連載小説
[TOP][目次]
Pink maid diary No.2
◯月×日

ご主人様が職場で怪我をしたと聞いて、慌てて厨房を飛び出しご主人様が入院している病院へ向かいました。ご主人様の職業の関係上、そのままお会いする事は難しいと分かっていたので、途中で有澤社長に連絡を入れて即座にお目通し出来るよう図ってもらい、病室に飛び込んだ所、何と何事もないかのようにパソコンを前にしてマイクに語りかけているご主人様が。
それなのにご主人様という人は大丈夫だ問題ない心配させる訳にはいかんという理由で従者である私に何の連絡も送らないとは、そんなにも私にご奉仕されたくないという事ですかそうですかいえいえ泣いてなんかないですよ潤んでなんか(涙の跡)、ほんとうに、ほんと(涙の跡)んぱいし、して、たのに、ご主人様に何か(涙の跡)があったと思うだけで(涙の跡)。

(ここからしばらく滲んでいて読めない)

今度からは何かあったら絶対に連絡する、と約束していただいたので話を収める事にして、その後私達魔物の成り立ちについて説明する事にしました。この世界にも、もちろん違う形ではありますが、私達の事を表す架空の生物などが存在するようで、非常に容易に理解をしていただけました。しかしそういった空想上の生物を擬人化し、私達のように女性化してしまうとは。前々から思っていましたが、この国の懐の深さは驚くばかりです。
その後、ええとその、いろいろと我慢がですね? いえ私は必死に我慢したんですよ? でもご主人様が誘うような発言をして……いえいえいえ決してご主人様が悪いのではなくて私がはしたないのが原因で、

(ここから黒く塗りつぶされている)

途中で、このままではご主人様がインキュバス化なされる事に気付き、疼く身体を無理矢理止めて説明させていただくと、やはり衝撃的だったようで『少し考えさせて欲しい』、と病室から出て行かれてしまいました。
待っている間、どうにも落ち着かなかったので掃除をしていると、ベッドの下から何やら紙袋に入った箱が。着替えが入っているのかと思い中身を見ると、それは魔界でよく見かけるような扇情的な女性が描かれたパッケージの箱でした。
18歳未満禁止のアダルト美少女ゲーム、通称『エロゲ』と呼ばれるものだと気付いた私は、一刻も早くしまおうとしましたが、目に入ったタイトルの矛盾にどうしても納得が行かず、そのまま箱の裏を覗き見ては赤くなる自分の顔を恨めしく思いました。この程度で恥ずかしがってるんじゃありません私。……でもご主人様が触手ならこうされてもいいかも、と思ってしまったり。腕を絡め取られ、動きたくても動けない私にご主人様の触手が

(ここから文章が途切れている)

何はともあれ、お戻りになられたご主人様から、インキュバスにおなりになられる事とこの世界で生きて行く事のどちらも選ぶという事を聞かされ、途中で邪魔が入りましたがさらに主従の誓いまでさせて頂いて、もう感激衝撃雨あられです。一生、例え死んでしまってもゴーストになってお仕えいたしますご主人様。
ご主人様が私を必要としていただける限り、私はもう2度と自分を卑下したりしませんから。

ですから、これからもよろしくお願いいたします!

……余談ですが、『気持ちは痛いほど分かるけど、扉を壊して外に出るのは勘弁して頂戴』とメールでフランソワさんに怒られてしまいました。……次は窓から出る事にします、と返信したら『割らないなら何でもいいわ。店よりご主人様優先なのは私達にとって当然だし』と返ってきました。流石は私達のメイド長です。後々ご主人様に申し上げたら『え、そういう問題?』と驚かれました。そういう問題なんです。ええ。

