バフォメットは悪に堕ちル
円卓は静まり返っていた。
椅子に腰かけるのは、いずれも三角の帽子を被った、見目幼い少女たちだ。
彼女らの後ろには、いくらか歳はばらついているが男が控えている。
円卓に着く少女たちは魔女で、その背後に控えるのは彼女らの「お兄ちゃん」であった。
彼女らはサバトに属する魔女で、サバトの長であるバフォメットの指揮の下、魔王に従いサバトの教義を広めるべく暗躍していた。
今日はひと月に一度開かれる、サバトの報告会議だった。各人が自らの業績や研究を発表し、意見を求めるのがその狙いだ。
普段ならば、開会の前は魔女たちで雑談を交わし、簡単な近況報告も行っている。
しかし、騒がしいはずの円卓は完全に静まり返っていた。
それは、彼女たちの間に流れる一つの噂に原因があった。
曰く――サバトの長たるバフォメットが、重大な背信行為を行った――
魔女がサバトの教えに背けば、旧魔王の時代ならば死と苦痛を持って償わなければならないだろう。
未だ背信者が出たことはないが、新魔王の時代からも背信行為に対しては、身分の剥奪やサバトからの追放、そしてバフォメットが魔女に貸し与えていたモノを取り立てるなどの恐ろしい処分が待っている。
バフォメットは母、魔女は娘、サバトは家族。
魔女たちにとって、居心地の良いサバトを裏切ることは無かった。
だが、バフォメットが裏切った。
魔女たちを率い、サバトを治め、背信者には直接手を下すはずのバフォメットが裏切ったのだ。
勿論それは噂に過ぎない、と一笑に付することもできる。はずだった。
しかし、円卓に着いた瞬間、笑って噂に対する不安を打ち消すはずだった魔女たちの表情は強張った。
バフォメットにほど近い、幹部格の魔女たちの表情に、怒りが刻み込まれていたからだ。
悲しみと同居する怒り、ただ燃え上がる怒り、その奥底に殺意を滲ませる怒り。
さまざまな種類の怒りを抱く幹部の姿に、魔女たちは噂の真偽を問いただすこともできず、円卓を困惑顔で囲むほかなかった。
沈黙が円卓を支配する。
耳を貫き、脳髄を掻き回し、大声を上げて打ち破りたくなるような沈黙。
知る魔女は怒りをにじませたまま椅子に腰かけ、知らぬ魔女たちはただ身を縮ませながら沈黙に耐え、男たちは主を困らせぬよう身を強張らせていた。
そして―
そしてどれほど立っただろうか、永遠にも思える間を挟んで、円卓の置かれた部屋の扉がようやく開いた。
「おう皆の衆、待たせたの」
どこか嬉しげな気配を孕んだ、気楽気な声音とともに、円卓を囲む最後の一人が部屋に入った。
「ああ、間に合うかと思ったのだが、やはりもう少し早い時間に出るべきだったなあ。こう、重りがついたおかげで、進まん進まん」
魔女たちの視線を一身に受けながら、バフォメットは円卓に歩み寄った。
絨毯の上を進むバフォメットを見つめる魔女たちの表情は、二種類に分かれていた。
一つは憤怒。もう一つは驚愕。
だが、彼女が一歩また一歩と自らの椅子に歩み寄るにつれて、驚愕が薄れて憤怒に塗りつぶされていく。
知らぬ魔女たちが、バフォメットの裏切りを理解したからだ。
「はあ、やっと着いた。ああ、重いのぅ」
視線で相手を殺せるのなら、この場にいる魔女全員から殺されるほどの鋭い視線を一身に浴びながら、彼女は円卓の自身の席の傍らに立った。
歩みを止めたおかげで、彼女の胸元の巨大な塊が、たぷんと揺れた。
