リリムと少年の一つの願い(後編)
「…一応確認するけど、あなたは教団の人間?」
少年の言葉に、女性はなぜか複雑そうな顔になる。
そう問われた少年は首を振る。
自分はそう教えられただけで、教団の人間ではない。
そう教えてくれたのは両親のどちらかだったから、もしかしたら父か母のどちらかが教団にいたのかもしれない。
今となっては確認することも出来ないが。
「とりあえず、自己紹介しましょうか。私はミリア、よろしくね」
女性はそう名乗ると穏やかに微笑む。
その笑顔にドキリとしてしまうが、少年も慌てて名乗った。
「あ、ギルバートです」
「そう。じゃあ、ギルバート君。奴隷の話はひとます置いておいて、私が魔族だということはわかるわよね?」
ミリアにそう問われ、ギルバートは頷く。
ミリアには翼やら尻尾といった、人にはないものがあるのだ。これで魔族だとわからない者はいないだろう。
「わかった上で言ったわけか。ところで歳はいくつ?」
「…14です」
よくわからない問いかけだったが、ギルバートは素直に答える。
「14か。さすがに若すぎるわね…」
ミリアは困ったように笑う。
「話を戻しましょう。魔族にお願いをするのだから、当然あなたはあるものを差し出さなくてはならない。それがなんだかわかる?」
ミリアの問いに、ギルバートは少しの間を置いてゆっくりと頷いた。
先輩二人が部屋で興奮混じりに話しているのを聞いたことがある。それがどこから出るのかも・・・。
「…精、ですよね?」
「その通り」
嬉しそうにミリアは笑う。
やはりこの人もそれを要求するのか。
ただ、ミリアが魔族である以上それは覚悟していたことだ。
「じゃあ、どう―」
「でもね」
覚悟を決めてどうぞと言おうとしたら、ミリアに遮られた。
「実は昨日、たくさん食べたばかりなのよ。だから、あなたの精はいらない」
予想外の言葉にギルバートはわけがわからなくなる。
精がいらない?
それでは自分が差し出せるものなど何もない。
「じゃあ、僕はどうすれば?」
ギルバートがすがるように問いかけると、ミリアは嬉しそうに笑った。
「今言ったように私の性欲は満たされてるから、あなたが別の欲を満たしてくれたら、願いを叶えてあげるわ」
「どんな、…欲ですか?」
「嗜虐欲♪」
「しぎゃく、欲?」
難しい言葉を言われ、ギルバートは戸惑う。
「そう。簡単に言うと、私にあなたをいじめさせてくれたら、あなたの願いを叶えてあげる」
「え・・・」
楽しそうなミリアとは対照的に、ギルバートはいじめという言葉にびくりと反応する。
気がつけば、半歩ほど後ずさっていた。
「?」
首をかしげるミリアから目が離せないまま、ギルバートは更に後ずさる。
もう痛い思いをするのは嫌なのに、また?
自分から言い出したこととはいえ、また痛い思いをしなければならないのか?
先輩にいじめられるのでさえとても痛いのに、魔族に同じことをされたら痛いでは済まないかもしれない。
「その顔は何か誤解しているようだけど、私はあなたを痛めつけたりなんてしないわ。それどころか、気持ちいいことをしてあげるつもりだから」
「気持ち、いい?」
「そう」
甘く囁きかけるようなミリアの言葉に、ギルバートの頭はぼんやりとしていく。
気持ちいいことがいじめること?
ギルバートにはもう理解できない。
「さあ、どうする?私に気持ちいいことをしてもらった上で願いを叶えてもらうか、お願い自体を言わなかったことにしてここから去るか。好きなほうを選んで?」
まるで子守唄のような声に、ギルバートは意識が遠のいていく。
「いじめて下さい…」
「いい子ね。じゃあ、おいで」
ミリアが手招きすると、ギルバートの足が歩き出す。
そしてミリアの前まで行くと、ミリアは指をぱちりと鳴らす。それが合図だったかのように、ぼんやりしていた意識が戻ってきた。
「え?あれ?」
「ふふ。あなたが考えることを放棄しちゃったから、魅了しちゃったのよ。でも大丈夫。それはもう解いたから」
優しく微笑むミリアはそっと、人差し指をギルバートの額に当てた。
「じゃあ、ここからは自分の意思で服を脱いでね」
「え、服を脱ぐんですか…?」
「そう。あなたの裸、私に見せて?」
服を脱げば体中のアザが見えてしまう。
それでも、ミリアが願いを叶えてくれるなら。
ギルバートは少し躊躇ったのちに、ズボンを下ろした。
そこで初めて気づいた。
自分の肉棒が今まで見たこともないくらいに大きくなっていた。
「あら、下からいくんだ。ふふ、こんなに大きくしちゃって」
大きくなったそれをミリアに見られ、ギルバートは急に恥ずかしくなってしまう。
出来ればもうやめたい。
しかし。
「じゃあ、こんどは上着を脱いで?」
