(102)ぬれおなご
彼女と出会ったのは、雨の降る日だった。
月明かりの元、男が一人歩いていた。
右手には傘を携えている。
だが、月明かりが照らす夜空は漆のように黒く、雲一つなかった。
男は傘を携えたまま、月の明かりを頼りに道を進んでいく。
あたりに目を向ければ、人家の明かりが見える。
人里離れた小道、というわけではないが、それでも人気のない夜道を歩くのは勇気のいることだ。
特に、ここ最近は男が一人で出歩けば、拐かされるという。
だが、男の歩調に恐れはなかった。
なにもかもが気に食わない、といった様子で口をへの字に結び、黙々と道を進んでいく。
すると、道の傍らに一本の柳の木がそびえていた。
枝葉をしなやかに垂れさせ、夜風になびかせている。
そして、そんな柳の枝葉の下に、一人の女が立っていた。
薄手の着物を身につけた、長い黒髪の女だ。
だが、さらさらと風になびくであろう黒髪は彼女の着物やうなじ、頬にべたべたと張り付いている。
彼女の身体が、頭の先から足下まで濡れていたからだ。
近くに川はおろか、水たまりすらない。だというのに、女はずぶぬれのまま柳の根方に立っていた。
男は、柳の木と女の姿を認めるや、手にしていた傘を広げ、彼女に歩み寄った。
「『もし』」
男が、女に声をかける。
「『このような天気に、そうして立っていれば風邪を引いてしまいます』」
「『おかまいなく』」
女が答えた。
「『わたしはもののけ、ぬれおなご。こうして濡れているのは、この雨のせいではありません』」
「『しかしもののけいえども、雨に降られていては気分が悪いでしょう。どうぞ、こちらへ』」
男が女、ぬれおなごに向けて傘を差しだした。
「『では、お言葉に甘えさせていただきます。お優しい方』」
女はそう応えると、柳の根方から男の傘の下に入った。
「『それで、どちらまで？』」
「『どちらでも。あなたの向かうところまで』」
口をへの字に結んだままの男の問いに、ぬれおなごは応じた。
すると男は、無言のまま足を進めだした。
「『･･･何も尋ねないのですね』」
男とともに道を歩いていたぬれおなごが、ふと口を開いた。
「『尋ねる、とは？』」
「『なぜ私が、こんな雨の中、あそこにいたか』」
降り注ぐ月光を傘で受け止めながら、男は彼女に応じる。
「『興味がない、といえば嘘になります。が、あなたが傷つくようであるなら、聞きたいとは思いません』」
「『本当に優しい方』」
ぬれおなごがクスクスと笑う。
「『でも、聞いていただきます。こうして傘を貸してくださったのだから、最後まで見てもらわねば』」
ぬれおなごは、呼吸一つの間をおいて続けた。
「『私、慕っている方がいますの。ですが、その方はいつもつまらなさそうに口をへの字にして、私と目があっても表情を変えません。楽しいことがあっても、悲しいことがあっても、いつもへの字口。だからつまらないことで喧嘩して、飛び出してしまいました』」
「『なるほど』」
女の短い身の上話に、男は頷いた。
「『では、ついでで俺の話も聞いてもらいましょうか』」
「『へえ、どんな？』」
「『なに、つまらない話です』」
傘を携えたまま、男は話を紡ぐ。
「『俺は、大昔の怪我のせいで、顔の筋が強ばってしまい、こんな表情以外の顔を作れません。俺がどんなに楽しくても、どんなに悲しくても、俺の顔はいつもへの字口。だから、いつも妻とはつまらないことで喧嘩してしまいます』」
「『あらあら』」
男の話に、ぬれおなごは口元に手を当てた。
「『きっとあなたが慕っている人も、俺のように表情を変えるのが苦手なのでしょう。きっと心では、あなたにむかって笑っていると思います』」
「『でも、私からはあの人が笑っているかなんて、わかりません』」
「『では尋ねればいいのですよ、あなたはどんな気持ちですか、と』」
そこまで言葉を交わしたところで、いつしか二人は一軒の家の裏手にきていた。
「『ここまでで結構です』」
「『ここで、よろしいのですか？』」
ぬれおなごの言葉に、男が尋ねた。
「『はい、ここがあの人の家。さっそく、あなたの言葉通り、尋ねてみることにします』」
「『それはそれは。色よい返事がもらえるといいですね』」
「『ええ。ここまでありがとうございました』」
