第三話 新人教育にて/姉役のターン
馬を駆って街を出てから、アタシ、アニー・ランピネンは、隣を併走するシャーランと呼ばれていた少女に話しかけた。
「それで、どうするつもりなの!? ていうか勢いで出てきちゃったけど、実戦経験も無い新人よねアンタ!」
相手は一人ではなく、複数なのだ。そこに、ついこの間まで一般人だったこの子を放り込む事は、猛獣の前で、生肉で出来た服着て踊る事と同じだろう。
「実戦経験はそこそこ! 一応対抗策もあるよ!」
「は? え、ちょっと待って。アンタ、補充兵よね? 元一般人よね?」
「住んでた所の近くによく魔物が出てたモンで、よく追い払ってたよ! 心配しないで!」
その言葉からは見得も嘘も感じられず、この子が言っている事が本当だという事を表している。しかし、にわかには信じがたい。
軽鎧を装備し、手甲を嵌めてはいるが、その身体は服越しでは少女のものにしか見えない。実は脱いだら凄い、というのならまだしも、だ。
そもそもこの子は、防具以外は何も装備していない。剣も槍も、斧も弓も何も持っていないのだ。
「武器も持たずにどうやって戦うってのよ!」
「決まってるじゃない。コレよ」
そう言って少女は、自分の拳を振り上げた。
「……何も握ってないけど、魔法?」
「いやいや、武器はコレだって」
今度は握り拳をブンブン振り回している。それはつまり、
「――アンタまさか、……徒手空拳?」
「そ」
「はぁ!? 魔物って私達人間の何倍も筋力があるのよ!? そんなのどうやって――」
「そんな事より、相手は集団なんでしょ!? 何か、こう、範囲攻撃的なものは持ってないの!? 火薬玉とかさ!」
急に話を逸らされ、納得いかない気分になるが、状況はシャーランの言う通りである。
そして、この子が言う物も持ってはいる。
「一応、あるにはあるわ。けど、皆が戦っている最中に投げ込めば、敵味方もろとも吹っ飛ばす事になりかねないから使えないのよ!」
「だったら、皆に被害が出ないようにすりゃいいのね!?」
だが、それは容易ではない。
上手く発火のタイミングを調整して、地面に落ちる前に爆発させられれば仲間に伏せてもらうだけで十分不意は突ける。しかし、その為には魔物の群れを超えて声を届かせなければならないのだ。
「――よし、見えた! アレでしょ!?」
「え、ええ! でも――」
「私が魔物達の気を引くから、アネーは着いて来て!」
「アネーって何、ってちょっと、アンタ何を――」
するつもり、と言うよりも先に、少女は馬に鞭を入れ、速度を上げた。
「ジャンプ台は、――そこ! 行っけーっ!」
そのまま小高い丘目掛けて、少女を乗せた馬は風になったように走り、そして、飛んだ。馬は魔物の群れを易々と飛び越し、放物線を描きながら大きく跳躍したのだ。
「ちょっと蹴るけど、ゴメンね!?」
ヒヒン、とまるで了承の言葉を返すような馬の返事を聞いた後、シャーランは手綱を離し、馬鞍の上に立ち、身体を反転させ、馬の尻を蹴った。
「なっ!?」
「おおぉぉぉりゃぁぁああぁぁっ!」
少女はそのまま流れ星となり、魔物の群れの中心に飛び込んでいった。
「ええい! 考えてる暇はないか!」
火薬玉の導火線を短く千切り、同時に火を点ける。新人の意味の分からない行動に続くようにアタシも丘を使って飛び、
「皆、伏せなさい!」
そう叫んで、思い切り投擲した。
炸裂した。
・・・
いくら素の人間で太刀打ちできない存在であろうと、中身を揺らされる事には耐えられないようだ。火薬玉により引き起こされた衝撃は脳や三半規管、内臓を震わせ、直接的なダメージは無いにしろ動きを止めるには十分だったのだ。
「う、うーん……」
「き、気持ち悪……」
「……ぐにゃー」
魔物の群れを飛び越えた先で馬から降り、すぐさま降りて振り返ると、大半の魔物は地に伏せ、呻き声を上げていたのだ。
「皆無事!?」
「アニーさんっ! 来てくれたんですね!?」
仲間の一人、エミリアが半泣きの声で答えてくれた。声の先には倒れている三人の仲間も居る。だが少なくとも全員死んではいないようだった。
エミリアのすぐ傍で転がっていたハミルがこちらに顔を向け、安堵の表情を浮かべる。
「――アニーさん。よかった、間に合ったんですね」
「上の融通利かなくってね! 一人、しかも新人しか連れて来れなかったけど、これなら逃げれそうだわ。――24分隊の連中は?」
「……」
ハミルの沈黙が、この場で何が起こっていたかを十分に教えてくれていた。
無念、としか言いようのない気持ちが胸に広がり、唇を噛む。
「新、人? まさか、さっきオーガを蹴り飛ばしたのは、その――」
「え、オーガ?」
エミリアが信じられない、という様子で何かを呟いている。
そういえばその新人は大丈夫だろうかと心配になり、周囲を見回すと、
