(71)アヌビス
花束を手にしたアヌビスが、一人遺跡の一角にもうけられた部屋に入ってきた。
「うーーい、ただいま帰りました、ヨー」
褐色の頬を少しだけ赤く染め、足下をふらつかせながら、彼女はよろよろと部屋の奥に向かった。
「お土産がありますよー、花束ですよー」
おぼつかない手つきで、花束を包む紙をはがすと、彼女は棚に並べられていた飾りものの壷に花をつっこみ、水差しの水をそそぎ込んだ。
花を生けるわけでもなく、ただ飾っただけだ。
「うーん、やっぱり違うわねえ。こう、新郎新婦の幸せ感がにじみ出てるわぁ」
花を一秒ほど眺めてから、彼女はそう頷いた。
先ほどまで開かれていた、部下のスフィンクスの結婚式に彼女は招待されたのだ。
遺跡守護に必要なレベルの問いかけができなくなったのと併せて、寿退職を報告したスフィンクスの姿は、幸せそうだった。
そして、このあたりに古くから伝わる花嫁衣装を纏い、人間の男と並ぶ彼女は輝いていた。
「ねー、仕事も不真面目だったあのスフィンクスが、結婚するなんてねー」
スフィンクスが放り投げ、運良くキャッチして手に入れたブーケに、アヌビスは語りかけた。
「おかしいわよね？ｳﾝｿｳｵﾓｳﾖ」
アヌビスが裏声で、自らの問いかけに続けた。
「でも、仕事一辺倒の私は、このまま一人で朽ちていくのかしら？ｿﾝﾅｺﾄﾅｲﾖ」
ブーケを見つめ、極力唇を動かさないようにして言葉を紡ぐ。そうするとアヌビスには、まるで花たちがしゃべっているように見えた。
「ｼｺﾞﾄｶﾞﾊﾞｯﾁﾘﾃﾞｷﾙ ｽﾃｷｽﾀｲﾙﾉｱﾆｰﾁｬﾝﾅﾗ ｷｯﾄｲｲﾋﾄﾄｹｯｺﾝﾃﾞｷﾙﾖ！うふふ･･･ありがと･･･」
自らを励ます言葉に、彼女は微笑む。
「じゃあ、私もう少し、頑張ってみるわ･･･ｶﾞﾝﾊﾞｯﾃ ｱﾆｰﾁｬ」
「帰っていたのか」
「ただいま」
不意に部屋の入り口から入ってきた男の声に、アヌビスは裏声を断ち切った。
「ん？一人か？」
遺跡の番人として、夜間の見回りをするアヌビスの同僚にして同居人の男が、そう問いかけた。
「ええ」
彼女が応えながら、花から目を離して振り返ると、部屋のドアの隙間から顔だけをのぞかせる男の姿が目に入った。ドアを開ける音がしなかったということは、彼女が閉め忘れていたのだろう。
「甲高い声が聞こえて、妖精か何かが来ているのかと･･･」
「私よ。腹話術の練習してたの。今日の結婚式でふつうにスピーチしたら、花嫁に面白くないって言われて･･･」
「そうか。侵入者じゃなくてよかった」
男の頷きに、アヌビスは胸をそっと撫で下ろした。
男の前では、まじめな遺跡管理人として振る舞っているのだ。自分の裏声での励ましを聞かれたかと思って、酔いも醒めてしまった。
「晩飯は？」
「いらないわ」
先ほどの結婚式で、ごちそうを平らげてきた。小腹はすいていたが、あまり食べるとよくない。
「そうか。とりあえず、風呂の湯は沸かしてあるから、ゆっくり入ってくるといい」
「ありがとう」
近場のオアシスから水をくみ、火を焚いて温めておいてくれた男の労力に、彼女は素直に感謝した。
仕事の上でもそうだが、こうした生活を送る上での気配りがありがたい。
アヌビスは花の前から離れ、若干ふらつく足取りで、下着などを納めている箱の前に歩み寄った。
「ああ、それと」
ドアの隙間から顔を引っ込め、ほぼドアを閉じかけたところで男がふと思い出したように口を開く。
「キットキミナラ ケッコンデキルヨ アニーチャン」
「･･･」
裏声ではあるものの、アヌビスのそれほどは高くない男の言葉に、彼女は一瞬動きを止めた。
どうしよう。
怒るか、聞かなかったことにするか、言い訳するか。彼女の酔いが醒めたとはいえ、まだまだ酒の残っている頭の中で思考が渦を巻く。
そして、彼女の意識は一つの結論に達した。
「うーん･･･」
それは、うめき声を漏らしながら、意識を手放して失神することだった。
目を開けると、見慣れた天井がそこにあった。
「お、起きたか」
男が司会の縁から顔をのぞかせ、口を開く。
「ええと･･･」
「急に起きあがるな。突然倒れて驚いたぞ」
上半身を起こそうとする彼女を押しとどめながら、男は続けた。
「気分は悪くないか？痛いところは？」
「うん･･･大丈夫･･･」
背中に触れる布と柔らかなクッションの感触に、彼女は自身がベッドに横たわっていることを悟った。
「水、飲むか？」
「頂戴･･･」
彼女の言葉に、男は横になったままでも水が飲めるよう、飲み口の付いた器を彼女の唇に近づけた。
「ん･･･」
きゅっと伸びた飲み口に唇を当てると、男が器を傾けて水を飲ませる。
ゆっくりゆっくり、口内を潤していく水は美味だった。
「ん･･･もういいわ･･･」
少しだけ顎を引くと、男は器を戻して引っ込めた。
「その･･･どのぐらい眠ってたの？」
「だいたい二十分ぐらいだ。結婚式ではしゃぎすぎたのかもしれないな」
「かも･･･」
意外な人物の結婚に、少々取り乱して酒を飲み過ぎたかもしれない。反省しなければ。
「だが、倒れたのが帰ってきてからでよかった。外だったらケガしてたかもしれないし」
「そ、そうね･･･」
アヌビスは、自分が気を失う直前のことを思い出しながら、頷いた。
彼女は自分がどうやって気を失ったか、明確に覚えている。だが、男はその前後のことを一切話題にしようとしなかった。
まるで、一連のやりとりが夢か幻であったのではないか、と彼女が思った。
