連載小説
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(28)サキュバス
久々に連れ込み宿に入った。部屋に入るなり、互いの体を触りながら風呂に入り、互いの体を洗いながら一回、湯船の中で一回。風呂から上がって移動しながら一回、ベッドで五回体を重ねた。
アタシの体を心地よいダルさが満たし、彼もほどほどに満足できたようだった。
気だるさに身を任せ、うつ伏せになって羽と尻尾をほどほどに伸ばす。
「あぁ・・・これなら宿泊より休憩と延長一回の方が安かったな・・・」
天井を見ながら、彼はそう呟いた。
「もう、こういうときにそういう話しないでよ・・・」
せっかくいい気分になっていたのに台無しだ。だけどアタシの抗議に、彼は軽く肩をすくめながら応えた。
「でも、料金折半だろ?俺は料金が安い方がいいし、お前もそうだろ?」
「そうだけど・・・ほら、雰囲気とかあるじゃない」
「雰囲気?お前、恋人みたいなこと言うなあ、ははは」
彼はそう笑った。あざ笑うわけでも皮肉で笑うわけでもなく、単純に面白い冗談を聞いたように、だ。
それもそのはず。アタシたちは恋人や夫婦などではない。単に、体を重ねることがあるだけの、友達同士のつきあいだった。
「でも、雰囲気とか贈り物とか記念日とか面倒くさいのは嫌いだって、お前言ってただろ?」
そう。面倒くさいつきあいは嫌いだから、友達の延長線上でいようと言い出したのはアタシだ。
「そういや、そうだったね・・・」
付き合い初めの頃の発言を悔やみつつ、私はどうにか笑顔を作った。
そうだ。この関係はアタシが望んだことなのだ。
「それでさ・・・ついでだけど実は話があるんだ」
「なに?」
若干の居心地の悪さを忘れるべく、アタシは寝返りを打って体ごと彼の方を向きながら、続きを促した。
「実はだ・・・好きな奴ができたんだ・・・それで、この関係を終わりにしようと思うんだ」
「え・・・?」
耳元で、何かのひび割れる音が響いたような気がした。
「ほら、流石に恋人がいるってのに、お前・・・サキュバスと酒飲んだり、互いの部屋やこう言うところに泊まったりするのは・・・まあ相手我なんて言うかはわからないけど、マズいと思うんだ」
どこか照れくさそうに彼は言うが、言葉はアタシの耳を通り抜けていくばかりだ。
「それで、普通の友達レベルの付き合いにしたいんだが・・・どうだ?」
「・・・うん、そうか、そうだね・・・」
アタシはどうにか、そう返答した。
「結婚したり、好きな人ができたときは、潔く終わりにする、だったね・・・」
そのために、気持ちよく関係を終わりにするために、記念日だとか贈り物だとか、面倒なことは避ける。
そんな約束ごとを、アタシは今更ながら思いだした。
「おい、大丈夫か?」
アタシの気分に合わせて、力を失ってへたりこんだ翼と尻尾に気がついたのか、彼がそう尋ねる。
「大丈夫・・・でも、もう少し早く言ってほしかったかな・・・」
そうすれば、もう少し心構えができただろうに。今日みたいにたっぷり愛し合った後で言い渡されるより、ずっとましだっただろう。
「ああ、一応向こうに告白・・・というか俺の気持ちはまだ伝えてないから、本当に終わりになるのはもう少し先・・・だと思う」
「そうなの・・・?」
彼の発言に、アタシは日が射したような気がした。
「なーんだ!てっきり告白までして、その子と付き合ってるかと思ったじゃない」
そう、まだ付き合っていないのならば、まだ可能性はある。
「それで、その子とはどのぐらいまで行ってるの?」
「とりあえず、互いに顔見知りだし、何度か彼女の部屋に行ったり俺の部屋に来たりしたこともある」
「け、結構仲いいじゃないの・・・」
予想以上に積極的な相手に、少しだけ先行きが曇る。
「それで、相手は・・・?」
「サキュバスだ」
