読切小説
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大陸東部風料理店のスープと揚げ物とフルーツポンチ
その料理店は、街道や人家から少し離れたところにあるという。
街道から離れた町や村を結ぶ為、街道と街道の間に網を張るように張り巡らされた道の傍らに、一軒の屋敷がある。
元は貴族の別荘だったらしいが、今は改装され料理店となっている。
両開きのドアを押し開くと、目に入るのは大広間と並ぶ幾つものテーブル。そしてむせ返るほど強烈な食材の香りだ。
店内を見渡せば、テーブルの間を料理の載った皿を手にしたウェイトレスが行き交い、客は大皿に盛られた料理を夢中になって掻き込んでいた。
だが、いずれの料理もあまり他所では見かけないものばかりだ。
それもそのはず、この料理店で出しているのは、大陸の東端に位置する、ジパングに程近い土地の料理だからだ。
彼の地で修行を積んだシェフが、店をやっているのだ。
「いらっしゃいませ」
私を迎えたのは、切れ長の細目と細面が特徴的な、四本の房状の尾を生やしたウェイトレスだった。
露出こそ少ないが、身体にぴったりと張り付くようなデザインの衣装のおかげで、細身ながらも出ているところは出ている体つきは良く分かる。
だが、私は視線をウェイトレスの体から引き剥がした。
私が店を訪れたのは、彼女の身体を鑑賞する為ではないからだ。
「予約していた・・・・・・だが」
「はい、かしこまりました。こちらへどうぞ」
ウェイトレスは切れ長の目を細めながら微笑むと、私を席へと案内すべく、足を進めた。
房状の尾を追って、私も足を踏み出す。
そしてテーブルの間の通路を通り抜けながら、店の奥へ奥へ導かれていく。
そして、店の奥に配置された丸テーブルの傍らで、彼女は足を止めた。
「どうぞ」
「ありがとう」
ウェイトレスの引いてくれた椅子に礼を告げながら腰を下ろすと、彼女は小脇に抱えていた小さな本を差し出した。
「本日のメニューでございます。お決まりになりましたら、どうぞ店の者にお声をおかけ下さい」
彼女はそう言うと、一礼してテーブルから離れていった。
「さて・・・」
私は呟きながらメニューを開き、ざっと目を走らせた。

『卵と緑豆の淡雪風炒め』
『東部風蒸し麺、辛味ソース添え』
『豚肉と玉ねぎの包み蒸し(ワーキャット、ワーウルフのお客様向けもあります)』
『鯉の丸揚げ 甘酢あんかけ』
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・

材料と調理法の簡単な解説を兼ねた、実に分かりやすい料理名に私は内心感心した。
最近、王都では『ブロガンチョのマッゼリーヌ ホルホロ風』などと、よほどの料理通か料理人でもない限り分からないような料理名をメニューに並べる店が多い。そしてそれを自称食通が訳知り顔で頼むと言う、真に嘆かわしい風潮が蔓延しているのだ。
だが、この店はそんな風潮とは無縁らしい。
私は上から下までメニューを確認すると、顔を上げ、軽く手を掲げた。
「すみません」
「あ、はいはーい!」
少し離れたところにいたウェイトレスが、走ることなく、それでいて十分な速さで私のテーブルに歩みよった。
「はい、ご注文がお決まりですか?」
「いや、ちょっとどれもおいしそうで決めかねてね・・・お勧めを教えてくれないかな?」
注文を聞きにきた、先程のウェイトレスとは打って変わってぽっちゃりとした体つきの、髪の間から途中で折れ曲がった三角形の耳を覗かせるウェイトレスに、私は助言を求めた。
「お勧めですか、そうですね・・・」
彼女はやや太めの腕を軽く組み、まん丸な目で天井を見つめてうーん、と唸ると、ぱっと顔を輝かせた。
「そういえば、今日はかなり新鮮な鯉がたくさん入った、ってシェフが言ってました。
魚料理は鮮度が命ですから、今日のはかなりお勧めですよ!」
「ほう、そうかい・・・だったら・・・」
メニューの文字列をたどって、私は料理を決めた。
「この『鯉の切り身揚げ 甘酢あんかけ』を頼もうかな」
「ハイかしこまりました!あぁ、でもそのお料理は少々時間がかかるので、前菜かスープも一緒にいかがですか?」