「――ぬ、が」
視界の中で、ゆっくりと何かが立ち上がった。緑色の肌と頭の角から察するに、オーガだ。おそらくエミリアたちはアレに襲われていたのだろう。
――間一髪、って所ね……。
心の中でシャーランに感謝する。が、あの子は何処にも見当たらない。
「誰だ」
俯き、腕を力なく下ろしたまま、オーガは言った。拳を握り、口元を三日月のように歪めて、息を吸って、鬼が、
「今のは、誰だぁぁぁあああぁぁ!?」
弾けるように、笑った。
空気が振動し、産毛を総毛立たせる。あまりにも圧倒的な叫びに、アタシたちの身体は意志とは関係なく怯んでしまっていた。
その時、
「何処見てんの?」
「あん?」
オーガが振り向いた瞬間、その身体が左へ大きくぶっ飛んだのだ。緑の鬼は回転しながら水面に投げた石のように何度もバウンドしていき、自ら地面に足を叩きつけ、やっと止まった。
「――」
直前まで鬼が居た場所には、また、別の、人の形をした鬼が、笑っていた。
先ほどまでの雰囲気とは打って変わり、そこにはドス黒い、『殺意』としか言えない気配を漂わせ、笑っていたのだ。
「――いい殺気じゃねぇか。今度のは、骨がありそうだ!」
オーガもまた、暴力的な笑みでそれに答える。
「――シャー、ラン?」
あまりの変貌振りに、アタシは思わず少女の名前を呼んでいた。
こちらに振り向いたあの子の顔は、とても満ち足りたものだった。まるで、ずっとやりたかった事を、これから始めるかのような。
「アネーは仲間を助けてあげて。私はコイツを――倒すから」
そう言ってシャーランは一歩前に踏み出し、オーガとの距離を縮めていく。
「ま、待ちなさい! 新人が何をオーガに挑もうとしてるのよ!? 痛い目見る前に早い所逃げ――」
「身体強化。対象全体。倍率、10倍」
アタシの言葉に耳を傾ける事無く、シャーランは短く言葉を紡いだ。すると、あの子の身体を覆うように陽炎のようなものが発生した。
シャーランの動きに合わせて陽炎は揺らぎ、闘気を視覚化しているようにも見える。
拳を構え、腰を落とし、表情を崩す事なく彼女は言った。
「アンタ単体に恨みはないけど、父さんのカタキ、討たせてもらうよ……っ!」
「ハハハハハハッ! 面白く、なりそうだなぁ!」
両者共に同じタイミングで大地を蹴り、人のような鬼と本物の鬼が正面からぶつかり合った。
「それで、どうするつもりなの!? ていうか勢いで出てきちゃったけど、実戦経験も無い新人よねアンタ!」
相手は一人ではなく、複数なのだ。そこに、ついこの間まで一般人だったこの子を放り込む事は、猛獣の前で、生肉で出来た服着て踊る事と同じだろう。
「実戦経験はそこそこ! 一応対抗策もあるよ!」
「は? え、ちょっと待って。アンタ、補充兵よね? 元一般人よね?」
「住んでた所の近くによく魔物が出てたモンで、よく追い払ってたよ! 心配しないで!」
その言葉からは見得も嘘も感じられず、この子が言っている事が本当だという事を表している。しかし、にわかには信じがたい。
軽鎧を装備し、手甲を嵌めてはいるが、その身体は服越しでは少女のものにしか見えない。実は脱いだら凄い、というのならまだしも、だ。
そもそもこの子は、防具以外は何も装備していない。剣も槍も、斧も弓も何も持っていないのだ。
「武器も持たずにどうやって戦うってのよ!」
「決まってるじゃない。コレよ」
そう言って少女は、自分の拳を振り上げた。
「……何も握ってないけど、魔法?」
「いやいや、武器はコレだって」
今度は握り拳をブンブン振り回している。それはつまり、
「――アンタまさか、……徒手空拳?」
「そ」
「はぁ!? 魔物って私達人間の何倍も筋力があるのよ!? そんなのどうやって――」
「そんな事より、相手は集団なんでしょ!? 何か、こう、範囲攻撃的なものは持ってないの!? 火薬玉とかさ!」
急に話を逸らされ、納得いかない気分になるが、状況はシャーランの言う通りである。
そして、この子が言う物も持ってはいる。
「一応、あるにはあるわ。けど、皆が戦っている最中に投げ込めば、敵味方もろとも吹っ飛ばす事になりかねないから使えないのよ!」
「だったら、皆に被害が出ないようにすりゃいいのね!?」
だが、それは容易ではない。
上手く発火のタイミングを調整して、地面に落ちる前に爆発させられれば仲間に伏せてもらうだけで十分不意は突ける。しかし、その為には魔物の群れを超えて声を届かせなければならないのだ。
「――よし、見えた! アレでしょ!?」
「え、ええ! でも――」
「私が魔物達の気を引くから、アネーは着いて来て!」
「アネーって何、ってちょっと、アンタ何を――」
するつもり、と言うよりも先に、少女は馬に鞭を入れ、速度を上げた。