「それと、こういう状況で言うのもアレなんだが･･･」
「なに？」
彼女の胸の中で、一瞬心臓が跳ねる。まさか、腹話術についてついに聞かれるのだろうか。
再び頭の中で、どう対応するか考えが渦を巻く。しかし今度は無様に失神することなく、完璧に対応してみせる。
渦の中心で覚悟を決める彼女に、男は続けた。
「その、俺と一緒になってほしい」
「へあ？」
「そりゃ、今も仕事は一緒だし、住んでるところも一緒だけど･･･もう少し、何というか結婚前提のおつき合いを･･･」
「ちょっと、ちょっと待って！」
全く予想だにしていなかった彼の言葉に、アヌビスは必死に彼の言葉を止めさせるほか、何もできなかった。
「え？何で突然？いや、どうして私で、今？」
彼女の混乱を反映するように、口から紡がれる言葉も滅茶苦茶だった。
「どうしてお前かというと･･･その、仕事でもそうだが、ぴしっとした生活態度や、何かしているときの横顔が気になって･･･」
だが、男は彼女の聞きたいことをちゃんと察してくれたらしい。
「それに、いつも俺がやることにいちいち感謝してくれるのもうれしかったし･･･とにかく、いつの間にか好きになってた」
「そ、そう･･･」
男の好き、という言葉に、アヌビスは自分の頬が熱を帯びていくのを感じた。
「そして何で今、突然かというと･･･時々お前は、ひどく乱れることがあるんだ」
「乱れるって･･･」
確かに一人寂しい夜をやり過ごすため、自分を慰めたことはある。だが、それも扉に鍵をかけ、布を噛んで声を押し殺しながらだ。
「今日みたいに酒を飲んだときとか、寝ぼけているときとか」
「ああ、そっちね」
男が自分の恥部を知っているわけではなかったと、彼女はほっとした。
「特に今日はひどく乱れていて、妙に甲高い声で花とおしゃべりして･･･」
「い、いや･･･違うの、それには理由が･･･！」
「そんなになるまで寂しい思いをさせて住まなかった！お前の寂しさを紛らわせられるのなら、どうか俺を受け入れてほしい！」
「ああうう･･･」
ついに言及された腹話術の一件と、それに被せられる告白の言葉に、アヌビスは口を開閉することしかできなかった。
ある意味自分の自慰よりも恥ずかしいものを見られ、そのことに言及され、その上二度も愛の告白を受ける。
バラバラでなら、どう対応するか考え、シミュレーションしたこともあったが、一度にこられるなどとは考えたこともなかった。
そのためアヌビスには、素面の彼女が見れば情けないと嘆くような、無様に口を開閉すること以外、何もできなかった。
「頼む･･･！」
「え、ええと･･･ええと･･･そ、そうだ！」
手を握ってくる男に、彼女はたっぷりと視線をさまよわせてから、どうにか言葉を紡いだ。
「そういう仲になっても、仕事は今まで通りキチンとこなすと、約束できる？」
「約束する。絶対に仕事から手を抜かない」
「仕事じゃないときとかも、家事とか分担して、キチンとやれる？」
「する。子供ができて、お前があまり動けなくなったときも、全部やる」
男の手の温もりと、その言葉に、アヌビスの頬がどんどん赤くなっていく。
「えと、ええと･･･私を、一人にしない･･･？」
「ずっと一緒だ」
彼の返答に、彼女は指に力を込めた。
握り返された手の感触に、男はアヌビスの了解を感じ取った。
「その･･･キス、してもらいたいな、と･･･」
視線を逸らしながらも紡がれた彼女の求めに、男は無言で顔を近づけた。
迫る彼の顔に、アヌビスは胸中に僅かな恐れを抱いた。
彼女の予定では、キスはベッドの上ではなく、立っているときにやるものだったからだ。
迫る彼の顔に思わず目を閉じるが、顔は背けなかった。
すると、一瞬の間をおいて、柔らかなものが彼女の唇に触れた。
それは頭の中でおぼろげに思い描いていたものより、遙かに柔らかかった。
（あ･･･）
驚きも感想も消え去り、唇に触れる男のそれに、彼女は胸中で声を漏らすことしかできなかった。
唇から力が抜け、自然と口が開く。すると、男の唇も彼女に倣うように開いた。
そして、男は口中から舌を出し、アヌビスの唇を軽く舐めた。
唇を湿らせる、自分のものではない体液。そして、口づたいに伝わる、彼自身の香り。
触覚と嗅覚で、男と本当に唇を重ねていることを彼女は実感した。
そして同時に、彼女は自分の口が、結婚式で出された料理と酒のにおいを漂わせていることに思い至った。
「ん･･･！」
わき起こる羞恥心に、彼女は小さく声を漏らして唇を離そうとする。しかし、男はアヌビスの弱々しい力をものともせず、むしろ唇をより強く押し当て、舌を唇より内側に差し入れてきた。
「んむっ･･･んん･･･！」
口蓋や舌の裏、歯と唇の間に、男の柔らかな肉が入り込み、なぞり、撫でる。
粘膜を擦られる感触に、口中に唾液が溢れだしてくるが、男は自らにじむ唾液に舌を沈め、掬いとっていった。
そして、彼女の唾液をたっぷりと舌で絡めとると、男は唇をようやく離した。
「ぷはっ･･･はぁ、はぁ･･･」
唇と唇の間はもちろん、舌と舌の間にまで粘ついた唾液が糸を張り、二人の接吻の長さと、その激しさを示していた。
「はぁ、はぁ、はぁ･･･」
無意識のうちに息を止めていた彼女は、口を開けたまま、空気を求めて喘いだ。
視界が涙で滲み、四肢に妙に力がこもらない。酸欠のせいだろうか？いや、自身が興奮しているためだ。
初めて異性と肌を重ねるという行為に、アヌビス自身が興奮しているためだ。
「はぁ、はぁ･･･」
