中編
翌朝。
目が覚めたリックは朝食の準備をしていた。リーンベルはまだ寝ているようで、その胸が規則正しく上下している。
昨夜最後に見た時は横を向いていたはずだが、今はなぜか仰向けで顔を帽子で隠した状態だ。
それが少し不思議だったが、特に気にかけるようなことでもないので、リックは火を熾してそこに薪を放り込んだ。
ぱちぱちと爆ぜる音を聞きながら食パンを半分に切り、バターとクリームを塗っていく。そこに、一口大に切ったバナナと半分に切った苺を挟めば簡易フルーツサンドの出来上がりだ。それを四つほど作ったところでリーンベルが体を起こした。
寝起き特有のとろんとした目が遠慮なく見つめてきて、リックは不覚にもどきりとする。寝惚け眼のリーンベルはあまりにも無防備で、庇護欲を掻き立てるような様子だったのだ。
「おはようございます。よく眠れましたか？」
挨拶をすると、リーンベルはしげしげとリックを見つめ、柔らかく笑った。
「おはよ。昨夜は……まあまあかな……」
そう言って小さく欠伸をする。どうやら機嫌は悪くなさそうだ。
「そうですか。じゃあ、これをどうぞ。リンベルさんの分です」
リックがフルーツサンドを差し出すと、リーンベルの目がそれを凝視する。
「……これ、リックが作ったの？」
「ええ」
「リック、料理もできるんだ……」
「独り暮らしですから、まあこれくらいは。あ、そういえば勝手に朝食用意しちゃいましたけど、よかったですか？ リンベルさんもなにか用意はしてましたよね？」
「え？ ああ、はは……。まあ、わたしが用意してたのは気にしなくていいよ……」
さり気なく自分の荷物を背後に隠すリーンベル。その中にある買ったロールパンをそのまま食べるつもりだったとは言えない雰囲気だからだ。
「そ、それより、さっそく食べてもいいかな？」
「ええ、どうぞ」
リーンベルが素直に食べてくれるのを見て、とりあえず朝食作戦は成功だとリックは内心ほっとする。
「裁縫だけじゃなくて、料理もできるんだ……。しかも、おいしいし……」
「どうかしました？」
リーンベルが何か言った気がしたので尋ねてみたが、彼女は小さく首を振るだけだった。
「おいしいよ。うん、すごくおいしい……。うう、わたしの女としての尊厳が……」
食べながら微妙な表情になるリーンベルには気づかず、リックも自分の分を食べ始めた。
リーンベルの機嫌を取り戻したことで、リックは早くも本来の目的のことで頭がいっぱいになっていた。
リーンベルと一緒に行くのはいい。問題は、どうやってクレアと二人きりになるかだ。
そればかりに気を取られ、ほとんど味わうこともせずにリックは朝食を終えたのだった。
「ここがそうなの？」
「ええ」
間もなく昼になるという頃に二人はクレアの屋敷に到着した。
少し古風な雰囲気を漂わす三階建ての屋敷で、リックも来るのは初めてだ。
「そっか。じゃあ、さっそくクレアさんとやらにご対面といこう」
屋敷を眺めていたリーンベルは躊躇う素振りを少しも見せずに門をくぐり、見事な庭園を見向きもせずに抜けて立派な扉に手をかける。
慌てたのはリックだ。いきなり訪ねてきた挙句、ノックも無しではどう考えたって歓迎されるわけがない。
「ちょっとリンベルさんっ！」
彼女の行動を注意しようと手を伸ばすリックだったが、普段は花に囲まれてのほほんとしているだけの彼と旅慣れた快活な魔物娘では、運動神経に差がありすぎた。
リックが声を出した時には、既にリーンベルが盛大に扉を開け放っていた。
「たのもー」
謎の挨拶？ をするリーンベルだが、リックは気が気ではない。こんな無礼な来客では使用人に追い返されかねない。
しかし、扉を開けた先に使用人や従者といった人物の姿はなかった。
「あれれ？ お昼寝中？」
さすがに誰もいないのを不審に思ったのか、首を傾げるリーンベル。だが、その理由はまずないだろう。
「いや、さすがにそれはないかと……」
「でもさ、これだけ大きいお屋敷に誰もいないって変じゃない？」
「それはまあ……」
「よし。じゃあ、探してみよう」
考えるより先に行動するタイプらしく、リーンベルはすたすたと屋敷内に入っていく。
一方、リックはどうしたものかと玄関前で凍りついた。
想い人の家に勝手に上がり込むなど言語道断だ。しかし、リーンベルが妙なことをしないとも限らない。
「一体、僕はどうすれば……」
思いきりのいい男ならやけくそでリーンベルの後を追うのだろうが、良く言えば穏やかな、悪く言えば優柔不断なリックにそれができるはずもない。
こういう時に強いのはやはり女性である。
「ほら、リックも。そんなとこに立ってても、なにも分からないよ。行こ」
リックがついて来ていないことに気づいたリーンベルが戻ってきて、リックの腕を強引に引いていく。それで屋敷に踏み入れてしまった。
「クレア様、すいません……」
自分が悪いわけではないはずだが、とりあえず謝るリックをリーンベルはぐいぐい引っ張っていく。
クレアの屋敷はきちんと手入れが行き届いていて、壁にしても窓にしても、汚れは一つも存在しなかった。それだけに不思議だった。間違いなく人の手によって維持されているはずなのに、肝心の人がどこにも見当たらない。
リックはリーンベルに引っ張られつつも屋敷内を見回したが、彼女は迷うことなく階段を上って三階へと到達すると、奥に見える扉を注視した。
「あそこか」
「あそこに何かあるんですか？」
リーンベルが何か確信したように呟くので、無断侵入中だということも忘れてリックはのん気に尋ねた。
「うん。あの扉の先から気配を感じるんだ。多分、君の愛しのクレアさんかな」
「え……あ、いや……」
クレアと聞いて顔を赤くするリック。
