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うしろ |
「ここらで盗賊やってた人間が居てねぇ。それが義賊って言うの?
何でも人に喜ばれることばっかやってる犯罪者集団ってやつ? お姉さんふらあ〜っとやってきただけなんだけどさあ? お姉さんが道に迷ったと思ったのかこいつらが絡んできてねえ? フェミっぽくてあんまりにも気持ち悪いもんだからぁ、つい、ね?」 褐色の肌と紫の服は、彼女を闇によく溶け込ませた。 白銀の長髪には金と緋色の髪飾りは、彼女をよく闇に栄えさせた。 ダークエルフは猫撫で声で言う。 「お姉さん思わず襲って洗脳しちゃったあ」 旅人オーヴァイスは、とある山で盗賊達に襲われた。 その盗賊は、どうやらひとりの魔物に操られていたらしい。 ダークエルフは腰を振り、下僕の1人を睨み付ける。 「でもやっぱりお前は駄目駄目ね、イヌナキ。お姉さんがっかり」 「...何でしょうか」 「お前は洗脳されない所か、つっまんない勝負にも負けたねえ?」 「...申し訳御座いません」 「まあ、いいわ。それよりも、そこの狼女」 やわらかい、そしておぞましい笑顔がワーウルフに向けられる。 マーナガルムという、オーヴァイスと契約した魔物だった。 「何」 「よくもお姉さんの下僕に傷つけたわねえ?」 男の後に匿われていたケサランパサランのセラが、小刻みに震えた。 オーヴァイスの妻アリエスがその綿の子を宥め、あやす。 「ワーウルフ、ワーシープ、リャナンシー、ケサランパサランかあ」 彼女はマーガナルム、アリエス、リルウェル、セラを順々に眺めて呟く。 最後に男を品定めするような目で見て、少女のような顔で頷く。 「おい男。お前絶倫?」 「こいつら皆を相手してる訳ないだろ。殺す気か」 ダークエルフは側にいた下僕2人を下がらせ、クスクスと笑った。 ダークエルフとは、エルフがサキュバスの魔力に侵されて変質した存在だ。 不純な性への認識を嫌うエルフが、苦悶を重ねてに彼女達になるらしい。 また、苦しめば苦しむほど強いダークエルフになると言う。 「とりあえず羊、妖精、毛玉は離れてなさい? 邪魔だから」 マーナガルムが褐色に視線を突き刺した。 人間で言えば、エルフは深窓の令嬢と同じ雰囲気を持っている。 それはダークエルフになっても変わらないらしく、可憐さを保っている。 発言や、行動を除いて。 「この狼女が死んだら、お前もお姉さんの下僕ね」 「...そう簡単には死なないぞ。貴様には殺せない」 「マァ、これあげる」 事態を静観していたアリエスが、小さめな袋を投げた。 袋を受け取り、描いてある植物のマークを見た狼は、歯を見せて笑う。 狼は羊に対して感謝を述べ、袋を左腿のポーチに仕舞った。 「皆は此処に居て。エリー。何かあったら。お願い」 「わかったよ」 「御主人殿終わって家に帰ったら3日3晩私のものになって下さい」 「なってやるから、フラグ立ててねぇでさっさと倒して来い」 「...わかりました」 「ずるい! ちゅうする!」 「はい。んちゅー」 マーナガルムは、せがむセラの頬にフレンチ・キスをする。 額を合わせて頭を押し付け合い、セラの柔らかい頬を撫でた。 そしてリルウェルを瞥見して、ダークエルフに向き合う。 「待ってくれて感謝する」 「あらあ? エルフの礼儀ですわ」 マーナガルムは移動を提案し、エルフも賛同した。 ダークエルフが宙に浮く。 狼はエルフを睨んだまま、後を追うように歩き、やがて疾走する。 - - - - 狼は木陰に隠れ、銃創を舐める。 