火遊びの後始末
アタシには弟がいる。……いや、弟のような存在と言うべきだろうか。
アタシはパイロゥって魔物娘で、そいつは人間だ。もちろん、血のつながりなんてない。けれど、それなりのつながりは持っているつもりだ。両親が用で出かけている間、こいつの預かりを頼まれる程度には。
「ほら、もうちょいでメシできるからな」
はーいと間延びした声で返事が返ってきて、人の後ろで何やらチョロチョロ動き出す。
人が二人やっと通れるかどうかの狭い台所。アタシが火を使ってるなんてことお構いなしに、子犬みたいにうろつきやがって。
ホント、しかたないやつだな。
「おねえさん! 冷蔵庫のおかずと食器、持ってくね!」
「ああ、ありがとな」
片手間に髪を一撫でしてやると、そいつは嬉しそうに走り出しやがった。危ねえぞ、と口にしてから、横目で割れ物を持ってないことを確認して一息つく。
リードでもつけておくべきか。
「っとと、こんなもんか」
火を止め、フライパンの中身を取り分ける。細かく刻んだ野菜とソーセージ、たっぷりソースを絡めて炒めた麺からは香ばしい匂いがした。いわゆる、焼きうどんってやつ。
「……ん、うめぇ」
味見に麺を一本ちゅるりと頂く。火の通りは悪くない。
一人分から二人分、炒め物を作る分には勝手が違うんだがなとぼやいていたのはいつだったか。わざわざ着たことないエプロンまで買ってきてたのはいつだったっけか?
「おう、できたぞー!」
思考を打ち切り、わざとらしくでかい声を上げる。はーい、と返ってくる声の色は、明るく高い音をしていた。
§
「んじゃ、席について、と」
「いただきます」「いただきまーす!」
手を合わせて食事のあいさつもそこそこに、ボウズは焼きうどんをかきこみ始めた。小さな口を麺でいっぱいにして、もぐもぐと実においしそうに頬張っている。無論、ソースの跡は口の端に留まる訳がない。
「おら、もうちょっと落ち着いて食えよな」
「んぐ、むぐ」
食いながら喋ろうとしないだけマシか。呆れと微笑ましさの混ざった嘆息を一つついてから、アタシも料理に手をつけ始める。付け合わせのスープで口を潤してから、野菜の和え物を一つまみ。焼きうどんに野菜をたっぷり入れてるとはいえ、ボウズは和え物に手を付ける様子はない。そんなもんだ。
「ピーマン避けずに食えるようになった分、成長してはいるんだが……」
「? なあに、おねえさん?」
なんでもねえよと誤魔化した。
これじゃまるで親みてえだなとは、流石に言えなかった。
「にんじんもピーマンもちゃんと残さず食べれるもん」
「あーそうだな、えらいえらい」
しっかり聞かれてた上にメシの最中だってのになでなでを催促してきやがった。この野郎。賢しくなりやがって。
食器を置いて、ボウズが手に何も持ってないことを確認してから、わしゃわしゃ乱暴に撫でてやる。目を細めて顔を赤らめて、それでもボウズはもっともっととせがむみたいに頭を押しつけてくる。
「ほら、ここまでだ」
「むー」
続きは片付けを手伝ったらな、とご褒美をちらつかせつつ釘をさしておく。こうでもしないと終わりっこない。メシが冷めちまう。
アタシの心中をどこまで知ってか知らずか、ボウズは実にのんきに焼うどんをすすっていやがるのだった。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま! おねえさん、おいしかったよ!」
「どーも、おそまつさまでした」
空になった食器を持って一緒に流しに向かう様はどう見ても。
「姉と弟、だよな……」
飼い主とでかい子犬かもしれない。
幸いにもつぶやきは聞かれていなかったみたいで、ボウズは何も言ってはこなかった。
§
「はい」
「あいよ」
「ほい」
「へいへい」
ボウズが泡のついた食器を渡して、アタシが水洗いして水切りかごへ。踏み台に乗ってるせいか、いつもよりボウズとの距離が近い。流石にはしゃぎどきは心得ているようで、神妙な顔つきで泡のついた食器を選んで渡してくる。
「それはまだお前にゃ重いからアタシがやるよ」
ボウズが伸ばした手が届く前に、慌てて泡のついたフライパンをかっさらう。
「むー」
「手ェ濡れてるから後でな」
内心はともかく大人しく従ってくれたようで、しばらくは水の流れる音だけが続いた。ばしゃばしゃと流れる水が、洗剤の泡が手を伝っていく。
(なんか、足りねぇな)
違和感。冷たい水を浴びると顔をだすのは、小さく空いた物足りない感情の穴と、両手首に感じる喪失感。