「『こちらこそ、お力になれてよかった』」
ぬれおなごと男が互いに頭を下げると、ぬれおなごは男の傘の下からでていき、勝手口から家に上がっていった。
男は、ぬれおなごの背中を見送ってから、傘を閉じて歩きだした。
月光の降り注ぐ夜道を、今し方ぬれおなごの入った家屋の周りをぐるりと進み、正面玄関に立つ。
そして、男は戸に手をかけ、開いた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
男の言葉に、女の声が返した。
男は、手にしていた傘を玄関脇に立てかけると、家に上がった。
行灯の薄明かりの中に、ぬれおなごが座っていた。
しとどに濡れ、うなじや頬に張り付く髪の毛をまとめ、小袖の着物にまとったぬれおなごだった。
男は、ぬれおなごの向かいに腰を下ろすやいなや、口を開いた。
「さっきは、すまなかった」
男の口からでたのは、謝罪の言葉だった。
「お前のことをジロジロ見ていたのは、お前の姿に見とれていたからだ。表情のせいでただジロジロ見ていたようにしか感じられなかったかもしれないが、どうか許してくれ。不快な思いをさせてすまなかった」
「私もです」
ぬれおなごが、男の謝罪に応じる。
「縫い物がはかどらず、少々いらついていたせいもあって、ついあんなことをいってしまいました。あなたが感情を表にあまり出さないというのを知っていながら、当たってしまってごめんなさい」
ぬれおなごはそう言うと、男に頭を下げた。
「顔を上げてくれ。こっちこそ、すまなかった」
「私の方こそ」
ぬれおなごは顔を上げると、ふと意地悪そうな表情を浮かべ、口を開いた。
「あなた･･･今、どんな気持ちですか？謝罪の言葉や、申し訳ない以外で答えてくださいね」
「･･･怖かった」
ぬれおなごの問いに、男はへの字の口を開いた。
「喧嘩して、いつものように飛び出していったお前が、いつものようにあの柳の下にいるか･･･怖かった。今度こそ、あの場所にいないのではないかと思えて、怖かった。だが、お前があそこにいて、俺が迎えに行けて、こうして謝ることができて･･･今はほっとしている」
「あなた･･･」
ぬれおなごは男を呼ぶと、ふっと穏やかな笑みを浮かべ、畳の上を男に向けてにじり寄った。
そして、男の身体に突然抱きついた。
「どうですか？私はどこにも行きませんし、こうしてあなたのそばに戻ってきましたよ」
「ん･･･」
男は小さくうめくと、着物が濡れることに何の戸惑いもなく、ぬれおなごの背中に両腕を回した。
じっとりと湿り気を帯びた着物が腕に触れ、濡れた布地越しに彼女の細い肩が感じられる。
「･･･ああ、ここにいるな」
口をへの字に結んだしかめ面のまま、男はそうぬれおなごの実感に感想を漏らした。
「ふふ･･･」
ぬれおなごは小さく声を漏らすと、男の首元に軽く顔を擦りつけ、腕に力を込めた。
男とぬれおなごの身体が密着し、着物に包まれた彼女の乳房が、男の胸に押し当てられる。
ぬれおなごの乳房が冷たいのは、彼女の着物が濡れているほかに、彼女自身が水のようなもので身体を成すもののけだからだろうか。
だが、男はひんやりとしたぬれおなごの身体の奥に、温もりがあるのを感じていた。
同時に、ぬれおなごもまた、男の身体を感じていた。
「ああ、あなた･･･もっと、あなたを感じさせてください」
男の身体を抱きしめ、両腕に抱かれながら、彼女が言葉を漏らす。
その声には微かな艶と熱がこもっていた。
「ああ」
男は短く応じると、ぬれおなごの顔に自身の顔を近づけた。
ぬれおなごが目を閉じ、薄く唇を開く。そして、普段はへの字に結ばれている男の唇が、彼女のそれに触れた。
柔らかな、湿り気を帯びるひんやりとした唇が、男の唇に感じられた。
「ん･･･」
男の腕の中でぬれおなごはもぞりと体を動かしながら、男との接吻を続けた。
顔面の強ばりゆえ、動きの固い男の唇をぬれおなごが吸う。
そして、ぬれおなごの身体の芯の熱が高まり、彼女の纏う着物がじゅん、と湿りを増す。
男は、手に触れるぬれおなごの背中を包む布地の湿りに、彼女の興奮を悟った。
少しだけ抱きしめる力が弱まり、彼女の背中を男の指が這い回る。
