第二十一話 真実の場にて、正しきを願う/勇者候補のターン
両手足を繋がれ、鉄格子の中に入れられた私たちは、ただひたすら時を待つ事しかできませんでした。
怪我が治療されなかっただけでなく、冷たい床に投げ出されたのです。こんな場所では休息を取れる訳がありません。
「――」
そんな中で、私は考えていました。
「――シャーランは、無事なんでしょうか」
最近出会ったばかりの新兵。
教団の考え方を一切持たず、破天荒な事ばかりする少女。
私の対極の位置に居ながら、私と同じ人を好きになった好敵手。
彼女は今、死を目前にしている筈なのです。
私を、庇った所為で。
――……何で。
彼女が何故私を庇ったのか。それは確かに疑問ではあります。もしその理由が分かれば、彼女に対して感謝か、張手を浴びせなくてはならないでしょう。
ですが、今私が抱えている疑問はそれとは違うものでした。
身体を縛る鎖を鳴らしながら、本来ならば英雄として讃えられるべき彼女が今、受けているであろう処遇。
私たちがこんな状況なのですから、彼女もまた同様の扱いを受けているのでしょう。いえ、もしかすると死体として扱われて、地下にあると噂になっている死体遺棄場に放り込まれているかもしれません。
そう思うと、より一層怒りがこみ上げてきます。
――教団は、一体何を考えてるんでしょう……。
アニーさんが命を奪われました。あの命令がなければきっと、ハミルさんもシャーランも、今のような目に合わなかった筈です。
アルカトラに住む市民の為に、必死になって戦った者たちに対する報いが、こんな理由も分からない死。
――……っ!
やはり、納得がいきません。
このまま処刑の時を待つくらいならば、脱獄して、理由を聞き出す。
――そして、それが醜悪な欲望から出たものならば、斬る。
許さない。
こんな復讐のような真似、私が目指していた、象徴となるべき勇者の所業ではありません。
それでも私は、理由が知りたかった。理不尽な状況に置かれて、すぐさま頷けるような器用な人物ではないのです。
何より、私の大切な人たちを傷つけた事が、一番許せない。
きっと彼女、シャーランもまた、私と同じ立場に立てば、私と同じ事を考えるでしょう。
「――ぐぅっ!」
腕に力を籠め、腕の鎖を歪ませる為に全力を発揮します。18の小娘とはいえ、私も勇者候補。腕力にはそこそこ自信があります。
とはいえ、教団も馬鹿ではありません。私の力を見越して、通常のものよりも頑丈な鎖を用意していました。
「ならば……、シャーラン。貴女の力を借ります」
彼女が用いていた魔法、身体強化。教団仕様のものとも、市販のものとも勝手が違うその魔法。
ドラゴンに挑む前に、どういう仕組みのものなのか聞いておいた事が吉と出たようです。
「身体強化、倍率、3倍!」
全身を巡る血液の流れが急速に上がり、吐き気を催します。
ですが、胃の中身を破裂した血管から漏れた血液と共に吐き出している暇はありません。
「――は、あっ!」
鈍い音と共に、腕を締め付けていた鎖がたわみ、中央から引き裂く事が出来ました。同時に足の鎖も破り、勢いそのまま鉄格子を握りしめ、
「お、おぉぉおおおぉぉぉ!」
隙間を無理やり広げ、人が一人通れるだけの空間を作り出します。
そして全てを完了した時、
「――うぐっ!? がっ、ごふっ!」
込み上げてきたものを床に吐き出し、やってきた眩暈によってその場に崩れ落ちそうになってしまいます。
――シャーランは、普段からこれに耐えていたって言うんですか?
彼女は自分を一般人と言いましたが、こんな自殺用としか思えない魔法を使いこなしている時点でどうかしている、と言えるでしょう。
ともかく、私は牢屋から解放されました。すぐさま次の行動に移らなければ、巡回中の守兵に気付かれ、また牢屋に戻されてしまいます。
足の負傷はまるで治ってはいませんが、
『まあ、念の為ね』
と言ってやってくれた添え木による固定のおかげで、歩けない事はありません。
「待っててください、エリアス隊長、……シャーラン!」
・・・
意外な事に、守兵は一人も見当たりませんでした。
「変ですね……。普通ならば、最低でも一人は居るんですが」
あまりにも人の気配がないので、守兵用の休憩室や、鍵の管理部屋などを見て回りましたが、影も形もありません。
「まあ、私にとっては好都合ですね」
机の上に置かれていた書類に目を通し、隊長がどこの牢屋に囚われているかを調べ始めました。
そして数分後、
「――あった! エリアス・ニスカヴァーラ! 359番ですね!?」
目当ての名前を見つけ、すぐさま鍵を見つけて握りしめ、彼が居る牢屋へ歩き始めました。
「それにしても、ここの牢屋は使われていないんでしょうか。随分と人が居ませんが……」
途中、いくつか牢屋の中に視線を送りましたが、誰も居ませんでしたし、そもそも入れられていた形跡のある牢屋がほとんどありませんでした。
――何の為に作られたんでしょうかね、ここは。
そんな疑問を抱きつつ、私は時間を掛けて何とか目的地にたどり着きました。
「隊長! エリアス隊長!」
「――む。エミリア? ……っ!? エミリアだと!? 何故外に!?」
眠っていたのでしょう。目を閉じていた彼は、私を見て数秒後に目を見開いていました。
「脱獄です! 今開けますから、隊長も一緒に逃げましょう!」
「何!?」
私からそんな言葉が出た事に驚きを隠せないのか、隊長は普段の冷静な態度と打って変わって慌てていました。
故に私は、
「隊長は、今回の上の判断に納得するのですか?」
「そ、それは――」
「命を賭した私たちを侮辱する、こんな行いを認めるというのですか!?」
正義感の強い彼の事です。まず間違いなく認めない、と言ってくれるでしょう。
しかし、同時に私は恐れを抱いていました。認めないと言った上で彼が、ここに残る、と言ってしまった場合の事を。
冷静で思慮深い彼は、事情を話せば誤解が解ける、と思いがちです。故に今回も、裁判を設けてもらえば無罪を証明できると思っている可能性もなくはないのです。
「嘘を伝えてまで私たちをこんな目に合わせた時点で、既に話を聞く気なんてないんですよ!」
「……」
「だから、……お願いです。私と一緒に、逃げてください」
彼に、生きていて欲しい。
死を選びかねない彼を生かすには、ここまでしなければならないのです。
「――わかった」
「!」
思いが伝わり、彼は首を縦に振ってくれました。
「教団の言葉を何よりも信用していたお前がそこまで言うのだ。師として、聞かずにはいられまい」
苦笑を浮かべ、優しげな言葉を掛けてくれた彼に対し、私は何度も頭を下げていました。
「ありがとうございます!」
「――事実、私も納得していなかった所だ」
しかし彼は部隊長。何かあった時に全ての責任を背負い、私たちを助ける事が出来るかもしれない以上、下手に動く訳にはいかなかったのでしょう。彼のそんな心遣いに有難さを感じると同時に、
「隊長? そんな事を言っていると、あの子に怒られてしまいますよ! 『余計な事するなー!』って」
「――」
隊長が固まってしまいました。
――あ、あれ? あんまり似てなかったのでしょうか?
一切の動きを止めたまま私を凝視していて、動く様子がありません。
「あ、あの、どうし――」
「――ふ、ふふ、はははは! お前がシャーランの事を言うとは、思わなくてな!」
突然、笑われてしまいました。
「わ、笑いすぎですよ! もう!」
「ははははは! すまん、あまりにも突然で、ふふ」
まったく、失礼な人です。
――でも、こんなに笑ってくれた隊長を見たの、初めてかもしれませんね。
昔から、微笑を浮かべる事はあっても、ここまで声を上げて笑ってくれる事は少なかったような気がします。
――私は、変わったんでしょうか。
きっとそれもこれも、彼女の影響でしょう。彼女のおかげで、何だか余裕が出来たような気がします。
「とにかく! 今開けますから、出ますよ!?」
・・・
隊長に肩を貸してもらいながら、どうにか見覚えのある場所にまで出てきました。
「まさか、大聖堂の二階通路に繋がっていたとはな」
「こんな場所があるなんて、私は知りませんでした」
私もだ、と返しながら、隊長は何かを考え込んでいる様子でした。
「どうしました?」
「ん、いやな。何故私たちを魔物に仕立て上げる必要があったか、という事が気になってな」
確かにそれは私も気になっていました。
私たちの部隊は、自画自賛と取られても仕方がないのですが、一般的な兵士とは錬度が違う勇者候補と、その師匠が含まれたものです。そこに、単騎でオーガを撃退できるだけの戦力も加わっているのですから、切り落とす事で戦力が減る事は目に見えています。
「――何故、というのはハッキリとは分からないが、いつからそう見られていたか、という事から考えればそれとなく予想は付く」
「え?」
見上げれば、俯き、暗い表情の隊長の顔がありました。
私が見ている事に気が付き、すぐさま力ない笑みを浮かべましたが、彼が今どんな気持ちで居るのか。私よりも遥かに長くこの組織に関わっていた者として考えると、心苦しいものがあるのでしょう。
「おそらくはシャーランがオーガを撃退した瞬間から、だと私は思っている」