「ジャンプ台は、――そこ! 行っけーっ!」
そのまま小高い丘目掛けて、少女を乗せた馬は風になったように走り、そして、飛んだ。馬は魔物の群れを易々と飛び越し、放物線を描きながら大きく跳躍したのだ。
「ちょっと蹴るけど、ゴメンね!?」
ヒヒン、とまるで了承の言葉を返すような馬の返事を聞いた後、シャーランは手綱を離し、馬鞍の上に立ち、身体を反転させ、馬の尻を蹴った。
「なっ!?」
「おおぉぉぉりゃぁぁああぁぁっ!」
少女はそのまま流れ星となり、魔物の群れの中心に飛び込んでいった。
「ええい! 考えてる暇はないか!」
火薬玉の導火線を短く千切り、同時に火を点ける。新人の意味の分からない行動に続くようにアタシも丘を使って飛び、
「皆、伏せなさい!」
そう叫んで、思い切り投擲した。
炸裂した。
・・・
いくら素の人間で太刀打ちできない存在であろうと、中身を揺らされる事には耐えられないようだ。火薬玉により引き起こされた衝撃は脳や三半規管、内臓を震わせ、直接的なダメージは無いにしろ動きを止めるには十分だったのだ。
「う、うーん……」
「き、気持ち悪……」
「……ぐにゃー」
魔物の群れを飛び越えた先で馬から降り、すぐさま降りて振り返ると、大半の魔物は地に伏せ、呻き声を上げていたのだ。
「皆無事!?」
「アニーさんっ! 来てくれたんですね!?」
仲間の一人、エミリアが半泣きの声で答えてくれた。声の先には倒れている三人の仲間も居る。だが少なくとも全員死んではいないようだった。
エミリアのすぐ傍で転がっていたハミルがこちらに顔を向け、安堵の表情を浮かべる。
「――アニーさん。よかった、間に合ったんですね」
「上の融通利かなくってね! 一人、しかも新人しか連れて来れなかったけど、これなら逃げれそうだわ。――24分隊の連中は?」
「……」
ハミルの沈黙が、この場で何が起こっていたかを十分に教えてくれていた。
無念、としか言いようのない気持ちが胸に広がり、唇を噛む。
「新、人? まさか、さっきオーガを蹴り飛ばしたのは、その――」
「え、オーガ?」
エミリアが信じられない、という様子で何かを呟いている。
そういえばその新人は大丈夫だろうかと心配になり、周囲を見回すと、
「――ぬ、が」
視界の中で、ゆっくりと何かが立ち上がった。緑色の肌と頭の角から察するに、オーガだ。おそらくエミリアたちはアレに襲われていたのだろう。
――間一髪、って所ね……。
心の中でシャーランに感謝する。が、あの子は何処にも見当たらない。
「誰だ」
俯き、腕を力なく下ろしたまま、オーガは言った。拳を握り、口元を三日月のように歪めて、息を吸って、鬼が、
「今のは、誰だぁぁぁあああぁぁ!?」
弾けるように、笑った。
空気が振動し、産毛を総毛立たせる。あまりにも圧倒的な叫びに、アタシたちの身体は意志とは関係なく怯んでしまっていた。
その時、
「何処見てんの?」
「あん?」
オーガが振り向いた瞬間、その身体が左へ大きくぶっ飛んだのだ。緑の鬼は回転しながら水面に投げた石のように何度もバウンドしていき、自ら地面に足を叩きつけ、やっと止まった。
「――」
直前まで鬼が居た場所には、また、別の、人の形をした鬼が、笑っていた。
先ほどまでの雰囲気とは打って変わり、そこにはドス黒い、『殺意』としか言えない気配を漂わせ、笑っていたのだ。
「――いい殺気じゃねぇか。今度のは、骨がありそうだ!」
オーガもまた、暴力的な笑みでそれに答える。
「――シャー、ラン?」
あまりの変貌振りに、アタシは思わず少女の名前を呼んでいた。
こちらに振り向いたあの子の顔は、とても満ち足りたものだった。まるで、ずっとやりたかった事を、これから始めるかのような。
「アネーは仲間を助けてあげて。私はコイツを――倒すから」
そう言ってシャーランは一歩前に踏み出し、オーガとの距離を縮めていく。
「ま、待ちなさい! 新人が何をオーガに挑もうとしてるのよ!? 痛い目見る前に早い所逃げ――」
「身体強化。対象全体。倍率、10倍」
アタシの言葉に耳を傾ける事無く、シャーランは短く言葉を紡いだ。すると、あの子の身体を覆うように陽炎のようなものが発生した。
シャーランの動きに合わせて陽炎は揺らぎ、闘気を視覚化しているようにも見える。
拳を構え、腰を落とし、表情を崩す事なく彼女は言った。
「アンタ単体に恨みはないけど、父さんのカタキ、討たせてもらうよ……っ!」
「ハハハハハハッ! 面白く、なりそうだなぁ!」
両者共に同じタイミングで大地を蹴り、人のような鬼と本物の鬼が正面からぶつかり合った。
13/09/04 22:13更新 / イブシャケ
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