Good Bye My Wrestling
酒瓶を公園のごみ箱に放り込み、二人はジムに向けて歩きだした。
ジェイソンの呼気からは酒のにおいがしていたが、酔いは完全に醒めているようだった。
「それで・・・どんな試合を組むつもりなんだ?」
住宅の合間を抜けながら、ジェイソンが傍らを歩くドラゴンに尋ねた。
「いや、細かくは考えてないが、お前が現役だった頃の試合を参考にしようと思う」
「でも、人間の試合は地味なんだろ?」
「その辺は、演出やら打ち合わせで・・・」
「あのなあ」
ジェイソンはため息を吐いて続けた。
「確かに、俺たちの時代は試合前に打ち合わせで試合運びを決めていた。だがそれは、試合を盛り上げるための打ち合わせだったんだ。打ち合わせをしつつも、真剣試合に見せかけるため、俺たちはリングの上では本気だった」
「だから、お前の引退試合も・・・」
「今、そうやって本気で打ち合わせ済みの試合にでてくれるベテランレスラーがいるのか?」
「そ、それは・・・これから探せば・・・」
ジェイソンの問いに、ドラゴンは言葉を濁した。
「仮に乗ってくれるレスラーがいたとしても、今の時代人間同士の試合なんて、客は入らねえ。依頼主サマも、閑散とした客席の真ん中で、俺が引退試合をやっても、おもしろくないだろう?」
「まあ、確かに・・・」
もはや依頼主とドラゴンが同一人物であることは明らかだったが、ジェイソンのあえてそう表現した。
「しかし、それでは魔物相手の試合を組むことになるが・・・」
「ああ、そっちの方がいい」
ドラゴンの問いに、ジェイソンが頷く。
「勝っても負けても、それなりに絵にはなるからな」
「だったら、試合に応じてくれそうな魔物を見つけないとな」
「いや、もう目星はつけてある」
ジェイソンはそう、ドラゴンに答えた。
「オレと試合?」
練習用のリングの傍ら、天井からつるされていたサンドバッグに拳を振るっていたミノタウロスが、ジェイソンの申し出に目を丸くした。
「頼む。是非、お前さんとやり合いたいんだ」
「・・・・・・」
ドラゴンが複雑な表情を浮かべる傍ら、ジェイソンは重ねて、自分より一回りは背丈の大きいミノタウロスに頼み込んだ。
「ええと・・・そりゃ、あんたみたいに逞しい男から挑戦してもらえるのは嬉しいけど・・・でもオレ、もう旦那いるし・・・」
「いや、そういうのじゃない」
困ったように頬を掻くミノタウロスに、ドラゴンが口を開いた。
「プロポーズのための挑戦とかじゃなくて、単純にこの男と対戦してほしいだけなんだ」
「そうだ、『俺が勝ったら嫁になれ』とか言うつもりはない。俺の引退試合の、対戦相手をしてほしいだけなんだ」
「何だ、そうか・・・でも、どうしてオレなんだ?」
ドラゴンとジェイソンの言葉に、ミノタウロスは問いかけた。
「そこのドラゴンを相手にした方が、オレみたいな既婚を相手にするより実があるんじゃないのか?」
「確かに、このドラゴンに頼む方が楽だ。ただ、こいつは小さすぎる」
傍らのドラゴンに目を向けながら、彼は続けた。
「確かにドラゴンは強いかもしれないが、リング上で俺が二回りも小さいドラゴンを相手にしても、見栄えがしないだろう」
「それに私は魔物で、こいつは人間だ。引退試合で小柄な魔物に負けては、情けないだろう」
「それで、ガタイの立派なオレに声かけたってわけか・・・」
納得がいったように、ミノタウロスは頷いた。
「もちろんそれだけじゃない」
ミノタウロスに向け、ジェイソンは言葉を続ける。
「話に聞いたが、レスリングはもう魔物にとっても人気がなくなりつつあるそうだな」
「まあ、そうだな」
「だというのに、お前さんはジムに来てサンドバッグを相手にしている。既婚だというのに、だ」
「・・・なにが言いたい?」
「お前さん、試合をしたいんじゃないのか・・・?」
ミノタウロスの本心を推測しながら、ジェイソンは問いかけた。
「出会いがどうだったかは知らないが、お前さんは試合か力比べの末、今の旦那を手に入れた。だが、実はもっと誰かと戦いたいんじゃないのか?誰かと戦いたい、拳を振るいたいって欲求が溜まって、こうやってサンドバッグをブン殴ってごまかしてるんじゃないのか?」
「・・・ただの運動のためかもしれないぞ?」
「かも、な。ただ、ダイエットにしては、少々力がこもっていみたいだな」
「・・・・・・」
ミノタウロスは、ふうとため息を挟んで、続けた。
「確かに、オレは戦いたいんだ。もちろん、旦那のことは好きだ。それでも、それとは別に体が戦いたいって求めてるんだ。でも旦那がいるからほかの男を相手にはできないし、魔物に声かけてもスルーされる・・・」
彼女は言葉を切り、くるりとサンドバッグに向き直ると、拳を固めて思い切り革袋を殴りつけた。
「思い切りブン殴って、ブン殴り返されたい・・・!」
ぎしぎしと音を立てながら揺れるサンドバッグに聞かせるように、ミノタウロスはそう続けた。
「ならば、私たちが一回だけその場を提供する」
「俺の引退試合の相手をしてほしいんだ」
三度目になる頼みごとを、二人は繰り返した。
「リングにあがり、ジェイソンの相手をする。試合終了後、勝敗に関わらず謝礼は支払うし、求婚もしない」
「お前さんの戦いたいって衝動を、思い切り俺にぶつけてくれるだけでいいんだ」
「・・・本当だな・・・?」
「ああ、約束する」
「思い切り、ブン殴ってもいいんだな?」
「俺は殴り返しもするし、手加減もしない」
「それでいい・・・旦那がどういうか分からないけど、オレは受ける」
ミノタウロスは、どこか満足そうに頷いた。
「ありがとう」
「まだ礼は言うな。旦那がダメだって言ったら、お断りだけどな」
「それでも、お前さんが試合を受けてくれるだけでありがたい」
ジェイソンは対戦相手候補者に、手を差し出した。
「オレも、久々に暴れられる話を持ちかけてくれただけで嬉しいよ」
ミノタウロスはそう返しながら、ジェイソンの手を握った。
ミノタウロスの握力は強く、彼の手に痛みが走るようだった。
それから、ドラゴンとジェイソンはジムの所長に話を通し、ミノタウロスとの試合を組んでもらうこととなった。
「会場は・・・」
「いつもの市民スタジアムでいいだろう」
「でも客席数が・・・」
「なあに、山のように席を用意して、チケットが一割も売れなかったときに比べれば、多少少ないぐらいがいい」
「まあ、ジェイソンがそれでいいのなら、無理強いはしねぇよ」
引退試合を、どこで、どの程度の規模で行うかについて協議を重ねながら、所長は軽く肩をすくめた。
「それに、お前さんがデケエ会場でやりたい、っつっても先立つものがないしな」
「ああ」
ジェイソンの貯金と、ジムの試合用予算。その二つが、ジェイソンの引退試合の予算だった。
「それで、会場を押さえて、チケットも揃ったとして・・・宣伝はどうする?」
所長は、そう二人に問いかけた。
チケットを印刷しても、人々が試合をやることを知らなければ、売れるはずがないからだ。
「宣伝だが私に心当たりがある」
ドラゴンが口を開いた。
「ジェイソンの行方を追う中、新聞社などを尋ねたが、ジェイソンのことを気にかけている連中が結構いた」
「結構って・・・何年前の話だ?」
ジェイソンが事故でリングを離れたのが五年前。ドラゴンが彼の行方を追い始めたのが四年前。
二年も表舞台にでなければ、話題はおろか記憶さえ人々の間から消え去ってしまう。
「昔の知名度に頼るのはあまり得策とは思えねえなあ」
「そうだ。だが、話題に上らぬともお前の名を知っている者は多い。だから新聞記者を招いて会見を開けば、無名の新人より話題を作ることができるはずだ」
「会見か・・・」
単純に広告を出す程度のことを考えていたジェイソンにとって、会見を開くことは盲点だった。
「昔はよそのジムと試合を組むときに、会見を開いて相手を挑発したりしたなあ」
所長が懐かしそうな目で上方を見上げながらつぶやいた。
打ち合わせをした上ではあるが、会見の席で選手が互いに相手を挑発しその場で乱闘を始めそうなほど場を盛り上げる。無論その場で手を出すことはせず、決着は試合会場で、というやり方だ。
「でも、今度の試合は同じジム同士ですからねえ・・・」
ジェイソンとミノタウロスが互いを挑発しても、ただの内輪もめにしか見えないだろう。
ジェイソンは頭を振った。
「いや・・・もしかしたら、いけるかもしれない」
ふとドラゴンが口を開いた。
「いけるって・・・どうやって内輪もめを盛り上げるんだよ?」
ドラゴンの言葉に、ジェイソンが聞き返す。
「単純な話だ。内輪もめでなくすればいい」
ドラゴンは、至極簡単なことのように言った。
数日後、ジェイソンとドラゴンは、ジムの所長や対戦相手のミノタウロスとともに、ジムにほど近い貸し会議室にいた。
四人は会議室の壁を背に座っており、四人と向かい合うように置かれた二十ほどのパイプイスには、十数人の新聞記者が腰を下ろしていた。
新聞記者の表情は、とりあえず仕事できたというつまらなさそうなものから、久々にジェイソンの姿を見たという興奮に彩られたものまで、様々だった。
「おはよう、新聞記者諸君」
会見の開始時刻を迎え、ジェイソンが口を開いた。
「今日は集まってくれて、ありがとうよ」
無表情のドラゴンと、苦虫をかみつぶしたような顔の所長、そして戸惑いを隠しきれない様子のミノタウロスと並んで、ジェイソンは続ける。
「今回集まってもらったのはほかでもない。今日はこの俺、スマッシャージェイソンがリングに上ることを、伝えにきた」
記者の一部に動揺が走った。
「五年前の事故の後、俺はしばらく隠居させてもらっていた。だが最近、レスリングの状況を耳にする機会があった。聞いたところによると、リングの上は魔物のお見合い会場になり果ててるらしいじゃねえか」
ジェイソンの表現に、ジムの所長の顔が怒気によって紅潮する。
「しかも、人間のレスラーが減ってきてるおかげで、お見合い狙いの魔物どもも引っ込んできてると来やがる。全く、俺が休んでいる間に、情けないことになったもんだ」
ジェイソンの挑発的な言葉に、新聞記者たちはメモに鉛筆を走らせ、彼の言葉を一言一句記録していった。
「そこでだ、たるみきったレスリング業界と古巣のジムにカツを入れてやるため、俺は魔物のレスラーと試合をしてやることにした。魔物が強すぎて人間じゃかなわない、ってことがただの言い訳だと証明してやるぜ。俺からは以上だ」
ジェイソンは隣に腰を下ろす所長に顔を向け、続けた。
「では、俺の元トレーナー殿、どーぞ」
「・・・・・・ジム所長だ。こんな挑戦を突きつけられて、我々としても困惑している」
口調こそ穏やかなものの、傍らのジェイソンに鋭い視線を向けながら、彼は続けた。
「半ば引退していたジェイソンがジムを訪れたときは懐かしくもあったが、こうも新しいレスリングを侮辱されては、我々としても彼の挑戦を受けざるを得ない。かつては無敗を誇っていたジェイソンだが、彼に初めて黒星をつけるのが我がジムの選手とは、皮肉なものだ」
「皮肉?確かに、お見合いレスリングに身売りしてまで獲得した魔物が、俺に叩きのめされるのは皮肉だな」
「何だと・・・!?」
横からのジェイソンの言葉に、所長が立ち上がった。
「貴様のような若造が、大きな口を叩けるようになったな!」
「そっちこそ、ヨボヨボのジジイ寸前のくせに、よくもまあ現役面して魔物の指導ができるな」
負けじとジェイソンも立ち上がりながら、そう返す。
「いいか、ジェイソン。貴様をたたきつぶすのは、我がジムが鍛え上げた最強のミノタウロスだ。さっきはお見合いレスリングなどと言ってくれたが、リングはお見合いの席じゃない。お前の引退式、いや、お前の葬式会場になるんだ!」
「お見合い会場じゃないってところには同意だな。そのミノタウロス、既婚だろ?リングがお見合い会場だったら、試合後に旦那さんが困っちまうじゃねえか。それに、俺の嫁は勝利の女神だしな」
「小僧・・・!」
デビュー前、練習生だった頃のジェイソンの呼び名を所長は繰り返すが、ジェイソンは涼しい顔をしていた。
「というわけでだ、記者諸君。俺は所長のお気に入りをぶっつぶして、現在のレスリングにカツを入れてやる」
「違うな。旧時代の遺物が完全にぶちこわされるんだ。記者諸君、試合当日にどちらが正しいか証明される。どうか、見届けてほしい」
「へ!自分の弟子が負けるって言うのに、よく宣伝できるな!」
「・・・・・・・・・ジム側からは以上だ。私たちは引き上げる」
ジェイソンをにらみ、記者たちに軋みが聞こえそうなほど歯を食いしばってから、所長はそういい残して立ち上がった。
遅れてミノタウロスが席を立ち、貸し会議室を出ていこうとする所長に追いすがる。
「所長!かつての弟子から挑戦を受けるのはどういう気分ですか!?」
「スマッシャージェイソンは、事故後ほぼ引退状態だと聞いていましたが、試合は本当にできるのですか!?」
「そちらのミノタウロスの実力は!?」
記者たちが歩く所長に質問を投げるが、彼は一言も応じることなく、ミノタウロスとともに会議室を出ていった。
「はい、血管の切れそうなジジイがでていったところで、質問タイムだ。俺はあのケチとは違うからな。どんどん質問してくれ」
「ジェイソン選手!試合への意気込みは!?」
「現在のレスリングに対して一言お願いします!」
「そちらのドラゴンは一体!?」
記者たちの質問が、ジェイソンに向けて降り注いだ。
「大成功だったな」
ジムの事務室で、所長は新聞を数紙応接テーブルに広げながら笑みを浮かべた。
スポーツイベントを主に扱う新聞はもちろん、政治や経済を扱う一版紙でさえ、昨日のジェイソンの会見が大きく取り上げられていた。
いずれも、ほぼ消息不明だった伝説のレスラーが、現在のレスリング業界に挑むという流れだった。そしてジェイソンに対する評価も、新聞社によって時代の流れに取り残された馬鹿者であったり、魔物と時代に戦いを挑む勇者であったりと別れていた。
「まあ、無名の新人ががなりたてたところで、こうは行かなかっただろうな」
紙面にならぶ、昨日の自分の発言を読み返しながら、ジェイソンは恥ずかしげに頬を掻いた。
「話題性は十分だな。すでに昨日の会見から今朝までの間に、チケットも二割ほど売れたそうだ」
「ほう・・・まだ記事にもなっていないのにか」
所長の言葉に、ジェイソンの傍らに座っていたドラゴンが目を開く。
「ああ。今朝新聞がでたから、話題が広まる。そうなれば、今週中にチケットが完売するかもしれない」
「でも・・・そんなに客が来て、大丈夫かねえ・・・」
どこか心配そうな様子で、ミノタウロスが呟いた。
「大丈夫かって、何の話だ?」
「いや、ジェイソンがあんな大見得を切るのはいいけど、いざ試合となって、あっと言う間にオレが倒しちまったら・・・お客さん怒らないか?」
「ンな心配してたのか」
ミノタウロスの杞憂に、ジェイソンが笑う。
「安心しろ。お前さんのサンドバッグ打ちは見させてもらったが、十発二十発殴られたぐらいじゃ、俺は倒れねえよ」
「いや、でも・・・」
「むしろ遠慮してあまり殴らない方が困るくらいだ」
ジェイソンの言葉に、ドラゴンが頷いた。
「そうだ。本気でぶつかり合わないと、とたんに嘘っぽくなってしまうからな」
「だから、お前さんには全力で向かってきてほしい」
「分かった・・・全力で、やらせてもらう」
不安は残るようだったが、ミノタウロスはジェイソンとドラゴンの頼みに頷いた。
「よーし、じゃあ当日はよろしくな」
「ああ、よろしく」
「それじゃ所長、俺はこいつと試合の打ち合わせにはいるので、ミノタウロスはトレーニングに戻してやってください」
「分かった」
所長が応接ソファから腰を浮かすと、ミノタウロスが怪訝な表情を浮かべた。
「試合の打ち合わせ?オレはいなくていいのか?」
「ああ。本当はお前さんにも聞いてもらって、試合運びに協力してほしいが・・・なれてない奴がやると、どうも動きが堅くなるんだ。だからお前さんには秘密のまま、ぶっつけ本番で俺と勝負してほしい」
「仕方ないな。お前の作戦、楽しみにしてるぞ」
ミノタウロスは、どこか楽しげにほほえむと、応接ソファから恋を羽化した。
そして、所長とともに事務室を出ていった。
「・・・・・・本当に、試合をやるんだな・・・」
新聞を見下ろしながら、ドラゴンが感慨深そうに漏らした。
「ああ。今更悔やんでも、二週間後にリングにたつのは確定だ」
新聞記事の下、試合の広告に記載された日付を見ながら、ジェイソンが頷く。
「それで、どういう試合運びにするつもりなんだ?」
「ああ、私の方でいくらか考えてきた」
ドラゴンは数枚の紙を取り出すと、新聞の上に広げた。
「会見では伏せていたが、お前の引退試合だからな。最後に華を飾りたいだろう。だから、私なりにミノタウロスとスパーリングしたりして、彼女の癖を探ったりした」
紙の数枚には、ドラゴンの言うとおりミノタウロスの挙動について記されているようだった。
「ミノタウロスは一撃一撃は重いし、瞬発的なスピードもある。だが動き自体は単純だ。だから動作の前の予兆を捉えれば、どう攻撃するか見抜けるはずだ」
「そして、攻撃を当ててダメージを溜めて、最後に大技でドーン、か・・・」
ミノタウロスの動きの癖とは別の、試合の流れについて大まかに記した紙を見ながら、ジェイソンが言う。
「でも、大技って何だ?重量落としか?」
対戦相手を重量挙げの要領で頭上に掲げ、そのままマットめがけて叩きつけるジェイソンの得意技に、ドラゴンは頭を振った。