「そ、その根拠は? 倒せたならそれでいいのでは?」
「それが分隊単位で、の話なら良い知らせだろうが、一個人による結果ならばそうとは限らない」
つまり、どういう事なのでしょうか。
「エミリア。もしお前が沢山の猟犬を飼っているとしよう」
猟犬、ですか。実家では犬ではなく猫を飼っています。私の子供の頃から生きているのに今だ元気な、不思議な猫でした。今もまだ生きているのでしょうか、この戦いが終わってお母さんたちが無事ならば、聞いてみるのも有りでしょう。
「その中で、一匹だけ、あまりいう事を聞かず、とても凶暴な者が居るとすれば、お前はどう思う?」
「どうって、それは」
不安に思うに決まっています。そんな危険な存在が居れば、遠ざけるか、もしくは、
「――あ」
そこまで来て、合点がいきました。
「そう。教団上層部は、シャーランの力を恐れたのだ。いつか地位を握った際、自分たちに害を及ぼすのでは、という考えを持ったのだろう」
「そ、そんな! 彼女の魔法については、すぐに提出した書類と報告書に記入していたんでしょう!?」
「ああ。だが、自らの地位を脅かす可能性が僅かでも存在するならば排除しておきたいのが上に立ちすぎた者の人情というものだ」
そんな臆病者によって動いていたのか。そう考えると、背筋が凍ります。
「だが、まだある筈だ。彼女をどうにかするだけならば、それなりの方法があるはず。何故、私たちまで始末しようとしているのだ?」
許せない。私の胸中に、そんな思いが浮かびました。
自分たちの利益の為に、結果的に大勢の人々が苦しむ方法を取るなんて、人間の風上にも置けない。
「しかし、何故ここにまで誰も居ないんだ? それに先ほどから外から何やら音が――」
そう言って彼は、窓を、眼下の街を見て、言葉を失ったのです。
「え? 下に何か――、っ!?」
あるんですか、と問おうとした瞬間、私は隊長を突き飛ばし、自分は逆の方向に飛んでいました。
「ぐっ!」
そして、先ほどまで私たちのいた場所を、闇色の影が通り抜けて行ったのです。
「な、何者!?」
感じた気配から、背後より狙われた事を察知し、そちらの方へ視線を向けました。
「――第23分隊部隊長、エリアス・ニスカヴァーラですね?」
その部分だけ窓がない故に、襲撃者の姿を確認する事は出来ませんでした。 しかし、影の中でもハッキリと見える青白い炎が、不気味に揺らめいている事に気が付きました。
「貴公を、拘束させていただきます」
「っ!?」
「隊長!?」
私が反応しきれない程、一瞬の出来事でした。
先ほど私たちを襲撃した闇色の影が隊長の下へ走り、彼の両手両足を絡め取ってしまったのです。
「このっ! 隊長を解放しなさい!」
依然として姿を現さない襲撃者に対し、敵意を露わにします。たとえ武器がなくても、心だけは負けない、諦めない事を教えてくれた彼女のように。
「――貴女は」
「エミリア・キルペライン! 23分隊所属の、勇者候補です!」
壁に手を付きながら、よろよろと立ち上がる様は、とても勇者とは言えないでしょう。それに、私の中ではもう勇者などどうでもいい存在と言えました。
――臆病者の駒として祭り上げられる勇者に、何の意味もありませんからね。
むしろ、今の私はよりカトリーナ様が語った勇者に憧れを強くしていました。
誰かが傷つく事が嫌だから、戦う。傷付いて欲しくない大切なものを守り抜く為の剣。
そんな存在に、なる。
――私を庇った時、もしかするとあの子もこんな気持ちだったのでしょうか。
言葉にしていないから分からないのですが、私は彼女に対して不思議な友情を感じていました。そして、彼女もまたそう考えてくれていたのならば、彼女にとって私が、自分を犠牲にしてでも守りたいものだったならば、彼女の行動にも説明が付きます。
――きっと彼女は、絶対に認めないんでしょうけどね。
不真面目な彼女の事だ。絶対に私の言う事を受け止めないだろう。
そう考え、私は心の中で笑みを浮かべ、前を見ます。
「隊長を、解放しなさい!」
意思を強く持ち、精一杯眼力を含めて、闇を睨みつけました。
すると、
「――そう、ですか」
感情の欠落した声と共に、足音が響いてきました。
一歩、また一歩と近づいてきて、ついに、襲撃者がその姿を月の光の下に晒したのです。
「デュラ、ハン?」
「はい。今、この街を襲撃しているリューリ様の親衛隊隊長を務めさせて頂いています」
周囲に漂う青白い炎が揺らめく度に強い魔力を感じ、全身を覆い隠す漆黒の鎧はえも知れぬ不安を感じさせます。
ですが、一ヵ所だけ不自然な点がありました。
――兜?
首なし騎士として名が知られているデュラハンが、何故兜を付けているのでしょうか。そこに急所はないのですし、隠す必要はないと思います。
――まあ、魔物の姿が変わってから、デュラハンを目撃した例が少ない訳ですし、変わった際にこうなったのかもしれませんね。
そうやって自分を納得させ、騎士に視線を戻します。
「私の任務は我が主の為にこの方を連れていく事なのですが」
「私は、その人を解放しなさいと言いました」
「邪魔立てすると言うのならば、容赦なく斬りますよ」
「やってみればいいじゃないですか。私の知る勇者は、自分が傷つくよりも身近な、大切な人が傷つく方が堪えるんです。候補の身ではありますが、既に心は勇者同然。そう簡単には倒されませんよ」
「――」
私の言葉に押されたのか、首なし騎士が僅かな間だけ黙り込みました。
ですがすぐさま、
「では、その意思がどこまで持つか。試してあげましょうか」
知覚できない瞬発力で、懐に入られていました。
・・・
圧倒的、としか言いようがありませんでした。
身体強化を用いたシャーランよりも速く、重い。
「くぅっ!」
飛び込んだ部屋に飾られていた剣を手に取り、応戦するもののあまりの剣劇に防御すらマトモに出来ていない状況でした。
握っていた剣が叩き折られましたが、
「こ、のっ!」
すぐさま距離を開け、柄だけとなった剣を投げつけ、次は槍を持ちます。
「――」
それなりの速度で投げつけられたというのに、気に留める事無く手甲で弾き、迫ってきます。
「はっ!」
一直線に槍を繰り出します。しかしデュラハンは受ける事すらせず、僅かに身体の重心を動かすだけでいとも容易く回避し、
「――」
柄の部分で槍の腹を殴り、粉微塵に砕いてしまったのです。
「まだまだっ!」
中途半端な棒となった槍を投げつけ、すぐ側に置かれていた壺を手に取ります。それを投げつけ、同時に台座も引き剥がして投げ飛ばしてやりました。
「……」
当然のように一瞬の内に切り落とされたり、魔法で破壊されたりと結果は出せませんでしたが、それでも次の武器を取りに行けるだけの時間を作る事が出来たのです。
まともにやって勝ち目がないのならば諦める。そんな馬鹿な。
私の好敵手ならば、絶対にそんな事はしません。彼女なら、自分という最後にして最大の武器を使って勝ちに行くのです。そこには象徴としての美しさや豪華さは一切なく、見る者によってはみっともない、と言われるかもしれません。
「――絶対に」
ですが、私はその考えを肯定します。
私が諦めれば、私の大切な人が傷つく。それが嫌で戦っているのだから、プライドなんて捨てて当然。捨てる事で助けられるなら、これ以上安いものなんてありはしない。
「絶対に、諦めません!」
「……」
部屋のありとあらゆる物を用いても、傷一つ付きませんでした。
既に信仰心がない私には、聖術と言う武器は使えません。よって、武器はもうありません。
「――なら、ある場所に行けばいいだけの事!」
踵を返し、窓を拳で叩き割りました。
もしかすると、今隊長を縛っている影の魔法は射程距離があり、騎士が離れれば弱まるのではないでしょうか。そうならば、私が引きつけている間に隊長は逃れる事が出来る。
――彼が生きてさえいれば、私は何度だって立ち上がれるんですから!
そう思って、窓から身を乗り出そうとして、
「そこまでです」
折れている右足を、隊長を捕えたものと同じ影が、握りしめたのです。
「――ぐっ!?」
「これ以上、いくらやっても無駄です。私のような格上相手に手段を選ばず、彼を逃がす為にこれだけ逃げた事は褒めてあげますが、――貴女では、私を倒せない」
兜の隙間から見下すような視線を感じ、頭に血が上っていくのを感じました。
どうにかしてこの魔物の裏をかきたい。だが、他には何の武器もない。
――せめて、武器があれば。
考えて、考え抜いて、私はある事に気が付いた。
――あるじゃないですか、武器。
右足を縛られ、聖術も失い、窓を割って拳も血まみれ。
そんな私にも、最後の武器が残っていたのです。
「そう、かもしれませんね」
「……理解したならば降伏してください。時間の無駄です」
「――でも」
最後に残った右の拳。そして、まだ動く左足。そして、この心。
シャーランから教えてもらった、この武器。
「触れる事くらいは、出来るんですよっ!」
5倍もの身体強化を全身に叩き込み、跳ねる。
「っ!?」
首なし騎士が初めて驚き、身体を逸らして避けようとするが、もう遅いんですよ。
――これが、諦めない者の力……っ!
