連載小説
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(26)スキュラ
「おおい、出てこーい」
海沿いの民家の、母屋と倉庫の隙間をのぞき込みながら、俺はそう呼びかけた。
「機嫌損ねたのは謝るからさ、出てきてよー」
顔がぎりぎりはいらない程度の幅の隙間に向けて呼びかけると、奥の暗がりで動くものがあった。
「そうそう、こっち。こっちに来て・・・」
暗がりの隙間に手を伸ばすが、ぎりぎり届かない。
「どうしました?」
不意に俺の背後から声がかかった。
振り返ると、近所にすむ男が、不思議そうな顔で俺を見ている。
「猫ですか?」
「ええ、そんなところです。ちょっと機嫌を損ねて、ここに逃げ込んだので」
腕を隙間から引き抜きながら、俺はそう答えた。
「大変ですねえ」
「ええ。でももうすぐ出てきそうですし。ご心配おかけしてすみません」
「いえ、こちらこそお邪魔してすみません。がんばって」
男はぺこりと頭を下げると、歩き去っていった。
「・・・さて」
顔を正面に向けるが、母屋と倉庫の隙間の暗がりに、先ほどまでうずくまっていた影はない。
顔を上に向けると、倉庫の天井にほど近い二階の窓が開いていた。どうやらあそこから入ったらしい。
どうやら、ご近所さんの声を聞いて多少冷静になったようだ。
俺は隙間の前から離れると、玄関から入り、まっすぐに二階に上がり、一室に入った。
「話を聞いてくれる気になったか!」
「ノゥ!」
俺の一声に、部屋の真ん中においてあった大きな壷が、そう返事を返した。
「単にご近所さんの声聞いて、ちょっと恥ずかしくなったから場所変えただけよ!」
「でもこうして俺の話を聞いて、返事してくれてるじゃないか」
「外で夫婦喧嘩見られたら恥ずかしいじゃない!さっきは猫に間違えられたからよかったけど・・・」
「まあ、俺にとって君はいつでもカワイイ子猫チャンだけどね」
壷の側に歩み寄り、屈みながら俺は続けた。
「壷の中でニャンニャンさせておくれよ、子猫チャン」
「全然うまくも何ともないわよ・・・」
壷の縁から、あきれ顔の女が顔をのぞかせた。
俺の妻にして、ベリキュート子猫チャンのスキュラである。
馴れ初めから今日までのことを話してもいいが、馴れ初めから今日までと同じ時間がかかるため、今日は割愛させてもらおう。
「でも、そんなにいやがるほどのことなのか?」
壷の側に腰を下ろし、おとなしく話をする姿勢を見せながら、俺は彼女に問いかけた。
「単純に俺は、君のベッド代わりの壷に一緒に入って、ニャンニャンしたいだけなんだ」
「それがイヤなのよ・・・この壷は、私にとって最後のプライベートスポットみたいなものだし・・・ほら、あなただってトイレ入るときは鍵かけるでしょ?」
「いや?」
「かけないの!?」
驚いたように、彼女は声を上げた。
「君とこうして暮らすまでは掛けてたけど、もうずっと掛けてないよ。鍵掛けてたら、君が乱入してきて『私の前でおしっこしてみろオラー!』ができないでしょ」
「しないわよ!」
「俺はいつでもウェルカムだから、好きなときに来ていいよ」
「だからしないわよ!」
「それは残念」
俺はいくらかがっかりしながら、そう呟いた。まあ、念のためこれからも鍵は掛けないでおこう。
「・・・とにかく、この壷に二人一緒に入るのは抵抗があるからやめてほしいのよ。狭いところで絡み合うなら、バスタブでもできるじゃない?」
スキュラの出した譲歩に、俺は頭を振った。
「バスタブじゃ広すぎて圧迫感が足りないんだよ。何というか・・・」