「さあて、と…と!?」
椅子に腰を下ろそうとした彼女が、不意に声をあげる。
「な、何じゃこの椅子は!」
立ち上がり、ぶるんと胸元の塊を揺らしながら、彼女が椅子の方に向き直った。
「椅子が高すぎて、座れんぞ!?ああ、儂が大きくなったせいか、いかんいかん。わっはっは」
そう、ねじれた角を側頭部から生やした、乳房の大きな長身の美女は笑った。
「がぁぁぁぁぁ!!」
突然、バフォメットの隣の席についていた魔女が頭を抱え、絶叫しながら立ち上がった。
「何じゃ、騒々しい」
毛皮の手袋で覆ったようなすらりとした腕を椅子にかざして、足を縮めて適度な高さに調整しながら、長身のバフォメットがその整った細面をしかめる。
「何じゃ、じゃありません!むしろこっちがマスターの変貌がなんじゃです!」
こめかみに青筋を浮かべながら、バフォメットの側近の魔女がまくしたてる。
「我々はサバトですよ!?なんですか、その乳と尻と足と…なんというか、全部!」
「ふふふ、なかなかよかろう?」
魔女の指摘にバフォメットは笑みで返すと、適度な高さになった椅子に腰を下ろした。
「ふぅ、よっこらしょっと」
胸部にくっついていた、片方が人の頭はあろうかという巨大な乳房を円卓に乗せると、彼女は一息つく。
「あ〜あ、楽だなあ」
「ウンガァァァァアアアアァァァァッ!!」
立ち上がった魔女が、吠えながら激しく頭を上下に振り、額を円卓の縁にガンガンと叩き付ける。
「コレ、神聖な円卓に頭をぶつける奴がおるか。血で汚れるぞ」
「その神聖な円卓に、尻よりでかい脂の塊を乗せる貴様はァァァァアアアッ!?」
バフォメットへの敬意だとか、立場などを完全に忘却した言葉を、額から血を流しながら魔女が叫んだ。
「それより!何でそんなことになった!?」
「うむ、今日はそのことについて皆の衆に言おうと思ったんだ」
そう応じると彼女は言葉を切り、足を組むべく身を捩った。
円卓の上に載っていた乳房が浮かび、たっぷんと揺れる。
それを目にした瞬間、円卓を囲む魔女たちのおよそ半分が口を開いた。
「ウンガァァァァァァァアアアアアッッ!!!」
「全く、騒々しいのう…」
絶叫しながら円卓に額を叩き付ける娘たちに、バフォメットは呆れたようにぼやいた。
「それで!なぜそーなった!?」
未だ立ち上がったままの魔女が、ガンガンと叩き付ける音の響く中、そうバフォメットに問いかけた。
「うむ、簡単に言うと、儂の…そう、お兄様と母子相姦プレイに興じようと体格逆転魔術を使ったらの、これがなかなか楽しうて」
「それでそのケツ乳で授乳プレイまでやったってのかぁぁぁ!!??」
「うむ、当り前じゃ。楽しかったぞ?」
彼女はそう応じると、ふと顔をしかめて肩に手をやった。
「しかし四六時中ぶら下げてるせいか、肩が凝ってのぅ…背筋も曲がるし、本当につらい。あーあ、肩と背中が痛むのう」
「畜生がぁぁぁぁぁ!!」
残りの魔女半分も交えて、全員が円卓に頭を叩き付け始める。
全くそろった調子で頭を叩き付ける様子は、まるで一つの楽器のようだった。
「しかし母子プレイは楽しいぞ?お兄様が小さい体で一生懸命甘えてくるからのう」
その一言とともに、魔女たちが全員動きを止めた。
「身体に精神が引きずられるせいかの、こう、顔を真っ赤にしながら抱きついてきて、この乳房に顔を埋めるんじゃ」
円卓の上に乗せた乳房に手を触れさせ、その柔らかさを強調するように指を沈めながら続ける。
