(73)ゴースト
時刻は昼過ぎ、雲が漂う空の下、まばらに木の茂るなだらかな丘を、男が一人上っていた。
軽装鎧を身に纏い、腰に緩やかに湾曲した鞘に収まる剣を差した、若い男だ。
男は丘の斜面を一歩ずつ、ペースを保ちながら上っている。足取りも呼吸も乱れておらず、彼が徒歩での移動に慣れていることがわかる。
しかし、丘の中腹辺りで、不意に彼が顔をしかめ、腹に手を当てた。
「痛っ･･･いつつ･･･」
歩幅が小さくなり、彼の口から声が漏れる。
だが、男は腹を確かめるのではなく、空を仰いだ。
いつの間にか空を灰色の雲が覆いつつあり、頬を撫でる風も湿り気をはらんでいた。
「一雨くるかな･･･」
男は丘の頂上に茂る木々に目を向けると、歩幅を広げて足早に上っていった。
やがて、ぽつりぽつりと雨の滴が男の肌に触れ始めた頃、彼は丘の頂に至った。
並ぶ十数本の木々はいずれも大きく、枝葉を広げて空と地面を遮っていた。
適当な木の根本ならば、雨をしのげそうだ。
「えーと･･･お･･･！」
雨粒が葉を叩く音を聞きながら、木々の合間を進んでいると、男は樹木の一本の根方に、ウロが口を開けているのを見つけた。
ここならば、完全に雨をしのげるだろう。
彼はウロの中を確かめ、獣の臭いや体毛など、先住者の痕跡がないのを確認すると、中に入っていった。
「ふぅ･･･」
剣を抜いて傍らに置き、腰を下ろしながら一息つく。
すると、男は雨足が強まるのを、葉を叩く雨音が大きくなることで悟った。
どうやら、雨はもうしばらく続くようだ。
「だったら、もう少しゆっくりさせてもらうか、っと･･･」
軽装鎧の留め具を外し、鎧を脱ぐ。
鎧とシャツの合間に溜まっていた熱が、ウロの中に広がっていく。
雨が降っているとはいえ、樹木の中だ。軽装鎧に染み込んだ多少の湿気など、こうして広げておけば樹木が吸ってくれるだろう。
男は内側が上向きになるよう、鎧を置いた。
すると、鎧の内側に刻まれていた文字が、彼の目に入った。
アルベルト・ラストス。
男の名前だ。
彼が目的はあれど、当てのない旅を始めたのは、十年以上前にさかのぼる。
物心ついたときから、彼の側にいたゴーストの少女の正体を探り、彼女をいるべき場所へと送るために、故郷の村を出たのだ。
ゴーストの少女に名前はなかった。そこでアルは、彼女にマティアータという名前を与えた。
マティアータとの旅は、当時は鬱陶しさが勝っていたが、今思い返してみれば楽しいものだったように、アルには思えた。
ゴーストという特質を生かし、ダンジョンや遺跡の通路を確認してもらったり、酒場での博打の際に相手の手札を確認してもらったり。
彼女に助けられながら、アルは彼女の正体を求めて、あちこちをさまよった。
そんな旅に転機が訪れたのは、彼がダッハラト山脈にほど近い山間の村、エルンデルストにたどり着いた頃からだった。
エルンデルストに住むという三人の賢者に、マティの正体を探ってもらうためだった。
三賢人と称される三人の魔術師は、マティの正体を探る代わりに、アルとマティに三賢人の下で働くことを求めた。
それから、いろいろなことがあった。
エルンデルスト近辺に住む魔物に手紙を送り届けたり、魔物の下で剣の修行に明け暮れたり。
海沿いの村で、大量発生した魔物の撃退と、その原因を探ったり。
あるいは、アルの為の剣を作るため北の土地まで良質の鉄を取りに行ったり、エルンデルストを治めるアーハット子爵の主催する武闘大会にエルンデルスト代表で参加したり。
時にはマティの助けを借りながら、いろいろなことをアルは経験した。
そんな日々を送る内、エルンデルストを白尽くめの集団が訪れた。
白尽くめの集団は、教団の浄罪士達で、なにやら大きなことを成し遂げるために、三賢人の協力を求めてきたらしい。
結論から言うと、浄罪士達の長であるルシアス・ジュアン・タルタリウスがもくろんでいたのは、地獄の門を開くことだった。
魔物が人のようにものを考える心を手に入れたのは、己の罪を懺悔するために主神が与えてくださった慈悲であり、すべての人と魔物が心の底より懺悔できるよう、地獄門を開いて獄卒達ををこの地上に呼び出す。それが目的だった。
アルとマティと三賢人の調査の結果、浄罪士達はほぼ独力で地獄の門を探り当てており、最終確認をさせるために三賢人に協力を仰いだことがわかった。
そして三賢人の工作や、浄罪局と対立する異端審問局の協力もむなしく、地獄の門は開かれた。