男は、荒い呼吸を重ねる彼女の肌に触れると、優しく撫で始めた。
首筋から、薄く鎖骨の浮かぶ胸元に触れ、薄い胸を覆う布に触れる。
布の縁と肌の境をなぞり、布の内側に指を潜り込ませる。
「や、やぁ･･･」
胸の裾野、乳房の端に触れる男の指に、アヌビスは弱々しく声を漏らした。
だが、それ以上の抵抗はせず、布によって圧迫感の増した彼の指を、彼女はおとなしく受け入れていた。
そして、男の指が布の下部にかかり、力を込めて引き上げていく。
少しずつ乳房が露わになっていき、ついに褐色の肌に実る、桃色の蕾が露わになった。
そこは少しだけ膨れており、アヌビス自身の震えによって、小さく揺れていた。
男は、露わになった彼女の乳房に顔を寄せると、桃色の乳首に吸い付いた。
「んっ･･･！」
胸をぴりり、と走った甘い刺激に、彼女は小さく声を漏らす。
男の唇が乳首を摘み、先端を舌先がつつく。
ほんの一点への刺激に、アヌビスの四肢が細かく跳ねた。すると、男の手のひらが、彼女の震えと痙攣をなだめるように、肌を撫でていく。
男が乳房に吸い付く傍ら、脇を擦り、わき腹へと手のひらが移動する。
そして腰に食い込む下着の縁に沿って、指が向きを変える。
乳房を吸われながら、肌を撫でる指先の刺激に、アヌビスは必死にあえぎ声をかみ殺し、目元に涙を滲ませた。
何かが彼女の内側で膨らんでいく。眠れぬ夜の寂しさを紛らわせるため、一人秘所に触れていたときに感じていたものに似ているが、もっと熱くて大きい。
胸の中で広がっていく切なさと、意識の内を炙るような熱に、アヌビスは体を震わせた。
そして、男の指が彼女の股間を覆う僅かばかりの布を擦り、ついに両足の間に触れた。
そこは、湿り気を帯びているというところではなく、確かに濡れていた。
「んっ！」
男の指先が、濡れた下着を軽く押し、その内側の亀裂を圧迫する。股間に生じた疼きに、アヌビスは声を漏らした。
腹の内側が、ごっそりとなくなったような空虚感が、彼女の胸を苛む。
何かほしい。腹の空虚を埋めるような、何かがほしい。食べ物？飲み物？
違う、男の屹立だ。
未だ見たことのない、男の肉棒を、彼女は欲していた。
しかし彼は、口内で乳首をもてあそび、内腿を手のひらで撫でるばかりで、それ以上のことをしようとしなかった。
体が会館に打ち震えるが、一方で腹の空虚感が強まっていく。
肉体は徐々に上り詰めていくのに、心に不満が溜まっていく。
そして、体だけが彼女の意識と裏腹に達しそうになったところで、男が指と口を離した。
「あ･･･」
不意に消えた刺激に、アヌビスの口から思わず声が漏れる。
「入れて、いいな･･･？」
男が、微かに言葉に熱を滲ませながら、アヌビスに問いかけた。
彼は一度身を起こすと、ベッドの上に乗り、ズボンから屹立を取り出した。
それは既に怒張しきっており、先端からは透明な滴が滲んでいた。
「･･･っ･･･！」
初めて見る男の屹立に、彼女は一瞬心を奪われるが、直後疑問が彼女の内に芽生えた。
こんな巨大なものが、アヌビスの胎内に入るのだろうか？
疑問が、彼女の心に恐怖を呼び起こす。
「下、脱がせるぞ･･･」
男はそう言うと、彼女の下着に指をかけて、引き下ろしていく。すると濡れそぼつ亀裂が布の下から露わになり、男を求めるように口を開いた。
褐色の亀裂の内に覗く桃色の肉が、男を誘う。
彼はアヌビスの足から下着を抜き取ると、すぐそばにおいてから、彼女の両足の間に腰を入れた。
「あ･･･いや･･･！」
異性と交わるときのことは幾度となく考えてきたが、彼女の脳裏で思い描いていた屹立はもっと小さかった。
予想外に大きな肉棒に、彼女は弱々しく抵抗する。
「大丈夫だ･･･怖くない」
男は、アヌビスの手を握ると、安心させるように言った。
右手と左手、指と指を絡めあわせながらの彼の言葉は、アヌビスの震えを押さえた。
「ゆっくり、やさしくいく･･･」
「･･････」
男の言葉に、彼女は頷いた。
すると、彼は手を握ったまま、屹立の先端を亀裂の間に沈め、ゆっくりと腰を進めていった。
肉が押し広げられ、熱がアヌビスを貫いていく。
「っ･･･！」
アヌビスが息を飲み、目を見開いた。
全身に力がこもり、男と握りあわせている手に、彼女の指が食い込む。
「ぅ･･･っ･･･！」
「大丈夫か･･･？」
小さく声を漏らすアヌビスに、男は腰を止めて問いかけた。
彼女の愛液にぬめる肉穴は、根本まで屹立をねじ込みたくなるほど温かく、柔らかであったが、彼女自身の表情が男の動きを止めたのだ。
だが、心配そうに顔をのぞき込む男に対し、アヌビスは見開いていた目を細めながら、口を開いた。
「だい、じょぶ･･･ちゃんと、奥･･･まで･･･！」
気丈な彼女の笑みに応えるべく、男は肉棒を根本まで、しかしゆっくりと彼女の内へ沈めていった。
幾度かの抵抗感を経て、ついに屹立が彼女の内に収まった。
「ん･･･ふ･･･な、なんだ･･･思っていたより、痛くないじゃないの･･･」
腹の中の異物感に、アヌビスがいくらか苦しげな声を漏らしつつも、彼女はそう微笑んだ。
事実、陰部から溢れる一筋の赤も、愛液に色を添える程度であった。
慣れない場所に走った痛みに、少々混乱しただけだ。
「ほら、じっとしていて満足するの？動かないんだったら、私が･･･」
心配そうに様子をうかがう男にしびれを切らし、アヌビスは慣れぬ様子で腰を動かそうとした。
だが、腹に力を込めた瞬間、彼女の胎内に痛みが走った。
