押しかけ使用人が妻になるまで
今日も筆が進まない。
中途半端に風景が描かれたカンパスを前にして、レクトは小さくため息をつく。視線を別のところに向ければ、広い部屋のあちこちにカンパスが置かれている。そこに描かれているものは様々だが、そのどれもが中途半端なところで放置され、完成してるものは一つとしてない。
「はあ……」
描かなければ生活費を稼げないというのに、いざ描こうにも筆が進まない。
なんとか街路樹を書き終えたところでレクトは完全に筆を置き、アトリエを出た。向かう先は居間だ。調子が悪い時はまったく別のことをして気分を変える。これが師匠の教えだった。それを忠実に守るべく、レクトはのんびりと歩く。居間のソファで軽く昼寝をすれば気分も一新、絵の調子もよくなるだろうとの考えだった。
そんなわけでマイペースに歩いていたレクトだったが、何気なく目を向けた窓ガラスが薄汚れていることに気付いた。
「うーん、汚れてるなぁ……」
見れば、汚れているのはそこだけではなく、窓という窓全てが似たような感じで汚れていた。掃除をしていなかった結果がとうとう目に見える形で現れたらしい。とはいえ、レクトにも掃除をしなかったことについては言い分があった。
レクトが住むアトリエ付きのこの家は、家というよりは小さな屋敷であり、掃除をするにはあまりにも大きすぎたのだ。元々は彼の師が絵を描いて売ったお金で建てたものであり、レクトは同居させてもらっていただけだった。しかし、ある日リャナンシーが現れ、師匠と恋仲となり、挙句の果てに「俺達はこんな古臭い家を出て新しい愛の巣を探しに行く。そんなわけでここはお前にやる。後は頑張れ!」と言い残し、レクトに屋敷を押し付けて蒸発した。
その日以来、レクトはこの屋敷に一人きりなのだ。仮に師匠がいたところでも手に余るこの屋敷を、レクト一人で掃除して綺麗に維持しろというのが無理な話だった。そうでなくとも、一日の大半を絵に費やし、残りの時間は食事や睡眠で占められているのだ。掃除に割ける時間などなかった。
「しかし、これは目に余るな……」
窓を指でなぞってみると、その部分だけ埃が落ちて綺麗になる。それを見てつい悪戯心で指が動く。結果、数秒で窓に大雑把なデザインのチューリップが描かれた。
「ふむ。たまには掃除でもしようかな」
昼寝をするつもりだったが、これはこれでいいかもしれないと思い、レクトは急遽予定を変更して掃除をすることにする。
「さて、道具はと……」
掃除道具は確か倉庫だったなと思い、アトリエを迂回するようにして倉庫に向かった。扉を開けると嗅ぎ慣れた塗料の匂いが鼻についた。倉庫には絵描きのための道具も一緒に保管してあるのだ。
「えーと、雑巾はと……」
探してみると雑巾はすぐに見つかった。ただ、どの雑巾も塗料を拭いたせいで青だの緑だのといったカラフルなものばかり。これで窓を拭いたら別の意味で汚れてしまう。
「うわ、雑巾を用意するところからか……」
途端にやる気が削がれるが、一度こうだと決めたら確実にやるのがレクトの性格だ。自分の部屋に戻ると町へと出かける準備を始める。
「師匠、生活破綻者ぎりぎりだったからな……」
自分のことは棚上げしてそんなことをぼやくと、レクトは町へと向かったのだった。
買い物ついでに昼も済ませるとすっかり午後だった。
「さて、今日中に終わるかな……」
間も無く到着といった距離まで来ると、屋敷の窓はいくつあったか思い出しながら玄関に向かう。そこでレクトは足を止めた。玄関前にメイド姿の女性が立っていたのだ。こちらに背を向けているその女性の腰には獣の尻尾が生えており、一目で魔物だと分かった。この地域は親魔物領なので魔物自体は珍しくないのだが、大して有名でもない絵描きのところに来るとなると話は別だ。
「あの、うちになにか用かな」
とりあえず声をかけると彼女はすぐに振り向いた。
「ああ、出かけていらっしゃったのですか。何度呼びかけても返事がないので心配しておりました」
ほっとしたように息をつき、優しげな笑みを浮かべる彼女。その可憐な微笑みにどきりとする。魔物なだけあってやはり綺麗な顔だ。思わず絵のモデルになってくれと言いそうだった。
「あー、うん、それは悪かったね? で、君はなぜここに? この屋敷には僕しかいないんだけど、何か用でも?」
「はい。本日より貴方様にお仕えさせていただきますリラといいます。どうかよろしくお願い致します」
スカートを指先で軽くつまみ、優雅に一礼してくるリラ。あまりにも自然だったのでそのままよろしくと言いそうになるレクトだったが、よくよく考えてみれば彼女の言葉には色々と問題があった。
「いやいや、使用人の募集とかしてないから」
そもそも人を雇うようなお金もない。しかし、それを見越したかのようにリラが言葉を発した。
「お給金はいただきません。私を住み込みで働かせてくれさえすればそれでいいのです。決してご迷惑はおかけしませんので」
「いや、住み込みって、僕にはそんな権限はなくてだね……」
やるとは言っていたが、一応、この屋敷は師匠の所有物のはずだ。勝手に住み込みの許可を与えていいものではない。しかし、リラは聞く耳を持たなかった。
「私は貴方様に服従し、ご奉仕するだけですので、他の方の許可は不要です。さあ、玄関を開けて下さい。さっそくお世話させていただきますので」
こんな強引なメイドがいていいのだろうか。
戸惑いを隠せないレクトだったが、何か理由をつけて追い返せるほど対人能力が高いわけでもなく、妥協するしかなかった。
「わかった。じゃあ、まずは一週間の様子見だ。それで僕が駄目だと判断したら大人しく出て行く。いいね?」
「わかりました。それでは本日よりよろしくお願いしますね」
リラが穏やかに微笑む。この日から、レクトにとって久しぶりの他人がいる生活が始まった。
規則正しいノックの音、次いで鈴のような声音が聞こえた。
「ご主人様、朝でございます」
重い目蓋をこすりながら扉の方を見ると、再びノックの後にリラの声。
「ご主人様?」
「起きてる……起きてるよ……」
返事を返しながら時計を見ればまだ八時。朝の弱いレクトには早すぎる時間だ。
「失礼します、ご主人様。朝食の用意ができました」
扉を開けて爽やかな笑顔のリラが入ってきた。服装はメイド服で、清楚な雰囲気をこれでもかと放散している。それを見て、レクトは瞬時に跳ね起きた。お嬢様のような容姿のリラにだらしない姿を見られたくなかったのだ。魔物とはいえ、美人には良く思われたいという男の悲しい性だった。
「おはよう、リラ。今朝は早いね……」
「おはようございます、ご主人様。昨夜はよく眠れましたでしょうか」
「え、うん。まあ……」
「左様ですか。それでは着替えましたらダイニングへどうぞ。そちらに朝食を用意してありますので」
「ああ、うん。わかった」
昨日から始まったこの奇妙な共同生活に戸惑いを隠せないレクトだったが、食事が準備されているのはとてもありがたい。今までだと面倒臭がってパンをそのままかじるか、気が向いた時だけ目玉焼きを作るくらいだったからだ。
さて、着替えるかとベッドから降りたレクトだったが、なぜかリラはにこにこしているだけで部屋を出て行こうとしなかった。
「あの、リラさん? 僕、これから着替えるんですけど」
「リラで結構ですよ、ご主人様」
「えーと、リラ。これから僕は着替えようと思うんだけど、なんで部屋を出て行かないのかな?」
「はい。着替えのお手伝いをしようと、こうして待っている次第です」
悪意のない笑顔がものすごく眩しかった。
「いやいや、大丈夫だから。着替えくらい一人でできるから」
「左様ですか。では、私は部屋の外でお待ちしています」
リラがようやく出て行ってくれるとレクトの口から盛大なため息が漏れる。
「ひょっとして、これから毎朝こんな感じなのか……?」
ぶつぶつと独り言を言いながら着替えを終えて部屋を出ると、リラが律儀に待っていた。
「お着替えは済んだようですね。では参りましょう」
先導するリラに続いてダイニングに向かうと、レクトがいつも座っている席には見事なまでに朝食の準備が整っていた。高級宿の待遇みたいな状況に、レクトはゆっくりとリラに顔を向ける。
「えーと、これ、リラが用意したんだよね?」
「はい。ただ、今朝は有り合わせのもので用意したので、幾分か量が控えめなのはご容赦願います」
「いや、それはいいんだけどね。それよりリラの分は? ここには僕の分しかないようだけど」
「私の分は後ほどご主人様の朝食用に使った食材の残りで作る予定ですので、まだありませんね」
「あー、それは食事の準備ができたとは言わないんじゃないかな。普通、全員の分が揃ってはじめて準備完了でしょ」
面倒臭がりな師匠でさえ食事はきちんと二人分用意し、一緒に食べていたのだ。今思い出すと信じられないことではあるが。
ところがリラはすぐに首を振った。
「私は貴方様に仕える身。ご主人様と一緒に食事をするなど、おこがましいにも程があります」
なんというか、ものすごい従者っぷりだった。
「気になっていたから言っておくけど、僕は君のご主人様になった覚えはないからね? そもそも、君が仕えるような相手でもないし」
「いいえ、あなたこそ私の主に相応しい。町であなたの話を聞いた時、そう直感しました。そしてこの目で見て、確信を得ました。あなたは私の理想のご主人様なのですよ」
語り終えたリラは嬉しそうに微笑んだ。まったく邪気のないさっぱりとした笑顔だ。あまりに眩しくてまともに見ていられず、レクトはそっぽを向いて頬をかいた。
「わかったわかった、もういい。じゃあご主人様のお願いだ。食事はこれから一緒に食べること。いいね?」
「では、次からはそうさせていただきます」
そう言って、リラは丁寧に頭を下げたのだった。
そして一週間後。
結論から言って、リラは使用人として完璧な女だった。なにをやらせてもそつなくこなし、決してレクトが不満を感じるようなことはなかった。なかでも料理の腕は見事なもので、レクトの好みの味付けや料理を把握し、毎日違うメニューが食卓に並んだ。
たった一週間でレクトの生活はリラのおかげで大変充実したものになっていた。なにせ屋敷の掃除や食事の用意はリラが全てやってくれるのだ。おかげで以前よりも絵に集中できるようになった。中途半端だった作品は全て完成した上にすぐ買い手がつき、資金の面でも余裕ができた。こうなってくると、レクトとしても出て行けとは言えなかった。