あの扉の先にクレアがいると考えただけで胸が高鳴り、嫌でも緊張してしまう。だから、隣りで手を引くリーンベルが「むー……」と少しむくれて睨んでいることなど気づくはずもなかった。
「……ほら、告白するんでしょ？ 行こうよ。わたしも妹か確認しなくちゃいけないし」
告白という言葉で、今度はリックの顔が青くなる。今更だが、自分があまりにも馬鹿なことをしようとしていると思ってしまったのだ。
「リンベルさん……僕は後で会いますので、どうぞお先に……」
石のように硬直するリックに、リーンベルは呆れて物も言えないという表情になった。
「何言ってるの？ 男の子でしょ。ここまで来たんだから、きちんと想いを伝えなくちゃ、きっと後悔するよ？」
あまりにも正論だった。もちろん、リックも玉砕覚悟で来た以上はきちんと告白するつもりではある。
「ええ、そうですね……。まあ、その、告白はしますよ。ただ、その時はリンベルさんは」
「うん、任せて。きちんと見守っててあげるから」
離れてて下さいとは言わせてもらえなかった。それどころか、見守っててあげるという有難い？ 気遣いぶりである。
「いやいや！ それはいいです！」
「邪魔したりはしないから大丈夫だよ。さ、行こう」
再び強引に手を引かれ、リックはほとんど引きずられるようにしてクレアがいると思われる扉の前に立たされてしまう。
「準備はいい？ じゃ、開けるよ」
そう言って、やはりノックもせずにリーンベルはいきなり扉を開け放った。
扉の先は寝室だった。すぐ目の前にキングサイズのベッドがあり、そこにクレアはいた。どうやら眠っていたようだが、リーンベルが音がするくらいに強く扉を開けたおかげで目が覚めたらしく、驚いた様子でこちらを見つめていた。
「あ、やっぱりお昼寝中だった」
この地方を治める領主を叩き起こしておきながら、リーンベルは全く悪びれもせずにのん気な声を出す。そんなリーンベルにクレアはしばしぽかんとしていたが、すぐに状況を理解したらしく、キッと睨んだ。
「き、貴様っ！ 人の家に勝手に上がり込むとは何様のつもりだ！」
「お客様だよ。使用人がいないから、勝手に入らせてもらっただけ」
「黙れ！ 私は貴様のような無礼者を客とは認めん！ さっさと出て行け！」
クレアは相当腹を立てている様子で、かなりの剣幕だ。怒鳴られているのはリーンベルなのに、リックの方が身が縮み上がる思いだった。
「うん、帰るよ。やっぱり外れだったし。でも、こっちの彼が話があるってさ」
平然とリーンベルがリックを前に押しやり、そこで初めてクレアはリックに気づいたらしい。怒っていた顔が驚きに変わった。
「リック……」
「あ……どうも……。その、いい天気ですね、はは……」
心の準備ができないうちにクレアの前に立たされ、口から出るのはなんともつまらない挨拶だけだ。言った本人がつまらないと思うのだから、聞かされたクレアも当然のように眉を寄せて険しい表情になる。そして言った。
「そうか……。なぜダンピールがいるのかと思ったが、そういうことか。お前は、私に不満があって抗議しにきたというわけだ……！」
思いもしなかった言葉に、リックは目を瞬かせる。
「え？ いや、僕はただ」
「お前はそんな男だったのだな……。私の見込み違いだった……！」
なにやら誤解されているらしいということはリックにも分かった。だが、それを口にするより先に、クレアの目尻に涙が浮かび、完全に機会を逃してしまう。
「何が不満だ？ ダンピールまで連れてきたのだ。余程腹に据えかねる思いがあるのだろう？ 言ってみろ！」
涙を光らせながら裏切られたような目で睨まれ、リックの頭は未だかつてないくらいに混乱する。なんでこうなったと誰かに問いたいくらいだ。
この場を上手く治める方法なんて思いつくはずもなく、どうにかしなければという焦りが余計に判断力を削いでいく。
そしてリックが取った行動は懐から恋文を取り出すことだった。
「クレア様、これを！」
彼女のすぐ傍まで歩み寄ったリックは勢いよくそれを突き出す。クレアの顔を見ることなどできず、頭を下げて目上の人に贈り物を差し出す格好だ。
「ずっと好きでした！ お付き合いして下さい！」
「なっ……」
クレアの戸惑うような呻くような声が聞こえ、リックは恐る恐る顔を上げる。そして顔を真っ赤にしたクレアと目が合った。
しばし互いに見つめ合ったまま沈黙するが、クレアは差し出された手紙をそっと受け取ると、ベッドから下りた。
彼女はシルクのネグリジェ姿だった。きちんとした衣装を着たクレアしか見たことのないリックはそれが新鮮で、今の状況も忘れてつい凝視してしまう。
そのままだったらずっとクレアの艶姿を眺めていたに違いないが、当のクレアが不意に発した言葉で我に帰った。
「ふ、ふん！ 私と交際したいだと？ 貴様のような下等な人間が私と釣り合うと思うのか？ 寝言は寝てから言え！」
予想できた言葉だ。だからこそ驚きはしなかったが、玉砕したという事実は少し心にくるものがある。それでもリックは笑うことができた。
「はは……。いえ、全くその通りです。僕なんかがクレア様と釣り合うわけがない。それは承知の上です。それでも、想いを伝えたかった。おかげですっきりしました。ありがとうございます。それと失礼しました。では、僕はこれで……」
失恋とはもっとショックなものだと思っていたが、実際にはそうでもないらしい。
自分でも意外なほど落ち着いていると実感しながら、くるりと踵を返し、部屋を出た。
「あ……」
クレアが蚊の鳴くような声を漏らす。だが、それがリックに届くことはなかった。そう、リックには。
「はい、ちょーきょーけってー」
黙って事の次第を眺めていたリーンベルが突如そんなことを言った。