「いっ」
「大丈夫か？」
「大、丈夫･･･」
一瞬の痛みをこらえつつ応じると、彼女は腰から力を抜いた。
もうしばらく、じっとさせてもらおう。
「痛むようなら、もう少しこのままにして、馴染ませよう」
「馴染ませる･･･」
男の表現に、アヌビスは妙なおかしさを感じた。男と女のアレなのに、料理に味を付けるように馴染ませるだなんて。
「このままで辛くないか？」
「ん･･･大丈夫･･･だけど･･･」
アヌビスは男を見上げながら、言葉を濁らせた。
ベッドに背中を預けてる彼女は楽だが、男は上半身を起こしている。
彼女より、彼の方が体勢的には辛いだろう。
「俺は大丈夫だ」
男は、安心させるようにアヌビスの頬に手を伸ばすと、軽く頬を撫でた。
「ん･･･」
体の一部が自身の胎内に入っているというのに、こうして触れられるのもまた心地よかった。
「結婚式、いつにしようか」
「もうそんな話？」
頬を撫でながらの男の言葉に、アヌビスはそう返した。
そして、お返しとばかりに男の手に触れ、腕を軽くさする。
「まあ、こんな仲になったんだし、責任はとらないと」
「そっちじゃなくて、式をいつにするってスケジュールの方よ」
男の腕の筋肉のうねりを感じながら、彼女は言葉を紡ぐ。
「今日スフィンクスが式を挙げたばっかりなんだから、そう焦らなくてもいいじゃない」
「ああ、でもいい会場の予約は、早い内にしておきたいだろう？」
頬から首筋へ、撫でる範囲を広げながら、男が言う。
「きれいなドレス着て、親戚だとか知り合いもたくさん呼んで、今日の式に負けないぐらい立派な式を挙げよう」
「ふふ、そう言う台詞って、ふつう花嫁の方が言うものじゃないの？」
「でも、お前もそう言う素敵な結婚式はあこがれるだろう？」
確かにそうだ。
今日のスフィンクスも、新郎と並んで幸せそうな顔をしていた。
遠巻きに見ても、アヌビスが僅かに嫉妬するほど幸せそうだったのだ。あの場所に彼女自身がいたら、どれほど幸せなのだろう。
そうやって脳裏に、男と二人で並んで立つ様子を思い浮かべた瞬間、彼女の腹の内が急に疼き、少しだけ蠢いた。
「ん･･･！」
無意識のうちの膣のうねりに、薄れつつあった肉棒の異物感が蘇り、ごく僅かな痛みとともにしびれが彼女の背筋をかけ上った。
「どうした？痛むのか？」
「違う･･･急に、あなたと肌を重ねてるって、実感がわいて･･･」
そう、結婚式の話題で気が紛れていたが、急に蘇ってきたのだ。
表向き、破瓜の痛みで興奮は冷めていたように見えていたが、彼女の芯ではくすぶっていた。
興奮のくすぶりが徐々に燃え上がり、彼女の体を熱していく。
そして、彼女の膣が挿入されている肉棒から精を搾り取らんと、うねり始めた。
「うぉ、お･･･！？」
蠢き始めた彼女の膣内に、男は声を上げて腰を引こうとした。
だが、驚きによるとっさの行動は、アヌビスの両足によって封じられた。
「なんだか･･･急に体が変になってきた･･･！」
意識と体の興奮の落差が、彼女に不安を与える。
意識の底は冷静だというのに、体が妙に熱く、絶頂に向かいつつあるのだ。
「何か来る･･･！お願い･･･抱きしめて･･･！」
自慰の時に感じていた絶頂感。それと似ているが、比べものにならないほど大きな何かに、彼女は男を求めた。
男は、アヌビスの求めに無言で覆い被さり。彼女の体を抱きしめた。
「ん･･･！」
男の広い背中に手を回し、ぎゅっと体を密着させながら、彼女は目を閉ざした。
肌と肌で触れ合う男の温もりと、胎内の屹立の感覚が、彼女の頭を一杯に占めていく。
そして、彼女はただ挿入されているだけだというのに、絶頂に達した。
「･･･っ･･･！」
体が震え、吐息が溢れ、意識が塗りつぶされる。
自分が、自分でなくなっていくような感覚に、彼女は無意識のうちに男の体にしがみついていた。
ひときわ激しくなった膣のうねりに、一拍遅れて男が達する。
アヌビスの胎内に精が注ぎ込まれていく。
熱が彼女の胎内を灼いた。
アヌビスが意識を取り戻したとき、男は既に彼女に覆い被さっていなかった。
肉棒を引き抜き、ベッドの中で彼女を優しく抱いていた。
肌と肌が触れ合い、温もりを共有していることに気がつくと、アヌビスは全身から力を抜いた。
「気がついたか」
一瞬の力みに、アヌビスの覚醒を悟ると、男は声をかけた。
「私は･･･眠っていたのか」
「ちょっと、激しかったみたいだな･･･すまない」
挿入し、ただ写生されただけだというのに失神したアヌビスに、男は短く謝った。
「いや、いい･･･これで、私はお前のものだからな･･･」
腹の中に微かに残る熱に、彼女はじわじわと男と肌を重ねた実感を覚えていた。
「なあ･･･」
「ん？」
しばらく肌を触れ合わせていると、不意にアヌビスは口を開いた。
「式の日取りだが･･･もう少し後にしないか？」
「何でだ？結婚したかったんじゃ･･･」
そもそもの始まりの腹話術を思い出し、アヌビスは一瞬顔を赤らめる。
だが、咳払いを一つ挟むと、彼女は何事もなかったかのように続けた。
「確かに結婚したかったが、まだ、未婚の状態での男女のつきあいをやったことがないんだ。だから･･･」
「なるほど、そうだな･･･」
男は頷くと、続けた。
「じゃあ、結婚資金が貯まるまで、しばらく待ってもらえますか？」
「もちろん。一緒に、がんばろう」
幸せな結婚式に向けて、二人はそう言葉を交わした。
「うーーい、ただいま帰りました、ヨー」
