白蛇義母さんのトリックオアトリート
10月31日。巷はすっかりハロウィンムードで賑わっていそうな今日この頃。しかしそれとは裏腹に僕の気持ちはほんのり憂鬱ムード。
何故なら僕は孤児だから。一緒に行事を祝う人なんて――
「ひーくん♡ とりっく♡ おあ♡ とりーと♡」
最後まで聞かずにドアを閉めた。
訂正。何故なら僕は孤児『だった』から。
そして僕の義母さん、白蛇の義母さんがとんでもない大馬鹿だったから。
§
「ひーくん、ひーくーん。ここを開けてくださいなー」
透き通るような声と共に、ドアをとんとん叩く音が聞こえてくる。もっとも、ドアの素材は頑丈なものを使っているので、籠った音にしかならないのだが。
「ひーくーん。お部屋に入れてくださいなー。お母さん、このままだと凍えちゃいますよー」
確かに暦は冬に差し掛かる頃で、外はすっかり寒くなっている。白蛇という種族の都合上、寒さは苦手なはずなので凍えてしまうのは問題だ。
でも僕は義母さんが今日はセーターを着ていることを知っている。僕と揃いの、義母さん手編みのふかふかセーターを。
「よよよ……ひーくんが冷たいです……」
お母さんそんな子に育てた覚えはありませんよ、とすすり泣く声。ずきりと胸が痛む。
けれど以前も同じようなことがあった。ごめんよ、とドアを開けた先には満面の笑顔の義母さんが。その後ハグされちゅーされ、んもう寂しかったんですねひーくんは甘えんぼさんなんだからー、と愛でられ続ける羽目に。哀れ年頃息子のプライドはズタズタだ。
「うぅ……大事にだいじに育ててきたひーくんから締め出されてしまったら……くすん、お母さん、寂しくてさみしくて死んでしまうのです……」
うさぎさんか。
「ひーくんはいい子ですから、お母さんを放っておいたりなんかしませんよね? ……一人ぼっちになんかさせないですよね?」
う。だめだ。声が本格的な鼻声になってる。これは嘘泣きじゃない……多分。それに嘘泣きだとしても、あまり放置しておくのは好ましくない。仮にこのまま一晩放置してしまえば、翌朝に待ってるのは枯渇したひーくん成分を補給しようと飛びかかってくる獣の姿だ。それは勘弁してほしい。
結局のところ、義母さんは義母さんで、僕は義母さんの子供なのだった。最初から勝てないと僕自身も身に染みているのがなんともはや。
ごめんよ義母さん、今開けるよ、と声をかけてからドアを開き――
「わーい♡ やぁーっとひーくんがドアを開けてくれました♡ お義母さん寂しすぎてうさぎさんに――嘘です冗談ですから開けてください開けてくださいよぅ……」
バニー姿が見えたので鼻先でドアを閉めてから施錠した。
§
「最近ひーくん冷たいです、お母さんに構ってくれないです」
あれやこれやとすったもんだした結果、自室に侵入されてしまった。傍に置かれたバニースーツは話し合いが無意味ではなかった成果の表れと信じたい。……念のために言っておくが義母さんはちゃんと服を着ている。着ててくれないと困る。
「ひーくん。あらぬところを見てないでお母さんの方向いてください」
お説教です、とぷんすこ頬を膨らませるその姿に親の威厳はない。というか、自分の子供の前でバニー姿になる人からお説教なんか受けたくないし、できればそっとしておきたい。
「ひーくんと母さんは血が繋がってなくても家族なんですから、スキンシップするのは全然悪いことじゃないんですから、そうやって意地張っちゃうのはめーですっ!」
ふんす、と鼻息一つ、両の拳を胸の前にしてガッツポーズ。言ってる内容は然程おかしいものではない。ないのだが、義母さんの場合、スキンシップの定義が一般的なものではないため非常に困る。
まず、自分の息子がいつまでも小さくてかわいい男の子と思っているだろうこと。反抗期真っただ中の息子に頬ずりアタックをするような感性の持ち主なのだ、例え僕が大人になろうと義母さんはいつまでも同じように甘えて甘やかしてくれるのだろう。例え義母さんが齢三けt――