ミリアの言葉に逆らうわけにもいかず、ギルバートはゆっくりと上着を脱いだ。
アザだらけの体があらわになり、ギルバートは恥ずかしさからますます頭に血がのぼる。
「これは…」
しかし、ミリアはさっきまでの楽しそうな表情を一変させ、驚いたような、それでいて悲しそうな顔になっていた。
「…これがあるから、下から脱いだのね…」
ミリアはギルバートの前に屈むと、アザへとそっと手を触れた。
そして撫でるように手を動かすと、アザは一瞬にして消えてしまった。
「え?」
驚きに目を見開くギルバート。
「こんなアザだらけの体じゃ、いじめる気になれないわ。まるで私がつけたみたいに感じちゃうもの。だから消しちゃうわね」
そう言うと、ミリアはギルバートの体中のアザを次々に消していく。
しかし、その手が不意に止まった。
「ああ、聞き忘れてたけど、消してほしくない傷とかってある?例えば好きな女の子を守った時にできた傷とか。たまにいるのよ、こういう体の傷は勲章だって言う男が。女の私には理解できないけどね」
この体のアザや傷は全て先輩達によってつけられたものだ。
消してほしくないものなどあるわけがない。
ギルバートが首を振ると、ミリアは再び手を動かし始める。
「はい、これで終わり。ようやく準備ができたわね」
ミリアは満足そうに笑うと、ギルバートの背後に移動する。
「それじゃあ、いじめてあげる」
耳元でそう囁かれ、それによって股間が痛いくらいに反応する。
そんなギルバートに構わず、ミリアはギルバート顔の脇から左手を回す。
「見える?私の指の光」
ギルバートの顔の前にあるミリアの左手。その白く細い人差し指が光を帯びていた。
「この指で体を触られると、すごく気持ちいいの。今からそれを味あわせてあげる」
そう言ってミリアは背中の首下の辺りからまっすぐに指を降ろした。
たったそれだけで、信じられないほどの快感が背中全体を走り回る。
「あああああああっ!」
今まで体感したことのない快感に、ギルバートは声をあげずにはいられなかった。
あまりの快感に脱力し、崩れ落ちそうなギルバートの体をミリアが抱きとめる。
それによって今度は背中に柔らかい感触が伝わり、股間を刺激する。
「ふふ。想像以上に気持ちいいでしょう。じゃあ、今度は別のところを撫でてあげる。気持ちよかったら、我慢せずに声を出していいからね」
それは拷問にも近い言葉だった。
ギルバートはそれに抗議の言葉を返そうとしたが、それよりも早くミリアの指が左脇腹に当てられる。
「はう!!」
脇腹に当てられた指はそこで止まるはずもなく、滑るように胸の辺りへと移動していく。
胸から肩へ、肩から首へと指が動く。
それに伴い、声をあげるギルバート。
首で止まった手は一旦離されると、今度はへその辺りに置かれた。
「さあ、今度は下へ行きましょう」
「はあ、はあ、もうやめ…あああっ!!」
へその辺りでくるりと円を描くと、指は下半身へと向かっていく。
下腹部を通り越し、ゆっくりと下降していく指の先にあるのは快感によって膨張した竿。
その付け根に到達すると、ミリアはゆっくりと指を離した。
「ここから先はこのままじゃダメね」
ミリアに抱きとめられたまま、ギルバートは荒い息を吐く。
ようやく快楽という拷問から解放され、うっすらと意識が戻ってくる。
しかし、その耳に飛び込んできたのは信じられない言葉だった。
「じゃあ、最後に出す快感を与えてあげる」
「え!?そんな、まだ…あっ!!」
ずっと猛りっぱなしだった竿を握られたのだ。
たったそれだけで暴発しそうになるのをギルバートは必死にこらえる。
「こういうことをしてもらうのは初めてでしょ?ここからは手だけで気持ちよくしてあげる」
いつの間にか光の消えた左手がゆっくりと動きだす。
それに合わせて感じる快感は先ほどの比ではなかった。
「ああ、もう無理…!!」
「じゃあ、出しなさい♪」
ミリアの左手から与えられる快感にこらえきれず、一瞬にして限界を迎えた。
全身が熱くなり、竿の先から白い液体が勢いよく飛び出していく。
ドクドクと溢れ出る精液がようやく止まると、ミリアはギルバートの体を解放する。
その場に立っていられず崩れ落ちるギルバート。
ミリアは正面に回ると、いまだ反り返っている竿の先端に触れる。
そして、そこに付着している精液を指ですくうと、まるで蜂蜜のようにそれをぺろりと舐めた。
「お疲れさま。もう服を着ていいわ」
言葉をかけられ、朦朧としていた意識が戻ってきたギルバートは顔を向ける。
「そんな顔されたら、続きをしたくなっちゃうわ。ほら、服を着て」
困り顔のミリアに促され、ギルバートはのろのろと服を着る。
しばしの時間を置いて、ギルバートが完全に意識を取り戻すと、ミリアは再び手招きした。
