好感度→→→→→→→→→→┃(MAX!!)
「これより! お前達ヒヨっ子を、俺の指揮から解く! 俺から言いたいのは一つ! ーー生きろ! これから辛い事が沢山あるだろうが、生きていれば絶対にそれだけじゃないって気付く! だから、絶対に自分から死のうなんて考えるんじゃねぇ!」
教官の、教官としての最後の言葉を皮切りに、周りの数人が涙ぐみ始めた。無理もない。これまで辛く、厳しく、苦しい時間を強いながらも第一に俺達の事を考えてくれていた人々と、そして寝食も苦楽も共にしてきた仲間達との別れの時だ。泣いてもいいのよ。また笑えればいい。俺は泣かんが。
「お゛い! 写真! 記念写真どろうぜ!」
号泣している同期に肩を引かれ、やれやれと言いながらもちょっと前まで苦手だったカメラの前に立つ。不自然な作り笑いじゃない。普通の笑顔でだ。
同じ部屋になった当初からしばらくの間、本当に俺は会話をしなかった。相手は違う世界の住人だ。インドア系の俺では会話にならん。そう考えてしまっていた。
それが今では、冗談も言い合えるし、飲みにも行ける。趣味は合わない事が多いが、その辺はお互いに尊重し合えている。身体を動かすのが好きな奴に対してはよくそんなに動いていられるな、と思うし、向こうもこちらの趣向を嗤う事はしない。
こんな関係になれたきっかけは、あの出来事。『ロミ・ケーキ』に全員で行った事だ。アレのお陰で少しずつ俺は相手を理解していけるようになった。
辛い時には素直に助けを求められて、代わりに連中が苦手な部分を助けてやれる。そんな、ありきたりだが、俺にとってはかけがえのない仲間となったんだ。
それもこれも、すべて彼女が、フィネアが居てくれたからだ。彼女が俺の背中を支えてくれなきゃ、こうはならなかった。学生生活の時と同じ、なあなあで済ませたすぐに切れる関係のまま今日を迎えていただろう。
「年末には飲みに行こうぜ! もちろん全員彼女連れてな!」
「異動先に行っても元気でやれよ!」
「お前が居てくれたから、学科とか助かった……。その分体力面で引っ張られたが、ええと、何だ! 楽しかった!」
背中を叩かれ、握手を求められる。俺もそれに習うように、言葉で返していく。
こいつらとの関係は、俺の変化の証って言っていいんだろうか。ほんの少し、意識を向けるようにしただけなんだが。
……まあ、いいか。悪い気分じゃないし。
「お前がメイド萌えだったから、サリアに会えたんだろうな。本当に、ありがとう」
お前だけはブレないね本当。
「ーーおう、いいかお前等? 最後に俺からの贈り物だ。忘れず受け取ってけよ」
おう、班長。ありがとうございます。
「おう。お前は変なキャラ、ってのは変わってないが途中から目の色が違ってきてたな。異動先でも頑張れよ。ーーほら」
今まで、本当にありがとうございました。
早速受け取った紙袋を、全員で一斉に開ける。
「別れの贈り物、といえばハンカチだ。それぞれのキャラに合わせて買ってきたぞ」
「おぉ! テニスボール柄だ! 班長センスありますね!」
「麻雀牌がびっしりと!? すげぇこんなのあるのか!」
「肉柄!?」
おお、班長やるぅ。
で、俺のは。
……メイドキャラがプリントされてるハンカチて、おう……。
「おう、ピッタリだろ?」
「「「「「あはははははははははははははははは!」」」」」
最後までこんなんか俺!?
つーかよく見たら俺の紙袋だけ売り場が某アレの穴じゃないですかー! 班長わざわざ行ったんですか!?
「いや? 班付に行かせた」
酷ぇ。
「おう。もうそろそろ、各々に迎えが来るぞ。昨日の内に準備済ませておけ、っちゅってたべ?」
さっさと行け、という合図に、俺達は住み慣れた部屋に戻り、荷物が入った巨大な鞄を外に運び出していく。
外にはすでに何台かの車が来ていて、これに乗って各人の異動先に向かう。
あと数時間もしない内に、俺は、俺達は、この場所を後にするのだ。
「それじゃあなー!」
「連絡入れろよー!」
「彼女によろしくなー!」
1人、また1人と、次々遠い地へ向かっていく仲間を見送り、ついに俺の番が来てしまった。
「忘れ物はないか?」
ないです。
「よし、じゃあ行くか」
……はい。
車の後部座席に乗り、手を振る仲間達や班長達に手を振り返す。
どんどん遠くなり、見えなくなって、腕を止め前を向いた。
さあ、行こう。新しい地へ。
・・・
流れていく見慣れた風景。
そんな中、先ほど決意した筈の俺の胸にはモヤモヤした感情が現れていた。
本当の所を言うと、俺にはまだ心残りがある。
ここにではない。俺にきっかけを与えてくれた、俺にとって大切な女性に対して、告げていない事があるのだ。
メールや電話ではいけない。実際に顔を合わせて言わなければならない。そうじゃなきゃ、意味がない。
……すいません、大通って通りますか?