アタシとこんな関係を続けて、今更人間に戻るとは思っていなかったが、まさか同種族とは。
「だがなあ、そこそこ話はするんだが、彼女が俺のことどう思ってるかとかさっぱりなんだよ。向こうが好意を持っているのが確実なら、告白すればOKなんだろうけど・・・」
「特に何とも思ってないなら、当たって砕けて終わり、になるわね」
できることなら、砕けて終わってほしい。
「それで、俺はとりあえず気持ちを伝えて、お試しで付き合ってもらおうかと考えたんだ。だが、問題はどうやって伝えるかだ」
「どうやってって・・・相手の前に出て気持ちを伝える、だけでいいんじゃないの?」
「いや、今の向こうとの付き合いだと、冗談だと思われるかもしれないんだ。それに中途半端だと、そういう関係だと思っていなかったって、今の付き合いも切れてしまうかもしれないし」
「そう・・・」
彼の言葉に、アタシは思わず自分を彼に重ねてしまっていた。
自分で課したルールに甘え、中途半端な関係を続けながらここまで来てしまったアタシ。
愛の告白が冗談だと思われるレベルの関係を築き、その先に進もうとしている彼。
ぬるま湯が冷めつつあることに気がつきながら出られないアタシは、踏みだそうとする彼がまばゆく感じられた。
「それで・・・この関係最後の頼み、ということで、向こうに俺の本気を伝えられるような言葉を一緒に考えてほしいんだ」
改めて彼の口から出た、関係を終わりにする意味の言葉が、アタシの胸に突き刺さる。
「全く・・・なんで女を口説く台詞を、ほかの女に、それも同じ種族の女に考えさせるのかしら・・・」
「頼む。代わりに俺ができることなら、何でもやるから」
彼はそう言って両手を合わせた。
何でも、というからには『あたしと結婚してほしい』と言っても叶えてくれるのだろうか?
「・・・・・・いいわよ」
しばらく考えてから、アタシはそう応えた。見返りは結婚などではなく、最後にもう一回だけ抱いてもらうことにしよう。
それでアタシたちの関係は終わりで、前に進んでいく彼を送り出してやるのだ。
「本当か!それは助かる!」
アタシの内心の、鉛のように重い決断を気づく様子もなく、彼は顔を輝かせた。
もはや彼の気持ちはアタシではなく、アタシが顔も知らないサキュバスの子に向けられているのだ。
アタシは鼻の奥がつんとする感覚に仰向けになった。翼と尻尾がベッドと体の下敷きになって少しだけ痛むが、気が紛れる。「それで、あなたどこまで告白の内容考えたの?アタシに協力仰ぐってことは、一度は何か考えたのよね?」
気持ちを切り替えるよう尋ねた。
「ああ、とりあえず。『あなたの事ばかり考えてしまいます。あなたが側にいないことが辛くてしょうがありません。どうか付き合ってください』ってのを・・・」
「う〜ん・・・」
アタシは悩むように呻きながら、自分に向けられた『愛の告白』に内心喜んだ。
「なんというか、弱いわねえ・・・」
「弱い、か」
アタシの評価に、彼が寝返りを打ってこちらを向く。
「うん、あなたがその子のことが好きでたまらない、っていうのは分かるのよ。でも、それは『僕はおなかが空いています』って言うのと同じレベルで、あまり必死さが伝わらないのよ」
だが、そのぐらいの素朴な表現が彼らしい。
「必死さか・・・『寝ても覚めてもあなたの顔がちらつきます』とかは?」
「ああ、それはだめねえ・・・逆に必死すぎて、そこまであなたに好意を抱いてない子だと引くかも」
アタシは嬉しいけど、と胸中で付け加えてから、続ける。
「まずは、相手の容姿を誉めてみたらどうかしら?」
「容姿?」
「といっても、『おっぱいが大きい』とか『腰のくびれがたまりません』とかそういうのじゃなくて・・・『時々髪型変えるのが新鮮でいい』とか『爪がきれいだ』とか」
「お前だったら、『綺麗に手入れされている最上級の絹糸のような藍色の髪』とかか?」
「そ、そうよ・・・」
初めて髪を誉められたことに虚を突かれたものの、アタシはどうにかそう返した。