招かれるままにギルバートが近づくと、不意に顔が柔らかいものに包まれた。
次に感じたのは意識が飛びそうになるミリアのいい匂い、そしてぬくもり。
抱きしめられている、と気づいたのはその鼓動が聞こえてからだった。
「痛かった?」
急に問いかけられ、ギルバートは不思議に思う。
さっきのことを言っているなら、痛みなど全くなかった。
「辛かった?苦しかった?」
次々に問いかけられる言葉。それが今までの生活についてなのだと気づいた時、目元が熱くなる。
こみ上げてくるものを必死にこらえる。
ここで泣いてはダメだ。
そう自分に言い聞かせるが、そんなものは次のミリアの言葉で決壊した。
「よく頑張ったわね」
そんな言葉ともに頭をなでられ、ギルバートはついに涙をこぼした。
まるで母に甘えるように、声を上げてギルバートは泣いた。
泣きじゃくるギルバートを優しく抱きしめながら、ミリアは母のようにその頭を撫で続ける。
やがて感情の波が治まったギルバートが自分から離れると、ミリアは目線がギルバートと同じになるように屈む。
「教えてギルバート君。あなたの本当の思いは?あなたの本当の願いは?」
優しく微笑むミリアに、ギルバートは考えるよりも先に答えていた。
「僕は、…こんなところにいたくない!ここから逃げたい!!」
ギルバートの感情の吐露に、ミリアは立ち上がる。
「あなたの願いを叶えましょう」
「…いいんですか?」
「今日中に会いに行くわ。それまではいつも通りにしていてね」
ミリアはそう言い残すと、ぐにゃりと歪んだ空間へと姿を消した。
その場に一人取り残されたギルバートは辺りを見回す。
どこにもミリアの姿はない。
まるで夢のように消えてしまった。
実は自分は夢を見ていたのではないかとさえ思うが、少し先でシミになっている地面が夢ではないと伝えていた。
「いつも通り…」
ギルバートはそう呟きながら、森を後にしたのだった。
昼の鐘がなり、午後。
ギルバートはいつも通りに作業をしていた。
当然、先輩二人も一緒だがやる気はないらしく、二人でしゃべっているだけだ。
いつもの日常。
そこに異変が起きたのは程なくしてだった。
突然辺りの空気が変わったのだ。
まるで自分たちの周りが急に重くなったような感覚に三人は戸惑う。
「おい、ギル!こっちに来い!」
異常事態に声を荒げる先輩。
ギルバートもこの事態がよくわからないので、一応今はその言葉に従う。
三人が辺りを見回していると、突然前方の空間がぐにゃりと歪んだ。
そしてそこから現れたのはミリアだった。
しかし、ギルバートは声が出なかった。
ミリアの感じが全く違ったのだ。
まるで別人のようなミリアは三人を見据えると、微笑んだ。
それだけで三人は腰が砕け、その場に崩れ落ちる。それと同時にズボンの股間部分が盛り上がっていく。
「あ、あ、…」
言葉にならない声を上げる先輩二人。
ミリアはそんな先輩達に視線を向ける。
「あ!」
悲鳴に近い声とともに、盛り上がった股間の部分にシミが出来る。
どうやら二人とも射精してしまったらしい。
「これだけで漏らしてしまうの?情けない男ね」
嘲るような笑みを浮かべると、ミリアは視線をギルバートに移した。
「君は…漏らしてないみたいね。いいわね、今日のご飯は君に決めた♪」
そう言ってギルバート片手で抱えると、空へと飛び立った。
そのまま空を飛んで作業していた場所が見えない位置まで来ると、ミリアはギルバートを両手で抱きかかえる。
「どうだった?嫌いな先輩二人のだらしない姿は?」
楽しそうに笑うミリア。
しかし、ギルバートは驚きを隠せない。
「え?どうして知って…」
「あなたの頭を撫でた時にね、少しだけあなたの記憶を覗かせてもらったの」
抱きしめられたあの時か。
つまりさっきのあれは全て知った上でやってくれたらしい。
「だらしなかったです」
「ふふ、それはよかった。じゃあ、これからあなたの新しい仕事場に連れて行ってあげる」
そう言うミリアに連れてこられたのは、貴族の屋敷だった。
「ここですか?」
「そう」
ミリアは門のすぐ傍に音もなく着地する。
当然だが、門番はいた。
しかし、ミリアが「ちょっと通してね」と言うと、それだけで門番は惚けた顔であっさりと門を開いた。
開けられた門をミリアは堂々と入っていく。
ギルバートはそれについて行くが、こんなことをしていいのだろうかと思う。
やがてたどり着いた屋敷の扉をミリアは躊躇なく開ける。
すぐ目の前にいた執事らしき男がミリアを見てその場に崩れ落ちた。
「な、なんだ、あなたは…」
「ご主人様は今どこにいるかしら?」
「に、二階の書斎に…」
「そう、ありがとう」