「大通? いや、通らねぇな。何だ? 最後に見たいものでもあるのか?」
……いえ、通らないならいいんです。
「???」
無理、か。
まあ、通ったとしても打ち合わせしてる訳じゃないから、彼女は店から出て来ないだろうし、仕方ない。そう、仕方ない。
それでも、俺は諦め切れなかった。
『本日ご主人様のご奉仕を務めさせて頂く、フィネアと申します。どうぞ、お見知り置きを』
あの時、出会えた。
『――ご主人様は、自分はどうやっても変えられないと、本当にお思いですか……?』
あの時、気付かせてくれた。
『――ですが、これだけは言わせてください。……ご主人様は、ダメ男などではありませんからっ』
あの時、信じてくれた。
『ずっと、ずっとお教え出来ずに申し訳ありませんでした。騙して、あなたの側に寄って、このような真似までして、申し訳ありませんでした……』
あの時、垣間見た。
『ーー本当に、本当に心配したんですからね!?』
あの時、泣かせてしまった。
『ーーはいっ! このフィネア、髪の一本から血の一滴に至るまで自身の全てをあなた様に捧げ、主人であるあなた様を支え、この世界で永遠に共に在り続ける事を、永久に誓います……!』
あの時、二人だけの誓いを立てた。
『この世界で私と生きていく、と仰ってくださったあなた様は、都合のいい夢だったのですか……?』
あの時、正された。
『私は今、とっても幸せです……♪ ーー私が夢見た『理想的な従者』とはちょっと違いますけど、……あの日恋をして、待ち焦がれて、受け入れてくれて下さった貴方と、今こうして愛し合う事が、嬉しくて、幸せで、ーーもう、私は……っ♥︎』
あの時、愛し合えた。
『ーー待ってますから』
あの時、約束をした。
幾つもの彼女との思い出が、俺の喉から声を出そうとする。車のドアノブに手をかけようとする。
このまま別れるなんて納得いかない、と胸の中で声を張り上げている。
ああ、チクショウ。
無理だって分かってるよ。無駄だって知ってるよ。
それでも。
なあ。誰か。
どんな形でもいいからさ。ほんの一瞬でいいからさ。
俺を彼女に、フィネアに、会わせてくれないか。
「ーーんあ?」
前からの素っ頓狂な声を聞いて、意識が現実へ戻ってきた。
どうしたんですか?
「おいおい、通行止めだってよ。しょうがねぇ、大通を迂回してくしかねぇな」
「よかったなー、何見たいんだか知らねぇが」
は?
……何だ、コレ。
こんな事があるものなのか。
いやいや、まだ会えると決まった訳じゃない。しかしチャンスだ。急いでフィネアに連絡を、……って、携帯カバンの中だぁぁぁ!?
あ、諦めるな! 急いで出せば、
「大通だぞー」
早いよチクショウゥゥゥ!
アキラメロン、と頭の中で誰かが叫ぶのが聞こえた。ブチ◯すぞ二股。
うわぁぁぁぁぁぁ! フィネアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァッッッ!!!
「お? 何だアレ。メイド服? この辺にメイド喫茶なんてあったのか」
「うおっ、すげぇ美人」
……ほぁい?
何が起こったんだ。大通の、『ロミ・ケーキ』がある建物の前に、数名のメイドさんがビラ配りをしていたのだ。
その中には、遠くからでも目立つ、見慣れた桃色の髪が。
見間違う筈がない。気の所為な訳がない。
何故ならば!
その髪色を見た瞬間、核心にも似た何かが、俺の胸の中で疼いたのだから!
これは、運命か。ディスティニーか。主役が奪われるのか。
そんな事はどうでもいい。重要な事じゃねぇ。大事なのは、言いたかった事をフィネアに言える、という事だ。
急げ急げ! 通り過ぎちまう! 窓は、……開かねぇ! クソッ、はめ込み型かよ! こうなったら最終手段だ!