するとぬれおなごは身体を小さくふるわせ、男と彼女自身の唇の間から弱い吐息を漏らした。
感じているのだ。
男の手が、彼女の肩や背筋、腰の辺りを撫でるにつれ、ぬれおなごの着物が滴をしたたらせるほどに濡れていく。
ぬれおなごの着物は、ぬれおなご自身の身体でできている。
つまり、ぬれおなごが自身の着物の形を保てぬほどに、興奮しているのだ。
「っぁ･･･」
ぬれおなごが唇をはなし、小さく声を漏らした。
そして、頬を上気させ、潤んだ瞳で男を見上げながら、彼女は唇を開く。
「ああ、あなた･･･もう、我慢できません･･･」
震える唇からそう紡ぐと、彼女の体を覆う着物が、とろりと形を失った。
「どうか、もうお情けを･･･」
男に対して紡ぐのは、懇願の言葉。
しかし、着物を成していた彼女の一部分は、言葉とは裏腹に男の身体に絡みついていった。
男の胸にすがりつき、その背中に液体が回る。
太腿からつま先へと、撫でるように粘液が延びていく。
両腕を彼女の一部が絡めとり、手をつなぐよりもねっとりと絡みつく。
「う、お･･･！」
着物に染み入り、肌に触れる液体の感触に、男が声を漏らした。
険しく強ばった表情からは、苦悶の声にしか見えぬが、ぬれおなごは知っていた。その声が、驚きと快感をはらんだものであることを。
「ああ･･･こんなに･･･」
着物の内に自身の一部である液体をしみこませたぬれおなごが、下着に包まれた男の分身に、そう声を漏らした。
男のそこは、いつの間にか固くそそり立っており、絡みつく粘液の感触に、びくり、びくりと震えていた。
「苦しそう･･･今、楽にして差し上げますね･･･」
ぬれおなごがそう呟くと、衣服に染みいった彼女の液体が、もぞりもぞりと蠢き、男の衣服を脱がしていく。
固く締められた帯がゆるみ、着物がはだけ、下着が取り去られる。
そして、首から下をやや青みがかった液体に薄く包まれた男が、生まれたままの姿をぬれおなごに晒した。
「うぅ･･･」
男が声を漏らし、彼の両足の付け根で肉棒が跳ねる。
すると、肉棒に絡みついていた液体が、潮が引くように屹立から離れていった。
「あ･･･」
「ふふ、あまり苦しそうなので、離れました」
ぬれおなごが、男の声混じりの吐息にそう応じた。
だが、男は何かを言いたげに、彼女を見つめるばかりだ。
無理もない。粘液に包まれていた勃起を中途半端に放り出され、不満が腰の奥に残っているのだ。
男の表情とうめき声からは、苦しげな様子しかうかがえないが、ぬれおなごは彼の本心を知っていた。
「あら？もしかして違ったのですか？」
どこか意地悪そうに、ぬれおなごが尋ねる。
「うぅ･･･お前なら、わかるだろう･･･」
「いって下されないと、わかりませんよ」
への字に結んだ口をますますゆがめ、男が珍しく羞恥めいた感情を露わにする。
「さあ、今どのようなお気持ちですか？」
「･･･頼む、もっと触って、くれ･･･」
「はい、かしこまりました」
男の正直な言葉に、ぬれおなごはにっこりと微笑んだ。
「ですが、私の部分は使いません」
ぬれおなごは立ち上がると、床に座り込んだ男の目の前で、足を広げた。
「ここで、あなたを気持ちよくしてさしあげます」
そう言いながら、彼女は両足の付け根の亀裂を、指で押し開いた。
内側から、とろりと水飴のようにねっとりとした透明な液体が溢れだし、太腿を伝っていく。
そして、彼女は男の腰をまたぐと、ゆっくりと腰を下ろし始めた。
「さ、入りますよ･･･」
「ああ･･･」
ぬれおなごの言葉に、男が同意とも期待ともつかない声を漏らした。
やがて、ぬれおなごの両足が開ききり、屹立が彼女の内側に沈み込んでいく。
ぬちゅり
濡れた音を立てながら、男の分身が飲み込まれていった。
「あぁぁ･･･あぁ･･･」
ぬれおなごが、ため息混じりに声を漏らした。
腹の奥から絞り出されるような声音であったが、そこに苦しげな様子はなかった。
ただただ、心地よい、温い湯に肩まで浸かって漏らす声のような、安らぎが宿っていた。
男の方も、眉根を寄せながら歯を食いしばっていた。
だがぬれおなごと同じく、表情と裏腹に苦悶の様子はない。
肉棒が胎内を押し広げる感触と、屹立を粘度の高い液体に包まれる感触を、二人は楽しんでいた。