「さてリラ、今日で君が来て一週間になるね?」
「はい」
「率直に言おう。これからもここで働いてもらいたいんだけど、君としてはどうかな?」
「もちろんこれからも働かせていただきます。私の主は貴方様だけですので」
屋敷の手入れからレクトの身の周りの世話まで全てこなすという激務だったはずだが、リラは即答でそう答えてくれた。
「そっか。じゃあお給料の話をしようか」
少々ホッとしながら最も重要な話を切り出す。レクトの収入源は基本的に絵を売って得たお金だけなので、リラの給金もかなり不安定になってしまう。それを話してリラの考えが変わらないか心配だった。
「お給料は結構ですよ。今まで通り私をこの屋敷に置いてくだされば、それ以上のことは望みません。ああ、ただ食費だけはいただけますか。ご主人様には少しでも美味しいものを召し上がっていただきたいので」
破格なんてものじゃなかった。ここまでくると逆に詐欺なんじゃないかと疑いたくなってしまう。
「えーと、さすがに冗談だよね?」
「冗談のつもりはありませんよ、ご主人様」
当然といった顔でリラはそう言ってのけた。
「えっ、本気で?」
「もちろんです。これからもよろしくお願いしますね、ご主人様」
一礼した後に裏表のない笑顔を見せるリラだった。
その夜。
夕食を食べ終えたレクトは風呂に浸かって疲れを癒やしていた。リラが今後もこの屋敷にいてくれるか不安だったのだが、交渉が予想以上にうまくいったこともあって、レクトはすこぶる上機嫌で伸びをする。
これからもリラが色々と世話を焼いてくれるのなら、レクトは絵に集中することができる。そうなれば、いずれは師匠のように向こうから絵を描いて欲しいという依頼がくるかもしれない。そうなれば今後の生活は保障されたようなものだ。
レクトがそんな将来に思いを馳せていた時だ。浴室の扉が静かに開いた。
反射的に目をやると、そこにはタオルを持ったリラが立っていた。それだけならよかったのだが、リラの姿は一糸纏わぬ生まれた時の姿。しかも大事な所を隠そうともしないので、乳房や秘部がはっきりと見えてしまっている。
無駄なく整ったリラの裸体を前にして、レクトは瞬時に身体が熱くなった。
「ちょ、ちょっとリラ! 今は僕が入浴中だ! なんで入って来るんだよっ!?」
「本日をもって、正式に使用人として認めていただきましたので、背中を流しに参りました。さあご主人様、こちらへ」
今までは自重していたらしい。それはともかく、裸を見せることに抵抗がないらしいリラは至って普通な様子で手招きしてくる。さも当然といった感じだが、レクトにとっては異常事態だ。
「いやいやいや! 頼んでないから! 自分でできるから!」
「確かに頼まれてはいませんが、これも私の仕事ですから。さあご主人様、どうぞこちらへ」
にこりと笑い、リラが来るように手で促してくる。それを見て、レクトは何を言っても無駄だと悟った。基本的には従順なリラだが、仕事が関わってくると変に頑固なところがあることをこの一週間でレクトは知っていた。
「……背中だけだ。いいね?」
ため息をついて湯船から上がり、仕方なくリラの傍にある椅子に座ると、それ以上のことをさせないように釘を刺す。こうでも言っておかないと全身くまなく洗われかねない。
「畏まりました。それでは失礼いたします」
背後に回るとリラは丁寧にレクトの背中を洗い始める。
最初は気恥ずかしかったレクトだが、リラの洗い方はマッサージのように気持ち良く、気が付けばいつの間にか洗い終わって背中を流されていた。
「ご主人様、背中の方は洗い終わりましたが、どこかご不満な点はありますか?」
「いや大丈夫。ありがとう。後は自分でやるから、リラは自分の身体を洗ってくれ」
「わかりました。それではお言葉に甘えさせていただきます」
背後からリラの気配が離れた。そしてすぐにスポンジで身体を洗う音がする。どうやら大人しく引き下がってくれたようだ。
とりあえずこれ以上リラにあれこれと世話をされないことがわかり、レクトはこっそりとため息をついた。レクトだって健全な男だ。魔物とはいえ、裸の美女が傍にいて何も感じないわけがなかった。
「危なかった……」
身体はかっとしているし、胸は恐ろしい早さで高鳴っている。あのまま続けて何かされていたら、高ぶった感情から変なことをしていたかもしれない。しかし、リラが同じ室内にいる以上、油断はできなかった。これ以上刺激されないためにも、さっさと身体を洗って上がった方がいい。
そう決めて無心で身体を洗うレクトだったが、肩を洗おうとした拍子に目が後ろに向いてしまう。そこで完全にレクトの視線は固定された。
リラはレクトから少し離れた位置で身体を洗っていた。レクトの目にはリラの左半身しか映っていなかったのだが、それでも視線を釘付けにするには充分だった。羽毛に覆われた手首や尻尾、鱗に包まれた足。魔物だとはっきり感じさせる箇所こそあるが、陶器のような白い肌や手を動かす際に覗く膨らんだ乳房は人と変わらない成熟した女性の身体だ。
レクトは生唾を飲み込み、これ以上見ないようにと顔を逸らそうとする。しかしうまくいかなかった。あの身体を抱き、普段は澄まし顔のリラが快楽に喘ぐ姿を見たいという獣じみた欲求がむくむくと湧き上がってくる。それに合わせてペニスが肥大化していく。
そんな状態になって、レクトはようやくまずいと思った。このままリラを見ていると高ぶった性欲に任せて暴走する。そう確信できた。
そうならないためにも、さっさと風呂を上がろうとレクトは行動に移す。
「リラ」
「はい、なんでしょうかご主人―」
声をかけられ、こちらを見たリラをレクトは素早く押し倒していた。胸の下に、リラの濡れた柔肌の感触がある。そこでようやくレクトは風呂を上がるつもりが、リラを押し倒したという事実を理解した。
反射的に離れようとするレクトだったが、リラに急接近したことで石鹸のような清々しい香りが鼻につき、こんな香りのするリラの身体に自分の匂いを染み付かせたいという野蛮じみた欲望が沸き上がり、逆にリラの身体に抱きついていた。
「私を抱きたいのですか? ご主人様」
耳元でそう囁かれてリラを見ると、彼女は静かにレクトを見つめていた。その顔に怒りや侮蔑の色はなく、至っていつも通りの表情だ。だから、このまま頷けば、リラはすんなりと抱かせてくれる気がした。
「抱きたい」
「ではどうぞ。ご主人様の気の済むまで私の身体をお使い下さい」
するりとリラの腕が首に回された。
あっさりと承諾され、レクトは身体が硬直する。リラを抱きたいとは思っているが、こうもすんなりと許可されるとどうしていいか分からない。
「どうかしましたかご主人様。私の膣穴はこちらですよ」
動こうとしないレクトを不思議に思ったのか、リラが腰を浮かせた。ペニスの先端が温かなリラの膣内に埋没する。そのなんとも絶妙な感触にレクトの理性は完全に吹き飛んだ。
「リラっ」
彼女の腰を抱き寄せ、一気にペニスを押し進める。
「ん……っぁ……」
どこか切なげなリラの声が余計に男の本能を刺激し、レクトは夢中でペニスを膣内へと突き込んだ。狭い肉穴を押し広げてお互いの性器が繋がって行く。
レクトは歯を食いしばった。勢い任せに挿入したはいいが、マッサージするようにまとわりついてくる膣内の動きは想像以上で、早くも限界に追い詰められる。
「っ〜〜〜〜!!」
なんとか奥へと達したところで精液が迸った。
「んふぁっ、あっ、ご主人様の子種が私の中に……」
大量の精液を膣内に注がれ、さすがのリラも上ずった声を上げる。だがすぐにその顔に笑みが浮かんだ。
「気持ちいいですか、ご主人様……?」
「ああ……!」
気持ちいいなんてものじゃない。未だ射精は止まらず、リラの中に精液を注ぎ続けているのだ。
「ふふ、大分溜まっていたようですね……。すっきりするように搾り取ってさしあげます……」
きゅっと窒内が収縮し、ペニスが優しく締め上げられ、尿道の精液が残さず吐き出される。精を全て子宮へと受け入れたところで締めつけが緩み、そこでレクトは脱力した。
「満足いただけましたか、ご主人様?」
「……うん……」
溜まっていた精を全て吸い出されたことで頭から血が引いたレクトは間近で向けられる他意のない笑顔を正視できず、顔を逸らすしかない。なにしろ、欲望に任せて押し倒し、その挙句に中出しである。若さゆえの暴走をしでかした恥ずかしさから、この場から消えてしまいたい気分だった。
「それはなによりです。今後も性欲を発散させたくなりましたら、私の身体をお使い下さい。喜んでご奉仕させていただきますので」
「あっ、やっ……」
ペニスを突き入れる度にリラが嬌声を上げる。絶頂が近いらしく、膣内は激しく蠕動し、ペニスに絡みついてくる。
「ご主人様、ご主人様……! もう限界です……!」
降参するように身悶えするリラ。普段の澄まし顔はすっかり蕩けきっていて、ペニスを突き入れる度に嬌声を上げる様子はこれ以上ないくらいにレクトの興奮を煽った。
「そろそろ出すよっ! いいねリラ!」
「ああ、下さい! ご主人様の、熱い、子種を、私に……!」
射精感が昂ぶり、限界まで固くなったペニスをリラへと思い切り突き入れる。そこで理性が弾けた。
「あぁっ、やぁぁぁぁっ……!」
一際大きな嬌声で喘ぐリラの中へ容赦なく精を注ぐ。
そこでレクトは跳ね起きた。
「っ!」
あまりにも生々しい夢だった。その原因が昨夜の風呂場でのセックスにあるのは明白だ。
淫らな夢のせいで見事なまでに勃起しているペニスが毛布を押し上げているのを見て、レクトは朝からため息を禁じえなかった。
「なんて夢を見てるんだ……」
押し倒して中出ししただけでは飽き足らず、夢の中でまでリラを抱き、好きなようにしている自分に自己嫌悪を感じていると扉がノックされた。他に誰がいるわけでもない。リラだ。
「ご主人様、朝食の準備が整いました」
「わ、わかった、すぐに行く」
今、顔を合わせたら絶対に気まずいので先に行ってもらうことにする。しかし、なぜかレクトの願いに反して扉が開かれ、リラがするりと入ってきた。
「リ、リラっ! なんで入ってくるんだ!?」
だがリラはそれには答えず、ベッドのすぐ傍までやってきた。
