を縦に振るか通報しない限り
てこでも動かないだろう。
考えておきます、とだけ返して彼を退出させた。
さて、どうしたものか。
再開した検問所は平和だった。
しかし前よりも検問を厳しくするよう指示があり、
魔物娘の入国はますます厳しくなった。
「モチツキーです。ジパングからきました」
「どのような目的ですか」
「友人の元で働くことになりました。数か月はいる予定です」
木槌のような道具を持った男に入国許可の印を押す。
「ソデツキーです。辺境で木の本数を数える仕事をしていました」
「今回はどのような目的で帰国したのですか」
「同志が活動を再開したと聞いたので」
書類上の不備はなかったので入国許可の印を押す。
「クビワツキーです。傭兵です」
「目的はなんですか」
「ちょっとしたお手伝いです」
目的は具体的ではなかったが、とりあえず入国許可の印を押した。
命の危険を感じたので。
「次の方、お入りください」
私は次の入国者を呼んだ。
入ってきたのは若い村娘だった。
見たところ年は10の中頃ぐらいで
普通は一人で検問所を訪れるような
年齢ではなさそうだ。
しかし彼女には幼さ以外の特徴があった。
頭の上に短い毛で覆われた耳が二本生え、
腰の後ろには箒のような尻尾を生やしていた。
「あのっ、この国で働いてる兄に用事があって来ました」
彼女はこちらが訪ねる前に口を開いた。
「入国許可証はお持ちですか。」
「は、はいっ!」
彼女が取り出した入国許可証にはとくに怪しい点はなかった。
しかし、
「魔物娘の入国は現在規制されております」
「えっ」
私の言っていることは意地悪に聞こえるだろう。
だが今の国内は彼女にとっても危険である。
「お願いします。私はお兄ちゃんに会いに来ただけなんです!」
彼女は泣きそうな顔で懇願した。
「ではあなたがこの国に害意がないことを
証明するものはございますか」
私の問いに彼女はぐっと頭を傾け考え、
考え抜いた答えを言った。
「私がこの姿になったのは数か月前です。
その入国許可証が発行されたころはまだ人間でした。
それならばその入国許可証は有効だと思います」
確かに入国許可証の発行は半年前、有効期限もまだ切れていない。
私は彼女の目を見て、そして少し考え、ポケットから銀貨を取り出した。
「これはあなたの兄の物ですか」
「そうだと思います。お兄ちゃんのにおいがしますから」
「ではこれを彼に返してあげてください。
これを受け取って彼を犯罪者にしたくはありません」
「あの、入国は・・・?」
「国内では耳と尻尾を隠すこと。用事が終わったら
すぐにこの国を出ること。
この二つを順守してください」
彼女は検問所を出るまでに
何度もこちらを振り返り頭を下げた。
本当にこれでよかったのだろうか。
一時の感情に流されて自分が一番損をする
自分はつくづく出世できない人間だなと
私は自嘲した。
『妹の入国をみとめてくださってありがとうございます。
久しぶりに再会した妹がワーウルフになっていることには
驚きましたが、昔と変わらない様子で安心しました。
今のこの国では妹は肩身が狭い思いをしているかもしれませんが、
少し落ち着いたら二人で郊外に引っ越そうかと考えています。
本当にありがとうございました。
〜ある兵士の手紙〜』
20/02/17 23:22更新 / 二三の理
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