「リンベルさん……？」
不思議に思って彼女を見つめるが、その顔は完全にクレアだけに向けられていた。
その目は本当にリーンベルなのかと疑いたくなるくらいに鋭く、リックは再び戸惑う羽目になる。そんなリックに構わず、リーンベルは一歩前に出た。
「クレアさんだっけ。分かってると思うけどさ、わたしもダンピールだから、あなたみたいに素直になれない女って、見ててイライラするんだよね」
普段ははきはきとしているリーンベルなだけに、淡々と語る口調が異常に怖い。どうやら怒っているらしい。
「だから調教すると？ 貴様如きがこの私を？」
クレアは恋文をそっとベッドの傍にある引き出しにしまうと、底冷えするような声でリーンベルを睨んだ。先程起こされた時とはまるで違う怒り方だ。下手なことを言えば、容赦しないというような空気がその体から発せられている。
「あなたが素直になるなら、そんなことはしないけどね」
「浅慮な物言いだな。先程口にした言葉は私の本心だ。加えて言うなら、貴様に大人しく調教されるほど私ものん気ではない」
「そう」
すっと目を細めるクレアに、リーンベルは腰の剣を抜いた。細い刀身のレイピアが場違いなくらいに煌々と光る。
「ちょ、ちょっとリンベルさん！」
一触即発の状況に、リックは慌ててリーンベルを止めようとする。
「リックは黙ってて！」
その一言はまるで魔法のようにリックの体をぴたりと硬直させた。レイピアなんて物騒な物を持ち出した時点で止めるべきなのに、なぜか体が動かないのだ。
「……あくまでそういう態度を取るわけだ。じゃあ、もういいよ。素直になるように矯正するからっ！」
言ったと同時にリーンベルが動いた。
それだけならクレアも取り乱すようなことはなかっただろう。だが、続くリーンベルの動きは予想外だったに違いない。
「シッ！」
リーンベルの腕が煙るように動き、彼女は手にしていたレイピアをクレアに投げつけたのだ。
「なっ……！」
まさか武器を投げるとは思っていなかっただけに、クレアは完全に意表を突かれた。その僅かな隙に、矢のように飛んでいったレイピアが彼女の胸に突き刺さる。
「クレアさん！」
弾かれたように体が動き、膝から崩れ落ちる彼女の下へと走り寄る。
レイピアの刀身は完全にクレアを貫通しており、その鋭い先端が彼女の背中から飛び出ている。リックは目の前の光景が信じられなかった。
「クレアさん！ しっかりして下さい！ クレアさん！」
「う……！」
その体を揺すっても、クレアは顔を俯けて呻くような声を上げるだけだ。貫かれた胸の痛みに苦しんでいるに違いないと思い、とにかく手当てをしなければと辺りを見回す。そこにリーンベルの声が響いた。
「心配しなくても大丈夫だよ」
やけに落ち着いた口調だった。それがリックの不快感を盛大に煽った。
「何言ってるんですか……！ クレアさんにこんな大怪我をさせて、どこか大丈夫なんですか！」
背後に立つリーンベルを睨みつけると、彼女は顔を曇らせた。
「……魔界銀で作ったレイピアだから、怪我なんかさせてないもん……」
つかつかとクレアに歩み寄ると、リーンベルは躊躇うことなくレイピアを引き抜いた。
「んっ……！」
クレアから妙に艶っぽい声が漏れた。
「クレアさん、大丈夫ですか！？」
心配するリックだったが、クレアからなぜか血が出ていないことに気づく。
レイピアで胸を貫かれたはずなのに、そのレイピアにも一滴たりとも血が付いていないのもおかしい。
訳が分からず混乱していると、クレアがゆっくりと顔を上げた。
「リック……？」
ゆっくりと顔を上げたクレアの目がリックを捉えた。しかし、いつも強い意思を宿した赤い瞳が、今はやけにとろんとしている。
これは明らかに普通ではない。そう思った矢先に、がばっとクレアが飛び付いてきた。
「んむっ！？」
何が起こったのか、リックは理解できなかった。
目の前にはクレアの顔があり、唇には柔らかな彼女の唇の感触。首の後ろには細くしなやかな腕が絡みつき、信じられないほどの弾力を持った胸の膨らみが自分の胸に押し当てられていた。
混乱極まる頭がクレアにキスされたとようやく理解した頃に、二人の唇が離れた。
「リック……♪」
呆然とするリックの前で、クレアは嬉しそうに笑う。
「あの、クレアさん……急に何をんっ！」
再びキスで口を塞がれた。クレアはそのままリックの体を立たせると、すぐ傍のベッドへと押し倒していく。
「クレアさ、ん、ちょっ、ま、んむっ……！」
想像すらしていなかった事態になんとか落ち着こうとするも、クレアの甘い香りが鼻孔をくすぐり、キスの雨を降らされ、落ち着くどころかますます混乱する羽目になる。
何度目か分からないキスが終わると、クレアは目を細めて微笑んだ。
「リックの唇、おいしいわ……♪」
普段の領主らしい口調ではなく、少女のようだった。あまりの豹変ぶりに、リックはぽかんとするばかりだ。
「あの、クレアさん、一体どうしたんですか……？ 様子も口調もおかしいですよ……？」
目の前にいる人物がクレアなのか分からなくなってきたリックは恐る恐る尋ねた。
その質問に対して、クレアは見惚れるような微笑みを浮かべた。
「これが私の本来の口調よ。普段は領主らしくしているだけ。だから、あなたの前でも堅苦しい言葉しか言えなかった。大好きなあなたの前でもね。それだけじゃなく、私は色々なことを堪えていたわ。でも、もう我慢できない」
言った同時にクレアの手がズボンに伸びた。
「ちょ、ちょっと待って下さい！ いくらなんでも、いきなりすぎますよ！ 使用人の方だってどこにいるかも分からないのに！」