対銃撃戦で体に溜る血を吐き捨てた。 ダークエルフと戦いを始めて数時間が経過している。 狼の予想通り、エルフの魔力は半端ではなかった。 彼女自身も事前に、魔力を充分なだけ増幅させていた。 それでもお互いは相手を圧倒できず、戦いに終わりが見えない。 「あらあ? お姉さんはまだまだイけるわよ?」 「ヘトヘトの癖に。よく言うわ」 エルフは木の上に座っていた。 息が上がっている事からも、疲れがよく見える。 狼は、魔法を器用に使えていない敵に哀れみを送っていた。 エルフが諦めてくれるのを、ただ待っていた。 「いい加減。諦めて」 「そちらこそ諦めてはどうかしら?」 「私は疲れていない。うんざりしてるだけ」 「うんざりしてるのはお姉さんの方よ?」 「あっそう」 「...埒が明かないわねえ?」 「そうね」 ダークエルフは、植物を扱う魔法を得意としているようだった。 草や枝を伸ばして狼の手足を拘束する。根を畝らせて足場を崩す。 それらを硬質化して切り裂いたり、縛り上げる。 木の精気を集めて分身を作り出し、直接攻撃させる。 葉の矢を飛ばす。爆発させる。露や霞を集めて、溺死も促した。 それらの術に対して、マーナガルムは容易く対抗できた。 拘束を千切る。転々と移動する。硬いものは砕き、引き裂く。 対団への戦闘は得意であり、葉の矢も潜るには充分の脚力がある。 水のかたまりは、彼女持ち前の肺活量で充分対策できる。 彼女自身が得意とする、風の魔法すら必要としない。 「お前の息、反則よ。何が魔法なのよ」 「貴様が貧弱な魔法を使うから。私はほとんど何もしないで済む」 「お姉さんに貧弱とは言ってくれるわねえ?」 「洗脳は得意らしいが。どうやら戦闘は苦手のようだな」 「そんなこと無いわよ」 「そうだな。確か下僕をひとり洗脳し損ねていたものな。 貴様。エルフの森を出て日が浅いだろう」 木の上から、驚いたような視線を感じる。 わざわざ見る必要がない程に、強い視線だった。 「そんなに見るな。戦い方を教えてあげようか」 「お前は頑丈なダケでしょ! お姉さんの柔肌じゃあ無理な戦い方よ」 「じゃあ木の葉か何かで包んで鎧作りな」 「そ! それは...お姉さんも思いつかなかったわ」 「御主人殿を殺さないと誓うなら、教えてやろう」 「くっ」 ダークエルフは歯噛みした。 彼女は、マーナガルムの4倍は長生きしている。 幼い頃にサキュバスの魔力に侵され、ずっと耐えてきた。 しかし、その我慢も最近限界を迎えてしまったばかりだった。 あまりにも急なことで、今までとは質も量も違う魔力を扱いきれない。 弓術や魔法を主に使うエルフは、体術には疎かった。 「そこまで言うなら、お姉さんも頼んであげちゃおうかしら?」 「私に。有益な魔物となるか?」 「わかったわよお」 狼は木を見上げて、ダークエルフに微笑んだ。 「わかった。弟子にしてやる」 最初は知識を必要とし、狼とエルフは大きな木の下に座り込む。 マーナガルムは、先ず基礎体力の付け方を説いた。 また、効率の良い魔力の体内循環の方法。 体躯ラインを保つ筋肉の増強方法。 体術の基本や、彼女の下僕である盗賊達の持っていた刃物の使い方。 流石エルフと名の付くものだけあって、知識の吸収はかなり早い。 一度口にした事は覚え、新たな発想を元に自己流の訓練法も思いつく。 狼には理解の追いつかないアイディアも、彼女はどんどん作り出した。 マーナガルムは思わず感心して腕を組む。 「体の一部を肥大化する方法ねえ。お姉さんイイコト思いついちゃった」 「変なことはやめろ」 「こうヤると...