繋ぎとめるあかし(前編)
ぱちゃん。
雨音とは違う、水が跳ねる音を立てて彼女を押し倒す。床についた掌と掌の間でぬれおなごは妖艶に微笑んだ。
ほんのりと淡く赤らんだ頬を歪めた彼女は、こちらの腕につうと腕を絡めてきた。表面のひんやりとした感触の下に隠された、これからの行為に対する期待の熱が感じ取れる。
「旦那、さまぁ……」
纏わりついてくる温度がこちらの肘に辿り着くころには、彼女の腕はすでに人の形を留めていなかった。
スライム属である彼女は自在に身体の形状を変化させることができる。ただし、それは彼女自身の理性や意思があって初めて成り立つ芸当だ。
「もっと、もっと旦那様を感じさせてくださいな……」
動きが変化していく。こちらを包み、取り込んでいくような動きから、手繰り寄せ、絡めとるような動きへと。
ゆっくりと体が床へ――笑顔で待ち受ける彼女の身体へと吸い込まれていき。
とぷん。
「――ふふ。ようやく、一緒になれましたね」
弾力のある青白い身体に触れてその動きを止めた。床の冷たさは感じない。こちらよりも小柄な身体をやんわりと崩しつつ広げて、文字通り全身で受け止めてくれている。それは押し倒した時に床につけた掌でさえ例外ではなかった。気づかぬうちに液体が染み込み、その場所は譲らないとばかりに間に入り込んでいる。
唯一触れ合えていないのは顔くらいだろうか。しかしそれさえも、いまや目と鼻の先にある。
「旦那様。一つ、お願いが」
「なんだい?」
恋慕、親愛――そして、欲情に濡れた瞳。内なる衝動を抑えた彼女は歪めた口を元に戻すと、囁くような声で小さく言葉を紡いだ。
「その、恥ずかしいので、接吻は、旦那様から」
彼女は、貞淑と淫猥の狭間で揺れる天秤を自らの手で傾けることをよしとしなかった。下心があったことを肯定しつつも、それだけの理由で一緒になった訳ではないという誇りを持っていたかったのだろうか。
「どうか、おねがい――っ、んうっ、む♡」
そんな彼女がどうしようもなくいじらしくて、半ば無理矢理に唇を奪った。
「ちゅ……ふっ……ん……んぅ……くちゅ……」
唇同士を軽く触れ合わせる。軽い息遣いと粘液音が耳朶を打ち、雨の音をかき消していく。ここがどこであるか、そんな些細なことが思考から抜け落ちてしまうほど、目の前の唇を味わうことに集中していたのだ。
「ちゅ……ちゅぱっ、んちゅ……ん……んふっ……ぅう、んっ……」
触れ合うだけでは物足りないと、艶やかな唇をこじ開けて舌を差し入れる。突然の行為に吐息とくぐもった声が返ってくるが、それでも彼女はこちらを受け入れてくれた。
「れろ……ちゅ……ふ、んぅ……ちゅ……じゅず、ちゅぅ……」
口内に侵入した舌を彼女の舌が迎え入れる。始めは感触を確かめるような這う動き、息継ぎを挟んでからは絡み吸う動きでこちらを楽しませてくれる。
「ちゅうぅぅ……じゅぞっ……ちゅ……く、ふ……んんぅっ……んっ……ふ……ん……」
舌も彼女の一部であるため、長さや形状も思いのままに変えることができるのだ。赤子が乳をねだるかのごとく吸い付いたかと思えば、蛇のように長く伸ばした舌を巻きつけて引き抜かんばかりに求めてくる。荒い呼気と粘液音を背景に、しばらくの間お互いの熱を求めあった。
やがて行為が終わり、近づけていた顔を離す。そこでようやく、彼女が目を閉じていることに気がついた。唇と舌の感触を味わうことに集中していたのだろう。
「……ぁ、んっ……、その、ごちそう、さま、でした……」
伏し目がちにそう言った彼女は、ちらと舌を覗かせて混ざり合った雫を舐めとるのだった。
§
上半身を起こして両手を自由にする。それに合わせるように、彼女も広げていた体を縮めて元の人型へと戻った。膝立ちになって見下ろすといつもと違う様子の彼女が視界に収まる。
「濡れてるね」
「……どこが、でしょうか」
そう聞かれるとどう答えるべきか悩んでしまう。言葉にする必要もない程に彼女の秘部は濡れているのだ。彼女自身も自覚しているはずだがあえて言葉にしないのは、やはり誇りがあるのだろうか。
「確かめて頂かないと、分かりませんよ?」
言葉尻に震えが混じる。表面では冷静さを取り繕っているものの、快楽の熱は徐々に彼女を蝕んでいるようだ。
――乱れた姿が見てみたい。
――内に秘めた欲望を曝け出した姿を暴いてみたい。