咄嗟に出た言葉だが、自分で言ってハッとする。玄関からここまで真っ直ぐに来てしまったおかげで、まだクレアの使用人達を見つけていない。その彼らにこの状況を見られたら、厄介なことになるのは確実だった。それはクレアも分かっているはずだ。
だが、彼女の手は止まらなかった。それだけでなく、衝撃の一言を告げた。
「使用人なんて最初から一人もいないわ。この屋敷にいていいのは、あなただけだもの♪」
ベルトが引き抜かれ、無造作に投げ捨てられた。
「え……」
「さあ、邪魔者はいないのだから、愛し合う者同士、一つになりましょ♪」
呆気に取られたリックの隙を突くように、クレアは下着とズボンを引きずり下ろした。
リックも健全な男だ。先程の熱いキスの連発とクレアに押し倒されている今の現状から、彼の息子はこれでもかと反り立っていた。
「これがリックの……♪」
「っ……！」
勃起したリックのモノを見て、クレアはもちろん、実はこっそり見ているリーンベルもしっかり反応したのだが、ベッド上の二人が彼女に気づくことはなかった。もう完全に二人の世界に入っているのだ。
「こんなに大きくして……♪ 私を求めてくれているのね。嬉しいわ♪」
そう言いながらクレアもネグリジェを脱ごうとしていたが、押し倒している体勢のままでは上手くいかないらしく、手間取っていた。そのうちに面倒になったようで、クレアはついに力任せにネグリジェを破り捨てた。
彼女の体を隠していた唯一の肌着が布切れとなって放られ、リックの前にクレアの一糸纏わぬ裸体が晒された。
母性の象徴である二つの乳房、きゅっとくびれた腰、陰毛の一切ない秘部……。
憧れのクレアが目の前で生まれた時の姿を披露したことで、リックは完全に思考が停止した。唯一、彼の息子だけが本能に従って痛いくらいに反応する。
クレアはリックのモノを手で優しく掴むと、自らの割れ目へと当てがった。
そうまでされても、リックは今の状況が飲み込めないでいた。
クレアが自分と寝ようとしているのか？ 本当に？ 夢ではないだろうか？
頭にいくつも疑問が浮かんだが、それらはクレアの蜜壷へと招かれたことで全て消し飛んだ。
「あんっ♪ リックが入ってきてるぅ……♪」
続くクレアの嬌声と、熱い膣内へ潜り込んだことで生じた快感がリックの思考を真っ白に染め上げる。特に肉棒へと与えられる快感は、童貞の彼には堪え難いものだった。
性に対して疎いリックだが、それでもあまりに早く射精してはいけないことくらいは分かっている。だが、クレアの膣は彼に我慢することを許さなかった。迎え入れた肉棒に柔壁を絡ませ、締め上げた。
「あっ……すいませ」
言い切るより先に陰茎が限界を迎え、どろどろとした白濁を蜜壷へと吐き出し始めた。
「きゃああああああ♪」
胎内へと打ち込まれる精液に、クレアからは嬌声とも悲鳴とも判断のつかない声が漏れる。それがリックの興奮を煽り、更に精を注ぎ込む。
「あの……大丈夫ですか……？」
やがて長々とした射精が終わり、精も体力も根こそぎ吸い取られたような感覚で、リックは息も絶え絶えだった。
「あはぁ……♪ 気持ちいぃ♪」
一方のクレアはといえば、オスに種付けされるメスの喜びに打ち震え、蕩けた笑みを浮かべていた。だが、リックの射精が終わってしまうと、不満そうに唇を尖らせた。
「リック、もっとして」
「え……。いや、少し休憩を……」
ほとんど為すがままだったが、ありったけの精を捧げたリックはまだ呼吸も落ち着いていない。しかし、交わりによる快感を知った彼女が休憩など許すはずもなかった。
「駄目！ 私が満足するまでやめないんだから！」
リックにしがみつくように、クレアは彼の首筋へと顔を埋める。直後、首にちくりとした痛みが走った。
「っ……！？ うわぁぁぁぁ！」
「んんんんっ♪」
噛まれた、と分かった時にはクレアがリックの血を吸い上げ始めていた。
彼女に歯を突き立てられている箇所を中心に、気の狂いそうな快感が生じる。リックは血を吸われているはずなのに、まるで媚薬を血管に流し込まれているようだった。
吸血による快楽はあっと言う間に体中に広がった。それに敏感に反応したのが陰茎で、クレアの中に納まったままのそれはびきびきと固さを取り戻していった。
当然、未だ膣内にそれを咥え込んだままのクレアは肉棒の復活を瞬時に察知し、リックの首から顔を上げた。
「ふふ、あなたの血、相変わらずとってもおいしいわ♪ さあ、今度はまたこっちであなたを味わわせて♪」
リックの血を堪能したと顔に大書し、クレアは腰をぐりぐりと動かし始めた。
彼女の割れ目からは破瓜の証である一筋の血が流れ出ていたが、そんなことを気にする様子もなく、自分の中にあるリックを感じて喘いでいる。
興奮が高まったのか、クレアの腰使いは勢いを増し、その動きに合わせて膣内では肉棒が激しく扱かれることになり、リックは悲鳴を上げた。
「ちょ、クレアさん！ ま、待って！」
「嫌！ リックだって気持ちいいでしょう？ 絶対にやめな―」
言いかけたところで、クレアが急にぱたりと倒れ込んできた。それがあまりにも唐突で、リックは戸惑った。
「クレアさん……？ どうかしたんですか？」
その体を控えめに揺すってみたが、全く反応がない。
少し心配になったところで、ようやくリックはそれに気づいた。
ベッドの傍らにいつの間にかリーンベルが立っていて、その右手が手刀の形を作っていた。
「リンベルさん……？」
これは彼女の仕業なのかと、ぼんやりする頭が状況を理解しようとする。
しかし、リーンベルはむくれたままでリックの問いには答えず、短く言い放った。
「……私の番」
その声はやけによく部屋に響いた。
目が覚めたリックは朝食の準備をしていた。リーンベルはまだ寝ているようで、その胸が規則正しく上下している。