「いや、あれは膝にかなりの負担がかかる」
そう。ジェイソンの腕力ならば、対戦相手のミノタウロスなど楽に持ち上げられるだろう。その方が見栄えもよいが、膝は深刻なダメージを負うことは避けられない。
「だから、いくつか必殺技の候補を考えてきた」
ドラゴンが続けて取り出したのは、絵と文字のならぶ紙だった。
いずれも各種格闘技を参考にしているらしく、レスリング向けに改良されたどこか見覚えのある技が並んでいた。
「この二段カタパルトはおすすめだ。技名に改良の余地はあるが、相手に一撃目の拳を当ててから、腕に沿って二撃目を・・・」
「うーん・・・」
ドラゴンの解説を聞きながら、ジェイソンは眉間にしわを寄せて呻いた。
一枚一枚、技の概要と細かい動作を頭に入れながら、彼は読み進めていく。
「何というか・・・どれも、堅実だな」
時間をかけ、ドラゴンの出した候補を頭に納めてから、彼は呟いた。
「堅実、というと?」
「ああ、格闘技を参考にしているらしく、どれも食らったら効きそうだって言うのは分かるんだ。ただ、それだけだ」
目を閉じ、ドラゴンのお勧めだという二段カタパルトを脳裏で受け止めながら、彼は続ける。
「二段カタパルト・・・一撃目を食らってから、もう一発拳が飛んでくるのは、まあよくある。ただ、一発目で作った拳の道筋を辿って飛んでくるから、二発目も確実に決まるってのは恐ろしいな」
「そうだろう、そうだろう」
「ただ・・・そんな技で見栄えすると思うか?」
ジェイソンの問いかけに、ドラゴンが言葉を失った。
「確かに、よけるのは難しいし、顎だとかに二発も食らえばひっくり返っちまうな。だが、それだけだ。ついさっきまで拳と拳をぶつけ合っていたレスラー同士が、拳を二発食らっただけでひっくり返る。たしかにダメージは重いかもしれないが、それをみた観客が納得すると思うか?」
「しかし、現にダメージは・・・」
「観客には、目で見えるものと耳で聞こえるものしか届かないんだ。思いっきり、『そりゃ立ち上がれねえよな』って言うような説得力のある大技を食らうまで、レスラーは倒れられないんだ」
「説得力・・・」
ドラゴンは必殺技候補に目を落とした。
「ほんのちょこっと顎を拳がかすめた。腹に少々膝が食い込んだ。確かにそれぐらいでしばらくは動けなくなるだろうが、そんなんじゃ客は納得しねえ」
「じゃあ、どうすれば・・・」
「一つ案がある」
ジェイソンはドラゴンの目を見つめながら、続けた。
「誰もが納得する、俺の引退試合を飾るにふさわしい必殺技が、な・・・」
二週間後、市民スタジアムの周りに、黒山の人だかりができていた。
ジェイソンとミノタウロスの試合を見るための観客だ。
一見すると男が多いようにも見えたが、実際のところ魔物と半々といったところだろうか。
レスラーのように立派な体つきの男や魔物が、それぞれのパートナーと談笑しながら列をなしている。
すでに開場は始まっており、リングを囲む席を、観客が埋めつつあった。
そして、会場に向かう通路に用意された控え室に、ジェイソンの姿があった。
レスリング用の厚手のパンツに、レスラーブーツをまとっただけの姿。五年前、リング上では無敗を誇っていたスマッシャージェイソンの姿が、そこにあった。
「・・・・・・」
ジェイソンは緊張した面もちで、用意されていたイスに座って鏡を睨みながら、わずかに届く観客の喧騒を聞いていた。
「失礼する」
ノックの音の直後、声が響き控え室の扉が開いた。
「ジェイソン、もうすぐだ」
「ああ・・・」
ドラゴンの言葉に、ジェイソンは低い声で応えた。
「ジェイソン」
「何だ?」
「お前・・・本当に、やるつもりなのか?」
イスから立ち上がったジェイソンに、ドラゴンが尋ねた。
「まだ、ほかに方法はあるはずだ。試合まで後五分はある。だから・・・」
「前に言っただろう。レスリングなんざただの見せ物だって。試合の流れも勝敗も決まっている作りものなんだ」
鏡越しに、控え室の戸口にたつドラゴンを見ながら、彼は続けた。
「だが、リングの上での殴り、殴られは本物だった。観客を納得させるために、リングの上では本物の殴り合いをしていたんだ」
「だからって・・・」
「観客を納得させ、俺が引退するためには必要なんだ。さあ、そろそろ行くぞ」
鏡に背を向け、ジェイソンは戸口に向き直った。
そして、場所を空けたドラゴンのそばを通り抜け、廊下に出る。
ドラゴンを連れながら、彼は会場に向かった。
徐々に観客の喧騒が大きくなり、通路の向こうにリングが見えてきた。
「ジェイソンさん、お待ちしてました」
会場スタッフが、ジェイソンを呼び止めた。
「もうすぐ出番ですので、少しここで待っていてください」
「ああ・・・」
司会のコールにあわせて入場する。何年ぶりだろうか。
「セコンドの方はこちらへ」
「分かった・・・ジェイソン」
ドラゴンが、スタッフとともにジェイソンから離れる寸前、声をかけた。
「何だ?」
「スマッシャージェイソンなら、勝てるさ」
「・・・ああ、もちろんだ」
ジェイソンが頷くのを確認してから、ドラゴンはスタッフとともに通路を離れていった。
「ふぅ・・・」
ジェイソンは深呼吸を一つすると、通路の向こう、リングを見据えた。
真っ白な四角い決闘場を、何百もの観客が取り囲んでいる。
所長から聞くところによると、会場のチケットはすでに完売し、空中投影魔法での中継公開も行われているそうだ。
数千、下手すれば数万に及ぶ目が、今か今かとリングを見つめているのだ。
『レディース、アーンド、ジェントルメン!ボーイズアンドガールズ、ヒューマンオアモンスター!』
通路を伝って、大きな女の声が会場に響いた。
『お待たせしました。まもなく世紀の大決戦、時代の流れを決めるレスリングの一戦が始まります!』
観客の興奮をあおり、試合への期待を高める司会の口上。ジェイソンは姿も知らない司会の言葉に、耳を傾けていた。
『魔物がリングに上がって早数年!選手の寿引退が続くレスリング業界をお見合いと切り捨て、時代にカツを入れるのは!どこに行っていた王者、スマッシャージェイソンだあああっ!!』
名を呼ばれると同時に、ジェイソンは通路を進み、会場に出た。
扉はおろか、薄布一枚すらなかったというのに、会場に一歩足を踏み入れると同時に熱気と歓声が彼を迎えた。
「ジェーイソン!ジェーイソン!」
「ジェイソン!待ってたぞ!」
客席を埋める男に女、そしてまばらに混じる魔物が、リングへと続く通路を進むジェイソンの名を連呼していた。
もちろん、通路近くにいるのはジェイソンの古いファンかもしれない。だがそれでも、数十人が彼に向けて歓声を上げていることに代わりはなかった。
「よう、みんな!戻ってきたぜ!」
ジェイソンは軽く手を掲げ、歓声を上げる観客に応えながら、リングに上った。
ロープをくぐり、マットの上に立つ。
そして、リングの中央に仁王立ちになり、彼は両手を掲げた。
観客の声が空気を震わせ、ジェイソンの肌を打つ。
『ジェイソンの挑戦を受けるのは!お見合いレスリングなどとは呼ばせない、魔物による新時代のレスリングを見せてやる!ミノタウロスだぁぁぁあああっ!!』
司会の絶叫と化した呼び声に、ジェイソンが出てきたのとは反対側の通路から、ミノタウロスが姿を現した。
ジェイソンはゆっくりとリングに向かう彼女のため、そっとリングの端に身を引いた。
「がんばってー!」
「人間なんかに負けるなー!」
「魔物の力、見せつけてやれ!」
緊張した面もちで進むミノタウロスに、観客の声が降り注ぐ。
だが、彼女には声援に応える余裕などないらしく、ただまっすぐにリングに向かって足を進めるばかりだった。
やがて、リングサイドの踏み台をあがり、ロープをくぐってマットの上に彼女も立った。
短パンで腰を覆い、豊かな乳房は幅広の革バンドで揺れぬよう押さえ込まれていた。
おかげで、彼女の太く逞しい四肢や、薄い志望越しに浮かび上がる腹筋が、ジェイソンにはよく見て取れた。
魔物とはいえ女、などという甘い考えは完全に捨てていたが、それでもジェイソンの胸の内に驚きめいたものが芽生えていた。
『レフェリーが入場しました!』
「両者、中央へ」
司会の声の直後、ワイシャツにスラックス、そして蝶ネクタイを締めた、レフェリースタイルのアヌビスがリングに上がり、二人を招き寄せる。
ジェイソンとミノタウロスは、レフェリーの指示のまま、リング中央にたった。
「目つぶし、金的、噛みつき、武器の使用は禁止だ。間合いを取って様子を見るのは結構だが、三十秒以上なにもしなかったら注意が入る。いいな?」
「大丈夫だ」
「あ、ああ・・・」
レフェリーのルール確認に、二人は頷いた。
「一ラウンド三分で、全三ラウンドの勝負をしてもらう。ラウンドごとに判定を行い、勝ち数の多い方が勝者だ。また、ダウンの際にはカウントが入り、十カウントで負けだ」
聞きなれたレフェリーの言葉に、ジェイソンはどこか場違いな懐かしさを覚えていた。
「それでは、両者の健闘を祈る・・・両者、コーナーへ!」
リングの角、ラウンドの合間に戻るべきコーナーに、二人は引き返した。
ジェイソンのコーナーには、いつの間にか入場していたのか、ドラゴンがロープの向こうに立っていた。
「緊張は、してなさそうだな」
「お前ほどじゃないが、多少はな」
ロープをぎゅっと握りしめながらのドラゴンの言葉に、ジェイソンは笑みを浮かべた。
「そう緊張していないのはいいが、余裕のようだな・・・大丈夫か?」
「ああ、どうにもようやく実感が芽生えてね・・・」
「実感?」
「俺が、リングに戻ったって言う実感だ」
「セコンドはリングを降りて!両選手、用意!」
ジェイソンがそこまで言ったところで、レフェリーの鋭い声が響いた。
ドラゴンは一度ジェイソンの顔を見てから、ロープから指をはなしてリングサイドに降りていった。
「よし・・・」
ジェイソンはリング中央に向き直り、ミノタウロスの方を見据えた。
ミノタウロスも少し腰を落とし、身構えながら彼の方を睨み返してきた。
その瞳に、試合に対する緊張は宿っておらず、ただ純粋な闘争の炎が燃えていた。
「ファイッ!」
選手の声とともに、ゴングが高らかに鳴り響く。
『さあ、始まりました旧時代VS新時代、人間VS魔物の1ラウンド目!』
司会が実況めいた口上を述べるが、ジェイソンに耳を傾ける余地はなかった。
ミノタウロスが、いきなりタックルを仕掛けてきたからだ。
「っ!?」
『おおっと、いきなりのタックルです!』
ジェイソンはまっすぐ向かってくる、下手すればこれまで相手してきたレスラーの誰よりも早いタックルに、とっさに横に飛んで逃れた。
ジェイソンのいた場所を、ミノタウロスの二本の角と巨体が通り抜け、リングポスト近くのロープが彼女の体を受け止めた。
『ジェイソン、タックルを難なくかわした!さすがはベテラン!』
いや、違う。確かにこれまでの経験のおかげで避けることはできたが、難なくではなかった。
ジェイソンは姿勢を整え、まっすぐにミノタウロスの背後に駆け寄ると、その広い背中めがけて拳を振りおろした。
『ミノタウロス、タックル不発と体制の立て直しが追いつかず、ジェイソンから一撃、二撃と拳をもらう!』
人間に基本的な体の構造がにているためか、ミノタウロスの背中は堅かった。
背筋がジェイソンの拳の衝撃を受け止め、ダメージを通さない。
ジェイソンはとりあえずの三発目をたたき込もうとしたところで、ミノタウロスの足が小さく動くのを視界の端で捉えた。
瞬間、彼はマットを蹴って背後に飛んだ。
すると、遅れてミノタウロスの拳が虚空をなぎ払った。
リング中央に向き直りながらの、横薙ぎの一撃。
ドラゴンの『姿勢を変えるときは足から』という情報がなければ、今の一撃をもらっていただろう。
『降り注ぐ拳に、ミノタウロスが反撃!しかしジェイソン、蝶のようにこれをかわした!』
ミノタウロスはロープから離れると、何事もなかったかのように体全体で、ジェイソンに向き直った。
『ミノタウロス選手、ジェイソンの乱撃をものともしていません!さすがは魔物!人間がこの堅牢な肉体を打ち破れるのか!?』
実況の言葉を背に、ミノタウロスは少しだけ腰を落として身構える。
先ほどのタックルのように低いものではない。単に重心を落とし、安定感を高めるためだ。
おそらく、タックルはやめて純粋に殴る蹴るの戦いに持ち込むつもりなのだろう。
ジェイソンもまた、両腕を軽くミノタウロスに向けながら、身構えた。
『両者、にらみ合いにはいりました!攻撃をひらりひらりとかわすジェイソンに、全くダメージの通らないミノタウロス!互いに相手の隙をねらっております!』
実況の声が響くこと十秒。レフェリーの注意が入るにはまだ余裕があるが、ジェイソンは動いた。
先ほどのミノタウロスのように、姿勢を落として突進したのだ。
『ジェイソン動いた!タックルです!自分より巨大な相手に、タックルは通じるのか!?』
実況はそう声を張るが、ジェイソンの狙いは違った。
単に、にらみ合いの状況を打破し、相手にアクションを起こさせるためだ。
突進する彼の姿に、ミノタウロスは一瞬驚きながらも、腕を上げた。
指は広がり、方は背後に引き、腰が少し捻ってある。迫るジェイソンを迎撃するための、張り手の姿勢だ。
ジェイソンの左足がマットを踏み、右足が上がる。
後もう一歩で間合いに入る。ミノタウロスはそう踏んで、振り挙げていた手を動かした。
ジェイソンの足が動き、彼の体が徐々に彼女の張り手の範囲に入る。
だが、ジェイソンは羽化していた右足を踏み込むのではなく、左足のほぼ隣に踏み下ろして突進を止めた。
直後、ミノタウロスの手のひらが、彼女の中指が、ジェイソンの胸の前を掠めていった。
『空振ったぁぁああ!』
実況の声が響く間に、ジェイソンは殺しきれなかった突進の勢いをねじ曲げ、横に飛んだ。
彼の体が、ミノタウロスの迎撃張り手を放った腕側に回り込む。
張り手は空振りに終わり、もう一方の腕も胴を挟んだ反対側。彼女のそこは、がら空きだった。
「ふんっ・・・!」
ジェイソンは、拳を固めると、ミノタウロスのむき出しの太腿に向けて拳を打ち込んだ。
張り手のためにマットを踏みしめていたためか、彼女の太腿には一回り筋肉が膨れているのではないかと思うほどの力がこもっており、ジェイソンの拳に鈍い痛みをもたらした。
「く・・・!」
『ミノタウロス!太腿に一撃をもらった!』
張り手が振り抜かれ、彼女は姿勢を戻しながら、張り手とは反対の拳を固め、ジェイソンに向けて繰り出してきた。
ジェイソンの拳を受けた足が軸足となり、胴を挟んで反対側の足が、マットの上を滑る。
片足で全身を支えながらの体重の乗った拳。人間のレスラー相手でもあまり受けたくない一撃を、魔物が放とうとしていた。
だが、ジェイソンの内に恐れはなかった。
ジェイソンは彼女の太腿に拳を当てたまま、そのままさらに体重をかけたのだ。
太腿がぐいと押し込まれ、ミノタウロスの体が不意に傾ぐ。
「・・・!」
軸足を押されたことでの重心の移動に、ミノタウロスが表情に焦りを浮かべた。
踏みとどまろうにも、半身の体重を乗せた上での一撃のため、もう一方の足は中途半端に脱力していた。
そのため、彼女の転倒を止める力は存在せず、ジェイソンに叩き込むつもりだった拳が解けた。
しっかりと握られていた指が広がり、拳を繰り出すためにたわめられていた腕が伸びていく。
そして、ミノタウロスは転倒を防ぐため、マットに手を突いていた。
『ジェイソン、ミノタウロスの反撃を利用し、転倒させた!がら空きだぁ!』
だが、ジェイソンは追撃を行うわけでもなく、ミノタウロスのそばから退いて距離をとった。
「おおっとジェイソン、せっかくのチャンスを見逃し、自ら距離をとった!?」
ジェイソンの動きに、実況が驚きの声を上げる。
「これは、ベテランレスラーとしての余裕の現れかぁっ!?」
「・・・」
ミノタウロスが、ジェイソンを睨みながらゆっくりと立ち上がった。
まるで、実況が推測したジェイソンの余裕に対し、怒りを抱いているように見える。
しかし、実際は違うことをジェイソンは知っていた。
転倒しながら放とうとしていた蹴りが、見抜かれたことに対する驚きを、彼女は視線に怒りを込めることでごまかしていたのだ。
つい先ほど、転倒しかけていたミノタウロスがリングに手を突いた瞬間、彼女の体重は腕一本が支えていた。
転倒の勢いに腹筋の筋力を加え、後転の要領で足を振り挙げれば、ジェイソンに思い蹴りが突き刺さっていただろう。
だが、ジェイソンはミノタウロスの両足の脱力を見抜き、とっさに身を引いたのだった。
「どうした?そっちからも来いよ・・・!」
身を起こし、姿勢を整えるミノタウロスに、ジェイソンは低い声で挑発した。
『ミノタウロス、動いた!ダメージを受けた様子もなく、まっすぐジェイソンに向かう!』
タックルのように早くはないが、マットを踏みならしながらのミノタウロスの接近に、ジェイソンは彼女の体が膨張していくような錯覚を覚えた。
自身より一回りは大きな巨体が向かってくるのだ。無理もない。
ミノタウロスは拳を固めると、胸の前ほどに掲げ、間合いに入るやいなやジェイソン向けて繰り出した。
体重の乗った大振りの一撃はいらない。大ダメージより、小さいダメージを積み重ねる方法を、彼女は選んだようだった。
『先ほどのお返しか、ミノタウロス、パンチの雨をジェイソン向けて降り注がせる!』
(お返しって・・・こっちはまだ四発しか当ててねえぞ!)