◯月◎日

ご主人様が退院なされた直後の週末になりました。この日が来るのを心待ちにしていた私は、ご主人様が店前の階段の一段目に足を掛けた瞬間に厨房からフロアへ飛び出していました。
ドアの向こうから現れたご主人様が私を見た瞬間、はにかんだ笑顔になったのがこう、私のキキーモラ本能にですね、ぐさりと来てしまいました。さらに『今日は二人きりになりたいんだけど、そういうメニューある? あ、ここ風俗なんぞじゃないから無いですね失礼ですね』と仰っている途中の、二人きりという単語の辺りでキキーモラ精神にざくりと来てしまい、即座に手に持っていたメニューを手渡し、お食事一覧の一番最後の段に書かれている『専属メイド』を指差しました。それを見た瞬間の、早起きしてお弁当を作ってきた事を告げられたようなご主人様の顔と来たら、キキーモラハートにズキュゥゥゥンと来てしまい、店の中でなければその場で押し倒している所でした。危ない危ない。こっそりメニュー欄の下にサインペンで書き加えておいたのが功を奏した様です。
ご主人様の御要望通り、外部から完全に遮断された個室へお通しした後、早速ご主人様は私に隣に座るよう命令なされました。従者としては、と思うよりも先にあの方に寄り添うような形で長椅子に腰掛けます。
今でもお母様のような『理想的な従者』への憧れはあります。なのでこの行動が従者らしくないと分かっています。
ですが、『それ』に近付こうとしてご主人様を落ち込ませるのではいけません。何せこの方、私が隣に座らないと言うと『ああうんそうだよね俺の隣に座るなんて拷問普通に考えたら嫌だよね』と、素でネガティブ発言をしかねないのですから。私の台詞取らないで下さい。
第一、あなた様の隣に侍る事が拷問な筈がないではありませんか。世の女性がどう考えてるのかは知った事ではありませんが、私にとってはこの上ない喜びなのです。何もしなくてもご主人様と同じ目線になり、ご主人様の匂いが濃くなり、その恥ずかしがりなお顔を近くで拝謁出来るなんて、幸福としか言いようがありません。
その後、様々な事をお話した後、自然と顔が見合ってしまいました。一時的に部屋の中が沈黙で満ち、お互いに動けないまま、しばらくそうしていました。
高鳴る鼓動。早る動機。聞こえてくるご主人様の心拍音。その全てが私の、そしてご主人様の興奮を煽り、お互いの距離を少しずつ縮めていきます。ついに吐息が混ざり合う距離にまで来て、お互いに目を見開いたまま、私達の唇は一つに重なりました。
初めは、ただ唇が合わさっただけの軽いキスでしたが、ご主人様の舌が控えめに私の唇に触れた瞬間拒める訳もなく、自ら進んでその熱い軟体を受け入れ、あぁ、ああ……♥︎ ご主人様の唾液と私の唾液が、私の口の中で混ざり合って……♪ しかもそれが徐々に口内に染み付いていくという感覚が、あぁぁ……っ♥︎

(ここで文章が途切れている)

帰り際にご主人様から明日の予定を聞かれ、何もありませんと答えた所、カラオケのお誘いが来ました。もう嬉しくて嬉しくて店の前だというのに本性を晒して尻尾を振ってしまう所でした。危ない危ない。もちろん是非もなく快諾して、待ち合わせ時間を決めて別れました。
学生時代から、同期の魔物達と何度かカラオケに行った事はありますが、今度は訳が違います。何せ相手はご主人様。遊びでやってるんじゃありません、全身全霊を込めた歌をお聴きになってもらわねばなりません。
どうせ今日は楽しみ過ぎて眠れないのですから、喉を枯らさない程度に練習をしていましょう。まずは某セイレーンのアイドルグループの歌を……、いや、ここはあえて意外性を取る為にジパングで有名になっていた大百足の演歌歌手が歌う曲を……。
あ。考えてみたら、こちらの世界に私の知ってる曲が来ている訳がないではないですか……! どどどどうすれば、そうです! 今からカラオケ店に行けば! そうと決まれば日記など書いている場合では

(ここで文章が途切れている)