昨夜最後に見た時は横を向いていたはずだが、今はなぜか仰向けで顔を帽子で隠した状態だ。
それが少し不思議だったが、特に気にかけるようなことでもないので、リックは火を熾してそこに薪を放り込んだ。
ぱちぱちと爆ぜる音を聞きながら食パンを半分に切り、バターとクリームを塗っていく。そこに、一口大に切ったバナナと半分に切った苺を挟めば簡易フルーツサンドの出来上がりだ。それを四つほど作ったところでリーンベルが体を起こした。
寝起き特有のとろんとした目が遠慮なく見つめてきて、リックは不覚にもどきりとする。寝惚け眼のリーンベルはあまりにも無防備で、庇護欲を掻き立てるような様子だったのだ。
「おはようございます。よく眠れましたか？」
挨拶をすると、リーンベルはしげしげとリックを見つめ、柔らかく笑った。
「おはよ。昨夜は……まあまあかな……」
そう言って小さく欠伸をする。どうやら機嫌は悪くなさそうだ。
「そうですか。じゃあ、これをどうぞ。リンベルさんの分です」
リックがフルーツサンドを差し出すと、リーンベルの目がそれを凝視する。
「……これ、リックが作ったの？」
「ええ」
「リック、料理もできるんだ……」
「独り暮らしですから、まあこれくらいは。あ、そういえば勝手に朝食用意しちゃいましたけど、よかったですか？ リンベルさんもなにか用意はしてましたよね？」
「え？ ああ、はは……。まあ、わたしが用意してたのは気にしなくていいよ……」
さり気なく自分の荷物を背後に隠すリーンベル。その中にある買ったロールパンをそのまま食べるつもりだったとは言えない雰囲気だからだ。
「そ、それより、さっそく食べてもいいかな？」
「ええ、どうぞ」
リーンベルが素直に食べてくれるのを見て、とりあえず朝食作戦は成功だとリックは内心ほっとする。
「裁縫だけじゃなくて、料理もできるんだ……。しかも、おいしいし……」
「どうかしました？」
リーンベルが何か言った気がしたので尋ねてみたが、彼女は小さく首を振るだけだった。
「おいしいよ。うん、すごくおいしい……。うう、わたしの女としての尊厳が……」
食べながら微妙な表情になるリーンベルには気づかず、リックも自分の分を食べ始めた。
リーンベルの機嫌を取り戻したことで、リックは早くも本来の目的のことで頭がいっぱいになっていた。
リーンベルと一緒に行くのはいい。問題は、どうやってクレアと二人きりになるかだ。
そればかりに気を取られ、ほとんど味わうこともせずにリックは朝食を終えたのだった。
「ここがそうなの？」
「ええ」
間もなく昼になるという頃に二人はクレアの屋敷に到着した。
少し古風な雰囲気を漂わす三階建ての屋敷で、リックも来るのは初めてだ。
「そっか。じゃあ、さっそくクレアさんとやらにご対面といこう」
屋敷を眺めていたリーンベルは躊躇う素振りを少しも見せずに門をくぐり、見事な庭園を見向きもせずに抜けて立派な扉に手をかける。
慌てたのはリックだ。いきなり訪ねてきた挙句、ノックも無しではどう考えたって歓迎されるわけがない。
「ちょっとリンベルさんっ！」
彼女の行動を注意しようと手を伸ばすリックだったが、普段は花に囲まれてのほほんとしているだけの彼と旅慣れた快活な魔物娘では、運動神経に差がありすぎた。
リックが声を出した時には、既にリーンベルが盛大に扉を開け放っていた。
「たのもー」
謎の挨拶？ をするリーンベルだが、リックは気が気ではない。こんな無礼な来客では使用人に追い返されかねない。
しかし、扉を開けた先に使用人や従者といった人物の姿はなかった。
「あれれ？ お昼寝中？」
さすがに誰もいないのを不審に思ったのか、首を傾げるリーンベル。だが、その理由はまずないだろう。
「いや、さすがにそれはないかと……」
「でもさ、これだけ大きいお屋敷に誰もいないって変じゃない？」
「それはまあ……」
「よし。じゃあ、探してみよう」
考えるより先に行動するタイプらしく、リーンベルはすたすたと屋敷内に入っていく。
一方、リックはどうしたものかと玄関前で凍りついた。
想い人の家に勝手に上がり込むなど言語道断だ。しかし、リーンベルが妙なことをしないとも限らない。
「一体、僕はどうすれば……」
思いきりのいい男ならやけくそでリーンベルの後を追うのだろうが、良く言えば穏やかな、悪く言えば優柔不断なリックにそれができるはずもない。
こういう時に強いのはやはり女性である。
「ほら、リックも。そんなとこに立ってても、なにも分からないよ。行こ」
リックがついて来ていないことに気づいたリーンベルが戻ってきて、リックの腕を強引に引いていく。それで屋敷に踏み入れてしまった。
「クレア様、すいません……」
自分が悪いわけではないはずだが、とりあえず謝るリックをリーンベルはぐいぐい引っ張っていく。
クレアの屋敷はきちんと手入れが行き届いていて、壁にしても窓にしても、汚れは一つも存在しなかった。それだけに不思議だった。間違いなく人の手によって維持されているはずなのに、肝心の人がどこにも見当たらない。
リックはリーンベルに引っ張られつつも屋敷内を見回したが、彼女は迷うことなく階段を上って三階へと到達すると、奥に見える扉を注視した。
「あそこか」
「あそこに何かあるんですか？」
リーンベルが何か確信したように呟くので、無断侵入中だということも忘れてリックはのん気に尋ねた。
「うん。あの扉の先から気配を感じるんだ。多分、君の愛しのクレアさんかな」
「え……あ、いや……」
クレアと聞いて顔を赤くするリック。
あの扉の先にクレアがいると考えただけで胸が高鳴り、嫌でも緊張してしまう。だから、隣りで手を引くリーンベルが「むー……」と少しむくれて睨んでいることなど気づくはずもなかった。