「ん･･･」
ぬれおなごが声を漏らし、少しだけ腰を動かす。
ほんの少し、姿勢を変えるような身じろぎのようであったが、彼女の内側は身じろぎ以上に蠢いていた。
ぬれおなごの胎内、人の形の内側に詰め込まれた、着物を形作っていたものと同じ液体が、肉棒を包み込むように渦を描き始めたのだ。
にゅるにゅるにゅるにゅると、ねっとりとした摘めそうなほど固い液体が、男の分身を撫で回していく。
「うぅ･･･」
男は、渦が織りなす幾筋もの粘液の襞に、ゾクゾクとするような快感を覚えた。
粘液が絡みつき、腰の奥をむずむずとくすぐる。
屹立の先端からは、いつしか先走りがにじみ出し、粘液の渦に絡めとられ、彼女の内に混ざっていった。
「あぁ･･･もっと、もっと･･･」
男が粘液の感触に快感を覚えている一方、ぬれおなごもまた快感におぼれつつあった。
己の腹の奥を炙る肉棒の熱と、粘液の渦が感じ取る男自身の形に、彼女の興奮もまた高ぶりつつあった。
彼女は、男とつながったまま彼の上体にすがりつき、一糸纏わぬ男の肌に張り付かせたままだった粘液を波立たせた。
彼女と男の肌を、ぬれおなごの一部分がくすぐっていく。
薄く広がる粘液に生じたさざ波は、粘液の表面はもとより、その裏側にも及びながら、男の全身に広がっていった。
首元から生じたさざ波が、男の胸板と押しつぶされる乳房の隙間を通り抜け、腹をくすぐり、禍福を撫で、太腿をたどってつま先へ抜けていく。
胴と胴、腹と腹、尻と太腿。
対面座位で交わる男とぬれおなごがふれあっている部分はそれだけだったが、ぬれおなごの生じさせるさざ波は、二人の興奮を煽るには十分だった。
「んぁ･･･あぁぁ･･･！」
さざ波一つが男の身体を撫で回す度、男の快感を代弁するように、ぬれおなごがあえぎを漏らした。
男の身体を包み込んでいるのは、ぬれおなご自身。
男が粘液のさざ波を感じているのと同時に、彼女自身も男を感じているのだ。
快感と興奮の高まりに、ぬれおなごの胎内の渦は徐々に速度を増し、その一方で粘りを強めていった。
肉棒の形になった粘液が無理矢理向きを変えられ、粘液の固まりが肉棒を擦る。
張り出したカリ首や、膨れた裏筋、浮かぶ血管を粘液に擦りたてられ、男は自信の限界が近いと喧伝するように、全身を力ませた。
「ああ、もう･･･もう･･･！」
ぬれおなごは胎内で脈打つ肉棒の感触に、そう声を上げながら、両足を男の腰に回した。
彼女の両足が男の腰を締め付け、二人の密着感が増す。
同時に、繋がり合う二人の陰部もより深く沈み、肉棒はおろか精の一滴さえ逃すまいという意志が見受けられた。
だが、男には逃げるつもりはなかった。
ぬれおなごが足を絡め、思い切り抱きしめたおかげで近づいた彼女の唇に、男は自ら唇を寄せた。
「！」
不意の接吻に、ぬれおなごが目を見開く。
ぬれおなごの驚きは、そのまま胎内の粘液に伝わり、渦を成す液体の圧力を強め、屹立を締めあげた。
「うぐ･･･！」
男が低く声を漏らし、身体をふるわせた直後、彼女の胎内で白濁がはじけた。
びくりびくりと肉棒が脈打ち、心臓から直接送り出されているかのように、勢いよく精液が迸っていく。
「んぅぅ･･･！」
ぬれおなごが声を漏らし、ぎゅっと目を閉じながら、男の白濁を受ける。
やけどしそうなほどの熱を帯び、自身の胎内の粘液にも劣らぬほど固い精液。
男から迸ったものと、自分自身が混ざり合っていく感覚に、彼女は目もくらむような絶頂へと導かれていった。
そして男もまた、粘液のもたらす快感とともに、彼女の身体に自分の一部を混ぜ込むという、ぬれおなごと自分が文字通り一つになっていく心地よさを脳の随で味わっていた。
やがて、男の精の迸りが弱まり、二人の絶頂が落ち着く。
「ぷは、はぁはぁはぁ」
「はぁ･･･！はぁ･･･！」
唇をはなし、いつの間にか止めていた息を重ねながら、二人は絶頂の余韻に浸っていた。
そして、二人は呼吸を程々に落ち着けたところで、どちらからともなく再び動き出していた。
夜は、二人の交わりはまだ始まったばかり。
雨こそ降っていないが、初めて互いの気持ちが通じ合ったあの夜のように、二人は今日も交わるのだった。
月明かりの元、男が一人歩いていた。