桃色の髪がすぐ近くまで来た瞬間、息を大きく吸う。
願った。彼女に伝わるように、と。
叫んだ。口だけ動かし、心の中で。
行ってくる。
ただ一言。確実に俺を見ていたフィネアに、そう告げた。
目と目が合った瞬間、不思議な体験をした。
時間が経つのがやけに緩慢に感じるようになっていたのだ。
ゆっくりと通り過ぎていく外の光景。その中で、目を見開く、フィネア。しかし、すぐに目尻を下げ、微笑みを浮かべて、俺の恋人兼従者は、その整った形の唇を動かした。
『行ってらっしゃいませ』
・・・
新しい職場の寮で、俺は鞄を開けていた。
衣類や仕事道具などを片付け、明日から始まる新生活の準備をしているのだ。
フィネアに行ってくる、と言えた。ただそれだけなんだが、胸の中が軽くなった気がする。あくまで気がするだけだが。
そうだ。二度と会えなくなる訳じゃない。
きっとすぐに会える。
だから、行ってくる。
そういう意味で、俺は彼女に告げたのだ。正直伝わってるか分からんが、まあ、俺と彼女の関係ならば通じ合ってるから大丈夫だろう。
ちょっと前ならここで『俺の勘違いかもしれないけど』って言ってた所だな、と笑いながら、カバンに入っていた箱を取り出した。
それは、フィネアが持たせてくれた『ロミ・ケーキ』特製クッキー詰め合わせだ。同僚に渡すついでに新しい職場の人にも配ったらどうか、という事で多めに持たせてもらったのだ。
ん? 何か紙が入ってるな。……便箋?
『 』
……白紙? フィネアらしくないミスだな。
しかし何と言うか、これを見てると何故かホッとするなぁ。……財布に入れとこうかな。
お、まだ入ってる。……おいおい。ロミ・ケーキのチラシかよ。俺に宣伝しろと?
まあ、いいさ。転属先の独身貴族にそれとなく勧めてみよう。
ここは私の人生変わるきっかけとなった場所です、ってな感じで力説すれば少しは興味持ってくれるんじゃないかな。そうしたら後は引きずるようにして、こう言いながら連れて行けばいい。
メイド喫茶に行こう、ってね。
教官の、教官としての最後の言葉を皮切りに、周りの数人が涙ぐみ始めた。無理もない。これまで辛く、厳しく、苦しい時間を強いながらも第一に俺達の事を考えてくれていた人々と、そして寝食も苦楽も共にしてきた仲間達との別れの時だ。泣いてもいいのよ。また笑えればいい。俺は泣かんが。
「お゛い! 写真! 記念写真どろうぜ!」
号泣している同期に肩を引かれ、やれやれと言いながらもちょっと前まで苦手だったカメラの前に立つ。不自然な作り笑いじゃない。普通の笑顔でだ。
同じ部屋になった当初からしばらくの間、本当に俺は会話をしなかった。相手は違う世界の住人だ。インドア系の俺では会話にならん。そう考えてしまっていた。
それが今では、冗談も言い合えるし、飲みにも行ける。趣味は合わない事が多いが、その辺はお互いに尊重し合えている。身体を動かすのが好きな奴に対してはよくそんなに動いていられるな、と思うし、向こうもこちらの趣向を嗤う事はしない。
こんな関係になれたきっかけは、あの出来事。『ロミ・ケーキ』に全員で行った事だ。アレのお陰で少しずつ俺は相手を理解していけるようになった。
辛い時には素直に助けを求められて、代わりに連中が苦手な部分を助けてやれる。そんな、ありきたりだが、俺にとってはかけがえのない仲間となったんだ。
それもこれも、すべて彼女が、フィネアが居てくれたからだ。彼女が俺の背中を支えてくれなきゃ、こうはならなかった。学生生活の時と同じ、なあなあで済ませたすぐに切れる関係のまま今日を迎えていただろう。
「年末には飲みに行こうぜ! もちろん全員彼女連れてな!」
「異動先に行っても元気でやれよ!」
「お前が居てくれたから、学科とか助かった……。その分体力面で引っ張られたが、ええと、何だ! 楽しかった!」
背中を叩かれ、握手を求められる。俺もそれに習うように、言葉で返していく。
こいつらとの関係は、俺の変化の証って言っていいんだろうか。ほんの少し、意識を向けるようにしただけなんだが。
……まあ、いいか。悪い気分じゃないし。
「お前がメイド萌えだったから、サリアに会えたんだろうな。本当に、ありがとう」
お前だけはブレないね本当。
「ーーおう、いいかお前等? 最後に俺からの贈り物だ。忘れず受け取ってけよ」
おう、班長。ありがとうございます。
「おう。お前は変なキャラ、ってのは変わってないが途中から目の色が違ってきてたな。異動先でも頑張れよ。ーーほら」
今まで、本当にありがとうございました。
早速受け取った紙袋を、全員で一斉に開ける。
「別れの贈り物、といえばハンカチだ。それぞれのキャラに合わせて買ってきたぞ」
「おぉ! テニスボール柄だ! 班長センスありますね!」
「麻雀牌がびっしりと!? すげぇこんなのあるのか!」
「肉柄!?」
おお、班長やるぅ。
で、俺のは。
……メイドキャラがプリントされてるハンカチて、おう……。
「おう、ピッタリだろ?」
「「「「「あはははははははははははははははは!」」」」」
最後までこんなんか俺!?