一撃でサンドバッグを大きく揺さぶるような、比較的威力の弱い拳を右に左に避けながら、ジェイソンは実況に向けて内心声を上げていた。
その上四発の内三発については、ダメージの通りにくい背中だ。だから実質的には一発と変わりないだろう。
だが、ジェイソンに向かってくる拳は。すでに十を越えていた。
『ジェイソン、避けるばかりだ!果たして彼に、反撃のチャンスはあるのか!?』
実況の声が途切れ、ミノタウロスの拳が頬を掠めた瞬間、ジェイソンは思いきり上体を反らした。
仰向けに倒れそうなほど体が傾くが、ただ倒れるつもりはない。
左足でリングを踏んだまま、ジェイソンはミノタウロスの腹に向けて右足を叩き込んでいた。
ブーツに包まれた足裏が、彼女の腹を打つ。
「こひゅっ・・・!?」
腹への打撃に、ミノタウロスの口から吐息が漏れた。
彼女の拳が止まるが、ジェイソンに追撃の手段はない。ジェイソンの背中がマットに触れ、彼の足がミノタウロスの腹とマットから離れた。
『ジェイソンが蹴った!倒れ込みながらのキックが入りました!』
「ふん!」
ジェイソンは転倒の受け身をとりつつ、転がってミノタウロスから距離を置いて、立ち上がった。
『ジェイソンがミノタウロスから逃れました。ミノタウロス、腹へのダメージが効いているのか、ジェイソンを追いません』
背中に比べれば結構なダメージを与えられたはずだが、魔物のタフさを考えると、まだまだ小手調べ程度に過ぎないだろう。
ジェイソンは、奥歯をかみしめながら、ミノタウロスを見据えた。
すると彼女は、腹部へのダメージにより瞳に浮かんでいた苦痛の色をかき消し、再びジェイソンに向かってきた。
固めた拳を、ジェイソンの間合いの外から一つ、二つと放つ。
しかし、ジェイソンの蹴りを警戒しているためか、どこか及び腰で、ミノタウロスの拳自体にも力がこもっていなかった。
ジェイソンは、そのままミノタウロスの攻撃をかわしながら反撃の機会をうかがい、ついにラウンドの終わりを迎えた。
「両者それまで!コーナーへ!」
ゴングが鳴り響き、レフェリーがそういうと同時に、ジェイソンは全身にこもっていた力が抜けるのを感じた。
『おーっと、ここで第一ラウンドが終了!両選手コーナーへ引き上げていきます』
実況の言葉を背にリングのコーナーに戻ると、セコンドのドラゴンがリング上に小さなイスを乗せ、待ちかまえているのが見えた。
「やるじゃないか」
イスに腰を下ろすと同時に、ドラゴンがジェイソンに向けてそう声をかけた。
「そう見えるか?結構危なかったぞ・・・」
「なーに、当たらなければ大丈夫」
キンキンに冷えた水のボトルをジェイソンに渡しながら、ドラゴンは続けた。
「それで、予定通り第四ラウンドまで相手の攻撃をかわしながら、ミノタウロスにちょいちょい攻撃してダメージを溜めるわけか」
「ああ」
いくら魔物といえど、ダメージと披露が積み重なれば、多少意識が朦朧としてくるはずだ。
そうなれば、一瞬の虚を突くことでどんな大技も仕掛けられるようになる。
それが、この試合の流れだった。
ジェイソンはボトルのふたを捻ると、数分の攻防で火照った体に水を浴びせた。
そして、ボトルに残った水を、一口だけ口に含む。
「勝てるな?」
「ああ、もちろん」
のどを滑り落ち、胃袋に広がる冷たさを味わいながら、ジェイソンは低くドラゴンに返した。
『まもなく第二ラウンドです!』
「両選手、コーナーを出て!」
視界の声が響き、レフェリーが二人に向けて準備を促す。
ジェイソンはイスを立つと、ボトルをドラゴンに手渡し、リング中央に歩み出た。
「ジェイソン!もう一踏ん張りだ!」
イスをリングから下ろしながらのドラゴンの言葉に、彼は軽く手を挙げて応じた。
そして、休憩を挟んでいくらか冷静になったミノタウロスと、対峙した。
「両選手、用意!」
アヌビスの声に、ジェイソンの体が微妙に脱力する。
「ファイッ!」
その一言と同時に、ジェイソンは飛び出した。
今度は先手必勝。ミノタウロスの懐に入り、ダメージを稼ぐ。
『ジェイソン飛び出した!』
距離を詰める彼の姿に、実況が声を張る。
このままミノタウロスの胴に数発拳を打ち込み、離れる。これを繰り返せば、第三ラウンドにはまともにたてなくなるだろう。
そう考えながら、ジェイソンは一歩距離を詰めた。だがその瞬間、彼の背筋を冷気がすべりおりた。
いやな予感。マットに転がされて身を起こそうとした瞬間、ボディプレスを仕掛けてくる相手の姿を見たときのような、確実にダメージを受ける予感が、彼を襲った。
なにが起こる?一見するとただ身構えているだけのミノタウロスの姿を見、ジェイソンは彼女の右足に妙な筋が浮かんでいるのに気がついた。
まるで、力を込めているかのように太腿が歪に盛り上がっている。
瞬間、ジェイソンは踏み込みかけていた左足を加速し、マットに振り下ろし、そのままリングを蹴り抜いた。
体重に力を加えた、やや斜め向きの彼の蹴りは、ジェイソン自身の体を浮かび上がらせた。
そして、蹴りの勢いに横っ飛びに突進の軌道を反らした彼に向けて、ミノタウロスが蹴りを放った。
足裏をマットにひっかけ、デコピンの要領で力を込めて勢いを養った、鋭い前蹴り。
ミノタウロスのつま先が、ジェイソンの脇を掠めていった。
「く・・・!?」
左の二の腕を掠めた蹴りの勢いに、ジェイソンは肝を冷やした。
今のが当たっていたら。カウントをとるまでもなく、勝敗がついていたかもしれない。
『け、蹴りです!突進するジェイソンに、ミノタウロスが蹴りを放ちました!』
一瞬の出来事を辛うじて捉えられたらしい司会が、そう声を上げる。
『ジェイソン、先手をとろうとして不発に終わった!このまま防戦に入り込むのか!?』
(ンなわけねえ・・・)
司会の言葉に、胸中で返しながら、ジェイソンは姿勢を立て直して再びミノタウロスに向かう。
先ほどの蹴りのおかげで、ミノタウロスはろくに姿勢を立て直せていない。
このまま胴に二三発、あるいはタックルでひっくり返してやれば、だいぶ有利になる。
しかし、迫るジェイソンの目に映ったのは、どこか余裕の混ざったミノタウロスの表情だった。
彼女は、蹴りをはなって振り上げたままの足をさらに高々と掲げ、上体を反らしていく。
そして、のけぞりながらも彼女は両腕をマットにつき、ついにもう片方の足さえも上げた。
今の今までマットにふれ、全身を支えていた足が、再びジェイソンに向けて振り抜かれる。
「くそ・・・!」
左足をマットについた瞬間だったため、ジェイソンは脱力しかけていた左足に力を込め、後方に向けて飛んだ。
ミノタウロスとジェイソンの距離が広がり、彼女の太い足が放つ蹴りが、掠めることもなく彼の前を過ぎ去る。
ミノタウロスは一瞬の逆立ちを経てから、両足をマットについて姿勢を立て直した。
『ミノタウロス選手、蹴りの勢いを利用してもう一つ蹴りを・・・』
実況が、今し方起こったことを表現し終える前に、ミノタウロスがジェイソンに向けて迫る。
腕を大きく広げ、彼を捉えようと、いや、両腕で打ちのめそうとすうかのようなタックルだ。
ジェイソンの脳裏に、少しだけ身をずらして屈み、ミノタウロスの腕をやり過ごそうかという考えが浮かぶ。
しかし、多少の小細工で避けられそうなタックルではなかった。
ジェイソンはミノタウロスよりも腰を低く落とし、彼女の太腿めがけて突進した。
タックルにはタックル。より低く、相手の重心を掬い上げるように。
ジェイソンの意図を見抜いたのか、ミノタウロスの広げられていた両腕がジェイソンの背中をつかもうと狭まる。
人間同士ならば、腕の力で体重を乗せた突進を止めることなどできないが、相手は魔物。しかも、腕力に優れたミノタウロスだ。
止められるかもしれない、という思いが浮かぶが、ジェイソンは止まらなかった。
ジェイソンとミノタウロスが、彼の背中と彼女の指が接近する。
そして、ミノタウロスの指が彼の体に触れる寸前、ジェイソンは思いきりマットを蹴った。
タックルの軌道を反らすように、右足で思い切りマットを蹴る。
不意に加わった横方向の力に、ジェイソンの体はミノタウロスの右側に回り込んだ。
すると今度は、ジェイソンの左足がマットに向けて鋭く突き刺さった。
右足が加えた横方向の力をかき消しつつ、今度は左からの力を加えるためだ。ふくらはぎが、太腿が膨れ上がり、急停止から反対方向への力がそそぎ込まれる。
一瞬彼の膝にきしみが走った。ジェイソンの表情がこわばるが、彼hかまうことなく左足でマットを蹴った。
ミノタウロスの右側に回っていた彼の体が、そのまま彼女のむしろに入り込む。
ジェイソンは再び右足でマットを踏み、タックルの勢いを完全に殺すと、そのままミノタウロスに向き直った。
背後に回り込むジェイソンを追おうとしているものの、ほぼがら空きに等しい彼女の背中。
ジェイソンは、彼女の腰に向けて組み付くと、そのまま押した。
「うぁ・・・!?」
ミノタウロスの口から声が漏れる。
無理もない。前方からのジェイソンの突進に身構えていたのに、不意に背後に回られ、重心が崩れてしまっていたのだ。
加えて、ジェイソン自身の組付きにより、ミノタウロスの体は前のめりに倒れつつあった。
「く・・・!」
ミノタウロスがマットに顔を打つ前に、両腕で自身の体を支えた。
『なんと!ジェイソン直接組み付かず、瞬間的に背後に回り込んで、ミノタウロスを倒した!』
実況が驚きに声を上げるが、まだ終わりではない。
ジェイソンはミノタウロスの腰に組み付かせていた手をほどくと、マットを支えるため折り曲げられた彼女の右肘に、自身の腕を絡ませた。
そして、彼女の背中に尻を乗せながら、背筋を反らして腕を引き延ばす。
「がぁ・・・!?」
腕を捻り上げられる痛みに、ミノタウロスが吠えた。
「折れちまうぞ!タップしろ!」
ミノタウロスの腕を全身で引き延ばしながら、ジェイソンは声を上げた。
レフェリーが彼女の顔をのぞき込み、何事かを言っていた。
「へ・・・!誰がタップするもんか・・・!」
しかし、ミノタウロスの口から紡がれたのは、レフェリーに向けた言葉ではなかった。
「せっかく、できあがりそうなのに、よお・・・!」
「おっ、お!?」
ミノタウロスの低い声とともに、ジェイソンの尻の下で彼女の背筋がうごめき、彼女の腕に力がこもった。
一瞬、一回りほど太くなったように感じられた腕をジェイソンが逃すまいと締め上げていると、彼の体が不意に浮かんだ。
ジェイソンを腕に組み付かせたまま、ミノタウロスが立ち上がったのだ。
『な、なにが起こっているのでしょうか!?ジェイソンが関節技を決めた直後、ミノタウロスが立ち上がった!』
「これで、タップの必要はないな」
「お、おい!?」
まるで自分が小さな子供のように、ジェイソンを腕に組み付かせたまま軽々と立ち上がるミノタウロスに、彼は頓狂な声を上げていた。
「ほら、離れないと頭が割れるぞ・・・!」
ミノタウロスが無造作に腕を上げ、マット向けて振り下ろす。
ジェイソンは、瞬間的に腕をゆるめ、ミノタウロスの腕から離れようとした。
しかし、落下の勢いは離れただけでは消えず、マットについた彼の両足を痺れるような衝撃がおそった。
同時に、左膝に強い痛みが走り、弱い痛みが取り残される。
まるで、リハビリ前の膝に戻ったかのようにだ。
「ぐ・・・!」
力を込めようとすれば自己主張を始める左膝の痛みに、ジェイソンは顔をしかめた。
「おう、どうした?」
『ジェイソン、どうしたのでしょうか!?着地の衝撃で、左膝の古傷が痛むのか!?』
実況の言葉に、ミノタウロスが視線でジェイソンに問いかけた。
左膝が、痛みだしたのかと。
「へ・・・雨が降る前は、どうにも痛んでね・・・」
ミノタウロスの視線に、軽口で応じながら、彼は身構えた。
膝が痛むおかげで、おおっぴらに飛んだり跳ねたりができなくなった。第一ラウンドの時のように、ぎりぎりでミノタウロスの攻撃をかわし、反撃しなければ。
しかし、ミノタウロスは悠々とジェイソンの間合いにはいると、無造作に手を振り上げた。
「っ!」
飛びずさろうとするが、左膝の痛みでは跳躍も着地もできない。
ジェイソンは身を屈め、腕を折り曲げると、襲いかかる張り手に身構えた。
直後、ミノタウロスの張り手が、ちょうどジェイソンのガードの上に降り注いだ。
「・・・っ!」
最初に感じたのは、衝撃だった。
五年前の事故の時のような、体が丸ごと投げ出されるような衝撃。
そして、ブーツ越しに足の裏に感じていたマットの感触、つまりは自身の体重を両足で支えていた感覚が消失する。
張り手の衝撃に意識が吹き飛び、平衡感覚が失われたのかとジェイソンは思った。
だが、数瞬後に張り手を受けた方とは反対側を打ちのめしたロープの感触に、彼は自分の身になにが起こったのかを理解した。
張り手の衝撃で吹き飛ばされ、リングを囲むロープにたたきつけられたのだ。
「ぐぉ・・・!」
痛みと衝撃に肺から息が絞り出され、マットの上に尻をついてしまう。
立たなければ。
ジェイソンはマットに足裏をつけ、立ち上がろうと力を込めるが、ブーツの底はマットを滑るばかりだった。
顔を向ければ、ミノタウロスがゆっくりとジェイソンに向かってくる。
『・・・・・・!・・・・・・!』
キーン、と鳴り響く耳に、実況の声が聞こえる。
何を言っているかはわからない。
だが、立ち上がらなければ。
ミノタウロスがくる。
衝撃の余韻。焦り。左膝の痛み。それらがごちゃ混ぜになり、ジェイソンを急かす。
そして、ミノタウロスが後数歩と言うところで足を止めた。
「・・・!」
ミノタウロスとジェイソンの間に、小柄な影が飛び込み、声を上げた。
レフェリーだ。ラウンドの終了を告げている。
遅れて、耳鳴りにかき消されていた音がよみがえり、ジェイソンは鳴り響くゴングと、観客の歓声、そして実況の言葉を聞くことができた。
『第二ラウンド終了です!ジェイソン、ゴングに救われました!』
「両者、コーナーへ!」
レフェリーの指示に、ミノタウロスはジェイソンを一瞥してから、自分のコーナーへ戻っていった。
一方ジェイソンは、数秒ほど呆然としてから、右足でマットを踏み、難なく立ち上がった。
「・・・・・・」
「ジェイソン!戻ってこい!」
コーナーにイスを出したドラゴンが、ジェイソンを呼んだ。
「あ、ああ・・・」
ジェイソンはわずかに左足を引きずりながらコーナーに戻ると、イスに腰を下ろした。
すると、ドラゴンがロープをくぐり、彼の前にかがみ込む。
「大丈夫かジェイソン。これを見ろ」
ドラゴンは指を一本立て、彼の前で右に左に動かした。
ジェイソンは思わず動く指を目で追っていた。
「ふん、大丈夫なようだな」
「まて・・・今、そんなにヤバかったのか?」
頭を強打した選手に対するのと同じ対応に、ジェイソンは思わず問いかけていた。
「正直、お前が手を貸してるんじゃないかって言うぐらい飛んでいた」
「そんなにか・・・」
痛みこそあまり感じなかったものの、自分を襲った衝撃に、ジェイソンは遅まきながら肝が冷えるのを感じた。
「どうする、ジェイソン?タオルはいつでも投げ込めるが・・・」
「へ、冗談じゃねえや・・・」
心配そうに、いつでも試合を中断できるというドラゴンに、ジェイソンは笑って返した。
「俺はマジモンのレスラーだ。化け物連中の相手なんて、いくらでもしてきたさ」
「いや、確かにお前の対戦相手は化け物と呼ばれていたが・・・」
『間もなく最終ラウンドです!』
あくまで、人間の範疇で化け物と呼ばれていたにすぎない。