エプロンを付けるようになってから、アタシはブレスレットを身につけなくなっていた。メシを作るとき、洗い物を始末するときに邪魔になるからっていう簡単な理由だ。元から誰かのために付けていた訳じゃない。自分を着飾るだけの単なる装飾だ。
(無ければ無いで、案外物足りなくなるもんなんだな)
ボウズとの出会いを思い返す。目をつけて、おちょくって、本気にされたから喰っちまった。そこからはアタシがコイツのところに引っ越してきて、暇さえあれば『遊んで』やっている。
ボウズはアタシのモノで、アタシはボウズのモノだ。幾度も繰り返した交わりは、お互いの体をそういう風に作り替えてしまっている。
(雌としてはともかく、女としてはまだ物足りないってところ、か)
贅沢な話だ。アタシはボウズに分不相応な物を要求しようとしている。体の交わりで満たされる雌としての悦びだけじゃなく、綺麗だの可愛いだの美しいだのと、女性としての喜びをも求めているのだと。
──なーボウズ、アタシのこと美人って言ってみ?
──うん! おねえさんは美人だよ! ぼくの自慢のおねえさんだもん!
──…………。
──おねえさん?
──……誰がそこまで言えっつったよ。
一度冗談で言わせてみたら予想以上に破壊力がデカくて悶絶する羽目になった。というか、コイツはちょくちょくそういうこと言う。子供ならではの純粋さってやつか。ずりぃ。
「おねえさん、これでおしまいだよー」
(一人前、とまではいかない半人前だとしても、子供っぽくじゃなくて、こう、男としてガツンと響く感じで言ってもらいたいもんだな)
「おねえさん、おしまいだよ?」
物思いから我に返ると、ボウズが背伸びしつつアタシを見上げてやがった。いつまでも変わらねえキラキラした目ェさせやがって。こっちの気も知らずにいい気なもんだ。
「お、おう。危ないからその辺で、な」
「あぶなっかしいのはおねえさんの方だよ」
「うっせ」
誰のせいだよ、ったく。
渡されたお手拭きで手を拭いつつ心中でぼやく。
「さてと、片付けも終わったことだし、午後からはどうする? また一緒に『遊ぶ』か?」
「んっとね、その前にちょっといい?」
何だ急に。ちょいちょい手を下に振って、かがんでほしいとジェスチャーをするボウズを前に、アタシは疑問符を浮かべるのだった。
「どうした? さっきの続きのなでなでか?」
「んーん、そうじゃなくて……いいから、ね」
煮え切らない態度はボウズらしくない。おどおどしてるところはあるくせに、割とずけずけと明け透けに物を言ってくるのがコイツなのだ。オマケに嘘はつけない。……つまるところ、当人にとって言い出しづらいことをするつもりらしい。
ははぁん、さてはなでなで返し、あるいはからかい返しってとこか。やっぱりまだまだ子供だな。
「ったく、しゃーねーな……ほら、よ」
オトナの余裕を見せてやるよとのアタシの想いは。
「──ん! おねえさん、プレゼント!」
予想以上のカタチで崩された。
「……は、なに、コレ?」
「ぷ、プレゼントだよ! おねえさんに、にあうかな、って、おもって!」
「……いや、プレゼントって、お前、コレ……」
首にかけられたのはネックレス──いや、違う。
「指輪じゃねーか!? おま、コレ、どっから……!?」
「おねえさんと初めて会ったところだよ!」
首から上だけが湯だったように熱くなる。それは言い出しっぺのボウズも同じらしく、湯気を噴いたかのように次々とまくしたて始めた。
「おねえさんまたなって言ってどこか行っちゃって、また会いたいなってお守りのつもりで買ったの! それで、ぼくが約束を守ったからおねえさんは会いにきてくれて、嬉しくて、だけど──」
はぁ、ふぅ、と息を吸って吐いてからボウズは言葉を続ける。
「ぼく、結局お礼も何も言えてなくて、だから、お礼に渡そうと思ったんだけど──おねえさん、こういうの好きそうかと思って……でも、でも……ぼくと一緒にいるようになってから、おねえさん、腕の輪っかを外しちゃってて……」
──そうか、なるほど。
コイツはアタシが思っているよりもアタシのことをよく見てたって訳か。
「おねえさん、こういうの、好きじゃなくなったのかなって、不安になったけど、ホントに好きな相手なら、指輪、喜んでくれるって、お母さんが言ってて……」
「おいっ!?」
「だけど、まだ結婚するのは早いからネックレスで渡そうねって、お父さんが……」
「ちょちょちょ、待て待て!?」
どこまで筒抜けになってんだよ!?
