連載小説
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第一話 はじまり、そして入隊式にて/新兵のターン
 燃える燃える眼下の村。
 泣いて叫ぶ誰かの声。
 逃げて走る、私の影。
 他に何か、あったっけ。

 朝も夜も静かな部屋。
 本と机と筆記用具。
 誰も居ないし、誰も来ない。
 ここには何にも、なかった。

 通りがかった酒場のゴミ箱が私を呼んでいた。
 正確には、その中にあったクシャクシャなメモ帳。
 私は戦う力を見つけた。
 鍛えて、学んで、さあ行こう。

 からっぽのまま、行ってきます。

 ・・・

  何処までも青い春の空。私を乗せた馬車は整備された街道を進んでいく。
 頭上を飛んでいく鳥の影が山奥へ向かっていった。
 周囲の森は静かで、危険があるようにはちっとも見えない。
 そんな平和な旅路の中、私はあくびをした。

「――くぁ」
「おーう! 中々に退屈そうじゃねぇか!」
「あん?」

 楽しげな声に振り向くと、馬車の手綱を片手で引きながら業者が身体をこちらの方に向けていた。彼は思った通り分かりやすい笑みを浮かべている。

「馬車に乗った時はあんなに周りの景色が変わるのを楽しそうに見てた癖に、もう飽きちまったか?」
「そりゃそうよ。さっきの茶屋を過ぎてからちっとも景色変わらないんだもの。山、山、山、たまに森とか湖とかあるだけ。まったく変わり映えしない所ね」
「同感だぜ! あそこには仕事で何回も行ってるが道中が暇で暇で仕方ねぇ!」

 その割には楽しそうに喋っている気がするが、これが彼にとって普通の話し方なのだろう。なので特に気にしない事にする。

「んじゃ、暇だしよ。お前さんが何であそこに行くのか、時間つぶしがてら教えちゃくれねぇか?」
「ん? ……あー」

 問われ、私は業者の視線が私の背後、荷袋と軽鎧に向けられている事に気がついた。こんな物を持って国の首都に行く以上、向こうも私の目的を読んでいるとは思うのだが、せっかく問われたのだ。答えるべきだろう。

「ちょっと主神教団に入って、大暴れしたくってね」
「――はぁ?」
「だから、暴れたい気分なのよ。それも思いっきり」
「……ぷっ、ふふ、ハハハハハッ! 何だよそのトンデモ動機は!」

 ちゃんと答えたというのに笑われた。何と失礼な男か。

「何で笑うのよー」
「いや、ひひ、だってよ! 教団の人間って、どいつもこいつも『人々を魔物の手から守りたい』とか、『主神様の御心を世に広めたい』とか似たような事言うのに、それがいきなり『暴れたい』だぜ!? これが笑わずにいられるかよ!」

 腹を抱えて笑う男に、一発拳をお見舞いしたくなったが、私が一般人を殴ると酷い事になるので我慢我慢。

「ふへ、はは、いやーすまねぇ! ちと笑いすぎた!」
「まったくよ。そんなにおかしい?」
「おかしいも何も、お前さんよくそれで兵士試験受かったな! そんな考えって事は信仰心もねぇだろ!?」
「え? 何でわかったの?」

 また爆笑された。ちょっと腹が立ったので軽い手刀を脳天に振り下ろしてやる。

「ぐへっ! ちょ、殴るこたぁねぇだろ!」
「人様の事情を笑うなんて失礼じゃない。ぶたれて当然よ」

 悪い悪い、と特に悪びれる様子もなく頭を下げられた。

「だがまあ、その話教団の中ではするなよ! お偉いさんに怒られちまうぜ!?」
「あー、あんまりにも妄信的な子が居たら我慢できないかも」
「ハハハハハッ! とんだ教団兵も居たモンだ!」

 その事に関しては、まあ概ね同意だ。
 世界と人間の創造者、主神を崇める訳でなく、かといって赤の他人の平和を守りたい訳でもない。そんな人間が教団兵になるべきではないと思う。