褐色の頬を少しだけ赤く染め、足下をふらつかせながら、彼女はよろよろと部屋の奥に向かった。
「お土産がありますよー、花束ですよー」
おぼつかない手つきで、花束を包む紙をはがすと、彼女は棚に並べられていた飾りものの壷に花をつっこみ、水差しの水をそそぎ込んだ。
花を生けるわけでもなく、ただ飾っただけだ。
「うーん、やっぱり違うわねえ。こう、新郎新婦の幸せ感がにじみ出てるわぁ」
花を一秒ほど眺めてから、彼女はそう頷いた。
先ほどまで開かれていた、部下のスフィンクスの結婚式に彼女は招待されたのだ。
遺跡守護に必要なレベルの問いかけができなくなったのと併せて、寿退職を報告したスフィンクスの姿は、幸せそうだった。
そして、このあたりに古くから伝わる花嫁衣装を纏い、人間の男と並ぶ彼女は輝いていた。
「ねー、仕事も不真面目だったあのスフィンクスが、結婚するなんてねー」
スフィンクスが放り投げ、運良くキャッチして手に入れたブーケに、アヌビスは語りかけた。
「おかしいわよね？ｳﾝｿｳｵﾓｳﾖ」
アヌビスが裏声で、自らの問いかけに続けた。
「でも、仕事一辺倒の私は、このまま一人で朽ちていくのかしら？ｿﾝﾅｺﾄﾅｲﾖ」
ブーケを見つめ、極力唇を動かさないようにして言葉を紡ぐ。そうするとアヌビスには、まるで花たちがしゃべっているように見えた。
「ｼｺﾞﾄｶﾞﾊﾞｯﾁﾘﾃﾞｷﾙ ｽﾃｷｽﾀｲﾙﾉｱﾆｰﾁｬﾝﾅﾗ ｷｯﾄｲｲﾋﾄﾄｹｯｺﾝﾃﾞｷﾙﾖ！うふふ･･･ありがと･･･」
自らを励ます言葉に、彼女は微笑む。
「じゃあ、私もう少し、頑張ってみるわ･･･ｶﾞﾝﾊﾞｯﾃ ｱﾆｰﾁｬ」
「帰っていたのか」
「ただいま」
不意に部屋の入り口から入ってきた男の声に、アヌビスは裏声を断ち切った。
「ん？一人か？」
遺跡の番人として、夜間の見回りをするアヌビスの同僚にして同居人の男が、そう問いかけた。
「ええ」
彼女が応えながら、花から目を離して振り返ると、部屋のドアの隙間から顔だけをのぞかせる男の姿が目に入った。ドアを開ける音がしなかったということは、彼女が閉め忘れていたのだろう。
「甲高い声が聞こえて、妖精か何かが来ているのかと･･･」
「私よ。腹話術の練習してたの。今日の結婚式でふつうにスピーチしたら、花嫁に面白くないって言われて･･･」
「そうか。侵入者じゃなくてよかった」
男の頷きに、アヌビスは胸をそっと撫で下ろした。
男の前では、まじめな遺跡管理人として振る舞っているのだ。自分の裏声での励ましを聞かれたかと思って、酔いも醒めてしまった。
「晩飯は？」
「いらないわ」
先ほどの結婚式で、ごちそうを平らげてきた。小腹はすいていたが、あまり食べるとよくない。
「そうか。とりあえず、風呂の湯は沸かしてあるから、ゆっくり入ってくるといい」
「ありがとう」
近場のオアシスから水をくみ、火を焚いて温めておいてくれた男の労力に、彼女は素直に感謝した。
仕事の上でもそうだが、こうした生活を送る上での気配りがありがたい。
アヌビスは花の前から離れ、若干ふらつく足取りで、下着などを納めている箱の前に歩み寄った。
「ああ、それと」
ドアの隙間から顔を引っ込め、ほぼドアを閉じかけたところで男がふと思い出したように口を開く。
「キットキミナラ ケッコンデキルヨ アニーチャン」
「･･･」
裏声ではあるものの、アヌビスのそれほどは高くない男の言葉に、彼女は一瞬動きを止めた。
どうしよう。
怒るか、聞かなかったことにするか、言い訳するか。彼女の酔いが醒めたとはいえ、まだまだ酒の残っている頭の中で思考が渦を巻く。
そして、彼女の意識は一つの結論に達した。
「うーん･･･」
それは、うめき声を漏らしながら、意識を手放して失神することだった。
目を開けると、見慣れた天井がそこにあった。
「お、起きたか」
男が司会の縁から顔をのぞかせ、口を開く。
「ええと･･･」
「急に起きあがるな。突然倒れて驚いたぞ」
上半身を起こそうとする彼女を押しとどめながら、男は続けた。
「気分は悪くないか？痛いところは？」
「うん･･･大丈夫･･･」
背中に触れる布と柔らかなクッションの感触に、彼女は自身がベッドに横たわっていることを悟った。
「水、飲むか？」
「頂戴･･･」
彼女の言葉に、男は横になったままでも水が飲めるよう、飲み口の付いた器を彼女の唇に近づけた。
「ん･･･」
きゅっと伸びた飲み口に唇を当てると、男が器を傾けて水を飲ませる。
ゆっくりゆっくり、口内を潤していく水は美味だった。
「ん･･･もういいわ･･･」
少しだけ顎を引くと、男は器を戻して引っ込めた。
「その･･･どのぐらい眠ってたの？」
「だいたい二十分ぐらいだ。結婚式ではしゃぎすぎたのかもしれないな」
「かも･･･」
意外な人物の結婚に、少々取り乱して酒を飲み過ぎたかもしれない。反省しなければ。
「だが、倒れたのが帰ってきてからでよかった。外だったらケガしてたかもしれないし」
「そ、そうね･･･」
アヌビスは、自分が気を失う直前のことを思い出しながら、頷いた。
彼女は自分がどうやって気を失ったか、明確に覚えている。だが、男はその前後のことを一切話題にしようとしなかった。
まるで、一連のやりとりが夢か幻であったのではないか、と彼女が思った。
「それと、こういう状況で言うのもアレなんだが･･･」
「なに？」
彼女の胸の中で、一瞬心臓が跳ねる。まさか、腹話術についてついに聞かれるのだろうか。