「ひーくん♡」
ひゃい。すみませんでした。
「よろしい♡」
こほん。
とまあ二つ目がこれである。真紅の瞳に、切れ込みが入ったような瞳孔。獲物を狙う蛇の眼でありながら慈愛に満ちたその視線。そんな目で見つめられたら、隠し事なんてできやしない。つまり義母さんは僕が嫌がっているのを知った上で行為に及んでいる訳である。抵抗は無意味。
「ひーくんは意地っ張りでさみしがりやの甘えんぼさんですからね。お母さん心配なんです。そう、だから、お母さんからひーくんに構ってあげてるんですよ♡」
えへんと胸を張る様には一片の邪気もなし。息子が私に甘えられて幸せ、私も息子に甘えられて幸せ、それを疑いもせずに実行してくる辺り、たちが悪い。
本当に、たちが悪い。
「ふふん。伊達にお母さんやってる訳じゃないですよ♡ お母さんひーくんのことなら何でも知ってますもん。あのうさぎさんの格好だってひーくんのベッドの下のご本から一生懸命勉強したんですもの」
そして三つ目にして最大の問題。僕のコスプレ好きという性的嗜好を完全に握られていること。夏の日には毎朝水着で起こしに来るし、家事をするのにいいからねとメイド服やら裸エプロン(?)を持ち出すし、僕が病気で熱を出した時なんてナース服を着て看病してくれた。悪い夢でも見てたのだと思いたい。
「それでね、ひーくん……お母さんひーくんがお留守にしてる間にこっそり家探ししてたらね……こんなものを見つけちゃったの」
どこからともなくひらりと取り出したのは一枚の封筒。シンプルな白い用紙に赤いハートのシールが貼られている。分かりやすく言えばラブレターだ。
「あのね、お母さんね、ちょっとびっくりしちゃってね、ひーくんももう年頃の男の子だし他の女の子からもモテたりするんだろうかなって思ったらどうしようかなって気になってしかたなくてひーくんが貰ったラブレターなんだからお母さん勝手に開けちゃうのはまずいかなって思ったけど誰から貰ったのかなって気になっちゃって――」
僕の目の前でおろおろ慌てふためく義母さん。気になるからと勝手に持っていった癖に、自分が触れてしまっていいのか迷っているらしく、手紙を持ったり離したりと忙しい。傍から見ればお手玉をしているようにも見える。器用だ。
「――でもこれひーくんが誰かに宛てて書いた可能性もなくはないですよねお母さん学校までは流石についていけないですから毎日ひーくんに頬ずりしてハグしてお母さんの匂いを一杯マーキングしてこの子は私の子ですよーってしてるつもりですからひーくんに告白しようとする子がいないでほしい……ああもうもやもやします!」
うん。物理的にもやもやし始めた。義母さんは感情が高まると霧を出す癖がある。ヒートアップした頭を冷やす効果があるのだと教えてくれた。結露になりそうで嫌だけど、背に腹は代えられない。
「ひーくん! これはどういうことなのかお母さんに教えてほしいです!」
だめだった。このままでは、全自動湯沸かし器は空焚きになるまで働き続けるだろう。そうなったら結露どころではない。泣かれる。もの凄く泣かれる。よよよひーくんがどこかに行っちゃう置いてかないで連れてってと泣かれる。流した涙は雨となって大地を潤すどころか押し流す。明日の天気は雨のち涙、ところにより渦潮でございます。
仕方ないから手紙を開けて読むように伝える。見つけられてしまったから仕方ない。
「えっと、なになに――お義母さんへ……いつもありがとう……大好きです……」
たったそれだけの文なのに、義母さんの視線が手紙と僕との間をひっきりなしに行き来する。たっぷり数分時間をかけてようやく意図を察したらしく、呆然とした顔がくしゃくしゃに崩れた泣き顔へ。
「ひーくん……ぐすっ……」
そう。今日はハロウィン。トリックオアトリート。だけど僕は意地っ張りだから甘いお菓子なんかあげてやらない。だからこんな悪戯も許される……と思う。
「ひーくん……だめです……いつもお母さんがお説教してること、なぁんにも分かってくれてないです……よよよ……」