つーかよく見たら俺の紙袋だけ売り場が某アレの穴じゃないですかー! 班長わざわざ行ったんですか!?
「いや? 班付に行かせた」
酷ぇ。
「おう。もうそろそろ、各々に迎えが来るぞ。昨日の内に準備済ませておけ、っちゅってたべ?」
さっさと行け、という合図に、俺達は住み慣れた部屋に戻り、荷物が入った巨大な鞄を外に運び出していく。
外にはすでに何台かの車が来ていて、これに乗って各人の異動先に向かう。
あと数時間もしない内に、俺は、俺達は、この場所を後にするのだ。
「それじゃあなー!」
「連絡入れろよー!」
「彼女によろしくなー!」
1人、また1人と、次々遠い地へ向かっていく仲間を見送り、ついに俺の番が来てしまった。
「忘れ物はないか?」
ないです。
「よし、じゃあ行くか」
……はい。
車の後部座席に乗り、手を振る仲間達や班長達に手を振り返す。
どんどん遠くなり、見えなくなって、腕を止め前を向いた。
さあ、行こう。新しい地へ。
・・・
流れていく見慣れた風景。
そんな中、先ほど決意した筈の俺の胸にはモヤモヤした感情が現れていた。
本当の所を言うと、俺にはまだ心残りがある。
ここにではない。俺にきっかけを与えてくれた、俺にとって大切な女性に対して、告げていない事があるのだ。
メールや電話ではいけない。実際に顔を合わせて言わなければならない。そうじゃなきゃ、意味がない。
……すいません、大通って通りますか?
「大通? いや、通らねぇな。何だ? 最後に見たいものでもあるのか?」
……いえ、通らないならいいんです。
「???」
無理、か。
まあ、通ったとしても打ち合わせしてる訳じゃないから、彼女は店から出て来ないだろうし、仕方ない。そう、仕方ない。
それでも、俺は諦め切れなかった。
『本日ご主人様のご奉仕を務めさせて頂く、フィネアと申します。どうぞ、お見知り置きを』
あの時、出会えた。
『――ご主人様は、自分はどうやっても変えられないと、本当にお思いですか……?』
あの時、気付かせてくれた。
『――ですが、これだけは言わせてください。……ご主人様は、ダメ男などではありませんからっ』
あの時、信じてくれた。
『ずっと、ずっとお教え出来ずに申し訳ありませんでした。騙して、あなたの側に寄って、このような真似までして、申し訳ありませんでした……』
あの時、垣間見た。
『ーー本当に、本当に心配したんですからね!?』
あの時、泣かせてしまった。
『ーーはいっ! このフィネア、髪の一本から血の一滴に至るまで自身の全てをあなた様に捧げ、主人であるあなた様を支え、この世界で永遠に共に在り続ける事を、永久に誓います……!』
あの時、二人だけの誓いを立てた。
『この世界で私と生きていく、と仰ってくださったあなた様は、都合のいい夢だったのですか……?』
あの時、正された。
『私は今、とっても幸せです……♪ ーー私が夢見た『理想的な従者』とはちょっと違いますけど、……あの日恋をして、待ち焦がれて、受け入れてくれて下さった貴方と、今こうして愛し合う事が、嬉しくて、幸せで、ーーもう、私は……っ♥︎』
あの時、愛し合えた。
『ーー待ってますから』
あの時、約束をした。
幾つもの彼女との思い出が、俺の喉から声を出そうとする。車のドアノブに手をかけようとする。
このまま別れるなんて納得いかない、と胸の中で声を張り上げている。
ああ、チクショウ。
無理だって分かってるよ。無駄だって知ってるよ。
それでも。
なあ。誰か。
どんな形でもいいからさ。ほんの一瞬でいいからさ。
俺を彼女に、フィネアに、会わせてくれないか。
「ーーんあ?」
前からの素っ頓狂な声を聞いて、意識が現実へ戻ってきた。
どうしたんですか?