「一晩お休みになって回復されたようですね。ご主人様、今朝もご奉仕が必要ですか?」
にこりと笑いつつ、リラの目が毛布によって作られたテントに向かう。その笑顔はいつも通りで、昨晩のことを気にしている様子は一切なかった。
「え、いや……」
このまましてほしいと言ったら、リラは大人しく抱かせてくれるのだろうか。もしそうなら、今朝の夢のようにリラの身体を堪能して……。
そこまで考え、レクトは慌てて首を振った。
「いや、いい! 大丈夫だからっ!」
「左様ですか。では、ダイニングでお待ちしています」
無理にご奉仕とやらを勧める気はないらしく、リラは静かに頭を下げると部屋から出て行った。それを見送り、レクトは盛大なため息を一つ。
「落ち着け……師匠との生活を思い出すんだ……」
飯の取り合いで三日ほど喧嘩した時のことを思い出すと、興奮はなんとか落ち着いていく。
股間のアレもなんとか元の大きさに戻ってくれたところでダイニングに向かい、豪華な朝食を手早くいただくと、レクトは逃げるようにアトリエに直行した。
「ふう。さてと……」
リラと顔を合わせていることが気まずくて落ち着かないレクトだったが、いざ筆を取ればそんなことはすぐに頭から忘れることができた。今日はモチベーションが良く、いつになく集中して筆を走らせ、作品を仕上げていく。途中でリラがお茶を持ってきてくれて休憩を挟んだが、その時にはすっかり夢や昨夜のことは忘れていた。
翌日もレクトは昨日と同様の集中力を維持していた。意識を絵に向け、丁寧に仕上げていく。
この日から、レクトの生活は絵を描くことが中心になった。今まではどれだけ調子が良くても食事の準備や買い出しに時間を割かなければならなかったが、今はリラがそれらを担当してくれるおかげで一日のほとんどを絵に費やすことができた。おかげで一月後には全ての絵が完成したのだった。
「いや、今回はどれも素晴らしい出来ですな」
屋敷を訪れた絵画商は仕上がった作品を見て満足そうに頷いた。
「ありがとうございます。しかし、師匠に比べればまだまだですよ」
「はは、まああの人は特別ですからな。しかし、レクトさんだって負けていませんよ。そう謙遜することはない」
「だといいのですが」
さすがに師匠には遠く及んでいないなと思い、レクトが苦笑していると、絵画商は少し真剣な表情を浮かべ、顔を寄せてきた。
「ふむ、レクトさん。ものは相談なんですが、一枚女性の人物画を描いてみませんか」
「人物画ですか。それは構いませんけど、一体なぜ?」
「ええ、実はさる富豪の方からそういった注文が入っていましてね。それをレクトさんにお願いできないかと」
初めての依頼の話に、レクトの背中が自然と伸びた。
「僕でよければ喜んで」
「そう言っていただけると助かりますよ。ただ、この話は私が受け持っている何人かの画家にも話してありますから、必ずしもレクトさんの絵が買っていただけるわけではないということを理解していただきたい」
「他に競争相手がいるというわけですね」
絵画商はこくりと頷いた。
「私も商人ですからね。お客様に提供する品はできるだけ多くしたいんですよ」
「分かりました。期日はありますか」
「半年後です。その頃に改めてお伺いします。その時はこれと同じ出来のものをいただきたいですな」
レクトが描き上げた渾身の作品に目を向けつつ、絵画商はにこりと笑った。
「努力します」
「では、また半年後」
頭を下げて去っていく絵画商を見送ると、レクトの口元に笑みが浮かぶ。初めて描いてほしいという依頼が入ったのだ。生憎と競争ではあったが、この機会を逃すわけにはいかない。ここで良い絵をかけば、次に繋がる可能性が出てくる。そうすれば、いずれは師匠のように仕事を貰うのではなく仕事を選ぶ立場になれる。
ようやく見えてきた明るい将来ににやつくのを抑えながらキッチンに行くと、リラが出していたお茶を片付けていた。その可憐な後ろ姿を見て、レクトは光に集まる羽虫のようにふらふらと近づいていった。
「どうかしましたか、ご主人―」
気配を感じて振り向こうとしたリラを、レクトは後ろから抱きしめていた。なんでいきなりそんなことをしたのか、自分でも分からない。急にそうしたくなったのだ。
首筋に顔をうずめると清々しい香りがして、より強くその身体を抱きしめる。
「ご奉仕をお望みですね、ご主人様」
「ああ」
こちらが全て言わずとも察してくれたらしく、リラはレクトの腕の中でくるりと向きを変えた。
「どのようなご奉仕をお望みですか?」
それはもちろん決まっている。
レクトが目をリラの下半身へと向けると、彼女はそれだけで察したらしい。長いスカートをするするとたくし上げた。最初に鱗に覆われた足が露わになり、続いて黒い下着がお披露目された。それだけでペニスが一際大きく震える。
「この場で?」
リラの問いに無言で頷く。正直、寝室まで我慢できそうもなかったのだ。しかし、キッチンの床に押し倒すわけにもいかない。そうとなれば。
「リラ、抱っこをするから、僕に抱きついて」
「はい、ご主人様」
素直にリラが首筋にしがみついてくると、レクトは彼女の尻を支え上げた。
「失礼致します」
身体がレクトに持ち上げられると、リラは躊躇うことなく足を開き、落ちないように腰の回りへと巻きつける。これで二人の体位は整った。
「リラ、僕のズボンを下ろしてくれるかな」
「喜んで」
てきぱきとリラの手がベルトを外し、ズボンを下ろした。それに合わせて解放されたペニスが飛び出す。
「素敵ですわ、ご主人様」
嬉しそうな笑みを浮かべつつ、リラは自分の下着に手をかけ、そっとずらした。綺麗な割れ目を惜し気もなく晒すと、腰を捻ってペニスの先端に当てがう。ぬるりとした粘りが亀頭を濡らした。
「さあどうぞご主人様。リラの身体、存分に堪能下さい」
真正面から向き合ったリラに笑顔でそう言われ、理性が吹っ飛んだ。腕に力を入れてリラの身体を抱き寄せるようにすると、ぐいと腰を突き上げる。
「ぁ、ん……」
艶っぽい声を漏らしつつ、リラがひしっとしがみついてくる。それに合わせてペニスが蜜壺に埋まっていく。
一月ぶりのリラの中は少し狭く感じた。だが、柔壁は相変わらずマッサージするように蠢き、中へ中へと呼びこんでくる。初めての時もそうだったが、今回もリラの膣内の動きはあっという間にレクトを限界へと押しやった。
射精の兆しを強く感じ取り、リラの腰を抱き寄せてペニスを最深部まで押し込む。そこで精が噴き出した。
「あ、あぁ、ん……ご主人様の子種がたくさん……」
子宮へと大量の精を注がれ、さすがのリラもうっとりとした表情でレクトへとしがみつき、腰をぐりぐりと動かした。根元から扱かれ、残っていた精が残さず搾られる。
やがて射精が終わると興奮が冷めて、以前と同じようにやってしまったという後悔が襲ってくる。そんなレクトにリラはにこやかに微笑んだ。
「満足いただけましたか? ご主人様?」
レクトは顔を逸らしつつ、小さく頷くしかなかった。
翌日。レクトは無心でカンパスに筆を走らせていた。そうでもしないと昨日の行為を思い出してしまうからだった。だが、リラの匂いや柔らかい身体、膣穴の感触。そのどれもがレクトの身体に生々しく焼きついてしまっていた。
「忘れろ、忘れるんだ……」
自分にそう言い聞かせつつ、筆を動かしていく。こうすることで、忘れることができる。そのはずだった。
ふと自分の描いている絵に意識を向けた時、レクトは絶句した。そこには架空の女性を描いていたはずなのに、いつの間にか穏やかに微笑むリラが描かれていたのだ。
「っ……!」
ほとんど走るようにアトリエを飛び出していた。無意識のうちに描いていたリラの絵から逃げるように廊下を進んでいると、当の本人に出くわした。
「ご主人様、昼食の準備が整いました」
レクトの姿を認め、リラは恭しく頭を下げる。だが、レクトの中では唐突にリラを抱きたいという欲求が沸き上がっていた。
「リラ」
彼女の腕を取ると、問答無用で連れて行く。
「ご主人様?」
一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべたリラだったが、すぐにレクトに合わせて歩き出した。
やがて寝室に到着すると、リラをベッドへと押し倒した。メイド服のスカートが広がり、そこからリラの鱗に覆われた足が覗く。これから何をされるのか分かっているのだろう、リラはどこかうっとりとした目で見つめてくる。
そんなリラに覆い被さり、彼女の服を乱暴に剥いでいく。荒々しい手つきだったが、リラが器用に身体を動かしたおかげでほとんどすぐに彼女は裸になった。
「どうぞご主人様……。あなたの望むようにして下さい……」
細い腕が頭の後ろに回される。
レクトは服を脱ぐのももどかしく、ズボンを下ろすとすぐにリラの割れ目へと剛直を突き入れた。
「あぁっ……」
いきり立ったペニスを迎え入れ、リラの口から声が漏れる。その喘ぎ声が興奮を煽り、腰の動きを激しくする。
「ぁ、んっ、や、ご主人、様、激し……♥」
結合部から卑猥な音がするほどに抽送を繰り返すと、リラは嬉しそうな顔で身体を悶えさせた。喜びは膣穴にも影響しているらしく、いつも以上にペニスにまとわりつき、扱くように蠢いた。
「ぐっ、リラ!」
全身が熱くなり、限界を迎えた。最奥まで突き込むと、そこで精液が撃ち出される。
「ん、ううっ……!」
膣奥に大量の精を注がれ、リラの身体がぐっと強張る。ペニスが強く締めつけられ、精嚢に溜まっていたものが残さず搾り取られていく。
「はぁぁ……今回もたっぷりと出ましたね……」
脱力するレクトを優しく抱きしめ、リラは微笑んだ。
この時から、レクトの中で倫理のたがが外れた。一日のうち、絵を描いていない時間のほとんどがリラを抱くようになった。夜はもちろん、昼食後、ちょっとした休憩の時間。中毒にでもなったかのように、リラを求めずにはいられなかった。
そんな日々を送っているうちに、あっという間に半年が過ぎた。
依頼されていた絵は無事完成し、先週、絵画商に引き渡した。その際に次の依頼もされて、レクトは快く引き受けた。
ようやく人生が順風満帆になってきたことで、レクトはどうしても口元に笑みが浮かんでしまう。やっと自分も一人前になれた気がする。だが、まだまだこれからだ。師匠のようになるまではしっかりと気を引き締めないといけない。