◯月☆日

何という事でしょうか。
ご主人様が私をお誘い下さる予定だったカラオケ店が、私達の系列店だったとは。そうとも知らずに徹夜で歌い切った私の努力を返してください有澤社長。
それでも練習の成果を聴いていただく為、気合を振り絞って待ち合わせ場所に向かいました。
もちろん、認識阻害の魔法を自分に掛ける事を忘れません。これで私は普通の人から見れば『黒髪の地味な女性』。お店は出会いの場所ですので、魔物らしい部分を見えなくする程度ですが、外に出る時はほぼ全ての認識を捻じ曲げる必要があります。ご主人様以外の男性に道案内以外で話掛けられるなんて、嫌気が表立って鳥肌が立ってしまうのですから。鳥だけに。ご主人様の関係者でもない限り、男性と会話するつもりはありません。触れられるなんて以ての外です。触ろうとした瞬間、手袋を履いた上で突きます。ええ。
メールで教えていただいた店の前で待っていると、昨日と何ら変わりのないお格好のご主人様がバツの悪そうな顔でいらっしゃいました。何でも、寮に置いてある服がこれしかない、との事で。ご主人様の服装が毎度会う度同じなのはそういう理由だったのですか。しっかり洗濯はしていらっしゃるようなので安心しました。いえご主人様が不潔だと嫌という訳ではなく、ご主人様がそういう常識を持った方だという事に安心した訳で。べ、別にご主人様の匂いに満ちた服装を期待していた訳ではないですよ? ないですからね?
早速店内に入り、ボックス席に通されて選曲をします。魔界系の曲しか入っていないと思えば、普通にこちらの曲も入っているではないですか。何をちゃっかり提携しちゃってるんですか社長。
散々迷った挙句、徹夜で練習していた、鬼を束ねる女性が歌っていらっしゃる、ワルツを共にしたい旨を表した曲を歌いました。
お耳汚しとなってしまうのでは、と思ってしまっていましたが、歌い終わった後、目を見開いたまま動かなくなっていたご主人様の口から『う、美しい……、はっ!?』とお褒めの言葉を頂き、不安も何もかも吹き飛んでしまいました。その後、歌う最中顔がほころんでいるご主人様の顔を見る度頬が釣り上がって仕方ありませんでした。
それから交互に歌い始めていきました。私は魔界系の曲を歌い、ご主人様のお耳を楽しませ、ご主人様はこの世界の名曲をお歌いになられ、私にこの世界の『味』、と言うのでしょうか。それを教えていただきました。
どうやらご主人様はカラオケ慣れしているようで、音域を広く持たれています。
東京へ出ようとする地方の方の曲の時は、声真似にしても本当に方言らしくて、その、失礼ながら笑いを堪えられませんでした。さらに、粉のような雪が降る中歌う愛の歌の時には心まで白く染められるような甘い声で囁くように、時に叫ぶように歌われるのですから、もう驚かされてばかりです。
一人カラオケが趣味でね、と語るご主人様の顔は何処か寂しそうで、今度はご主人様がカラオケに行く際には絶対にお供しようと思いました。
数時間ほど歌った後、ご主人様がお手洗いに立たれている間、ご主人様を待ち続けていたのですが徹夜の眠気が襲ってきてしまい、不覚ながらもその場で眠ってしまいました。
目を覚ましたのは、ご主人様が私の上に乗っていて服も下着も部分的に脱がされ、私のヴァギナにご主人様のペニスが挿入された瞬間でした。後から聞いた所、眠っている私を労ろうと思っていたらしいのですが、興味本位で選曲なされていた、『ペタ・ペタ・セイレーン!』の所為で抑えが効かなくなったとの事で。
普通に睡姦なさっても構いませんのに。
そんな素晴らしい時間を過ごしていたのですが、何処で聞きつけたのか美雨叔母様とターニャ義祖母様が乱入してきて、場が混沌としてしまいました。叔母様は独身なのでともかく、義祖母様は義祖父様がいらっしゃるのに何をしているのでしょうか全く。それよりも邪魔しに来て欲しくなかったのですが聞いているのですかお二方、ご主人様も叔母様のデジタルカメラに執着なさらないで下さい! ああ、もう。

◯月△日

ご主人様が、遠くへ行ってしまわれる。
……そんなの、絶対に

(何重にも線が書き殴られている)

昨日から今日まで、私の家に泊まりに来てくださったご主人様とずっと交わり続けた時間を過ごしていました。
玄関に入った直後から、昨日はそれこそ一日中繋がり続けた1日を送っていました。つい数週間前まで女性に不慣れだったご主人様があんなに大胆に、あぁ、あぁ……♪ ダメですっ♪ 恥ずかしいですよぉ……♪ 私とご主人様の恥ずかしい所、マンションの皆さんに

(文章が途切れて(略))

夕食として私を頂かれる時にはじっくりと、染み込むように……♪ あぁ、ああっ……♪ 書いててもう我慢が

(文章が途(略))

次の日も、唐突に社長から送られてきた触手薬をお飲みになられ、欲望の権化とおなりになったご主人様の肉茎が無情にも私を

(文章(略))

後から携帯を見て、

『ど・う・か・し・ら? 魔界流のステキな時間を共有出来た?』

と、社長からメールが届いてました。朝のご奉仕を邪魔した事は許せませんが、実際にステキな時間だったので今回は許してあげましょう。次はないと思ってください。

我慢しちゃいけない、というご主人様のご命令通り、自分(ほんのう)に正直になり、私からも何度もご主人様を求めました。
キキーモラとしては問題のある事なのでしょうが、これもまた主人の命令なのです。なので誰にも文句は言わせません。
何度も何度も、私の人ならざる箇所までじっくり愛していただいて、撫でて頂いた耳の裏を思うだけで、舐め取られた脚に触れるだけで、心に暖かいものが満ちていくのが分かります。

