読切小説
[TOP]
ウザかわラタトスクちゃん
『けふぃ……そんな、ボクが誰彼構わずモノを咥えてるような言い草止めてよ』

「咥えてたどころか俺の分まで口いっぱいに頬張ってたじゃねーかこの野郎、欲望の残滓がほっぺにこびりついてんぞ」

『おっと、ごしごし……それにしても女の子を野郎呼ばわりなんてまったく乱暴なんだから。ほら、笑顔笑顔♡ さん、はい、にぱー♡』

「…………」ピキピキ

『そんな鬼みたいな顔してまで笑わなくていいのに』

「人の楽しみを笑顔で奪うお前の方が鬼だと思う。男一人恥を忍んで行列に並んでまで買ってきたとっておきのケーキは美味かったか?」

『美味しかったよ! また今度買って来てね!』

「俺が鬼になる前に今すぐ買ってこい、頼むから」

『無理無理。今行ったところで売り切れてるよ』

「根拠は」

『ふふん、愚問だなぁ。このラタトスクちゃんの情報網は完璧! 確実に正確な情報を仕入れることが誇りなボクに、分からないことなど何一つないのだから! なのだぁ!』

「お前を消す方法」

『えー? それ聞いちゃう? それ聞いちゃうんだ? いいの? 後悔するよー?』

「右に左にウロチョロするんじゃなくて俺ん家から退去する方法をお願いします」

『どうしても? ねえねえどうしても? んもー、しょーがないなー……実を言うとボクはケーキが怖いんだ、だからたくさんケーキを買ってくれれば帰ってあげるよ♡』

「質問変えるわ。今にもキレそうな相手を目の前にどうしてそこまで煽れるのか知りたい」

『まったく次から次へとワガママなんだからー♡ 長い付き合いだし教えてあげないこともないけどなー?』

「顔傾けて下から煽ってくんのやめろ、腹立つ」

『でもー? 乙女の秘密ってのは高いんだよー? ただじゃないんだよー?』

「ウザいんでやっぱいいです。それはそうと人の周りをぐるんぐるん回るの止めよう? 割と鬱陶しいの。触れそうで触れない尻尾が非常にもどかしい」

『どーしても知りたいんならねー、まずは今日の晩御飯をご馳走して、それからお風呂出たらマッサージして、あとはあとは――』

「参りました申し訳ありませんでしたどうか大人しく晩御飯食べたら帰ってくださいお願いします」

『よし』

「何一つよくない」



§



『ぷはー、美味かったー。ご馳走様ー♡』

「ハイハイお粗末様でした。それで話を戻すけど――」

『ん? ボクの煽り性能のこと? 結構長くなるよ?』

「それも知りたいけどもうちょっと遡ろう。食べたばっかのご飯が胃に届く前に胃酸がフル活動するのは健康によくない」

『イライラした時は甘い物がいいって聞くよ、ケーキとかない?』

「素知らぬ顔して傷口抉ってくるのは勘弁してほしい。そもそもなんだけどさ、何でお前俺の家に来てるの」

『えっ』

「えっじゃねーよ。さも当たり前のように居るけどさ、ここは俺ん家でお前は俺の何だ


『恋人通り越して夫婦じゃないかなぁ?』

「さっきの誇りはどこ行った」

『正しい情報を仕入れるのは確かにボクの誇りだけど、誰もそれを渡すなんて言ってないよ』

「詐欺だろそれ」

『だってボクがいくら頑張って情報を集めてもさ、結局みんな自分に都合のいい受け取り方するんだもん、やんなっちゃう。だからボクは決めたの――流れてる噂の真偽を隠して教えることにして、それが本当か嘘かを判断するのは聞いた人に任せようって。ボク悪くない、嘘を嘘と見抜けない人が悪い』