寝室で今後のことを考えていると扉がノックされた。
「失礼します、ご主人様」
リラが入ってきたことで、レクトは考え事を中断する。絵を仕上げることに集中するため、ここ一月ほどご無沙汰だったのだ。思い返してみればよく耐えられたものである。よって、今日は久しぶりにリラを抱こうと部屋に呼んだのだった。
リラに裸になってもらってベッドに横になってもらうと、レクトも服を脱いでリラに覆い被さった。
いつもならすぐに挿入してしまうのだが、今日は久しぶりにリラを抱くので、まずは彼女の見事な身体を堪能しようと、豊かな胸に手を這わした。
「ん……」
柔らかな乳房を優しく揉むと、リラからは早くも艶めかしい声が漏れる。それだけでペニスが反応し、挿入したくなる衝動に駆られるが、何度もリラを抱いたことで耐性ができたらしく、レクトは理性を保ったまま手を動かした。
リラの滑らかな肌の感触を楽しみつつ、手をその下半身へと滑らせていく。だが、そこで違和感に気付いた。リラの下腹部が膨らんでいる気がしたのだ。
「?」
不思議に思い、撫でられてうっとりとしているリラの顔から目を離し、彼女の腹を見やる。そこでレクトは固まった。
リラのお腹は僅かながらもはっきりと膨らんでいたのだ。
「リラ、このお腹は……」
驚いて彼女を見つめると、リラは嬉しそうに微笑んだ。
「はい。子供がおります♥」
「子供って、妊娠……? じゃあ、父親は……」
まさかと思いながら、レクトはなんとか彼女にそう問う。すぐに返事は返ってきた。
「もちろんご主人様です。他の男性に身体を許したことはありませんので」
嬉しそうに小さく膨らんだ腹を撫でるリラ。だが、レクトは身体から急速に興奮の熱が引いていくのを感じていた。
妊娠、子供、結婚、父親になる。
そんな言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
この日、リラを抱く気にはなれなかった。
翌日からレクトはアトリエに引きこもるようになった。必要な時以外はリラと顔を合わせないようにしようと、ひたすら絵に没頭した。
リラを妊娠させたという現実が頭を支配して絵に集中できないのではと危惧したが、予想に反して恐ろしいほどに作業は捗った。むしろ、絵を描いている時だけが現実を忘れることができたといっていい。
だから、レクトは現実から逃げるように絵を描き続けた。幸い、完成した絵はどれもすぐに絵画商が買い取ってくれて、次の依頼をされる。
仕事が順調なおかげで月日が経つのは早かった。
いくつもの絵を完成させ、それらはすぐに買い取ってもらえる。生活は安定し、間違いなく成功への階段を上っていると実感できるくらいだ。だが、順調なのはレクトだけではなかった。言うまでもなくリラだ。お腹の子は順調に育っているようで、今や彼女の腹は大きくせり出していた。時折、子供が動くらしく、仕事の手を止めて膨らんだお腹を優しく撫でている姿を何度も見かけた。
それを見る度にレクトは不思議と心が和んだ。なぜかは分からないが、リラが母親になろうとしているのを見ると、自分も頑張らなければと思うのだ。同時に、自分などが父親になれるのかという不安も湧いてきて、いつもその場を去っていた。
そして、ある日の朝。
レクトはダイニングで席に着いていた。リラは大きなお腹を苦にもせずに朝食を用意し、豪華な朝食群をレクトの前に並べていく。それらを全て並べ終わった時だった。
唐突にがちゃりと食器を乱暴に打ち合わせた音がして、レクトが目を向けると、リラが苦しそうな表情でテーブルに右手をついていた。その左手は膨らんだお腹に添えられている。
「リラ? どうしたんだい……?」
「お騒がせして申し訳ありません、ご主人様。どうやら、陣痛のようです……」
「陣痛って……まさか、生まれるのか……?」
リラは苦しげに頷くと、少しの間を置いて動き出した。お湯の入ったバケツや何枚ものタオルを準備すると、足早にダイニングを出て行く。それをほとんど茫然と見送っていたレクトだったが、さすがにのん気に朝食を食べている場合ではない。慌ててリラの後を追った。
彼女はダイニングからすぐ近くの客室へと入っていく。レクトが続けて部屋に入ると、リラが服を脱いでいるところだった。もう何度も見ているはずなのに、いざこういう事態になると気恥ずかしくて、レクトはつい顔を逸らしてしまう。
そんなレクトに構わず、裸になったリラはゆっくりとベッドに身体を横たえた。膨れ上がったお腹が小さく震えている。
「リラ、僕は、僕に何か手伝えることはあるかい……?」
出産なんてどうしていいか分からず、レクトは荒い呼吸を繰り返すリラを見つめた。
「手を……手を握っていて下さい……」
そっと縋るように伸びてきたリラの手を、レクトは両手で握る。それで一瞬だけ笑みを見せたリラだが、すぐにまた苦しみはじめた。
「んぅっ! あっ、あぁぁぁ……!」
ごぽりと、割れ目からぬるぬるとした液体が溢れ出してくる。破水が始まったのだ。
「あぅっ、っぁ……! ご主人、様……!」
汗ばんだリラの手がぎゅっとレクトの手を握り締めてくる。レクトはしっかりとリラの手を握りながら、事の次第を見守るしかできない。
「ぁぁぁっ……!」
悲鳴を上げ、身体をよじりながらも、リラはしっかりと息んでいるらしい。 お腹の膨らみがゆっくりと降りていく。中から押し広げられて彼女の割れ目は大きく開き、今まさに生まれようとしている子供の出口を作っている。そして―。
「んぁぁぁぁぁ……!」
一際大きな嬌声とともにリラが大きく息んだ瞬間、大量の羊水やら愛液とともに小さな命が産み落とされた。初めて空気というものを体験する赤子はすぐにぐずりだす。
「は、はっ、ふぁ……。子供……無事に産めたようですね……」
産声を聞いて安心したのか、脱力したリラは力なく笑う。そしてよろよろしながらも産まれたばかりの子供を優しく拭きあげると、綺麗なタオルにくるんでそっと抱いた。
「ほら、お母さんはここにいますよ……」
リラが小さな身体で懸命に泣く子供の頬をそっと撫でてやると、次第に泣き止んでいく。子供をあやす姿は既に母親のそれで、レクトはそんな様子を不思議なものでも見るように眺めていた。だが、リラが産んだ子は紛れもなく自分の子なのだ。リラに抱かれ、ようやく泣き止んできた子は自分の血を引いている。頭がそれを理解した瞬間、レクトの中で何かが吹っ切れた。
「リラ、そのままその子を抱いていて」
そう声をかけると、リラの身体を抱き上げる。
「あ、あの、ご主人様?」
「隣りの客室に連れていくよ。その子を落とさないようにね」
リラをお姫様抱っこすると、レクトはすぐに隣りの部屋へリラと娘を移した。
「君はここで休んでいてくれ。僕は隣りの部屋を片付けてくるから」
リラをベッドに下ろすと、レクトはすぐさま踵を返した。
「後片付けでしたら私がやります。あの部屋で子供を産んだのは私ですし」
すぐにリラらしい言葉が耳に届く。レクトは歩きかけていた足の向きを変えてベッドの傍に戻る。
「ご主人様?」
ベッドに寝たまま、リラはレクトを見上げてくる。その綺麗な目を見つめながら、レクトは言った。
「リラ、結婚しよう」
リラはしばらくの間、何を言われたのかわからないようだった。目をぱちくりさせながら、ずっとレクトを見つめていたが、やがて頭が理解したのだろう。少しだけ、その頬が赤くなった。
「結婚、ですか……」
「そうだ。今日から君には使用人ではなく、僕の妻になってもらいたい」
結婚を申し込むのは緊張するものだと思っていたが、案外そうでもないらしい。恐らく、人では結婚から妊娠、出産の流れになるはずが、レクトの場合は既に子持ちになってしまったからだろう。
そんなことを考えながらリラの返事を待っていると、彼女は穏やかに笑ってみせた。
「ふつつか者ですが、よろしくお願い致します」
アトリエで、今日もレクトは絵を描いていた。その先には、娘を抱いたリラが椅子に座っている。絵のモデルになってもらっているのだ。
以前も無意識にリラを描いたことはあったが、今回は自分の意思で描いている。単純に自分の美しい妻を描きたかったというのもあるが、最大の理由はやはり産まれた娘だ。
アイリスと名付けた娘はリラに抱かれてすやすやと眠っている。これが本当に可愛くて、目に入れても痛くないとレクトは思っている。
そんなアイリスだが、いつまでも赤子のままというわけにはいかない。やがては大人になっていくのだ。それは少しばかり残念に思うが、仕方のないことだ。だから、レクトは絵に描くことにした。
今はリラに抱かれているアイリスを、次は少し成長したアイリスを。そうして、アイリスが大人になっていくまでの様子を絵に描いておくのだ。アイリスが大人になった時に、こんな頃もあったなと、リラと二人で見て笑えるように。
今回の母と娘の絵はほぼ完成している。後は細かい修正だ。
「リラ、お疲れさま。今日はもういいよ」
「わかりました」
リラは椅子から立ち上がると、アイリスを抱いてレクトの背後に回った。
「ふふ、当然ですが、いつ見ても見事なものですね」
自分の絵を褒められると嬉しいものだが、リラに褒められるとレクトはどうしても笑みが浮かんでしまう。
「まあ、これが仕事だからね。しかし、いずれこの絵に描く人数も増えていくんだろうなぁ」
今でこそ二人だが、いずれ新しい娘ができればレクトは当然描くつもりだ。
そんなレクトの言葉を聞いて、リラはくすくすと笑った。
「あなたったら、この子が生まれたばかりなのに、もう次の子のことを考えているんですか?」
「あ、いや、そういうわけじゃなくて……」
確かにそう取れなくもない発言だったなとレクトは頬をかいた。
「ふふ、私は構いませんよ。あなたが望むのでしたら、何人でも産みます。この子を生んで、少しお腹が寂しく感じることもありますから」
そんなことを言われては、インキュバス化してすっかり逞しくなった身体の一部分が反応してしまう。夫婦だというのにそれが気恥ずかしくて、レクトは話題を逸らそうと試みる。
「まあ、それはいずれってことで……。それより、お茶にしてくれないかな」
そんなことを言いながら、頭では二人の娘に囲まれたリラの絵を想像しているのだから、自分で呆れてしまう。
「はい、あなた」
夫の考えることはお見通しなのか、本物のリラ、想像した絵のリラ、どちらも優しく微笑んでいた。