最初に門の向こうにつれていかれたのは浄罪士の長ジュアンで、最初に門の向こうからやってきたのは、獄卒にされた彼であった。
本物の獄卒達が門を越えてくるまで、門を開けたままにしておくことが獄卒となったジュアンの仕事であった。
地獄の門を閉ざすため、三賢人が浄罪士達の作り上げた術式の解析を行う傍ら、アルは異形の姿を得た浄罪局長ジュアンを相手に戦った。
エルンデルストで、リザードマンの師匠が叩き込んでくれた剣技と、サイクロプスの鍛冶師が鍛えてくれた片刃の剣、そしてこれまで経験してきたそのすべてを用いて、アルはジュアンの気を引きつけ、足止めした。
そして門の向こうに、地獄の獄卒と地獄を統べる異形の神の姿が見え隠れするようになった頃、三賢人は解析を終えた。
浄罪士達の術式は、地獄との契約という形になっており、「契約者自身であるルシアス・ジュアン・タルタリウスの死亡」を契約に関わらなかった第三者が宣告することで無効化された。
三賢人の宣告により、今まさに門を越えようとしていた獄卒達は地獄へと引き戻され、ジュアンも門の向こうへ引きずり込まれていった。
だが、ジュアンが地獄の門を越える直前、彼の放った一撃がアルの腹を貫いたのだ。
その瞬間マティが消え去り、地獄の門は閉ざされ、アルは倒れた。
「いつつ･･･」
アルがシャツをめくり、腹を出すと、へその隣ほどにひきつれた傷跡があった。
ジュアンが地獄の門に引きずり込まれながらも放った一撃によるものだ。
傷は深かったが、幸いアル自身の臓器に損傷はなく、三賢人の処置で彼は一命を取り留め、こうして雨が降ると多少痛むほかは、何の問題もなかった。
だが、マティはそうではなかった。
アルの腹の中で貫かれていたのは、人体には本来存在しない肉の塊だった。
三賢人がそれを摘出し、調べたところ、その肉の塊は人間の出来損ないであることがわかった。
まれに母親の胎内で、双子の片方がもう片方を取り込んでしまうことがあるという。アルの腹から出てきたのは、そうやって取り込まれてしまった彼の片割れだった。
だが、その片割れはアルの体内で、こうして刺し貫かれるまで生き続けていたのだった。
刺し貫かれて死んでしまった肉の塊と、消えてしまったマティ。その二つから、アルがマティの正体に気がつくのに、そう時間は必要なかった。
マティは、アルの双子の姉妹だったのだ。
アルの腹の中では生きているものの、実質的に生きているとはいえない、そんな中途半端な片割れが作り出したゴースト。それがマティだったのだ。
アルの療養や、浄罪士の残党の逮捕など、諸々が片づいてから、彼は三賢人とともにエルンデルストへ戻り、『マティアータ・ラストス』を埋葬した。
そして、『マティの正体を探る』という目的を達成したアルは、エルンデルストを離れたのだった。
「今日はここで足止めかなあ･･･」
シャツを下ろし、傷跡を隠しながら、アルは呟いた。
特に急ぎの旅でもないが、こうして昼間にじっとしているともったいない気分になる。
ぼんやりしているのももったいないので、装備の手入れでもしようか。
彼は荷物の中から布を出すと、傍らに置いていた剣を抜き、刀身を磨き始めた。
緩く湾曲した刃はジパングの刀剣の様式を模しており、刃を研ぐのもジパング式に行わなければならない。
アルも砥石を持っているためジパング式の研磨もできるが、やはり専門の研ぎ師に任せた方がいい。次の次か、その次で向かう予定の町に、ジパングの刀剣を扱う店があるため、そこで研いでもらおう。
「はぁ･･･」
一通り刃を磨くと、彼は剣を鞘に収め、傍らに置いた。
それ以上やることもなく、彼は手持ちぶさたにウロから空を見上げた。
以前、マティが生きていた頃ならば、こう言うときは彼の側に現れておしゃべりをしてくれた。
だが、今こうして一人でいると、一人の寂しさと彼女の存在のありがたさが、アルの身に染みた。
「あーあ、マティ･･･」
『呼んだ？』
空気を震わせない、意識に直接響く声が、アルの呟きに応じた。
アルが横に目を向けると、彼と同じ年頃の女のゴーストが、最初からそうしていたように彼の傍らに座っていた。
ジュアンに刺し貫かれ、完全に死んでしまったことで、埋葬後に改めてゴーストとしてアルの前に現れたマティアータであった。
「お帰り」
『ただいま、って家でも何でもないんだけどね』
初めて訪れた、丘の上の樹木のウロの中、二人はそう言葉を交わした。
「それで、どうだった？」
『うん、次の町まで丘を降りたらすぐ、って感じね』