右手には傘を携えている。
だが、月明かりが照らす夜空は漆のように黒く、雲一つなかった。
男は傘を携えたまま、月の明かりを頼りに道を進んでいく。
あたりに目を向ければ、人家の明かりが見える。
人里離れた小道、というわけではないが、それでも人気のない夜道を歩くのは勇気のいることだ。
特に、ここ最近は男が一人で出歩けば、拐かされるという。
だが、男の歩調に恐れはなかった。
なにもかもが気に食わない、といった様子で口をへの字に結び、黙々と道を進んでいく。
すると、道の傍らに一本の柳の木がそびえていた。
枝葉をしなやかに垂れさせ、夜風になびかせている。
そして、そんな柳の枝葉の下に、一人の女が立っていた。
薄手の着物を身につけた、長い黒髪の女だ。
だが、さらさらと風になびくであろう黒髪は彼女の着物やうなじ、頬にべたべたと張り付いている。
彼女の身体が、頭の先から足下まで濡れていたからだ。
近くに川はおろか、水たまりすらない。だというのに、女はずぶぬれのまま柳の根方に立っていた。
男は、柳の木と女の姿を認めるや、手にしていた傘を広げ、彼女に歩み寄った。
「『もし』」
男が、女に声をかける。
「『このような天気に、そうして立っていれば風邪を引いてしまいます』」
「『おかまいなく』」
女が答えた。
「『わたしはもののけ、ぬれおなご。こうして濡れているのは、この雨のせいではありません』」
「『しかしもののけいえども、雨に降られていては気分が悪いでしょう。どうぞ、こちらへ』」
男が女、ぬれおなごに向けて傘を差しだした。
「『では、お言葉に甘えさせていただきます。お優しい方』」
女はそう応えると、柳の根方から男の傘の下に入った。
「『それで、どちらまで？』」
「『どちらでも。あなたの向かうところまで』」
口をへの字に結んだままの男の問いに、ぬれおなごは応じた。
すると男は、無言のまま足を進めだした。
「『･･･何も尋ねないのですね』」
男とともに道を歩いていたぬれおなごが、ふと口を開いた。
「『尋ねる、とは？』」
「『なぜ私が、こんな雨の中、あそこにいたか』」
降り注ぐ月光を傘で受け止めながら、男は彼女に応じる。
「『興味がない、といえば嘘になります。が、あなたが傷つくようであるなら、聞きたいとは思いません』」
「『本当に優しい方』」
ぬれおなごがクスクスと笑う。
「『でも、聞いていただきます。こうして傘を貸してくださったのだから、最後まで見てもらわねば』」
ぬれおなごは、呼吸一つの間をおいて続けた。
「『私、慕っている方がいますの。ですが、その方はいつもつまらなさそうに口をへの字にして、私と目があっても表情を変えません。楽しいことがあっても、悲しいことがあっても、いつもへの字口。だからつまらないことで喧嘩して、飛び出してしまいました』」
「『なるほど』」
女の短い身の上話に、男は頷いた。
「『では、ついでで俺の話も聞いてもらいましょうか』」
「『へえ、どんな？』」
「『なに、つまらない話です』」
傘を携えたまま、男は話を紡ぐ。
「『俺は、大昔の怪我のせいで、顔の筋が強ばってしまい、こんな表情以外の顔を作れません。俺がどんなに楽しくても、どんなに悲しくても、俺の顔はいつもへの字口。だから、いつも妻とはつまらないことで喧嘩してしまいます』」
「『あらあら』」
男の話に、ぬれおなごは口元に手を当てた。
「『きっとあなたが慕っている人も、俺のように表情を変えるのが苦手なのでしょう。きっと心では、あなたにむかって笑っていると思います』」
「『でも、私からはあの人が笑っているかなんて、わかりません』」
「『では尋ねればいいのですよ、あなたはどんな気持ちですか、と』」
そこまで言葉を交わしたところで、いつしか二人は一軒の家の裏手にきていた。
「『ここまでで結構です』」
「『ここで、よろしいのですか？』」
ぬれおなごの言葉に、男が尋ねた。
「『はい、ここがあの人の家。さっそく、あなたの言葉通り、尋ねてみることにします』」
「『それはそれは。色よい返事がもらえるといいですね』」
「『ええ。ここまでありがとうございました』」
「『こちらこそ、お力になれてよかった』」
