連載小説
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繋ぎとめるあかし(後編)
 ゆっくりと一物を近づける。切っ先の向かう先――彼女の肌には珠になった汗が浮かんでいた。あちこちから滲みだしている透明な液体こそ、彼女が悦楽を感じている証拠だ。
 
 ぴた。

 肉棒が割れ目に触れた瞬間、まるで吸盤のように吸い付いてくるのを感じた。何もしていないはずなのに引き込まれるような感触。相変わらず表面の冷気は健在だが、体内に生まれている熱量は先よりも大きく感じられる。薄皮隔てたその先にある熱――彼女の欲望――は今にもはちきれんばかりに膨れ上がっているのだ。
 同時に彼女の肌から浮かぶ汗の量がにわかに増えだした。つう、と粘り気のある汁がくびれに沿って流れ、こちらの竿へと絡みつく。ほのかな温かみのあるそれは、本当に汗なのだろうか。意思を持っているように纏わりついて離れないその様は、とてもそうだとは思えなかった。

「どうされましたか……?」

 少し拗ねた様子の彼女に首を横に振って答える。その間にも絡みつく粘液は量を増していた。肉棒の半分ほどを覆ったそれはうねうねと表面を這いまわり、微かな刺激を与えてくる。手や口、胸などでは再現できない不規則な刺激。膣内の感触に似てはいるが、それと比べるにはあまりに微細で、もどかしい刺激だった。

「でしたら、早く満たしてくださいな……」

 『何を』とは聞かれなかった。彼女にとって『旦那様の求めに応える』ということは自らの欲求を満たすことより優先度が高いらしい。そこまでして尽くしてくれる優越感と、素直になってほしいむず痒さで複雑な気持ちになってしまう。

 つぷ……ぬぷっ、ぷぷぷ。

 躊躇する理性を置き去りにして、身体は勝手に腰を沈めていた。粘液が泡立ち弾ける音が聞こえる。そんな間の抜けた音に我に返ると、すでに中ほどまで彼女の中に侵入していることに気づいた。
 何とも不思議なことに、竿から受けている刺激――彼女の内側に秘めていた熱さや膣壁の感触だ――を感じているのだが、それを快楽として認識することができなかった。あまりの感覚に感覚の意識が一部切れてしまったのだろうか、まるで彼女の操り人形になっているようにさえ思えてくる。

「ふふ……ようやく挿入してくれましたね、旦那様……」

 にっこりと満面の笑みを浮かべる彼女をよそに、熱いうねりを感じながら狭い膣内を掻き分けて進んでいく。鈴口と子宮口が重なりあったところでようやく動きを止めると、そこでようやく意識が繋がったのか、様々な感覚が一度に襲い掛かってきた。

「……く、あっ」
「……く、ふぅっ」

 衝撃に耐え切れずに目を瞑る。食いしばった歯から漏れた苦悶の声が彼女の吐息と重なった。
 最初に強く感じたのは熱さだった。彼女の内側でこもっていた熱がこちらの分身をじりじりと焼いていく。衝動のまま焦がすのではなく、取り込んで溶かしてしまう包容感。根本から絞られる感覚に耐え切れずに、腰の力が抜けてしまう。

「う、ぁ……くっ」

 次に感じたのは内部の触感だった。挿入からまだ時間が経っていないにも関わらず、すでに膣内にある無数の襞が絡みついていたのだ。入り込んだ異物を取り除こうとするのではなく絡みついて逃がさないように働くそれは、過剰なまでの湿り気もあって想像以上に作用していた。襞同士が擦れて生まれた隙間から溢れた空気が泡となって、青い肌を波立たせる。
 
 くぷ、ぷ、ぷぷっ……。

 たまらず腰を引くと、気の抜けた音が流れ出す。肉棒に貼り付くそれを無理矢理に引きはがすにはそれなりの集中力が必要だった。額から汗が一筋垂れて頬を伝う。

「だめですよ……入れたばかりなのに、すぐに出されては……」

 穏やかに窘める声が聞こえて閉じていた目を開けると、そこには相変わらず笑みを浮かべる彼女がいた。こちらと同等、もしくはそれ以上の快感を得ているはずなのに、彼女は表情を快楽に崩していなかった。