アルの問いかけに、マティは自身の下見してきた様子を答えた。
マティが生きていた頃と同じく、アルの旅路の下見を、今も彼女はしているのだ。
ただ当時と違うのは、合流場所と時間だけを決め、めいめい自由に行動しているところだろうか。
『それに、この雨も通り雨っぽいから、日が高いうちに晴れるわよ』
「そうか。それはよかった」
町を目前にして、木のウロで一晩過ごす必要がないと知り、アルは安堵した。
すると、マティはアルのほっとした様子に、ニコニコと笑みを浮かべながら口を開いた。
『じゃあ、ご褒美ちょうだい』
お使いをこなしてきた子供のような無邪気な笑顔を浮かべる、妙齢の女の姿は、アンバランスではあるがどこか可愛らしかった。
「･･･ご褒美は、夜、宿に着いてからだ」
『なによー、次の町までの距離測ったし、この雨がやむ時刻も予想したじゃない』
嘆息するアルに、マティが唇をとがらせた。
『どっちか片方分のご褒美ぐらい、今くれてもいいじゃないのよー』
「わかった、わかった」
マティの言葉に、アルは折れた。ここで言い聞かせて我慢させることもできたが、夜のご褒美の時間に痛い目を見ることになる。
ここらで、軽く応じてあげる方が、いろいろ考えて得だった。
『はい、じゃあ･･･』
マティは腰から下のもやもやとした下半身をアルに向けると、両腕を広げながら言った。
『おいで、アールちゃん♪』
「はいはい･･･」
『はいはい、じゃなくて、マティお姉ちゃん！でしょ？』
「わかりました、マティお姉ちゃん」
二十歳すぎて、マティお姉ちゃんってどういうことなの、と内心でぼやきながらも、アルは彼女の求め通りに呼んだ。
『ん、よろし』
満足そうに頷くマティの下半身に、アルは後頭部を預けた。
ちょうど、膝枕の姿勢である。ただ、ウロの中が狭いため、アルの両足は窮屈そうに折り畳まれていた。
『よしよし･･･』
マティは白い手のひらで、アルの髪をなでた。
楽しげに、愛おしげに、髪一本一本の感触を確かめるように、彼女の指が動く。
アルとマティが双子だとわかってから、彼女はこうしてアルに対し、自身に甘えるよう求めた。
「ところでさあ･･･」
『お姉ちゃん』
「ところでさ、マティお姉ちゃん」
マティの訂正を素直に受け入れつつ、アルは問いを続けた。
「ついこの間まで俺の腹の中にいたのに、姉ってどうなんだ？」
『あら、アル知らないの？双子の場合、後からお腹の中からでてきた方が兄姉になるのよ』
「そのお腹って、母親のお腹じゃないか」
『つまり、アルは私のおかーさん、ってことね！ママ！』
「俺はママじゃない！」
『お姉ちゃんは？』
「俺はお姉ちゃんのママじゃない！それにマティは、俺の姉とも言い難いぞ！」
前々から言おうとしていた事実を口にすると、マティがびっくりしたように目を見開いた。
『そ、そうなの･･･私がお姉ちゃんじゃ、いやなの･･･』
「あ、いやそういう訳じゃなくて･･･」
予想以上に打ちひしがれた様子の彼女に、アルは思わず謝りそうになる。
『だったら間をとって、ママって呼んでいいのよ、アル』
「お前、去年母親の墓参りしたよな、マティ」
だが、後に続いたマティの言葉に、アルの内側から罪悪感が雲散した。
「それに、なんでったってこう･･･姉振る舞いしたがったり、俺にお姉ちゃんと呼ばせようとするんだ？」
『だって･･･私も知らなかったとはいえ、たった二人の姉弟だったじゃない？だって言うのに、生きてる間はお姉ちゃんらしいことしなかったなあって･･･』
「じゃあ、弟に性的なことさせるのは、お姉ちゃんらしいことなのか？」
『背徳感マシマシでいいじゃない』
「よくねえよ！」
マティに膝枕されながら、アルは思わず声を上げた。
『えー、でも姉弟で禁忌を犯すっていうのが、刺激のスパイスになって否応なしに興奮も高まるじゃない』
「マティ、お前の場合はスパイス山盛りすぎて食べられそうにないんだ」
『わかったわ･･･だったら、趣向を変えてママって･･･』
「お願いだから俺の母親を汚さないでくれ、マティ」
男の懇願に、マティは頬を膨らませた。
『アレはいやだ、コレはいやだ、ナニはやめてくれって、アルのわがまま坊や！いい加減にしないと、お姉ちゃん怒るわよ！』
「ああ、結局そこに落ち着くんだ」
いろいろ巡って、姉振る舞いを再開したマティに、アルは思わず呟いた。
『私だって、たまにはお姉ちゃん振りたいのよ！たまにはそのぐらいやってもいいでしょ！？』
「お前のたまにはは、ここ数年間ずっとのことを言うのか」