ぬれおなごと男が互いに頭を下げると、ぬれおなごは男の傘の下からでていき、勝手口から家に上がっていった。
男は、ぬれおなごの背中を見送ってから、傘を閉じて歩きだした。
月光の降り注ぐ夜道を、今し方ぬれおなごの入った家屋の周りをぐるりと進み、正面玄関に立つ。
そして、男は戸に手をかけ、開いた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
男の言葉に、女の声が返した。
男は、手にしていた傘を玄関脇に立てかけると、家に上がった。
行灯の薄明かりの中に、ぬれおなごが座っていた。
しとどに濡れ、うなじや頬に張り付く髪の毛をまとめ、小袖の着物にまとったぬれおなごだった。
男は、ぬれおなごの向かいに腰を下ろすやいなや、口を開いた。
「さっきは、すまなかった」
男の口からでたのは、謝罪の言葉だった。
「お前のことをジロジロ見ていたのは、お前の姿に見とれていたからだ。表情のせいでただジロジロ見ていたようにしか感じられなかったかもしれないが、どうか許してくれ。不快な思いをさせてすまなかった」
「私もです」
ぬれおなごが、男の謝罪に応じる。
「縫い物がはかどらず、少々いらついていたせいもあって、ついあんなことをいってしまいました。あなたが感情を表にあまり出さないというのを知っていながら、当たってしまってごめんなさい」
ぬれおなごはそう言うと、男に頭を下げた。
「顔を上げてくれ。こっちこそ、すまなかった」
「私の方こそ」
ぬれおなごは顔を上げると、ふと意地悪そうな表情を浮かべ、口を開いた。
「あなた･･･今、どんな気持ちですか？謝罪の言葉や、申し訳ない以外で答えてくださいね」
「･･･怖かった」
ぬれおなごの問いに、男はへの字の口を開いた。
「喧嘩して、いつものように飛び出していったお前が、いつものようにあの柳の下にいるか･･･怖かった。今度こそ、あの場所にいないのではないかと思えて、怖かった。だが、お前があそこにいて、俺が迎えに行けて、こうして謝ることができて･･･今はほっとしている」
「あなた･･･」
ぬれおなごは男を呼ぶと、ふっと穏やかな笑みを浮かべ、畳の上を男に向けてにじり寄った。
そして、男の身体に突然抱きついた。
「どうですか？私はどこにも行きませんし、こうしてあなたのそばに戻ってきましたよ」
「ん･･･」
男は小さくうめくと、着物が濡れることに何の戸惑いもなく、ぬれおなごの背中に両腕を回した。
じっとりと湿り気を帯びた着物が腕に触れ、濡れた布地越しに彼女の細い肩が感じられる。
「･･･ああ、ここにいるな」
口をへの字に結んだしかめ面のまま、男はそうぬれおなごの実感に感想を漏らした。
「ふふ･･･」
ぬれおなごは小さく声を漏らすと、男の首元に軽く顔を擦りつけ、腕に力を込めた。
男とぬれおなごの身体が密着し、着物に包まれた彼女の乳房が、男の胸に押し当てられる。
ぬれおなごの乳房が冷たいのは、彼女の着物が濡れているほかに、彼女自身が水のようなもので身体を成すもののけだからだろうか。
だが、男はひんやりとしたぬれおなごの身体の奥に、温もりがあるのを感じていた。
同時に、ぬれおなごもまた、男の身体を感じていた。
「ああ、あなた･･･もっと、あなたを感じさせてください」
男の身体を抱きしめ、両腕に抱かれながら、彼女が言葉を漏らす。
その声には微かな艶と熱がこもっていた。
「ああ」
男は短く応じると、ぬれおなごの顔に自身の顔を近づけた。
ぬれおなごが目を閉じ、薄く唇を開く。そして、普段はへの字に結ばれている男の唇が、彼女のそれに触れた。
柔らかな、湿り気を帯びるひんやりとした唇が、男の唇に感じられた。
「ん･･･」
男の腕の中でぬれおなごはもぞりと体を動かしながら、男との接吻を続けた。
顔面の強ばりゆえ、動きの固い男の唇をぬれおなごが吸う。
そして、ぬれおなごの身体の芯の熱が高まり、彼女の纏う着物がじゅん、と湿りを増す。
男は、手に触れるぬれおなごの背中を包む布地の湿りに、彼女の興奮を悟った。
少しだけ抱きしめる力が弱まり、彼女の背中を男の指が這い回る。
するとぬれおなごは身体を小さくふるわせ、男と彼女自身の唇の間から弱い吐息を漏らした。
感じているのだ。