「……イヤ、だった?」
張り裂けそうなくらいに溜まった胸のつかえを全部、ぜんぶ吐き出すようなため息を吐いてから。
「──ぁ」
「嫌なもんかよ──な♡」
目の前の、ちょっぴりだけ大きくなった背中に手を回し、きつく、かたく、抱き寄せた。
「お前……ほんっと、そういうとこ……ずるいわ」
「おねえさん、泣いてる……の?」
ばーか、と絞り出すのが精いっぱいで、後は鼻声を聞かれないようこらえるばかり。ボウズが横を向いてアタシの泣き顔を見ないように、小さな頭をひっつかんでぐしゃぐしゃに髪をかき乱した。
「なぁボウズ、アタシのこと、好きか?」
「うん、おねえさんのこと、大好きだよ!」
「……そっか」
コイツは初めっからアタシのことを、女として、雌として、愛してくれていたんだな。心のどこかでアタシは、照れくさくて、恥ずかしくて、おねえさんを演じなきゃって思って、壁を作っていたのかもしれない。
「じゃあ、アタシからも伝えなくっちゃな」
燻る炎をもう一度灯してくれた、愛しい旦那サマのために。
「アタシも愛してるぜ──旦那サマ♡」
初めての口づけを捧げたのだった。
§
アタシには弟がいる。危なっかしくて、甘えん坊で、妙なところで生意気で、誰よりもアタシを見ていてくれている。
自慢の未来の旦那サマだ♡
アタシはパイロゥって魔物娘で、そいつは人間だ。もちろん、血のつながりなんてない。けれど、それなりのつながりは持っているつもりだ。両親が用で出かけている間、こいつの預かりを頼まれる程度には。
「ほら、もうちょいでメシできるからな」
はーいと間延びした声で返事が返ってきて、人の後ろで何やらチョロチョロ動き出す。
人が二人やっと通れるかどうかの狭い台所。アタシが火を使ってるなんてことお構いなしに、子犬みたいにうろつきやがって。
ホント、しかたないやつだな。
「おねえさん! 冷蔵庫のおかずと食器、持ってくね!」
「ああ、ありがとな」
片手間に髪を一撫でしてやると、そいつは嬉しそうに走り出しやがった。危ねえぞ、と口にしてから、横目で割れ物を持ってないことを確認して一息つく。
リードでもつけておくべきか。
「っとと、こんなもんか」
火を止め、フライパンの中身を取り分ける。細かく刻んだ野菜とソーセージ、たっぷりソースを絡めて炒めた麺からは香ばしい匂いがした。いわゆる、焼きうどんってやつ。
「……ん、うめぇ」
味見に麺を一本ちゅるりと頂く。火の通りは悪くない。
一人分から二人分、炒め物を作る分には勝手が違うんだがなとぼやいていたのはいつだったか。わざわざ着たことないエプロンまで買ってきてたのはいつだったっけか?