『あなたのお腹で過ごした年数に比べれば、まだ半分以下よ』
「それで比較しても、二分の一はたまにとしては多すぎじゃないか？」
『だったら、アルお母さんって甘えられるか、マティママって甘えるか好きな方にしなさい。オススメはアルお母さんよ。だってあなたがお腹を痛めて･･･』
「わかった、マティお姉ちゃん」
『素直でよろしい』
うむうむ、と頷くマティを見上げながら、アルは嘆息した。
『素直が一番、一番成長するわ。そんな、成長期のアル君には、マティお姉ちゃんがご褒美あげちゃうぞー』
「ご褒美ちょうだい、ってさっき言ってたよな」
アルの突っ込みを無視し、マティは彼のズボンに手を伸ばす。
そして、白く透き通った指を、ズボンの布地に沈めた。
布を通り抜けて彼女の指が直接、アルの肉棒にふれた。
『むむ？コレは大変！アルのジュニアが元気ないわ！早速元気にしないと！』
もう口を開くのも疲れたアルは、マティの言葉を適当に聞き流しながら、彼女の愛撫を受けた。
柔らかな肉棒を、彼女の指がむにむにと揉む。
少しだけひんやりとした彼女の指は、揉まれる刺激によって集まってくる血液の熱を受け、徐々に温もりを帯びていった。
やがて、指先だけで肉棒を摘むようであった姿勢が、いつしか屹立を掴むそれへと変わっていく。
そして、ズボンの中で張りつめるアルの男根を、彼女は握りしめていた。
ズボンの布地が肉棒を押さえ込み、圧迫感が彼を襲う。
『元気になったけど大変！今度は苦しそうだわ！緊急脱出よ、アル君！』
「はいはい･･･」
マティの言葉に適当に応えつつ、アルは手を伸ばしてズボンの合わせ目を開いた。
すると彼の屹立が。ズボンの外へとまろびでた。
『アル君ジュニア、お久しぶり〜』
昨夜見たにも関わらず、マティはそう屹立に呼びかけつつ、白い手でそれをしごいた。
ゴーストという体のためか、肌が触れ合う感触はなく、ただ圧迫感だけが肉棒を上下する。
刺激が足りないようにも思われるが、裏を返せば、肌が擦れて痛むと言うこともないわけだ。
屹立の放つ温もりを帯びていく圧迫感に、アルは徐々に心臓が高鳴っていくのを感じた。
「んっ･･･」
腰の奥で膨らみ始めた射精の予兆に声を漏らすと、マティが不意に上半身を倒した。
白い、ドレスめいた衣服に覆われた彼女の腹が、アルの顔に覆い被さる。
顔に白い布地が押しつけられるが、息苦しさは全くない。同時に、彼の肉棒の先端を何かが包み込むのを感じた。
マティが屹立の先端を咥えているのだ。
刺激と理解に、アルの腰が小さく跳ね、彼女の口内に屹立から精が迸った。
『んむっ･･･ん･･･んちゅ･･･』
腰のあたりから、くぐもったマティの声がしばし響き、射精が収まってから彼女が上体を起こした。
アルの顔を覆っていた圧迫感が消え、彼女の顔が目に入る。
『ん、んむ･･･ん･･･』
唇の端から、マティの白とは異質な白い滴を垂らしながら、彼女がもぐもぐと口を動かしていた。
彼女はしばし、口内の白濁を弄ぶと、喉へと滑り下ろした。
『ん、おいしかったわ、アル』
「満足されたようで、なにより」
彼女の精液を咀嚼する表情に、少しだけ劣情を抱いてしまったことを隠すように、アルはそうぶっきらぼうに応えた。
『さあて･･･そろそろ雨が上がると思うわ。準備した方がいいわね』
唇の端から垂れていた滴を掬いとり、指を口中に含みながら、彼女は空を見上げた。
肉棒をズボンの内に押し込みながら、アルもマティに倣うと、いつの間にか雨足が弱まっていることに気がついた。
『それじゃ、一足先に町に向かってるわ』
「じゃあ、待ち合わせ場所は傭兵酒場で」
『了解』
次の合流場所を簡単に打ち合わせすると、アルは彼女の下半身から身を起こした。
するとマティはウロの外へと出た。
『あ、そうだアル』
くるりと振り返り、軽装鎧を身につけるアルに向け、彼女が口を開く。
『私のいない間に、死んじゃだめよ？』
「そっちこそ、俺のいないところで天に召されるなよ」
二人はそう言葉を交わすと、軽く微笑んだ。
『じゃあアル、また後で』
「気をつけて、な」
マティは前を向くと、ふわりと浮かび上がり、木々の間を飛んでいった。
「さて･･･」
アルは軽装鎧を身につけ、剣を手に取ると、ウロの中で立ち上がった。
まだ、多少雨は降っているが、出ることにしよう。
先はまだ長いのだから。
ウロの中に体温の名残だけを残して、アルベルトはウロを離れていった。