私は、間違っていませんでした。
こんなにも、私みたいな女の事を大切に思い、愛して下さる方がダメな人な訳がないではないですか。

別れが辛くない、と言えば嘘になりますが、それでもあの方ならば、きっとまた会いに来て、愛して下さると確信を持って言えます。
その為に私は、再びお会い出来た時に全身全霊を持って御奉仕させていただけるように己を磨かなければなりません。
お料理も、家事技術も、夜の御奉仕も、何もかもを。
まずは、ご主人様を待てるよう、今日から自慰禁止令をします。『待て』の出来る忠犬です。
ですからご主人様。

お帰りを、お待ちしてます。

追記
部屋に戻った時点でもう無理でした……。だって、昨日散々交わった後の、ご主人様の精の匂いが充満した部屋なんですよ……?
申し訳ありません、ご主人様……。

◯月□日

ついにご主人様の異動の日となってしまいました。
出会える筈がない。そう思いながらも『もしかしたら』という思いを捨てきれない私は一人、店の前で立ち尽くしていました。
1時間、2時間と仕事をしながら待ってはみましたが、当然のようにご主人様は、ご主人様を乗せた車両は来ません。
後で無事に到着なされたかメールしましょう、と思い諦めようとしたその時でした。誰かに呼ばれたような気がして、私は後ろを振り返りました。
私達の間に、事象をねじ曲げてしまうほどの絆が紡がれていたのでしょうか。私の視界の端を、車両の中からこちらを注視しているご主人様が通り過ぎていったのです。
ほんの一瞬。僅かな瞬間。ですが、そのすれ違い様、ご主人様は私に何かを伝えようとしていたように見えました。
意識だけが鋭敏化し、世界が止まったかのような感覚の中、私とご主人様は間違いなく、目を、意識を、心を通わせていました。

『行ってくる』

ただ一言、ご主人様は、そう私に言おうとしている事に気付きました。
距離は遠くなり、そうそう会う事は叶わなくなりましたが、ご主人様の言葉が意味する通り今生の別れではないのです。合間を縫って会いに来てくれるのです。それに、この世界での生涯が終われば、その後は命尽きるまでお側に居られるのです。
それまで、ほんの少しだけ、我慢。ご主人様だって辛いのでしょうから。
次お会いする時、笑顔でご主人様を迎える為に、ご主人様が愛してくださった私で居る為に、私はこう応えました。

『行ってらっしゃいませ』

と。

曽祖母様。
私にこの髪を授けて下さってありがとうございました。
お父様、お母様。
私を産んで下さって、本当にありがとうございました。
私は、フィネアは。
従者として、主を待つ身になれました。

ああ、あの手紙を読んで頂いたでしょうか。
言葉では形容しきれない私の想いを、魔力を込めて綴ったあの便箋を。
しばらくはそれを私の代わりにしていてください。その代わり、私は、交わりに夢中になってて洗濯するのを忘れてしまっていたあなた様の脱ぎたて下着を代わりに、

(ここで文章が途切れている)










×月◯日

ご主人様が新しい職場に異動なさって早一週間。仕事を終えた私は、有澤社長に本社へ来て欲しいと言われ、言葉通りの場所に向かっていました。
今度は努力と根性と格闘攻撃が主題の、女の子が活躍するロボット物に影響されたようで、熱血教育な学校を作るなどとまるで意味の分からない事を仰っていましたが、どうやら私を呼んだ理由はそれではないようなのです。全く紛らわしい。今日は電話でご主人様のお声を聞きながら自慰に耽る予定だったのですから早く終わりにして欲しいものです。
ゴメンゴメン、と謝る社長の手から書類が渡ります。これはちゃんとアヌビスの専務を通して採算が取られた正式な企画書のようだったので、『面白いわよー?』と社長の念押しもあり、渋々中身を読む事にしました。



「ーーえ。え、え……、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええぇぇぇぇっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!?」
「ね? お・も・し・ろ・い・で・しょ?」
14/11/02 20:07更新 / イブシャケ
戻る 次へ

■作者メッセージ
どうも、イブシャケです。
……さてさて、どうなるんでしょうかねー?

とまあ、こんな感じの締め方で『メイド喫茶に行こう!(強制)』を終わりにしたいと思います。
最後まで付き合ってくださった方、感想を残してくださった方、投票してくださった方。そして何より、『キキーモラ』という私の理想を形にした素晴らしい魔物娘を創造なさった健康クロス様。ありがとうございました。お返しに『ロミ・ケーキご優待券』を送っておきます(嘘)。

次書くものは決まってますよー。ただ、状況が状況なんで難航中です。
ちょっと何時になるかわかりませんが、それでもそう遠くない内にまたお会い出来るんじゃないかと。
ではでは。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33