「せっかくなんですから、もっと愉しんでいただかないと……♡」

 ずる……。

「あ、うぁ……!?」

 股間でぐねぐねと動く感触に思わず驚きの声を漏らす。

 ずぶ……ずぶ……ぐぷ、ぷっ……。

 妖しい音をさせながら、引いていたはずの腰がせり出して再び体内へと埋まっていく。こちらが動いているのではない。肉襞の一つ一つが彼女の思うままに動き、呑み込もうとしているのだ。
 彼女のお腹に目を向けると、収まった肉棒でぽっこりと膨れ上がっている様が確認できた。受け入れている部分だけ表皮が薄くなっているようで、膣内の動きがかすかに窺える。襞の一つ一つが肉棒に絡みつき吸い上げるように動く光景は、どこかグロテスクで、それ以上に淫猥に見えた。

「……く、うぅんっ♡ これで、ぜんぶ、はいりましたぁ……」

 そうこうしているうちにこちらの肉棒のほとんどが吸い込まれてしまった。彼女は大きく膨らんだお腹を見つめながら、まるで赤子をあやすかのように優しく撫で始める。微細な振動は波紋となって中に伝わり、優しい圧迫感を与えてきた。

「こうしていると、本当に子供ができたみたいですね」

 あるいは本当にねだっているのかもしれない。精を欲するのであれば、いつかは子供を成すこともあるだろう。それがいつになるかは分からないが、彼女はすぐにでも子供が欲しいのかもしれない。

「ですが、私はまだ子供が欲しいとは思っていません」
「二人きりの時間が短くなるから?」
「あら、違いますよ――もっとはしたない理由です」

 むく、と体を起こした彼女はこちらの耳元に近づくと、

「――だらしないお母さんの姿を、見せる訳にはいきませんから」

 甘い吐息混じりにそう囁き、

 ぱちゃん。

 粘り気のある水音を立てて、床にその身を乱暴に投げ出した。

「これでも精一杯我慢しているんですよ? でも、旦那様は意地悪ですから」
「意地悪じゃないよ。証拠が欲しいだけなんだ」
「証拠ですか?」
「自分一人だけが気持ちいいんじゃなくて、ちゃんとお互いに気持ちよくなれているかって」
「まあ」

 そう言った彼女はわざとらしく手で口元を隠して、

「でしたら、どうか」

 僅かに見える口の端を潤った唇を見せつけて、

「旦那様の手で、存分に狂わせてくださいな」

 自らの意思で、快楽を欲する言葉を告げたのだった。

 ぐぷ……ぬぷ……。

「ふぁ、あっ……」

 言葉に応え、肉棒をさらに押し進める。根本が収まるか収まらないかというところで突き当たりにぶつかった。鈴口が小さな穴と触れ合う。おそらく子宮口だろうか。軽く先端を揺らしてみると、こちらの動きに合わせてぐねぐねと動いた。

「だんな、さまっ……そこは、びんかんな、とこ、でして――ひゃうんっ!」

 強く一押しすると、電流が走ったかのように彼女の身体が跳ねた。ぱたた、と身体の欠片が辺りに飛び散る。飛沫は元の場所に戻ろうと動き出し、彼女の身体へ取りついて溶け合った。まだ余韻が残っているせいか、欠片がくっついた箇所がふるふると震えている。

 つぷ……ぷ、ぷっ……ぐぽっ……。

 最奥に押し込んだ肉棒をゆっくりと抜いていく。挿入する時よりも内部の繊毛の抵抗が激しく、雁首に絡みついて気力を削いでいく。離れたくない、という彼女の心情を表しているのだろうが、それでは彼女を狂わせることはできない。

「ぁ……ぬけていっちゃいました……あ、ぁあ……♡」

 切なそうな声が期待に満ちたものへと変わる。その声を聞いて、ようやく自分の意思で挿入したことを自覚できた。竿は膣内の襞の誘導もあってみるみるうちに埋まっていく。子宮口と二度目の接吻をするのに、そう時間はかからなかった。
 突き入れられたモノを受け入れて抜け出るモノを逃がさない。彼女の性器は、まさに彼女の心そのものを表していたのだ。

「あ……あんっ、く、ふ、ぅうん……ん、ぅ……ん、ん……ぁ♡ ふぁ、あぁ、あ……♡」

 抜く度に寂し気な声で呻き、突き入れる度に喜びと喘ぎ声を漏らす。こちらの言葉を理解してくれたらしく、恥じらいこそあるものの与えられる快楽を受け止めて声を上げてくれている。恥じらいを取り去った声を聞きたいところだが、いつ射精してもおかしくない状態ではそれを望むべくもなかった。