そう心の中で呟くと同時に、私の拳はデュラハンの兜を天井高くまで跳ね飛ばしていました。
やった。そう確信しました。
身を逸らされた事で、腹部に刺さる筈のアッパーは兜の付け根をかすっただけでしたが、宣言通り触れる事が出来たのです。
「見ましたか! 人間を舐めるからこんな事に――」
視線をデュラハンの方に戻し、得意げな顔を浮かべて、言葉を失ってしまいました。
首なし騎士に、首があったのです。
――え。
打ち上げられた兜が騎士の背後で乾いた音を立てると同時に、騎士は、彼女は口を開きました。
「……どうやら、私の予想を貴女は上回ってくれたようですね」
見覚えのある、気高さを感じる端正な顔。
「貴女へ言った非礼、許してください。そして試すなどと言って御免なさい。少し、気にしていたものですから」
聞き覚えのある、心を奮い立たせる優しい声。
「本当に、本当に強くなりましたね。――エミリアちゃん」
「――カト、リーナ、様……?」
・・・
頭が真っ白になる、という言葉がありますが、今の私はその言葉を体現していました。
「小さい頃の貴女からは考えられない程の強い思い。確かに感じ取りましたよ」
目の前にいるのは、私が小さい頃に憧れた人で、今も何処かで勇者をやっている筈の人で、
「どうやら、熱い思いの友達を持ったようですね。その人の影響でしょうか?」
デュラハンのようなアンデッドになっている筈がなくて、生まれつき魔物だった訳がなくて、
「……やはり、ビックリさせてしまいましたか」
止まった思考の中で、憧れの人が困った表情を浮かべている事に気付きました。
「エミリアちゃん、――いえ、もう大人なのですから、エミリアさんですね。まずはこれから大事な事を話しますので、意識を戻してください。はい深呼吸」
言われるがままに、私は深呼吸をしました。
一回、二回。そして六回目の深呼吸で、我に返る事が出来ました。
「カト――、っ!」
思わずその名を叫ぼうとした瞬間、手甲に覆われた手が私の口をふさぎました。
「言いたい事は沢山あると思います。ですが、あまり時間もないので聞きたいであろう事を、嘘偽りなく答えていきます。なので、質問は無しですよ?」
彼女の言う通り言いたい事も聞きたい事もたくさんあったが、今は仕方なく頷くしかない。
――もしこの魔物が、カトリーナ様の偽物だとしても、私にはどうしようも
ないですからね……。
カトリーナ様と同じ顔を持っていて、カトリーナ様と同じ声で、カトリーナ様と同じ丁寧な喋り方をする。
偽物だとしたらこんな相手、嫌がらせとしか思えません。
「まず、私は間違いなく貴女の知っているカトリーナ・アルチュセールです。生前の年齢は26で、3年前に斬首されてしまい、今に至ります」
今、さらっと斬首って単語が飛び出ましたよね。
「それで事情を話しますが、その前に一つ、聞かせてください。――貴女は、今でも勇者を目指しているのですか?」
「え?」
勇者の口から出た、その言葉を聞き、私は呆然としました。
その単語を口にした瞬間、彼女の顔が、とても悲しそうになったのです。
「……どうなのですか?」
「――まだ、目指しています」
だから、答えずにはいられなかったのです。
「ですが、教団の『勇者』になる事は止めました。――私の中の『勇者』という存在は、ここには無かったので」
人生の師匠として、心の支えとなってくれた人に、嘘はつけませんでした。
「……やはり、そうですか」
「やはり? 一体どういう――」
また手で口を塞がれ、言葉を遮られてしまいました。
「昔、私は貴女にこう言いましたよね。『大切な人を傷つけられるのが嫌だから、勇者になった』と」
頷きます。
「私も、今の貴女と同様に、教団の勇者という、ある種偶像とも言える存在に疑問を感じました」
勇者として、希望として崇められる一方で、個人としては、一人の人間としては誰も捉える事のない存在。
そして、すぐ近くで魔物に襲われている人々が居ると言うのに、出費が掛かるからという理由で出撃も援助も認めない上層部の腐敗。
「それらに嫌気が差していた私は、とある人の助けを借りて、勇者である事を捨てたのです」
「――っ!?」
驚きを隠せませんでした。
勇者として勇ましく活躍していた彼女が、そんな悩みを抱えていたなんて、考えもしなかったのです。
「私を信じてくれた人々を裏切った時は、毎日が懺悔と後悔の日々でした」
しかし、彼女は脱出の手助けをしてくれた男性に、
「『勝手にお前を信用していたのだから、勝手に失望させておけばいい。お前が気に病む必要はない』と言って、私を抱きしめてくれたのです」
今まで誰一人として彼女を人として、女性として見た人は居なかった事もあり、何度もその男性に救われた、と嬉しそうに話されました。
こうして野に下った彼女は、守りたいものをしがらみなく守るという、本当の意味での勇者になったのでしょう。
「――ですが、ある日の事でした」
突然カトリーナ様の声色が低くなり、彼女の顔からも表情が消え失せました。
「突然現れた男たちが彼を人質に取り、私を拘束したのです」
後から知った事実によれば、その連中は教団の手の者だったようです。強大な力を持つカトリーナ様を放置しておく訳にはいかず、再び象徴として、いや、偶像として持ち上げようと画策したのでしょう。
「『あるべき場所へ戻れ』と何度も言われ続けましたが、私はそれを拒みました。その結果――」
大切な彼の目の前で、首を撥ねられてしまったのです。
「痛みよりも悲しみよりも先に、怒りが湧き上がってきました。何せ、私を殺しただけでなく、続けて彼をも手に掛けようとしていたのですから」
頭に残っていた意識が消える前、彼に剣を向けていた所を見て、
「『彼を害す者を、滅ぼすだけの力が欲しい』と思ったのです」
そして奇跡が、いえ、堕落が始まったのです。
脳が止まる一秒前、彼女の下に現れた幼い淫魔が、彼女を新しい存在へと生まれ変わらせたのでした。
「あの方が、リューリ様が居なければ私は怨霊となっていた所でした」
淫魔から与えられた力は、闇色の剣となり、力を手にした彼女は男たちを次々と斬り裂いていきました。
誰一人死ぬ事はありませんでしたが、その力は人間から魔力を奪い取ってしまう物で、彼女は淫魔が連れてきた魔物に男たちを差出したのです。
「彼を守れればそれでいい。これが、私が堕ちた理由です。――何と思ってくれても構いません。人間からすれば軽蔑するような出来事でしょうし」
しかし、
「私は貴女に、一時期とはいえ妹のようだった貴女に私と同じ目にあって欲しくないのです。私と同じような、悲劇にあって欲しくないのです」
昔と変わらない、優しさと信念を含んだその声を聞き、私は思いました。
シャーランと二人で彼に想いを伝え、どちらの恋が成就したとしても、私は勇者を、教団を辞めるつもりでした。
しかし、辞めた場合私もカトリーナ様と同じ目にあう可能性が高いのです。そうなってしまった場合、私は彼を守れるのでしょうか。
答えは、否。未熟者の私では、どうしようもありません。
これは諦めではなく、カトリーナ様という勇者が抗えなかったという事実を知った上での判断でした。何よりも彼に、エリアス隊長に悲しんで欲しくないという思いが、そう判断したと言えるでしょう。
「この事を伝えた上で、私は貴女に一つ問います」
「何、を――」
途端、動悸が明確なくらいに早く、強くなり始めました。
身体強化による影響かと思ったのですが、その胸のざわめきは苦しさから来てはいませんでした。
――もっと奥深く、心の、底から?
しかし、戸惑いを得るよりも先に、頭の中に靄が掛かり始め、正常な思考が一つ、また一つと打ち消されていき、
「――貴女は、本当はどうしたいのですか?」
「どう、したい」
その答えを持っているのに、何かが邪魔をして引き上げられない。
「彼を、守りたい」
ならば、言葉を重ねて、本質に迫る。何が邪魔をしているかを確かめ、それを壊す。
「お父さんもお母さんも、カトリーナ様も、みんな大好きで、だから守りたい。けど、彼に対する『大好き』は、もう私にとってなくてはならないもの」
うわ言のように語る私を、カトリーナ様は温かい眼差しで見守ってくれている。
「彼を守り、そして守られたい。それによって、彼から受ける全ての感情を、私にぶつけて欲しい」
ついに見つけた。答えの周りに纏わり付く、何かが。それを取り払って、足元から広がっていく、渇きにも似た欲望が囁くままに、私は言ったのです。
「――彼が、欲しい」
その言葉と共に、カトリーナ様の影が私を包み込んだのです。
・・・
闇が晴れると同時に、私は自分の心から迷いが全て消え去っている事に気が付きました。
そして空いた部分にはエリアス隊長の顔や言葉、匂いなどが沢山詰まっていて、
「――はぁ……❤」
今、私の心が彼一色に染まっている事を自覚し、惚けた吐息を漏らしました。
一刻も早く彼の下に行って、心だけでなく身体の隙間を全て彼で満たしてしまいたかった。けれどその前に、しなくてはならない事がありました。
「カトリーナ様っ♪ 私を導いてくださって、ありがとうございました♪」
「ええ……♪ その道に、後悔はありませんか?」
「はいっ♪ もう迷う事なんて、ないと思いますっ!」
「――貴女はまだ経験していないから分からないでしょうけど、魔物には魔物故の悩みがあるのですよ?」
「えっ? それは、一体――」
人の頃よりも迅く、力強く、隊長の事を考えるだけで身体が火照るという完全な肉体を持ってしても解決しない事がある。
まだ彼に愛されていない私には、皆目見当も付きませんでした。
「それはですね? ――恋人が愛しすぎてすぐに我慢できなくなってしまう事です!」
「な、何ですって……っ!?」
確かに、今だって彼との情事を妄想するだけで子宮から愛液が溢れ出てくるのです。
きっと、隊長にははしたないとか思われて、組み伏せられて徹底的に虐められて、
「――我慢できません!」
「でしょう!?」
カトリーナ様の意外な一面を見て、そして共感を覚えて、私は嬉しくなりました。
「影の中で、貴女の服を少しいじらせてもらいましたけど、どうでしょうか?」
「はい♪ とってもいやらしくてえろえろですっ♪」
首から上と手首以外は露出しないような服しか着た事のなかった私は、カトリーナ様によってもたらされた新装備に心を躍らせていました。
全体的に革製のベルトによって構成されており、胸元や股下など、大事な所だけを申し訳程度に覆っているその服は非常に扇情的でした。
汗ばむ度に肌を締め付け、自然と身体を興奮させられます。
おまけに、股下の部分には引けば簡単に外れる金具が付けられており、求められた瞬間に準備を完了させられる程、効率的でもありました。
変わったのは服だけではありませんでした。元々私のお腹は筋肉質だったのですが、魔物に生まれ変わった際に変化が起こったのでしょう。余計な筋肉がなくなって、柔らかくなっています。