中途半端に風景が描かれたカンパスを前にして、レクトは小さくため息をつく。視線を別のところに向ければ、広い部屋のあちこちにカンパスが置かれている。そこに描かれているものは様々だが、そのどれもが中途半端なところで放置され、完成してるものは一つとしてない。
「はあ……」
描かなければ生活費を稼げないというのに、いざ描こうにも筆が進まない。
なんとか街路樹を書き終えたところでレクトは完全に筆を置き、アトリエを出た。向かう先は居間だ。調子が悪い時はまったく別のことをして気分を変える。これが師匠の教えだった。それを忠実に守るべく、レクトはのんびりと歩く。居間のソファで軽く昼寝をすれば気分も一新、絵の調子もよくなるだろうとの考えだった。
そんなわけでマイペースに歩いていたレクトだったが、何気なく目を向けた窓ガラスが薄汚れていることに気付いた。
「うーん、汚れてるなぁ……」
見れば、汚れているのはそこだけではなく、窓という窓全てが似たような感じで汚れていた。掃除をしていなかった結果がとうとう目に見える形で現れたらしい。とはいえ、レクトにも掃除をしなかったことについては言い分があった。
レクトが住むアトリエ付きのこの家は、家というよりは小さな屋敷であり、掃除をするにはあまりにも大きすぎたのだ。元々は彼の師が絵を描いて売ったお金で建てたものであり、レクトは同居させてもらっていただけだった。しかし、ある日リャナンシーが現れ、師匠と恋仲となり、挙句の果てに「俺達はこんな古臭い家を出て新しい愛の巣を探しに行く。そんなわけでここはお前にやる。後は頑張れ!」と言い残し、レクトに屋敷を押し付けて蒸発した。
その日以来、レクトはこの屋敷に一人きりなのだ。仮に師匠がいたところでも手に余るこの屋敷を、レクト一人で掃除して綺麗に維持しろというのが無理な話だった。そうでなくとも、一日の大半を絵に費やし、残りの時間は食事や睡眠で占められているのだ。掃除に割ける時間などなかった。
「しかし、これは目に余るな……」
窓を指でなぞってみると、その部分だけ埃が落ちて綺麗になる。それを見てつい悪戯心で指が動く。結果、数秒で窓に大雑把なデザインのチューリップが描かれた。
「ふむ。たまには掃除でもしようかな」
昼寝をするつもりだったが、これはこれでいいかもしれないと思い、レクトは急遽予定を変更して掃除をすることにする。
「さて、道具はと……」
掃除道具は確か倉庫だったなと思い、アトリエを迂回するようにして倉庫に向かった。扉を開けると嗅ぎ慣れた塗料の匂いが鼻についた。倉庫には絵描きのための道具も一緒に保管してあるのだ。
「えーと、雑巾はと……」
探してみると雑巾はすぐに見つかった。ただ、どの雑巾も塗料を拭いたせいで青だの緑だのといったカラフルなものばかり。これで窓を拭いたら別の意味で汚れてしまう。
「うわ、雑巾を用意するところからか……」
途端にやる気が削がれるが、一度こうだと決めたら確実にやるのがレクトの性格だ。自分の部屋に戻ると町へと出かける準備を始める。
「師匠、生活破綻者ぎりぎりだったからな……」
自分のことは棚上げしてそんなことをぼやくと、レクトは町へと向かったのだった。
買い物ついでに昼も済ませるとすっかり午後だった。
「さて、今日中に終わるかな……」
間も無く到着といった距離まで来ると、屋敷の窓はいくつあったか思い出しながら玄関に向かう。そこでレクトは足を止めた。玄関前にメイド姿の女性が立っていたのだ。こちらに背を向けているその女性の腰には獣の尻尾が生えており、一目で魔物だと分かった。この地域は親魔物領なので魔物自体は珍しくないのだが、大して有名でもない絵描きのところに来るとなると話は別だ。
「あの、うちになにか用かな」
とりあえず声をかけると彼女はすぐに振り向いた。
「ああ、出かけていらっしゃったのですか。何度呼びかけても返事がないので心配しておりました」
ほっとしたように息をつき、優しげな笑みを浮かべる彼女。その可憐な微笑みにどきりとする。魔物なだけあってやはり綺麗な顔だ。思わず絵のモデルになってくれと言いそうだった。
「あー、うん、それは悪かったね? で、君はなぜここに? この屋敷には僕しかいないんだけど、何か用でも?」
「はい。本日より貴方様にお仕えさせていただきますリラといいます。どうかよろしくお願い致します」
スカートを指先で軽くつまみ、優雅に一礼してくるリラ。あまりにも自然だったのでそのままよろしくと言いそうになるレクトだったが、よくよく考えてみれば彼女の言葉には色々と問題があった。
「いやいや、使用人の募集とかしてないから」
そもそも人を雇うようなお金もない。しかし、それを見越したかのようにリラが言葉を発した。
「お給金はいただきません。私を住み込みで働かせてくれさえすればそれでいいのです。決してご迷惑はおかけしませんので」
「いや、住み込みって、僕にはそんな権限はなくてだね……」
やるとは言っていたが、一応、この屋敷は師匠の所有物のはずだ。勝手に住み込みの許可を与えていいものではない。しかし、リラは聞く耳を持たなかった。
「私は貴方様に服従し、ご奉仕するだけですので、他の方の許可は不要です。さあ、玄関を開けて下さい。さっそくお世話させていただきますので」
こんな強引なメイドがいていいのだろうか。
戸惑いを隠せないレクトだったが、何か理由をつけて追い返せるほど対人能力が高いわけでもなく、妥協するしかなかった。
「わかった。じゃあ、まずは一週間の様子見だ。それで僕が駄目だと判断したら大人しく出て行く。いいね?」
「わかりました。それでは本日よりよろしくお願いしますね」
リラが穏やかに微笑む。この日から、レクトにとって久しぶりの他人がいる生活が始まった。
規則正しいノックの音、次いで鈴のような声音が聞こえた。
「ご主人様、朝でございます」
重い目蓋をこすりながら扉の方を見ると、再びノックの後にリラの声。
「ご主人様?」
「起きてる……起きてるよ……」
返事を返しながら時計を見ればまだ八時。朝の弱いレクトには早すぎる時間だ。
「失礼します、ご主人様。朝食の用意ができました」
扉を開けて爽やかな笑顔のリラが入ってきた。服装はメイド服で、清楚な雰囲気をこれでもかと放散している。それを見て、レクトは瞬時に跳ね起きた。お嬢様のような容姿のリラにだらしない姿を見られたくなかったのだ。魔物とはいえ、美人には良く思われたいという男の悲しい性だった。
「おはよう、リラ。今朝は早いね……」
「おはようございます、ご主人様。昨夜はよく眠れましたでしょうか」
「え、うん。まあ……」
「左様ですか。それでは着替えましたらダイニングへどうぞ。そちらに朝食を用意してありますので」
「ああ、うん。わかった」
昨日から始まったこの奇妙な共同生活に戸惑いを隠せないレクトだったが、食事が準備されているのはとてもありがたい。今までだと面倒臭がってパンをそのままかじるか、気が向いた時だけ目玉焼きを作るくらいだったからだ。
さて、着替えるかとベッドから降りたレクトだったが、なぜかリラはにこにこしているだけで部屋を出て行こうとしなかった。
「あの、リラさん? 僕、これから着替えるんですけど」
「リラで結構ですよ、ご主人様」
「えーと、リラ。これから僕は着替えようと思うんだけど、なんで部屋を出て行かないのかな?」
「はい。着替えのお手伝いをしようと、こうして待っている次第です」
悪意のない笑顔がものすごく眩しかった。
「いやいや、大丈夫だから。着替えくらい一人でできるから」
「左様ですか。では、私は部屋の外でお待ちしています」
リラがようやく出て行ってくれるとレクトの口から盛大なため息が漏れる。
「ひょっとして、これから毎朝こんな感じなのか……?」
ぶつぶつと独り言を言いながら着替えを終えて部屋を出ると、リラが律儀に待っていた。
「お着替えは済んだようですね。では参りましょう」
先導するリラに続いてダイニングに向かうと、レクトがいつも座っている席には見事なまでに朝食の準備が整っていた。高級宿の待遇みたいな状況に、レクトはゆっくりとリラに顔を向ける。
「えーと、これ、リラが用意したんだよね?」
「はい。ただ、今朝は有り合わせのもので用意したので、幾分か量が控えめなのはご容赦願います」
「いや、それはいいんだけどね。それよりリラの分は? ここには僕の分しかないようだけど」
「私の分は後ほどご主人様の朝食用に使った食材の残りで作る予定ですので、まだありませんね」
「あー、それは食事の準備ができたとは言わないんじゃないかな。普通、全員の分が揃ってはじめて準備完了でしょ」
面倒臭がりな師匠でさえ食事はきちんと二人分用意し、一緒に食べていたのだ。今思い出すと信じられないことではあるが。
ところがリラはすぐに首を振った。
「私は貴方様に仕える身。ご主人様と一緒に食事をするなど、おこがましいにも程があります」
なんというか、ものすごい従者っぷりだった。
「気になっていたから言っておくけど、僕は君のご主人様になった覚えはないからね? そもそも、君が仕えるような相手でもないし」
「いいえ、あなたこそ私の主に相応しい。町であなたの話を聞いた時、そう直感しました。そしてこの目で見て、確信を得ました。あなたは私の理想のご主人様なのですよ」
語り終えたリラは嬉しそうに微笑んだ。まったく邪気のないさっぱりとした笑顔だ。あまりに眩しくてまともに見ていられず、レクトはそっぽを向いて頬をかいた。
「わかったわかった、もういい。じゃあご主人様のお願いだ。食事はこれから一緒に食べること。いいね?」
「では、次からはそうさせていただきます」
そう言って、リラは丁寧に頭を下げたのだった。
そして一週間後。
結論から言って、リラは使用人として完璧な女だった。なにをやらせてもそつなくこなし、決してレクトが不満を感じるようなことはなかった。なかでも料理の腕は見事なもので、レクトの好みの味付けや料理を把握し、毎日違うメニューが食卓に並んだ。
たった一週間でレクトの生活はリラのおかげで大変充実したものになっていた。なにせ屋敷の掃除や食事の用意はリラが全てやってくれるのだ。おかげで以前よりも絵に集中できるようになった。中途半端だった作品は全て完成した上にすぐ買い手がつき、資金の面でも余裕ができた。こうなってくると、レクトとしても出て行けとは言えなかった。