その言葉で執事姿の男は気を失うが、ミリアは構わず階段を上がっていく。
そして書斎の扉をノックもせずに開いた。
中にいたのはまだ若い男で、ミリアの姿を見ると驚きの表情になる。
「なっ!貴女は!」
「こんにちは。今日は昼からお邪魔するわね」
机で何やら作業をしていた男は立ち上がると、ミリアの傍まできて片膝をついた。
「昨日の今日に来て下さるとは光栄です。また、お食事に?」
「残念だけど違うわ。ちょっと頼みたいことがあってね」
「貴女の頼みでしたら、なんなりと」
男はミリアに夢中なのか、まるで使用人のような態度をとる。
そこでミリアはこちらを見た。
「この子を引き取ってもらいたいの」
そう言われて男は初めてギルバートを見た。
「この少年は?」
「遠い場所にある農場で働いてた子よ。親がいない上にいつも酷い仕打ちを受けててね、かわいそうだからさらってきちゃった」
「さらって、ですか。それはさすがにまずいのでは」
男は複雑そうな顔でミリアとギルバートとを見比べる。
「大丈夫よ。こう言ってはなんだけど、たかが一人の使用人がさらわれたくらいで騒ぐ人はいないわ。だからこそ人前で堂々とさらってきたんだもの」
全て計算の上での行動らしい。
「そうですか。しかし、それは都合がいい。実は今いる世話係の者がもういい歳でしてね。代わりの者を雇わねばと思っていたのです」
なんだかギルバートを無視して勝手に話がまとまっていく。
「あの、ミリアさん。この人は…」
おずおずとミリアに話しかけると、笑顔を返された。
「昨日おいしく食べちゃった人♪」
ミリアの言葉に赤面する男。そんな男をクスクス笑いながら、ミリアはこちらを見た。
「さてギルバート君。あなたさえよければここに置いてもらおうと思うのだけど、あなた自身はどう?ここが嫌なら別の場所に連れていくけど」
ミリアに問われ、ギルバートは貴族の男を見た。
少なくとも、見た目は悪い人には見えない。
「君が望むなら、前の環境よりよっぽど好待遇で迎えるぞ。専用の個室だって与えるし、給金も払う。休日ももちろん与える」
言われた言葉にギルバートは目を丸くする。
信じられない待遇だ。
「いいんですか?」
「ミリア様が連れてきた子なら、それぐらいは当然の待遇だ。さて、どうする?」
ミリアには頭が上がらないのか、男は至極真面目な顔でそう言った。
「…働かせて下さい」
悩んだ末にギルバートはそう答えた。
ミリアがわざわざ連れてきてくれたのだ。きっと、嫌な所ではないはず。
「話はまとまったみたいね」
声のした方を向けば、腕組みをしたミリアが優しく微笑んでいた。
ミリアは腕組みを解くと、ギルバートの傍へと歩いてきて、その場に屈んだ。
「じゃあ、ギルバート君。新しい環境で頑張ってね」
すぐ傍で微笑まれ、ギルバートは顔が熱くなるのを感じた。
そんな様子を楽しそうに見ていたミリアは言葉を続ける。
「いい男になりなさい。私との約束よ?」
そう言って頭を撫でられた。
それが気持ちよくて、ずっと続けてほしいとさえ思ってしまったが、その手はすぐに離れた。
「じゃあ、私はそろそろ行くわね」
そう言い残してミリアは立ち去ろうとする。
それがわかったギルバートは彼女の名前を呼んでいた。
「ミリアさん!」
「なに?」
穏やかな顔でミリアは首をかしげる。
「あの、また会えますか?」
なんでそんなことを言ったかはわからない。
自然と口がそう言っていたのだ。
ギルバートの言葉にミリアはクスリと笑う。
そして悪戯っぽい顔でこちらを見た。
「そうね。でもそれは当分先。あなたはいい男になるだろうから、何年かしたらあなたを食べに来てあげる。その時は当然あなたもね」
最後の言葉は貴族の男に向けられてのもの。
そんな言葉を向けられた男二人はその場で赤面する。
ミリアはそんな男を二人を楽しそうに眺めながら、言葉を紡いだ。
「じゃあね、二人とも。あなた達に良き日々が多くありますように」
ミリアは身を翻すと、軽やかな足取りで部屋を出ていく。
ギルバートにはその後ろ姿が天使に見えた。
いるかどうかもわからない本物の天使は何もしてくれなかったが、彼女は違う。翼は黒いし、尻尾だってあるが、それでも彼女は自分の願いを叶えてくれた。
「ありがとうございました!」
遠ざかっていくその背に心からのお礼を言う。
やがてその姿が完全に見えなくなり、玄関の開閉音がすると、男は口を開いた。
「数年後、また会いに来てくれるそうだ。それまでにいい男になっておかないとな。君も私も」
「はい」
いつかまた会う日まで。
その日までにいい男になっておこう。
再び再会したミリアが驚いてくれるくらいに。
ギルバートはまだ幼い心にそう誓うのだった。
少年の言葉に、女性はなぜか複雑そうな顔になる。