「……ほら、告白するんでしょ？ 行こうよ。わたしも妹か確認しなくちゃいけないし」
告白という言葉で、今度はリックの顔が青くなる。今更だが、自分があまりにも馬鹿なことをしようとしていると思ってしまったのだ。
「リンベルさん……僕は後で会いますので、どうぞお先に……」
石のように硬直するリックに、リーンベルは呆れて物も言えないという表情になった。
「何言ってるの？ 男の子でしょ。ここまで来たんだから、きちんと想いを伝えなくちゃ、きっと後悔するよ？」
あまりにも正論だった。もちろん、リックも玉砕覚悟で来た以上はきちんと告白するつもりではある。
「ええ、そうですね……。まあ、その、告白はしますよ。ただ、その時はリンベルさんは」
「うん、任せて。きちんと見守っててあげるから」
離れてて下さいとは言わせてもらえなかった。それどころか、見守っててあげるという有難い？ 気遣いぶりである。
「いやいや！ それはいいです！」
「邪魔したりはしないから大丈夫だよ。さ、行こう」
再び強引に手を引かれ、リックはほとんど引きずられるようにしてクレアがいると思われる扉の前に立たされてしまう。
「準備はいい？ じゃ、開けるよ」
そう言って、やはりノックもせずにリーンベルはいきなり扉を開け放った。
扉の先は寝室だった。すぐ目の前にキングサイズのベッドがあり、そこにクレアはいた。どうやら眠っていたようだが、リーンベルが音がするくらいに強く扉を開けたおかげで目が覚めたらしく、驚いた様子でこちらを見つめていた。
「あ、やっぱりお昼寝中だった」
この地方を治める領主を叩き起こしておきながら、リーンベルは全く悪びれもせずにのん気な声を出す。そんなリーンベルにクレアはしばしぽかんとしていたが、すぐに状況を理解したらしく、キッと睨んだ。
「き、貴様っ！ 人の家に勝手に上がり込むとは何様のつもりだ！」
「お客様だよ。使用人がいないから、勝手に入らせてもらっただけ」
「黙れ！ 私は貴様のような無礼者を客とは認めん！ さっさと出て行け！」
クレアは相当腹を立てている様子で、かなりの剣幕だ。怒鳴られているのはリーンベルなのに、リックの方が身が縮み上がる思いだった。
「うん、帰るよ。やっぱり外れだったし。でも、こっちの彼が話があるってさ」
平然とリーンベルがリックを前に押しやり、そこで初めてクレアはリックに気づいたらしい。怒っていた顔が驚きに変わった。
「リック……」
「あ……どうも……。その、いい天気ですね、はは……」
心の準備ができないうちにクレアの前に立たされ、口から出るのはなんともつまらない挨拶だけだ。言った本人がつまらないと思うのだから、聞かされたクレアも当然のように眉を寄せて険しい表情になる。そして言った。
「そうか……。なぜダンピールがいるのかと思ったが、そういうことか。お前は、私に不満があって抗議しにきたというわけだ……！」
思いもしなかった言葉に、リックは目を瞬かせる。
「え？ いや、僕はただ」
「お前はそんな男だったのだな……。私の見込み違いだった……！」
なにやら誤解されているらしいということはリックにも分かった。だが、それを口にするより先に、クレアの目尻に涙が浮かび、完全に機会を逃してしまう。
「何が不満だ？ ダンピールまで連れてきたのだ。余程腹に据えかねる思いがあるのだろう？ 言ってみろ！」
涙を光らせながら裏切られたような目で睨まれ、リックの頭は未だかつてないくらいに混乱する。なんでこうなったと誰かに問いたいくらいだ。
この場を上手く治める方法なんて思いつくはずもなく、どうにかしなければという焦りが余計に判断力を削いでいく。
そしてリックが取った行動は懐から恋文を取り出すことだった。
「クレア様、これを！」
彼女のすぐ傍まで歩み寄ったリックは勢いよくそれを突き出す。クレアの顔を見ることなどできず、頭を下げて目上の人に贈り物を差し出す格好だ。
「ずっと好きでした！ お付き合いして下さい！」
「なっ……」
クレアの戸惑うような呻くような声が聞こえ、リックは恐る恐る顔を上げる。そして顔を真っ赤にしたクレアと目が合った。
しばし互いに見つめ合ったまま沈黙するが、クレアは差し出された手紙をそっと受け取ると、ベッドから下りた。
彼女はシルクのネグリジェ姿だった。きちんとした衣装を着たクレアしか見たことのないリックはそれが新鮮で、今の状況も忘れてつい凝視してしまう。
そのままだったらずっとクレアの艶姿を眺めていたに違いないが、当のクレアが不意に発した言葉で我に帰った。
「ふ、ふん！ 私と交際したいだと？ 貴様のような下等な人間が私と釣り合うと思うのか？ 寝言は寝てから言え！」
予想できた言葉だ。だからこそ驚きはしなかったが、玉砕したという事実は少し心にくるものがある。それでもリックは笑うことができた。
「はは……。いえ、全くその通りです。僕なんかがクレア様と釣り合うわけがない。それは承知の上です。それでも、想いを伝えたかった。おかげですっきりしました。ありがとうございます。それと失礼しました。では、僕はこれで……」
失恋とはもっとショックなものだと思っていたが、実際にはそうでもないらしい。
自分でも意外なほど落ち着いていると実感しながら、くるりと踵を返し、部屋を出た。
「あ……」
クレアが蚊の鳴くような声を漏らす。だが、それがリックに届くことはなかった。そう、リックには。
「はい、ちょーきょーけってー」
黙って事の次第を眺めていたリーンベルが突如そんなことを言った。
「リンベルさん……？」