ほらあ? もっと効率よく大きくできるわねえ?」 「なん...だと...。しかも。何でここまで柔らかいんだ」 「これでお前の貧相な体も簡単に脱却できるわよお?」 「...御主人殿には需要があるし。ステータスだと言われた。大丈夫...」 「あらあ? 涙目よお?」 「殴り方でも直に教えてやろうか」 次は一対一の戦闘訓練を想定した白打を教えた。 訓練を積んでいない分、狼は慎重にエルフを扱った。 立ち姿勢からの構えまでの流れは良いが、それ以外がほぼ駄目であった。 腰を同じ高さに長時間安定できず、膝からぷるぷると震えていた。 ただ正拳突きをするだけでも途中で肩が外れかけたりした。 手刀の動作は狼自身が慣れていることもあって、エルフも簡単にできた。 体内循環をした魔力を放出した鉄拳も、充分に使えるようになった。 筋力次第ではケンタウロス種とも渡り合えるだろうと、マーナガルムは褒める。 ダークエルフは素直に喜ばず、当然だとばかりに気をよくした。 気をよくしたばかりに、滑って転んだ。 それを見た狼は呆れて木に寄りかかった。 「少しだけ。休憩しよう」 「そうねえ。お姉さんも流石にしんどいわ」 「最初から息切れてたけどね」 「...休憩はもう要らないわ。次にいきましょうよ」 「ふうん。そう。ならやるけど」 「えっ」 「えっ」 そして、実際に武器を扱う。 弓術は既に会得済みなので、実際に木を固めて武器を作る。 元々周囲を察知して機敏な動きを行うことには長けた種族である。 常に舞うような優雅な動作と、それらを併せて舞闘術を教える。 本人は鞭を扱う戦い方を所望したが、狼はそれを却下した。 代わりに弓を用いた白打法と、槍術を体得させる。 「ドヤァ... 少しはお姉さんを恐れたらどうなのよねえ?」 「確かに飲み込みの早さは驚くところもある。しかし」 「ドヤァ...」 「その一々したり顔するのは頂けない」 ダークエルフは背伸びをして、唸る。 思わず、狼はその強調された胸に視線を配った。 「もう夜が明けるわ。そろそろ実戦で訓練したいわねえ?」 「ほほお」 「ど、どうしたのかしら? お姉さん変なこと言った?」 「変なのは基本だとして。いいかもね」 「...この木の上で、なんてどうかしら?」 ダークエルフは大木の上に飛び上がり、足踏みした。 狼は木に寄りかかったまま腕を組んでエルフを見上げる。 エルフの白い髪が風に揺れ、不敵に笑っていた。 呆れて溜息を吐き、その場へと跳躍する。 ふたりは対峙した。 「用意。礼」 「お願いしますわあ」 まず、ダークエルフは葉の矢雨を繰り出して、自身も突進した。 矢雨を避けつつ、片腕でエルフを払う。 足場を失ったダークエルフは宙に浮かび、ダンスのような蹴りを仕掛ける。 マーナガルムは蹴りを甘んじて受けつつ、木の葉を掴む。 鏃のように硬くなった葉は、掴むと元通りの柔らかさになった。 どうやら、ダークエルフは葉に捉えられれば解ける魔法を使っているらしい。 片っ端から葉を掴んでいき、大木の幹を蹴って上に飛ぶ。 腕に巻きっぱなしであった鎖で、枝を打ち落としていく。 エルフは次に、離れた相手用に弓を射る。 人間には不可能な早撃ちを、狼は軽々と避けて見せた。 また、エルフはマーナガルムの背後を取るように2体の分身を作った。 限界まで硬質化させているのだろう、狼は2体を掴み投げ、蹴り飛ばす。 蔓の鞭が乱れて追ってくると、狼はその拘束に捕まった。 四肢を2本ずつで捕縛され、足も木に埋められる。 ダークエルフが嬉しそうに笑い、彼女に追いつく。 