ドラゴンが続けようとしていた言葉は、司会のアナウンスにかき消されてしまっていた。
「両選手、準備を」
「よーし、じゃあ行ってくるぜ」
「ま、待て・・・!」
レフェリーの呼び出しにジェイソンが立ち上がり、ドラゴンが縋った。
逃すまいとジェイソンの腕を、ドラゴンの手がつかむ。
「大丈夫だ」
ジェイソンは、ドラゴンの肩に触れながら、続けた。
「立派な引退試合、やってやるからな」
そして、ドラゴンの手の中から、ジェイソンの手がすり抜けていった。
「あ・・・」
「セコンドはリングを降りて!」
ジェイソンを見送るドラゴンに、アヌビスが注意をした。
彼女ははっと我に返ると、ジェイソンの座っていたイスを回収し、リングから降りていった。
『セコンドがリングを降り、両選手リング中央で向かいました』
「両者構え!」
ジェイソンとミノタウロスが、レフェリーの言葉に身構える。
「ファイッ!」
そしてゴングが高らかに鳴り響くと同時に、ミノタウロスが動いた。
下段からのすくい上げるような張り手。迫る速度はそうないが、ジェイソンはよけもしなかった。
ミノタウロスの張り手が。ジェイソンの胸を打つ。直後、彼の両足がマットから浮かび、リング際のロープに向けて吹き飛ばされていった。
三本のロープが彼の体を受け止め、リング上に転がした。
「ジェイソン・・・!」
リングサイドでジェイソンを見上げていたドラゴンが、マットに崩れ落ちた彼を呼ぶ。
やはり、膝のダメージのせいで思うように身動きがとれないのだ。
ジェイソンはマットに手を突き、身を起こそうとするが、リング際に悠々と歩み寄ったミノタウロスが、彼のわき腹に向けて蹴りを打ち込む。
「おぐ・・・!」
ジェイソンの口から濁った声が漏れ、体が浮く。
『一方的な試合展開です!さすがはミノタウロス、魔物と人間の差を見せつけたか!』
第二ラウンドの終盤で流れが変わったことを、実況が強調する。
観客の一部が声を上げ、余裕のでてきたミノタウロスがそれに応じるように、軽く手を掲げた。
その間に、ジェイソンはよろよろと身を起こす。
胸に浮かび上がる張り手の痕に、背中を横断するロープの痕。そして、左足をかばうように微かに右に傾いた体は、膝の痛みを表しているようだった。
「ジェイソン・・・」
ドラゴンは短く彼の名を呼び、手にしたタオルを握りしめていた。
試合を中断などしないと彼は言っていたが、このままでは死にかねない。
セコンドとして、トレーナーとして、そしてなによりもジェイソンのファンとして、ドラゴンは試合を終わらせるべく、タオルを振りかぶった。
しかし、彼女がタオルを投げるより前に、彼女の動きが止まった。
リングの上のジェイソンと、目があったからだ。
あれほどまでに力量差を見せつけられ、左足のダメージもぶり返してきたというのに、ジェイソンの瞳には未だ闘志が宿っていた。
腹や胸を打ったせいで乱れた呼吸が出入りしている口は、笑うように歪められていた。
「おい・・・待てよ・・・」
勝利を確信しているのか、観客の声援に応えるミノタウロスに向け、ジェイソンが口を開いた。
「もうおしまいか?ヌルい張り手を打つのも疲れたか?」
「何だと・・・?」
『おおっと、ジェイソン!ここでミノタウロスを強気に挑発し始めた!』
ジェイソンの言葉に、ミノタウロスの眉根が寄り、実況が声を上げる。
「全く、魔物の攻撃というから、わざわざ受けてやったのに、どうにも弱っちいな」
へへへ、と笑い声のような吐息を漏らしながら、彼は続ける。
「お前さんの張り手より、マスターサガミの張り手の方が重かった。お前さんの蹴りより、デッドピンの蹴りの方が痛かった」
昔を懐かしむような語調で、彼は今は引退してしまったレスラーの名を並べた。
そう、今までにジェイソンが幾度も相手してきた、『化け物』と呼ばれていたレスラーたち。
彼らは人間であったが、ジェイソンは彼らの攻撃をすべてその体で受けてきたのだ。
多少の演出があったとはいえ、ジェイソンが受けてきたダメージは本物だった。
本物の経験があったから、ミノタウロスの攻撃を受けても心がおれなかったのだ。
ジェイソンの『本物』を信じていなかったことに、ドラゴンは自身を恥じた。
「さーて、この調子だと、お前さんの得意技のタックルも13フレディの奴にすら負けるんだろうな」
13フレディ。ダウン後のテンカウントをとった後、さらにスリーカウントするようレフェリーに要求した、ジェイソンのライバル。
ミノタウロスはその名をよく知らなかったが、それでもジェイソンが自身の技を侮辱したことはわかった。
「なら、一発食らって見るかい?」
「いいねえ。だけど旦那がいるんだろ?よその男の胸に飛び込むのは、ちとまずいんじゃないのか?」
ジェイソンの軽口に、ミノタウロスはそれ以上応えなかった。
ミノタウロスがジェイソンと距離をとり、腰を落として重心を低くする。
両腕を広げ、見上げるようにジェイソンをにらみながら、彼女は動いた。
ミノタウロスの足がマットに突き刺さるようにたたきつけられ、一歩また一歩と彼我の距離が詰まっていく。
ジェイソンは迫るミノタウロスに、彼女の体を受け止めるかのように腰を落とした。
左足をかばうように、右足に重心を寄せた、若干傾いた姿勢だ。
背丈では頭一つ分は大きいミノタウロスを受け止められるはずがない。
だとすれば吹き飛ばされた後で、寝技に持ち込むつもりなのか。
ドラゴンには、ジェイソンがなにをしようとしているのか、どうやって引退試合を飾る『必殺技』につなげるのか、思い至らなかった。
そして、ミノタウロスとジェイソンの距離が縮まり、互いに後少し手を伸ばせば触れられそうな距離に入る。
その瞬間、ジェイソンが前に傾けていた上体を思い切り起こした。
ややのけぞりながら、体重をかけられていなかった左足が持ち上がり、左膝が折り曲げられる。
左膝は、ちょうどミノタウロスの顔の下ほどの高さに突き出されていた。
「っ!?」
すぐ目の前、顎に向けて迫るジェイソンの左膝に、ミノタウロスの目が見開かれる。
だが、もう止まることはできない。
拳一つ分の距離もなかった彼の膝と彼女の顎が、一瞬のうちにぶつかり合った。
がちん、とリングの上に、会場に、音が響いた。
「・・・!」
左膝から腿を伝わり、背骨から脳髄にたたき込まれた痛みに、ジェイソンは顔をしかめる。
だが、痛がっている暇はない。自身のタックルの勢いを顎で受け止めたミノタウロスが、意識を飛ばしかけているからだ。
両目が上方に向かい、伏せていた上半身が仰け反っていく。
ジェイソンは浮かしていた左膝を勢いよくおろし、足裏をマットに叩きつけながら、上体を伏せた。
意識を失いつつも、勢いの変わらないミノタウロスの体の下に、自身の体を差し込む。
発達したミノタウロスの腹筋を、首の裏と両肩で支え、ジェイソンは彼女の体を担ぎ上げた。
「ぐ・・・!」
ミノタウロスの巨体の重みがのしかかり、左膝が悲鳴を上げ、ジェイソンがうめく。
しかし、彼は止まらなかった。
屈めていた両膝を伸ばし、ミノタウロスの体を持ち上げていく。
ぎし、みしり、と骨を伝って膝からの『音』がジェイソンの耳に届く。ジェイソンは、音も、観客も、レフェリーさえも無視して、ただミノタウロスと自分と足の下に存在するマットだけを感じていた。
膝はまっすぐに伸び、掲げられた腕の上にはミノタウロスが乗っている。
自身の体重よりも確実に大きい荷重を、彼はまっすぐに支えていた。しかし、まだ足りない。ジェイソンの左足が浮かび上がり少しだけ体が仰け反る。
その直後、彼は支えていたミノタウロスの巨体を、マット向けて振りおろし始めた。
腕をおろし、そらしていた上半身を前に屈め、上げていた左足を踏み込む。
高さによる自由落下に、腕、上半身、そして踏み込みの勢いが加わる。
ジェイソンの足裏が、勢いよくマットに叩きつけられ、直後ミノタウロスの巨体がリングに沈んだ。
巨体とマットが激突する、重い音が会場に鳴り響き、マットのスプリングが吸収しきれなかった衝撃が、観客たちに振動として伝わった。
「・・・わ、ワン!」
一瞬の沈黙を挟んでから、レフェリーがあわてたように身の多雨ロスに駆け寄り、カウントを始めた。
「ツー!スリー!」
一瞬の攻防に呆気にとられていた観客が、今し方目の前で起こったことに対し、ざわざわと言葉を交わす。
「フォー!ファイブ!」
リングサイドにいたドラゴンは立ち上がり、ミノタウロスとジェイソンの様子を伺おうとしていた。
「シックス!セブン!」
ジェイソンはマットに伏せるミノタウロスを見下ろしながら、ミノタウロスを持ち上げ、マットに叩きつけたままだった姿勢を解いた。
「エイト!ナイン!」
そして、カウントが進む中、ミノタウロスは小さく身じろぎし、マットをひっかく。
「テン!」
だが、彼女の四肢に力がこもる前に、レフェリーはカウントを終えてしまった。
「勝者、ジェイソン!スマッシャージェイソン!」
レフェリーがジェイソンの手を取り、掲げながらそう宣言した。
『しょ、勝敗が決まりました!驚くことに、ジェイソンが勝利しました!』
レフェリーの言葉を司会が繰り返し、観客が歓声を上げた。
ジェイソンの勝利に驚く声。ミノタウロスの敗北が信じられないという声。
様々な声がごちゃ混ぜになり、会場に響いていた。
「ジェイソン!」
そして、ここに一つ、ジェイソンの勝利を祝う声があった。
「ジェイソン!よくやった!ジェイソン!」
リングサイドからリングにあがったドラゴンが、ジェイソンの名を呼びながら駆け寄る。
ジェイソンはやってくるドラゴンに、笑みを浮かべて腕を広げた。
そして、彼女と抱き合おうと足を踏み出した瞬間、崩れるように膝が折れ曲がった。
「っ!?」
「ジェイソン!?」
倒れそうになる彼の体をすんでのところでドラゴンが支えた。
「すまねえ、とうとう駄目になったらしい」
支えられながらジェイソンが自身の膝を示すと、内出血によるものか左膝が変色し、腫れ始めていた。
「ジェイソンさん!」
「スマッシャージェイソンさん!どうかコメントを!」
ドラゴンがリングに上がり、倒れ伏すミノタウロスが運び出されていった後で、記者たちがリングに上がってきた。
「ジェイソン!どうか一言!」
「膝の故障立ったのではないのですか、ジェイソンさん!?」
「わかった、コメントするから、少し静かにしてくれ・・・」
ドラゴンに支えられながら、ジェイソンは自身を囲む記者たちに向けて苦笑いとともに言葉を放った。
「五年前の事故で、俺は膝をぶっこわした。だが、ここにいるドラゴンのおかげで、俺はこうしてリングにもう一度上がることができた。だが、今日一日だけだ。みてくれ」
ジェイソンは軽く、記者たちに変色して腫れ上がった左膝を示しながら続けた。
「俺はもう終わりだ。膝が完全にぶっこわれたからな。だから今日の試合は、俺の引退試合になっちまうわけだ」
ハハハ、とジェイソンは膝の痛みをおくびにも出さずに笑った。
「だけど、レスリングは終わっちゃいない。俺は引退し、これから新しいレスラーたちの指導をする。いっておくが、お見合いレスリングじゃないぞ。本物の、レスリングをしたい奴のためのレスリングだ」
ジェイソンは、声を大きくしながら続けた。
「みんな、聞いてくれ!本当に戦いたい奴、本当にパワーが有り余ってる奴!お前たちのために、俺はレスリングを教えてやる!俺と、俺の勝利の女神が待ってるからな!」
そしてジェイソンは、自身を支えるドラゴンの肩に手を回しながら、そう言った。
こうして、スマッシャージェイソンのレスラーとしての人生は幕を閉じた。
同時に人間によるレスリングの時代も終焉を迎えた。
だが、レスリングの時代が終わったわけではない。
レスリングは続く。ジェイソンとドラゴンの二人の手によって、新たなレスリングとして生まれ変わりながら。
ジェイソンの呼気からは酒のにおいがしていたが、酔いは完全に醒めているようだった。
「それで・・・どんな試合を組むつもりなんだ?」
住宅の合間を抜けながら、ジェイソンが傍らを歩くドラゴンに尋ねた。
「いや、細かくは考えてないが、お前が現役だった頃の試合を参考にしようと思う」
「でも、人間の試合は地味なんだろ?」
「その辺は、演出やら打ち合わせで・・・」
「あのなあ」
ジェイソンはため息を吐いて続けた。
「確かに、俺たちの時代は試合前に打ち合わせで試合運びを決めていた。だがそれは、試合を盛り上げるための打ち合わせだったんだ。打ち合わせをしつつも、真剣試合に見せかけるため、俺たちはリングの上では本気だった」
「だから、お前の引退試合も・・・」
「今、そうやって本気で打ち合わせ済みの試合にでてくれるベテランレスラーがいるのか?」
「そ、それは・・・これから探せば・・・」
ジェイソンの問いに、ドラゴンは言葉を濁した。
「仮に乗ってくれるレスラーがいたとしても、今の時代人間同士の試合なんて、客は入らねえ。依頼主サマも、閑散とした客席の真ん中で、俺が引退試合をやっても、おもしろくないだろう?」
「まあ、確かに・・・」
もはや依頼主とドラゴンが同一人物であることは明らかだったが、ジェイソンのあえてそう表現した。
「しかし、それでは魔物相手の試合を組むことになるが・・・」
「ああ、そっちの方がいい」
ドラゴンの問いに、ジェイソンが頷く。
「勝っても負けても、それなりに絵にはなるからな」
「だったら、試合に応じてくれそうな魔物を見つけないとな」
「いや、もう目星はつけてある」
ジェイソンはそう、ドラゴンに答えた。
「オレと試合?」
練習用のリングの傍ら、天井からつるされていたサンドバッグに拳を振るっていたミノタウロスが、ジェイソンの申し出に目を丸くした。
「頼む。是非、お前さんとやり合いたいんだ」
「・・・・・・」
ドラゴンが複雑な表情を浮かべる傍ら、ジェイソンは重ねて、自分より一回りは背丈の大きいミノタウロスに頼み込んだ。
「ええと・・・そりゃ、あんたみたいに逞しい男から挑戦してもらえるのは嬉しいけど・・・でもオレ、もう旦那いるし・・・」
「いや、そういうのじゃない」
困ったように頬を掻くミノタウロスに、ドラゴンが口を開いた。
「プロポーズのための挑戦とかじゃなくて、単純にこの男と対戦してほしいだけなんだ」
「そうだ、『俺が勝ったら嫁になれ』とか言うつもりはない。俺の引退試合の、対戦相手をしてほしいだけなんだ」
「何だ、そうか・・・でも、どうしてオレなんだ?」
ドラゴンとジェイソンの言葉に、ミノタウロスは問いかけた。
「そこのドラゴンを相手にした方が、オレみたいな既婚を相手にするより実があるんじゃないのか?」
「確かに、このドラゴンに頼む方が楽だ。ただ、こいつは小さすぎる」
傍らのドラゴンに目を向けながら、彼は続けた。
「確かにドラゴンは強いかもしれないが、リング上で俺が二回りも小さいドラゴンを相手にしても、見栄えがしないだろう」
「それに私は魔物で、こいつは人間だ。引退試合で小柄な魔物に負けては、情けないだろう」
「それで、ガタイの立派なオレに声かけたってわけか・・・」
納得がいったように、ミノタウロスは頷いた。
「もちろんそれだけじゃない」
ミノタウロスに向け、ジェイソンは言葉を続ける。
「話に聞いたが、レスリングはもう魔物にとっても人気がなくなりつつあるそうだな」
「まあ、そうだな」
「だというのに、お前さんはジムに来てサンドバッグを相手にしている。既婚だというのに、だ」
「・・・なにが言いたい?」
「お前さん、試合をしたいんじゃないのか・・・?」
ミノタウロスの本心を推測しながら、ジェイソンは問いかけた。