そう問われた少年は首を振る。
自分はそう教えられただけで、教団の人間ではない。
そう教えてくれたのは両親のどちらかだったから、もしかしたら父か母のどちらかが教団にいたのかもしれない。
今となっては確認することも出来ないが。
「とりあえず、自己紹介しましょうか。私はミリア、よろしくね」
女性はそう名乗ると穏やかに微笑む。
その笑顔にドキリとしてしまうが、少年も慌てて名乗った。
「あ、ギルバートです」
「そう。じゃあ、ギルバート君。奴隷の話はひとます置いておいて、私が魔族だということはわかるわよね?」
ミリアにそう問われ、ギルバートは頷く。
ミリアには翼やら尻尾といった、人にはないものがあるのだ。これで魔族だとわからない者はいないだろう。
「わかった上で言ったわけか。ところで歳はいくつ?」
「…14です」
よくわからない問いかけだったが、ギルバートは素直に答える。
「14か。さすがに若すぎるわね…」
ミリアは困ったように笑う。
「話を戻しましょう。魔族にお願いをするのだから、当然あなたはあるものを差し出さなくてはならない。それがなんだかわかる?」
ミリアの問いに、ギルバートは少しの間を置いてゆっくりと頷いた。
先輩二人が部屋で興奮混じりに話しているのを聞いたことがある。それがどこから出るのかも・・・。
「…精、ですよね?」
「その通り」
嬉しそうにミリアは笑う。
やはりこの人もそれを要求するのか。
ただ、ミリアが魔族である以上それは覚悟していたことだ。
「じゃあ、どう―」
「でもね」
覚悟を決めてどうぞと言おうとしたら、ミリアに遮られた。
「実は昨日、たくさん食べたばかりなのよ。だから、あなたの精はいらない」
予想外の言葉にギルバートはわけがわからなくなる。
精がいらない?
それでは自分が差し出せるものなど何もない。
「じゃあ、僕はどうすれば?」
ギルバートがすがるように問いかけると、ミリアは嬉しそうに笑った。
「今言ったように私の性欲は満たされてるから、あなたが別の欲を満たしてくれたら、願いを叶えてあげるわ」
「どんな、…欲ですか?」
「嗜虐欲♪」
「しぎゃく、欲?」
難しい言葉を言われ、ギルバートは戸惑う。
「そう。簡単に言うと、私にあなたをいじめさせてくれたら、あなたの願いを叶えてあげる」
「え・・・」
楽しそうなミリアとは対照的に、ギルバートはいじめという言葉にびくりと反応する。
気がつけば、半歩ほど後ずさっていた。
「?」
首をかしげるミリアから目が離せないまま、ギルバートは更に後ずさる。
もう痛い思いをするのは嫌なのに、また?
自分から言い出したこととはいえ、また痛い思いをしなければならないのか?
先輩にいじめられるのでさえとても痛いのに、魔族に同じことをされたら痛いでは済まないかもしれない。
「その顔は何か誤解しているようだけど、私はあなたを痛めつけたりなんてしないわ。それどころか、気持ちいいことをしてあげるつもりだから」
「気持ち、いい?」
「そう」
甘く囁きかけるようなミリアの言葉に、ギルバートの頭はぼんやりとしていく。
気持ちいいことがいじめること?
ギルバートにはもう理解できない。
「さあ、どうする?私に気持ちいいことをしてもらった上で願いを叶えてもらうか、お願い自体を言わなかったことにしてここから去るか。好きなほうを選んで?」
まるで子守唄のような声に、ギルバートは意識が遠のいていく。
「いじめて下さい…」
「いい子ね。じゃあ、おいで」
ミリアが手招きすると、ギルバートの足が歩き出す。
そしてミリアの前まで行くと、ミリアは指をぱちりと鳴らす。それが合図だったかのように、ぼんやりしていた意識が戻ってきた。
「え?あれ?」
「ふふ。あなたが考えることを放棄しちゃったから、魅了しちゃったのよ。でも大丈夫。それはもう解いたから」
優しく微笑むミリアはそっと、人差し指をギルバートの額に当てた。
「じゃあ、ここからは自分の意思で服を脱いでね」
「え、服を脱ぐんですか…?」
「そう。あなたの裸、私に見せて?」
服を脱げば体中のアザが見えてしまう。
それでも、ミリアが願いを叶えてくれるなら。
ギルバートは少し躊躇ったのちに、ズボンを下ろした。
そこで初めて気づいた。
自分の肉棒が今まで見たこともないくらいに大きくなっていた。
「あら、下からいくんだ。ふふ、こんなに大きくしちゃって」
大きくなったそれをミリアに見られ、ギルバートは急に恥ずかしくなってしまう。
出来ればもうやめたい。
しかし。
「じゃあ、こんどは上着を脱いで?」
ミリアの言葉に逆らうわけにもいかず、ギルバートはゆっくりと上着を脱いだ。
アザだらけの体があらわになり、ギルバートは恥ずかしさからますます頭に血がのぼる。