続く彼女の言葉に、私は内心舌を巻いた。
たかだか一介ののウェイトレスが、今日のお勧めどころか料理の調理時間まで把握しているのだ。
王都の高級店でも、ここまで行き届いた店はそうそうない。
「そうか、だったら・・・『鶏の東部風コンソメ』を貰おう」
彼女の進めに応じ、私はスープを選んだ。
「ハイ、かしこまりました!『鯉の切り身揚げ 甘酢あんかけ』と、『鶏の東部風コンソメ』ですね!少々お待ち下さい!」
ウェイトレスは私の注文を復唱すると、そのやや大きめの尻を揺らしながら、厨房へ向かっていった。

さて。
注文を終えた私は、料理を待つ間失礼にならぬ程度に店内を見回した。
少々高めの天井には照明器具が吊り下げられ、店内を照らしている。
並べられたテーブルには、数多くの男性客が着き、一心不乱に料理を掻き込んでいる。
油に塗れた肉や野菜の破片を口に詰め込んでいる、と書くと胸が悪くなるようだが、こうして実際に見てみるとなかなかどうして、食欲をそそられる景色であった。
「『鶏の東部風コンソメ』、お持ちしましたー」
魚の姿揚げを切り分けては口に運んでいた客に見とれていたところで、先程のウェイトレスがそう声をかけた。
私の前に、お盆に載った皿が置かれる。
「ごゆっくりどうぞ」
彼女は一礼すると、テーブルから離れていった。
テーブルの上に目を戻せば、そこには白い器が載っていた。
白く光沢のある深い器には、同じく白い光沢のある蓋が被せてある。
私は匙を手に取ると、頂きます、と囁きながら蓋をあけた。
もわん、と香りを孕んだ湯気が立ち上る。
まず、私は肺一杯にその湯気を吸い込んだ。
温もりのある、鳥の香りを含んだスープの匂いが鼻腔を満たした。
目を開けてみればそこには、野菜や鶏肉の破片と言ったいくらかの具が沈んだ透き通ったスープがあった。
手始めに、脂の浮いたスープの上澄みを匙で一掬いし、口へ運ぶ。
唇に触れたスープは、湯気が立つほどであるが吹いて冷ますほど熱くはなく、スムーズに私の口腔へ吸い込まれていった。
そして、口中に含んだスープを転がし、味わう。
最初に感じたのは、塩味だった。
だが、すぐに鶏を一とする、野菜や肉の出汁の香りが私の口腔から鼻腔を満たしていく。
一通り味と香りを楽しむと、私は口中のスープを嚥下した。
ほどよい温もりが喉を伝い、胃の腑へと滑り落ちていった。
「・・・・・・これは、これは・・・」
一口スープをすすった私は、思わずそう呟いていた。
澄んでこそいるものの、脂の浮いたスープに私はかなり濃い味を予想していたが、いい意味で裏切られたからだ。
無論ただの薄味だというわけではなく、味付けはしっかりしている。だというのに、胸の焼けるような脂っこさを押さえ込んだ料理人の腕前に、私は内心舌を巻いていた。
まあ、立地条件の悪さにも拘らず、この賑わいを見せている時点で予想できることではあるが。
私は気を取り直して匙をスープに沈め、スープと一緒に具を掬い上げた。
匙の上に載っているのは、小さく切られた鶏肉の破片である。
出汁をとった鶏肉のそれとは違うはず、という期待を込めて、匙を口に運んだ。
そして、スープに塗れた口中の鶏肉に奥歯を立てる。
肉は驚くほど柔らかく、軽く噛むだけで簡単に押し潰され、肉の繊維の間からスープとは僅かに異なる味わいの汁を滲ませた。
スープより塩味が薄く、脂と肉の味わいが濃い。
そう、これは肉そのものの出汁だ。
火が通っていながらも、染み出ることなく出汁を孕んだままの肉片に、私はシェフの技量がただならぬものであることを確信する。
続けて匙を沈め、今度はにんじんを掬い上げる。
扇形に切られたそれは、肉よりもやや小ぶりで、均一に火が通るようにという工夫が伺えた。
口に運び、噛み締めてみればにんじんは簡単に崩れ、スープの味にほのかな甘みを加えた。
そんな調子で、一口一口味わいながらスープを楽しんでいたところ、私は異変に気が付いた。
匙を動かす手が止まらないのだ。
一口を口に運び、味わって嚥下する間に次の一口を掬っている。
スープの味わい、香り、喉を滑っていく感覚がすばらしく、手を休める気になれないからだ。
いつの間にか私は左手でスープの入った器を掴み、顔を器に寄せながら匙を動かしていた。
