にわか雨にふられて
桐谷(きりや)という男は、自分の人生に退屈していた。
小学校から始まり中学、高校、大学。取り立てて成績が良くも悪くもなく、部活をやっても輪の中心に行けたことはない。いじめのあるような学校には一度もあたらなかったが、かと言って目立つ訳でもなく取り立てて心に残るような思い出もないまま全ての学校を卒業。恋人というものに恵まれたこともなく、友人とも学校を卒業すれば自然と疎遠な関係になっていく。敷かれたレールの上を歩いたままのような気分で何とか社会人として職に就き、誰に言われるまでもなく一人暮らしを始めて。
子供の頃夢見たヒーローとなる事も、女の子との甘酸っぱい恋模様もなかった、平凡なもの。
彼にとって、自分の人生とはそういうものなのだという認識だった。
退屈な日常を壊すものなどない、ドラマティックな出来事など起こらない。
そんな日常に不安を感じているのは確かだが、今更何かを変えようと動く気力はもう彼にはない。
偶に、予測しない出来事は起こることもあるが……しかしそれも、電車の外でにわか雨が急に降り出してしまったとか、その程度のものだ。
見慣れた定時上がりの暗い景色を映す窓には雨粒がどんどん張り付いて、電車の外でうるさい音を立て続けている。
変わらない日常に退屈を感じてはいても、にわか雨など自分にとっては濡れるだけで百害あって一利なしなのだ。
置き傘がなければ今頃濡れていたであろう事実に鬱陶しさを感じながら、桐谷は電車の窓から外を眺めてみた。
桐谷がいつも利用しているこの電車は道路よりもだいぶ高い所を走って居るため、窓からは辺りの景色を一望することができる。
景色からするとそろそろ自分の家の最寄り駅に着く時間だが、雲を見ても一向に止む気配はない。
幸いにも道路に水たまりが張っているわけではないようで、これなら走って帰れば濡れずには済みそうだ。
と、そこまで桐谷が考えを巡らせた時……視界の端に、奇妙な物を彼は捉えた。
そこは、人の影がない夜の公園。大きな木がある事以外、大した遊具もない目立たない公園であったのだが……その木の下に、女の影があったのだ。現代日本では珍しい、腰を帯で結んだ和服に身を包んだ姿。それだけならばまだ見逃してしまっていたかもしれないが、それ以上に女は奇妙な姿をしていた。
女は、傘もささずに全身がずぶ濡れになってしまった姿で佇んでいたのだ。
雨宿りしているだけなら、まだわからない事もない。しかし、外で降っている雨は確かにそれなりの水勢だが、短時間であそこまでずぶ濡れになるとは桐谷には思えなかった。
目を疑った桐谷はもう一度確認しようとするが、既に電車は公園よりも遥か遠く、いつも自分が降りる駅のホームへと差し掛かろうとしていた。
やがて電車のドアが開き、人の波に揉まれ桐谷は電車から外に出る。しかし桐谷の頭の中にはずっと、一瞬見ただけの女の姿が浮かび続けていた。
ひょっとしたら、自分は社会人としての生活で思っていた以上に疲労しているのかもしれない。それが原因で、雨で外が見えづらい窓ガラス越しというのもありずぶ濡れな姿に見間違えた……そう考えれば、あり得ない話ではない。
しかしその考えに、首を横に振る自分も胸中のどこかではいて。
もやもやとした気持ちを抱えたまま、足は家の逆方向……先程見えた公園の方へと、真っ直ぐに向かっていく。
もしいなければ見間違いだったということで諦めが付く話なのだ、と言い訳するかのように心の中で結論づけて。
桐谷は、未だ止まない雨の中傘を差して歩き出す。
程なくして彼は、公園の前に辿り着いて……大きな木の下で佇む、1人の女性を発見する。
雲で覆われて雨粒を降らし続ける空を仰ぐ、和服に身を包んだ女性。その全身からは、ぽたりぽたりと雨粒が滴り落ちていて……それは、間違いなく桐谷が電車から眺めた光景そのものであった。
しかしそれは、間近で見るだけで全く異なった印象を彼に与えてくる。
たおやかに流れる黒い髪、大和撫子と称賛したくなる程に整った顔立ち。湿った和服は肌に張り付き、公園の頼りない光源だけでも彼女の体の美しい線を浮かび上がらせる。
夜の闇の中にぼんやりと浮かび上がる虚空を見上げる彼女の姿は、どこにでもありそうな公園の中で幻想的なまでの美しさを誇っていた。
女と馴染みがない人生を送ってきたせいもあり、桐谷はゴクリと生唾を飲み込み……
「……綺麗だ」
そう、ぽつりと漏らしてしまった。発言するつもりがあったわけではなく、本当に無意識での事だった。
けれどその時、空を眺めていたはずの女と目が合う。女の方が、顔をこちらへと向けてきたのだ。
驚いた桐谷の顔を、女性はじっと見つめてくる。
穏やかな印象を与えてくる開ききっていない目蓋が、数回の瞬きをして……ことり、と彼女は不思議そうに首を傾げた。