「これは…」
しかし、ミリアはさっきまでの楽しそうな表情を一変させ、驚いたような、それでいて悲しそうな顔になっていた。
「…これがあるから、下から脱いだのね…」
ミリアはギルバートの前に屈むと、アザへとそっと手を触れた。
そして撫でるように手を動かすと、アザは一瞬にして消えてしまった。
「え?」
驚きに目を見開くギルバート。
「こんなアザだらけの体じゃ、いじめる気になれないわ。まるで私がつけたみたいに感じちゃうもの。だから消しちゃうわね」
そう言うと、ミリアはギルバートの体中のアザを次々に消していく。
しかし、その手が不意に止まった。
「ああ、聞き忘れてたけど、消してほしくない傷とかってある?例えば好きな女の子を守った時にできた傷とか。たまにいるのよ、こういう体の傷は勲章だって言う男が。女の私には理解できないけどね」
この体のアザや傷は全て先輩達によってつけられたものだ。
消してほしくないものなどあるわけがない。
ギルバートが首を振ると、ミリアは再び手を動かし始める。
「はい、これで終わり。ようやく準備ができたわね」
ミリアは満足そうに笑うと、ギルバートの背後に移動する。
「それじゃあ、いじめてあげる」
耳元でそう囁かれ、それによって股間が痛いくらいに反応する。
そんなギルバートに構わず、ミリアはギルバート顔の脇から左手を回す。
「見える?私の指の光」
ギルバートの顔の前にあるミリアの左手。その白く細い人差し指が光を帯びていた。
「この指で体を触られると、すごく気持ちいいの。今からそれを味あわせてあげる」
そう言ってミリアは背中の首下の辺りからまっすぐに指を降ろした。
たったそれだけで、信じられないほどの快感が背中全体を走り回る。
「あああああああっ!」
今まで体感したことのない快感に、ギルバートは声をあげずにはいられなかった。
あまりの快感に脱力し、崩れ落ちそうなギルバートの体をミリアが抱きとめる。
それによって今度は背中に柔らかい感触が伝わり、股間を刺激する。
「ふふ。想像以上に気持ちいいでしょう。じゃあ、今度は別のところを撫でてあげる。気持ちよかったら、我慢せずに声を出していいからね」
それは拷問にも近い言葉だった。
ギルバートはそれに抗議の言葉を返そうとしたが、それよりも早くミリアの指が左脇腹に当てられる。
「はう!!」
脇腹に当てられた指はそこで止まるはずもなく、滑るように胸の辺りへと移動していく。
胸から肩へ、肩から首へと指が動く。
それに伴い、声をあげるギルバート。
首で止まった手は一旦離されると、今度はへその辺りに置かれた。
「さあ、今度は下へ行きましょう」
「はあ、はあ、もうやめ…あああっ!!」
へその辺りでくるりと円を描くと、指は下半身へと向かっていく。
下腹部を通り越し、ゆっくりと下降していく指の先にあるのは快感によって膨張した竿。
その付け根に到達すると、ミリアはゆっくりと指を離した。
「ここから先はこのままじゃダメね」
ミリアに抱きとめられたまま、ギルバートは荒い息を吐く。
ようやく快楽という拷問から解放され、うっすらと意識が戻ってくる。
しかし、その耳に飛び込んできたのは信じられない言葉だった。
「じゃあ、最後に出す快感を与えてあげる」
「え!?そんな、まだ…あっ!!」
ずっと猛りっぱなしだった竿を握られたのだ。
たったそれだけで暴発しそうになるのをギルバートは必死にこらえる。
「こういうことをしてもらうのは初めてでしょ?ここからは手だけで気持ちよくしてあげる」
いつの間にか光の消えた左手がゆっくりと動きだす。
それに合わせて感じる快感は先ほどの比ではなかった。
「ああ、もう無理…!!」
「じゃあ、出しなさい♪」
ミリアの左手から与えられる快感にこらえきれず、一瞬にして限界を迎えた。
全身が熱くなり、竿の先から白い液体が勢いよく飛び出していく。
ドクドクと溢れ出る精液がようやく止まると、ミリアはギルバートの体を解放する。
その場に立っていられず崩れ落ちるギルバート。
ミリアは正面に回ると、いまだ反り返っている竿の先端に触れる。
そして、そこに付着している精液を指ですくうと、まるで蜂蜜のようにそれをぺろりと舐めた。
「お疲れさま。もう服を着ていいわ」
言葉をかけられ、朦朧としていた意識が戻ってきたギルバートは顔を向ける。
「そんな顔されたら、続きをしたくなっちゃうわ。ほら、服を着て」
困り顔のミリアに促され、ギルバートはのろのろと服を着る。
しばしの時間を置いて、ギルバートが完全に意識を取り戻すと、ミリアは再び手招きした。
招かれるままにギルバートが近づくと、不意に顔が柔らかいものに包まれた。