まただめだった。折角の悪戯が無碍にされ、やや憮然とした心持ちで義母さんの方を見る。さっきまで子供みたいにポロポロ泣いてたはずなのに、今はすっかり拗ねた表情に。つんと唇を尖らせて、どこか物足りなさげにしている。
「だめですよ、ひーくん。お母さんだって女の子なんですから、言いたいことがあるのならはっきり口にしてくれないと♡」
文字じゃなくて言葉にしてほしいです、ね? と微笑まれてしまった。
「………き」
「き?」
「…いす…」
「いす?」
ああもう。どうにでもなれ。
「……大好き」
ぱあ、と花が咲いた。立ち込めていた霧が霧散した次の瞬間、満面の笑みを浮かべ突撃してくる獣が一人。言葉を発する間もなく押し倒され、めちゃくちゃに頬ずりされた。
「嬉しい♡ お母さんもひーくんのこと、大好きですからね♡」
本当に、本当にたちが悪い。トリックオアトリートだなんて、僕が何をしても結局甘やかすんじゃないかと。それを分かっていながらも拒まない辺り、やっぱり僕はこの人の子供なんだろう。
「……ところでひーくん。ひーくんの大好きはどっちの『好き』ですか?」
え、どっちの?
「そう、どっちの♡」
…………。
「……ふぅん、やぁーっぱりひーくんは意地っ張りさんですね♡」
するする僕から身を離し、義母さんが向かうのは部屋のドア。かと言って部屋から出るでもなく、取り出したるは木の板らしきもの。かたんと音を立ててドアノブにつるし、それが何なのか僕にも見えるよう脇に避けた。
『ママとえっちしないと出られないお部屋』
「お返しですよ、ひーくん♡ なんたって今日はハロウィンですもの♡」
にじりにじりと寄ってくるのは獣改め蛇。紅い瞳に射すくめられたかのように体が動かない。床に置かれたバニースーツを拾い再び覆いかぶさるのは義母の身体。やめなさいさみしがりやのあまえんぼさんはそっちじゃないかと抗議する声も呑まれていく。
「とりっく♡ おあ♡ とりーと♡」
……ハッピーハロウィン。
何故なら僕は孤児だから。一緒に行事を祝う人なんて――
「ひーくん♡ とりっく♡ おあ♡ とりーと♡」
最後まで聞かずにドアを閉めた。
訂正。何故なら僕は孤児『だった』から。
そして僕の義母さん、白蛇の義母さんがとんでもない大馬鹿だったから。
§
「ひーくん、ひーくーん。ここを開けてくださいなー」
透き通るような声と共に、ドアをとんとん叩く音が聞こえてくる。もっとも、ドアの素材は頑丈なものを使っているので、籠った音にしかならないのだが。
「ひーくーん。お部屋に入れてくださいなー。お母さん、このままだと凍えちゃいますよー」
確かに暦は冬に差し掛かる頃で、外はすっかり寒くなっている。白蛇という種族の都合上、寒さは苦手なはずなので凍えてしまうのは問題だ。
でも僕は義母さんが今日はセーターを着ていることを知っている。僕と揃いの、義母さん手編みのふかふかセーターを。
「よよよ……ひーくんが冷たいです……」
お母さんそんな子に育てた覚えはありませんよ、とすすり泣く声。ずきりと胸が痛む。
けれど以前も同じようなことがあった。ごめんよ、とドアを開けた先には満面の笑顔の義母さんが。その後ハグされちゅーされ、んもう寂しかったんですねひーくんは甘えんぼさんなんだからー、と愛でられ続ける羽目に。哀れ年頃息子のプライドはズタズタだ。
「うぅ……大事にだいじに育ててきたひーくんから締め出されてしまったら……くすん、お母さん、寂しくてさみしくて死んでしまうのです……」
うさぎさんか。
「ひーくんはいい子ですから、お母さんを放っておいたりなんかしませんよね? ……一人ぼっちになんかさせないですよね?」
う。だめだ。声が本格的な鼻声になってる。これは嘘泣きじゃない……多分。それに嘘泣きだとしても、あまり放置しておくのは好ましくない。仮にこのまま一晩放置してしまえば、翌朝に待ってるのは枯渇したひーくん成分を補給しようと飛びかかってくる獣の姿だ。それは勘弁してほしい。