不思議に思って彼女を見つめるが、その顔は完全にクレアだけに向けられていた。
その目は本当にリーンベルなのかと疑いたくなるくらいに鋭く、リックは再び戸惑う羽目になる。そんなリックに構わず、リーンベルは一歩前に出た。
「クレアさんだっけ。分かってると思うけどさ、わたしもダンピールだから、あなたみたいに素直になれない女って、見ててイライラするんだよね」
普段ははきはきとしているリーンベルなだけに、淡々と語る口調が異常に怖い。どうやら怒っているらしい。
「だから調教すると？ 貴様如きがこの私を？」
クレアは恋文をそっとベッドの傍にある引き出しにしまうと、底冷えするような声でリーンベルを睨んだ。先程起こされた時とはまるで違う怒り方だ。下手なことを言えば、容赦しないというような空気がその体から発せられている。
「あなたが素直になるなら、そんなことはしないけどね」
「浅慮な物言いだな。先程口にした言葉は私の本心だ。加えて言うなら、貴様に大人しく調教されるほど私ものん気ではない」
「そう」
すっと目を細めるクレアに、リーンベルは腰の剣を抜いた。細い刀身のレイピアが場違いなくらいに煌々と光る。
「ちょ、ちょっとリンベルさん！」
一触即発の状況に、リックは慌ててリーンベルを止めようとする。
「リックは黙ってて！」
その一言はまるで魔法のようにリックの体をぴたりと硬直させた。レイピアなんて物騒な物を持ち出した時点で止めるべきなのに、なぜか体が動かないのだ。
「……あくまでそういう態度を取るわけだ。じゃあ、もういいよ。素直になるように矯正するからっ！」
言ったと同時にリーンベルが動いた。
それだけならクレアも取り乱すようなことはなかっただろう。だが、続くリーンベルの動きは予想外だったに違いない。
「シッ！」
リーンベルの腕が煙るように動き、彼女は手にしていたレイピアをクレアに投げつけたのだ。
「なっ……！」
まさか武器を投げるとは思っていなかっただけに、クレアは完全に意表を突かれた。その僅かな隙に、矢のように飛んでいったレイピアが彼女の胸に突き刺さる。
「クレアさん！」
弾かれたように体が動き、膝から崩れ落ちる彼女の下へと走り寄る。
レイピアの刀身は完全にクレアを貫通しており、その鋭い先端が彼女の背中から飛び出ている。リックは目の前の光景が信じられなかった。
「クレアさん！ しっかりして下さい！ クレアさん！」
「う……！」
その体を揺すっても、クレアは顔を俯けて呻くような声を上げるだけだ。貫かれた胸の痛みに苦しんでいるに違いないと思い、とにかく手当てをしなければと辺りを見回す。そこにリーンベルの声が響いた。
「心配しなくても大丈夫だよ」
やけに落ち着いた口調だった。それがリックの不快感を盛大に煽った。
「何言ってるんですか……！ クレアさんにこんな大怪我をさせて、どこか大丈夫なんですか！」
背後に立つリーンベルを睨みつけると、彼女は顔を曇らせた。
「……魔界銀で作ったレイピアだから、怪我なんかさせてないもん……」
つかつかとクレアに歩み寄ると、リーンベルは躊躇うことなくレイピアを引き抜いた。
「んっ……！」
クレアから妙に艶っぽい声が漏れた。
「クレアさん、大丈夫ですか！？」
心配するリックだったが、クレアからなぜか血が出ていないことに気づく。
レイピアで胸を貫かれたはずなのに、そのレイピアにも一滴たりとも血が付いていないのもおかしい。
訳が分からず混乱していると、クレアがゆっくりと顔を上げた。
「リック……？」
ゆっくりと顔を上げたクレアの目がリックを捉えた。しかし、いつも強い意思を宿した赤い瞳が、今はやけにとろんとしている。
これは明らかに普通ではない。そう思った矢先に、がばっとクレアが飛び付いてきた。
「んむっ！？」
何が起こったのか、リックは理解できなかった。
目の前にはクレアの顔があり、唇には柔らかな彼女の唇の感触。首の後ろには細くしなやかな腕が絡みつき、信じられないほどの弾力を持った胸の膨らみが自分の胸に押し当てられていた。
混乱極まる頭がクレアにキスされたとようやく理解した頃に、二人の唇が離れた。
「リック……♪」
呆然とするリックの前で、クレアは嬉しそうに笑う。
「あの、クレアさん……急に何をんっ！」
再びキスで口を塞がれた。クレアはそのままリックの体を立たせると、すぐ傍のベッドへと押し倒していく。
「クレアさ、ん、ちょっ、ま、んむっ……！」
想像すらしていなかった事態になんとか落ち着こうとするも、クレアの甘い香りが鼻孔をくすぐり、キスの雨を降らされ、落ち着くどころかますます混乱する羽目になる。
何度目か分からないキスが終わると、クレアは目を細めて微笑んだ。
「リックの唇、おいしいわ……♪」
普段の領主らしい口調ではなく、少女のようだった。あまりの豹変ぶりに、リックはぽかんとするばかりだ。
「あの、クレアさん、一体どうしたんですか……？ 様子も口調もおかしいですよ……？」
目の前にいる人物がクレアなのか分からなくなってきたリックは恐る恐る尋ねた。
その質問に対して、クレアは見惚れるような微笑みを浮かべた。
「これが私の本来の口調よ。普段は領主らしくしているだけ。だから、あなたの前でも堅苦しい言葉しか言えなかった。大好きなあなたの前でもね。それだけじゃなく、私は色々なことを堪えていたわ。でも、もう我慢できない」
言った同時にクレアの手がズボンに伸びた。
「ちょ、ちょっと待って下さい！ いくらなんでも、いきなりすぎますよ！ 使用人の方だってどこにいるかも分からないのに！」
咄嗟に出た言葉だが、自分で言ってハッとする。玄関からここまで真っ直ぐに来てしまったおかげで、まだクレアの使用人達を見つけていない。その彼らにこの状況を見られたら、厄介なことになるのは確実だった。それはクレアも分かっているはずだ。