「前までは儂の弱い所を的確に責めてきたんじゃが、最近は抱きついて儂の腹に擦り付けたり、乳首を吸うばっかりじゃ。まあ、それでもかわいいからいいんじゃがの」
「うぅがぁぁぁぁぁぁ!!」
顔面を円卓に押し当てたまま、魔女たちが呻いた。
魔女たちには絶対に不可能な授乳プレイ。どう頑張っても乳首吸いにしかならないそれを、薄汚い裏切り者の背信者であるはずのバフォメットが成し遂げ、嬉々として楽しいと言っているのだ。
「いや…待て…」
魔女の一人が、のっそりと顔を上げた。
「そんなに肥大化させたら、他の部分にもひずみが来るはず…」
「そうじゃ、おかげで肩と背中が凝ってかなわん」
「乳首…」
魔女の一言に、他の魔女たちの方がぴくんと震える。
「乳輪…色合い…その辺りにも影響が出ているはず…」
「そう…乳房の肥大化に合わせて乳輪も拡大…」
「乳首も肥大化している可能性がある…!」
「毎日乳を吸われているのなら、黒くなってる可能性も…!」
魔女たちが、口々にそううめき声のような言葉を漏らしながら顔を上げ、円卓に手をついて椅子から立ち上がる。
額から垂れた血液が彼女らの顔を彩っていく。
「確認しなければ…!」
「確かめなければ…!」
彼女らの額から垂れた赤が、眉間を抜け頬を辿り、顎先に集まる。そして、滴となって円卓へと滴り落ちた。
「裏切り者の、真っ黒な掌サイズ乳輪と、干しぶどう乳首を!!!」
魔女たちが一斉に声を上げ、床を蹴り、跳躍し、動いた。
ある者は椅子を蹴り倒して円卓を迂回し、ある者は円卓に飛び乗り一直線に走り、ある者は魔術で宙に浮かび急加速して、バフォメットの下に殺到する。
「ふん」
バフォメットは鼻を鳴らすと、両腕を軽く広げるように振った。
軽い衝撃が彼女の手に伝わり、左右から飛びかかろうとしていた数人の魔女が吹き飛ばされる。
続けて彼女は立ち上がると、広げた両腕を正面に向けて打ち合わせた。
左右の掌と掌が触れ合うまでの間に、円卓の上に乗っていた魔女たちの横っ面がはたかれる。
衝撃に魔女たちが転がり、吹き飛び、気を失っていく。
「でやぁぁぁぁぁっ!」
タイミングをずらし、一人の魔女が一瞬遅れてバフォメットへ突進をしかけた。
その腕は、バフォメットの豊かな乳房を覆う衣装をまっすぐに狙っていた。
クロスカウンターに持ち込まれても、確実に衣服の胸の部分を破ることができるだろう必破の構え。
しかし、それはバフォメットと魔女の体格が同じだったころの話だった。
バフォメットが腕をかざし、突進する魔女の額を捉える。
衝撃がバフォメットの掌と魔女の額に生じ、魔女の動きが止まった。
「く、くぅ…!」
「ふふふ、危なかったのう…」
目いっぱいに伸ばした魔女の腕が、バフォメットの乳房はるか手前で止まっているのを見ながら、彼女は笑った。
これでは、飛びかかっていったところであの長い腕で阻まれてしまう。
そのことを悟ったのか、魔女たちが動きを止めた。
「どうした?これで終わりか?」
片手で魔女を止めたまま、バフォメットは辺りを見回しながら笑った。
「観念したのならば、大人しう席に…」
そこまで言ったところで、バフォメットの言葉が、不意に断ち切られた。
濃厚な殺気が、彼女の背筋を撫で上げたからだ。
ぞくりとする冷気にも似た感覚に、彼女の両の目が辺りを探る。
どこだ、どこからだ?