再び頭の中で、どう対応するか考えが渦を巻く。しかし今度は無様に失神することなく、完璧に対応してみせる。
渦の中心で覚悟を決める彼女に、男は続けた。
「その、俺と一緒になってほしい」
「へあ？」
「そりゃ、今も仕事は一緒だし、住んでるところも一緒だけど･･･もう少し、何というか結婚前提のおつき合いを･･･」
「ちょっと、ちょっと待って！」
全く予想だにしていなかった彼の言葉に、アヌビスは必死に彼の言葉を止めさせるほか、何もできなかった。
「え？何で突然？いや、どうして私で、今？」
彼女の混乱を反映するように、口から紡がれる言葉も滅茶苦茶だった。
「どうしてお前かというと･･･その、仕事でもそうだが、ぴしっとした生活態度や、何かしているときの横顔が気になって･･･」
だが、男は彼女の聞きたいことをちゃんと察してくれたらしい。
「それに、いつも俺がやることにいちいち感謝してくれるのもうれしかったし･･･とにかく、いつの間にか好きになってた」
「そ、そう･･･」
男の好き、という言葉に、アヌビスは自分の頬が熱を帯びていくのを感じた。
「そして何で今、突然かというと･･･時々お前は、ひどく乱れることがあるんだ」
「乱れるって･･･」
確かに一人寂しい夜をやり過ごすため、自分を慰めたことはある。だが、それも扉に鍵をかけ、布を噛んで声を押し殺しながらだ。
「今日みたいに酒を飲んだときとか、寝ぼけているときとか」
「ああ、そっちね」
男が自分の恥部を知っているわけではなかったと、彼女はほっとした。
「特に今日はひどく乱れていて、妙に甲高い声で花とおしゃべりして･･･」
「い、いや･･･違うの、それには理由が･･･！」
「そんなになるまで寂しい思いをさせて住まなかった！お前の寂しさを紛らわせられるのなら、どうか俺を受け入れてほしい！」
「ああうう･･･」
ついに言及された腹話術の一件と、それに被せられる告白の言葉に、アヌビスは口を開閉することしかできなかった。
ある意味自分の自慰よりも恥ずかしいものを見られ、そのことに言及され、その上二度も愛の告白を受ける。
バラバラでなら、どう対応するか考え、シミュレーションしたこともあったが、一度にこられるなどとは考えたこともなかった。
そのためアヌビスには、素面の彼女が見れば情けないと嘆くような、無様に口を開閉すること以外、何もできなかった。
「頼む･･･！」
「え、ええと･･･ええと･･･そ、そうだ！」
手を握ってくる男に、彼女はたっぷりと視線をさまよわせてから、どうにか言葉を紡いだ。
「そういう仲になっても、仕事は今まで通りキチンとこなすと、約束できる？」
「約束する。絶対に仕事から手を抜かない」
「仕事じゃないときとかも、家事とか分担して、キチンとやれる？」
「する。子供ができて、お前があまり動けなくなったときも、全部やる」
男の手の温もりと、その言葉に、アヌビスの頬がどんどん赤くなっていく。
「えと、ええと･･･私を、一人にしない･･･？」
「ずっと一緒だ」
彼の返答に、彼女は指に力を込めた。
握り返された手の感触に、男はアヌビスの了解を感じ取った。
「その･･･キス、してもらいたいな、と･･･」
視線を逸らしながらも紡がれた彼女の求めに、男は無言で顔を近づけた。
迫る彼の顔に、アヌビスは胸中に僅かな恐れを抱いた。
彼女の予定では、キスはベッドの上ではなく、立っているときにやるものだったからだ。
迫る彼の顔に思わず目を閉じるが、顔は背けなかった。
すると、一瞬の間をおいて、柔らかなものが彼女の唇に触れた。
それは頭の中でおぼろげに思い描いていたものより、遙かに柔らかかった。
（あ･･･）
驚きも感想も消え去り、唇に触れる男のそれに、彼女は胸中で声を漏らすことしかできなかった。
唇から力が抜け、自然と口が開く。すると、男の唇も彼女に倣うように開いた。
そして、男は口中から舌を出し、アヌビスの唇を軽く舐めた。
唇を湿らせる、自分のものではない体液。そして、口づたいに伝わる、彼自身の香り。
触覚と嗅覚で、男と本当に唇を重ねていることを彼女は実感した。
そして同時に、彼女は自分の口が、結婚式で出された料理と酒のにおいを漂わせていることに思い至った。
「ん･･･！」
わき起こる羞恥心に、彼女は小さく声を漏らして唇を離そうとする。しかし、男はアヌビスの弱々しい力をものともせず、むしろ唇をより強く押し当て、舌を唇より内側に差し入れてきた。
「んむっ･･･んん･･･！」
口蓋や舌の裏、歯と唇の間に、男の柔らかな肉が入り込み、なぞり、撫でる。
粘膜を擦られる感触に、口中に唾液が溢れだしてくるが、男は自らにじむ唾液に舌を沈め、掬いとっていった。
そして、彼女の唾液をたっぷりと舌で絡めとると、男は唇をようやく離した。
「ぷはっ･･･はぁ、はぁ･･･」
唇と唇の間はもちろん、舌と舌の間にまで粘ついた唾液が糸を張り、二人の接吻の長さと、その激しさを示していた。
「はぁ、はぁ、はぁ･･･」
無意識のうちに息を止めていた彼女は、口を開けたまま、空気を求めて喘いだ。
視界が涙で滲み、四肢に妙に力がこもらない。酸欠のせいだろうか？いや、自身が興奮しているためだ。
初めて異性と肌を重ねるという行為に、アヌビス自身が興奮しているためだ。
「はぁ、はぁ･･･」
男は、荒い呼吸を重ねる彼女の肌に触れると、優しく撫で始めた。
首筋から、薄く鎖骨の浮かぶ胸元に触れ、薄い胸を覆う布に触れる。