「出会いがどうだったかは知らないが、お前さんは試合か力比べの末、今の旦那を手に入れた。だが、実はもっと誰かと戦いたいんじゃないのか?誰かと戦いたい、拳を振るいたいって欲求が溜まって、こうやってサンドバッグをブン殴ってごまかしてるんじゃないのか?」
「・・・ただの運動のためかもしれないぞ?」
「かも、な。ただ、ダイエットにしては、少々力がこもっていみたいだな」
「・・・・・・」
ミノタウロスは、ふうとため息を挟んで、続けた。
「確かに、オレは戦いたいんだ。もちろん、旦那のことは好きだ。それでも、それとは別に体が戦いたいって求めてるんだ。でも旦那がいるからほかの男を相手にはできないし、魔物に声かけてもスルーされる・・・」
彼女は言葉を切り、くるりとサンドバッグに向き直ると、拳を固めて思い切り革袋を殴りつけた。
「思い切りブン殴って、ブン殴り返されたい・・・!」
ぎしぎしと音を立てながら揺れるサンドバッグに聞かせるように、ミノタウロスはそう続けた。
「ならば、私たちが一回だけその場を提供する」
「俺の引退試合の相手をしてほしいんだ」
三度目になる頼みごとを、二人は繰り返した。
「リングにあがり、ジェイソンの相手をする。試合終了後、勝敗に関わらず謝礼は支払うし、求婚もしない」
「お前さんの戦いたいって衝動を、思い切り俺にぶつけてくれるだけでいいんだ」
「・・・本当だな・・・?」
「ああ、約束する」
「思い切り、ブン殴ってもいいんだな?」
「俺は殴り返しもするし、手加減もしない」
「それでいい・・・旦那がどういうか分からないけど、オレは受ける」
ミノタウロスは、どこか満足そうに頷いた。
「ありがとう」
「まだ礼は言うな。旦那がダメだって言ったら、お断りだけどな」
「それでも、お前さんが試合を受けてくれるだけでありがたい」
ジェイソンは対戦相手候補者に、手を差し出した。
「オレも、久々に暴れられる話を持ちかけてくれただけで嬉しいよ」
ミノタウロスはそう返しながら、ジェイソンの手を握った。
ミノタウロスの握力は強く、彼の手に痛みが走るようだった。
それから、ドラゴンとジェイソンはジムの所長に話を通し、ミノタウロスとの試合を組んでもらうこととなった。
「会場は・・・」
「いつもの市民スタジアムでいいだろう」
「でも客席数が・・・」
「なあに、山のように席を用意して、チケットが一割も売れなかったときに比べれば、多少少ないぐらいがいい」
「まあ、ジェイソンがそれでいいのなら、無理強いはしねぇよ」
引退試合を、どこで、どの程度の規模で行うかについて協議を重ねながら、所長は軽く肩をすくめた。
「それに、お前さんがデケエ会場でやりたい、っつっても先立つものがないしな」
「ああ」
ジェイソンの貯金と、ジムの試合用予算。その二つが、ジェイソンの引退試合の予算だった。
「それで、会場を押さえて、チケットも揃ったとして・・・宣伝はどうする?」
所長は、そう二人に問いかけた。
チケットを印刷しても、人々が試合をやることを知らなければ、売れるはずがないからだ。
「宣伝だが私に心当たりがある」
ドラゴンが口を開いた。
「ジェイソンの行方を追う中、新聞社などを尋ねたが、ジェイソンのことを気にかけている連中が結構いた」
「結構って・・・何年前の話だ?」
ジェイソンが事故でリングを離れたのが五年前。ドラゴンが彼の行方を追い始めたのが四年前。
二年も表舞台にでなければ、話題はおろか記憶さえ人々の間から消え去ってしまう。
「昔の知名度に頼るのはあまり得策とは思えねえなあ」
「そうだ。だが、話題に上らぬともお前の名を知っている者は多い。だから新聞記者を招いて会見を開けば、無名の新人より話題を作ることができるはずだ」
「会見か・・・」
単純に広告を出す程度のことを考えていたジェイソンにとって、会見を開くことは盲点だった。
「昔はよそのジムと試合を組むときに、会見を開いて相手を挑発したりしたなあ」
所長が懐かしそうな目で上方を見上げながらつぶやいた。
打ち合わせをした上ではあるが、会見の席で選手が互いに相手を挑発しその場で乱闘を始めそうなほど場を盛り上げる。無論その場で手を出すことはせず、決着は試合会場で、というやり方だ。
「でも、今度の試合は同じジム同士ですからねえ・・・」
ジェイソンとミノタウロスが互いを挑発しても、ただの内輪もめにしか見えないだろう。
ジェイソンは頭を振った。
「いや・・・もしかしたら、いけるかもしれない」
ふとドラゴンが口を開いた。
「いけるって・・・どうやって内輪もめを盛り上げるんだよ?」
ドラゴンの言葉に、ジェイソンが聞き返す。
「単純な話だ。内輪もめでなくすればいい」
ドラゴンは、至極簡単なことのように言った。
数日後、ジェイソンとドラゴンは、ジムの所長や対戦相手のミノタウロスとともに、ジムにほど近い貸し会議室にいた。
四人は会議室の壁を背に座っており、四人と向かい合うように置かれた二十ほどのパイプイスには、十数人の新聞記者が腰を下ろしていた。
新聞記者の表情は、とりあえず仕事できたというつまらなさそうなものから、久々にジェイソンの姿を見たという興奮に彩られたものまで、様々だった。
「おはよう、新聞記者諸君」
会見の開始時刻を迎え、ジェイソンが口を開いた。
「今日は集まってくれて、ありがとうよ」
無表情のドラゴンと、苦虫をかみつぶしたような顔の所長、そして戸惑いを隠しきれない様子のミノタウロスと並んで、ジェイソンは続ける。
「今回集まってもらったのはほかでもない。今日はこの俺、スマッシャージェイソンがリングに上ることを、伝えにきた」
記者の一部に動揺が走った。
「五年前の事故の後、俺はしばらく隠居させてもらっていた。だが最近、レスリングの状況を耳にする機会があった。聞いたところによると、リングの上は魔物のお見合い会場になり果ててるらしいじゃねえか」
ジェイソンの表現に、ジムの所長の顔が怒気によって紅潮する。
「しかも、人間のレスラーが減ってきてるおかげで、お見合い狙いの魔物どもも引っ込んできてると来やがる。全く、俺が休んでいる間に、情けないことになったもんだ」
ジェイソンの挑発的な言葉に、新聞記者たちはメモに鉛筆を走らせ、彼の言葉を一言一句記録していった。
「そこでだ、たるみきったレスリング業界と古巣のジムにカツを入れてやるため、俺は魔物のレスラーと試合をしてやることにした。魔物が強すぎて人間じゃかなわない、ってことがただの言い訳だと証明してやるぜ。俺からは以上だ」
ジェイソンは隣に腰を下ろす所長に顔を向け、続けた。
「では、俺の元トレーナー殿、どーぞ」
「・・・・・・ジム所長だ。こんな挑戦を突きつけられて、我々としても困惑している」
口調こそ穏やかなものの、傍らのジェイソンに鋭い視線を向けながら、彼は続けた。
「半ば引退していたジェイソンがジムを訪れたときは懐かしくもあったが、こうも新しいレスリングを侮辱されては、我々としても彼の挑戦を受けざるを得ない。かつては無敗を誇っていたジェイソンだが、彼に初めて黒星をつけるのが我がジムの選手とは、皮肉なものだ」
「皮肉?確かに、お見合いレスリングに身売りしてまで獲得した魔物が、俺に叩きのめされるのは皮肉だな」
「何だと・・・!?」
横からのジェイソンの言葉に、所長が立ち上がった。
「貴様のような若造が、大きな口を叩けるようになったな!」
「そっちこそ、ヨボヨボのジジイ寸前のくせに、よくもまあ現役面して魔物の指導ができるな」
負けじとジェイソンも立ち上がりながら、そう返す。
「いいか、ジェイソン。貴様をたたきつぶすのは、我がジムが鍛え上げた最強のミノタウロスだ。さっきはお見合いレスリングなどと言ってくれたが、リングはお見合いの席じゃない。お前の引退式、いや、お前の葬式会場になるんだ!」
「お見合い会場じゃないってところには同意だな。そのミノタウロス、既婚だろ?リングがお見合い会場だったら、試合後に旦那さんが困っちまうじゃねえか。それに、俺の嫁は勝利の女神だしな」
「小僧・・・!」
デビュー前、練習生だった頃のジェイソンの呼び名を所長は繰り返すが、ジェイソンは涼しい顔をしていた。
「というわけでだ、記者諸君。俺は所長のお気に入りをぶっつぶして、現在のレスリングにカツを入れてやる」
「違うな。旧時代の遺物が完全にぶちこわされるんだ。記者諸君、試合当日にどちらが正しいか証明される。どうか、見届けてほしい」
「へ!自分の弟子が負けるって言うのに、よく宣伝できるな!」
「・・・・・・・・・ジム側からは以上だ。私たちは引き上げる」
ジェイソンをにらみ、記者たちに軋みが聞こえそうなほど歯を食いしばってから、所長はそういい残して立ち上がった。
遅れてミノタウロスが席を立ち、貸し会議室を出ていこうとする所長に追いすがる。
「所長!かつての弟子から挑戦を受けるのはどういう気分ですか!?」
「スマッシャージェイソンは、事故後ほぼ引退状態だと聞いていましたが、試合は本当にできるのですか!?」
「そちらのミノタウロスの実力は!?」
記者たちが歩く所長に質問を投げるが、彼は一言も応じることなく、ミノタウロスとともに会議室を出ていった。
「はい、血管の切れそうなジジイがでていったところで、質問タイムだ。俺はあのケチとは違うからな。どんどん質問してくれ」
「ジェイソン選手!試合への意気込みは!?」
「現在のレスリングに対して一言お願いします!」
「そちらのドラゴンは一体!?」
記者たちの質問が、ジェイソンに向けて降り注いだ。
「大成功だったな」
ジムの事務室で、所長は新聞を数紙応接テーブルに広げながら笑みを浮かべた。
スポーツイベントを主に扱う新聞はもちろん、政治や経済を扱う一版紙でさえ、昨日のジェイソンの会見が大きく取り上げられていた。
いずれも、ほぼ消息不明だった伝説のレスラーが、現在のレスリング業界に挑むという流れだった。そしてジェイソンに対する評価も、新聞社によって時代の流れに取り残された馬鹿者であったり、魔物と時代に戦いを挑む勇者であったりと別れていた。
「まあ、無名の新人ががなりたてたところで、こうは行かなかっただろうな」
紙面にならぶ、昨日の自分の発言を読み返しながら、ジェイソンは恥ずかしげに頬を掻いた。
「話題性は十分だな。すでに昨日の会見から今朝までの間に、チケットも二割ほど売れたそうだ」
「ほう・・・まだ記事にもなっていないのにか」
所長の言葉に、ジェイソンの傍らに座っていたドラゴンが目を開く。
「ああ。今朝新聞がでたから、話題が広まる。そうなれば、今週中にチケットが完売するかもしれない」
「でも・・・そんなに客が来て、大丈夫かねえ・・・」
どこか心配そうな様子で、ミノタウロスが呟いた。
「大丈夫かって、何の話だ?」
「いや、ジェイソンがあんな大見得を切るのはいいけど、いざ試合となって、あっと言う間にオレが倒しちまったら・・・お客さん怒らないか?」
「ンな心配してたのか」
ミノタウロスの杞憂に、ジェイソンが笑う。
「安心しろ。お前さんのサンドバッグ打ちは見させてもらったが、十発二十発殴られたぐらいじゃ、俺は倒れねえよ」
「いや、でも・・・」
「むしろ遠慮してあまり殴らない方が困るくらいだ」
ジェイソンの言葉に、ドラゴンが頷いた。
「そうだ。本気でぶつかり合わないと、とたんに嘘っぽくなってしまうからな」
「だから、お前さんには全力で向かってきてほしい」
「分かった・・・全力で、やらせてもらう」
不安は残るようだったが、ミノタウロスはジェイソンとドラゴンの頼みに頷いた。
「よーし、じゃあ当日はよろしくな」
「ああ、よろしく」
「それじゃ所長、俺はこいつと試合の打ち合わせにはいるので、ミノタウロスはトレーニングに戻してやってください」
「分かった」
所長が応接ソファから腰を浮かすと、ミノタウロスが怪訝な表情を浮かべた。
「試合の打ち合わせ?オレはいなくていいのか?」
「ああ。本当はお前さんにも聞いてもらって、試合運びに協力してほしいが・・・なれてない奴がやると、どうも動きが堅くなるんだ。だからお前さんには秘密のまま、ぶっつけ本番で俺と勝負してほしい」
「仕方ないな。お前の作戦、楽しみにしてるぞ」
ミノタウロスは、どこか楽しげにほほえむと、応接ソファから恋を羽化した。
そして、所長とともに事務室を出ていった。
「・・・・・・本当に、試合をやるんだな・・・」
新聞を見下ろしながら、ドラゴンが感慨深そうに漏らした。
「ああ。今更悔やんでも、二週間後にリングにたつのは確定だ」
新聞記事の下、試合の広告に記載された日付を見ながら、ジェイソンが頷く。
「それで、どういう試合運びにするつもりなんだ?」
「ああ、私の方でいくらか考えてきた」
ドラゴンは数枚の紙を取り出すと、新聞の上に広げた。
「会見では伏せていたが、お前の引退試合だからな。最後に華を飾りたいだろう。だから、私なりにミノタウロスとスパーリングしたりして、彼女の癖を探ったりした」
紙の数枚には、ドラゴンの言うとおりミノタウロスの挙動について記されているようだった。
「ミノタウロスは一撃一撃は重いし、瞬発的なスピードもある。だが動き自体は単純だ。だから動作の前の予兆を捉えれば、どう攻撃するか見抜けるはずだ」
「そして、攻撃を当ててダメージを溜めて、最後に大技でドーン、か・・・」
ミノタウロスの動きの癖とは別の、試合の流れについて大まかに記した紙を見ながら、ジェイソンが言う。
「でも、大技って何だ?重量落としか?」
対戦相手を重量挙げの要領で頭上に掲げ、そのままマットめがけて叩きつけるジェイソンの得意技に、ドラゴンは頭を振った。
「いや、あれは膝にかなりの負担がかかる」
そう。ジェイソンの腕力ならば、対戦相手のミノタウロスなど楽に持ち上げられるだろう。その方が見栄えもよいが、膝は深刻なダメージを負うことは避けられない。
「だから、いくつか必殺技の候補を考えてきた」
ドラゴンが続けて取り出したのは、絵と文字のならぶ紙だった。
いずれも各種格闘技を参考にしているらしく、レスリング向けに改良されたどこか見覚えのある技が並んでいた。
「この二段カタパルトはおすすめだ。技名に改良の余地はあるが、相手に一撃目の拳を当ててから、腕に沿って二撃目を・・・」
「うーん・・・」
ドラゴンの解説を聞きながら、ジェイソンは眉間にしわを寄せて呻いた。
一枚一枚、技の概要と細かい動作を頭に入れながら、彼は読み進めていく。
「何というか・・・どれも、堅実だな」
時間をかけ、ドラゴンの出した候補を頭に納めてから、彼は呟いた。
「堅実、というと?」
「ああ、格闘技を参考にしているらしく、どれも食らったら効きそうだって言うのは分かるんだ。ただ、それだけだ」
目を閉じ、ドラゴンのお勧めだという二段カタパルトを脳裏で受け止めながら、彼は続ける。
「二段カタパルト・・・一撃目を食らってから、もう一発拳が飛んでくるのは、まあよくある。ただ、一発目で作った拳の道筋を辿って飛んでくるから、二発目も確実に決まるってのは恐ろしいな」
「そうだろう、そうだろう」
「ただ・・・そんな技で見栄えすると思うか?」
ジェイソンの問いかけに、ドラゴンが言葉を失った。
「確かに、よけるのは難しいし、顎だとかに二発も食らえばひっくり返っちまうな。だが、それだけだ。ついさっきまで拳と拳をぶつけ合っていたレスラー同士が、拳を二発食らっただけでひっくり返る。たしかにダメージは重いかもしれないが、それをみた観客が納得すると思うか?」
「しかし、現にダメージは・・・」