「あ、ぁあ…………だんなさま? どうされましたか?」
「へっ? どうされたって……」
「その、険しいお顔をされてるので……」

 言われてみて気づく。これまで自分は、彼女をどうやって気持ちよくさせるかという一点にのみ集中していたのだ。彼女からもたらされる快感や、射精の欲求をそっちのけにしてまで。

「もしかして、私の体では満足されてないのかと思いまして……」
「いや、そうじゃないんだけど」

 むしろ満足しすぎて困っているのだが、どう伝えるべきか。眉間の皺をますます深いものにして考えこんでいたら、

「でしたら、私にお任せください」

 そんな声が聞こえてきて、何かが腰の周りに触れたかと思うと、

 ずんっ。

「――うぁあっ!?」
「――ああぁぁっ!!」

 勢いよく押された。悲鳴混じりの喘ぎ声が聞こえ、腰がこれまで以上に深く沈む。伝わってくる感触から、肉棒の根本だけでなく、腰の一部まで埋まり込んでしまったことが分かった。そしてそれが、後ろに回りこんだ彼女の両足によるものだとも。

「か、は……はっ……ぁ……ふふ、やっと、感じて、くださいましたね……」

 無理矢理に突き入れられたことで荒い息を吐く彼女を前に、何と言ったらいいかすぐには分からなかった。無茶をしたことを叱るべきだろうか、それとも。

「どうしてこんな、らしくもないことを……?」
「どうして、ですか……決まってますよ、旦那様」

 こちらのか細い声の問いかけに、

「旦那様が私に気持ちよくなってほしいように、私も旦那様に気持ちよくなってほしいだけです」

 彼女は真っ直ぐに答えた。

「はぁ、んっ……だんなさまの、そんな……あっ、はぁんっ……さびしそうな、かお、は……あひっ、くっ……みたくっ、ありませんっ……んうぅっ……♡」

 喘ぎ声混じりで、舐るように腰を動かされる。後ろから伝わってくる圧迫感は彼女自身にも強い影響を与えていた。当然である。彼女は擦り付けるといった生易しいものではなく、それこそ押し潰さんばかりの勢いでしがみついているのだ。軟体の身体だといって、体内の臓器が変形する苦痛があることに変わりはない。
 だが、それでも。

「だんな、さまっ、どうか……あぁ……わたしで……ひ、くぁ、あ……わたしと、いっしょ、に、ぃいっ……♡ いっしょ、に、きもち、よく、なって、くだ、さぃ……♡」

 彼女は笑っていた。慎みも誇りもなく、にじみ出る悦楽の色を隠すこともなく、どこまでも蕩けた――心の底から見てみたいと望んでいた――表情で笑っていた。

 そこまで尽くしてくれる嬉しさと、故に生まれるほんの少しの悔しさ。
 おそらくだが、これまで抱かれている時もそんな蕩けた顔をしていたのだろう。それに気づかなかったのはこちらの落ち度であり、彼女の奥ゆかしさでもある。

――そのもどかしささえ、今は愛おしいのだが。

「――ひ、いぁあっ!? ら、らんなしゃまぁ……そんな、ふか、く……ぉ、ほ……♡」

 感情がこもった一突きは子宮口を抜けて奥へと割り込んだ。蕩けた顔が更にだらしなく歪む。口を閉じていることすら叶わないようで、端からはだらしなく舌が垂れていた。

「ごめんね、そんな気遣いをさせて」
「……あやまらないで、ください……は、ぁん……それより……もっとぉ……♡」

 言葉と共にずるずると膣内から肉棒が引き剥がされていく。その意図を察して、再び腰を叩きつけた。彼女の身体が抉られるたびに青い液体が辺りに跳ね飛び散る。

「もっとぉ……ぃいっ……もっと、もっとぉ……んぉ、おぉっ……♡」
「あ、ぐっ……きつ、いっ……」

 喘ぎ声が人から獣のものへと変わる。同様に、膣内も抽送の度に粘液と襞が不規則に動くことで、こちらに予期せぬ刺激を与えてきた。締め付けも強固なものへと変化し、両足で抱え込まれているにも関わらずさらに体重をかけなければ挿入すらままならないほどだった。抜く段階に至っては彼女の協力がなければ動きすらしない。

「すき、ですっ……だんな、さ、まぁっ……だい、すき、ですぅっ……♡」

 耳元で愛の言葉を囁かれる。理性が剥げ、本能のままに喘いでいる彼女がこちらを求めているのだ。その事実を意識したことで、背筋がぞくぞくと震えて肉棒の硬度が増していく。