布の縁と肌の境をなぞり、布の内側に指を潜り込ませる。
「や、やぁ･･･」
胸の裾野、乳房の端に触れる男の指に、アヌビスは弱々しく声を漏らした。
だが、それ以上の抵抗はせず、布によって圧迫感の増した彼の指を、彼女はおとなしく受け入れていた。
そして、男の指が布の下部にかかり、力を込めて引き上げていく。
少しずつ乳房が露わになっていき、ついに褐色の肌に実る、桃色の蕾が露わになった。
そこは少しだけ膨れており、アヌビス自身の震えによって、小さく揺れていた。
男は、露わになった彼女の乳房に顔を寄せると、桃色の乳首に吸い付いた。
「んっ･･･！」
胸をぴりり、と走った甘い刺激に、彼女は小さく声を漏らす。
男の唇が乳首を摘み、先端を舌先がつつく。
ほんの一点への刺激に、アヌビスの四肢が細かく跳ねた。すると、男の手のひらが、彼女の震えと痙攣をなだめるように、肌を撫でていく。
男が乳房に吸い付く傍ら、脇を擦り、わき腹へと手のひらが移動する。
そして腰に食い込む下着の縁に沿って、指が向きを変える。
乳房を吸われながら、肌を撫でる指先の刺激に、アヌビスは必死にあえぎ声をかみ殺し、目元に涙を滲ませた。
何かが彼女の内側で膨らんでいく。眠れぬ夜の寂しさを紛らわせるため、一人秘所に触れていたときに感じていたものに似ているが、もっと熱くて大きい。
胸の中で広がっていく切なさと、意識の内を炙るような熱に、アヌビスは体を震わせた。
そして、男の指が彼女の股間を覆う僅かばかりの布を擦り、ついに両足の間に触れた。
そこは、湿り気を帯びているというところではなく、確かに濡れていた。
「んっ！」
男の指先が、濡れた下着を軽く押し、その内側の亀裂を圧迫する。股間に生じた疼きに、アヌビスは声を漏らした。
腹の内側が、ごっそりとなくなったような空虚感が、彼女の胸を苛む。
何かほしい。腹の空虚を埋めるような、何かがほしい。食べ物？飲み物？
違う、男の屹立だ。
未だ見たことのない、男の肉棒を、彼女は欲していた。
しかし彼は、口内で乳首をもてあそび、内腿を手のひらで撫でるばかりで、それ以上のことをしようとしなかった。
体が会館に打ち震えるが、一方で腹の空虚感が強まっていく。
肉体は徐々に上り詰めていくのに、心に不満が溜まっていく。
そして、体だけが彼女の意識と裏腹に達しそうになったところで、男が指と口を離した。
「あ･･･」
不意に消えた刺激に、アヌビスの口から思わず声が漏れる。
「入れて、いいな･･･？」
男が、微かに言葉に熱を滲ませながら、アヌビスに問いかけた。
彼は一度身を起こすと、ベッドの上に乗り、ズボンから屹立を取り出した。
それは既に怒張しきっており、先端からは透明な滴が滲んでいた。
「･･･っ･･･！」
初めて見る男の屹立に、彼女は一瞬心を奪われるが、直後疑問が彼女の内に芽生えた。
こんな巨大なものが、アヌビスの胎内に入るのだろうか？
疑問が、彼女の心に恐怖を呼び起こす。
「下、脱がせるぞ･･･」
男はそう言うと、彼女の下着に指をかけて、引き下ろしていく。すると濡れそぼつ亀裂が布の下から露わになり、男を求めるように口を開いた。
褐色の亀裂の内に覗く桃色の肉が、男を誘う。
彼はアヌビスの足から下着を抜き取ると、すぐそばにおいてから、彼女の両足の間に腰を入れた。
「あ･･･いや･･･！」
異性と交わるときのことは幾度となく考えてきたが、彼女の脳裏で思い描いていた屹立はもっと小さかった。
予想外に大きな肉棒に、彼女は弱々しく抵抗する。
「大丈夫だ･･･怖くない」
男は、アヌビスの手を握ると、安心させるように言った。
右手と左手、指と指を絡めあわせながらの彼の言葉は、アヌビスの震えを押さえた。
「ゆっくり、やさしくいく･･･」
「･･････」
男の言葉に、彼女は頷いた。
すると、彼は手を握ったまま、屹立の先端を亀裂の間に沈め、ゆっくりと腰を進めていった。
肉が押し広げられ、熱がアヌビスを貫いていく。
「っ･･･！」
アヌビスが息を飲み、目を見開いた。
全身に力がこもり、男と握りあわせている手に、彼女の指が食い込む。
「ぅ･･･っ･･･！」
「大丈夫か･･･？」
小さく声を漏らすアヌビスに、男は腰を止めて問いかけた。
彼女の愛液にぬめる肉穴は、根本まで屹立をねじ込みたくなるほど温かく、柔らかであったが、彼女自身の表情が男の動きを止めたのだ。
だが、心配そうに顔をのぞき込む男に対し、アヌビスは見開いていた目を細めながら、口を開いた。
「だい、じょぶ･･･ちゃんと、奥･･･まで･･･！」
気丈な彼女の笑みに応えるべく、男は肉棒を根本まで、しかしゆっくりと彼女の内へ沈めていった。
幾度かの抵抗感を経て、ついに屹立が彼女の内に収まった。
「ん･･･ふ･･･な、なんだ･･･思っていたより、痛くないじゃないの･･･」
腹の中の異物感に、アヌビスがいくらか苦しげな声を漏らしつつも、彼女はそう微笑んだ。
事実、陰部から溢れる一筋の赤も、愛液に色を添える程度であった。
慣れない場所に走った痛みに、少々混乱しただけだ。
「ほら、じっとしていて満足するの？動かないんだったら、私が･･･」
心配そうに様子をうかがう男にしびれを切らし、アヌビスは慣れぬ様子で腰を動かそうとした。
だが、腹に力を込めた瞬間、彼女の胎内に痛みが走った。
「いっ」
「大丈夫か？」
「大、丈夫･･･」
一瞬の痛みをこらえつつ応じると、彼女は腰から力を抜いた。