軽装鎧を身に纏い、腰に緩やかに湾曲した鞘に収まる剣を差した、若い男だ。
男は丘の斜面を一歩ずつ、ペースを保ちながら上っている。足取りも呼吸も乱れておらず、彼が徒歩での移動に慣れていることがわかる。
しかし、丘の中腹辺りで、不意に彼が顔をしかめ、腹に手を当てた。
「痛っ･･･いつつ･･･」
歩幅が小さくなり、彼の口から声が漏れる。
だが、男は腹を確かめるのではなく、空を仰いだ。
いつの間にか空を灰色の雲が覆いつつあり、頬を撫でる風も湿り気をはらんでいた。
「一雨くるかな･･･」
男は丘の頂上に茂る木々に目を向けると、歩幅を広げて足早に上っていった。
やがて、ぽつりぽつりと雨の滴が男の肌に触れ始めた頃、彼は丘の頂に至った。
並ぶ十数本の木々はいずれも大きく、枝葉を広げて空と地面を遮っていた。
適当な木の根本ならば、雨をしのげそうだ。
「えーと･･･お･･･！」
雨粒が葉を叩く音を聞きながら、木々の合間を進んでいると、男は樹木の一本の根方に、ウロが口を開けているのを見つけた。
ここならば、完全に雨をしのげるだろう。
彼はウロの中を確かめ、獣の臭いや体毛など、先住者の痕跡がないのを確認すると、中に入っていった。
「ふぅ･･･」
剣を抜いて傍らに置き、腰を下ろしながら一息つく。
すると、男は雨足が強まるのを、葉を叩く雨音が大きくなることで悟った。
どうやら、雨はもうしばらく続くようだ。
「だったら、もう少しゆっくりさせてもらうか、っと･･･」
軽装鎧の留め具を外し、鎧を脱ぐ。
鎧とシャツの合間に溜まっていた熱が、ウロの中に広がっていく。
雨が降っているとはいえ、樹木の中だ。軽装鎧に染み込んだ多少の湿気など、こうして広げておけば樹木が吸ってくれるだろう。
男は内側が上向きになるよう、鎧を置いた。
すると、鎧の内側に刻まれていた文字が、彼の目に入った。
アルベルト・ラストス。
男の名前だ。
彼が目的はあれど、当てのない旅を始めたのは、十年以上前にさかのぼる。
物心ついたときから、彼の側にいたゴーストの少女の正体を探り、彼女をいるべき場所へと送るために、故郷の村を出たのだ。
ゴーストの少女に名前はなかった。そこでアルは、彼女にマティアータという名前を与えた。
マティアータとの旅は、当時は鬱陶しさが勝っていたが、今思い返してみれば楽しいものだったように、アルには思えた。
ゴーストという特質を生かし、ダンジョンや遺跡の通路を確認してもらったり、酒場での博打の際に相手の手札を確認してもらったり。
彼女に助けられながら、アルは彼女の正体を求めて、あちこちをさまよった。
そんな旅に転機が訪れたのは、彼がダッハラト山脈にほど近い山間の村、エルンデルストにたどり着いた頃からだった。
エルンデルストに住むという三人の賢者に、マティの正体を探ってもらうためだった。
三賢人と称される三人の魔術師は、マティの正体を探る代わりに、アルとマティに三賢人の下で働くことを求めた。
それから、いろいろなことがあった。
エルンデルスト近辺に住む魔物に手紙を送り届けたり、魔物の下で剣の修行に明け暮れたり。
海沿いの村で、大量発生した魔物の撃退と、その原因を探ったり。
あるいは、アルの為の剣を作るため北の土地まで良質の鉄を取りに行ったり、エルンデルストを治めるアーハット子爵の主催する武闘大会にエルンデルスト代表で参加したり。
時にはマティの助けを借りながら、いろいろなことをアルは経験した。
そんな日々を送る内、エルンデルストを白尽くめの集団が訪れた。
白尽くめの集団は、教団の浄罪士達で、なにやら大きなことを成し遂げるために、三賢人の協力を求めてきたらしい。
結論から言うと、浄罪士達の長であるルシアス・ジュアン・タルタリウスがもくろんでいたのは、地獄の門を開くことだった。
魔物が人のようにものを考える心を手に入れたのは、己の罪を懺悔するために主神が与えてくださった慈悲であり、すべての人と魔物が心の底より懺悔できるよう、地獄門を開いて獄卒達ををこの地上に呼び出す。それが目的だった。
アルとマティと三賢人の調査の結果、浄罪士達はほぼ独力で地獄の門を探り当てており、最終確認をさせるために三賢人に協力を仰いだことがわかった。
そして三賢人の工作や、浄罪局と対立する異端審問局の協力もむなしく、地獄の門は開かれた。
最初に門の向こうにつれていかれたのは浄罪士の長ジュアンで、最初に門の向こうからやってきたのは、獄卒にされた彼であった。