「おう、できたぞー!」
思考を打ち切り、わざとらしくでかい声を上げる。はーい、と返ってくる声の色は、明るく高い音をしていた。
§
「んじゃ、席について、と」
「いただきます」「いただきまーす!」
手を合わせて食事のあいさつもそこそこに、ボウズは焼きうどんをかきこみ始めた。小さな口を麺でいっぱいにして、もぐもぐと実においしそうに頬張っている。無論、ソースの跡は口の端に留まる訳がない。
「おら、もうちょっと落ち着いて食えよな」
「んぐ、むぐ」
食いながら喋ろうとしないだけマシか。呆れと微笑ましさの混ざった嘆息を一つついてから、アタシも料理に手をつけ始める。付け合わせのスープで口を潤してから、野菜の和え物を一つまみ。焼きうどんに野菜をたっぷり入れてるとはいえ、ボウズは和え物に手を付ける様子はない。そんなもんだ。
「ピーマン避けずに食えるようになった分、成長してはいるんだが……」
「? なあに、おねえさん?」
なんでもねえよと誤魔化した。
これじゃまるで親みてえだなとは、流石に言えなかった。
「にんじんもピーマンもちゃんと残さず食べれるもん」
「あーそうだな、えらいえらい」
しっかり聞かれてた上にメシの最中だってのになでなでを催促してきやがった。この野郎。賢しくなりやがって。
食器を置いて、ボウズが手に何も持ってないことを確認してから、わしゃわしゃ乱暴に撫でてやる。目を細めて顔を赤らめて、それでもボウズはもっともっととせがむみたいに頭を押しつけてくる。
「ほら、ここまでだ」
「むー」
続きは片付けを手伝ったらな、とご褒美をちらつかせつつ釘をさしておく。こうでもしないと終わりっこない。メシが冷めちまう。
アタシの心中をどこまで知ってか知らずか、ボウズは実にのんきに焼うどんをすすっていやがるのだった。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま! おねえさん、おいしかったよ!」
「どーも、おそまつさまでした」
空になった食器を持って一緒に流しに向かう様はどう見ても。
「姉と弟、だよな……」
飼い主とでかい子犬かもしれない。
幸いにもつぶやきは聞かれていなかったみたいで、ボウズは何も言ってはこなかった。
§
「はい」
「あいよ」
「ほい」
「へいへい」
ボウズが泡のついた食器を渡して、アタシが水洗いして水切りかごへ。踏み台に乗ってるせいか、いつもよりボウズとの距離が近い。流石にはしゃぎどきは心得ているようで、神妙な顔つきで泡のついた食器を選んで渡してくる。
「それはまだお前にゃ重いからアタシがやるよ」
ボウズが伸ばした手が届く前に、慌てて泡のついたフライパンをかっさらう。
「むー」
「手ェ濡れてるから後でな」
内心はともかく大人しく従ってくれたようで、しばらくは水の流れる音だけが続いた。ばしゃばしゃと流れる水が、洗剤の泡が手を伝っていく。
(なんか、足りねぇな)
違和感。冷たい水を浴びると顔をだすのは、小さく空いた物足りない感情の穴と、両手首に感じる喪失感。
エプロンを付けるようになってから、アタシはブレスレットを身につけなくなっていた。メシを作るとき、洗い物を始末するときに邪魔になるからっていう簡単な理由だ。元から誰かのために付けていた訳じゃない。自分を着飾るだけの単なる装飾だ。
(無ければ無いで、案外物足りなくなるもんなんだな)
ボウズとの出会いを思い返す。目をつけて、おちょくって、本気にされたから喰っちまった。そこからはアタシがコイツのところに引っ越してきて、暇さえあれば『遊んで』やっている。
ボウズはアタシのモノで、アタシはボウズのモノだ。幾度も繰り返した交わりは、お互いの体をそういう風に作り替えてしまっている。
(雌としてはともかく、女としてはまだ物足りないってところ、か)
贅沢な話だ。アタシはボウズに分不相応な物を要求しようとしている。体の交わりで満たされる雌としての悦びだけじゃなく、綺麗だの可愛いだの美しいだのと、女性としての喜びをも求めているのだと。
──なーボウズ、アタシのこと美人って言ってみ?
──うん! おねえさんは美人だよ! ぼくの自慢のおねえさんだもん!
──…………。
──おねえさん?