傍から見れば、器から口元へ匙を動かす時間も惜しい、と言った様相だろう。
事実その通りだ。
だが、それでも私は一口と一口の間のごく僅かな時間に、ある種のもどかしさを覚えていた。
そしてついに、私は右手に匙を握ったまま器を両手で掴み、唇を器の縁に押し当てた。
背筋を伸ばし、器を持ち上げてスープを口中へ注ぎ込んでいく。
王都の一級料理店では店員や他の客から白い目で見られかねない行為であるが、この店では咎めるものは誰もいない。
仮に居たとしても、この舌と喉をスープが流れていく喜びに比べれば、実に些細なことだった。
やがて、器の半分ほどを満たしていたスープが全て私の胃袋へと流れ落ち、私はいつの間にか逸らせていた背筋を元に戻しながら、器をテーブルに下ろした。
「ほぅ・・・」
安堵とも感嘆とも付かないため息が、自然と口から漏れる。
「いかがでした?」
不意に横からかけられた声に、私は思わずその方を向いた。
テーブルの傍らに居たのは、注文を取り、スープを運んできてくれたオークだった。
彼女の手にしたお盆には、湯気を立てる料理が載っている。
恐らく私の注文した料理だろうが、彼女の話によればそこそこ時間がかかるはずだ。もう出来たのだろうか?
そこまで考えたところで、私はスープを飲み干した後、結構な時間放心状態にあったことに気が付いた。
両手で掴んだままの器が、既に冷め切っていたからだ。
「あ、あぁ、美味しかったよ」
「ご満足いただけたようで何よりです」
しばしの間を挟んでの、間抜けな返答に彼女はにっこり笑うと、お盆に載った皿をテーブルに置いた。
「では、こちらご注文の『鯉の切り身揚げ 甘酢あんかけ』です。スープの器、お下げしますね」
彼女の言葉に、私はようやくいまだ掴んだままだった器から、両手を離した。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
彼女は人懐っこい笑みを浮かべて一礼すると、テーブルから離れていった。
さて、スープのおかげで少々調子が狂ったような気もするが、気を取り直して料理を戴くことにしよう。
私は添えられていたフォークを手に取ると、皿に目を向けた。
白く平たい皿に乗っているのは、狐色の薄い衣を纏った揚げ物と数種類の野菜、そしてとろみのついたソースだった。
料理名からすると揚げ物は鯉の切り身で、とろみのついたソースが「あん」と言ったところか。
スープの味わいで見せた料理人の技量に期待を抱きつつ、私はフォークで揚げ物のひとつを差すと、口へ運んだ。
口中に揚げ物が入った瞬間、最初に感じたのはソースの味だった。
揚げ物に絡みつくとろみの付いた、酸味と甘みが程よく混ざり合ったソースの味が口中を満たす。
続けて口中の揚げ物をかみしめれば、サクッという歯ごたえとともに魚の持つ仄かな甘みを孕んだ肉汁が染み出した。
ソースに濡れた揚げ物がこれほどさっくりとした歯ごたえを保っているのも驚きだが、鯉という魚が美味いというのも初めてだ。
揚げ物を咀嚼し、味わいながら私は次は何を口に運ぶか算段を立てた。
今度は、もう少しソースを楽しんでみようか。
揚げ物を嚥下し、今度は揚げ物ではなく具だくさんのソースにフォークを挿しこんだ。
掬いあげると、ソースを纏った半透明のモヤシや三角形に切られた玉ねぎが持ち上がる。
私は口中にそれらを運び入れ、噛みしめた。
シャクッ、という野菜の心地よい歯ごたえは期待通りのものだ。
甘酸っぱいソースの味わいに、噛みしめるたびに野菜が孕んでいた汁が加わり、少しずつ深みが増していく。
そして数度の咀嚼を繰り返したところで、私は耐えきれず飲み込んだ。
とろみの付いたソースを纏った野菜の破片が、のどの粘膜をなでながら胃の腑へ滑り落ちていく。
だが、その余韻を味わう間もなく、次の一口をフォークですくい取った。
揚げ物といくらかの野菜を一度にだ。
甘酸っぱいソースに包まれたそれをかみしめると、野菜と揚げ物の異なる歯ごたえが一度に感じられる。
加えて滲み出たうま味がソースの味を徐々に変え、心地よい味わいの変化をもたらす。
そして数度の咀嚼をはさんで嚥下すれば、なめらかなソースと野菜に混じって、衣の破片が喉の粘膜をひっかきながら滑り落ちていった。