ちゃんと見ててくれたんだ。嬉しい・・・。
「なるほど、容姿に関してはそう言う方向ならいくつか誉めたいところがある」
「なら問題ないわね」
アタシは髪しか誉められていないのに、見知らぬサキュバスはいくつも誉められる。そのことに、アタシは少しだけ嫉妬した。
「で、次に自分がどれだけ相手のことが好きなのか、アピールね」
「え?容姿を誉めるだけじゃ足りないのか?」
本当に驚いたかのように、彼は目を丸くした。
「さっきのあなたの告白でも、『あなたがいないことが辛くて仕方がない』とか言ってたでしょ?それの延長線上よ」
顔だけを彼の方に向けながら、アタシは続けた。
「人間相手だったら、言葉を選ばないとちょっと面倒だけど、サキュバスなら『自分が相手でどれだけ興奮したか』アピールでいいと思うわ」
「そうなのか?」
「そうよ。アタシだって言われたら嬉しいもの」
そう、サキュバスにとって、自身の虜になったというアピールはそれだけでも嬉しいのだ。
「それは・・・『後ろから突いているときの喘ぎ声がかわいい』とかでもいいのか・・・?」
「え、ええと、ええとね・・・ええと・・・」
予想以上に彼と向こうの仲が深いことに動揺しつつ、アタシはどうにか返答しようとした。
しかし、どうにも考えがまとまらない。だってサキュバスとそういうことするなんて、完全に気があるに決まってるじゃないの。
「たぶん、それで、いいと、思うわ・・・」
アタシは無理矢理、彼が自分に向けてそう評価したと考え、何とか返事した。
「じゃあこっちも心当たりがいくつもあるから、それを言おう」
胸に重い拳が打ち込まれたような衝撃を、アタシは受けた。
いけない、なんだか目頭が熱くなってきた・・・
「さ、最後は告白の言葉ね・・・」
涙がこぼれるより先に天井を見、感情が表に漏れぬように言葉を紡いだ。
「『付き合ってください』も素朴でアタシは好きだけど、サキュバスなら相手でどんなことをしたいか、ということを伝えると、すごく興奮すると思うの」
「例えば?」
例えば?彼はなんてことを言うのだろう。
「そうね・・・『いきり立った俺のイチモツをぶち込みたい』とか」
二人で手をつなぎ、ぶらぶらと散策したいとか。
「『昼も夜もなく、体力の続く限りヤり続けたい』とか」
二人の出会った日みたいな小さな記念日を家で、静かに祝いたいとか。
「『お前をはらませて、赤子より先に母乳飲みたい』とか」
いつ子供が産まれてくるか、二人で誕生日を予想したいとか。
本心が表にでぬよう、アタシはサキュバスが喜ぶであろう言葉を羅列した。
胸中に浮かんだ彼からかけてほしい言葉と、アタシの口からでてきた言葉の差に、なんだかアタシはおかしくなってきた。
「そういうのでいいのか?」
「いいのよ。むき出しの欲望をぶつけられれば、サキュバスなんて股が濡れ濡れ、『排卵促されちゃう!抱いて!』ってウェルカムチンコ状態よ」
「ウェルカムか・・・」
「そうよウェルカム!あははは!」
自分はなにを言っているのだろう、とどこか醒めた目で見る自分を感じながら、アタシは笑った。
特に彼もなにも言わないあたり、アタシのことをそういう女だと思っていたに違いない。酒場で出会い、意気投合し、気がつけば彼の部屋で朝を迎えていた。
そういう女にふさわしい評価をしていたのだろう。
「わかった・・・これもどうにかなりそうだ」
しばし黙考してから、彼は口を開いた。
「お前のおかげで明日にでも・・・いや、今日この後でも気持ちを伝えられそうだ」
「え・・・?」
アタシの中のすべてが、自嘲していたアタシも醒めたアタシもいやだいやだと駄々をこねていたアタシも、すべてのアタシが彼の言葉に動きを止めた。
「そんな、早すぎるわよ・・・」
そう、早すぎる。気持ちをまだ伝えていないのなら、別れはまだ先だと思っていたのに。
「もう少し、言うべきことを書き起こして、アタシがチェックして・・・」