──……誰がそこまで言えっつったよ。
一度冗談で言わせてみたら予想以上に破壊力がデカくて悶絶する羽目になった。というか、コイツはちょくちょくそういうこと言う。子供ならではの純粋さってやつか。ずりぃ。
「おねえさん、これでおしまいだよー」
(一人前、とまではいかない半人前だとしても、子供っぽくじゃなくて、こう、男としてガツンと響く感じで言ってもらいたいもんだな)
「おねえさん、おしまいだよ?」
物思いから我に返ると、ボウズが背伸びしつつアタシを見上げてやがった。いつまでも変わらねえキラキラした目ェさせやがって。こっちの気も知らずにいい気なもんだ。
「お、おう。危ないからその辺で、な」
「あぶなっかしいのはおねえさんの方だよ」
「うっせ」
誰のせいだよ、ったく。
渡されたお手拭きで手を拭いつつ心中でぼやく。
「さてと、片付けも終わったことだし、午後からはどうする? また一緒に『遊ぶ』か?」
「んっとね、その前にちょっといい?」
何だ急に。ちょいちょい手を下に振って、かがんでほしいとジェスチャーをするボウズを前に、アタシは疑問符を浮かべるのだった。
「どうした? さっきの続きのなでなでか?」
「んーん、そうじゃなくて……いいから、ね」
煮え切らない態度はボウズらしくない。おどおどしてるところはあるくせに、割とずけずけと明け透けに物を言ってくるのがコイツなのだ。オマケに嘘はつけない。……つまるところ、当人にとって言い出しづらいことをするつもりらしい。
ははぁん、さてはなでなで返し、あるいはからかい返しってとこか。やっぱりまだまだ子供だな。
「ったく、しゃーねーな……ほら、よ」
オトナの余裕を見せてやるよとのアタシの想いは。
「──ん! おねえさん、プレゼント!」
予想以上のカタチで崩された。
「……は、なに、コレ?」
「ぷ、プレゼントだよ! おねえさんに、にあうかな、って、おもって!」
「……いや、プレゼントって、お前、コレ……」
首にかけられたのはネックレス──いや、違う。
「指輪じゃねーか!? おま、コレ、どっから……!?」
「おねえさんと初めて会ったところだよ!」
首から上だけが湯だったように熱くなる。それは言い出しっぺのボウズも同じらしく、湯気を噴いたかのように次々とまくしたて始めた。
「おねえさんまたなって言ってどこか行っちゃって、また会いたいなってお守りのつもりで買ったの! それで、ぼくが約束を守ったからおねえさんは会いにきてくれて、嬉しくて、だけど──」
はぁ、ふぅ、と息を吸って吐いてからボウズは言葉を続ける。
「ぼく、結局お礼も何も言えてなくて、だから、お礼に渡そうと思ったんだけど──おねえさん、こういうの好きそうかと思って……でも、でも……ぼくと一緒にいるようになってから、おねえさん、腕の輪っかを外しちゃってて……」
──そうか、なるほど。
コイツはアタシが思っているよりもアタシのことをよく見てたって訳か。
「おねえさん、こういうの、好きじゃなくなったのかなって、不安になったけど、ホントに好きな相手なら、指輪、喜んでくれるって、お母さんが言ってて……」
「おいっ!?」
「だけど、まだ結婚するのは早いからネックレスで渡そうねって、お父さんが……」
「ちょちょちょ、待て待て!?」
どこまで筒抜けになってんだよ!?
「……イヤ、だった?」
張り裂けそうなくらいに溜まった胸のつかえを全部、ぜんぶ吐き出すようなため息を吐いてから。
「──ぁ」
「嫌なもんかよ──な♡」
目の前の、ちょっぴりだけ大きくなった背中に手を回し、きつく、かたく、抱き寄せた。
「お前……ほんっと、そういうとこ……ずるいわ」
「おねえさん、泣いてる……の?」
ばーか、と絞り出すのが精いっぱいで、後は鼻声を聞かれないようこらえるばかり。ボウズが横を向いてアタシの泣き顔を見ないように、小さな頭をひっつかんでぐしゃぐしゃに髪をかき乱した。
「なぁボウズ、アタシのこと、好きか?」
「うん、おねえさんのこと、大好きだよ!」
「……そっか」
コイツは初めっからアタシのことを、女として、雌として、愛してくれていたんだな。心のどこかでアタシは、照れくさくて、恥ずかしくて、おねえさんを演じなきゃって思って、壁を作っていたのかもしれない。
「じゃあ、アタシからも伝えなくっちゃな」
燻る炎をもう一度灯してくれた、愛しい旦那サマのために。
「アタシも愛してるぜ──旦那サマ♡」
初めての口づけを捧げたのだった。
§
アタシには弟がいる。危なっかしくて、甘えん坊で、妙なところで生意気で、誰よりもアタシを見ていてくれている。
自慢の未来の旦那サマだ♡
21/12/16 18:33更新 / ナナシ