次に感じたのは意識が飛びそうになるミリアのいい匂い、そしてぬくもり。
抱きしめられている、と気づいたのはその鼓動が聞こえてからだった。
「痛かった?」
急に問いかけられ、ギルバートは不思議に思う。
さっきのことを言っているなら、痛みなど全くなかった。
「辛かった?苦しかった?」
次々に問いかけられる言葉。それが今までの生活についてなのだと気づいた時、目元が熱くなる。
こみ上げてくるものを必死にこらえる。
ここで泣いてはダメだ。
そう自分に言い聞かせるが、そんなものは次のミリアの言葉で決壊した。
「よく頑張ったわね」
そんな言葉ともに頭をなでられ、ギルバートはついに涙をこぼした。
まるで母に甘えるように、声を上げてギルバートは泣いた。
泣きじゃくるギルバートを優しく抱きしめながら、ミリアは母のようにその頭を撫で続ける。
やがて感情の波が治まったギルバートが自分から離れると、ミリアは目線がギルバートと同じになるように屈む。
「教えてギルバート君。あなたの本当の思いは?あなたの本当の願いは?」
優しく微笑むミリアに、ギルバートは考えるよりも先に答えていた。
「僕は、…こんなところにいたくない!ここから逃げたい!!」
ギルバートの感情の吐露に、ミリアは立ち上がる。
「あなたの願いを叶えましょう」
「…いいんですか?」
「今日中に会いに行くわ。それまではいつも通りにしていてね」
ミリアはそう言い残すと、ぐにゃりと歪んだ空間へと姿を消した。
その場に一人取り残されたギルバートは辺りを見回す。
どこにもミリアの姿はない。
まるで夢のように消えてしまった。
実は自分は夢を見ていたのではないかとさえ思うが、少し先でシミになっている地面が夢ではないと伝えていた。
「いつも通り…」
ギルバートはそう呟きながら、森を後にしたのだった。
昼の鐘がなり、午後。
ギルバートはいつも通りに作業をしていた。
当然、先輩二人も一緒だがやる気はないらしく、二人でしゃべっているだけだ。
いつもの日常。
そこに異変が起きたのは程なくしてだった。
突然辺りの空気が変わったのだ。
まるで自分たちの周りが急に重くなったような感覚に三人は戸惑う。
「おい、ギル!こっちに来い!」
異常事態に声を荒げる先輩。
ギルバートもこの事態がよくわからないので、一応今はその言葉に従う。
三人が辺りを見回していると、突然前方の空間がぐにゃりと歪んだ。
そしてそこから現れたのはミリアだった。
しかし、ギルバートは声が出なかった。
ミリアの感じが全く違ったのだ。
まるで別人のようなミリアは三人を見据えると、微笑んだ。
それだけで三人は腰が砕け、その場に崩れ落ちる。それと同時にズボンの股間部分が盛り上がっていく。
「あ、あ、…」
言葉にならない声を上げる先輩二人。
ミリアはそんな先輩達に視線を向ける。
「あ!」
悲鳴に近い声とともに、盛り上がった股間の部分にシミが出来る。
どうやら二人とも射精してしまったらしい。
「これだけで漏らしてしまうの?情けない男ね」
嘲るような笑みを浮かべると、ミリアは視線をギルバートに移した。
「君は…漏らしてないみたいね。いいわね、今日のご飯は君に決めた♪」
そう言ってギルバート片手で抱えると、空へと飛び立った。
そのまま空を飛んで作業していた場所が見えない位置まで来ると、ミリアはギルバートを両手で抱きかかえる。
「どうだった?嫌いな先輩二人のだらしない姿は?」
楽しそうに笑うミリア。
しかし、ギルバートは驚きを隠せない。
「え?どうして知って…」
「あなたの頭を撫でた時にね、少しだけあなたの記憶を覗かせてもらったの」
抱きしめられたあの時か。
つまりさっきのあれは全て知った上でやってくれたらしい。
「だらしなかったです」
「ふふ、それはよかった。じゃあ、これからあなたの新しい仕事場に連れて行ってあげる」
そう言うミリアに連れてこられたのは、貴族の屋敷だった。
「ここですか?」
「そう」
ミリアは門のすぐ傍に音もなく着地する。
当然だが、門番はいた。
しかし、ミリアが「ちょっと通してね」と言うと、それだけで門番は惚けた顔であっさりと門を開いた。
開けられた門をミリアは堂々と入っていく。
ギルバートはそれについて行くが、こんなことをしていいのだろうかと思う。
やがてたどり着いた屋敷の扉をミリアは躊躇なく開ける。
すぐ目の前にいた執事らしき男がミリアを見てその場に崩れ落ちた。
「な、なんだ、あなたは…」
「ご主人様は今どこにいるかしら?」
「に、二階の書斎に…」
「そう、ありがとう」
その言葉で執事姿の男は気を失うが、ミリアは構わず階段を上がっていく。
そして書斎の扉をノックもせずに開いた。
中にいたのはまだ若い男で、ミリアの姿を見ると驚きの表情になる。