「さてリラ、今日で君が来て一週間になるね?」
「はい」
「率直に言おう。これからもここで働いてもらいたいんだけど、君としてはどうかな?」
「もちろんこれからも働かせていただきます。私の主は貴方様だけですので」
屋敷の手入れからレクトの身の周りの世話まで全てこなすという激務だったはずだが、リラは即答でそう答えてくれた。
「そっか。じゃあお給料の話をしようか」
少々ホッとしながら最も重要な話を切り出す。レクトの収入源は基本的に絵を売って得たお金だけなので、リラの給金もかなり不安定になってしまう。それを話してリラの考えが変わらないか心配だった。
「お給料は結構ですよ。今まで通り私をこの屋敷に置いてくだされば、それ以上のことは望みません。ああ、ただ食費だけはいただけますか。ご主人様には少しでも美味しいものを召し上がっていただきたいので」
破格なんてものじゃなかった。ここまでくると逆に詐欺なんじゃないかと疑いたくなってしまう。
「えーと、さすがに冗談だよね?」
「冗談のつもりはありませんよ、ご主人様」
当然といった顔でリラはそう言ってのけた。
「えっ、本気で?」
「もちろんです。これからもよろしくお願いしますね、ご主人様」
一礼した後に裏表のない笑顔を見せるリラだった。
その夜。
夕食を食べ終えたレクトは風呂に浸かって疲れを癒やしていた。リラが今後もこの屋敷にいてくれるか不安だったのだが、交渉が予想以上にうまくいったこともあって、レクトはすこぶる上機嫌で伸びをする。
これからもリラが色々と世話を焼いてくれるのなら、レクトは絵に集中することができる。そうなれば、いずれは師匠のように向こうから絵を描いて欲しいという依頼がくるかもしれない。そうなれば今後の生活は保障されたようなものだ。
レクトがそんな将来に思いを馳せていた時だ。浴室の扉が静かに開いた。
反射的に目をやると、そこにはタオルを持ったリラが立っていた。それだけならよかったのだが、リラの姿は一糸纏わぬ生まれた時の姿。しかも大事な所を隠そうともしないので、乳房や秘部がはっきりと見えてしまっている。
無駄なく整ったリラの裸体を前にして、レクトは瞬時に身体が熱くなった。
「ちょ、ちょっとリラ! 今は僕が入浴中だ! なんで入って来るんだよっ!?」
「本日をもって、正式に使用人として認めていただきましたので、背中を流しに参りました。さあご主人様、こちらへ」
今までは自重していたらしい。それはともかく、裸を見せることに抵抗がないらしいリラは至って普通な様子で手招きしてくる。さも当然といった感じだが、レクトにとっては異常事態だ。
「いやいやいや! 頼んでないから! 自分でできるから!」
「確かに頼まれてはいませんが、これも私の仕事ですから。さあご主人様、どうぞこちらへ」
にこりと笑い、リラが来るように手で促してくる。それを見て、レクトは何を言っても無駄だと悟った。基本的には従順なリラだが、仕事が関わってくると変に頑固なところがあることをこの一週間でレクトは知っていた。
「……背中だけだ。いいね?」
ため息をついて湯船から上がり、仕方なくリラの傍にある椅子に座ると、それ以上のことをさせないように釘を刺す。こうでも言っておかないと全身くまなく洗われかねない。
「畏まりました。それでは失礼いたします」
背後に回るとリラは丁寧にレクトの背中を洗い始める。
最初は気恥ずかしかったレクトだが、リラの洗い方はマッサージのように気持ち良く、気が付けばいつの間にか洗い終わって背中を流されていた。
「ご主人様、背中の方は洗い終わりましたが、どこかご不満な点はありますか?」
「いや大丈夫。ありがとう。後は自分でやるから、リラは自分の身体を洗ってくれ」
「わかりました。それではお言葉に甘えさせていただきます」
背後からリラの気配が離れた。そしてすぐにスポンジで身体を洗う音がする。どうやら大人しく引き下がってくれたようだ。
とりあえずこれ以上リラにあれこれと世話をされないことがわかり、レクトはこっそりとため息をついた。レクトだって健全な男だ。魔物とはいえ、裸の美女が傍にいて何も感じないわけがなかった。
「危なかった……」
身体はかっとしているし、胸は恐ろしい早さで高鳴っている。あのまま続けて何かされていたら、高ぶった感情から変なことをしていたかもしれない。しかし、リラが同じ室内にいる以上、油断はできなかった。これ以上刺激されないためにも、さっさと身体を洗って上がった方がいい。
そう決めて無心で身体を洗うレクトだったが、肩を洗おうとした拍子に目が後ろに向いてしまう。そこで完全にレクトの視線は固定された。
リラはレクトから少し離れた位置で身体を洗っていた。レクトの目にはリラの左半身しか映っていなかったのだが、それでも視線を釘付けにするには充分だった。羽毛に覆われた手首や尻尾、鱗に包まれた足。魔物だとはっきり感じさせる箇所こそあるが、陶器のような白い肌や手を動かす際に覗く膨らんだ乳房は人と変わらない成熟した女性の身体だ。
レクトは生唾を飲み込み、これ以上見ないようにと顔を逸らそうとする。しかしうまくいかなかった。あの身体を抱き、普段は澄まし顔のリラが快楽に喘ぐ姿を見たいという獣じみた欲求がむくむくと湧き上がってくる。それに合わせてペニスが肥大化していく。
そんな状態になって、レクトはようやくまずいと思った。このままリラを見ていると高ぶった性欲に任せて暴走する。そう確信できた。
そうならないためにも、さっさと風呂を上がろうとレクトは行動に移す。
「リラ」
「はい、なんでしょうかご主人―」
声をかけられ、こちらを見たリラをレクトは素早く押し倒していた。胸の下に、リラの濡れた柔肌の感触がある。そこでようやくレクトは風呂を上がるつもりが、リラを押し倒したという事実を理解した。
反射的に離れようとするレクトだったが、リラに急接近したことで石鹸のような清々しい香りが鼻につき、こんな香りのするリラの身体に自分の匂いを染み付かせたいという野蛮じみた欲望が沸き上がり、逆にリラの身体に抱きついていた。
「私を抱きたいのですか? ご主人様」
耳元でそう囁かれてリラを見ると、彼女は静かにレクトを見つめていた。その顔に怒りや侮蔑の色はなく、至っていつも通りの表情だ。だから、このまま頷けば、リラはすんなりと抱かせてくれる気がした。
「抱きたい」
「ではどうぞ。ご主人様の気の済むまで私の身体をお使い下さい」
するりとリラの腕が首に回された。
あっさりと承諾され、レクトは身体が硬直する。リラを抱きたいとは思っているが、こうもすんなりと許可されるとどうしていいか分からない。
「どうかしましたかご主人様。私の膣穴はこちらですよ」
動こうとしないレクトを不思議に思ったのか、リラが腰を浮かせた。ペニスの先端が温かなリラの膣内に埋没する。そのなんとも絶妙な感触にレクトの理性は完全に吹き飛んだ。
「リラっ」
彼女の腰を抱き寄せ、一気にペニスを押し進める。
「ん……っぁ……」
どこか切なげなリラの声が余計に男の本能を刺激し、レクトは夢中でペニスを膣内へと突き込んだ。狭い肉穴を押し広げてお互いの性器が繋がって行く。
レクトは歯を食いしばった。勢い任せに挿入したはいいが、マッサージするようにまとわりついてくる膣内の動きは想像以上で、早くも限界に追い詰められる。
「っ〜〜〜〜!!」
なんとか奥へと達したところで精液が迸った。
「んふぁっ、あっ、ご主人様の子種が私の中に……」
大量の精液を膣内に注がれ、さすがのリラも上ずった声を上げる。だがすぐにその顔に笑みが浮かんだ。
「気持ちいいですか、ご主人様……?」
「ああ……!」
気持ちいいなんてものじゃない。未だ射精は止まらず、リラの中に精液を注ぎ続けているのだ。
「ふふ、大分溜まっていたようですね……。すっきりするように搾り取ってさしあげます……」
きゅっと窒内が収縮し、ペニスが優しく締め上げられ、尿道の精液が残さず吐き出される。精を全て子宮へと受け入れたところで締めつけが緩み、そこでレクトは脱力した。
「満足いただけましたか、ご主人様?」
「……うん……」
溜まっていた精を全て吸い出されたことで頭から血が引いたレクトは間近で向けられる他意のない笑顔を正視できず、顔を逸らすしかない。なにしろ、欲望に任せて押し倒し、その挙句に中出しである。若さゆえの暴走をしでかした恥ずかしさから、この場から消えてしまいたい気分だった。
「それはなによりです。今後も性欲を発散させたくなりましたら、私の身体をお使い下さい。喜んでご奉仕させていただきますので」
「あっ、やっ……」
ペニスを突き入れる度にリラが嬌声を上げる。絶頂が近いらしく、膣内は激しく蠕動し、ペニスに絡みついてくる。
「ご主人様、ご主人様……! もう限界です……!」
降参するように身悶えするリラ。普段の澄まし顔はすっかり蕩けきっていて、ペニスを突き入れる度に嬌声を上げる様子はこれ以上ないくらいにレクトの興奮を煽った。
「そろそろ出すよっ! いいねリラ!」
「ああ、下さい! ご主人様の、熱い、子種を、私に……!」
射精感が昂ぶり、限界まで固くなったペニスをリラへと思い切り突き入れる。そこで理性が弾けた。
「あぁっ、やぁぁぁぁっ……!」
一際大きな嬌声で喘ぐリラの中へ容赦なく精を注ぐ。
そこでレクトは跳ね起きた。
「っ!」
あまりにも生々しい夢だった。その原因が昨夜の風呂場でのセックスにあるのは明白だ。
淫らな夢のせいで見事なまでに勃起しているペニスが毛布を押し上げているのを見て、レクトは朝からため息を禁じえなかった。
「なんて夢を見てるんだ……」
押し倒して中出ししただけでは飽き足らず、夢の中でまでリラを抱き、好きなようにしている自分に自己嫌悪を感じていると扉がノックされた。他に誰がいるわけでもない。リラだ。
「ご主人様、朝食の準備が整いました」
「わ、わかった、すぐに行く」
今、顔を合わせたら絶対に気まずいので先に行ってもらうことにする。しかし、なぜかレクトの願いに反して扉が開かれ、リラがするりと入ってきた。
「リ、リラっ! なんで入ってくるんだ!?」
だがリラはそれには答えず、ベッドのすぐ傍までやってきた。
「一晩お休みになって回復されたようですね。ご主人様、今朝もご奉仕が必要ですか?」