腰から生えている翼や尻尾と同じ闇色と、白い肌がコントラストを生んでいて、彼に胸を張って会える格好だと言えるでしょう。
「よろしい。では私はやるべき事をやってきますが、やりたい事は分かっていますね?」
「大丈夫ですっ♪ 奥手な私でしたが、本能が教えてくれました♪」
私の言葉にカトリーナ様は笑みを浮かべて、私が割った窓の前に立ち、
「ではまた、何処かで会いましょう。隊長様とお幸せに……♪」
「本当に、ありがとうございました……っ♪」
私が頭を下げたと同時に、下へ降りて行きました。
「ふふっ♪」
心に羽が生えたように、軽やかな気持ちでした。
この時を待ち望んでいたのですから、当然と言えるでしょう。
――きっと彼も、喜んでくれますよね♪
スキップをしながら部屋を出ようとして。
「――あ」
一つ、大事な事を思い出しました。
――まだ隊長には、愛してます、って言っちゃダメなんでした。
私の親友で、共に彼を愛しているシャーランの顔を思い返し、ため息をつきました。
「魔物は人を殺さないんですから、彼女が死んでるとは思えませんよね。だとしたらその内来てくれるでしょう」
その時は、二人で一緒に。
――ああ、考えただけなのに、もう……っ❤
人間だった頃の、迷ってばかりだった自分に別れを告げて、答えを見つけた私は部屋を後にしました。
・・・
長時間強力な魔力に晒され続けていたからか、隊長は気を失っていました。
カトリーナ様が用いた影の魔法は、時間経過によって解けるものだったらしく、既にその身には影が巻き付いてはおらず、私の手によって自由に動かす事が出来ます。
「エリアス隊長……っ❤」
目を閉じたまま動かない彼の身体に顔を近づけ、彼の匂いを肺一杯に吸い込みました。
――いい匂い……っ♪
図らずも笑みが浮かんできて、涎を垂らしてしまいそうになりました。
「いけないいけない、まずは隊長を起こさないといけませんよねっ」
何より先に、今の私を彼に見て欲しかったのです。
童話のようにキスをして起こすべきかと思いましたが、唇へのキスはまだ早いと思って、仕方なく断念して頬にしました。
「――んっ♪」
今、彼の肌を味わっている。そう思うと、余計に鼓動が早まり、自分を抑えるのが難しくなっていきました。
辛い事は辛いのですが、皆で気持ち良くなる事を考えれば、これくらいは後の楽しみとして我慢すべきでしょう。
「ぬ……」
その時、私の尖った耳に、彼の呻き声が入ってきました。
愛しい人の声が聞こえるだけでこんなにも身体が悦ぶなんて、今までの私では到底味わえない感触だったのでしょう。
「隊長……っ♪」
「……ん? エミリア、その角は何――、っ!?」
初めこそ寝ぼけた様子でしたが、すぐさま私の変化に気付いてくれました。
「あん、駄目ですよっ♪」
起き上がろうとしていたので、覆いかぶさって両手を押さえつけます。
同時に、見よう見まねではありましたがカトリーナ様の用いた影の魔法を使い、彼の手足を捕縛しました。
「くぅっ! エミリアっ!」
名前を呼ばれた事は嬉しいのですが、声に険しさを感じてしまい、ちょっと喜べません。
「お前、まさか、……魔物になってしまったというのか?」
「はい、すっかり堕ちちゃいました♪」
疑わしい視線を向けてくるのが少し悲しいですけど、今は我慢の時間です。
――後で愉しい時間が来る事を考えれば……っ❤
笑みの形に歪もうとする口元を抑えて、隊長の瞳を見つめました。
「本当に、エミリアなんだな?」
「はいっ♪ 貴方の腹心、エミリア・キルペラインですよっ♪」
元気一杯に答えてみる。
「――何故、人が魔物に?」
私から意識を逸らした事は減点ですけど、目の前の私を偽物呼ばわりしなかったので許してあげましょう。
とりあえず説明をしておいて、納得させます。
「そう、だったのか……。つまり、魔物は完全な悪ではなかった、と?」
「はい。話を聞かされましたし、堕ちてみて『そういう存在』だという事を理解しました!」
「……確かに、私が見てきた魔物の習性と合致する理由だな。――教団が魔物についての情報を隠すわけだ」
流石は私の、私たちの想い人です。理解が早くて済みます。
それだけ私を信用してくださってるのでしょうか。そうならばとっても嬉しくあります。
「それで、何故お前は魔物になってしまっているんだ?」
「そ、それはですね?」
問われて、私は一瞬困ってしまいました。
――えーっと、まだ『愛しています』とは言ってはいけないんでしたよね。
シャーランと約束している以上、この場で愛を囁いてはいけません。囁いちゃったらそのまま問答無用でベッドインしちゃうでしょうし。
なので、
「――ひ、秘密です!」
何かある事が見え見えですが、ここは隠し通しましょう。
「ひ、秘密?」
「はいっ! いずれ言うと思いますが、今は秘密ですっ!」
「いや、お前にも何か秘めていたものがあるのだろう? だからそうやって魔物に――、んおっ!?」
魔物になった私を見下すどころか、今までと同様に接してくれる隊長を見て、もう我慢できなくなっちゃいました。
「あんまりおいたが過ぎると、こうしちゃいますよ?」
右手を彼の股間に這わせ、影に命じて下着を全て剥ぎ取らせます。
「なっ!? 待て、何を――」
露わになった隊長の男性器が視界に入った瞬間、身体が大きな衝撃を受け、痙攣を起こしました。
「おっきく、なって……❤」
既に臨戦態勢のそれは、下着から解放された事によってある種凶悪な匂いを発していたのです。
人間のままであれば顔をしかめた筈の匂いを前に、私は歓喜の表情を浮かべていました。
――これが、隊長の匂い……っ❤
今までの人生で一度も経験した事のない感触に苛まれ、思わずその場で惚けてしまいました。
「え、エミリア! 何をやっているんだ! 服を――」
「どうしてこんな状況で、おっきくしてるんでしょうねぇ……?」
「――っ!」
クスクス、と意地の悪い笑みを浮かべて、真っ赤になった隊長を言葉で攻めていきます。
「こんな廊下で、元部下に押し倒されて、興奮しちゃったんですか? オチンポギンギンになってますよ……?」
きっと今の私は、淫らで嗜虐的な笑みを浮かべているに違いありません。
――あっ……♪ 恥ずかしがってて何も言えない隊長、可愛いですっ……♪
自分にこんな性癖が隠れていたなんて、人間の頃に気付いていたら三日は寝込んでいたかもしれません。
「離せ、離してくれ! いや正気に戻ってくれエミリア!」
「私はとっくに正気ですよ……❤ これが本当の、私なんですからぁ……❤」
言い終わると同時に、彼の肉棒に手を当てて、少しずつ握り始めました。
「うぐおぉっ!」
「ふふっ……❤ 気持ちいいですか……?」
完全に握る頃にはもう、鈴口から透明な粘液を漏らしており、彼が快感を得ている事を一目で教えてくれます。
そして、これから行う事の為に、口の中を唾液で満たし始めました。
――オマンコに貰うんじゃないんですから、セーフですよね♪
シャーランへの言い訳は完璧です。いつでもどうぞと言った感じです。
なので、
「――あむっ♪」
「ぐぅっ!?」
口マンコを使いましょう。
「んっ、ぺちゃ、ちゅっ、れろぉっ❤」
驚く事に、主に尿という、汚水を排出する為にしか使っていないであろう機関にもかかわらず、魔物の身となった私にとっては砂糖菓子よりも甘く、舐めれば舐めるほど味わい深くなるものだったのです。
「んっふふっ❤ どーれすか? あじめてなのれかってがわかりまへんけろ、きもち、――よさそうれすね?」
「おぅっ、あぐ、ぐあっ! や、止めろ……! こんな事……っ!」
「――ぷはっ。あれあれ? 止めちゃっていいんですか……? 隊長のここは、スッキリしたい、ってビクンビクンしてますよ……?」
舌の根で筋辺りをわざと大きく舐め取り、彼に見せつける。
部下に口で性処理されるなんて、教団の人間ならばまずあり得ない光景でしょう。故に、背徳感が強い筈です。
「うぐっ! が、あっ!」
そして私の予想通り。震える肉棒がより一層凶暴さを増して、私の口では収まり切らない程の大きさに勃起したのです。
「ほらほら、正直になった方が楽になれますよ♪」
最後のトドメとして、先走り液が溢れ出てくる鈴口を入念に舐め、その先にあるものを吸いだすようにしゃぶり付き、そしてさらに、
「ま、待て、このまま、では、射精て――、うぁっ!」
「――っ!? きゃんっ❤」
呼吸の為に口を離した僅かな合間に、先端から白濁の粘液が音を立てて飛び出てきました。
――はぅぅんっ❤ 来た来たぁ❤ オチンポミルク来たぁっ❤
それは私の顔目がけて発射され、何度も叩き付けるように出た後、徐々に勢いを失っていきました。
「はぁ……、はぁ……」
肉棒から白濁粘液が出なくなると、隊長は疲労が感じられる荒い息をし始めました。
顔中に掛かった粘液は凄まじい匂いを持っていて、思わずうっとりとしてしまいます。
――途中、何回も意識が飛びましたよ……♪
一回目は、射精の瞬間。
二回目は、その精液の匂い。
三回目と四回目と五回目は、隊長の精液が顔に掛かった時。
六回目は、顔に掛けられてしまったという事実を認めた時。
そして、
「――ふあぁんっ!」
隊長と淫行を働いているという、この光景により、私は七度目の絶頂を迎えていました。
「はぁ……❤、はぁ……っ❤」
「……すまん、言う前に堪えきれなかった」
その言葉を聞いた瞬間、もう一度イってしまいそうになりました。
――襲ったのは私の方なのにっ……❤
我慢できずに顔に掛けてしまった事を謝っているのでしょう。確かに、飲ませてもらう事も望んでいましたが、こうして隊長の匂いに包まれているのも、これはこれで素敵です。
「――ぺろっ♪」
でも、味も見ておきましょう。
――……美味しいっ❤
あれだけいい匂いがしたのですから、美味しくない訳がないでしょう。しかし、想像以上とも言えました。
私の実家は一応貴族階級という事もあり、この辺りでは取れない、世界の果物を口にした事があります。しかし、隊長の精液はそれらどれよりも甘く、飽きが来なくて、さらに後味がすっきりしてもっと欲しくなってしまうような、危険な味でした。
何よりも、彼の精液を飲んでいる、という事が私の中の人間だった経験が背徳感を生み出し、余計に私を興奮させるのです。
「いいんですよ♪ こんな美味しいものをご馳走してくれたんですからっ♪」
しかし、危険な味がもたらした結果は、私にとってあまりよくないものでした。
「……はっ❤、はぁっ❤」
下腹部、子宮の中が、苦しくなってしまったのです。
本来、精液は膣を越え、子宮の中に注ぐもの。故に子宮が彼の精液を、子種を欲してうずき始めていたのです。
ですが、今この場で満たしてしまう訳にはいきません。
――流石にこれ以上は……っ!