「物事が面白おかしくなるように情報を流す奴が言っていいセリフじゃない」

『よかれと思って』ニタァ

「悪い顔で笑うのやめろ。んで夫婦ってのはどっから来た」

『なにかおかしいところでもあるの?』

「俺はお前と夫婦になった記憶なんてないぞ」

『今までだって炊事洗濯掃除とやってくれてるじゃん』

「俺ん家だからなここ」

『可愛いお嫁さんのために甲斐甲斐しく働くその様は、まさしく立派なお婿さんだね、いや主夫かな?』

「実家にお帰り、ダッシュで」

『お腹いっぱいで走れない、げふぅ』

「でかいげっぷやめろ」

『ご飯の次はお風呂だね、入りたいから沸かしといてー』

「晩御飯食べたら帰るって言わなかったっけ」

『んもう、女の子が自分からお風呂に入るーって言ってるんだからやることは一つでしょ! まったく、乙女の繊細な心の機微に気づけない人はこれなんだから』

「どの口が乙女を語るか」



§



『んっ……はぁ……ふぅ、そこ、もっとぉ……』

『んぁぁ、くぅ……いいよ、そう、もうちょっと強くしてもいいよ……』

『ひぁっ!? こらぁっ、尻尾は触っちゃダメだっていつも……やぁんっ♡』

「マッサージの最中に喘ぐの止めてくんない?」

『その方が捗らない?』

「いちいち喘がれると気が散るんだけど」

『ちぇー。風情が分かってないなー』

「何の風情だ」

『自分の部屋で湯上りの女の子が一糸纏わぬ姿で喘いでるんだよ? 胸の高鳴りとか感じない?』

「下手なことしたら良からぬ噂がばら撒かれて社会的に抹殺されそうでドキドキしてる」

『割と現実的な意見だね』

「冗談のつもりだったのに否定されないのが怖い、お腹がじんじん熱くなる」

『興奮してきた?』

「胃腸がな」

『後でお腹いいこいいこなでなでしてあげるから頑張って』

「お願いだからお前がいい子になってください、いや本当切実に」

『お望みなら下の方もいいこいいこしてあげようか、しこしこでもいいよ?』

「聞けよ話」

『むー。キミってさ、ほんっとーに枯れてるね』

「不動の心を手に入れたからな、主にお前のせいで」

『そう! そこだよそこ!』

「何だ急に」

『その不動の心ってとこ! 普通ここまでいいようにこき使われてたらさ、こう、むきーっ! とか、うきーっ! ってこない?』

「無駄に上手いなサルの鳴き真似、適度にイラッてくる」

『一応煽ってるつもりなんだけど』

「とうとう認めやがった」

『だからさ、その、ね?』

「ね? って言われても見当つかねえよ」

『だーかーら、キミはいつもいつもボクに煽られてるでしょ! それなのにキミはボクに文句を言うだけでお終いなんだもん! ボクに何かする事とかないの!?』

「何すりゃいいんだよ」

『何って、それは、えっと、その』

「そこで言い淀むのか」

『……ごにょごにょ』

「だから分かんねーって。もうちょっとはっきり喋れ」

『ボクにそんなふしだらことを言えっていうの!?』

「ふしだらなことをさせるつもりだったんかい」

『いやそうだけど違うんだって、これには海より深い訳があって』

「そこまで行くとサルベージも大変だな」

『まずね……そのね……ボ、ボクは、キミのことが……しゅ、す、好き、なの』

「ふーん」

『何そのリアクション!? 人が一世一代の告白をしてるのにさ!』

「毎日のように家に来て飯食って人のベッドで寝てりゃ流石に何かあるって気づくだろ、むしろ何とも思ってないとか言われたら真面目にキレるところだったぞ」

『ふ、ふーん……そうなんだー……えへへ……なぁんだ、大丈夫だったのかぁ……えへへ……』

「今更恋する乙女の面してもこれまでの所業は消えないからな」

『それでね、キミにどうアプローチしたらいいか色々考えてたの、噂の伝手とか使ってね』

「ふむふむ」

『そうやって聞いてるうちにね、ボクは一つのことに気づいたの。……もし、もしもだよ? キミがボクのことを嫌いだーって断られたらどうしようかって』

「まあ不安になるのは理解できる」

『だから断られないような案を聞いてみたんだけど、ボクにはちょっと難しくて』

「ちなみにどんな案なんだ?」

『稲荷さんは監禁して餌付けしてみたらって』

「監禁おい」

『ヘルハウンドさんはとにかく押し倒して既成事実を作れって』

「既成事実待て」

『ホルスタウロスさんはおし……違った。お、おっぱ……コホン。あ、あー、あー……うん、よし。おっぱぃ……む、胸? で誘惑してみたらって』

「恥ずかしいなら見栄張るんじゃない」

『でもどれもボクにはできそうになくて』

「まあ胸無いしな」

『あるよ! って言うかそこじゃないよ! 誘惑のところ! ゆ・う・わ・く!』

「風呂上がりにマッサージ頼むのは誘惑じゃないのか」

『好きな人に揉まれてるって思ったら気持ち良くなってふわふわして誘惑するどころじゃなかったの! 何でいいムードになってるのにセックスしてくれないのさ!』

「前後が噛み合ってない上に逆ギレされてるけどこれ俺が悪いの?」

『とまあそんな訳で折衷案【キミの家に押しかけて餌付けしてもらっていつでも押し倒されるようにお尻で誘惑〜尻尾は触っちゃらめぇ〜】を実行してたんだけど、キミが鈍感すぎて進展なかったの』