 ――けど、ここじゃないと出来ないしね。

 それでも、私にはやらなければならない事があった。
 十年前に起こった『あの出来事』。それからずっと悩み続けて、私は『力』を手に入れた。
 もう私は、あの時の私じゃない。
 目の前の脅威が怖くて、立ち上がれなかった私じゃない。
 目の前の脅威に怯えて、奪われる事しか出来なかった私じゃない。
 私はこの『力』で、目的を成し遂げる。そう決めたのだから。

「おっ、やっと見えてきた!」
「ん? 見えてきた、って――」

 業者の声に我に返り、窓から頭を出して正面を見通す。すると、

「――わ」
「長旅ごくろーさん! やっと目的地に着きそうだぜ!」

 遥か遠くに巨大な建築物が見えた。その周囲には城壁らしき壁も確認できる。あれはおそらく、

「アルカトラ、か」

 この領地の中で最も大規模な都市、アルカトラ。これから私はあの都市で暮らし、教団兵として戦うのだ。
 だがその前に、調べる必要のある事を思い出した。

「ねぇ業者さん」
「おいおい! さん付けなんて、そんな他人行儀で呼ぶなよ! 俺の名前はレントンだ! 『レントンさん』、『レントンおじさん』って呼んでくれよ! ――あっ、『ハンサムさん』って呼んでもいいんだぜ!?」
「じゃあ『トントン』って呼ぶわ」
「選択肢にねぇ上にトンでもねぇ愛称付けられっちまった!? そんなに俺は豚々しいか!?」

 いいから。

「トントンから見てさ、あの街ってどんな感じ?」

 これから暮らす場所なのだ。せめて内部事情を少しでも知っておきたい。
 だが、愉快な業者から返ってきた回答は、

「酒が美味ぇ! 特にビールだな! 近くの湧き水と領地の大麦で作ってるらしいぜ!」
「いやそういう事じゃなくてさ。まあ私もビール好きだからその情報嬉しいけど」
「あぁん? そういう事じゃないって、どんな事聞きたいんだよ」

 そうだねー、と少し考えてから、問いかけてみた。

「国のトップがどんな人柄、とか、政治がちゃんと行われてるか、とか?」
「……おぉぅ」

 明らかに反応が重い。たいていこのような反応をする人間は、その事に興味がなくて知らないか、知っているが言いにくいかの二択に分けられる。おそらくこの業者の場合は純粋に関心がないのだろうが。

「――あー、知らなかったら言わなくていいから。無理しないで」
「いやー、宿泊費とか馬小屋代とか値上がりするならまだ分かるんだけどな。そういう小難しい話は俺には、――いや、ちょっと待てよ」

 途中で言葉を切って、業者は顎に手を当てて何かを必死に思い出そうとしていた。

「あ、思い出した!」
「え? 何々?」

 聞いて驚けよ、と顔を近づけながら念を押して、その話を語り始めた。

「――教団にとって都合の悪い人間が裏で殺されてる、って噂があるんだよ」
「……殺されてる?」

 何とも穏やかではない内容に、真偽を確かめないまま聞き入ってしまう。

「飲みダチとか酒場の主人から聞いた話なんだが、辺境の守護を任されてた兵士が『ある事』を教団上層部に直訴しに行ったんだが、その帰りに階段から足を滑らせて頭打って死ぬ、って事件があったみたいでな?」

 他にも似たような感じで事故死とされた人物が一、二人くらい居たという。 さらに、教団とは無関係な旅人や行商人が行方不明になった、という事件もあるようだ。
 この事について教団は、『魔物の仕業』と断定しており、街の警備を厳重にするよう通告しているようだ。

「で、教団は何か隠し事してて、それを知った奴を秘密裏に殺してるんじゃないか、って一時期噂になってな。それはそれは大変だったようだぜ」
「……隠し事、ねぇ」

 昔から、権力を持った組織には黒い噂が絶えない物である。私が読んだ本にもあるように、やはり主神教団にも影の部分は存在するようだ。

 ――私の邪魔にならなきゃいいんだけど。

 私がこれからやろうとしている事は、おそらく、いや、間違いなく教団側にとって益になる事だ。だから影の部分に触れる事はないだろうが、それでも一応気に留めておく必要はあると思われる。