「あ♡ びくびくって……ぉ♡おちんちん、が、ふるえ、て……きたぁ♡」

 内から溢れる衝動のままにこじ開けるような抽送運動を続けることで、意図的に麻痺させていた射精感が蘇ってきた。体内でさらに膨れ上がった肉棒で彼女も察したらしく、こちらの背中に手を回してくる。

「だんな、しゃまぁ……らんな、しゃまぁ……いっしょ、です、ずっと……ずっとぉ……いっひょ、れすぅ……♡」

 いや、手だけではない。最早人の形を保っていない粘液がこちらを取り込むように覆いかぶさってきた。これまで肉棒だけを責めていた感触が全身を包み圧迫してくる。あっという間に服の隙間へと入り込んだそれは、射精を誘うべく胸板や睾丸を刺激してきた。焼けるような熱さと、真に彼女と一つになった高揚感は、たちまち射精への欲求へ移り変わる。

「あ♡ でるんですねっ、わたしの、なかでっ……せいえき、だしちゃうんですねっ……♡だしてっ♡わたしの、なか、しろく、あつくっ……♡そめあげて、くださいっ……♡」

 最早躊躇う理由はなかった。最奥で欲望を解き放つべく、これまで以上の勢いで肉棒を打ち込む。子宮口を越えたその先に辿り着いた瞬間、視界が真っ白になるほどの衝撃を受けて、

「あ♡ あぁっ♡ あぁ、あっ、あーーーーっ♡♡」

 彼女の甲高い嬌声と共に白濁を流し込んだ。絶頂し、敏感になった性器同士がぶつかり合って、更なる快感をもたらす。溜め込んでいた欲望が彼女に吸い取られていくにつれ、心地良い脱力感が広がっていく。放たれた精液は留まることなく膣内を汚し続けたが、肉棒を伝って流れ出る感触は感じられなかった。一滴も逃がすまいと彼女が取り込んだのだろう。

「ぁ……つぅぃ……♡わたしのおなか、だんなさまのでみたされてますぅ……♡」

 完全に力を失い、このまま彼女に身を委ねてしまおうかと思った時だった。にちゃぁ、と音を立てて体がゆっくりと持ち上がる。

「どうですか、だんなさま……わたし、こんなにもきもちよくなったんですよ……♡」

 目に涙を浮かべ、口の端からは涎が垂れている。顔の輪郭が所々崩れ、整った顔が平べったい無様な物になっていた。 うっとりと微笑む彼女は、とても蕩けた顔をしていた。

 ぱしゃん。

 ほとんど液状になってしまった彼女では長く支えきれないようで、水が撥ねる音と一緒に体が落下した。耳元でくすくすと笑い声が聞こえてくる。

「でも、やっぱり、はずかしいですから……かおはあんまりみちゃいやです」
「そんなことないよ。とっても可愛かった」

 びくん、と振動が伝わる。今の言葉に動揺したのだろうか、こちらを包む身体がぷるぷると震えだした。

「あ……あの……ほんとに……ほんとうに、かわいかった……ですか?」
「嘘じゃないさ」
「えと……その……どんなかお、してました?」
「それは……よ、涎が垂れてて――むぎゅ」

 床に零れた飛沫に襲い掛かられてその先は言葉にできなかった。呼気を軽く塞がれて、彼女の身体の中でじたばたと悶えてしまう。

「そんなこと言うなんて、旦那様は酷いです」

 酷いのはお互い様だろうに。

「ですから、しばらくはこのままです……意地悪なお仕置きです」

 意地悪はお互い様だろうに。

「……これは、お仕置きなんですからね」

 ぺり。

 顔に絡まっていた飛沫が外れ、ようやく自由になった口で息を吸おうとした瞬間に。

「――んっ♡」

 彼女の顔が即座に割り込んで、唇を奪われた。入り込んだ舌が口内を弄りだす。こちらの舌を見つけると、絡み合うようにその身を寄せてきた。

 なにも、そんなところまで似なくてもいいだろうに。

 どうしようもない意地っ張りな彼女を離さないよう抱き締めながら、しばらくの間黙ってお互いを求め続けた。

§

 長い雨は終わり、空に浮かぶ雲は何処かへと消え去った。後に残された虹は架け橋となって空と空とを繋ぎとめる。

 雨の日も、そう悪いものではないのだ。
18/12/08 08:23更新 / ナナシ
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■作者メッセージ
お待たせしました(白目)
※推敲がまだ終わってなかったりしてるので修正が入るかもしれません。

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