一口、また一口と魚を、衣を、モヤシを、玉ねぎを、ソースを口に運ぶたびに心地よい味と歯ごたえが私を迎える。
野菜を多めに、あるいは揚げ物だけ。比率を変えながら、私は黙々と口へ切り身揚げとあんを運んでいた。
やがて皿に盛られていた切り身揚げもあんも次第に少なくなり、つにはフォークで皿に散らばった野菜の破片をかき集めるほどになった。
そしてとうとう、最後の一口を口に運んで、『鯉の切り身揚げ 甘酢あんかけ』が終わった。
「…美味かった…」
唇に着いたあんを拭うのも忘れ、私はぼんやりとつぶやいていた。
背もたれに体重を預けていると、次第に料理によって溶け崩れてていた意識が形を成していく。
「デザートお持ちしましたー」
味わいと触感の余韻に浸る私の耳を、もはやおなじみのウェイトレスの声が打った。
「あ、あぁ…ありが…ん?」
自然と受け入れそうになっていたところで、府と胸中に疑念が浮かんだ。
「ちょっと待ってくれないか…」
「何でしょうか?」
「その…デザートを注文した覚えはないのだが…」
「あぁ、これは二品以上注文なさったお客様へのサービスです」
彼女はお盆に載せていた小さな器とお茶の入ったカップを私のテーブルに置くと、皿を代わりに引き上げた。
器に盛られていたのは、半透明のゼリーとミカンとサクランボのフルーツポンチのようだった。
「油ものでこってりした口の中がさっぱりしますよ」
「そうか、ありがとう」
オークの解説にそう返したところで、隣のテーブルに着いていた男が立ち上がり、妖狐のウェイトレスと連れ立って歩きだした。
会計を済ませて出ていくのかと思ったが、彼は入り口と反対側の方に進み、厨房につながると思われる通路へ消えていった。
「…あれは?」
デザート用の小ぶりの匙を手に取りながら、私はそうウェイトレスに問いかけた。
「ああ、あれは『精液払い』のお客さんですよ」
「精液払い?」
昼間向けとは思えぬ単語に、私は繰り返してしまっていた。
「当店では、お食事の会計の際に現金払いか精液払いか選べるんですよ。精液払いの場合、汁物で二回、肉料理で五回などと回数が定められてます」
「少々回数が多くないか?」
「大丈夫ですよー。うちの料理は強壮滋養効果が高いですし、精液払いのお客様も最初からそのつもりで注文なさいますから」
なるほど。彼女の解説に合点がいった。
「それでは失礼します」
オークのウェイトレスは一礼すると、すたすたと歩み去って行った。
私は彼女のやや大きめの尻から視線をはがすと、先ほど妖狐の店員と男性客が消えていった通路に目を向けた。



……
………
薄暗い通路をしばらく進み、階段を降りたところに大きな扉が一枚あった。
「どうぞ」
私を先導していたキツネのウェイトレスが妖艶な笑みを浮かべながら扉に手を掛け、押し開いた。
すると扉の向こうから強烈な熱風があふれ出した。
いや、違う。熱気と湿気のこもる室内に、私が無意識のうちに足を踏み入れていたのだ。
通された部屋の広さは、上の店とほぼ同じだろうか。
だが室内を照らす照明器具はランプがわずか三つだけで、かなり薄暗かった。
それでも並べられたいくつもの簡易寝台と、そのうえで絡み合う肉体は、音と独特の臭いのおかげでよくわかった。
「さ、こちらへどうぞ」
ぼんやりと室内を見回していたところ、店員が私の腕に腕をからめて歩きだした。
彼女の全身を覆う、ぴったりとした衣装のおかげで衣服越しとは言え二の腕に乳房の感触がよく伝わる。
やがて彼女は私を簡易寝台の一つに導くと、そこに座るよう言った。
「ふふ、もう硬くなってますね…」
私の前にかがみこんだ彼女が、私の両足の間に手をあてながらつぶやく。
それなりに女性経験があるため、乳房を押しあてられた程度では興奮しないと思っていたのだが。
「当店の料理の効能ですよ」
俺の考えを見透かしたかのように彼女は口を開いた。
「お客様の召し上がった鶏のスープと魚の揚げ物が、お客様の体力を底上げし、『臨戦』状態にしているんです…あむ」
ズボンと下着の下から屹立した肉棒を取り出しながら説明すると、彼女はそのまま俺の分身を咥えた。