「観客には、目で見えるものと耳で聞こえるものしか届かないんだ。思いっきり、『そりゃ立ち上がれねえよな』って言うような説得力のある大技を食らうまで、レスラーは倒れられないんだ」
「説得力・・・」
ドラゴンは必殺技候補に目を落とした。
「ほんのちょこっと顎を拳がかすめた。腹に少々膝が食い込んだ。確かにそれぐらいでしばらくは動けなくなるだろうが、そんなんじゃ客は納得しねえ」
「じゃあ、どうすれば・・・」
「一つ案がある」
ジェイソンはドラゴンの目を見つめながら、続けた。
「誰もが納得する、俺の引退試合を飾るにふさわしい必殺技が、な・・・」
二週間後、市民スタジアムの周りに、黒山の人だかりができていた。
ジェイソンとミノタウロスの試合を見るための観客だ。
一見すると男が多いようにも見えたが、実際のところ魔物と半々といったところだろうか。
レスラーのように立派な体つきの男や魔物が、それぞれのパートナーと談笑しながら列をなしている。
すでに開場は始まっており、リングを囲む席を、観客が埋めつつあった。
そして、会場に向かう通路に用意された控え室に、ジェイソンの姿があった。
レスリング用の厚手のパンツに、レスラーブーツをまとっただけの姿。五年前、リング上では無敗を誇っていたスマッシャージェイソンの姿が、そこにあった。
「・・・・・・」
ジェイソンは緊張した面もちで、用意されていたイスに座って鏡を睨みながら、わずかに届く観客の喧騒を聞いていた。
「失礼する」
ノックの音の直後、声が響き控え室の扉が開いた。
「ジェイソン、もうすぐだ」
「ああ・・・」
ドラゴンの言葉に、ジェイソンは低い声で応えた。
「ジェイソン」
「何だ?」
「お前・・・本当に、やるつもりなのか?」
イスから立ち上がったジェイソンに、ドラゴンが尋ねた。
「まだ、ほかに方法はあるはずだ。試合まで後五分はある。だから・・・」
「前に言っただろう。レスリングなんざただの見せ物だって。試合の流れも勝敗も決まっている作りものなんだ」
鏡越しに、控え室の戸口にたつドラゴンを見ながら、彼は続けた。
「だが、リングの上での殴り、殴られは本物だった。観客を納得させるために、リングの上では本物の殴り合いをしていたんだ」
「だからって・・・」
「観客を納得させ、俺が引退するためには必要なんだ。さあ、そろそろ行くぞ」
鏡に背を向け、ジェイソンは戸口に向き直った。
そして、場所を空けたドラゴンのそばを通り抜け、廊下に出る。
ドラゴンを連れながら、彼は会場に向かった。
徐々に観客の喧騒が大きくなり、通路の向こうにリングが見えてきた。
「ジェイソンさん、お待ちしてました」
会場スタッフが、ジェイソンを呼び止めた。
「もうすぐ出番ですので、少しここで待っていてください」
「ああ・・・」
司会のコールにあわせて入場する。何年ぶりだろうか。
「セコンドの方はこちらへ」
「分かった・・・ジェイソン」
ドラゴンが、スタッフとともにジェイソンから離れる寸前、声をかけた。
「何だ?」
「スマッシャージェイソンなら、勝てるさ」
「・・・ああ、もちろんだ」
ジェイソンが頷くのを確認してから、ドラゴンはスタッフとともに通路を離れていった。
「ふぅ・・・」
ジェイソンは深呼吸を一つすると、通路の向こう、リングを見据えた。
真っ白な四角い決闘場を、何百もの観客が取り囲んでいる。
所長から聞くところによると、会場のチケットはすでに完売し、空中投影魔法での中継公開も行われているそうだ。
数千、下手すれば数万に及ぶ目が、今か今かとリングを見つめているのだ。
『レディース、アーンド、ジェントルメン!ボーイズアンドガールズ、ヒューマンオアモンスター!』
通路を伝って、大きな女の声が会場に響いた。
『お待たせしました。まもなく世紀の大決戦、時代の流れを決めるレスリングの一戦が始まります!』
観客の興奮をあおり、試合への期待を高める司会の口上。ジェイソンは姿も知らない司会の言葉に、耳を傾けていた。
『魔物がリングに上がって早数年!選手の寿引退が続くレスリング業界をお見合いと切り捨て、時代にカツを入れるのは!どこに行っていた王者、スマッシャージェイソンだあああっ!!』
名を呼ばれると同時に、ジェイソンは通路を進み、会場に出た。
扉はおろか、薄布一枚すらなかったというのに、会場に一歩足を踏み入れると同時に熱気と歓声が彼を迎えた。
「ジェーイソン!ジェーイソン!」
「ジェイソン!待ってたぞ!」
客席を埋める男に女、そしてまばらに混じる魔物が、リングへと続く通路を進むジェイソンの名を連呼していた。
もちろん、通路近くにいるのはジェイソンの古いファンかもしれない。だがそれでも、数十人が彼に向けて歓声を上げていることに代わりはなかった。
「よう、みんな!戻ってきたぜ!」
ジェイソンは軽く手を掲げ、歓声を上げる観客に応えながら、リングに上った。
ロープをくぐり、マットの上に立つ。
そして、リングの中央に仁王立ちになり、彼は両手を掲げた。
観客の声が空気を震わせ、ジェイソンの肌を打つ。
『ジェイソンの挑戦を受けるのは!お見合いレスリングなどとは呼ばせない、魔物による新時代のレスリングを見せてやる!ミノタウロスだぁぁぁあああっ!!』
司会の絶叫と化した呼び声に、ジェイソンが出てきたのとは反対側の通路から、ミノタウロスが姿を現した。
ジェイソンはゆっくりとリングに向かう彼女のため、そっとリングの端に身を引いた。
「がんばってー!」
「人間なんかに負けるなー!」
「魔物の力、見せつけてやれ!」
緊張した面もちで進むミノタウロスに、観客の声が降り注ぐ。
だが、彼女には声援に応える余裕などないらしく、ただまっすぐにリングに向かって足を進めるばかりだった。
やがて、リングサイドの踏み台をあがり、ロープをくぐってマットの上に彼女も立った。
短パンで腰を覆い、豊かな乳房は幅広の革バンドで揺れぬよう押さえ込まれていた。
おかげで、彼女の太く逞しい四肢や、薄い志望越しに浮かび上がる腹筋が、ジェイソンにはよく見て取れた。
魔物とはいえ女、などという甘い考えは完全に捨てていたが、それでもジェイソンの胸の内に驚きめいたものが芽生えていた。
『レフェリーが入場しました!』
「両者、中央へ」
司会の声の直後、ワイシャツにスラックス、そして蝶ネクタイを締めた、レフェリースタイルのアヌビスがリングに上がり、二人を招き寄せる。
ジェイソンとミノタウロスは、レフェリーの指示のまま、リング中央にたった。
「目つぶし、金的、噛みつき、武器の使用は禁止だ。間合いを取って様子を見るのは結構だが、三十秒以上なにもしなかったら注意が入る。いいな?」
「大丈夫だ」
「あ、ああ・・・」
レフェリーのルール確認に、二人は頷いた。
「一ラウンド三分で、全三ラウンドの勝負をしてもらう。ラウンドごとに判定を行い、勝ち数の多い方が勝者だ。また、ダウンの際にはカウントが入り、十カウントで負けだ」
聞きなれたレフェリーの言葉に、ジェイソンはどこか場違いな懐かしさを覚えていた。
「それでは、両者の健闘を祈る・・・両者、コーナーへ!」
リングの角、ラウンドの合間に戻るべきコーナーに、二人は引き返した。
ジェイソンのコーナーには、いつの間にか入場していたのか、ドラゴンがロープの向こうに立っていた。
「緊張は、してなさそうだな」
「お前ほどじゃないが、多少はな」
ロープをぎゅっと握りしめながらのドラゴンの言葉に、ジェイソンは笑みを浮かべた。
「そう緊張していないのはいいが、余裕のようだな・・・大丈夫か?」
「ああ、どうにもようやく実感が芽生えてね・・・」
「実感?」
「俺が、リングに戻ったって言う実感だ」
「セコンドはリングを降りて!両選手、用意!」
ジェイソンがそこまで言ったところで、レフェリーの鋭い声が響いた。
ドラゴンは一度ジェイソンの顔を見てから、ロープから指をはなしてリングサイドに降りていった。
「よし・・・」
ジェイソンはリング中央に向き直り、ミノタウロスの方を見据えた。
ミノタウロスも少し腰を落とし、身構えながら彼の方を睨み返してきた。
その瞳に、試合に対する緊張は宿っておらず、ただ純粋な闘争の炎が燃えていた。
「ファイッ!」
選手の声とともに、ゴングが高らかに鳴り響く。
『さあ、始まりました旧時代VS新時代、人間VS魔物の1ラウンド目!』
司会が実況めいた口上を述べるが、ジェイソンに耳を傾ける余地はなかった。
ミノタウロスが、いきなりタックルを仕掛けてきたからだ。
「っ!?」
『おおっと、いきなりのタックルです!』
ジェイソンはまっすぐ向かってくる、下手すればこれまで相手してきたレスラーの誰よりも早いタックルに、とっさに横に飛んで逃れた。
ジェイソンのいた場所を、ミノタウロスの二本の角と巨体が通り抜け、リングポスト近くのロープが彼女の体を受け止めた。
『ジェイソン、タックルを難なくかわした!さすがはベテラン!』
いや、違う。確かにこれまでの経験のおかげで避けることはできたが、難なくではなかった。
ジェイソンは姿勢を整え、まっすぐにミノタウロスの背後に駆け寄ると、その広い背中めがけて拳を振りおろした。
『ミノタウロス、タックル不発と体制の立て直しが追いつかず、ジェイソンから一撃、二撃と拳をもらう!』
人間に基本的な体の構造がにているためか、ミノタウロスの背中は堅かった。
背筋がジェイソンの拳の衝撃を受け止め、ダメージを通さない。
ジェイソンはとりあえずの三発目をたたき込もうとしたところで、ミノタウロスの足が小さく動くのを視界の端で捉えた。
瞬間、彼はマットを蹴って背後に飛んだ。
すると、遅れてミノタウロスの拳が虚空をなぎ払った。
リング中央に向き直りながらの、横薙ぎの一撃。
ドラゴンの『姿勢を変えるときは足から』という情報がなければ、今の一撃をもらっていただろう。
『降り注ぐ拳に、ミノタウロスが反撃!しかしジェイソン、蝶のようにこれをかわした!』
ミノタウロスはロープから離れると、何事もなかったかのように体全体で、ジェイソンに向き直った。
『ミノタウロス選手、ジェイソンの乱撃をものともしていません!さすがは魔物!人間がこの堅牢な肉体を打ち破れるのか!?』
実況の言葉を背に、ミノタウロスは少しだけ腰を落として身構える。
先ほどのタックルのように低いものではない。単に重心を落とし、安定感を高めるためだ。
おそらく、タックルはやめて純粋に殴る蹴るの戦いに持ち込むつもりなのだろう。
ジェイソンもまた、両腕を軽くミノタウロスに向けながら、身構えた。
『両者、にらみ合いにはいりました!攻撃をひらりひらりとかわすジェイソンに、全くダメージの通らないミノタウロス!互いに相手の隙をねらっております!』
実況の声が響くこと十秒。レフェリーの注意が入るにはまだ余裕があるが、ジェイソンは動いた。
先ほどのミノタウロスのように、姿勢を落として突進したのだ。
『ジェイソン動いた!タックルです!自分より巨大な相手に、タックルは通じるのか!?』
実況はそう声を張るが、ジェイソンの狙いは違った。
単に、にらみ合いの状況を打破し、相手にアクションを起こさせるためだ。
突進する彼の姿に、ミノタウロスは一瞬驚きながらも、腕を上げた。
指は広がり、方は背後に引き、腰が少し捻ってある。迫るジェイソンを迎撃するための、張り手の姿勢だ。
ジェイソンの左足がマットを踏み、右足が上がる。
後もう一歩で間合いに入る。ミノタウロスはそう踏んで、振り挙げていた手を動かした。
ジェイソンの足が動き、彼の体が徐々に彼女の張り手の範囲に入る。
だが、ジェイソンは羽化していた右足を踏み込むのではなく、左足のほぼ隣に踏み下ろして突進を止めた。
直後、ミノタウロスの手のひらが、彼女の中指が、ジェイソンの胸の前を掠めていった。
『空振ったぁぁああ!』
実況の声が響く間に、ジェイソンは殺しきれなかった突進の勢いをねじ曲げ、横に飛んだ。
彼の体が、ミノタウロスの迎撃張り手を放った腕側に回り込む。
張り手は空振りに終わり、もう一方の腕も胴を挟んだ反対側。彼女のそこは、がら空きだった。
「ふんっ・・・!」
ジェイソンは、拳を固めると、ミノタウロスのむき出しの太腿に向けて拳を打ち込んだ。
張り手のためにマットを踏みしめていたためか、彼女の太腿には一回り筋肉が膨れているのではないかと思うほどの力がこもっており、ジェイソンの拳に鈍い痛みをもたらした。
「く・・・!」
『ミノタウロス!太腿に一撃をもらった!』
張り手が振り抜かれ、彼女は姿勢を戻しながら、張り手とは反対の拳を固め、ジェイソンに向けて繰り出してきた。
ジェイソンの拳を受けた足が軸足となり、胴を挟んで反対側の足が、マットの上を滑る。
片足で全身を支えながらの体重の乗った拳。人間のレスラー相手でもあまり受けたくない一撃を、魔物が放とうとしていた。
だが、ジェイソンの内に恐れはなかった。
ジェイソンは彼女の太腿に拳を当てたまま、そのままさらに体重をかけたのだ。
太腿がぐいと押し込まれ、ミノタウロスの体が不意に傾ぐ。
「・・・!」
軸足を押されたことでの重心の移動に、ミノタウロスが表情に焦りを浮かべた。
踏みとどまろうにも、半身の体重を乗せた上での一撃のため、もう一方の足は中途半端に脱力していた。
そのため、彼女の転倒を止める力は存在せず、ジェイソンに叩き込むつもりだった拳が解けた。
しっかりと握られていた指が広がり、拳を繰り出すためにたわめられていた腕が伸びていく。
そして、ミノタウロスは転倒を防ぐため、マットに手を突いていた。
『ジェイソン、ミノタウロスの反撃を利用し、転倒させた!がら空きだぁ!』
だが、ジェイソンは追撃を行うわけでもなく、ミノタウロスのそばから退いて距離をとった。
「おおっとジェイソン、せっかくのチャンスを見逃し、自ら距離をとった!?」
ジェイソンの動きに、実況が驚きの声を上げる。
「これは、ベテランレスラーとしての余裕の現れかぁっ!?」
「・・・」
ミノタウロスが、ジェイソンを睨みながらゆっくりと立ち上がった。
まるで、実況が推測したジェイソンの余裕に対し、怒りを抱いているように見える。
しかし、実際は違うことをジェイソンは知っていた。
転倒しながら放とうとしていた蹴りが、見抜かれたことに対する驚きを、彼女は視線に怒りを込めることでごまかしていたのだ。
つい先ほど、転倒しかけていたミノタウロスがリングに手を突いた瞬間、彼女の体重は腕一本が支えていた。
転倒の勢いに腹筋の筋力を加え、後転の要領で足を振り挙げれば、ジェイソンに思い蹴りが突き刺さっていただろう。
だが、ジェイソンはミノタウロスの両足の脱力を見抜き、とっさに身を引いたのだった。
「どうした?そっちからも来いよ・・・!」
身を起こし、姿勢を整えるミノタウロスに、ジェイソンは低い声で挑発した。
『ミノタウロス、動いた!ダメージを受けた様子もなく、まっすぐジェイソンに向かう!』
タックルのように早くはないが、マットを踏みならしながらのミノタウロスの接近に、ジェイソンは彼女の体が膨張していくような錯覚を覚えた。
自身より一回りは大きな巨体が向かってくるのだ。無理もない。
ミノタウロスは拳を固めると、胸の前ほどに掲げ、間合いに入るやいなやジェイソン向けて繰り出した。
体重の乗った大振りの一撃はいらない。大ダメージより、小さいダメージを積み重ねる方法を、彼女は選んだようだった。
『先ほどのお返しか、ミノタウロス、パンチの雨をジェイソン向けて降り注がせる!』
(お返しって・・・こっちはまだ四発しか当ててねえぞ!)