魔物の、雌としての本能が強く激しく訴えて来て、このままでは勢いあまって隊長へ、シャーランより先に処女を捧げてしまう。そう確信した矢先、
「――エミリア、一つ聞いていいだろうか」
「ひゃ、ひゃい!? 何ですか!?」
声が裏返りました。突然聞いて来られて驚いたんです。
「何故、こんな事をするんだ?」
「――」
「魔物の生態は分かった。しかし、何も私のように中年を迎えようとしている男に構う必要はないだろう? だから――、っ!?」
無意識の内に放っていた魔法により、隊長は言葉を止め、重くなった瞼に抗う暇もなく、眠りに就いてしまいました。
「だから、秘密って言ったじゃないですか」
彼の頬にもう一度キスをして、私は次の行動に移り始めました。
怪我が治療されなかっただけでなく、冷たい床に投げ出されたのです。こんな場所では休息を取れる訳がありません。
「――」
そんな中で、私は考えていました。
「――シャーランは、無事なんでしょうか」
最近出会ったばかりの新兵。
教団の考え方を一切持たず、破天荒な事ばかりする少女。
私の対極の位置に居ながら、私と同じ人を好きになった好敵手。
彼女は今、死を目前にしている筈なのです。
私を、庇った所為で。
――……何で。
彼女が何故私を庇ったのか。それは確かに疑問ではあります。もしその理由が分かれば、彼女に対して感謝か、張手を浴びせなくてはならないでしょう。
ですが、今私が抱えている疑問はそれとは違うものでした。
身体を縛る鎖を鳴らしながら、本来ならば英雄として讃えられるべき彼女が今、受けているであろう処遇。
私たちがこんな状況なのですから、彼女もまた同様の扱いを受けているのでしょう。いえ、もしかすると死体として扱われて、地下にあると噂になっている死体遺棄場に放り込まれているかもしれません。
そう思うと、より一層怒りがこみ上げてきます。
――教団は、一体何を考えてるんでしょう……。
アニーさんが命を奪われました。あの命令がなければきっと、ハミルさんもシャーランも、今のような目に合わなかった筈です。
アルカトラに住む市民の為に、必死になって戦った者たちに対する報いが、こんな理由も分からない死。
――……っ!
やはり、納得がいきません。
このまま処刑の時を待つくらいならば、脱獄して、理由を聞き出す。
――そして、それが醜悪な欲望から出たものならば、斬る。
許さない。
こんな復讐のような真似、私が目指していた、象徴となるべき勇者の所業ではありません。
それでも私は、理由が知りたかった。理不尽な状況に置かれて、すぐさま頷けるような器用な人物ではないのです。
何より、私の大切な人たちを傷つけた事が、一番許せない。
きっと彼女、シャーランもまた、私と同じ立場に立てば、私と同じ事を考えるでしょう。
「――ぐぅっ!」
腕に力を籠め、腕の鎖を歪ませる為に全力を発揮します。18の小娘とはいえ、私も勇者候補。腕力にはそこそこ自信があります。
とはいえ、教団も馬鹿ではありません。私の力を見越して、通常のものよりも頑丈な鎖を用意していました。
「ならば……、シャーラン。貴女の力を借ります」
彼女が用いていた魔法、身体強化。教団仕様のものとも、市販のものとも勝手が違うその魔法。
ドラゴンに挑む前に、どういう仕組みのものなのか聞いておいた事が吉と出たようです。
「身体強化、倍率、3倍!」
全身を巡る血液の流れが急速に上がり、吐き気を催します。
ですが、胃の中身を破裂した血管から漏れた血液と共に吐き出している暇はありません。
「――は、あっ!」
鈍い音と共に、腕を締め付けていた鎖がたわみ、中央から引き裂く事が出来ました。同時に足の鎖も破り、勢いそのまま鉄格子を握りしめ、
「お、おぉぉおおおぉぉぉ!」
隙間を無理やり広げ、人が一人通れるだけの空間を作り出します。
そして全てを完了した時、
「――うぐっ!? がっ、ごふっ!」
込み上げてきたものを床に吐き出し、やってきた眩暈によってその場に崩れ落ちそうになってしまいます。
――シャーランは、普段からこれに耐えていたって言うんですか?
彼女は自分を一般人と言いましたが、こんな自殺用としか思えない魔法を使いこなしている時点でどうかしている、と言えるでしょう。
ともかく、私は牢屋から解放されました。すぐさま次の行動に移らなければ、巡回中の守兵に気付かれ、また牢屋に戻されてしまいます。
足の負傷はまるで治ってはいませんが、
『まあ、念の為ね』
と言ってやってくれた添え木による固定のおかげで、歩けない事はありません。
「待っててください、エリアス隊長、……シャーラン!」
・・・
意外な事に、守兵は一人も見当たりませんでした。
「変ですね……。普通ならば、最低でも一人は居るんですが」
あまりにも人の気配がないので、守兵用の休憩室や、鍵の管理部屋などを見て回りましたが、影も形もありません。
「まあ、私にとっては好都合ですね」
机の上に置かれていた書類に目を通し、隊長がどこの牢屋に囚われているかを調べ始めました。
そして数分後、
「――あった! エリアス・ニスカヴァーラ! 359番ですね!?」
目当ての名前を見つけ、すぐさま鍵を見つけて握りしめ、彼が居る牢屋へ歩き始めました。
「それにしても、ここの牢屋は使われていないんでしょうか。随分と人が居ませんが……」
途中、いくつか牢屋の中に視線を送りましたが、誰も居ませんでしたし、そもそも入れられていた形跡のある牢屋がほとんどありませんでした。
――何の為に作られたんでしょうかね、ここは。
そんな疑問を抱きつつ、私は時間を掛けて何とか目的地にたどり着きました。
「隊長! エリアス隊長!」
「――む。エミリア? ……っ!? エミリアだと!? 何故外に!?」
眠っていたのでしょう。目を閉じていた彼は、私を見て数秒後に目を見開いていました。
「脱獄です! 今開けますから、隊長も一緒に逃げましょう!」
「何!?」
私からそんな言葉が出た事に驚きを隠せないのか、隊長は普段の冷静な態度と打って変わって慌てていました。
故に私は、
「隊長は、今回の上の判断に納得するのですか?」
「そ、それは――」
「命を賭した私たちを侮辱する、こんな行いを認めるというのですか!?」
正義感の強い彼の事です。まず間違いなく認めない、と言ってくれるでしょう。
しかし、同時に私は恐れを抱いていました。認めないと言った上で彼が、ここに残る、と言ってしまった場合の事を。
冷静で思慮深い彼は、事情を話せば誤解が解ける、と思いがちです。故に今回も、裁判を設けてもらえば無罪を証明できると思っている可能性もなくはないのです。
「嘘を伝えてまで私たちをこんな目に合わせた時点で、既に話を聞く気なんてないんですよ!」
「……」
「だから、……お願いです。私と一緒に、逃げてください」
彼に、生きていて欲しい。
死を選びかねない彼を生かすには、ここまでしなければならないのです。
「――わかった」
「!」
思いが伝わり、彼は首を縦に振ってくれました。
「教団の言葉を何よりも信用していたお前がそこまで言うのだ。師として、聞かずにはいられまい」
苦笑を浮かべ、優しげな言葉を掛けてくれた彼に対し、私は何度も頭を下げていました。
「ありがとうございます!」
「――事実、私も納得していなかった所だ」
しかし彼は部隊長。何かあった時に全ての責任を背負い、私たちを助ける事が出来るかもしれない以上、下手に動く訳にはいかなかったのでしょう。彼のそんな心遣いに有難さを感じると同時に、
「隊長? そんな事を言っていると、あの子に怒られてしまいますよ! 『余計な事するなー!』って」
「――」
隊長が固まってしまいました。
――あ、あれ? あんまり似てなかったのでしょうか?
一切の動きを止めたまま私を凝視していて、動く様子がありません。
「あ、あの、どうし――」
「――ふ、ふふ、はははは! お前がシャーランの事を言うとは、思わなくてな!」
突然、笑われてしまいました。
「わ、笑いすぎですよ! もう!」
「ははははは! すまん、あまりにも突然で、ふふ」
まったく、失礼な人です。
――でも、こんなに笑ってくれた隊長を見たの、初めてかもしれませんね。
昔から、微笑を浮かべる事はあっても、ここまで声を上げて笑ってくれる事は少なかったような気がします。
――私は、変わったんでしょうか。
きっとそれもこれも、彼女の影響でしょう。彼女のおかげで、何だか余裕が出来たような気がします。
「とにかく! 今開けますから、出ますよ!?」
・・・
隊長に肩を貸してもらいながら、どうにか見覚えのある場所にまで出てきました。
「まさか、大聖堂の二階通路に繋がっていたとはな」
「こんな場所があるなんて、私は知りませんでした」
私もだ、と返しながら、隊長は何かを考え込んでいる様子でした。
「どうしました?」
「ん、いやな。何故私たちを魔物に仕立て上げる必要があったか、という事が気になってな」
確かにそれは私も気になっていました。
私たちの部隊は、自画自賛と取られても仕方がないのですが、一般的な兵士とは錬度が違う勇者候補と、その師匠が含まれたものです。そこに、単騎でオーガを撃退できるだけの戦力も加わっているのですから、切り落とす事で戦力が減る事は目に見えています。
「――何故、というのはハッキリとは分からないが、いつからそう見られていたか、という事から考えればそれとなく予想は付く」
「え?」
見上げれば、俯き、暗い表情の隊長の顔がありました。