結局のところ、義母さんは義母さんで、僕は義母さんの子供なのだった。最初から勝てないと僕自身も身に染みているのがなんともはや。
ごめんよ義母さん、今開けるよ、と声をかけてからドアを開き――
「わーい♡ やぁーっとひーくんがドアを開けてくれました♡ お義母さん寂しすぎてうさぎさんに――嘘です冗談ですから開けてください開けてくださいよぅ……」
バニー姿が見えたので鼻先でドアを閉めてから施錠した。
§
「最近ひーくん冷たいです、お母さんに構ってくれないです」
あれやこれやとすったもんだした結果、自室に侵入されてしまった。傍に置かれたバニースーツは話し合いが無意味ではなかった成果の表れと信じたい。……念のために言っておくが義母さんはちゃんと服を着ている。着ててくれないと困る。
「ひーくん。あらぬところを見てないでお母さんの方向いてください」
お説教です、とぷんすこ頬を膨らませるその姿に親の威厳はない。というか、自分の子供の前でバニー姿になる人からお説教なんか受けたくないし、できればそっとしておきたい。
「ひーくんと母さんは血が繋がってなくても家族なんですから、スキンシップするのは全然悪いことじゃないんですから、そうやって意地張っちゃうのはめーですっ!」
ふんす、と鼻息一つ、両の拳を胸の前にしてガッツポーズ。言ってる内容は然程おかしいものではない。ないのだが、義母さんの場合、スキンシップの定義が一般的なものではないため非常に困る。
まず、自分の息子がいつまでも小さくてかわいい男の子と思っているだろうこと。反抗期真っただ中の息子に頬ずりアタックをするような感性の持ち主なのだ、例え僕が大人になろうと義母さんはいつまでも同じように甘えて甘やかしてくれるのだろう。例え義母さんが齢三けt――
「ひーくん♡」
ひゃい。すみませんでした。
「よろしい♡」
こほん。
とまあ二つ目がこれである。真紅の瞳に、切れ込みが入ったような瞳孔。獲物を狙う蛇の眼でありながら慈愛に満ちたその視線。そんな目で見つめられたら、隠し事なんてできやしない。つまり義母さんは僕が嫌がっているのを知った上で行為に及んでいる訳である。抵抗は無意味。
「ひーくんは意地っ張りでさみしがりやの甘えんぼさんですからね。お母さん心配なんです。そう、だから、お母さんからひーくんに構ってあげてるんですよ♡」
えへんと胸を張る様には一片の邪気もなし。息子が私に甘えられて幸せ、私も息子に甘えられて幸せ、それを疑いもせずに実行してくる辺り、たちが悪い。
本当に、たちが悪い。
「ふふん。伊達にお母さんやってる訳じゃないですよ♡ お母さんひーくんのことなら何でも知ってますもん。あのうさぎさんの格好だってひーくんのベッドの下のご本から一生懸命勉強したんですもの」
そして三つ目にして最大の問題。僕のコスプレ好きという性的嗜好を完全に握られていること。夏の日には毎朝水着で起こしに来るし、家事をするのにいいからねとメイド服やら裸エプロン(?)を持ち出すし、僕が病気で熱を出した時なんてナース服を着て看病してくれた。悪い夢でも見てたのだと思いたい。
「それでね、ひーくん……お母さんひーくんがお留守にしてる間にこっそり家探ししてたらね……こんなものを見つけちゃったの」
どこからともなくひらりと取り出したのは一枚の封筒。シンプルな白い用紙に赤いハートのシールが貼られている。分かりやすく言えばラブレターだ。
「あのね、お母さんね、ちょっとびっくりしちゃってね、ひーくんももう年頃の男の子だし他の女の子からもモテたりするんだろうかなって思ったらどうしようかなって気になってしかたなくてひーくんが貰ったラブレターなんだからお母さん勝手に開けちゃうのはまずいかなって思ったけど誰から貰ったのかなって気になっちゃって――」