だがその答えは、すぐにわかった。
「もらったぁぁぁぁぁぁっ!!」
裂帛の一声とともに、鋭い一撃が彼女の乳房を襲った。
彼女の足もとから頭頂へ向けて、円卓の下を這い進み、バフォメットの乳房が作り出した死角に隠れていた魔女によるものだ。
とっさに身を捻るが、一撃は彼女の衣装の胸元をかすめ、布地を切り裂いた。
ちょうど、右胸の先端の辺りの布地をだ。
「うぉぅ!?」
驚きにバフォメットが身を捩るが、もう遅い。
指の幅ほどの長さもない、ほんの一筋の布地の裂き傷は、内側に押し込まれた乳房の圧力によってその亀裂を広げ、先端を露出させた。
辺りを囲む魔女たちの、倒れ伏した魔女たちの、奇跡の一撃を与えた魔女の、使い魔の男たちの視線が、亀裂に殺到する。
数瞬の空白が、辺りに生じた。
「…いやん」
「黒くねぇよぉぉぉぉぉぉぉ!」
「そこまで広くなかったじゃないのぉぉぉぉ!」
「割と控えめだったぁぁぁぁぁぁ!」
大して恥ずかしくもなさそうなバフォメットの声の直後、魔女たちが絶叫した。
今でこそバフォメットが腕で隠しているが、その下にあるのは桃色ではないにせよ薄い色合いの、バランスのとれた大きさの乳輪と乳首だったからだ。
下品な乳房には下品な色の乳輪と乳首。
そう信じていたものが、彼女らの長自身の手によって破られてしまった。
「全く、儂自身でも最初は驚いたのに、いきなり見たら驚くじゃろうが」
意気消沈する魔女たちに向けて、バフォメットは頭を振って乳房を揺すりながら言った。
「それに今回はただ見せびらかしに来たわけではないぞ?」
「…どういうことですか…?」
「この身体の素晴らしさを教え、お前たちにも一度体験してもらおうと、な?」
「…何言ってるんですか…私がなぜサバトに加入したか、お忘れになったんですか…」
バフォメットの傍らで、力なく床に座り込んでいた魔女が、ぽつりとつぶやいた。
「魔女になる前の私は、二十半ばぐらいでした…でも、背ばかり伸びて胸は平らなままでした…」
バフォメットはもちろん、他の魔女たちが、仲間の言葉に耳を傾ける。
「それでもいつか、明日からはきっと、と毎日膨らみだすことを祈り、信じてきました…ですが、ですが、あの日私は鏡に映った自分の胸に気が付いたんです…!」
言葉を断ち切り、思いを乗せて、彼女は続ける。
「乳首と乳輪が黒くなって、ちょうどヤカンの蓋のようになっていることに…!」
彼女は自分の胸元に指を駆けると、シャツのボタンを外すのももどかしいと言った様子で破り開いた。
「マスターと契約して、私はやっと美しい胸を手に入れたんです!それを、それを…!」
「…すまなかったの」
淡い桃色の、小さくかわいらしい乳首と乳輪を晒しながら落涙する魔女を、バフォメットはそっと抱き寄せた。
「誤解を招いたようだったが、儂の魔術は身体を成長させるのではない」
抱き寄せている魔女に向けているようで、他の魔女にも向けた彼女の言葉が、辺りに響く。
「身体をこの形にしている魔術だ。つまり、お前のなりたい身体になれるんじゃよ」
バフォメットは魔女の髪を、毛皮の手袋で覆ったような手で優しく撫でながら、続けた。
「さあ、どんな体になりたいか、言ってごらん」
「…私は――」
魔女は答えた。
「はあ、ほんと肩がこるわぁ」
「もー、ちょっと走っただけで千切れそうでねえ、あー大変だわー」
「あら、私は走る必要がない様になるべく早め早めに行動するようになったわ。おかげで生活が規則正しくなって」
「いいわねえ、ウチとかウチの子…じゃなくて、お兄様が夜甘えてくるせいで、朝起きられないのよ」
「ナニソレ、のろけ?」