にこりと笑いつつ、リラの目が毛布によって作られたテントに向かう。その笑顔はいつも通りで、昨晩のことを気にしている様子は一切なかった。
「え、いや……」
このまましてほしいと言ったら、リラは大人しく抱かせてくれるのだろうか。もしそうなら、今朝の夢のようにリラの身体を堪能して……。
そこまで考え、レクトは慌てて首を振った。
「いや、いい! 大丈夫だからっ!」
「左様ですか。では、ダイニングでお待ちしています」
無理にご奉仕とやらを勧める気はないらしく、リラは静かに頭を下げると部屋から出て行った。それを見送り、レクトは盛大なため息を一つ。
「落ち着け……師匠との生活を思い出すんだ……」
飯の取り合いで三日ほど喧嘩した時のことを思い出すと、興奮はなんとか落ち着いていく。
股間のアレもなんとか元の大きさに戻ってくれたところでダイニングに向かい、豪華な朝食を手早くいただくと、レクトは逃げるようにアトリエに直行した。
「ふう。さてと……」
リラと顔を合わせていることが気まずくて落ち着かないレクトだったが、いざ筆を取ればそんなことはすぐに頭から忘れることができた。今日はモチベーションが良く、いつになく集中して筆を走らせ、作品を仕上げていく。途中でリラがお茶を持ってきてくれて休憩を挟んだが、その時にはすっかり夢や昨夜のことは忘れていた。
翌日もレクトは昨日と同様の集中力を維持していた。意識を絵に向け、丁寧に仕上げていく。
この日から、レクトの生活は絵を描くことが中心になった。今まではどれだけ調子が良くても食事の準備や買い出しに時間を割かなければならなかったが、今はリラがそれらを担当してくれるおかげで一日のほとんどを絵に費やすことができた。おかげで一月後には全ての絵が完成したのだった。
「いや、今回はどれも素晴らしい出来ですな」
屋敷を訪れた絵画商は仕上がった作品を見て満足そうに頷いた。
「ありがとうございます。しかし、師匠に比べればまだまだですよ」
「はは、まああの人は特別ですからな。しかし、レクトさんだって負けていませんよ。そう謙遜することはない」
「だといいのですが」
さすがに師匠には遠く及んでいないなと思い、レクトが苦笑していると、絵画商は少し真剣な表情を浮かべ、顔を寄せてきた。
「ふむ、レクトさん。ものは相談なんですが、一枚女性の人物画を描いてみませんか」
「人物画ですか。それは構いませんけど、一体なぜ?」
「ええ、実はさる富豪の方からそういった注文が入っていましてね。それをレクトさんにお願いできないかと」
初めての依頼の話に、レクトの背中が自然と伸びた。
「僕でよければ喜んで」
「そう言っていただけると助かりますよ。ただ、この話は私が受け持っている何人かの画家にも話してありますから、必ずしもレクトさんの絵が買っていただけるわけではないということを理解していただきたい」
「他に競争相手がいるというわけですね」
絵画商はこくりと頷いた。
「私も商人ですからね。お客様に提供する品はできるだけ多くしたいんですよ」
「分かりました。期日はありますか」
「半年後です。その頃に改めてお伺いします。その時はこれと同じ出来のものをいただきたいですな」
レクトが描き上げた渾身の作品に目を向けつつ、絵画商はにこりと笑った。
「努力します」
「では、また半年後」
頭を下げて去っていく絵画商を見送ると、レクトの口元に笑みが浮かぶ。初めて描いてほしいという依頼が入ったのだ。生憎と競争ではあったが、この機会を逃すわけにはいかない。ここで良い絵をかけば、次に繋がる可能性が出てくる。そうすれば、いずれは師匠のように仕事を貰うのではなく仕事を選ぶ立場になれる。
ようやく見えてきた明るい将来ににやつくのを抑えながらキッチンに行くと、リラが出していたお茶を片付けていた。その可憐な後ろ姿を見て、レクトは光に集まる羽虫のようにふらふらと近づいていった。
「どうかしましたか、ご主人―」
気配を感じて振り向こうとしたリラを、レクトは後ろから抱きしめていた。なんでいきなりそんなことをしたのか、自分でも分からない。急にそうしたくなったのだ。
首筋に顔をうずめると清々しい香りがして、より強くその身体を抱きしめる。
「ご奉仕をお望みですね、ご主人様」
「ああ」
こちらが全て言わずとも察してくれたらしく、リラはレクトの腕の中でくるりと向きを変えた。
「どのようなご奉仕をお望みですか?」
それはもちろん決まっている。
レクトが目をリラの下半身へと向けると、彼女はそれだけで察したらしい。長いスカートをするするとたくし上げた。最初に鱗に覆われた足が露わになり、続いて黒い下着がお披露目された。それだけでペニスが一際大きく震える。
「この場で?」
リラの問いに無言で頷く。正直、寝室まで我慢できそうもなかったのだ。しかし、キッチンの床に押し倒すわけにもいかない。そうとなれば。
「リラ、抱っこをするから、僕に抱きついて」
「はい、ご主人様」
素直にリラが首筋にしがみついてくると、レクトは彼女の尻を支え上げた。
「失礼致します」
身体がレクトに持ち上げられると、リラは躊躇うことなく足を開き、落ちないように腰の回りへと巻きつける。これで二人の体位は整った。
「リラ、僕のズボンを下ろしてくれるかな」
「喜んで」
てきぱきとリラの手がベルトを外し、ズボンを下ろした。それに合わせて解放されたペニスが飛び出す。
「素敵ですわ、ご主人様」
嬉しそうな笑みを浮かべつつ、リラは自分の下着に手をかけ、そっとずらした。綺麗な割れ目を惜し気もなく晒すと、腰を捻ってペニスの先端に当てがう。ぬるりとした粘りが亀頭を濡らした。
「さあどうぞご主人様。リラの身体、存分に堪能下さい」
真正面から向き合ったリラに笑顔でそう言われ、理性が吹っ飛んだ。腕に力を入れてリラの身体を抱き寄せるようにすると、ぐいと腰を突き上げる。
「ぁ、ん……」
艶っぽい声を漏らしつつ、リラがひしっとしがみついてくる。それに合わせてペニスが蜜壺に埋まっていく。
一月ぶりのリラの中は少し狭く感じた。だが、柔壁は相変わらずマッサージするように蠢き、中へ中へと呼びこんでくる。初めての時もそうだったが、今回もリラの膣内の動きはあっという間にレクトを限界へと押しやった。
射精の兆しを強く感じ取り、リラの腰を抱き寄せてペニスを最深部まで押し込む。そこで精が噴き出した。
「あ、あぁ、ん……ご主人様の子種がたくさん……」
子宮へと大量の精を注がれ、さすがのリラもうっとりとした表情でレクトへとしがみつき、腰をぐりぐりと動かした。根元から扱かれ、残っていた精が残さず搾られる。
やがて射精が終わると興奮が冷めて、以前と同じようにやってしまったという後悔が襲ってくる。そんなレクトにリラはにこやかに微笑んだ。
「満足いただけましたか? ご主人様?」
レクトは顔を逸らしつつ、小さく頷くしかなかった。
翌日。レクトは無心でカンパスに筆を走らせていた。そうでもしないと昨日の行為を思い出してしまうからだった。だが、リラの匂いや柔らかい身体、膣穴の感触。そのどれもがレクトの身体に生々しく焼きついてしまっていた。
「忘れろ、忘れるんだ……」
自分にそう言い聞かせつつ、筆を動かしていく。こうすることで、忘れることができる。そのはずだった。
ふと自分の描いている絵に意識を向けた時、レクトは絶句した。そこには架空の女性を描いていたはずなのに、いつの間にか穏やかに微笑むリラが描かれていたのだ。
「っ……!」
ほとんど走るようにアトリエを飛び出していた。無意識のうちに描いていたリラの絵から逃げるように廊下を進んでいると、当の本人に出くわした。
「ご主人様、昼食の準備が整いました」
レクトの姿を認め、リラは恭しく頭を下げる。だが、レクトの中では唐突にリラを抱きたいという欲求が沸き上がっていた。
「リラ」
彼女の腕を取ると、問答無用で連れて行く。
「ご主人様?」
一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべたリラだったが、すぐにレクトに合わせて歩き出した。
やがて寝室に到着すると、リラをベッドへと押し倒した。メイド服のスカートが広がり、そこからリラの鱗に覆われた足が覗く。これから何をされるのか分かっているのだろう、リラはどこかうっとりとした目で見つめてくる。
そんなリラに覆い被さり、彼女の服を乱暴に剥いでいく。荒々しい手つきだったが、リラが器用に身体を動かしたおかげでほとんどすぐに彼女は裸になった。
「どうぞご主人様……。あなたの望むようにして下さい……」
細い腕が頭の後ろに回される。
レクトは服を脱ぐのももどかしく、ズボンを下ろすとすぐにリラの割れ目へと剛直を突き入れた。
「あぁっ……」
いきり立ったペニスを迎え入れ、リラの口から声が漏れる。その喘ぎ声が興奮を煽り、腰の動きを激しくする。
「ぁ、んっ、や、ご主人、様、激し……♥」
結合部から卑猥な音がするほどに抽送を繰り返すと、リラは嬉しそうな顔で身体を悶えさせた。喜びは膣穴にも影響しているらしく、いつも以上にペニスにまとわりつき、扱くように蠢いた。
「ぐっ、リラ!」
全身が熱くなり、限界を迎えた。最奥まで突き込むと、そこで精液が撃ち出される。
「ん、ううっ……!」
膣奥に大量の精を注がれ、リラの身体がぐっと強張る。ペニスが強く締めつけられ、精嚢に溜まっていたものが残さず搾り取られていく。
「はぁぁ……今回もたっぷりと出ましたね……」
脱力するレクトを優しく抱きしめ、リラは微笑んだ。
この時から、レクトの中で倫理のたがが外れた。一日のうち、絵を描いていない時間のほとんどがリラを抱くようになった。夜はもちろん、昼食後、ちょっとした休憩の時間。中毒にでもなったかのように、リラを求めずにはいられなかった。
そんな日々を送っているうちに、あっという間に半年が過ぎた。
依頼されていた絵は無事完成し、先週、絵画商に引き渡した。その際に次の依頼もされて、レクトは快く引き受けた。
ようやく人生が順風満帆になってきたことで、レクトはどうしても口元に笑みが浮かんでしまう。やっと自分も一人前になれた気がする。だが、まだまだこれからだ。師匠のようになるまではしっかりと気を引き締めないといけない。
寝室で今後のことを考えていると扉がノックされた。
「失礼します、ご主人様」