あくまで貞淑に振る舞おうとしている彼女がどのように乱れるのだろうか。自分の中で、彼女の身体を求める欲望だけでない、もう一つの欲望がむくむくと膨らんでいくのを感じていた。
「それじゃあ、遠慮なく」
確かめるという願望にそう返事を返したからか、彼女の顔がほころんだように見えた。
こちらの心中を探ろうとする必要もないと考えたのだろうか、そのまま表情を弛緩させて――
「あ、あの……旦那、様……?」
「どうしたの?」
触れられた場所が己の望む場所――蜜を漏らし一段と濡れている秘部――ではなく、お腹に相当する部位だったことに失望した声を出すのだった。
「どうしたのって……それは、その……」
「濡れてるお腹も綺麗だなって。触っちゃまずかった?」
「だめではないですけど、えっと……ひゃ」
指先を意識して、掴むように青い肌を撫でる。表面は程よい湿り気に覆われていて、指の動きが阻害されることはなかった。ぷるん、と弾力のある得も言われぬ感触もたまらない。
「く、くすぐったいです……」
「気持ちよくない?」
「いえ、そうではなくて……その、なんと言いますか……くぅんっ」
少し力をかけ過ぎたせいか、指先が彼女の身体の中に沈み込んでしまった。彼女の体内には、表面の冷たさとは異なる人の熱があった。例えるなら、人肌のぬるま湯に浸かっている感じだろうか。もっともお湯のそれとは違い、指が入り込んだことで生まれた隙間を埋めようとするために粘液が絡みついてくるのだが。
「変な感じ、です……」
「変って、どんな?」
「切ないとか、寂しいと言うのでしょうか……きゃ、んぅ……その、もどかしくって……んくぅっ!? だめっ、だめですっ……おなか、さわっちゃやです……や、だ、だめぇ……」
嬌声と共に振動が伝わってくる。彼女の口の端から、拭ったはずの雫が垂れ伝う。両手で顔を隠しながらいやいやと首を振る姿は、どこか子供のように見えて可愛らしかった。
「だめですって、ひ、ぁ……いってる、の、にぃ……ぁあ、や、ぁ……いって、る、の、にぃっ……ゃ、ぁ、あぁっ、ひゃあぁっ、は、あっ……」
だが、いつまでもこうしている訳にはいかない。若干名残惜しさを感じつつも埋まった指を抜き取る。そして彼女が息を整え終え、顔を覆っていた手を投げ出したことを確認してからもう一度問いかけた。
「やっぱり気持ちよくない?」
「……く、はぁ……はぁ、ふぅ…………それは、その、気持ち、よかった、ですけど」
返ってきた答えは若干棘が含まれていた。言葉の途切れた個所を見るに、明らかな不満が含まれている。彼女にしては珍しく口元を尖らせているのもまた、納得がいっていない証だろう。
「物足りないって顔だね」
「…………」
「そんな顔しないでよ、ちょっと悪戯してみたかっただけなんだって」
「……別に怒ってないです。ただ、旦那様はそれで満足なのですか?」
「満足すると思う?」
「答えになってないです」
完全にむくれてしまった彼女の鼻先に、取り出した一物を突きつける。衣服の中で窮屈そうにしていたそれは、解放された瞬間に雄の匂いを振りまいた。幹がひくひくと震え、先端からは我慢汁が玉となって光っている。
我慢をしていたのは彼女だけでないのだ。乱れる姿が見たいと望んで彼女を愛撫するに留めていたのだが、正直こちらも限界の様子である。自分の意思通りに動かないそれに呆れるべきが、それとも暴発することなく持ちこたえられたことを褒めるべきかは悩みどころだ。
「満足してない……みたい、ですね」
「うん」
いきなり証拠を見せつけられて、彼女も呆気にとられた様子だった。色に酔っていた表情がすっかり素面に戻っている。
「我慢できないのでしたら、いつでも挿入して構いませんのに……」
ぼそ、と告げられた言葉をあえて聞き流す。挿入して自分が快楽を貪ってしまう状態では彼女が乱れる姿を観察できないのだからそうしていたのだが、流石にそれを伝えることは憚られた。伝えること自体は簡単なことだが、言ったところで呆れられるか窘められるかが関の山だろう。
性行為を望みつつもただ誘うばかりで進んで求めようとしない彼女と、恥じらう姿を望みつつもそれを表だって言えない自分。
欲望を持ちながらその一歩が踏み出せない点において、やはり自分と彼女は似ているのかもしれない。
「……さ、来てくださいな、旦那様♡」
だからこそ、その一歩を踏み出してくれた彼女が愛おしくて。
もう一度、誘われるように体を沈めていった。
雨音とは違う、水が跳ねる音を立てて彼女を押し倒す。床についた掌と掌の間でぬれおなごは妖艶に微笑んだ。