「そういや、何年前だったかな。あそこ出身の勇者が『凶悪な魔物と戦い、別の魔物に不意を突かれて戦死した』って言われて、死因を気にした勇者のファンが調査に行ったきり見なくなったな」
「……ありがと。もう十分よ」
「ま、所詮噂だ。あんまり気にすんなよ! 酒も飯も、あと女もいいんだぜあそこ!」
「女の私に何させる気なのよ、まったく」

 呆れてものも言えないが、彼なりに話題を変え、雰囲気を明るくしようとしたのだろう。

「ああ、今日は楽しみだなぁ! モリアちゃんの相手できりゃいいなぁ!」

 どうやら本当に娼婦の事で頭が一杯のようだ。これだから男は。

「――何にせよ、これから、かな」

 業者に聞こえないような小さな声で、私は呟いた。

「そういやお前さんの名前聞いてなかったな! すっかり忘れてたぜ!」

 言われて、道中を依頼しただけで契約書も何も書いていなかった事を思い出す。
 だから私は、こう答えた。

「シャーラン。シャーラン・レフヴォネンよ」

 男手一つで私を育ててくれた父から受け継いだ姓と共に、私の名前を告げたのだった。

・・・

 この世界の魔物は、ある日突然姿を変えた。
 全身が鱗に包まれた巨大なトカゲのような魔物、リザードマンは、尾や手足に生えた鱗など、僅かに名残を残しただけの、人間と同じような勇ましい女戦士になった。
 人の皮を剥ぐ豚の魔物、オークは少し肉つきがよく、くるりと円を描くような尾と、豚のような垂れ耳を頭から生やしただけの、人間とそう変わらない生き物になった。
 他にも沢山、人外の外見をしていたものが全て一様に人間の女性に近い、いやそれ以上の、男を惑わす艶かしい外見になったのだ。
 しかし、外見がそうなっても人外の存在である事には変わりは無い。
 相変わらず魔物は人を襲うし、食べる。しかしその場で食べる事は少なくなったようで、自らの住処に持ち帰ってから事に及ぶらしい。それは、今まで魔物にさらわれ、誰一人として帰ってきた者が居ないという事実が何よりの証拠だ。
 それに対抗できるのが教団であり、そこに所属する勇者だ。
 この世界と人間を創造したとされる神、通称『主神』。教団はこの主神を信仰しており、時に神の言葉と力を用いて魔を断つ。
 中でも信仰心に厚く、優れた技能を持つものが勇者と呼ばれる。彼らは人間の象徴となり、人々に平和をもたらす、いわば市民にとって救世主となるのだ。
 そんな教団で私がやろうとしている事は、ただ一つ。

 ・・・

 お金を払って馬車を降り、しばらくぶりの大地を踏みしめる。
 この街は周囲を堀で囲んでいて、跳ね橋を通らなければ中に入れない仕組みになっている。城壁も日光の入りを考えた上でのしっかりした作りになっているし、上で見張りが目を光らせている。守りは堅い、という感想を抱いた。

「じゃあなシャーラン! 今度会ったら酒飲もうぜ!」
「それじゃあいい情報教えてもらったお返しに、次会った時は私が奢るよ」
「そーかそーか! 楽しみに待ってるぜー!」

 そう言い残して、馬小屋に馬車ごと預けたまま彼は喧騒の中に溶けていった。

「――さて、私も行くかな」

 踵を返し、街道から見えていた巨大な建築物を見上げる。
 主神教団アルカトラ支部、修道院。それが建築物の名称だった。私はそれを目指して初めての土地を進み始めた。

「しかし、入隊式ねぇ。すぐにでも仕事したいんだけど、まあ仕方ない」

 左手に握った手紙を見て、ため息をつく。それにはこう書かれていた。

「『補充兵志願者へ。入隊式を行う為、アルカトラに到着次第すぐに修道院へ赴くべし。なお、式の終了と同時に配属部隊の隊長との面会を行う』か」

 既に手紙には、私が何処の部隊に所属するのかも記入されている。

「第23分隊、……分隊って事は実務よね」

 本隊のように、大規模な作戦がなければ動かない部隊に配属されなくて本当に良かったと思う。もしそうなっていれば、暇と焦りでおかしくなってしまっていただろう。
 その点、分隊のような少人数の部隊は忙しい。仕事の内容こそ偵察や軽度の戦闘といった物だが、戦力として小回りが利く。故に本隊よりは仕事が入ってくるはずだ。