口中に収まる私の肉棒に舌が絡みつき、頬の裏側の肉が吸いつく。
彼女が細面のためか、吸いついたときの圧迫感は非常に強かった。
「ん…んむ…んん…」
時折声をもらしながら唾液をからめ、肉棒をすすりあげる。
その淫靡な姿と彼女の技術に、私はほどなく達してしまった。
「ん、ん…!?」
喉の奥にほとばしる白濁に、彼女が驚きを含んだ声を漏らすが、すぐに唇をすぼめて一滴も漏らさぬようにする。
そして射精が収まるまで口中で白濁を受け止めると、彼女はそのまま肉棒を口から抜き去った。
すぼめた唇に肉棒が根元から先まで扱きあげられ、私の背筋をぞくぞくするような刺激が這い上って行った。
「ん…」
彼女は最後にすぼめた唇で鈴口を啜ると、肉棒から顔を離し、私を見上げた。
そのまま、口中に収まるものを味わうように転がしながら、切れ長の目で私を見つめる。
「ん…はぁ、なかなか濃いですね、お客様」
しばしの間をおいて嚥下すると、彼女はそう呟きながら立ち上がり、唇の端を釣り上げた。
「でも、スープと魚料理の合わせて六回の『精液払い』は始まったばかりですからね」
すると彼女は体にぴったりと張り付いた衣装の裾を持ち上げ
………
……




そんなまず起こり得ないことを考えながら匙を動かすうちに、デザートのフルーツポンチはすべて私の胃袋へ落ちて行った。
サクランボもミカンの身もゼリーより硬めのゼリー状の何かも、ほんのり甘いシロップのおかげでそれぞれの持ち味を崩すことなく、調和のとれた味わいを生み出していた。
デザートが運ばれてくるまではもう何もいらない、といった気分だったが、私がデザートを平らげるころには、あともう一皿何か注文しようかというぐらい胃や口がすっきりしていた。
あのウェイトレスが言っていたとおりである。
「ご満足いただけましたか?」
カップのお茶を飲み干したところで、オークのウェイトレスがやってきて、そう尋ねた。
「あぁ、満足だったよ。こんなにいい店は王都にもめったにない。今度からちょくちょく通わせてもらうよ」
「ありがとうございます」
彼女は丸い顔に人懐っこい笑みを浮かべながら一礼すると、続けた。
「それで、お支払いはどうなさいます?」
あぁ、そういえばそうだったな。
「先ほど説明したとおり、当店では現金と精液の二通りの払い方がありますが…」
「はは、見てわからないのかね?現金でお願いするよ」
私は笑いながらそう答えた。
「それとも、君たちは仮に私が『精液払いで』、とかいった場合でも精液をしぼりとるのかね?」
「いえいえ、お連れの男性からまとめてお支払いなさる方もいらっしゃいますので、念のため尋ねただけです」
彼女は首を振ってそう答えた。
「なるほどね、それでいくらだっけ?」
「はい、銀貨十枚です」
私は懐を探り財布を取り出すと、代金を支払った。
「ありがとうございます」
私は席を立ちあがり、テーブルの間の通路を通って出口へ向かった。
「ありがとうございました、またの御来店お待ちしております」
「美味しかったよ、また来るよ」
出口の側に控えていた、妖狐のウェイトレスの言葉にそう返しながら、私は外に出た。
昼は過ぎたといえ、まだ日は高い。
今日は先ほど食べた料理の余韻で過ごしたいところだが、夕食に何を食べるかを考えておかなければ。
それに、次にアイツと一緒に店を訪れたときに何を食べるかも考えておこう。
私はそう考えながら頭の上の三角帽子の位置を直し、足を踏み出した。
腹も心も満たされたような満腹感が、ただ心地よかった。
10/09/08 17:29更新 / 十二屋月蝕

■作者メッセージ
十二屋です。
絶対魔物の料理店があったら、お代に『精液払い』の選択肢があると思うんですよ。
というわけで何となく書いてみました。
アドバイスを下さった初ヶ瀬マキナ先生に感謝を。

魔物の飲食店は適当に続けていこうかと思います。
調理も食事も描写は苦手ですし、知識はほとんど漫画由来なので、あまり期待はしないでね。
むしろ、私の作品に触発された方が何か書いてくれないかな、と期待しているぐらいです。
それではこの辺で。
十二屋でした。

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