本物の獄卒達が門を越えてくるまで、門を開けたままにしておくことが獄卒となったジュアンの仕事であった。
地獄の門を閉ざすため、三賢人が浄罪士達の作り上げた術式の解析を行う傍ら、アルは異形の姿を得た浄罪局長ジュアンを相手に戦った。
エルンデルストで、リザードマンの師匠が叩き込んでくれた剣技と、サイクロプスの鍛冶師が鍛えてくれた片刃の剣、そしてこれまで経験してきたそのすべてを用いて、アルはジュアンの気を引きつけ、足止めした。
そして門の向こうに、地獄の獄卒と地獄を統べる異形の神の姿が見え隠れするようになった頃、三賢人は解析を終えた。
浄罪士達の術式は、地獄との契約という形になっており、「契約者自身であるルシアス・ジュアン・タルタリウスの死亡」を契約に関わらなかった第三者が宣告することで無効化された。
三賢人の宣告により、今まさに門を越えようとしていた獄卒達は地獄へと引き戻され、ジュアンも門の向こうへ引きずり込まれていった。
だが、ジュアンが地獄の門を越える直前、彼の放った一撃がアルの腹を貫いたのだ。
その瞬間マティが消え去り、地獄の門は閉ざされ、アルは倒れた。
「いつつ･･･」
アルがシャツをめくり、腹を出すと、へその隣ほどにひきつれた傷跡があった。
ジュアンが地獄の門に引きずり込まれながらも放った一撃によるものだ。
傷は深かったが、幸いアル自身の臓器に損傷はなく、三賢人の処置で彼は一命を取り留め、こうして雨が降ると多少痛むほかは、何の問題もなかった。
だが、マティはそうではなかった。
アルの腹の中で貫かれていたのは、人体には本来存在しない肉の塊だった。
三賢人がそれを摘出し、調べたところ、その肉の塊は人間の出来損ないであることがわかった。
まれに母親の胎内で、双子の片方がもう片方を取り込んでしまうことがあるという。アルの腹から出てきたのは、そうやって取り込まれてしまった彼の片割れだった。
だが、その片割れはアルの体内で、こうして刺し貫かれるまで生き続けていたのだった。
刺し貫かれて死んでしまった肉の塊と、消えてしまったマティ。その二つから、アルがマティの正体に気がつくのに、そう時間は必要なかった。
マティは、アルの双子の姉妹だったのだ。
アルの腹の中では生きているものの、実質的に生きているとはいえない、そんな中途半端な片割れが作り出したゴースト。それがマティだったのだ。
アルの療養や、浄罪士の残党の逮捕など、諸々が片づいてから、彼は三賢人とともにエルンデルストへ戻り、『マティアータ・ラストス』を埋葬した。
そして、『マティの正体を探る』という目的を達成したアルは、エルンデルストを離れたのだった。
「今日はここで足止めかなあ･･･」
シャツを下ろし、傷跡を隠しながら、アルは呟いた。
特に急ぎの旅でもないが、こうして昼間にじっとしているともったいない気分になる。
ぼんやりしているのももったいないので、装備の手入れでもしようか。
彼は荷物の中から布を出すと、傍らに置いていた剣を抜き、刀身を磨き始めた。
緩く湾曲した刃はジパングの刀剣の様式を模しており、刃を研ぐのもジパング式に行わなければならない。
アルも砥石を持っているためジパング式の研磨もできるが、やはり専門の研ぎ師に任せた方がいい。次の次か、その次で向かう予定の町に、ジパングの刀剣を扱う店があるため、そこで研いでもらおう。
「はぁ･･･」
一通り刃を磨くと、彼は剣を鞘に収め、傍らに置いた。
それ以上やることもなく、彼は手持ちぶさたにウロから空を見上げた。
以前、マティが生きていた頃ならば、こう言うときは彼の側に現れておしゃべりをしてくれた。
だが、今こうして一人でいると、一人の寂しさと彼女の存在のありがたさが、アルの身に染みた。
「あーあ、マティ･･･」
『呼んだ？』
空気を震わせない、意識に直接響く声が、アルの呟きに応じた。
アルが横に目を向けると、彼と同じ年頃の女のゴーストが、最初からそうしていたように彼の傍らに座っていた。
ジュアンに刺し貫かれ、完全に死んでしまったことで、埋葬後に改めてゴーストとしてアルの前に現れたマティアータであった。
「お帰り」
『ただいま、って家でも何でもないんだけどね』
初めて訪れた、丘の上の樹木のウロの中、二人はそう言葉を交わした。
「それで、どうだった？」
『うん、次の町まで丘を降りたらすぐ、って感じね』
アルの問いかけに、マティは自身の下見してきた様子を答えた。
マティが生きていた頃と同じく、アルの旅路の下見を、今も彼女はしているのだ。