ほんのりと淡く赤らんだ頬を歪めた彼女は、こちらの腕につうと腕を絡めてきた。表面のひんやりとした感触の下に隠された、これからの行為に対する期待の熱が感じ取れる。
「旦那、さまぁ……」
纏わりついてくる温度がこちらの肘に辿り着くころには、彼女の腕はすでに人の形を留めていなかった。
スライム属である彼女は自在に身体の形状を変化させることができる。ただし、それは彼女自身の理性や意思があって初めて成り立つ芸当だ。
「もっと、もっと旦那様を感じさせてくださいな……」
動きが変化していく。こちらを包み、取り込んでいくような動きから、手繰り寄せ、絡めとるような動きへと。
ゆっくりと体が床へ――笑顔で待ち受ける彼女の身体へと吸い込まれていき。
とぷん。
「――ふふ。ようやく、一緒になれましたね」
弾力のある青白い身体に触れてその動きを止めた。床の冷たさは感じない。こちらよりも小柄な身体をやんわりと崩しつつ広げて、文字通り全身で受け止めてくれている。それは押し倒した時に床につけた掌でさえ例外ではなかった。気づかぬうちに液体が染み込み、その場所は譲らないとばかりに間に入り込んでいる。
唯一触れ合えていないのは顔くらいだろうか。しかしそれさえも、いまや目と鼻の先にある。
「旦那様。一つ、お願いが」
「なんだい?」
恋慕、親愛――そして、欲情に濡れた瞳。内なる衝動を抑えた彼女は歪めた口を元に戻すと、囁くような声で小さく言葉を紡いだ。
「その、恥ずかしいので、接吻は、旦那様から」
彼女は、貞淑と淫猥の狭間で揺れる天秤を自らの手で傾けることをよしとしなかった。下心があったことを肯定しつつも、それだけの理由で一緒になった訳ではないという誇りを持っていたかったのだろうか。
「どうか、おねがい――っ、んうっ、む♡」
そんな彼女がどうしようもなくいじらしくて、半ば無理矢理に唇を奪った。
「ちゅ……ふっ……ん……んぅ……くちゅ……」
唇同士を軽く触れ合わせる。軽い息遣いと粘液音が耳朶を打ち、雨の音をかき消していく。ここがどこであるか、そんな些細なことが思考から抜け落ちてしまうほど、目の前の唇を味わうことに集中していたのだ。
「ちゅ……ちゅぱっ、んちゅ……ん……んふっ……ぅう、んっ……」
触れ合うだけでは物足りないと、艶やかな唇をこじ開けて舌を差し入れる。突然の行為に吐息とくぐもった声が返ってくるが、それでも彼女はこちらを受け入れてくれた。
「れろ……ちゅ……ふ、んぅ……ちゅ……じゅず、ちゅぅ……」
口内に侵入した舌を彼女の舌が迎え入れる。始めは感触を確かめるような這う動き、息継ぎを挟んでからは絡み吸う動きでこちらを楽しませてくれる。
「ちゅうぅぅ……じゅぞっ……ちゅ……く、ふ……んんぅっ……んっ……ふ……ん……」
舌も彼女の一部であるため、長さや形状も思いのままに変えることができるのだ。赤子が乳をねだるかのごとく吸い付いたかと思えば、蛇のように長く伸ばした舌を巻きつけて引き抜かんばかりに求めてくる。荒い呼気と粘液音を背景に、しばらくの間お互いの熱を求めあった。
やがて行為が終わり、近づけていた顔を離す。そこでようやく、彼女が目を閉じていることに気がついた。唇と舌の感触を味わうことに集中していたのだろう。
「……ぁ、んっ……、その、ごちそう、さま、でした……」
伏し目がちにそう言った彼女は、ちらと舌を覗かせて混ざり合った雫を舐めとるのだった。
§
上半身を起こして両手を自由にする。それに合わせるように、彼女も広げていた体を縮めて元の人型へと戻った。膝立ちになって見下ろすといつもと違う様子の彼女が視界に収まる。
「濡れてるね」
「……どこが、でしょうか」
そう聞かれるとどう答えるべきか悩んでしまう。言葉にする必要もない程に彼女の秘部は濡れているのだ。彼女自身も自覚しているはずだがあえて言葉にしないのは、やはり誇りがあるのだろうか。
「確かめて頂かないと、分かりませんよ?」
言葉尻に震えが混じる。表面では冷静さを取り繕っているものの、快楽の熱は徐々に彼女を蝕んでいるようだ。
――乱れた姿が見てみたい。
――内に秘めた欲望を曝け出した姿を暴いてみたい。
あくまで貞淑に振る舞おうとしている彼女がどのように乱れるのだろうか。自分の中で、彼女の身体を求める欲望だけでない、もう一つの欲望がむくむくと膨らんでいくのを感じていた。