「それにうちの子って、もしかしてお母さんとか呼ばせてるの?」
「あらいけない?」
「いや、うちでもそう呼んでもらおうかしら」
「そうしなさいよー」
「あー、でも私のところ姉さんと二人住まいだから、姉さんもお母さんって呼ばせたがったら困るわー」
「だったら呼び分けてもらえばいいじゃないの、ママとお母さんで」
「アハハハハハハ!」
「なあ…俺はマスターのほっそりとした体に惚れたのに、何でこんなことに…」
「マスター達が、こんな体になれるわけがないって否定してたのを、バフォメット様が暴いたからなあ…」
「俺は、どうしたらいいんだろう…」
「さあな。ママのおっぱいにでも甘えさせてもらえばいいんじゃないかな」
「…そうだな…」
歓談する豊満な体つきの魔女たちの背後で、二人の少年がそう言葉を交わした。
椅子に腰かけるのは、いずれも三角の帽子を被った、見目幼い少女たちだ。
彼女らの後ろには、いくらか歳はばらついているが男が控えている。
円卓に着く少女たちは魔女で、その背後に控えるのは彼女らの「お兄ちゃん」であった。
彼女らはサバトに属する魔女で、サバトの長であるバフォメットの指揮の下、魔王に従いサバトの教義を広めるべく暗躍していた。
今日はひと月に一度開かれる、サバトの報告会議だった。各人が自らの業績や研究を発表し、意見を求めるのがその狙いだ。
普段ならば、開会の前は魔女たちで雑談を交わし、簡単な近況報告も行っている。
しかし、騒がしいはずの円卓は完全に静まり返っていた。
それは、彼女たちの間に流れる一つの噂に原因があった。
曰く――サバトの長たるバフォメットが、重大な背信行為を行った――
魔女がサバトの教えに背けば、旧魔王の時代ならば死と苦痛を持って償わなければならないだろう。
未だ背信者が出たことはないが、新魔王の時代からも背信行為に対しては、身分の剥奪やサバトからの追放、そしてバフォメットが魔女に貸し与えていたモノを取り立てるなどの恐ろしい処分が待っている。
バフォメットは母、魔女は娘、サバトは家族。
魔女たちにとって、居心地の良いサバトを裏切ることは無かった。
だが、バフォメットが裏切った。
魔女たちを率い、サバトを治め、背信者には直接手を下すはずのバフォメットが裏切ったのだ。
勿論それは噂に過ぎない、と一笑に付することもできる。はずだった。
しかし、円卓に着いた瞬間、笑って噂に対する不安を打ち消すはずだった魔女たちの表情は強張った。
バフォメットにほど近い、幹部格の魔女たちの表情に、怒りが刻み込まれていたからだ。
悲しみと同居する怒り、ただ燃え上がる怒り、その奥底に殺意を滲ませる怒り。
さまざまな種類の怒りを抱く幹部の姿に、魔女たちは噂の真偽を問いただすこともできず、円卓を困惑顔で囲むほかなかった。
沈黙が円卓を支配する。
耳を貫き、脳髄を掻き回し、大声を上げて打ち破りたくなるような沈黙。
知る魔女は怒りをにじませたまま椅子に腰かけ、知らぬ魔女たちはただ身を縮ませながら沈黙に耐え、男たちは主を困らせぬよう身を強張らせていた。
そして―
そしてどれほど立っただろうか、永遠にも思える間を挟んで、円卓の置かれた部屋の扉がようやく開いた。
「おう皆の衆、待たせたの」
どこか嬉しげな気配を孕んだ、気楽気な声音とともに、円卓を囲む最後の一人が部屋に入った。
「ああ、間に合うかと思ったのだが、やはりもう少し早い時間に出るべきだったなあ。こう、重りがついたおかげで、進まん進まん」
魔女たちの視線を一身に受けながら、バフォメットは円卓に歩み寄った。
絨毯の上を進むバフォメットを見つめる魔女たちの表情は、二種類に分かれていた。