「うっわ、遠くから見てもデカかったけど、近くに来るとヤバいわね。この辺、光入らないけど、住民から不満は出てないのかな」

 修道院のすぐそばに来て、その巨大さに圧巻されながら思った事を口にする。誰かに聞かれていればちょっと面倒だが、今は人が居ないし大丈夫なようだ。
 もう少し進んだ先に門が見えたので、そちらに向かう。

「おい貴様! そこで止まれ!」
「ここは主神教団アルカトラ支部! 貴様のような汚らわしい小娘が立ち入れる場所ではない!」
「えっ?」

 門の所で槍を向けられ、私は思わず身構えてしまった。

「いやいや、私、補充兵志願者なんだけど」
「何!? もしそうなら、証拠を見せてみろ!」

 握っていた手紙を突き出し、右の門番に見せる。門番はそれを奪うように受け取った後、書面をまじまじと読んだ後、

「何、本当に補充兵志願者だったのか。そうならそうと言え」

 言ったじゃない、と怒り殴りたくなる衝動を必死に抑え、そそくさと門を通過する。

「既に式は始まっている。急げ!」
「はーい」

 生返事で頷いておく。

「まったく、あんなみすぼらしい格好の女が兵士など。身の程を知れと言いたくなるな」
「本当にな。思わず農家の娘が野菜売りに来たのかと思った」

 聞こえていないと思っているのか、陰口を叩く男達を心の中で罵倒しながら教団領内を走った。
 私の身体より二回り以上大きな扉を開き、修道院の中に入る。

「で、あるからして――」
「――」
「……あ、あはは」

 気まずい空気に愛想笑いをして、入り口に近い席に座る。周りにはこちらを睨んでくる人や蔑んでくる人が居るが、気にしない。

「コホン。であるからして、主神様は我ら人間を御創りになり――」
「……」

 わざとらしい咳払いの後、ご高説が再開された。
 話の内容を要約すると、『主神が何をやったのか』という事と、『主神がどれだけ素晴らしいか』、として『主神の御遣いとして教団が何をすべきか』という三つだろう。
 だが、それら全てが私にとってはどうでもいい事だった。

 ――本当に悲しんでいる人間に対して見向きもしない神なんか、知ったこっちゃない。

 ここまで来る道中、レントンにも言われたが、私には信仰心と言うものは欠片も備わっていない。かといって、別に存在を疑っている訳ではないのだ。主神の力がなければ勇者は活躍できないし、シスターが魔法で傷を癒す事も出来ないのだから実在はするのだろう。
 ただ単に、一方的に嫌っているだけなのだ。
 そう考えると、司祭が話すこの高説も、非常に眠気を誘う内容に聞こえてくる。

「――ふぁ」

 周りに見つからないよう、こっそりとあくびを噛み殺し、眠い目をこする。

 ――しっかし、この高説のフレーズ。あの本を丸々引用じゃない。

 あまりにも話す内容に既視感を覚えると思っていたら、前に読んだ事のある本に書かれていた事をそのまま述べているだけだったのだ。
 どおりで眠くなる訳だ。自分の意思で発するものではなく、他者の言葉を借り、その通りに語るだけなら子供にも出来る。そんな『中身』のない言葉など、周囲の意識が高い若者達ならまだしも、私は耐える事が出来ない。
 ちょっとだけなら、と思い、一瞬だけ瞳を閉じた。

・・・

 私の父、オリヴァー・レフヴォネンは学者だった。
 寡黙で、多くを語らず、けれど母を愛してやまない愛妻家。
 私はそんな父が好きだった。
 もちろん母も好きだったが、母がどんな人物だったかはよく憶えていない。 私が六歳の時に母は流行り病で死んでしまったから。
 母を亡くしてから、父はよく私の事を気にするようになった。門限を破った時は物凄く怒られたし、不器用な性格の癖にたびたび平静を装って調子を伺ってきたりと、少々うっとおしくもあった。
 だけど、『あんな姿』を見て以来、考え方が変わった。私は子供心に、父がどれだけ辛い気持ちでいるかを理解した。そして、そうまでして親としての責任から逃げない父に、感謝の気持ちと、支えてあげたいという気持ちが湧きあがってきた。
 それ以来、少しでも父の助けになれるように、頑張った。父が涙を堪える必要のない、悲しみを抱き締めてあげられるような、包容力のある大人になりたかった。
 けれど、それは果たされず、永遠に叶えられない物となってしまった。
 私の八歳の誕生日に、父さんは――