「……っ!!」
それを見た桐谷の顔は、まだ茹で蛸の方がマシではないかと思えるぐらいに赤く染まった。さっきの一言を、聞かれていたのだ。生まれてこの方女性と仕事以外での関わりを持たない桐谷は、傘を持っていない手をあたふたとさせて混乱する。
「え、えと、あの……!!」
とりあえず何かを喋ろうとするのだが、口から出るのはそんな間の抜けた言葉だけ。
女性が口を開く前に、何かを言わなければならない。その意識だけが咄嗟に頭の中を支配してしまい、そのせいで逆に何も思いつかないという悪循環にとらわれてしまっていた。
雨に濡れてしまったのであろう女性に、何かを言わなければ……その時回らない頭に入ってきたのは、目の前にある全身が濡れた女性の姿であった。
「こ、これ!!よかったら、使ってください!!」
片手に握った傘を、桐谷は女へと向けて突き出す。そのせいで自分が濡れてしまっていても、お構いなしに。
最初こそ女性は戸惑うような素振りを見せたが、すぐにその手を桐谷の手に向かって伸ばして傘を受け取り……そっと、微笑んだのだ。
彼がその表情を目にしたのは、一瞬の事だった。
なぜなら、気恥ずかしさから顔もまともに見られないままに傘を渡すや否や桐谷は女性に背を向けてしまい。そのまま一目散に、家へと向かって駆け出してしまったのだから。
だから彼は、知る由もなかった。
「やっと……見つけましたわ、私(わたくし)の旦那様……♪」
桐谷より受け取った傘をその手に持った彼女が……にこやかに笑い、そのような事を口走っていた事などは。
家に帰る頃には、桐谷はあの女性の事を心配できる立場ではなくなっていた。にわか雨とはいえ水勢が強まってきた中を傘もささずに走ってきたのだ、今の彼は全身が彼女のようにずぶ濡れとなってしまっていた。
家に入って早々に靴と一緒に靴下を脱ぎ、なるべく床を濡らさないよう急いでタオルを置いてある場所まで歩いて全身を拭き取る。
桐谷は現在親元を離れ、一人暮らしの身であった。今日のように急いでいなかったところで彼は「ただいま」と言ったりはしないし、それに言葉を返す人もいない。ある程度身の回りの事をこなせる彼は、その生活に特に不便を感じた事もなかった……今日までは、だが。
(くそ、体がだるい……)
随分と体を冷やしてしまったからか、それとも慣れないのに長い距離を走ってきたからか。布団すら出さぬままに、居間に入るなり桐谷は早々に突っ伏してしまった。枕も出さず硬い床で寝るなど不健康極まりないが、布団を出す気力さえ今の桐谷にはなかった。
こんな時に、自分の身の回りの世話をやいてくれる人間がいれば……などと、普段であれば考えないような思考さえ頭の中に次々と浮かんでくる。
それが女性、自分の妻であったならばなおのこといい。器量が良くて献身的で穏やかに自分を支えてくれる女性で、見た目は……そう、ちょうど公園にいたあの人のような……
気がつけば桐谷の頭の中は、彼女が去り際に見せた笑顔で埋め尽くされていた。それは女性との会話がこれまでの人生でなかったからか、それとも彼女が桐谷の無意識に抱いていた理想に近かったからか。
桐谷は無意識に、自らの下半身へと手を伸ばす。まだ少し濡れている体にまとわりついたズボンの下では、これまでになく硬く張り詰めたテントができあがっていた。
自分がどれだけ男としての情欲を溜め込んでいたのか、自覚せざるを得なかった。それに、あの女性の顔を思い出した際に自分が抱いた情欲についても。
それに気付いてつい、1人で苦笑いしてしまう。
本来ならばこのまま、滾る肉欲を発散させようと右腕を動かしていたところだったが……睡魔に負けた腕は、そこでことりと力なく床に落ちる。
脳裏に女の笑顔が焼き付いたまま、桐谷の意識は暗闇の中に落ちていくのだった。
遠のいていった意識が次に浮上したとき、桐谷は違和感を覚えた。
硬い床の上で眠ってしまったはずなのに、どうも自分は暖かい感触に包まれているようなのだ。
それだけではない。
体は温かいのに額だけは逆で、何かの冷たい感触がひんやりと覆っている。
寝ぼけて何か妙な行動を起こしてしまったのだろうか、しかしそれにしてはあまりにも心地が良すぎる……起きたばかりで回らない頭もそこそこに、彼はゆっくりと目蓋を開ける。
「……?」
その視界に映り込んだのは天井でも、彼の小さな部屋でもなかった。
女の顔だ、それも黒い髪が印象的な整った顔立ちの……
「……っ!?」
驚きの余り、一瞬で眠気が吹き飛んだ彼は目を大きく見開いた。
目の前にあった顔は間違いなく、昨晩に見かけたあの女性のものだったのだから。
「まぁ、起きられたのですね。ですが、どうか安静になさってくださいませ。どうやらまだ、貴方様の体調は……」
蕩けそうな程優しい声音が、桐谷の頭を揺らす。