一つは憤怒。もう一つは驚愕。
だが、彼女が一歩また一歩と自らの椅子に歩み寄るにつれて、驚愕が薄れて憤怒に塗りつぶされていく。
知らぬ魔女たちが、バフォメットの裏切りを理解したからだ。
「はあ、やっと着いた。ああ、重いのぅ」
視線で相手を殺せるのなら、この場にいる魔女全員から殺されるほどの鋭い視線を一身に浴びながら、彼女は円卓の自身の席の傍らに立った。
歩みを止めたおかげで、彼女の胸元の巨大な塊が、たぷんと揺れた。
「さあて、と…と!?」
椅子に腰を下ろそうとした彼女が、不意に声をあげる。
「な、何じゃこの椅子は!」
立ち上がり、ぶるんと胸元の塊を揺らしながら、彼女が椅子の方に向き直った。
「椅子が高すぎて、座れんぞ!?ああ、儂が大きくなったせいか、いかんいかん。わっはっは」
そう、ねじれた角を側頭部から生やした、乳房の大きな長身の美女は笑った。
「がぁぁぁぁぁ!!」
突然、バフォメットの隣の席についていた魔女が頭を抱え、絶叫しながら立ち上がった。
「何じゃ、騒々しい」
毛皮の手袋で覆ったようなすらりとした腕を椅子にかざして、足を縮めて適度な高さに調整しながら、長身のバフォメットがその整った細面をしかめる。
「何じゃ、じゃありません!むしろこっちがマスターの変貌がなんじゃです!」
こめかみに青筋を浮かべながら、バフォメットの側近の魔女がまくしたてる。
「我々はサバトですよ!?なんですか、その乳と尻と足と…なんというか、全部!」
「ふふふ、なかなかよかろう?」
魔女の指摘にバフォメットは笑みで返すと、適度な高さになった椅子に腰を下ろした。
「ふぅ、よっこらしょっと」
胸部にくっついていた、片方が人の頭はあろうかという巨大な乳房を円卓に乗せると、彼女は一息つく。
「あ〜あ、楽だなあ」
「ウンガァァァァアアアアァァァァッ!!」
立ち上がった魔女が、吠えながら激しく頭を上下に振り、額を円卓の縁にガンガンと叩き付ける。
「コレ、神聖な円卓に頭をぶつける奴がおるか。血で汚れるぞ」
「その神聖な円卓に、尻よりでかい脂の塊を乗せる貴様はァァァァアアアッ!?」
バフォメットへの敬意だとか、立場などを完全に忘却した言葉を、額から血を流しながら魔女が叫んだ。
「それより!何でそんなことになった!?」
「うむ、今日はそのことについて皆の衆に言おうと思ったんだ」
そう応じると彼女は言葉を切り、足を組むべく身を捩った。
円卓の上に載っていた乳房が浮かび、たっぷんと揺れる。
それを目にした瞬間、円卓を囲む魔女たちのおよそ半分が口を開いた。
「ウンガァァァァァァァアアアアアッッ!!!」
「全く、騒々しいのう…」
絶叫しながら円卓に額を叩き付ける娘たちに、バフォメットは呆れたようにぼやいた。
「それで!なぜそーなった!?」
未だ立ち上がったままの魔女が、ガンガンと叩き付ける音の響く中、そうバフォメットに問いかけた。
「うむ、簡単に言うと、儂の…そう、お兄様と母子相姦プレイに興じようと体格逆転魔術を使ったらの、これがなかなか楽しうて」
「それでそのケツ乳で授乳プレイまでやったってのかぁぁぁ!!??」
「うむ、当り前じゃ。楽しかったぞ?」
彼女はそう応じると、ふと顔をしかめて肩に手をやった。
「しかし四六時中ぶら下げてるせいか、肩が凝ってのぅ…背筋も曲がるし、本当につらい。あーあ、肩と背中が痛むのう」
「畜生がぁぁぁぁぁ!!」
残りの魔女半分も交えて、全員が円卓に頭を叩き付け始める。
全くそろった調子で頭を叩き付ける様子は、まるで一つの楽器のようだった。
「しかし母子プレイは楽しいぞ?お兄様が小さい体で一生懸命甘えてくるからのう」