リラが入ってきたことで、レクトは考え事を中断する。絵を仕上げることに集中するため、ここ一月ほどご無沙汰だったのだ。思い返してみればよく耐えられたものである。よって、今日は久しぶりにリラを抱こうと部屋に呼んだのだった。
リラに裸になってもらってベッドに横になってもらうと、レクトも服を脱いでリラに覆い被さった。
いつもならすぐに挿入してしまうのだが、今日は久しぶりにリラを抱くので、まずは彼女の見事な身体を堪能しようと、豊かな胸に手を這わした。
「ん……」
柔らかな乳房を優しく揉むと、リラからは早くも艶めかしい声が漏れる。それだけでペニスが反応し、挿入したくなる衝動に駆られるが、何度もリラを抱いたことで耐性ができたらしく、レクトは理性を保ったまま手を動かした。
リラの滑らかな肌の感触を楽しみつつ、手をその下半身へと滑らせていく。だが、そこで違和感に気付いた。リラの下腹部が膨らんでいる気がしたのだ。
「?」
不思議に思い、撫でられてうっとりとしているリラの顔から目を離し、彼女の腹を見やる。そこでレクトは固まった。
リラのお腹は僅かながらもはっきりと膨らんでいたのだ。
「リラ、このお腹は……」
驚いて彼女を見つめると、リラは嬉しそうに微笑んだ。
「はい。子供がおります♥」
「子供って、妊娠……? じゃあ、父親は……」
まさかと思いながら、レクトはなんとか彼女にそう問う。すぐに返事は返ってきた。
「もちろんご主人様です。他の男性に身体を許したことはありませんので」
嬉しそうに小さく膨らんだ腹を撫でるリラ。だが、レクトは身体から急速に興奮の熱が引いていくのを感じていた。
妊娠、子供、結婚、父親になる。
そんな言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
この日、リラを抱く気にはなれなかった。
翌日からレクトはアトリエに引きこもるようになった。必要な時以外はリラと顔を合わせないようにしようと、ひたすら絵に没頭した。
リラを妊娠させたという現実が頭を支配して絵に集中できないのではと危惧したが、予想に反して恐ろしいほどに作業は捗った。むしろ、絵を描いている時だけが現実を忘れることができたといっていい。
だから、レクトは現実から逃げるように絵を描き続けた。幸い、完成した絵はどれもすぐに絵画商が買い取ってくれて、次の依頼をされる。
仕事が順調なおかげで月日が経つのは早かった。
いくつもの絵を完成させ、それらはすぐに買い取ってもらえる。生活は安定し、間違いなく成功への階段を上っていると実感できるくらいだ。だが、順調なのはレクトだけではなかった。言うまでもなくリラだ。お腹の子は順調に育っているようで、今や彼女の腹は大きくせり出していた。時折、子供が動くらしく、仕事の手を止めて膨らんだお腹を優しく撫でている姿を何度も見かけた。
それを見る度にレクトは不思議と心が和んだ。なぜかは分からないが、リラが母親になろうとしているのを見ると、自分も頑張らなければと思うのだ。同時に、自分などが父親になれるのかという不安も湧いてきて、いつもその場を去っていた。
そして、ある日の朝。
レクトはダイニングで席に着いていた。リラは大きなお腹を苦にもせずに朝食を用意し、豪華な朝食群をレクトの前に並べていく。それらを全て並べ終わった時だった。
唐突にがちゃりと食器を乱暴に打ち合わせた音がして、レクトが目を向けると、リラが苦しそうな表情でテーブルに右手をついていた。その左手は膨らんだお腹に添えられている。
「リラ? どうしたんだい……?」
「お騒がせして申し訳ありません、ご主人様。どうやら、陣痛のようです……」
「陣痛って……まさか、生まれるのか……?」
リラは苦しげに頷くと、少しの間を置いて動き出した。お湯の入ったバケツや何枚ものタオルを準備すると、足早にダイニングを出て行く。それをほとんど茫然と見送っていたレクトだったが、さすがにのん気に朝食を食べている場合ではない。慌ててリラの後を追った。
彼女はダイニングからすぐ近くの客室へと入っていく。レクトが続けて部屋に入ると、リラが服を脱いでいるところだった。もう何度も見ているはずなのに、いざこういう事態になると気恥ずかしくて、レクトはつい顔を逸らしてしまう。
そんなレクトに構わず、裸になったリラはゆっくりとベッドに身体を横たえた。膨れ上がったお腹が小さく震えている。
「リラ、僕は、僕に何か手伝えることはあるかい……?」
出産なんてどうしていいか分からず、レクトは荒い呼吸を繰り返すリラを見つめた。
「手を……手を握っていて下さい……」
そっと縋るように伸びてきたリラの手を、レクトは両手で握る。それで一瞬だけ笑みを見せたリラだが、すぐにまた苦しみはじめた。
「んぅっ! あっ、あぁぁぁ……!」
ごぽりと、割れ目からぬるぬるとした液体が溢れ出してくる。破水が始まったのだ。
「あぅっ、っぁ……! ご主人、様……!」
汗ばんだリラの手がぎゅっとレクトの手を握り締めてくる。レクトはしっかりとリラの手を握りながら、事の次第を見守るしかできない。
「ぁぁぁっ……!」
悲鳴を上げ、身体をよじりながらも、リラはしっかりと息んでいるらしい。 お腹の膨らみがゆっくりと降りていく。中から押し広げられて彼女の割れ目は大きく開き、今まさに生まれようとしている子供の出口を作っている。そして―。
「んぁぁぁぁぁ……!」
一際大きな嬌声とともにリラが大きく息んだ瞬間、大量の羊水やら愛液とともに小さな命が産み落とされた。初めて空気というものを体験する赤子はすぐにぐずりだす。
「は、はっ、ふぁ……。子供……無事に産めたようですね……」
産声を聞いて安心したのか、脱力したリラは力なく笑う。そしてよろよろしながらも産まれたばかりの子供を優しく拭きあげると、綺麗なタオルにくるんでそっと抱いた。
「ほら、お母さんはここにいますよ……」
リラが小さな身体で懸命に泣く子供の頬をそっと撫でてやると、次第に泣き止んでいく。子供をあやす姿は既に母親のそれで、レクトはそんな様子を不思議なものでも見るように眺めていた。だが、リラが産んだ子は紛れもなく自分の子なのだ。リラに抱かれ、ようやく泣き止んできた子は自分の血を引いている。頭がそれを理解した瞬間、レクトの中で何かが吹っ切れた。
「リラ、そのままその子を抱いていて」
そう声をかけると、リラの身体を抱き上げる。
「あ、あの、ご主人様?」
「隣りの客室に連れていくよ。その子を落とさないようにね」
リラをお姫様抱っこすると、レクトはすぐに隣りの部屋へリラと娘を移した。
「君はここで休んでいてくれ。僕は隣りの部屋を片付けてくるから」
リラをベッドに下ろすと、レクトはすぐさま踵を返した。
「後片付けでしたら私がやります。あの部屋で子供を産んだのは私ですし」
すぐにリラらしい言葉が耳に届く。レクトは歩きかけていた足の向きを変えてベッドの傍に戻る。
「ご主人様?」
ベッドに寝たまま、リラはレクトを見上げてくる。その綺麗な目を見つめながら、レクトは言った。
「リラ、結婚しよう」
リラはしばらくの間、何を言われたのかわからないようだった。目をぱちくりさせながら、ずっとレクトを見つめていたが、やがて頭が理解したのだろう。少しだけ、その頬が赤くなった。
「結婚、ですか……」
「そうだ。今日から君には使用人ではなく、僕の妻になってもらいたい」
結婚を申し込むのは緊張するものだと思っていたが、案外そうでもないらしい。恐らく、人では結婚から妊娠、出産の流れになるはずが、レクトの場合は既に子持ちになってしまったからだろう。
そんなことを考えながらリラの返事を待っていると、彼女は穏やかに笑ってみせた。
「ふつつか者ですが、よろしくお願い致します」
アトリエで、今日もレクトは絵を描いていた。その先には、娘を抱いたリラが椅子に座っている。絵のモデルになってもらっているのだ。
以前も無意識にリラを描いたことはあったが、今回は自分の意思で描いている。単純に自分の美しい妻を描きたかったというのもあるが、最大の理由はやはり産まれた娘だ。
アイリスと名付けた娘はリラに抱かれてすやすやと眠っている。これが本当に可愛くて、目に入れても痛くないとレクトは思っている。
そんなアイリスだが、いつまでも赤子のままというわけにはいかない。やがては大人になっていくのだ。それは少しばかり残念に思うが、仕方のないことだ。だから、レクトは絵に描くことにした。
今はリラに抱かれているアイリスを、次は少し成長したアイリスを。そうして、アイリスが大人になっていくまでの様子を絵に描いておくのだ。アイリスが大人になった時に、こんな頃もあったなと、リラと二人で見て笑えるように。
今回の母と娘の絵はほぼ完成している。後は細かい修正だ。
「リラ、お疲れさま。今日はもういいよ」
「わかりました」
リラは椅子から立ち上がると、アイリスを抱いてレクトの背後に回った。
「ふふ、当然ですが、いつ見ても見事なものですね」
自分の絵を褒められると嬉しいものだが、リラに褒められるとレクトはどうしても笑みが浮かんでしまう。
「まあ、これが仕事だからね。しかし、いずれこの絵に描く人数も増えていくんだろうなぁ」
今でこそ二人だが、いずれ新しい娘ができればレクトは当然描くつもりだ。
そんなレクトの言葉を聞いて、リラはくすくすと笑った。
「あなたったら、この子が生まれたばかりなのに、もう次の子のことを考えているんですか?」
「あ、いや、そういうわけじゃなくて……」
確かにそう取れなくもない発言だったなとレクトは頬をかいた。
「ふふ、私は構いませんよ。あなたが望むのでしたら、何人でも産みます。この子を生んで、少しお腹が寂しく感じることもありますから」
そんなことを言われては、インキュバス化してすっかり逞しくなった身体の一部分が反応してしまう。夫婦だというのにそれが気恥ずかしくて、レクトは話題を逸らそうと試みる。
「まあ、それはいずれってことで……。それより、お茶にしてくれないかな」
そんなことを言いながら、頭では二人の娘に囲まれたリラの絵を想像しているのだから、自分で呆れてしまう。
「はい、あなた」
夫の考えることはお見通しなのか、本物のリラ、想像した絵のリラ、どちらも優しく微笑んでいた。
14/05/31 21:20更新 / エンプティ