男の手が、彼女の肩や背筋、腰の辺りを撫でるにつれ、ぬれおなごの着物が滴をしたたらせるほどに濡れていく。
ぬれおなごの着物は、ぬれおなご自身の身体でできている。
つまり、ぬれおなごが自身の着物の形を保てぬほどに、興奮しているのだ。
「っぁ･･･」
ぬれおなごが唇をはなし、小さく声を漏らした。
そして、頬を上気させ、潤んだ瞳で男を見上げながら、彼女は唇を開く。
「ああ、あなた･･･もう、我慢できません･･･」
震える唇からそう紡ぐと、彼女の体を覆う着物が、とろりと形を失った。
「どうか、もうお情けを･･･」
男に対して紡ぐのは、懇願の言葉。
しかし、着物を成していた彼女の一部分は、言葉とは裏腹に男の身体に絡みついていった。
男の胸にすがりつき、その背中に液体が回る。
太腿からつま先へと、撫でるように粘液が延びていく。
両腕を彼女の一部が絡めとり、手をつなぐよりもねっとりと絡みつく。
「う、お･･･！」
着物に染み入り、肌に触れる液体の感触に、男が声を漏らした。
険しく強ばった表情からは、苦悶の声にしか見えぬが、ぬれおなごは知っていた。その声が、驚きと快感をはらんだものであることを。
「ああ･･･こんなに･･･」
着物の内に自身の一部である液体をしみこませたぬれおなごが、下着に包まれた男の分身に、そう声を漏らした。
男のそこは、いつの間にか固くそそり立っており、絡みつく粘液の感触に、びくり、びくりと震えていた。
「苦しそう･･･今、楽にして差し上げますね･･･」
ぬれおなごがそう呟くと、衣服に染みいった彼女の液体が、もぞりもぞりと蠢き、男の衣服を脱がしていく。
固く締められた帯がゆるみ、着物がはだけ、下着が取り去られる。
そして、首から下をやや青みがかった液体に薄く包まれた男が、生まれたままの姿をぬれおなごに晒した。
「うぅ･･･」
男が声を漏らし、彼の両足の付け根で肉棒が跳ねる。
すると、肉棒に絡みついていた液体が、潮が引くように屹立から離れていった。
「あ･･･」
「ふふ、あまり苦しそうなので、離れました」
ぬれおなごが、男の声混じりの吐息にそう応じた。
だが、男は何かを言いたげに、彼女を見つめるばかりだ。
無理もない。粘液に包まれていた勃起を中途半端に放り出され、不満が腰の奥に残っているのだ。
男の表情とうめき声からは、苦しげな様子しかうかがえないが、ぬれおなごは彼の本心を知っていた。
「あら？もしかして違ったのですか？」
どこか意地悪そうに、ぬれおなごが尋ねる。
「うぅ･･･お前なら、わかるだろう･･･」
「いって下されないと、わかりませんよ」
への字に結んだ口をますますゆがめ、男が珍しく羞恥めいた感情を露わにする。
「さあ、今どのようなお気持ちですか？」
「･･･頼む、もっと触って、くれ･･･」
「はい、かしこまりました」
男の正直な言葉に、ぬれおなごはにっこりと微笑んだ。
「ですが、私の部分は使いません」
ぬれおなごは立ち上がると、床に座り込んだ男の目の前で、足を広げた。
「ここで、あなたを気持ちよくしてさしあげます」
そう言いながら、彼女は両足の付け根の亀裂を、指で押し開いた。
内側から、とろりと水飴のようにねっとりとした透明な液体が溢れだし、太腿を伝っていく。
そして、彼女は男の腰をまたぐと、ゆっくりと腰を下ろし始めた。
「さ、入りますよ･･･」
「ああ･･･」
ぬれおなごの言葉に、男が同意とも期待ともつかない声を漏らした。
やがて、ぬれおなごの両足が開ききり、屹立が彼女の内側に沈み込んでいく。
ぬちゅり
濡れた音を立てながら、男の分身が飲み込まれていった。
「あぁぁ･･･あぁ･･･」
ぬれおなごが、ため息混じりに声を漏らした。
腹の奥から絞り出されるような声音であったが、そこに苦しげな様子はなかった。
ただただ、心地よい、温い湯に肩まで浸かって漏らす声のような、安らぎが宿っていた。
男の方も、眉根を寄せながら歯を食いしばっていた。
だがぬれおなごと同じく、表情と裏腹に苦悶の様子はない。
肉棒が胎内を押し広げる感触と、屹立を粘度の高い液体に包まれる感触を、二人は楽しんでいた。
「ん･･･」
ぬれおなごが声を漏らし、少しだけ腰を動かす。