 ・・・

「――様っ! そこの貴様! 遅れてきた貴様だっ!」
「おわっ!?」

 唐突に罵声が向けられ、意識が回想から戻ってきた。どうやら一瞬だけと思ってそのまま意識を失っていたらしい。

「儀式に遅れてくるだけでなく、司祭様の御言葉の最中に居眠りをするとは! 貴様それでも主神様に仕える教団員か!っ?」

 まずい。この状況は非常にまずい。
 この場に置いて、誰しもが私を敵意に満ちた目で見ている。司祭はこめかみに青筋を浮かせ、兵士は私の発言次第で剣を抜きそうだし、志願者達はそろって罵倒を始めそうだ。

 ――あっちゃー……。

 退屈極まりないスピーチをする方も悪いと思うが、今の私の行動は人に怒られて当然だと思った。流石に話してる最中に居眠りされたら私だって怒る。
 このままだと教団から追い出されるか、下手を打つと切り捨てられるだろう。そうなってしまえば『目的』を果たす事が出来なくなる。
私の『目的』は、ここでしか果たせないのだから。
 刺さるような空気に、万事休す、と思わずにはいられなかった。その時、

「――伝令ーっ!」

 突如として入り口の扉が開け放たれ、聖堂の中に響き渡った。振り向けば、そこには肩を上下に揺らし、荒い呼吸を必死に整えようとしている女性が居た。軽装で、右手に弓を持ち、数本しか残っていない矢立てを背負っている事からおそらく弓兵、または斥候兵だという事が分かる。

「何事だ!? 今は儀式の最中――」
「任務中の23、24分隊から緊急の伝令です! 現在、街の近郊に出現した魔物に囲まれ、隊員の半数が戦闘不能! 残った隊員も長くは持ちません! 至急援軍を!」

 悲痛に叫ぶ女性の言葉に、空気が一変する。場がどよめき、戸惑いにも似た雰囲気となった。

「き、貴様らに与えられていた任務はスライム数匹の討伐だろう!? それが何故、包囲される結果になったのだ!」
「その報告自体が罠だったんです! 私たちを現場へ案内した現地人こそ、その魔物だったのです!」

 その一言に、ざわめきがより強いものとなった。

「静まれ、静まれ! まだ儀式の途中だぞ!」

 壇上の司祭も、私に侮蔑の視線を向けていた上級兵も慌てるように、戸惑う志願兵や一般兵達を諌めようとしている。だが、効果はいまひとつの様だ。

 ――「そうか、分かった! じゃあ救援を出そう!」って言えば済むだけの話じゃない!

 魔物の群れを必死の思いで抜け、こうして危機を伝えに来てくれた女兵士を無視し、誰もが動こうとしない。落ち着いている場合ではないというのに。
 だから、私は通路に出て、女兵士の前に出た。

「弓兵っぽい姉さん!」
「な、何!?」
「案内して! 私が行くから!」

 私の声で正気に戻ったのか、一人の上級兵の表情が変わった。

「き、貴様! 何のつもりだ!? まさか汚名返上の為に目立とうという魂胆か! 貴様のような一般人が出て何になる!?」
「知った事じゃないわよ! 早く助けに行かなきゃ大変みたいじゃない!」
「教団兵としての心構えが足りていない貴様は引っ込んでいろ! これは我々の問題――」