「どういうことを言えばいいのか、って聞いた俺が言うのも何だが、なにを伝えるかは俺自身で決めたいんだ」
引き延ばそうとするアタシの意図を察しているかのように、彼はそう言った。
その声には、決意のようなものが宿っていて、アタシではどうにもならないことがすぐにわかった。
「そう・・・そうね、それがいいわ・・・」
アタシはすがりつくことをあきらめ、そう口にした。
臆病なアタシと、先に進もうとする彼。そんな彼に、そこまでの決意を抱かせるサキュバスだ。きっと彼も、彼女と一緒になった方が幸せになれるだろう。
「善は急げ、っていうしね・・・早い方がいい・・・」
そして、どうか幸せになってください、とアタシは胸の中で付け足した。
「わかった」
彼は短くそう言うと、ベッドの上に身を起こし、床に降り立った。
どうやら本気で告白しにいくつもりらしい。
しかし、彼は脱ぎ捨てた衣服を広いにいくわけでもなく、なぜかベッドを回り込んで、アタシの横たわるそばにかがみ込んだ。
「その、だ・・・」
深呼吸を一つ挟んでから、彼は口を開いた。

「さっきも言ったが、綺麗に手入れされた髪が好きだ。ほっそりとした手も綺麗だし、目も瞳も俺は美しいと思う。後、お前の羽と尻尾は、たぶんお前が考えている以上に感情に合わせて動いてるが、それもかわいい。あと、角の先にヤスリをかけて、俺に刺さらないように手入れしてくれてる気遣いも嬉しい。そしてええと・・・待ち合わせのとき先に場所に行って、時計をちらちら見ながら俺を待っていてくれるところが、とてもかわいい。
ベッドの上でもそうだ。お前が上になったときの強気の表情も、お前がしたになったときの表情も、どっちもかわいい。後ろから突いているときの喘ぎ声もいいし、抱きかかえた時の胸とかの柔らかさと体温が伝わる感じは、お前が俺のすぐそばにいるようで好きだ。そしてお前はあまり見るな、って言うが、やりすぎてふにゃふにゃでとろとろになったお前の顔も、お前がそれだけ感じてくれたって気がして嬉しいんだ。
そんなお前のことを考えていると、一人の時でもお前とヤりたくなって収まりがつかなくなるんだ。だが、お前のことを考えながら自分でするより、お前とした方が十倍、いや千倍は気持ちいいんだ。
でも、最近こうやって会う度に物足りなさを感じるんだ。
もっとお前のいろんな表情をみたい。もっとお前と話をしたい。もっと・・・いや、ずっとお前のそばにいたいんだ。
だから・・・」

彼は手を伸ばし、アタシの手を取って続けた。
「どうか、今の関係を終わりにして、恋人として俺と付き合ってほしい」
彼の言葉と手の温もりに、アタシは物を考えることができなくなっていた。
今、彼はなんて言った?彼は黙っているけど、アタシは返事すべきなの?
ぐるぐると頭の中を、疑問ばかりが回るが、ふと頬を熱い物が流れていることに気がついた。
彼に握られていない方の手で頬に触れてみると、目から何かが流れていた。
「・・・・・・」
「や、やだ・・・」
溢れ、止まらない涙を何度も拭いながら、アタシはどうにか言葉を紡いだ。
「排卵、促されちゃうじゃな、い・・・」

HAPPY END
12/08/31 12:26更新 / 十二屋月蝕
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■作者メッセージ
この後二人は、「宿泊にしておいてよかった!」ってレベルでしますが、それは別の話。
体だけのドライな付き合いからより深い仲へ、セフレから恋人へのステップアップっていいよね。
俺もステップアップしたい。
あと、最後の一文はHAPPY ENDではなくWELCOME CHINKOにするつもりでしたが、やめました。

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