一撃でサンドバッグを大きく揺さぶるような、比較的威力の弱い拳を右に左に避けながら、ジェイソンは実況に向けて内心声を上げていた。
その上四発の内三発については、ダメージの通りにくい背中だ。だから実質的には一発と変わりないだろう。
だが、ジェイソンに向かってくる拳は。すでに十を越えていた。
『ジェイソン、避けるばかりだ!果たして彼に、反撃のチャンスはあるのか!?』
実況の声が途切れ、ミノタウロスの拳が頬を掠めた瞬間、ジェイソンは思いきり上体を反らした。
仰向けに倒れそうなほど体が傾くが、ただ倒れるつもりはない。
左足でリングを踏んだまま、ジェイソンはミノタウロスの腹に向けて右足を叩き込んでいた。
ブーツに包まれた足裏が、彼女の腹を打つ。
「こひゅっ・・・!?」
腹への打撃に、ミノタウロスの口から吐息が漏れた。
彼女の拳が止まるが、ジェイソンに追撃の手段はない。ジェイソンの背中がマットに触れ、彼の足がミノタウロスの腹とマットから離れた。
『ジェイソンが蹴った!倒れ込みながらのキックが入りました!』
「ふん!」
ジェイソンは転倒の受け身をとりつつ、転がってミノタウロスから距離を置いて、立ち上がった。
『ジェイソンがミノタウロスから逃れました。ミノタウロス、腹へのダメージが効いているのか、ジェイソンを追いません』
背中に比べれば結構なダメージを与えられたはずだが、魔物のタフさを考えると、まだまだ小手調べ程度に過ぎないだろう。
ジェイソンは、奥歯をかみしめながら、ミノタウロスを見据えた。
すると彼女は、腹部へのダメージにより瞳に浮かんでいた苦痛の色をかき消し、再びジェイソンに向かってきた。
固めた拳を、ジェイソンの間合いの外から一つ、二つと放つ。
しかし、ジェイソンの蹴りを警戒しているためか、どこか及び腰で、ミノタウロスの拳自体にも力がこもっていなかった。
ジェイソンは、そのままミノタウロスの攻撃をかわしながら反撃の機会をうかがい、ついにラウンドの終わりを迎えた。
「両者それまで!コーナーへ!」
ゴングが鳴り響き、レフェリーがそういうと同時に、ジェイソンは全身にこもっていた力が抜けるのを感じた。
『おーっと、ここで第一ラウンドが終了!両選手コーナーへ引き上げていきます』
実況の言葉を背にリングのコーナーに戻ると、セコンドのドラゴンがリング上に小さなイスを乗せ、待ちかまえているのが見えた。
「やるじゃないか」
イスに腰を下ろすと同時に、ドラゴンがジェイソンに向けてそう声をかけた。
「そう見えるか?結構危なかったぞ・・・」
「なーに、当たらなければ大丈夫」
キンキンに冷えた水のボトルをジェイソンに渡しながら、ドラゴンは続けた。
「それで、予定通り第四ラウンドまで相手の攻撃をかわしながら、ミノタウロスにちょいちょい攻撃してダメージを溜めるわけか」
「ああ」
いくら魔物といえど、ダメージと披露が積み重なれば、多少意識が朦朧としてくるはずだ。
そうなれば、一瞬の虚を突くことでどんな大技も仕掛けられるようになる。
それが、この試合の流れだった。
ジェイソンはボトルのふたを捻ると、数分の攻防で火照った体に水を浴びせた。
そして、ボトルに残った水を、一口だけ口に含む。
「勝てるな?」
「ああ、もちろん」
のどを滑り落ち、胃袋に広がる冷たさを味わいながら、ジェイソンは低くドラゴンに返した。
『まもなく第二ラウンドです!』
「両選手、コーナーを出て!」
視界の声が響き、レフェリーが二人に向けて準備を促す。
ジェイソンはイスを立つと、ボトルをドラゴンに手渡し、リング中央に歩み出た。
「ジェイソン!もう一踏ん張りだ!」
イスをリングから下ろしながらのドラゴンの言葉に、彼は軽く手を挙げて応じた。
そして、休憩を挟んでいくらか冷静になったミノタウロスと、対峙した。
「両選手、用意!」
アヌビスの声に、ジェイソンの体が微妙に脱力する。
「ファイッ!」
その一言と同時に、ジェイソンは飛び出した。
今度は先手必勝。ミノタウロスの懐に入り、ダメージを稼ぐ。
『ジェイソン飛び出した!』
距離を詰める彼の姿に、実況が声を張る。
このままミノタウロスの胴に数発拳を打ち込み、離れる。これを繰り返せば、第三ラウンドにはまともにたてなくなるだろう。
そう考えながら、ジェイソンは一歩距離を詰めた。だがその瞬間、彼の背筋を冷気がすべりおりた。
いやな予感。マットに転がされて身を起こそうとした瞬間、ボディプレスを仕掛けてくる相手の姿を見たときのような、確実にダメージを受ける予感が、彼を襲った。
なにが起こる?一見するとただ身構えているだけのミノタウロスの姿を見、ジェイソンは彼女の右足に妙な筋が浮かんでいるのに気がついた。
まるで、力を込めているかのように太腿が歪に盛り上がっている。
瞬間、ジェイソンは踏み込みかけていた左足を加速し、マットに振り下ろし、そのままリングを蹴り抜いた。
体重に力を加えた、やや斜め向きの彼の蹴りは、ジェイソン自身の体を浮かび上がらせた。
そして、蹴りの勢いに横っ飛びに突進の軌道を反らした彼に向けて、ミノタウロスが蹴りを放った。
足裏をマットにひっかけ、デコピンの要領で力を込めて勢いを養った、鋭い前蹴り。
ミノタウロスのつま先が、ジェイソンの脇を掠めていった。
「く・・・!?」
左の二の腕を掠めた蹴りの勢いに、ジェイソンは肝を冷やした。
今のが当たっていたら。カウントをとるまでもなく、勝敗がついていたかもしれない。
『け、蹴りです!突進するジェイソンに、ミノタウロスが蹴りを放ちました!』
一瞬の出来事を辛うじて捉えられたらしい司会が、そう声を上げる。
『ジェイソン、先手をとろうとして不発に終わった!このまま防戦に入り込むのか!?』
(ンなわけねえ・・・)
司会の言葉に、胸中で返しながら、ジェイソンは姿勢を立て直して再びミノタウロスに向かう。
先ほどの蹴りのおかげで、ミノタウロスはろくに姿勢を立て直せていない。
このまま胴に二三発、あるいはタックルでひっくり返してやれば、だいぶ有利になる。
しかし、迫るジェイソンの目に映ったのは、どこか余裕の混ざったミノタウロスの表情だった。
彼女は、蹴りをはなって振り上げたままの足をさらに高々と掲げ、上体を反らしていく。
そして、のけぞりながらも彼女は両腕をマットにつき、ついにもう片方の足さえも上げた。
今の今までマットにふれ、全身を支えていた足が、再びジェイソンに向けて振り抜かれる。
「くそ・・・!」
左足をマットについた瞬間だったため、ジェイソンは脱力しかけていた左足に力を込め、後方に向けて飛んだ。
ミノタウロスとジェイソンの距離が広がり、彼女の太い足が放つ蹴りが、掠めることもなく彼の前を過ぎ去る。
ミノタウロスは一瞬の逆立ちを経てから、両足をマットについて姿勢を立て直した。
『ミノタウロス選手、蹴りの勢いを利用してもう一つ蹴りを・・・』
実況が、今し方起こったことを表現し終える前に、ミノタウロスがジェイソンに向けて迫る。
腕を大きく広げ、彼を捉えようと、いや、両腕で打ちのめそうとすうかのようなタックルだ。
ジェイソンの脳裏に、少しだけ身をずらして屈み、ミノタウロスの腕をやり過ごそうかという考えが浮かぶ。
しかし、多少の小細工で避けられそうなタックルではなかった。
ジェイソンはミノタウロスよりも腰を低く落とし、彼女の太腿めがけて突進した。
タックルにはタックル。より低く、相手の重心を掬い上げるように。
ジェイソンの意図を見抜いたのか、ミノタウロスの広げられていた両腕がジェイソンの背中をつかもうと狭まる。
人間同士ならば、腕の力で体重を乗せた突進を止めることなどできないが、相手は魔物。しかも、腕力に優れたミノタウロスだ。
止められるかもしれない、という思いが浮かぶが、ジェイソンは止まらなかった。
ジェイソンとミノタウロスが、彼の背中と彼女の指が接近する。
そして、ミノタウロスの指が彼の体に触れる寸前、ジェイソンは思いきりマットを蹴った。
タックルの軌道を反らすように、右足で思い切りマットを蹴る。
不意に加わった横方向の力に、ジェイソンの体はミノタウロスの右側に回り込んだ。
すると今度は、ジェイソンの左足がマットに向けて鋭く突き刺さった。
右足が加えた横方向の力をかき消しつつ、今度は左からの力を加えるためだ。ふくらはぎが、太腿が膨れ上がり、急停止から反対方向への力がそそぎ込まれる。
一瞬彼の膝にきしみが走った。ジェイソンの表情がこわばるが、彼hかまうことなく左足でマットを蹴った。
ミノタウロスの右側に回っていた彼の体が、そのまま彼女のむしろに入り込む。
ジェイソンは再び右足でマットを踏み、タックルの勢いを完全に殺すと、そのままミノタウロスに向き直った。
背後に回り込むジェイソンを追おうとしているものの、ほぼがら空きに等しい彼女の背中。
ジェイソンは、彼女の腰に向けて組み付くと、そのまま押した。
「うぁ・・・!?」
ミノタウロスの口から声が漏れる。
無理もない。前方からのジェイソンの突進に身構えていたのに、不意に背後に回られ、重心が崩れてしまっていたのだ。
加えて、ジェイソン自身の組付きにより、ミノタウロスの体は前のめりに倒れつつあった。
「く・・・!」
ミノタウロスがマットに顔を打つ前に、両腕で自身の体を支えた。
『なんと!ジェイソン直接組み付かず、瞬間的に背後に回り込んで、ミノタウロスを倒した!』
実況が驚きに声を上げるが、まだ終わりではない。
ジェイソンはミノタウロスの腰に組み付かせていた手をほどくと、マットを支えるため折り曲げられた彼女の右肘に、自身の腕を絡ませた。
そして、彼女の背中に尻を乗せながら、背筋を反らして腕を引き延ばす。
「がぁ・・・!?」
腕を捻り上げられる痛みに、ミノタウロスが吠えた。
「折れちまうぞ!タップしろ!」
ミノタウロスの腕を全身で引き延ばしながら、ジェイソンは声を上げた。
レフェリーが彼女の顔をのぞき込み、何事かを言っていた。
「へ・・・!誰がタップするもんか・・・!」
しかし、ミノタウロスの口から紡がれたのは、レフェリーに向けた言葉ではなかった。
「せっかく、できあがりそうなのに、よお・・・!」
「おっ、お!?」
ミノタウロスの低い声とともに、ジェイソンの尻の下で彼女の背筋がうごめき、彼女の腕に力がこもった。
一瞬、一回りほど太くなったように感じられた腕をジェイソンが逃すまいと締め上げていると、彼の体が不意に浮かんだ。
ジェイソンを腕に組み付かせたまま、ミノタウロスが立ち上がったのだ。
『な、なにが起こっているのでしょうか!?ジェイソンが関節技を決めた直後、ミノタウロスが立ち上がった!』
「これで、タップの必要はないな」
「お、おい!?」
まるで自分が小さな子供のように、ジェイソンを腕に組み付かせたまま軽々と立ち上がるミノタウロスに、彼は頓狂な声を上げていた。
「ほら、離れないと頭が割れるぞ・・・!」
ミノタウロスが無造作に腕を上げ、マット向けて振り下ろす。
ジェイソンは、瞬間的に腕をゆるめ、ミノタウロスの腕から離れようとした。
しかし、落下の勢いは離れただけでは消えず、マットについた彼の両足を痺れるような衝撃がおそった。
同時に、左膝に強い痛みが走り、弱い痛みが取り残される。
まるで、リハビリ前の膝に戻ったかのようにだ。
「ぐ・・・!」
力を込めようとすれば自己主張を始める左膝の痛みに、ジェイソンは顔をしかめた。
「おう、どうした?」
『ジェイソン、どうしたのでしょうか!?着地の衝撃で、左膝の古傷が痛むのか!?』
実況の言葉に、ミノタウロスが視線でジェイソンに問いかけた。
左膝が、痛みだしたのかと。
「へ・・・雨が降る前は、どうにも痛んでね・・・」
ミノタウロスの視線に、軽口で応じながら、彼は身構えた。
膝が痛むおかげで、おおっぴらに飛んだり跳ねたりができなくなった。第一ラウンドの時のように、ぎりぎりでミノタウロスの攻撃をかわし、反撃しなければ。
しかし、ミノタウロスは悠々とジェイソンの間合いにはいると、無造作に手を振り上げた。
「っ!」
飛びずさろうとするが、左膝の痛みでは跳躍も着地もできない。
ジェイソンは身を屈め、腕を折り曲げると、襲いかかる張り手に身構えた。
直後、ミノタウロスの張り手が、ちょうどジェイソンのガードの上に降り注いだ。
「・・・っ!」
最初に感じたのは、衝撃だった。
五年前の事故の時のような、体が丸ごと投げ出されるような衝撃。
そして、ブーツ越しに足の裏に感じていたマットの感触、つまりは自身の体重を両足で支えていた感覚が消失する。
張り手の衝撃に意識が吹き飛び、平衡感覚が失われたのかとジェイソンは思った。
だが、数瞬後に張り手を受けた方とは反対側を打ちのめしたロープの感触に、彼は自分の身になにが起こったのかを理解した。
張り手の衝撃で吹き飛ばされ、リングを囲むロープにたたきつけられたのだ。
「ぐぉ・・・!」
痛みと衝撃に肺から息が絞り出され、マットの上に尻をついてしまう。
立たなければ。
ジェイソンはマットに足裏をつけ、立ち上がろうと力を込めるが、ブーツの底はマットを滑るばかりだった。
顔を向ければ、ミノタウロスがゆっくりとジェイソンに向かってくる。
『・・・・・・!・・・・・・!』
キーン、と鳴り響く耳に、実況の声が聞こえる。
何を言っているかはわからない。
だが、立ち上がらなければ。
ミノタウロスがくる。
衝撃の余韻。焦り。左膝の痛み。それらがごちゃ混ぜになり、ジェイソンを急かす。
そして、ミノタウロスが後数歩と言うところで足を止めた。
「・・・!」
ミノタウロスとジェイソンの間に、小柄な影が飛び込み、声を上げた。
レフェリーだ。ラウンドの終了を告げている。