「流れてる情報の真偽は確かめられても、利用する力は皆無なご様子で」

『うぐ。で、でも、こうしてボクの気持ちを伝えられたから結果オーライだよ!』

「それだと結局俺が嫌だって言った時の対策ができてない気がするんだけど」

『じゃあ好きって聞くまで帰らない!』

「最初からそうやって言えば楽に事が運んだだろうに……」

『で、どうなの!? ボクのこと好きなの? 大好きなの? それとも大大好きなの!?』

「地味に選択肢がない」

『すーき! すーき! すーき! すーき!』

「好きって言ってやりたいけれどやけになって真っ赤な顔をこのまま至近距離でずっと見てたい」

『やった! 好きって言ってもらえた! わーい! さっすがボク!』

「一番都合のいい受け取り方してるの誰でもないお前だろ」

『えへへ、これで皆に自慢できるぞ〜♡ ついにボクにも夫ができましたーって、きゃっほーい♡』

「普段からこのくらい可愛げがあればなぁ……」

『大丈夫! ボク、これからもっともっと可愛くなるよ! 皆から可愛くなるための秘訣を教えてもらって、それでそれで――』

「そんなことしたらお前絶対弄ばれるって、やめとけ」



§



『でも良かった。キミとボクが両想いだって分かって』

「お前を野放しにするとか不安極まりないからな」

『いくらボクでも好きじゃない男の人に襲われたら逃げるくらいするよ』

「違うそうじゃない」

『でもー? キミになら襲われてもいいかなーって、思っちゃったり?』

「襲わねーからとっとと寝ろ」

『むー』

「露骨にむくれんな」

『襲えよこの意気地なし!』

「自分から押し倒す気概のない奴には言われたくない」

『でも尻尾は触っちゃ駄目だからね!』

「その拘りは一体どこから」

『聞きたい? 聞きたい? どうしても?』

「別にと言いたいところだけど割と気になるから教えてほしい」

『ボクたちラタトスクの尻尾って大きくてふわふわしてるでしょ』

「ぶっちゃけ体より尻尾を触りたい程度には興味はあるな」

『そのね、ボクってスタイルが……その……ひ、ひん……貧相だし……』

「尻尾で誘惑すれば良かったんじゃないかってレベルだしな」

『それで断られたらボク一生立ち直れないよ!』

「そこまで?」

『もし触り逃げされたら噂を広めてボクの下でしか生きられないようにしてやるって考えたくらい』

「マジで社会的に抹殺する気だったよこの子」

『でもそれだけじゃなくて』

「他にも理由があんのか」

『……自慢の尻尾だから、誘惑なんて邪なことに使いたくなかったんだよ。ちゃんと好きな人に触って愛してほしかったんだもん』

「…………」

『何でそこで黙るのさ! ボクは真面目に言ってるんだよ!』

「いやめっちゃ可愛いなって」

『…………』

「何故黙る」

『あ、安心したら眠くなっちゃった! ボクはもう寝るからね! 疲れたから今日は何されても起きないからね!』

「お、おう」

『でも襲っちゃだめだからね! 尻尾も触っちゃだめだからね! でも触られたとしてもボクは寝てるから気づかないかもしれないからね! いや絶対気づかないと思うよ!』

「そんなことしないから落ち着け」

『そこは空気読んでよ!』



§



「で、やかましい奴は寝静まった訳だが」

『くかー……くー……すぴー……あむあむ……』

「自慢だったはずの尻尾を口いっぱいに頬張ってるな」

『ぁん、らんぼうなんだからぁ……もごもご……』

「噛み痕ついてるな、涎でべったべただし」

『にしし……えっちぃ……せくはらぁ……』

「どんな夢見てんだこいつ、頭の中お花畑か」

『もっとぎゅーってしてぇ……うへへ……』

「はぁ、こんなんだから手を出す気になれないんだよなぁ……。分かってるのかねそこのところ」

『もっともっとぉ……もがもが……えへへぇ……』

「どうせ起きないだろうし、ちょっとくらい――」

『はふぅ……しあわせぇ……ちゅー……』

「…………」

「止めとくか」

「これからいくらでも時間はあるんだし」

「ここまで幸せそうなこいつは初めて見たしな」

「今日くらい見逃してやるか」

「…………」

「でも寝顔は撮っとこ」ピローン



§



『あ゛ー!! こらー!! 起きろー!! おーきーろー!!』

「何だうるさいな、今何時だと――」

『見てよコレ! せっかく毛づくろいしたのにめちゃめちゃになってるよ! ひどいよ! あれだけ触らないでって言ったのに! いやだめじゃないけど限度ってものがあるよ!』

「触ってねーよ全部お前のせいだ」

『キズモノにされたー! 乙女の純潔を汚されたー!』

「うるせえ! 悪意しかない発言はやめろ! ……ってお前、寝間着姿でどこ行く気だ!?」

『襲われた挙句捨てられたって近所に言いふらしてやるー! う゛あ゛あ゛あぁぁぁー!!』

「火災報知器並の声量を出すんじゃねえ! そんなに騒ぎを起こしたいのか!?」

『騒ぎになるからいいんじゃないかな』

「……は?」

『早朝。乱れた寝間着姿。尻尾には噛み痕と涎。そして泣き腫らすボクと狼狽えるキミ――さあて、駆けつけてきた近所の人たちはどんな想像をするのかなぁ?』

「お前っ……!」

『あれほど誘ったのに手を出さないキミが悪いんだからね♡ ……あっ人来た』

『……ひっく……ごめんなさい……でも、ボク、何がなんだか訳分かんなくてぇ……えぐ……朝起きたらこうなってて……ぐしゅ……一緒に寝てた彼は何も知らないってしらばっくれてぇ……くすん』

「ほくそ笑みながらバレッバレの嘘泣きをするんじゃねぇーーっ!」
19/05/18 19:54更新 / ナナシ

■作者メッセージ
実際のところ二人はいつくっつくか周囲で話の種になっていた模様、知らぬは二人ばかりでしたとさ。

適度なウザさって難しいですね。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33