私が見ている事に気が付き、すぐさま力ない笑みを浮かべましたが、彼が今どんな気持ちで居るのか。私よりも遥かに長くこの組織に関わっていた者として考えると、心苦しいものがあるのでしょう。
「おそらくはシャーランがオーガを撃退した瞬間から、だと私は思っている」
「そ、その根拠は? 倒せたならそれでいいのでは?」
「それが分隊単位で、の話なら良い知らせだろうが、一個人による結果ならばそうとは限らない」
つまり、どういう事なのでしょうか。
「エミリア。もしお前が沢山の猟犬を飼っているとしよう」
猟犬、ですか。実家では犬ではなく猫を飼っています。私の子供の頃から生きているのに今だ元気な、不思議な猫でした。今もまだ生きているのでしょうか、この戦いが終わってお母さんたちが無事ならば、聞いてみるのも有りでしょう。
「その中で、一匹だけ、あまりいう事を聞かず、とても凶暴な者が居るとすれば、お前はどう思う?」
「どうって、それは」
不安に思うに決まっています。そんな危険な存在が居れば、遠ざけるか、もしくは、
「――あ」
そこまで来て、合点がいきました。
「そう。教団上層部は、シャーランの力を恐れたのだ。いつか地位を握った際、自分たちに害を及ぼすのでは、という考えを持ったのだろう」
「そ、そんな! 彼女の魔法については、すぐに提出した書類と報告書に記入していたんでしょう!?」
「ああ。だが、自らの地位を脅かす可能性が僅かでも存在するならば排除しておきたいのが上に立ちすぎた者の人情というものだ」
そんな臆病者によって動いていたのか。そう考えると、背筋が凍ります。
「だが、まだある筈だ。彼女をどうにかするだけならば、それなりの方法があるはず。何故、私たちまで始末しようとしているのだ?」
許せない。私の胸中に、そんな思いが浮かびました。
自分たちの利益の為に、結果的に大勢の人々が苦しむ方法を取るなんて、人間の風上にも置けない。
「しかし、何故ここにまで誰も居ないんだ? それに先ほどから外から何やら音が――」
そう言って彼は、窓を、眼下の街を見て、言葉を失ったのです。
「え? 下に何か――、っ!?」
あるんですか、と問おうとした瞬間、私は隊長を突き飛ばし、自分は逆の方向に飛んでいました。
「ぐっ!」
そして、先ほどまで私たちのいた場所を、闇色の影が通り抜けて行ったのです。
「な、何者!?」
感じた気配から、背後より狙われた事を察知し、そちらの方へ視線を向けました。
「――第23分隊部隊長、エリアス・ニスカヴァーラですね?」
その部分だけ窓がない故に、襲撃者の姿を確認する事は出来ませんでした。 しかし、影の中でもハッキリと見える青白い炎が、不気味に揺らめいている事に気が付きました。
「貴公を、拘束させていただきます」
「っ!?」
「隊長!?」
私が反応しきれない程、一瞬の出来事でした。
先ほど私たちを襲撃した闇色の影が隊長の下へ走り、彼の両手両足を絡め取ってしまったのです。
「このっ! 隊長を解放しなさい!」
依然として姿を現さない襲撃者に対し、敵意を露わにします。たとえ武器がなくても、心だけは負けない、諦めない事を教えてくれた彼女のように。
「――貴女は」
「エミリア・キルペライン! 23分隊所属の、勇者候補です!」
壁に手を付きながら、よろよろと立ち上がる様は、とても勇者とは言えないでしょう。それに、私の中ではもう勇者などどうでもいい存在と言えました。
――臆病者の駒として祭り上げられる勇者に、何の意味もありませんからね。
むしろ、今の私はよりカトリーナ様が語った勇者に憧れを強くしていました。
誰かが傷つく事が嫌だから、戦う。傷付いて欲しくない大切なものを守り抜く為の剣。
そんな存在に、なる。
――私を庇った時、もしかするとあの子もこんな気持ちだったのでしょうか。
言葉にしていないから分からないのですが、私は彼女に対して不思議な友情を感じていました。そして、彼女もまたそう考えてくれていたのならば、彼女にとって私が、自分を犠牲にしてでも守りたいものだったならば、彼女の行動にも説明が付きます。
――きっと彼女は、絶対に認めないんでしょうけどね。
不真面目な彼女の事だ。絶対に私の言う事を受け止めないだろう。
そう考え、私は心の中で笑みを浮かべ、前を見ます。
「隊長を、解放しなさい!」
意思を強く持ち、精一杯眼力を含めて、闇を睨みつけました。
すると、
「――そう、ですか」
感情の欠落した声と共に、足音が響いてきました。
一歩、また一歩と近づいてきて、ついに、襲撃者がその姿を月の光の下に晒したのです。
「デュラ、ハン?」
「はい。今、この街を襲撃しているリューリ様の親衛隊隊長を務めさせて頂いています」
周囲に漂う青白い炎が揺らめく度に強い魔力を感じ、全身を覆い隠す漆黒の鎧はえも知れぬ不安を感じさせます。
ですが、一ヵ所だけ不自然な点がありました。
――兜?
首なし騎士として名が知られているデュラハンが、何故兜を付けているのでしょうか。そこに急所はないのですし、隠す必要はないと思います。
――まあ、魔物の姿が変わってから、デュラハンを目撃した例が少ない訳ですし、変わった際にこうなったのかもしれませんね。
そうやって自分を納得させ、騎士に視線を戻します。
「私の任務は我が主の為にこの方を連れていく事なのですが」
「私は、その人を解放しなさいと言いました」
「邪魔立てすると言うのならば、容赦なく斬りますよ」
「やってみればいいじゃないですか。私の知る勇者は、自分が傷つくよりも身近な、大切な人が傷つく方が堪えるんです。候補の身ではありますが、既に心は勇者同然。そう簡単には倒されませんよ」
「――」
私の言葉に押されたのか、首なし騎士が僅かな間だけ黙り込みました。
ですがすぐさま、
「では、その意思がどこまで持つか。試してあげましょうか」
知覚できない瞬発力で、懐に入られていました。
・・・
圧倒的、としか言いようがありませんでした。
身体強化を用いたシャーランよりも速く、重い。
「くぅっ!」
飛び込んだ部屋に飾られていた剣を手に取り、応戦するもののあまりの剣劇に防御すらマトモに出来ていない状況でした。
握っていた剣が叩き折られましたが、
「こ、のっ!」
すぐさま距離を開け、柄だけとなった剣を投げつけ、次は槍を持ちます。
「――」
それなりの速度で投げつけられたというのに、気に留める事無く手甲で弾き、迫ってきます。
「はっ!」
一直線に槍を繰り出します。しかしデュラハンは受ける事すらせず、僅かに身体の重心を動かすだけでいとも容易く回避し、
「――」
柄の部分で槍の腹を殴り、粉微塵に砕いてしまったのです。
「まだまだっ!」
中途半端な棒となった槍を投げつけ、すぐ側に置かれていた壺を手に取ります。それを投げつけ、同時に台座も引き剥がして投げ飛ばしてやりました。
「……」
当然のように一瞬の内に切り落とされたり、魔法で破壊されたりと結果は出せませんでしたが、それでも次の武器を取りに行けるだけの時間を作る事が出来たのです。
まともにやって勝ち目がないのならば諦める。そんな馬鹿な。
私の好敵手ならば、絶対にそんな事はしません。彼女なら、自分という最後にして最大の武器を使って勝ちに行くのです。そこには象徴としての美しさや豪華さは一切なく、見る者によってはみっともない、と言われるかもしれません。
「――絶対に」
ですが、私はその考えを肯定します。
私が諦めれば、私の大切な人が傷つく。それが嫌で戦っているのだから、プライドなんて捨てて当然。捨てる事で助けられるなら、これ以上安いものなんてありはしない。
「絶対に、諦めません!」
「……」
部屋のありとあらゆる物を用いても、傷一つ付きませんでした。
既に信仰心がない私には、聖術と言う武器は使えません。よって、武器はもうありません。
「――なら、ある場所に行けばいいだけの事!」
踵を返し、窓を拳で叩き割りました。
もしかすると、今隊長を縛っている影の魔法は射程距離があり、騎士が離れれば弱まるのではないでしょうか。そうならば、私が引きつけている間に隊長は逃れる事が出来る。
――彼が生きてさえいれば、私は何度だって立ち上がれるんですから!
そう思って、窓から身を乗り出そうとして、
「そこまでです」
折れている右足を、隊長を捕えたものと同じ影が、握りしめたのです。
「――ぐっ!?」
「これ以上、いくらやっても無駄です。私のような格上相手に手段を選ばず、彼を逃がす為にこれだけ逃げた事は褒めてあげますが、――貴女では、私を倒せない」
兜の隙間から見下すような視線を感じ、頭に血が上っていくのを感じました。
どうにかしてこの魔物の裏をかきたい。だが、他には何の武器もない。
――せめて、武器があれば。
考えて、考え抜いて、私はある事に気が付いた。
――あるじゃないですか、武器。
右足を縛られ、聖術も失い、窓を割って拳も血まみれ。
そんな私にも、最後の武器が残っていたのです。
「そう、かもしれませんね」
「……理解したならば降伏してください。時間の無駄です」
「――でも」
最後に残った右の拳。そして、まだ動く左足。そして、この心。
シャーランから教えてもらった、この武器。
「触れる事くらいは、出来るんですよっ!」
5倍もの身体強化を全身に叩き込み、跳ねる。
「っ!?」
首なし騎士が初めて驚き、身体を逸らして避けようとするが、もう遅いんですよ。
――これが、諦めない者の力……っ!