だが、彼女の手は止まらなかった。それだけでなく、衝撃の一言を告げた。
「使用人なんて最初から一人もいないわ。この屋敷にいていいのは、あなただけだもの♪」
ベルトが引き抜かれ、無造作に投げ捨てられた。
「え……」
「さあ、邪魔者はいないのだから、愛し合う者同士、一つになりましょ♪」
呆気に取られたリックの隙を突くように、クレアは下着とズボンを引きずり下ろした。
リックも健全な男だ。先程の熱いキスの連発とクレアに押し倒されている今の現状から、彼の息子はこれでもかと反り立っていた。
「これがリックの……♪」
「っ……！」
勃起したリックのモノを見て、クレアはもちろん、実はこっそり見ているリーンベルもしっかり反応したのだが、ベッド上の二人が彼女に気づくことはなかった。もう完全に二人の世界に入っているのだ。
「こんなに大きくして……♪ 私を求めてくれているのね。嬉しいわ♪」
そう言いながらクレアもネグリジェを脱ごうとしていたが、押し倒している体勢のままでは上手くいかないらしく、手間取っていた。そのうちに面倒になったようで、クレアはついに力任せにネグリジェを破り捨てた。
彼女の体を隠していた唯一の肌着が布切れとなって放られ、リックの前にクレアの一糸纏わぬ裸体が晒された。
母性の象徴である二つの乳房、きゅっとくびれた腰、陰毛の一切ない秘部……。
憧れのクレアが目の前で生まれた時の姿を披露したことで、リックは完全に思考が停止した。唯一、彼の息子だけが本能に従って痛いくらいに反応する。
クレアはリックのモノを手で優しく掴むと、自らの割れ目へと当てがった。
そうまでされても、リックは今の状況が飲み込めないでいた。
クレアが自分と寝ようとしているのか？ 本当に？ 夢ではないだろうか？
頭にいくつも疑問が浮かんだが、それらはクレアの蜜壷へと招かれたことで全て消し飛んだ。
「あんっ♪ リックが入ってきてるぅ……♪」
続くクレアの嬌声と、熱い膣内へ潜り込んだことで生じた快感がリックの思考を真っ白に染め上げる。特に肉棒へと与えられる快感は、童貞の彼には堪え難いものだった。
性に対して疎いリックだが、それでもあまりに早く射精してはいけないことくらいは分かっている。だが、クレアの膣は彼に我慢することを許さなかった。迎え入れた肉棒に柔壁を絡ませ、締め上げた。
「あっ……すいませ」
言い切るより先に陰茎が限界を迎え、どろどろとした白濁を蜜壷へと吐き出し始めた。
「きゃああああああ♪」
胎内へと打ち込まれる精液に、クレアからは嬌声とも悲鳴とも判断のつかない声が漏れる。それがリックの興奮を煽り、更に精を注ぎ込む。
「あの……大丈夫ですか……？」
やがて長々とした射精が終わり、精も体力も根こそぎ吸い取られたような感覚で、リックは息も絶え絶えだった。
「あはぁ……♪ 気持ちいぃ♪」
一方のクレアはといえば、オスに種付けされるメスの喜びに打ち震え、蕩けた笑みを浮かべていた。だが、リックの射精が終わってしまうと、不満そうに唇を尖らせた。
「リック、もっとして」
「え……。いや、少し休憩を……」
ほとんど為すがままだったが、ありったけの精を捧げたリックはまだ呼吸も落ち着いていない。しかし、交わりによる快感を知った彼女が休憩など許すはずもなかった。
「駄目！ 私が満足するまでやめないんだから！」
リックにしがみつくように、クレアは彼の首筋へと顔を埋める。直後、首にちくりとした痛みが走った。
「っ……！？ うわぁぁぁぁ！」
「んんんんっ♪」
噛まれた、と分かった時にはクレアがリックの血を吸い上げ始めていた。
彼女に歯を突き立てられている箇所を中心に、気の狂いそうな快感が生じる。リックは血を吸われているはずなのに、まるで媚薬を血管に流し込まれているようだった。
吸血による快楽はあっと言う間に体中に広がった。それに敏感に反応したのが陰茎で、クレアの中に納まったままのそれはびきびきと固さを取り戻していった。
当然、未だ膣内にそれを咥え込んだままのクレアは肉棒の復活を瞬時に察知し、リックの首から顔を上げた。
「ふふ、あなたの血、相変わらずとってもおいしいわ♪ さあ、今度はまたこっちであなたを味わわせて♪」
リックの血を堪能したと顔に大書し、クレアは腰をぐりぐりと動かし始めた。
彼女の割れ目からは破瓜の証である一筋の血が流れ出ていたが、そんなことを気にする様子もなく、自分の中にあるリックを感じて喘いでいる。
興奮が高まったのか、クレアの腰使いは勢いを増し、その動きに合わせて膣内では肉棒が激しく扱かれることになり、リックは悲鳴を上げた。
「ちょ、クレアさん！ ま、待って！」
「嫌！ リックだって気持ちいいでしょう？ 絶対にやめな―」
言いかけたところで、クレアが急にぱたりと倒れ込んできた。それがあまりにも唐突で、リックは戸惑った。
「クレアさん……？ どうかしたんですか？」
その体を控えめに揺すってみたが、全く反応がない。
少し心配になったところで、ようやくリックはそれに気づいた。
ベッドの傍らにいつの間にかリーンベルが立っていて、その右手が手刀の形を作っていた。
「リンベルさん……？」
これは彼女の仕業なのかと、ぼんやりする頭が状況を理解しようとする。
しかし、リーンベルはむくれたままでリックの問いには答えず、短く言い放った。
「……私の番」
その声はやけによく部屋に響いた。
13/02/25 23:55更新 / エンプティ
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