その一言とともに、魔女たちが全員動きを止めた。
「身体に精神が引きずられるせいかの、こう、顔を真っ赤にしながら抱きついてきて、この乳房に顔を埋めるんじゃ」
円卓の上に乗せた乳房に手を触れさせ、その柔らかさを強調するように指を沈めながら続ける。
「前までは儂の弱い所を的確に責めてきたんじゃが、最近は抱きついて儂の腹に擦り付けたり、乳首を吸うばっかりじゃ。まあ、それでもかわいいからいいんじゃがの」
「うぅがぁぁぁぁぁぁ!!」
顔面を円卓に押し当てたまま、魔女たちが呻いた。
魔女たちには絶対に不可能な授乳プレイ。どう頑張っても乳首吸いにしかならないそれを、薄汚い裏切り者の背信者であるはずのバフォメットが成し遂げ、嬉々として楽しいと言っているのだ。
「いや…待て…」
魔女の一人が、のっそりと顔を上げた。
「そんなに肥大化させたら、他の部分にもひずみが来るはず…」
「そうじゃ、おかげで肩と背中が凝ってかなわん」
「乳首…」
魔女の一言に、他の魔女たちの方がぴくんと震える。
「乳輪…色合い…その辺りにも影響が出ているはず…」
「そう…乳房の肥大化に合わせて乳輪も拡大…」
「乳首も肥大化している可能性がある…!」
「毎日乳を吸われているのなら、黒くなってる可能性も…!」
魔女たちが、口々にそううめき声のような言葉を漏らしながら顔を上げ、円卓に手をついて椅子から立ち上がる。
額から垂れた血液が彼女らの顔を彩っていく。
「確認しなければ…!」
「確かめなければ…!」
彼女らの額から垂れた赤が、眉間を抜け頬を辿り、顎先に集まる。そして、滴となって円卓へと滴り落ちた。
「裏切り者の、真っ黒な掌サイズ乳輪と、干しぶどう乳首を!!!」
魔女たちが一斉に声を上げ、床を蹴り、跳躍し、動いた。
ある者は椅子を蹴り倒して円卓を迂回し、ある者は円卓に飛び乗り一直線に走り、ある者は魔術で宙に浮かび急加速して、バフォメットの下に殺到する。
「ふん」
バフォメットは鼻を鳴らすと、両腕を軽く広げるように振った。
軽い衝撃が彼女の手に伝わり、左右から飛びかかろうとしていた数人の魔女が吹き飛ばされる。
続けて彼女は立ち上がると、広げた両腕を正面に向けて打ち合わせた。
左右の掌と掌が触れ合うまでの間に、円卓の上に乗っていた魔女たちの横っ面がはたかれる。
衝撃に魔女たちが転がり、吹き飛び、気を失っていく。
「でやぁぁぁぁぁっ!」
タイミングをずらし、一人の魔女が一瞬遅れてバフォメットへ突進をしかけた。
その腕は、バフォメットの豊かな乳房を覆う衣装をまっすぐに狙っていた。
クロスカウンターに持ち込まれても、確実に衣服の胸の部分を破ることができるだろう必破の構え。
しかし、それはバフォメットと魔女の体格が同じだったころの話だった。
バフォメットが腕をかざし、突進する魔女の額を捉える。
衝撃がバフォメットの掌と魔女の額に生じ、魔女の動きが止まった。
「く、くぅ…!」
「ふふふ、危なかったのう…」
目いっぱいに伸ばした魔女の腕が、バフォメットの乳房はるか手前で止まっているのを見ながら、彼女は笑った。
これでは、飛びかかっていったところであの長い腕で阻まれてしまう。
そのことを悟ったのか、魔女たちが動きを止めた。
「どうした?これで終わりか?」
片手で魔女を止めたまま、バフォメットは辺りを見回しながら笑った。
「観念したのならば、大人しう席に…」
そこまで言ったところで、バフォメットの言葉が、不意に断ち切られた。
濃厚な殺気が、彼女の背筋を撫で上げたからだ。
ぞくりとする冷気にも似た感覚に、彼女の両の目が辺りを探る。
どこだ、どこからだ?