そう心の中で呟くと同時に、私の拳はデュラハンの兜を天井高くまで跳ね飛ばしていました。
やった。そう確信しました。
身を逸らされた事で、腹部に刺さる筈のアッパーは兜の付け根をかすっただけでしたが、宣言通り触れる事が出来たのです。
「見ましたか! 人間を舐めるからこんな事に――」
視線をデュラハンの方に戻し、得意げな顔を浮かべて、言葉を失ってしまいました。
首なし騎士に、首があったのです。
――え。
打ち上げられた兜が騎士の背後で乾いた音を立てると同時に、騎士は、彼女は口を開きました。
「……どうやら、私の予想を貴女は上回ってくれたようですね」
見覚えのある、気高さを感じる端正な顔。
「貴女へ言った非礼、許してください。そして試すなどと言って御免なさい。少し、気にしていたものですから」
聞き覚えのある、心を奮い立たせる優しい声。
「本当に、本当に強くなりましたね。――エミリアちゃん」
「――カト、リーナ、様……?」
・・・
頭が真っ白になる、という言葉がありますが、今の私はその言葉を体現していました。
「小さい頃の貴女からは考えられない程の強い思い。確かに感じ取りましたよ」
目の前にいるのは、私が小さい頃に憧れた人で、今も何処かで勇者をやっている筈の人で、
「どうやら、熱い思いの友達を持ったようですね。その人の影響でしょうか?」
デュラハンのようなアンデッドになっている筈がなくて、生まれつき魔物だった訳がなくて、
「……やはり、ビックリさせてしまいましたか」
止まった思考の中で、憧れの人が困った表情を浮かべている事に気付きました。
「エミリアちゃん、――いえ、もう大人なのですから、エミリアさんですね。まずはこれから大事な事を話しますので、意識を戻してください。はい深呼吸」
言われるがままに、私は深呼吸をしました。
一回、二回。そして六回目の深呼吸で、我に返る事が出来ました。
「カト――、っ!」
思わずその名を叫ぼうとした瞬間、手甲に覆われた手が私の口をふさぎました。
「言いたい事は沢山あると思います。ですが、あまり時間もないので聞きたいであろう事を、嘘偽りなく答えていきます。なので、質問は無しですよ?」
彼女の言う通り言いたい事も聞きたい事もたくさんあったが、今は仕方なく頷くしかない。
――もしこの魔物が、カトリーナ様の偽物だとしても、私にはどうしようも
ないですからね……。
カトリーナ様と同じ顔を持っていて、カトリーナ様と同じ声で、カトリーナ様と同じ丁寧な喋り方をする。
偽物だとしたらこんな相手、嫌がらせとしか思えません。
「まず、私は間違いなく貴女の知っているカトリーナ・アルチュセールです。生前の年齢は26で、3年前に斬首されてしまい、今に至ります」
今、さらっと斬首って単語が飛び出ましたよね。
「それで事情を話しますが、その前に一つ、聞かせてください。――貴女は、今でも勇者を目指しているのですか?」
「え?」
勇者の口から出た、その言葉を聞き、私は呆然としました。
その単語を口にした瞬間、彼女の顔が、とても悲しそうになったのです。
「……どうなのですか?」
「――まだ、目指しています」
だから、答えずにはいられなかったのです。
「ですが、教団の『勇者』になる事は止めました。――私の中の『勇者』という存在は、ここには無かったので」
人生の師匠として、心の支えとなってくれた人に、嘘はつけませんでした。
「……やはり、そうですか」
「やはり? 一体どういう――」
また手で口を塞がれ、言葉を遮られてしまいました。
「昔、私は貴女にこう言いましたよね。『大切な人を傷つけられるのが嫌だから、勇者になった』と」
頷きます。
「私も、今の貴女と同様に、教団の勇者という、ある種偶像とも言える存在に疑問を感じました」
勇者として、希望として崇められる一方で、個人としては、一人の人間としては誰も捉える事のない存在。
そして、すぐ近くで魔物に襲われている人々が居ると言うのに、出費が掛かるからという理由で出撃も援助も認めない上層部の腐敗。
「それらに嫌気が差していた私は、とある人の助けを借りて、勇者である事を捨てたのです」
「――っ!?」
驚きを隠せませんでした。
勇者として勇ましく活躍していた彼女が、そんな悩みを抱えていたなんて、考えもしなかったのです。
「私を信じてくれた人々を裏切った時は、毎日が懺悔と後悔の日々でした」
しかし、彼女は脱出の手助けをしてくれた男性に、
「『勝手にお前を信用していたのだから、勝手に失望させておけばいい。お前が気に病む必要はない』と言って、私を抱きしめてくれたのです」
今まで誰一人として彼女を人として、女性として見た人は居なかった事もあり、何度もその男性に救われた、と嬉しそうに話されました。
こうして野に下った彼女は、守りたいものをしがらみなく守るという、本当の意味での勇者になったのでしょう。
「――ですが、ある日の事でした」
突然カトリーナ様の声色が低くなり、彼女の顔からも表情が消え失せました。
「突然現れた男たちが彼を人質に取り、私を拘束したのです」
後から知った事実によれば、その連中は教団の手の者だったようです。強大な力を持つカトリーナ様を放置しておく訳にはいかず、再び象徴として、いや、偶像として持ち上げようと画策したのでしょう。
「『あるべき場所へ戻れ』と何度も言われ続けましたが、私はそれを拒みました。その結果――」
大切な彼の目の前で、首を撥ねられてしまったのです。
「痛みよりも悲しみよりも先に、怒りが湧き上がってきました。何せ、私を殺しただけでなく、続けて彼をも手に掛けようとしていたのですから」
頭に残っていた意識が消える前、彼に剣を向けていた所を見て、
「『彼を害す者を、滅ぼすだけの力が欲しい』と思ったのです」
そして奇跡が、いえ、堕落が始まったのです。
脳が止まる一秒前、彼女の下に現れた幼い淫魔が、彼女を新しい存在へと生まれ変わらせたのでした。
「あの方が、リューリ様が居なければ私は怨霊となっていた所でした」
淫魔から与えられた力は、闇色の剣となり、力を手にした彼女は男たちを次々と斬り裂いていきました。
誰一人死ぬ事はありませんでしたが、その力は人間から魔力を奪い取ってしまう物で、彼女は淫魔が連れてきた魔物に男たちを差出したのです。
「彼を守れればそれでいい。これが、私が堕ちた理由です。――何と思ってくれても構いません。人間からすれば軽蔑するような出来事でしょうし」
しかし、
「私は貴女に、一時期とはいえ妹のようだった貴女に私と同じ目にあって欲しくないのです。私と同じような、悲劇にあって欲しくないのです」
昔と変わらない、優しさと信念を含んだその声を聞き、私は思いました。
シャーランと二人で彼に想いを伝え、どちらの恋が成就したとしても、私は勇者を、教団を辞めるつもりでした。
しかし、辞めた場合私もカトリーナ様と同じ目にあう可能性が高いのです。そうなってしまった場合、私は彼を守れるのでしょうか。
答えは、否。未熟者の私では、どうしようもありません。
これは諦めではなく、カトリーナ様という勇者が抗えなかったという事実を知った上での判断でした。何よりも彼に、エリアス隊長に悲しんで欲しくないという思いが、そう判断したと言えるでしょう。
「この事を伝えた上で、私は貴女に一つ問います」
「何、を――」
途端、動悸が明確なくらいに早く、強くなり始めました。
身体強化による影響かと思ったのですが、その胸のざわめきは苦しさから来てはいませんでした。
――もっと奥深く、心の、底から?
しかし、戸惑いを得るよりも先に、頭の中に靄が掛かり始め、正常な思考が一つ、また一つと打ち消されていき、
「――貴女は、本当はどうしたいのですか?」
「どう、したい」
その答えを持っているのに、何かが邪魔をして引き上げられない。
「彼を、守りたい」
ならば、言葉を重ねて、本質に迫る。何が邪魔をしているかを確かめ、それを壊す。
「お父さんもお母さんも、カトリーナ様も、みんな大好きで、だから守りたい。けど、彼に対する『大好き』は、もう私にとってなくてはならないもの」
うわ言のように語る私を、カトリーナ様は温かい眼差しで見守ってくれている。
「彼を守り、そして守られたい。それによって、彼から受ける全ての感情を、私にぶつけて欲しい」
ついに見つけた。答えの周りに纏わり付く、何かが。それを取り払って、足元から広がっていく、渇きにも似た欲望が囁くままに、私は言ったのです。
「――彼が、欲しい」
その言葉と共に、カトリーナ様の影が私を包み込んだのです。
・・・
闇が晴れると同時に、私は自分の心から迷いが全て消え去っている事に気が付きました。
そして空いた部分にはエリアス隊長の顔や言葉、匂いなどが沢山詰まっていて、
「――はぁ……❤」
今、私の心が彼一色に染まっている事を自覚し、惚けた吐息を漏らしました。
一刻も早く彼の下に行って、心だけでなく身体の隙間を全て彼で満たしてしまいたかった。けれどその前に、しなくてはならない事がありました。
「カトリーナ様っ♪ 私を導いてくださって、ありがとうございました♪」
「ええ……♪ その道に、後悔はありませんか?」
「はいっ♪ もう迷う事なんて、ないと思いますっ!」
「――貴女はまだ経験していないから分からないでしょうけど、魔物には魔物故の悩みがあるのですよ?」
「えっ? それは、一体――」
人の頃よりも迅く、力強く、隊長の事を考えるだけで身体が火照るという完全な肉体を持ってしても解決しない事がある。
まだ彼に愛されていない私には、皆目見当も付きませんでした。
「それはですね? ――恋人が愛しすぎてすぐに我慢できなくなってしまう事です!」
「な、何ですって……っ!?」
確かに、今だって彼との情事を妄想するだけで子宮から愛液が溢れ出てくるのです。
きっと、隊長にははしたないとか思われて、組み伏せられて徹底的に虐められて、
「――我慢できません!」
「でしょう!?」
カトリーナ様の意外な一面を見て、そして共感を覚えて、私は嬉しくなりました。
「影の中で、貴女の服を少しいじらせてもらいましたけど、どうでしょうか?」
「はい♪ とってもいやらしくてえろえろですっ♪」
首から上と手首以外は露出しないような服しか着た事のなかった私は、カトリーナ様によってもたらされた新装備に心を躍らせていました。
全体的に革製のベルトによって構成されており、胸元や股下など、大事な所だけを申し訳程度に覆っているその服は非常に扇情的でした。
汗ばむ度に肌を締め付け、自然と身体を興奮させられます。
おまけに、股下の部分には引けば簡単に外れる金具が付けられており、求められた瞬間に準備を完了させられる程、効率的でもありました。
変わったのは服だけではありませんでした。元々私のお腹は筋肉質だったのですが、魔物に生まれ変わった際に変化が起こったのでしょう。余計な筋肉がなくなって、柔らかくなっています。
腰から生えている翼や尻尾と同じ闇色と、白い肌がコントラストを生んでいて、彼に胸を張って会える格好だと言えるでしょう。
「よろしい。では私はやるべき事をやってきますが、やりたい事は分かっていますね?」
「大丈夫ですっ♪ 奥手な私でしたが、本能が教えてくれました♪」
私の言葉にカトリーナ様は笑みを浮かべて、私が割った窓の前に立ち、