天井を仰ぎ、俺の内側にある感情を言葉にして、紡ぎだしてみる。
「君と出会った当初、何というか海の中で体絡み合わせたでしょ。あの顔以外を海水か君に包まれているって感触が、俺の密着嗜好の根本だと思うんだ。もちろん海水だけじゃ物足りなくなって、君に全身包まれたい、君で溺れたいってエスカレートするんだよ。そりゃ、結婚してここで暮らすようになってから、二人でお風呂に入ったりするプレイはとてもよかった。何てったって、顔以外を君の触手に包み込まれて粘液刷り込まれているわけだからね。正直風呂場で暮らしたいと思うぐらいすばらしい体験だった。だけどやっぱり物足りないんだよ。ほら、バスタブは上の方が開いてるじゃない?だからちょっと力を込めれば君の触手の間から腕ぐらい簡単に引き抜けそうで、密着してはいるけれど、あくまで君に浸かっているだけって気がしてしまうんだ。俺が求めていたのは、貪欲な君に絡め取られ、逃げることもできない閉鎖空間で君の触手に漬け込まれることなんだよ。俺の意志だけでは脱出できない、超密着君オンリー触手空間。それが俺の求めているものだったんだ。だから、君の使っているその壷に二人で入ってニャンニャンしたいんだ。いや、ニャンニャンさせてください。俺のカワイイ子猫チャン」
「ええと・・・」
俺の言葉に、彼女は若干困ったように間を挟んでから、口を開いた。
「その、気持ちはうれしいけど、海から私の知り合いを呼んで、三人でバスタブに入るとか、そう言うのは・・・」
「提案はうれしいけど、それはイヤだ。俺は君が好きなんだ。仮に君が呼んだのが、君の双子のお姉さんでも、お姉さんには悪いがお断りさせてもらう」
「・・・・・・」
彼女は顔を赤らめ、壷の口に半分ほど顔を引っ込めた。
「というわけでお願いです!どうか一度だけ、一度だけでいいから、一緒に壷に入ってニャンニャンさせてください!」
俺は姿勢を正し、深々と頭を下げた。
このぐらい彼女にものを頼み込むのは、結婚を申し込んだとき以来の気がする。
「その、気持ちは分かったわ・・・そんなに私が好きだって、アピールしてくれたのも嬉しいし・・・でも、それでもこの壷にあなたがはいるのはちょっと恥ずかしいから・・・」
スキュラの言葉に、俺は表情に絶望の色がにじみ出てくるのを感じた。
すると、彼女も俺の表情に気がついたのか、あわてた様子で続けた。
「最後まで聞いて!一回だけ!一回だけこの中でしてあげるから、それで満足して!」
俺の目元から熱いものが溢れだし、頬を伝って顎へと流れていく。
「ありがとうございます・・・」
俺は自然と頭を下げ、礼の言葉を口にしていた。
「そこまでしなくていいから!でも一回よ!一回だけ!」
「分かった。じゃあ早速ニャンニャンしようや」
俺はその場にすっくと立ち上がり、シャツを脱ぎ捨て、下着ごとズボンを下ろして、生まれたままの姿になった。
期待と興奮に、俺の胸と股間は限界まで膨らんでいた。
「ほら、ワイのチンチンカチカチや・・・」
「な、何言ってるのよ・・・」
いつもなら醒めた目で適当にあしらうはずの彼女が、頬を赤らめ妙にドギマギとしながらそう言う。
決心したとは言え、自分以外誰も入ったことのないスペースに、男を迎え入れることで緊張しているのだ。
まるで初夜を迎えた生娘のようだ。彼女との初ニャンニャンは彼女がリードしてくれたから、なんか新鮮だ。うひょー。
「それでは、入っていいかな?」
「・・・・・・」
内心の喜びを隠したままの俺の問いに、彼女は小さく一つ頷いた。
俺は立ち上がると、足をあげて壷の口につま先を浸した。