僕の目の前でおろおろ慌てふためく義母さん。気になるからと勝手に持っていった癖に、自分が触れてしまっていいのか迷っているらしく、手紙を持ったり離したりと忙しい。傍から見ればお手玉をしているようにも見える。器用だ。
「――でもこれひーくんが誰かに宛てて書いた可能性もなくはないですよねお母さん学校までは流石についていけないですから毎日ひーくんに頬ずりしてハグしてお母さんの匂いを一杯マーキングしてこの子は私の子ですよーってしてるつもりですからひーくんに告白しようとする子がいないでほしい……ああもうもやもやします!」
うん。物理的にもやもやし始めた。義母さんは感情が高まると霧を出す癖がある。ヒートアップした頭を冷やす効果があるのだと教えてくれた。結露になりそうで嫌だけど、背に腹は代えられない。
「ひーくん! これはどういうことなのかお母さんに教えてほしいです!」
だめだった。このままでは、全自動湯沸かし器は空焚きになるまで働き続けるだろう。そうなったら結露どころではない。泣かれる。もの凄く泣かれる。よよよひーくんがどこかに行っちゃう置いてかないで連れてってと泣かれる。流した涙は雨となって大地を潤すどころか押し流す。明日の天気は雨のち涙、ところにより渦潮でございます。
仕方ないから手紙を開けて読むように伝える。見つけられてしまったから仕方ない。
「えっと、なになに――お義母さんへ……いつもありがとう……大好きです……」
たったそれだけの文なのに、義母さんの視線が手紙と僕との間をひっきりなしに行き来する。たっぷり数分時間をかけてようやく意図を察したらしく、呆然とした顔がくしゃくしゃに崩れた泣き顔へ。
「ひーくん……ぐすっ……」
そう。今日はハロウィン。トリックオアトリート。だけど僕は意地っ張りだから甘いお菓子なんかあげてやらない。だからこんな悪戯も許される……と思う。
「ひーくん……だめです……いつもお母さんがお説教してること、なぁんにも分かってくれてないです……よよよ……」
まただめだった。折角の悪戯が無碍にされ、やや憮然とした心持ちで義母さんの方を見る。さっきまで子供みたいにポロポロ泣いてたはずなのに、今はすっかり拗ねた表情に。つんと唇を尖らせて、どこか物足りなさげにしている。
「だめですよ、ひーくん。お母さんだって女の子なんですから、言いたいことがあるのならはっきり口にしてくれないと♡」
文字じゃなくて言葉にしてほしいです、ね? と微笑まれてしまった。
「………き」
「き?」
「…いす…」
「いす?」
ああもう。どうにでもなれ。
「……大好き」
ぱあ、と花が咲いた。立ち込めていた霧が霧散した次の瞬間、満面の笑みを浮かべ突撃してくる獣が一人。言葉を発する間もなく押し倒され、めちゃくちゃに頬ずりされた。
「嬉しい♡ お母さんもひーくんのこと、大好きですからね♡」
本当に、本当にたちが悪い。トリックオアトリートだなんて、僕が何をしても結局甘やかすんじゃないかと。それを分かっていながらも拒まない辺り、やっぱり僕はこの人の子供なんだろう。
「……ところでひーくん。ひーくんの大好きはどっちの『好き』ですか?」
え、どっちの?
「そう、どっちの♡」
…………。
「……ふぅん、やぁーっぱりひーくんは意地っ張りさんですね♡」
するする僕から身を離し、義母さんが向かうのは部屋のドア。かと言って部屋から出るでもなく、取り出したるは木の板らしきもの。かたんと音を立ててドアノブにつるし、それが何なのか僕にも見えるよう脇に避けた。
『ママとえっちしないと出られないお部屋』
「お返しですよ、ひーくん♡ なんたって今日はハロウィンですもの♡」
にじりにじりと寄ってくるのは獣改め蛇。紅い瞳に射すくめられたかのように体が動かない。床に置かれたバニースーツを拾い再び覆いかぶさるのは義母の身体。やめなさいさみしがりやのあまえんぼさんはそっちじゃないかと抗議する声も呑まれていく。
「とりっく♡ おあ♡ とりーと♡」
……ハッピーハロウィン。
20/11/01 17:18更新 / ナナシ