「なっ!貴女は!」
「こんにちは。今日は昼からお邪魔するわね」
机で何やら作業をしていた男は立ち上がると、ミリアの傍まできて片膝をついた。
「昨日の今日に来て下さるとは光栄です。また、お食事に?」
「残念だけど違うわ。ちょっと頼みたいことがあってね」
「貴女の頼みでしたら、なんなりと」
男はミリアに夢中なのか、まるで使用人のような態度をとる。
そこでミリアはこちらを見た。
「この子を引き取ってもらいたいの」
そう言われて男は初めてギルバートを見た。
「この少年は?」
「遠い場所にある農場で働いてた子よ。親がいない上にいつも酷い仕打ちを受けててね、かわいそうだからさらってきちゃった」
「さらって、ですか。それはさすがにまずいのでは」
男は複雑そうな顔でミリアとギルバートとを見比べる。
「大丈夫よ。こう言ってはなんだけど、たかが一人の使用人がさらわれたくらいで騒ぐ人はいないわ。だからこそ人前で堂々とさらってきたんだもの」
全て計算の上での行動らしい。
「そうですか。しかし、それは都合がいい。実は今いる世話係の者がもういい歳でしてね。代わりの者を雇わねばと思っていたのです」
なんだかギルバートを無視して勝手に話がまとまっていく。
「あの、ミリアさん。この人は…」
おずおずとミリアに話しかけると、笑顔を返された。
「昨日おいしく食べちゃった人♪」
ミリアの言葉に赤面する男。そんな男をクスクス笑いながら、ミリアはこちらを見た。
「さてギルバート君。あなたさえよければここに置いてもらおうと思うのだけど、あなた自身はどう?ここが嫌なら別の場所に連れていくけど」
ミリアに問われ、ギルバートは貴族の男を見た。
少なくとも、見た目は悪い人には見えない。
「君が望むなら、前の環境よりよっぽど好待遇で迎えるぞ。専用の個室だって与えるし、給金も払う。休日ももちろん与える」
言われた言葉にギルバートは目を丸くする。
信じられない待遇だ。
「いいんですか?」
「ミリア様が連れてきた子なら、それぐらいは当然の待遇だ。さて、どうする?」
ミリアには頭が上がらないのか、男は至極真面目な顔でそう言った。
「…働かせて下さい」
悩んだ末にギルバートはそう答えた。
ミリアがわざわざ連れてきてくれたのだ。きっと、嫌な所ではないはず。
「話はまとまったみたいね」
声のした方を向けば、腕組みをしたミリアが優しく微笑んでいた。
ミリアは腕組みを解くと、ギルバートの傍へと歩いてきて、その場に屈んだ。
「じゃあ、ギルバート君。新しい環境で頑張ってね」
すぐ傍で微笑まれ、ギルバートは顔が熱くなるのを感じた。
そんな様子を楽しそうに見ていたミリアは言葉を続ける。
「いい男になりなさい。私との約束よ?」
そう言って頭を撫でられた。
それが気持ちよくて、ずっと続けてほしいとさえ思ってしまったが、その手はすぐに離れた。
「じゃあ、私はそろそろ行くわね」
そう言い残してミリアは立ち去ろうとする。
それがわかったギルバートは彼女の名前を呼んでいた。
「ミリアさん!」
「なに?」
穏やかな顔でミリアは首をかしげる。
「あの、また会えますか?」
なんでそんなことを言ったかはわからない。
自然と口がそう言っていたのだ。
ギルバートの言葉にミリアはクスリと笑う。
そして悪戯っぽい顔でこちらを見た。
「そうね。でもそれは当分先。あなたはいい男になるだろうから、何年かしたらあなたを食べに来てあげる。その時は当然あなたもね」
最後の言葉は貴族の男に向けられてのもの。
そんな言葉を向けられた男二人はその場で赤面する。
ミリアはそんな男を二人を楽しそうに眺めながら、言葉を紡いだ。
「じゃあね、二人とも。あなた達に良き日々が多くありますように」
ミリアは身を翻すと、軽やかな足取りで部屋を出ていく。
ギルバートにはその後ろ姿が天使に見えた。
いるかどうかもわからない本物の天使は何もしてくれなかったが、彼女は違う。翼は黒いし、尻尾だってあるが、それでも彼女は自分の願いを叶えてくれた。
「ありがとうございました!」
遠ざかっていくその背に心からのお礼を言う。
やがてその姿が完全に見えなくなり、玄関の開閉音がすると、男は口を開いた。
「数年後、また会いに来てくれるそうだ。それまでにいい男になっておかないとな。君も私も」
「はい」
いつかまた会う日まで。
その日までにいい男になっておこう。
再び再会したミリアが驚いてくれるくらいに。
ギルバートはまだ幼い心にそう誓うのだった。
11/06/16 22:36更新 / エンプティ
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