ほんの少し、姿勢を変えるような身じろぎのようであったが、彼女の内側は身じろぎ以上に蠢いていた。
ぬれおなごの胎内、人の形の内側に詰め込まれた、着物を形作っていたものと同じ液体が、肉棒を包み込むように渦を描き始めたのだ。
にゅるにゅるにゅるにゅると、ねっとりとした摘めそうなほど固い液体が、男の分身を撫で回していく。
「うぅ･･･」
男は、渦が織りなす幾筋もの粘液の襞に、ゾクゾクとするような快感を覚えた。
粘液が絡みつき、腰の奥をむずむずとくすぐる。
屹立の先端からは、いつしか先走りがにじみ出し、粘液の渦に絡めとられ、彼女の内に混ざっていった。
「あぁ･･･もっと、もっと･･･」
男が粘液の感触に快感を覚えている一方、ぬれおなごもまた快感におぼれつつあった。
己の腹の奥を炙る肉棒の熱と、粘液の渦が感じ取る男自身の形に、彼女の興奮もまた高ぶりつつあった。
彼女は、男とつながったまま彼の上体にすがりつき、一糸纏わぬ男の肌に張り付かせたままだった粘液を波立たせた。
彼女と男の肌を、ぬれおなごの一部分がくすぐっていく。
薄く広がる粘液に生じたさざ波は、粘液の表面はもとより、その裏側にも及びながら、男の全身に広がっていった。
首元から生じたさざ波が、男の胸板と押しつぶされる乳房の隙間を通り抜け、腹をくすぐり、禍福を撫で、太腿をたどってつま先へ抜けていく。
胴と胴、腹と腹、尻と太腿。
対面座位で交わる男とぬれおなごがふれあっている部分はそれだけだったが、ぬれおなごの生じさせるさざ波は、二人の興奮を煽るには十分だった。
「んぁ･･･あぁぁ･･･！」
さざ波一つが男の身体を撫で回す度、男の快感を代弁するように、ぬれおなごがあえぎを漏らした。
男の身体を包み込んでいるのは、ぬれおなご自身。
男が粘液のさざ波を感じているのと同時に、彼女自身も男を感じているのだ。
快感と興奮の高まりに、ぬれおなごの胎内の渦は徐々に速度を増し、その一方で粘りを強めていった。
肉棒の形になった粘液が無理矢理向きを変えられ、粘液の固まりが肉棒を擦る。
張り出したカリ首や、膨れた裏筋、浮かぶ血管を粘液に擦りたてられ、男は自信の限界が近いと喧伝するように、全身を力ませた。
「ああ、もう･･･もう･･･！」
ぬれおなごは胎内で脈打つ肉棒の感触に、そう声を上げながら、両足を男の腰に回した。
彼女の両足が男の腰を締め付け、二人の密着感が増す。
同時に、繋がり合う二人の陰部もより深く沈み、肉棒はおろか精の一滴さえ逃すまいという意志が見受けられた。
だが、男には逃げるつもりはなかった。
ぬれおなごが足を絡め、思い切り抱きしめたおかげで近づいた彼女の唇に、男は自ら唇を寄せた。
「！」
不意の接吻に、ぬれおなごが目を見開く。
ぬれおなごの驚きは、そのまま胎内の粘液に伝わり、渦を成す液体の圧力を強め、屹立を締めあげた。
「うぐ･･･！」
男が低く声を漏らし、身体をふるわせた直後、彼女の胎内で白濁がはじけた。
びくりびくりと肉棒が脈打ち、心臓から直接送り出されているかのように、勢いよく精液が迸っていく。
「んぅぅ･･･！」
ぬれおなごが声を漏らし、ぎゅっと目を閉じながら、男の白濁を受ける。
やけどしそうなほどの熱を帯び、自身の胎内の粘液にも劣らぬほど固い精液。
男から迸ったものと、自分自身が混ざり合っていく感覚に、彼女は目もくらむような絶頂へと導かれていった。
そして男もまた、粘液のもたらす快感とともに、彼女の身体に自分の一部を混ぜ込むという、ぬれおなごと自分が文字通り一つになっていく心地よさを脳の随で味わっていた。
やがて、男の精の迸りが弱まり、二人の絶頂が落ち着く。
「ぷは、はぁはぁはぁ」
「はぁ･･･！はぁ･･･！」
唇をはなし、いつの間にか止めていた息を重ねながら、二人は絶頂の余韻に浸っていた。
そして、二人は呼吸を程々に落ち着けたところで、どちらからともなく再び動き出していた。
夜は、二人の交わりはまだ始まったばかり。
雨こそ降っていないが、初めて互いの気持ちが通じ合ったあの夜のように、二人は今日も交わるのだった。
13/01/25 20:55更新 / 十二屋月蝕
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