ただ当時と違うのは、合流場所と時間だけを決め、めいめい自由に行動しているところだろうか。
『それに、この雨も通り雨っぽいから、日が高いうちに晴れるわよ』
「そうか。それはよかった」
町を目前にして、木のウロで一晩過ごす必要がないと知り、アルは安堵した。
すると、マティはアルのほっとした様子に、ニコニコと笑みを浮かべながら口を開いた。
『じゃあ、ご褒美ちょうだい』
お使いをこなしてきた子供のような無邪気な笑顔を浮かべる、妙齢の女の姿は、アンバランスではあるがどこか可愛らしかった。
「･･･ご褒美は、夜、宿に着いてからだ」
『なによー、次の町までの距離測ったし、この雨がやむ時刻も予想したじゃない』
嘆息するアルに、マティが唇をとがらせた。
『どっちか片方分のご褒美ぐらい、今くれてもいいじゃないのよー』
「わかった、わかった」
マティの言葉に、アルは折れた。ここで言い聞かせて我慢させることもできたが、夜のご褒美の時間に痛い目を見ることになる。
ここらで、軽く応じてあげる方が、いろいろ考えて得だった。
『はい、じゃあ･･･』
マティは腰から下のもやもやとした下半身をアルに向けると、両腕を広げながら言った。
『おいで、アールちゃん♪』
「はいはい･･･」
『はいはい、じゃなくて、マティお姉ちゃん！でしょ？』
「わかりました、マティお姉ちゃん」
二十歳すぎて、マティお姉ちゃんってどういうことなの、と内心でぼやきながらも、アルは彼女の求め通りに呼んだ。
『ん、よろし』
満足そうに頷くマティの下半身に、アルは後頭部を預けた。
ちょうど、膝枕の姿勢である。ただ、ウロの中が狭いため、アルの両足は窮屈そうに折り畳まれていた。
『よしよし･･･』
マティは白い手のひらで、アルの髪をなでた。
楽しげに、愛おしげに、髪一本一本の感触を確かめるように、彼女の指が動く。
アルとマティが双子だとわかってから、彼女はこうしてアルに対し、自身に甘えるよう求めた。
「ところでさあ･･･」
『お姉ちゃん』
「ところでさ、マティお姉ちゃん」
マティの訂正を素直に受け入れつつ、アルは問いを続けた。
「ついこの間まで俺の腹の中にいたのに、姉ってどうなんだ？」
『あら、アル知らないの？双子の場合、後からお腹の中からでてきた方が兄姉になるのよ』
「そのお腹って、母親のお腹じゃないか」
『つまり、アルは私のおかーさん、ってことね！ママ！』
「俺はママじゃない！」
『お姉ちゃんは？』
「俺はお姉ちゃんのママじゃない！それにマティは、俺の姉とも言い難いぞ！」
前々から言おうとしていた事実を口にすると、マティがびっくりしたように目を見開いた。
『そ、そうなの･･･私がお姉ちゃんじゃ、いやなの･･･』
「あ、いやそういう訳じゃなくて･･･」
予想以上に打ちひしがれた様子の彼女に、アルは思わず謝りそうになる。
『だったら間をとって、ママって呼んでいいのよ、アル』
「お前、去年母親の墓参りしたよな、マティ」
だが、後に続いたマティの言葉に、アルの内側から罪悪感が雲散した。
「それに、なんでったってこう･･･姉振る舞いしたがったり、俺にお姉ちゃんと呼ばせようとするんだ？」
『だって･･･私も知らなかったとはいえ、たった二人の姉弟だったじゃない？だって言うのに、生きてる間はお姉ちゃんらしいことしなかったなあって･･･』
「じゃあ、弟に性的なことさせるのは、お姉ちゃんらしいことなのか？」
『背徳感マシマシでいいじゃない』
「よくねえよ！」
マティに膝枕されながら、アルは思わず声を上げた。
『えー、でも姉弟で禁忌を犯すっていうのが、刺激のスパイスになって否応なしに興奮も高まるじゃない』
「マティ、お前の場合はスパイス山盛りすぎて食べられそうにないんだ」
『わかったわ･･･だったら、趣向を変えてママって･･･』
「お願いだから俺の母親を汚さないでくれ、マティ」
男の懇願に、マティは頬を膨らませた。
『アレはいやだ、コレはいやだ、ナニはやめてくれって、アルのわがまま坊や！いい加減にしないと、お姉ちゃん怒るわよ！』
「ああ、結局そこに落ち着くんだ」
いろいろ巡って、姉振る舞いを再開したマティに、アルは思わず呟いた。
『私だって、たまにはお姉ちゃん振りたいのよ！たまにはそのぐらいやってもいいでしょ！？』
「お前のたまにはは、ここ数年間ずっとのことを言うのか」
『あなたのお腹で過ごした年数に比べれば、まだ半分以下よ』
「それで比較しても、二分の一はたまにとしては多すぎじゃないか？」