「それじゃあ、遠慮なく」
確かめるという願望にそう返事を返したからか、彼女の顔がほころんだように見えた。
こちらの心中を探ろうとする必要もないと考えたのだろうか、そのまま表情を弛緩させて――
「あ、あの……旦那、様……?」
「どうしたの?」
触れられた場所が己の望む場所――蜜を漏らし一段と濡れている秘部――ではなく、お腹に相当する部位だったことに失望した声を出すのだった。
「どうしたのって……それは、その……」
「濡れてるお腹も綺麗だなって。触っちゃまずかった?」
「だめではないですけど、えっと……ひゃ」
指先を意識して、掴むように青い肌を撫でる。表面は程よい湿り気に覆われていて、指の動きが阻害されることはなかった。ぷるん、と弾力のある得も言われぬ感触もたまらない。
「く、くすぐったいです……」
「気持ちよくない?」
「いえ、そうではなくて……その、なんと言いますか……くぅんっ」
少し力をかけ過ぎたせいか、指先が彼女の身体の中に沈み込んでしまった。彼女の体内には、表面の冷たさとは異なる人の熱があった。例えるなら、人肌のぬるま湯に浸かっている感じだろうか。もっともお湯のそれとは違い、指が入り込んだことで生まれた隙間を埋めようとするために粘液が絡みついてくるのだが。
「変な感じ、です……」
「変って、どんな?」
「切ないとか、寂しいと言うのでしょうか……きゃ、んぅ……その、もどかしくって……んくぅっ!? だめっ、だめですっ……おなか、さわっちゃやです……や、だ、だめぇ……」
嬌声と共に振動が伝わってくる。彼女の口の端から、拭ったはずの雫が垂れ伝う。両手で顔を隠しながらいやいやと首を振る姿は、どこか子供のように見えて可愛らしかった。
「だめですって、ひ、ぁ……いってる、の、にぃ……ぁあ、や、ぁ……いって、る、の、にぃっ……ゃ、ぁ、あぁっ、ひゃあぁっ、は、あっ……」
だが、いつまでもこうしている訳にはいかない。若干名残惜しさを感じつつも埋まった指を抜き取る。そして彼女が息を整え終え、顔を覆っていた手を投げ出したことを確認してからもう一度問いかけた。
「やっぱり気持ちよくない?」
「……く、はぁ……はぁ、ふぅ…………それは、その、気持ち、よかった、ですけど」
返ってきた答えは若干棘が含まれていた。言葉の途切れた個所を見るに、明らかな不満が含まれている。彼女にしては珍しく口元を尖らせているのもまた、納得がいっていない証だろう。
「物足りないって顔だね」
「…………」
「そんな顔しないでよ、ちょっと悪戯してみたかっただけなんだって」
「……別に怒ってないです。ただ、旦那様はそれで満足なのですか?」
「満足すると思う?」
「答えになってないです」
完全にむくれてしまった彼女の鼻先に、取り出した一物を突きつける。衣服の中で窮屈そうにしていたそれは、解放された瞬間に雄の匂いを振りまいた。幹がひくひくと震え、先端からは我慢汁が玉となって光っている。
我慢をしていたのは彼女だけでないのだ。乱れる姿が見たいと望んで彼女を愛撫するに留めていたのだが、正直こちらも限界の様子である。自分の意思通りに動かないそれに呆れるべきが、それとも暴発することなく持ちこたえられたことを褒めるべきかは悩みどころだ。
「満足してない……みたい、ですね」
「うん」
いきなり証拠を見せつけられて、彼女も呆気にとられた様子だった。色に酔っていた表情がすっかり素面に戻っている。
「我慢できないのでしたら、いつでも挿入して構いませんのに……」
ぼそ、と告げられた言葉をあえて聞き流す。挿入して自分が快楽を貪ってしまう状態では彼女が乱れる姿を観察できないのだからそうしていたのだが、流石にそれを伝えることは憚られた。伝えること自体は簡単なことだが、言ったところで呆れられるか窘められるかが関の山だろう。
性行為を望みつつもただ誘うばかりで進んで求めようとしない彼女と、恥じらう姿を望みつつもそれを表だって言えない自分。
欲望を持ちながらその一歩が踏み出せない点において、やはり自分と彼女は似ているのかもしれない。
「……さ、来てくださいな、旦那様♡」
だからこそ、その一歩を踏み出してくれた彼女が愛おしくて。
もう一度、誘われるように体を沈めていった。
18/12/08 08:22更新 / ナナシ
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