彼女の頭がよけるように壷の縁に寄り、粘つく液体に覆われた幾本もの触手の中に足が入っていく。
彼女は、プライベートスペースに入ってきた俺に対し、ねっとりと触腕を絡みつかせた。なめらかな表面を覆う粘液が肌に擦りつけられ、触手の一面に生えそろった吸盤が、歓迎のキスを降り注がせた。
「ん・・・」
俺は高まる興奮を押しとどめながら、ゆっくりゆっくり壷に体を浸していく。
片方の足が入ればもう片方の足、両足が入れば膝を屈めて太股、尻、腰、と体を沈めていく。
すると、顎の先まで壷の中に入っていた彼女が、入ってくる俺にスペースを譲るように、首から肩へと壷の外へさらした。
そして、俺は両乳首が彼女の触手の中に浸ったところで、動きを止めた。
「はぁ、あ・・・極楽極楽・・・」
全身に絡みつく何本もの触手と、肌に擦り込まれる粘液、そして膝裏や太股、下腹や屹立をちゅうちゅうと吸う吸盤。それらのもたらす刺激と、彼女の温もり、そしてベッドや風呂の中以上に抱き合っているという実感が、俺にそれだけで達してしまいそうな幸福感を与えた。
「そ、そんなに気持ちいいの・・・?」
いつもの調子で触手を動かしていたのか、それともほとんど動かしていないつもりだったのか、彼女は目を丸くした。
「うん、ずっとこうしていたいぐらい・・・」
俺は、壷の縁に両手をかけ、はぁとため息を挟みながら答えた。
「そう・・・だったら、これは・・・?」
彼女の声とともに触手がうねり、会陰に触れていた細い先端が、くすぐるように玉袋をなぞり、屹立を辿っていった。
粘液とゆるゆる蠢く触手の海の中、そのか細い感触は的確に俺の背筋を駈け上り、意識に飛び込んでいった。
「うぉうっ!」
「あ、今の初めてした時みたい・・・」
俺の思わず漏らした声に、彼女はわずかに表情をゆるめた。
「あ、あの時は海の中・・・君と俺だけしかいないような気分だったけど・・・今は・・・」
「私だけしかいないみたいだ、かしら?」
「お、おぉ・・・!」
行程の返事代わりに、肉棒をなで回す触手の先端の感触に俺は喘ぎ声をあげ、頷いた。
「ふふ、だったらあの時みたいにしてあげようかしら・・・」
彼女の言葉と共に、壷の中の触手が蠢き、俺の手足に一本ずつ絡みついてくる。ただでさえ狭い壷の中だというのに、動く隙を一部も与えまいとするかのようにだ。
「うふふ」
俺にたっぷりと下半身の触手を絡めると、彼女は壷の中から両腕を出し、俺の首筋に巻き付けて抱きつくように身を寄せた。
「『さあ・・・食べてあげる・・・』」
あの日あの時、海の中で始めてからだを重ねたときと全く同じ口調で、彼女は俺にそう囁いた。
すぐそばにある彼女の瞳、俺の胸に押しつけられる彼女の乳房、全身に絡みつく彼女の触手。それら一切合切が、俺を虜にしていく。
そして、今度はよけいな海の水はなく、ただ純粋におれと彼女はふれあっていた。
「食べて、くれ・・・!」
彼女と一体となり、離れたくない。そんな想いが俺の口から迸った。
直後、彼女の触手が少し蠢き、スキュラの軟体に押しつけられていた屹立がにゅるりと狭い穴に飲み込まれた。
「うお、おぉ・・・!」
吸盤のように股間にすいつく、彼女の触手の奥の穴に、俺は魂が吸われるような声を漏らした。
滲みだしていた先走りが、容赦なく彼女の穴の奥に吸い上げられるも、後から後から溢れ出す。
かすかに精液の味がするのだろうか、彼女の下の口は俺が漏らす先走りを、いくら飲んでも足りないかのように内壁を波打たせ、啜っていった。
「あらあら、口で咥えただけなのに、だらだら漏らしちゃって・・・」
初めての時を思い出したのか、密着間に興奮しているのか、彼女が熱のこもった声で言葉を紡ぐ。