遅れて、耳鳴りにかき消されていた音がよみがえり、ジェイソンは鳴り響くゴングと、観客の歓声、そして実況の言葉を聞くことができた。
『第二ラウンド終了です!ジェイソン、ゴングに救われました!』
「両者、コーナーへ!」
レフェリーの指示に、ミノタウロスはジェイソンを一瞥してから、自分のコーナーへ戻っていった。
一方ジェイソンは、数秒ほど呆然としてから、右足でマットを踏み、難なく立ち上がった。
「・・・・・・」
「ジェイソン!戻ってこい!」
コーナーにイスを出したドラゴンが、ジェイソンを呼んだ。
「あ、ああ・・・」
ジェイソンはわずかに左足を引きずりながらコーナーに戻ると、イスに腰を下ろした。
すると、ドラゴンがロープをくぐり、彼の前にかがみ込む。
「大丈夫かジェイソン。これを見ろ」
ドラゴンは指を一本立て、彼の前で右に左に動かした。
ジェイソンは思わず動く指を目で追っていた。
「ふん、大丈夫なようだな」
「まて・・・今、そんなにヤバかったのか?」
頭を強打した選手に対するのと同じ対応に、ジェイソンは思わず問いかけていた。
「正直、お前が手を貸してるんじゃないかって言うぐらい飛んでいた」
「そんなにか・・・」
痛みこそあまり感じなかったものの、自分を襲った衝撃に、ジェイソンは遅まきながら肝が冷えるのを感じた。
「どうする、ジェイソン?タオルはいつでも投げ込めるが・・・」
「へ、冗談じゃねえや・・・」
心配そうに、いつでも試合を中断できるというドラゴンに、ジェイソンは笑って返した。
「俺はマジモンのレスラーだ。化け物連中の相手なんて、いくらでもしてきたさ」
「いや、確かにお前の対戦相手は化け物と呼ばれていたが・・・」
『間もなく最終ラウンドです!』
あくまで、人間の範疇で化け物と呼ばれていたにすぎない。
ドラゴンが続けようとしていた言葉は、司会のアナウンスにかき消されてしまっていた。
「両選手、準備を」
「よーし、じゃあ行ってくるぜ」
「ま、待て・・・!」
レフェリーの呼び出しにジェイソンが立ち上がり、ドラゴンが縋った。
逃すまいとジェイソンの腕を、ドラゴンの手がつかむ。
「大丈夫だ」
ジェイソンは、ドラゴンの肩に触れながら、続けた。
「立派な引退試合、やってやるからな」
そして、ドラゴンの手の中から、ジェイソンの手がすり抜けていった。
「あ・・・」
「セコンドはリングを降りて!」
ジェイソンを見送るドラゴンに、アヌビスが注意をした。
彼女ははっと我に返ると、ジェイソンの座っていたイスを回収し、リングから降りていった。
『セコンドがリングを降り、両選手リング中央で向かいました』
「両者構え!」
ジェイソンとミノタウロスが、レフェリーの言葉に身構える。
「ファイッ!」
そしてゴングが高らかに鳴り響くと同時に、ミノタウロスが動いた。
下段からのすくい上げるような張り手。迫る速度はそうないが、ジェイソンはよけもしなかった。
ミノタウロスの張り手が。ジェイソンの胸を打つ。直後、彼の両足がマットから浮かび、リング際のロープに向けて吹き飛ばされていった。
三本のロープが彼の体を受け止め、リング上に転がした。
「ジェイソン・・・!」
リングサイドでジェイソンを見上げていたドラゴンが、マットに崩れ落ちた彼を呼ぶ。
やはり、膝のダメージのせいで思うように身動きがとれないのだ。
ジェイソンはマットに手を突き、身を起こそうとするが、リング際に悠々と歩み寄ったミノタウロスが、彼のわき腹に向けて蹴りを打ち込む。
「おぐ・・・!」
ジェイソンの口から濁った声が漏れ、体が浮く。
『一方的な試合展開です!さすがはミノタウロス、魔物と人間の差を見せつけたか!』
第二ラウンドの終盤で流れが変わったことを、実況が強調する。
観客の一部が声を上げ、余裕のでてきたミノタウロスがそれに応じるように、軽く手を掲げた。
その間に、ジェイソンはよろよろと身を起こす。
胸に浮かび上がる張り手の痕に、背中を横断するロープの痕。そして、左足をかばうように微かに右に傾いた体は、膝の痛みを表しているようだった。
「ジェイソン・・・」
ドラゴンは短く彼の名を呼び、手にしたタオルを握りしめていた。
試合を中断などしないと彼は言っていたが、このままでは死にかねない。
セコンドとして、トレーナーとして、そしてなによりもジェイソンのファンとして、ドラゴンは試合を終わらせるべく、タオルを振りかぶった。
しかし、彼女がタオルを投げるより前に、彼女の動きが止まった。
リングの上のジェイソンと、目があったからだ。
あれほどまでに力量差を見せつけられ、左足のダメージもぶり返してきたというのに、ジェイソンの瞳には未だ闘志が宿っていた。
腹や胸を打ったせいで乱れた呼吸が出入りしている口は、笑うように歪められていた。
「おい・・・待てよ・・・」
勝利を確信しているのか、観客の声援に応えるミノタウロスに向け、ジェイソンが口を開いた。
「もうおしまいか?ヌルい張り手を打つのも疲れたか?」
「何だと・・・?」
『おおっと、ジェイソン!ここでミノタウロスを強気に挑発し始めた!』
ジェイソンの言葉に、ミノタウロスの眉根が寄り、実況が声を上げる。
「全く、魔物の攻撃というから、わざわざ受けてやったのに、どうにも弱っちいな」
へへへ、と笑い声のような吐息を漏らしながら、彼は続ける。
「お前さんの張り手より、マスターサガミの張り手の方が重かった。お前さんの蹴りより、デッドピンの蹴りの方が痛かった」
昔を懐かしむような語調で、彼は今は引退してしまったレスラーの名を並べた。
そう、今までにジェイソンが幾度も相手してきた、『化け物』と呼ばれていたレスラーたち。
彼らは人間であったが、ジェイソンは彼らの攻撃をすべてその体で受けてきたのだ。
多少の演出があったとはいえ、ジェイソンが受けてきたダメージは本物だった。
本物の経験があったから、ミノタウロスの攻撃を受けても心がおれなかったのだ。
ジェイソンの『本物』を信じていなかったことに、ドラゴンは自身を恥じた。
「さーて、この調子だと、お前さんの得意技のタックルも13フレディの奴にすら負けるんだろうな」
13フレディ。ダウン後のテンカウントをとった後、さらにスリーカウントするようレフェリーに要求した、ジェイソンのライバル。
ミノタウロスはその名をよく知らなかったが、それでもジェイソンが自身の技を侮辱したことはわかった。
「なら、一発食らって見るかい?」
「いいねえ。だけど旦那がいるんだろ?よその男の胸に飛び込むのは、ちとまずいんじゃないのか?」
ジェイソンの軽口に、ミノタウロスはそれ以上応えなかった。
ミノタウロスがジェイソンと距離をとり、腰を落として重心を低くする。
両腕を広げ、見上げるようにジェイソンをにらみながら、彼女は動いた。
ミノタウロスの足がマットに突き刺さるようにたたきつけられ、一歩また一歩と彼我の距離が詰まっていく。
ジェイソンは迫るミノタウロスに、彼女の体を受け止めるかのように腰を落とした。
左足をかばうように、右足に重心を寄せた、若干傾いた姿勢だ。
背丈では頭一つ分は大きいミノタウロスを受け止められるはずがない。
だとすれば吹き飛ばされた後で、寝技に持ち込むつもりなのか。
ドラゴンには、ジェイソンがなにをしようとしているのか、どうやって引退試合を飾る『必殺技』につなげるのか、思い至らなかった。
そして、ミノタウロスとジェイソンの距離が縮まり、互いに後少し手を伸ばせば触れられそうな距離に入る。
その瞬間、ジェイソンが前に傾けていた上体を思い切り起こした。
ややのけぞりながら、体重をかけられていなかった左足が持ち上がり、左膝が折り曲げられる。
左膝は、ちょうどミノタウロスの顔の下ほどの高さに突き出されていた。
「っ!?」
すぐ目の前、顎に向けて迫るジェイソンの左膝に、ミノタウロスの目が見開かれる。
だが、もう止まることはできない。
拳一つ分の距離もなかった彼の膝と彼女の顎が、一瞬のうちにぶつかり合った。
がちん、とリングの上に、会場に、音が響いた。
「・・・!」
左膝から腿を伝わり、背骨から脳髄にたたき込まれた痛みに、ジェイソンは顔をしかめる。
だが、痛がっている暇はない。自身のタックルの勢いを顎で受け止めたミノタウロスが、意識を飛ばしかけているからだ。
両目が上方に向かい、伏せていた上半身が仰け反っていく。
ジェイソンは浮かしていた左膝を勢いよくおろし、足裏をマットに叩きつけながら、上体を伏せた。
意識を失いつつも、勢いの変わらないミノタウロスの体の下に、自身の体を差し込む。
発達したミノタウロスの腹筋を、首の裏と両肩で支え、ジェイソンは彼女の体を担ぎ上げた。
「ぐ・・・!」
ミノタウロスの巨体の重みがのしかかり、左膝が悲鳴を上げ、ジェイソンがうめく。
しかし、彼は止まらなかった。
屈めていた両膝を伸ばし、ミノタウロスの体を持ち上げていく。
ぎし、みしり、と骨を伝って膝からの『音』がジェイソンの耳に届く。ジェイソンは、音も、観客も、レフェリーさえも無視して、ただミノタウロスと自分と足の下に存在するマットだけを感じていた。
膝はまっすぐに伸び、掲げられた腕の上にはミノタウロスが乗っている。
自身の体重よりも確実に大きい荷重を、彼はまっすぐに支えていた。しかし、まだ足りない。ジェイソンの左足が浮かび上がり少しだけ体が仰け反る。
その直後、彼は支えていたミノタウロスの巨体を、マット向けて振りおろし始めた。
腕をおろし、そらしていた上半身を前に屈め、上げていた左足を踏み込む。
高さによる自由落下に、腕、上半身、そして踏み込みの勢いが加わる。
ジェイソンの足裏が、勢いよくマットに叩きつけられ、直後ミノタウロスの巨体がリングに沈んだ。
巨体とマットが激突する、重い音が会場に鳴り響き、マットのスプリングが吸収しきれなかった衝撃が、観客たちに振動として伝わった。
「・・・わ、ワン!」
一瞬の沈黙を挟んでから、レフェリーがあわてたように身の多雨ロスに駆け寄り、カウントを始めた。
「ツー!スリー!」
一瞬の攻防に呆気にとられていた観客が、今し方目の前で起こったことに対し、ざわざわと言葉を交わす。
「フォー!ファイブ!」
リングサイドにいたドラゴンは立ち上がり、ミノタウロスとジェイソンの様子を伺おうとしていた。
「シックス!セブン!」
ジェイソンはマットに伏せるミノタウロスを見下ろしながら、ミノタウロスを持ち上げ、マットに叩きつけたままだった姿勢を解いた。
「エイト!ナイン!」
そして、カウントが進む中、ミノタウロスは小さく身じろぎし、マットをひっかく。
「テン!」
だが、彼女の四肢に力がこもる前に、レフェリーはカウントを終えてしまった。
「勝者、ジェイソン!スマッシャージェイソン!」
レフェリーがジェイソンの手を取り、掲げながらそう宣言した。
『しょ、勝敗が決まりました!驚くことに、ジェイソンが勝利しました!』
レフェリーの言葉を司会が繰り返し、観客が歓声を上げた。
ジェイソンの勝利に驚く声。ミノタウロスの敗北が信じられないという声。
様々な声がごちゃ混ぜになり、会場に響いていた。
「ジェイソン!」
そして、ここに一つ、ジェイソンの勝利を祝う声があった。
「ジェイソン!よくやった!ジェイソン!」
リングサイドからリングにあがったドラゴンが、ジェイソンの名を呼びながら駆け寄る。
ジェイソンはやってくるドラゴンに、笑みを浮かべて腕を広げた。
そして、彼女と抱き合おうと足を踏み出した瞬間、崩れるように膝が折れ曲がった。
「っ!?」
「ジェイソン!?」
倒れそうになる彼の体をすんでのところでドラゴンが支えた。
「すまねえ、とうとう駄目になったらしい」
支えられながらジェイソンが自身の膝を示すと、内出血によるものか左膝が変色し、腫れ始めていた。
「ジェイソンさん!」
「スマッシャージェイソンさん!どうかコメントを!」
ドラゴンがリングに上がり、倒れ伏すミノタウロスが運び出されていった後で、記者たちがリングに上がってきた。
「ジェイソン!どうか一言!」
「膝の故障立ったのではないのですか、ジェイソンさん!?」
「わかった、コメントするから、少し静かにしてくれ・・・」
ドラゴンに支えられながら、ジェイソンは自身を囲む記者たちに向けて苦笑いとともに言葉を放った。
「五年前の事故で、俺は膝をぶっこわした。だが、ここにいるドラゴンのおかげで、俺はこうしてリングにもう一度上がることができた。だが、今日一日だけだ。みてくれ」
ジェイソンは軽く、記者たちに変色して腫れ上がった左膝を示しながら続けた。
「俺はもう終わりだ。膝が完全にぶっこわれたからな。だから今日の試合は、俺の引退試合になっちまうわけだ」
ハハハ、とジェイソンは膝の痛みをおくびにも出さずに笑った。
「だけど、レスリングは終わっちゃいない。俺は引退し、これから新しいレスラーたちの指導をする。いっておくが、お見合いレスリングじゃないぞ。本物の、レスリングをしたい奴のためのレスリングだ」
ジェイソンは、声を大きくしながら続けた。
「みんな、聞いてくれ!本当に戦いたい奴、本当にパワーが有り余ってる奴!お前たちのために、俺はレスリングを教えてやる!俺と、俺の勝利の女神が待ってるからな!」
そしてジェイソンは、自身を支えるドラゴンの肩に手を回しながら、そう言った。
こうして、スマッシャージェイソンのレスラーとしての人生は幕を閉じた。
同時に人間によるレスリングの時代も終焉を迎えた。
だが、レスリングの時代が終わったわけではない。
レスリングは続く。ジェイソンとドラゴンの二人の手によって、新たなレスリングとして生まれ変わりながら。
12/12/27 10:57更新 / 十二屋月蝕