 ああ、もう。

「うるっさい!」

 確かに私は悪い事をしたとは思う。だから何と言われても仕方ない。
 けれど、

「心構えが何よ!? 仲間が助けを求めてるってのに、すぐに助けに行こうともしないで何やってんのよ! あんたらの神様は『仲間は見捨てるものだ』って教えてるの!?」

 助けを求めてきた仲間を放っておくなど、人間の風上にも置けない。こんな事、私にだって分かるというのに。

「そんな組織、こっちから願い下げよ! 一生そこでカッコイイ朗読会やって自分に酔ってなさい!」

 吐き捨てるように言ってやって、すぐさま振り返り女兵士の腕を掴んで走り出した。

「あ、アンタ! 何て事を――」
「今は関係ないでしょ! それより急がなきゃ! 入隊早々除隊されちゃうけど、それでも、仲間になるはずだった人に死なれるなんて、後味悪すぎるわ!」

 私一人が加わった所で何になる。そう思われているだろう。
だが、私はこの時の為に、あらゆる努力をしてきた。覚悟も決めた。だから、やる。
 先ほどの門番達の間を抜け、市街に躍り出た。

「こ、ここから走っても間に合わないわよ! 馬小屋は領内にあるのに、アンタは何をするつもり!?」
「はぁ!? 馬小屋そっちにあったの!?」
「知らずに走ってたのアンタ!? どおりで領内から遠ざかっていくと思った!」

 引いていた手が、今度は逆に引っ張られる。

「――こっちに来なさい! 街の方の貸し馬屋に行くわよ!」

 人ごみの中を縫うように走り、見覚えのある小屋の前に辿り着いた。先ほどレントンが馬を預けた所だった。
 店の扉を蹴破るように開け、中で店番をしていた朴訥そうな青年に詰め寄る。

「いらっしゃ――」
「馬! 馬貸して馬! それも早――もがががが」
「し、失礼。アタシ、じゃなかった。私は教団の者ですが、事情によりこちらの馬を使わせてもらいたいのです。どうか貸してはいただけないでしょうか?」

 口をふさがれ、首を絞められた。『アンタは黙ってなさい!』という小声が聞こえたので、仕方なく従う事にする。

「は、はぁ。しかし生憎と殆どの馬は出払っていまして。えーと、……残っている馬も予約済みですし、ちょっと無理みたいですね」
「そこを何とか! 緊急の任務なのです!」
「いやー、ちょっと店主に聞いてみないと分からないんですよね」
「急いでるって言ってるでしょ!? 後で怒られるくらい我慢――、ぐへっ!」

 脳天に拳骨を落とされた。

「そ、その店主様は何処に?」
「今は出払ってまして。戻ってくるのは夕方くらいだったかと」

 それまで待っていてはどう考えても間に合わない。かといって今から領地に戻って馬を借りている時間すら惜しい。

「――お? 何だ何だ。シャーランじゃねぇか」
「へっ?」

 名前を呼ばれて振り返ると、

「と、トントン!」
「え? トン……?」
「そのあだ名で呼ばれると腹回りが気になるからやめてくれねぇか!?」

 そこに居たのはレントンであった。

「馬車に荷物取りに来てみれば、何の騒ぎだ? 結構困ってる様子じゃねぇか」
「そうなの! 馬! 馬が必要なのよ! どうにかなんない!?」
「お前さん、俺の仕事が何か忘れてねぇか?」

 にやり、と笑みを浮かべて、彼はこちらに鍵を放り投げてきた。

「柵の鍵だ。俺の相棒なんだから、怪我させんじゃねぇぞ?」
「ありがと! 助かった! 行くよ弓兵っぽい姉ちゃん!」

 預けられた二つの鍵を握り締め、馬小屋へ向かおうとする。

「え? え、ええ! そこの御仁、礼を言います! この恩は必ず――」
「気にすんなよエロい身体の姉ちゃん! おいシャーラン!」
「分かってる! とびっきり美味い酒奢ればいいんでしょ!?」
「ツマミと酌もしてくれよ!」

 柵の錠前を外し、馬に跨る。女兵士の方ももう一匹の馬に跨ったようで、準備は出来た。

「行こう!」
「って待て! また考えなしに突っ走るんじゃないよ! あとそれと!」

 私の前に出て、振り向きざまにこう言った。

「私の名前は『弓兵っぽい姉ちゃん』じゃなくて、アニー! 第23分隊副隊長のアニー・ランピネンよ! 歓迎してあげるから言う事聞きなさい新人!」
13/09/04 21:07更新 / イブシャケ
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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33