だがその答えは、すぐにわかった。
「もらったぁぁぁぁぁぁっ!!」
裂帛の一声とともに、鋭い一撃が彼女の乳房を襲った。
彼女の足もとから頭頂へ向けて、円卓の下を這い進み、バフォメットの乳房が作り出した死角に隠れていた魔女によるものだ。
とっさに身を捻るが、一撃は彼女の衣装の胸元をかすめ、布地を切り裂いた。
ちょうど、右胸の先端の辺りの布地をだ。
「うぉぅ!?」
驚きにバフォメットが身を捩るが、もう遅い。
指の幅ほどの長さもない、ほんの一筋の布地の裂き傷は、内側に押し込まれた乳房の圧力によってその亀裂を広げ、先端を露出させた。
辺りを囲む魔女たちの、倒れ伏した魔女たちの、奇跡の一撃を与えた魔女の、使い魔の男たちの視線が、亀裂に殺到する。
数瞬の空白が、辺りに生じた。
「…いやん」
「黒くねぇよぉぉぉぉぉぉぉ!」
「そこまで広くなかったじゃないのぉぉぉぉ!」
「割と控えめだったぁぁぁぁぁぁ!」
大して恥ずかしくもなさそうなバフォメットの声の直後、魔女たちが絶叫した。
今でこそバフォメットが腕で隠しているが、その下にあるのは桃色ではないにせよ薄い色合いの、バランスのとれた大きさの乳輪と乳首だったからだ。
下品な乳房には下品な色の乳輪と乳首。
そう信じていたものが、彼女らの長自身の手によって破られてしまった。
「全く、儂自身でも最初は驚いたのに、いきなり見たら驚くじゃろうが」
意気消沈する魔女たちに向けて、バフォメットは頭を振って乳房を揺すりながら言った。
「それに今回はただ見せびらかしに来たわけではないぞ?」
「…どういうことですか…?」
「この身体の素晴らしさを教え、お前たちにも一度体験してもらおうと、な?」
「…何言ってるんですか…私がなぜサバトに加入したか、お忘れになったんですか…」
バフォメットの傍らで、力なく床に座り込んでいた魔女が、ぽつりとつぶやいた。
「魔女になる前の私は、二十半ばぐらいでした…でも、背ばかり伸びて胸は平らなままでした…」
バフォメットはもちろん、他の魔女たちが、仲間の言葉に耳を傾ける。
「それでもいつか、明日からはきっと、と毎日膨らみだすことを祈り、信じてきました…ですが、ですが、あの日私は鏡に映った自分の胸に気が付いたんです…!」
言葉を断ち切り、思いを乗せて、彼女は続ける。
「乳首と乳輪が黒くなって、ちょうどヤカンの蓋のようになっていることに…!」
彼女は自分の胸元に指を駆けると、シャツのボタンを外すのももどかしいと言った様子で破り開いた。
「マスターと契約して、私はやっと美しい胸を手に入れたんです!それを、それを…!」
「…すまなかったの」
淡い桃色の、小さくかわいらしい乳首と乳輪を晒しながら落涙する魔女を、バフォメットはそっと抱き寄せた。
「誤解を招いたようだったが、儂の魔術は身体を成長させるのではない」
抱き寄せている魔女に向けているようで、他の魔女にも向けた彼女の言葉が、辺りに響く。
「身体をこの形にしている魔術だ。つまり、お前のなりたい身体になれるんじゃよ」
バフォメットは魔女の髪を、毛皮の手袋で覆ったような手で優しく撫でながら、続けた。
「さあ、どんな体になりたいか、言ってごらん」
「…私は――」
魔女は答えた。
「はあ、ほんと肩がこるわぁ」
「もー、ちょっと走っただけで千切れそうでねえ、あー大変だわー」
「あら、私は走る必要がない様になるべく早め早めに行動するようになったわ。おかげで生活が規則正しくなって」
「いいわねえ、ウチとかウチの子…じゃなくて、お兄様が夜甘えてくるせいで、朝起きられないのよ」
「ナニソレ、のろけ?」
「それにうちの子って、もしかしてお母さんとか呼ばせてるの?」
「あらいけない?」
「いや、うちでもそう呼んでもらおうかしら」
「そうしなさいよー」
「あー、でも私のところ姉さんと二人住まいだから、姉さんもお母さんって呼ばせたがったら困るわー」
「だったら呼び分けてもらえばいいじゃないの、ママとお母さんで」
「アハハハハハハ!」
「なあ…俺はマスターのほっそりとした体に惚れたのに、何でこんなことに…」
「マスター達が、こんな体になれるわけがないって否定してたのを、バフォメット様が暴いたからなあ…」
「俺は、どうしたらいいんだろう…」
「さあな。ママのおっぱいにでも甘えさせてもらえばいいんじゃないかな」
「…そうだな…」
歓談する豊満な体つきの魔女たちの背後で、二人の少年がそう言葉を交わした。
11/08/14 21:18更新 / 十二屋月蝕