『だったら、アルお母さんって甘えられるか、マティママって甘えるか好きな方にしなさい。オススメはアルお母さんよ。だってあなたがお腹を痛めて･･･』
「わかった、マティお姉ちゃん」
『素直でよろしい』
うむうむ、と頷くマティを見上げながら、アルは嘆息した。
『素直が一番、一番成長するわ。そんな、成長期のアル君には、マティお姉ちゃんがご褒美あげちゃうぞー』
「ご褒美ちょうだい、ってさっき言ってたよな」
アルの突っ込みを無視し、マティは彼のズボンに手を伸ばす。
そして、白く透き通った指を、ズボンの布地に沈めた。
布を通り抜けて彼女の指が直接、アルの肉棒にふれた。
『むむ？コレは大変！アルのジュニアが元気ないわ！早速元気にしないと！』
もう口を開くのも疲れたアルは、マティの言葉を適当に聞き流しながら、彼女の愛撫を受けた。
柔らかな肉棒を、彼女の指がむにむにと揉む。
少しだけひんやりとした彼女の指は、揉まれる刺激によって集まってくる血液の熱を受け、徐々に温もりを帯びていった。
やがて、指先だけで肉棒を摘むようであった姿勢が、いつしか屹立を掴むそれへと変わっていく。
そして、ズボンの中で張りつめるアルの男根を、彼女は握りしめていた。
ズボンの布地が肉棒を押さえ込み、圧迫感が彼を襲う。
『元気になったけど大変！今度は苦しそうだわ！緊急脱出よ、アル君！』
「はいはい･･･」
マティの言葉に適当に応えつつ、アルは手を伸ばしてズボンの合わせ目を開いた。
すると彼の屹立が。ズボンの外へとまろびでた。
『アル君ジュニア、お久しぶり〜』
昨夜見たにも関わらず、マティはそう屹立に呼びかけつつ、白い手でそれをしごいた。
ゴーストという体のためか、肌が触れ合う感触はなく、ただ圧迫感だけが肉棒を上下する。
刺激が足りないようにも思われるが、裏を返せば、肌が擦れて痛むと言うこともないわけだ。
屹立の放つ温もりを帯びていく圧迫感に、アルは徐々に心臓が高鳴っていくのを感じた。
「んっ･･･」
腰の奥で膨らみ始めた射精の予兆に声を漏らすと、マティが不意に上半身を倒した。
白い、ドレスめいた衣服に覆われた彼女の腹が、アルの顔に覆い被さる。
顔に白い布地が押しつけられるが、息苦しさは全くない。同時に、彼の肉棒の先端を何かが包み込むのを感じた。
マティが屹立の先端を咥えているのだ。
刺激と理解に、アルの腰が小さく跳ね、彼女の口内に屹立から精が迸った。
『んむっ･･･ん･･･んちゅ･･･』
腰のあたりから、くぐもったマティの声がしばし響き、射精が収まってから彼女が上体を起こした。
アルの顔を覆っていた圧迫感が消え、彼女の顔が目に入る。
『ん、んむ･･･ん･･･』
唇の端から、マティの白とは異質な白い滴を垂らしながら、彼女がもぐもぐと口を動かしていた。
彼女はしばし、口内の白濁を弄ぶと、喉へと滑り下ろした。
『ん、おいしかったわ、アル』
「満足されたようで、なにより」
彼女の精液を咀嚼する表情に、少しだけ劣情を抱いてしまったことを隠すように、アルはそうぶっきらぼうに応えた。
『さあて･･･そろそろ雨が上がると思うわ。準備した方がいいわね』
唇の端から垂れていた滴を掬いとり、指を口中に含みながら、彼女は空を見上げた。
肉棒をズボンの内に押し込みながら、アルもマティに倣うと、いつの間にか雨足が弱まっていることに気がついた。
『それじゃ、一足先に町に向かってるわ』
「じゃあ、待ち合わせ場所は傭兵酒場で」
『了解』
次の合流場所を簡単に打ち合わせすると、アルは彼女の下半身から身を起こした。
するとマティはウロの外へと出た。
『あ、そうだアル』
くるりと振り返り、軽装鎧を身につけるアルに向け、彼女が口を開く。
『私のいない間に、死んじゃだめよ？』
「そっちこそ、俺のいないところで天に召されるなよ」
二人はそう言葉を交わすと、軽く微笑んだ。
『じゃあアル、また後で』
「気をつけて、な」
マティは前を向くと、ふわりと浮かび上がり、木々の間を飛んでいった。
「さて･･･」
アルは軽装鎧を身につけ、剣を手に取ると、ウロの中で立ち上がった。
まだ、多少雨は降っているが、出ることにしよう。
先はまだ長いのだから。
ウロの中に体温の名残だけを残して、アルベルトはウロを離れていった。
12/11/11 18:52更新 / 十二屋月蝕
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