「おいおい、通行止めだってよ。しょうがねぇ、大通を迂回してくしかねぇな」
「よかったなー、何見たいんだか知らねぇが」
は?
……何だ、コレ。
こんな事があるものなのか。
いやいや、まだ会えると決まった訳じゃない。しかしチャンスだ。急いでフィネアに連絡を、……って、携帯カバンの中だぁぁぁ!?
あ、諦めるな! 急いで出せば、
「大通だぞー」
早いよチクショウゥゥゥ!
アキラメロン、と頭の中で誰かが叫ぶのが聞こえた。ブチ◯すぞ二股。
うわぁぁぁぁぁぁ! フィネアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァッッッ!!!
「お? 何だアレ。メイド服? この辺にメイド喫茶なんてあったのか」
「うおっ、すげぇ美人」
……ほぁい?
何が起こったんだ。大通の、『ロミ・ケーキ』がある建物の前に、数名のメイドさんがビラ配りをしていたのだ。
その中には、遠くからでも目立つ、見慣れた桃色の髪が。
見間違う筈がない。気の所為な訳がない。
何故ならば!
その髪色を見た瞬間、核心にも似た何かが、俺の胸の中で疼いたのだから!
これは、運命か。ディスティニーか。主役が奪われるのか。
そんな事はどうでもいい。重要な事じゃねぇ。大事なのは、言いたかった事をフィネアに言える、という事だ。
急げ急げ! 通り過ぎちまう! 窓は、……開かねぇ! クソッ、はめ込み型かよ! こうなったら最終手段だ!
桃色の髪がすぐ近くまで来た瞬間、息を大きく吸う。
願った。彼女に伝わるように、と。
叫んだ。口だけ動かし、心の中で。
行ってくる。
ただ一言。確実に俺を見ていたフィネアに、そう告げた。
目と目が合った瞬間、不思議な体験をした。
時間が経つのがやけに緩慢に感じるようになっていたのだ。
ゆっくりと通り過ぎていく外の光景。その中で、目を見開く、フィネア。しかし、すぐに目尻を下げ、微笑みを浮かべて、俺の恋人兼従者は、その整った形の唇を動かした。
『行ってらっしゃいませ』
・・・
新しい職場の寮で、俺は鞄を開けていた。
衣類や仕事道具などを片付け、明日から始まる新生活の準備をしているのだ。
フィネアに行ってくる、と言えた。ただそれだけなんだが、胸の中が軽くなった気がする。あくまで気がするだけだが。
そうだ。二度と会えなくなる訳じゃない。
きっとすぐに会える。
だから、行ってくる。
そういう意味で、俺は彼女に告げたのだ。正直伝わってるか分からんが、まあ、俺と彼女の関係ならば通じ合ってるから大丈夫だろう。
ちょっと前ならここで『俺の勘違いかもしれないけど』って言ってた所だな、と笑いながら、カバンに入っていた箱を取り出した。
それは、フィネアが持たせてくれた『ロミ・ケーキ』特製クッキー詰め合わせだ。同僚に渡すついでに新しい職場の人にも配ったらどうか、という事で多めに持たせてもらったのだ。
ん? 何か紙が入ってるな。……便箋?
『 』
……白紙? フィネアらしくないミスだな。
しかし何と言うか、これを見てると何故かホッとするなぁ。……財布に入れとこうかな。
お、まだ入ってる。……おいおい。ロミ・ケーキのチラシかよ。俺に宣伝しろと?
まあ、いいさ。転属先の独身貴族にそれとなく勧めてみよう。
ここは私の人生変わるきっかけとなった場所です、ってな感じで力説すれば少しは興味持ってくれるんじゃないかな。そうしたら後は引きずるようにして、こう言いながら連れて行けばいい。
メイド喫茶に行こう、ってね。
14/11/01 18:47更新 / イブシャケ
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