「苦しそうだから、あむあむして楽にしてあげるわね・・・」
「あぁ・・・」
彼女の言葉に俺の期待が膨らむと同時に、屹立を包む肉穴がきゅっと締まった。
穴が窄まるような動きではなく、二つの方向から圧迫する『閉じる』動きは、彼女の甘噛のようだった。
緩めては締め付け、緩めては締め付け。彼女は数秒の合間を挟むことなく、食べ物を咀嚼するように、咥え込んだ肉棒を噛んだ。
「あ、あぁ、あ、あ、あ・・・!」
締め付けの度に、俺は声を漏らし体を震えさせた。だが、彼女の触腕は俺の体をびくとも動かすまいとするかのように、粘液まみれながらもしっかりと絡みついていた。
まるで、生きながら蛸に捕らえられ、少しずつかじられる魚になったようだ。
本当に食われているのではないか、という恐怖と、文字通り彼女の一部になりたいという衝動が、俺の中で膨れ上がっていく。
「ふふふ・・・」
俺の表情に、どれほど俺が興奮しているのかを察したのか、彼女は絡み付かせる触手も動かし始めた。
肌にすいつく吸盤をそのままに、触手の奥の穴の動きにあわせ、触手全体を波打たせる。
体の末端から中心へ、全身から股間へ。血液や肉、感覚を寄せ集めるように、触手が波打ち皮膚を撫で全身を揉む。
それはまるで、もはや俺の胸から下が、何か大きな生物の口内に入ったかのようだった。
「あ、食われてる・・・あああ・・・!」
全身を包み込む彼女の触椀に、俺は思わずそう漏らしていた。
疑似的な生命の危機に、ただでさえ限界だった肉棒がますます張りつめ、この壷の中以上に彼女と密着できる、一体となれるという期待が意識を焦がす。
そして、全身を吸い上げるような触手の動きと連動した、彼女の肉穴の噛みつきに、俺はついに限界を迎えた。
「ああ、あ・・・!」
粘液にまみれた全身をふるわせ、心優しく美しい捕食者に俺は体液を捧げた。
白濁が肉穴に迸ると同時に、彼女のそこはきゅっと締め付け、屹立を吸う。
尿道から直に精液を啜られる感触が写生の勢いを強め、同時に彼女の触手が全身をくすぐる。
それらの全てが俺の意識を、ぐいぐいとさらなる高みへ引き上げていく。
「・・・・・・!」
もはや声もでず、空気を求めてパクパクと口を開閉させることしかできなくなった俺に、彼女は体を引き寄せて抱きしめた。
唇を重ねるわけでもなく、ただ俺の肩に顎を触れさせるほどの、きつい抱擁だ。
彼女の人に似た部分を用いての抱擁は、逃げることもできない獲物をさらに押さえ込もうとするかのようだった。
『逃がさない。私のものだ』とでも宣告するかのように。
やがて、俺はたっぷりと、一度の射精を五、六度に引き延ばしたほどの量の精液を放ってから、意識を失った。
そして暗くなっていく意識の中、俺は決心した。
プレイ用のもっと狭い壷を買っておこう、と。
12/08/29 17:35更新 / 十二屋月蝕
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■作者メッセージ
「・・・これはつぼまじん向けのネタだったのではなかろうか?」
「ノーつぼまじんには触手がありませんですサー」
「でもつぼまじんで『壷の中で密着プレイ』ができないじゃないか」
「イエス『壷の中で密着プレイ』はできませんが別の何かを考えますサー」
「間に合うのか?」
「イエス間に合います、間に合わせますサー」
「ところで蛸壺ってどんな感触なんだろうな」
「ノーわかりませんですサー」

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