「ではまた、何処かで会いましょう。隊長様とお幸せに……♪」
「本当に、ありがとうございました……っ♪」
私が頭を下げたと同時に、下へ降りて行きました。
「ふふっ♪」
心に羽が生えたように、軽やかな気持ちでした。
この時を待ち望んでいたのですから、当然と言えるでしょう。
――きっと彼も、喜んでくれますよね♪
スキップをしながら部屋を出ようとして。
「――あ」
一つ、大事な事を思い出しました。
――まだ隊長には、愛してます、って言っちゃダメなんでした。
私の親友で、共に彼を愛しているシャーランの顔を思い返し、ため息をつきました。
「魔物は人を殺さないんですから、彼女が死んでるとは思えませんよね。だとしたらその内来てくれるでしょう」
その時は、二人で一緒に。
――ああ、考えただけなのに、もう……っ❤
人間だった頃の、迷ってばかりだった自分に別れを告げて、答えを見つけた私は部屋を後にしました。
・・・
長時間強力な魔力に晒され続けていたからか、隊長は気を失っていました。
カトリーナ様が用いた影の魔法は、時間経過によって解けるものだったらしく、既にその身には影が巻き付いてはおらず、私の手によって自由に動かす事が出来ます。
「エリアス隊長……っ❤」
目を閉じたまま動かない彼の身体に顔を近づけ、彼の匂いを肺一杯に吸い込みました。
――いい匂い……っ♪
図らずも笑みが浮かんできて、涎を垂らしてしまいそうになりました。
「いけないいけない、まずは隊長を起こさないといけませんよねっ」
何より先に、今の私を彼に見て欲しかったのです。
童話のようにキスをして起こすべきかと思いましたが、唇へのキスはまだ早いと思って、仕方なく断念して頬にしました。
「――んっ♪」
今、彼の肌を味わっている。そう思うと、余計に鼓動が早まり、自分を抑えるのが難しくなっていきました。
辛い事は辛いのですが、皆で気持ち良くなる事を考えれば、これくらいは後の楽しみとして我慢すべきでしょう。
「ぬ……」
その時、私の尖った耳に、彼の呻き声が入ってきました。
愛しい人の声が聞こえるだけでこんなにも身体が悦ぶなんて、今までの私では到底味わえない感触だったのでしょう。
「隊長……っ♪」
「……ん? エミリア、その角は何――、っ!?」
初めこそ寝ぼけた様子でしたが、すぐさま私の変化に気付いてくれました。
「あん、駄目ですよっ♪」
起き上がろうとしていたので、覆いかぶさって両手を押さえつけます。
同時に、見よう見まねではありましたがカトリーナ様の用いた影の魔法を使い、彼の手足を捕縛しました。
「くぅっ! エミリアっ!」
名前を呼ばれた事は嬉しいのですが、声に険しさを感じてしまい、ちょっと喜べません。
「お前、まさか、……魔物になってしまったというのか?」
「はい、すっかり堕ちちゃいました♪」
疑わしい視線を向けてくるのが少し悲しいですけど、今は我慢の時間です。
――後で愉しい時間が来る事を考えれば……っ❤
笑みの形に歪もうとする口元を抑えて、隊長の瞳を見つめました。
「本当に、エミリアなんだな?」
「はいっ♪ 貴方の腹心、エミリア・キルペラインですよっ♪」
元気一杯に答えてみる。
「――何故、人が魔物に?」
私から意識を逸らした事は減点ですけど、目の前の私を偽物呼ばわりしなかったので許してあげましょう。
とりあえず説明をしておいて、納得させます。
「そう、だったのか……。つまり、魔物は完全な悪ではなかった、と?」
「はい。話を聞かされましたし、堕ちてみて『そういう存在』だという事を理解しました!」
「……確かに、私が見てきた魔物の習性と合致する理由だな。――教団が魔物についての情報を隠すわけだ」
流石は私の、私たちの想い人です。理解が早くて済みます。
それだけ私を信用してくださってるのでしょうか。そうならばとっても嬉しくあります。
「それで、何故お前は魔物になってしまっているんだ?」
「そ、それはですね?」
問われて、私は一瞬困ってしまいました。
――えーっと、まだ『愛しています』とは言ってはいけないんでしたよね。
シャーランと約束している以上、この場で愛を囁いてはいけません。囁いちゃったらそのまま問答無用でベッドインしちゃうでしょうし。
なので、
「――ひ、秘密です!」
何かある事が見え見えですが、ここは隠し通しましょう。
「ひ、秘密?」
「はいっ! いずれ言うと思いますが、今は秘密ですっ!」
「いや、お前にも何か秘めていたものがあるのだろう? だからそうやって魔物に――、んおっ!?」
魔物になった私を見下すどころか、今までと同様に接してくれる隊長を見て、もう我慢できなくなっちゃいました。
「あんまりおいたが過ぎると、こうしちゃいますよ?」
右手を彼の股間に這わせ、影に命じて下着を全て剥ぎ取らせます。
「なっ!? 待て、何を――」
露わになった隊長の男性器が視界に入った瞬間、身体が大きな衝撃を受け、痙攣を起こしました。
「おっきく、なって……❤」
既に臨戦態勢のそれは、下着から解放された事によってある種凶悪な匂いを発していたのです。
人間のままであれば顔をしかめた筈の匂いを前に、私は歓喜の表情を浮かべていました。
――これが、隊長の匂い……っ❤
今までの人生で一度も経験した事のない感触に苛まれ、思わずその場で惚けてしまいました。
「え、エミリア! 何をやっているんだ! 服を――」
「どうしてこんな状況で、おっきくしてるんでしょうねぇ……?」
「――っ!」
クスクス、と意地の悪い笑みを浮かべて、真っ赤になった隊長を言葉で攻めていきます。
「こんな廊下で、元部下に押し倒されて、興奮しちゃったんですか? オチンポギンギンになってますよ……?」
きっと今の私は、淫らで嗜虐的な笑みを浮かべているに違いありません。
――あっ……♪ 恥ずかしがってて何も言えない隊長、可愛いですっ……♪
自分にこんな性癖が隠れていたなんて、人間の頃に気付いていたら三日は寝込んでいたかもしれません。
「離せ、離してくれ! いや正気に戻ってくれエミリア!」
「私はとっくに正気ですよ……❤ これが本当の、私なんですからぁ……❤」
言い終わると同時に、彼の肉棒に手を当てて、少しずつ握り始めました。
「うぐおぉっ!」
「ふふっ……❤ 気持ちいいですか……?」
完全に握る頃にはもう、鈴口から透明な粘液を漏らしており、彼が快感を得ている事を一目で教えてくれます。
そして、これから行う事の為に、口の中を唾液で満たし始めました。
――オマンコに貰うんじゃないんですから、セーフですよね♪
シャーランへの言い訳は完璧です。いつでもどうぞと言った感じです。
なので、
「――あむっ♪」
「ぐぅっ!?」
口マンコを使いましょう。
「んっ、ぺちゃ、ちゅっ、れろぉっ❤」
驚く事に、主に尿という、汚水を排出する為にしか使っていないであろう機関にもかかわらず、魔物の身となった私にとっては砂糖菓子よりも甘く、舐めれば舐めるほど味わい深くなるものだったのです。
「んっふふっ❤ どーれすか? あじめてなのれかってがわかりまへんけろ、きもち、――よさそうれすね?」
「おぅっ、あぐ、ぐあっ! や、止めろ……! こんな事……っ!」
「――ぷはっ。あれあれ? 止めちゃっていいんですか……? 隊長のここは、スッキリしたい、ってビクンビクンしてますよ……?」
舌の根で筋辺りをわざと大きく舐め取り、彼に見せつける。
部下に口で性処理されるなんて、教団の人間ならばまずあり得ない光景でしょう。故に、背徳感が強い筈です。
「うぐっ! が、あっ!」
そして私の予想通り。震える肉棒がより一層凶暴さを増して、私の口では収まり切らない程の大きさに勃起したのです。
「ほらほら、正直になった方が楽になれますよ♪」
最後のトドメとして、先走り液が溢れ出てくる鈴口を入念に舐め、その先にあるものを吸いだすようにしゃぶり付き、そしてさらに、
「ま、待て、このまま、では、射精て――、うぁっ!」
「――っ!? きゃんっ❤」
呼吸の為に口を離した僅かな合間に、先端から白濁の粘液が音を立てて飛び出てきました。
――はぅぅんっ❤ 来た来たぁ❤ オチンポミルク来たぁっ❤
それは私の顔目がけて発射され、何度も叩き付けるように出た後、徐々に勢いを失っていきました。
「はぁ……、はぁ……」
肉棒から白濁粘液が出なくなると、隊長は疲労が感じられる荒い息をし始めました。
顔中に掛かった粘液は凄まじい匂いを持っていて、思わずうっとりとしてしまいます。
――途中、何回も意識が飛びましたよ……♪
一回目は、射精の瞬間。
二回目は、その精液の匂い。
三回目と四回目と五回目は、隊長の精液が顔に掛かった時。
六回目は、顔に掛けられてしまったという事実を認めた時。
そして、
「――ふあぁんっ!」
隊長と淫行を働いているという、この光景により、私は七度目の絶頂を迎えていました。
「はぁ……❤、はぁ……っ❤」
「……すまん、言う前に堪えきれなかった」
その言葉を聞いた瞬間、もう一度イってしまいそうになりました。
――襲ったのは私の方なのにっ……❤
我慢できずに顔に掛けてしまった事を謝っているのでしょう。確かに、飲ませてもらう事も望んでいましたが、こうして隊長の匂いに包まれているのも、これはこれで素敵です。
「――ぺろっ♪」
でも、味も見ておきましょう。
――……美味しいっ❤
あれだけいい匂いがしたのですから、美味しくない訳がないでしょう。しかし、想像以上とも言えました。
私の実家は一応貴族階級という事もあり、この辺りでは取れない、世界の果物を口にした事があります。しかし、隊長の精液はそれらどれよりも甘く、飽きが来なくて、さらに後味がすっきりしてもっと欲しくなってしまうような、危険な味でした。
何よりも、彼の精液を飲んでいる、という事が私の中の人間だった経験が背徳感を生み出し、余計に私を興奮させるのです。
「いいんですよ♪ こんな美味しいものをご馳走してくれたんですからっ♪」
しかし、危険な味がもたらした結果は、私にとってあまりよくないものでした。
「……はっ❤、はぁっ❤」
下腹部、子宮の中が、苦しくなってしまったのです。
本来、精液は膣を越え、子宮の中に注ぐもの。故に子宮が彼の精液を、子種を欲してうずき始めていたのです。
ですが、今この場で満たしてしまう訳にはいきません。
――流石にこれ以上は……っ!
魔物の、雌としての本能が強く激しく訴えて来て、このままでは勢いあまって隊長へ、シャーランより先に処女を捧げてしまう。そう確信した矢先、
「――エミリア、一つ聞いていいだろうか」
「ひゃ、ひゃい!? 何ですか!?」
声が裏返りました。突然聞いて来られて驚いたんです。
「何故、こんな事をするんだ?」
「――」
「魔物の生態は分かった。しかし、何も私のように中年を迎えようとしている男に構う必要はないだろう? だから――、っ!?」
無意識の内に放っていた魔法により、隊長は言葉を止め、重くなった瞼に抗う暇もなく、眠りに就いてしまいました。
「だから、秘密って言ったじゃないですか」
彼の頬にもう一度キスをして、私は次の行動に移り始めました。
13/09/05 00:01更新 / イブシャケ
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