狼のことをまじまじと見ると、服が既に衣服として機能していないと知った。 嗜虐嗜好のエルフはその姿に興奮し、ゆっくりと狼に近づいた。 「分身も使って。傷つけてみるといい」 ダークエルフは3体目の分身も出現させ、狼に掛からせる。 しかし、蹴り殴ろうにも切り刻もうにも、目潰しすらもままならない。 攻撃の趣向を変えて、愛撫し、揉み、奪ったが、その一切を無視された。 マーナガルムは笑うだけで、エルフは徐々に言葉尻を荒ませていく。 「...お姉さんにも最後の手があるわよ?」 「ほほう」 「たあんと喰らいなさいねえ? ずうっと溜めてた魔法なんだから」 狼が今まで見たことのない程に大きな魔法陣が展開される。 緑色の魔力を溜め込む、光る大玉が地面から現れた。 それは、自然と彼女以外のものを悉く破壊する魔法だ。 エルフ達の最大威力を持つ奥義のひとつであり、彼女らの里を侵略しようとする人間を消し尽くす為のもの。 バフォメットの魔法に匹敵するその力強さに、マーナガルムは口笛を吹く。 ダークエルフだけで作り上げたそれに感嘆し、素直に褒めた。 「凄い。しかし。甘い」 マーナガルムは大きく息を吸い込み、吐いて周囲に暴風を巻き起こす。 魔法の玉はたちまち掻き消され、エルフは呆気にとられる。 木から足を出し拘束を破いた狼は、笑顔だった。 「さて。先ずは反撃。 御主人殿を狙ったお仕置きの時間」 狼は左腿にのポーチから袋を出して上に投げた。 続いて腕に巻いていた鎖で袋を鞭打し、中身の白い粉を霧散させる。 「お前結局何者なのよ? ...お姉さんに何をする気なのよ?」 「私は。変な絵描き妖精に育てられた狼。 これからやるのは。私の一番好きなマジックだ」 吐息を吹かせて、粉をダークエルフの周辺に囲む。 そして舌打ちすると、彼女の口から電撃が飛んでいった。 ----- マーナガルムは男達の元へ戻っていた。 男は服の破れ具合に驚き、体の調子を心配した。 羊やリャナンシーは遠くから見聞きできた戦いの様子を伝え、彼女を褒めた。 そろそろ日も昇るらしく、山は霧に包まれて白んでいる。 「驚くほどに小物でした。情が移ったので訓練してやったのですが。 途中で大魔法仕掛けてきたので黒こげにしました。 エルフなので大丈夫でしょうけど」 「...マァが怖い」 「いつものことだ」 「そんなことないよ?」 「御主人殿。セラが可愛すぎます。食べてしまいたい」 「いやあ たべたら だめえ」 「勘弁してくれ...よし。ほら」 オーヴァイスは予備の白く厚手のパーカを取り出し、袖を断つ。 長袖部分を加工してスカートにし、それを上着と共に狼へ与えた。 狼は顔を赤らめて礼を言い、序でに男に着せて貰う。 「ダークエルフはこれからどうなるんだー?」 「盗賊団ごと解けないように縛った。山を下り次第警備隊に連絡しよう」 「それなら先を急ぎますか」 「是非お願いします」 狼は男にお願いし、一行は足早にその山を制覇することにした。 山頂を越えれば、あとは目的地である港町まで下っていくだけだ。 エルフもすぐに捕らえられるだろう。そして、すぐさま逃げ出すだろう。 もしかすると、マーナガルムの元へ報復しに来るかも知れない。 朝御飯の林檎を囓りながら、狼は港町の潮風を嗅ぎ取った。 |
不器用なダークエルフ「???」のお話。
「綿打録」の続編。 恐らくこのエルフに落胆された方も多いでしょう。 彼女の別のエピソード、準備中です。 さて、次回。 初挑戦となる本番アリの、最終回です。 11/02/19 00:20 さかまたオルカ |