もうしばらく、じっとさせてもらおう。
「痛むようなら、もう少しこのままにして、馴染ませよう」
「馴染ませる･･･」
男の表現に、アヌビスは妙なおかしさを感じた。男と女のアレなのに、料理に味を付けるように馴染ませるだなんて。
「このままで辛くないか？」
「ん･･･大丈夫･･･だけど･･･」
アヌビスは男を見上げながら、言葉を濁らせた。
ベッドに背中を預けてる彼女は楽だが、男は上半身を起こしている。
彼女より、彼の方が体勢的には辛いだろう。
「俺は大丈夫だ」
男は、安心させるようにアヌビスの頬に手を伸ばすと、軽く頬を撫でた。
「ん･･･」
体の一部が自身の胎内に入っているというのに、こうして触れられるのもまた心地よかった。
「結婚式、いつにしようか」
「もうそんな話？」
頬を撫でながらの男の言葉に、アヌビスはそう返した。
そして、お返しとばかりに男の手に触れ、腕を軽くさする。
「まあ、こんな仲になったんだし、責任はとらないと」
「そっちじゃなくて、式をいつにするってスケジュールの方よ」
男の腕の筋肉のうねりを感じながら、彼女は言葉を紡ぐ。
「今日スフィンクスが式を挙げたばっかりなんだから、そう焦らなくてもいいじゃない」
「ああ、でもいい会場の予約は、早い内にしておきたいだろう？」
頬から首筋へ、撫でる範囲を広げながら、男が言う。
「きれいなドレス着て、親戚だとか知り合いもたくさん呼んで、今日の式に負けないぐらい立派な式を挙げよう」
「ふふ、そう言う台詞って、ふつう花嫁の方が言うものじゃないの？」
「でも、お前もそう言う素敵な結婚式はあこがれるだろう？」
確かにそうだ。
今日のスフィンクスも、新郎と並んで幸せそうな顔をしていた。
遠巻きに見ても、アヌビスが僅かに嫉妬するほど幸せそうだったのだ。あの場所に彼女自身がいたら、どれほど幸せなのだろう。
そうやって脳裏に、男と二人で並んで立つ様子を思い浮かべた瞬間、彼女の腹の内が急に疼き、少しだけ蠢いた。
「ん･･･！」
無意識のうちの膣のうねりに、薄れつつあった肉棒の異物感が蘇り、ごく僅かな痛みとともにしびれが彼女の背筋をかけ上った。
「どうした？痛むのか？」
「違う･･･急に、あなたと肌を重ねてるって、実感がわいて･･･」
そう、結婚式の話題で気が紛れていたが、急に蘇ってきたのだ。
表向き、破瓜の痛みで興奮は冷めていたように見えていたが、彼女の芯ではくすぶっていた。
興奮のくすぶりが徐々に燃え上がり、彼女の体を熱していく。
そして、彼女の膣が挿入されている肉棒から精を搾り取らんと、うねり始めた。
「うぉ、お･･･！？」
蠢き始めた彼女の膣内に、男は声を上げて腰を引こうとした。
だが、驚きによるとっさの行動は、アヌビスの両足によって封じられた。
「なんだか･･･急に体が変になってきた･･･！」
意識と体の興奮の落差が、彼女に不安を与える。
意識の底は冷静だというのに、体が妙に熱く、絶頂に向かいつつあるのだ。
「何か来る･･･！お願い･･･抱きしめて･･･！」
自慰の時に感じていた絶頂感。それと似ているが、比べものにならないほど大きな何かに、彼女は男を求めた。
男は、アヌビスの求めに無言で覆い被さり。彼女の体を抱きしめた。
「ん･･･！」
男の広い背中に手を回し、ぎゅっと体を密着させながら、彼女は目を閉ざした。
肌と肌で触れ合う男の温もりと、胎内の屹立の感覚が、彼女の頭を一杯に占めていく。
そして、彼女はただ挿入されているだけだというのに、絶頂に達した。
「･･･っ･･･！」
体が震え、吐息が溢れ、意識が塗りつぶされる。
自分が、自分でなくなっていくような感覚に、彼女は無意識のうちに男の体にしがみついていた。
ひときわ激しくなった膣のうねりに、一拍遅れて男が達する。
アヌビスの胎内に精が注ぎ込まれていく。
熱が彼女の胎内を灼いた。
アヌビスが意識を取り戻したとき、男は既に彼女に覆い被さっていなかった。
肉棒を引き抜き、ベッドの中で彼女を優しく抱いていた。
肌と肌が触れ合い、温もりを共有していることに気がつくと、アヌビスは全身から力を抜いた。
「気がついたか」
一瞬の力みに、アヌビスの覚醒を悟ると、男は声をかけた。
「私は･･･眠っていたのか」
「ちょっと、激しかったみたいだな･･･すまない」
挿入し、ただ写生されただけだというのに失神したアヌビスに、男は短く謝った。
「いや、いい･･･これで、私はお前のものだからな･･･」
腹の中に微かに残る熱に、彼女はじわじわと男と肌を重ねた実感を覚えていた。
「なあ･･･」
「ん？」
しばらく肌を触れ合わせていると、不意にアヌビスは口を開いた。
「式の日取りだが･･･もう少し後にしないか？」
「何でだ？結婚したかったんじゃ･･･」
そもそもの始まりの腹話術を思い出し、アヌビスは一瞬顔を赤らめる。
だが、咳払いを一つ挟むと、彼女は何事もなかったかのように続けた。
「確かに結婚したかったが、まだ、未婚の状態での男女のつきあいをやったことがないんだ。だから･･･」
「なるほど、そうだな･･･」
男は頷くと、続けた。
「じゃあ、結婚資金が貯まるまで、しばらく待ってもらえますか？」
「もちろん。一緒に、がんばろう」
幸せな結婚式に向けて、二人はそう言葉を交わした。
12/11/09 23:48更新 / 十二屋月蝕
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