一人暮らしである筈の自分の部屋で何が起きているのか理解できず、慌てて布団からがばりと起き上がる桐谷。そこで、額の冷たい感触は離れて、代わりにポトリと額から白い何かが布団へと落ちる。よくよく確認してみればそれは、この家にあるタオルであった。
何故濡れたタオルが額に、と疑問に思う桐谷だったが……その時、起き上がらせたばかりの体がぐらぐらと揺れるような感覚に襲われる。
「ぅ……ぁ……?」
それを自覚した途端桐谷の体からはあっという間に力が抜けて、その背中は後ろに倒れ込もうとしていた。
「……っ!!いけません!!」
次の瞬間にその背中は、柔らかいもので包み込まれていた。人の肌よりもはるかに柔らかく、まるで液体が少しだけ固まったかのような感触。しかしそれは倒れゆく桐谷の衝撃を吸収し、傷一つ負わせる事なくその体を再び安静に寝かしつけた。
「やはり貴方様はまだ、眠っていた方が良さそうですね……夜にこちらへやって来たときには、酷い熱だったのですよ?それなのに、布団も敷かずに寝てしまうなんて……いきなりやってきてこのような事は失礼だとは承知しておりましたが、いてもたってもいられず……」
その声は言葉とは裏腹に叱りつけるような声音ではなく、包み込むような優しさを感じさせるだけ。
背中を受け止めてくれたのも彼女だろう、暖かい声の主は桐谷を優しく寝かしつけると、布団の傍にそっと寄り彼を見下ろす。そこで桐谷は、ようやく彼女の顔を落ち着いて目にすることができた。
優しく微笑むその顔は、やはり昨日公園で見かけた女性そのものだった。
夜の空を吸い込んだかのように濃く膝まで伸びる黒い髪。見ているとどこか安らぎを覚える暖かい表情によく似合っている、帯を巻き付けた薄い色の着物。
しかし桐谷は、じっくりと彼女の姿を見てもなお驚きの感情が消えることはなかった。1人暮らしの自分の部屋に、昨夜会ったばかりの人間が突然現れたから……では、ない。
「あ、あの……旦那様……?」
その女性が、あれから一夜あけた今もなお全身を濡らしている事に驚きを隠せないのだ。
普通ならば、自分の体を濡らしたまま放置する人間などいるわけもない。だというのに目の前にいる彼女は、室内にいてもなお体からぽたぽたと水が流れては落ちていくのだ。
奇妙なところはそれに留まらず、彼女の全身はゆらゆらと輪郭が絶え間なく震えている。それはまるで、水を集めて人の形にしたらこのような震え方をするのではないか……という程に。
彼女を水のようだと頭の中で形容したせいか、桐谷には彼女の肌までもが青く染まっているように見えてしまっていた。
体が水でできている、人間。そんな風に見える彼女が心配そうに、こちらを見下ろし覗きこんでいるのだ。
「いかがなさいましたか?どこかお身体の調子が悪くなってしまったのですか?でしたら……」
その言葉に続いて、何やらひんやりとしたものが桐谷の額にくっついた。
それに加えて、優しげなその顔が目の前に一気に近づいてくる。
「熱は……あら?先程より、少し高くなっているようですね……」
熱が高くなっている理由が理解できないのか、目の前にいる彼女は小首を傾げてみせる。
当の桐谷と言えば、顔が真っ赤になってしまっていた。こんなに間近で女性の顔を見たことなど、彼の人生で一度たりともないからだ。
目覚めたら自分の事を心配してくれる女性がいて、自らの事をここまで親身に看病してくれている。しかも、その女性は水のような体をしている。風邪を引いてしまっていたこともあってか、桐谷の頭はこの事実を受け止めきれずに混乱する。
こんな都合の良い事が俺のつまらない人生で起こるわけがない、じゃあ何でこんな事に……それに、何でこの人はずぶ濡れのままなんだ……
混乱する頭は、やがて彼の常識の範囲内において最もあり得る解答に辿り着く。
そうか……これは、夢なんだな。
だとすると全て、合点がいくのだ。女性がずぶ濡れのままの事も、これだけ自分に都合よく献身的な世話を焼いてくれる事も。
これが夢なんだと認識した瞬間、彼は自身の熱さえ忘れて大胆な行動に出た。
「あ、あの……?きゃっ!?」
心配そうに自分を見下ろす彼女の肩を抱えると、桐谷は上半身を起こしてそのままの勢いで彼女の事を押し倒す。そこに、彼女に対する気遣いなどは一切ない。あるのはただ……彼の中に蓄えられていた、獣のような本能だけ。
女日照りだった人生の中で寝る前に性欲を抱いたばかりの女の夢を見たのだ、堪えられる程桐谷は聖人ではない。
びちゃりと水が零れた際の音がして、彼女は床に押さえつけられる。あまり気にしていなかったがその着物の露出は意外と多く、間近ならば谷間の描くラインがくっきりと服を通さずとも浮かび上がって見える程だ。
「あ、あの……?……あぁっ!!」
戸惑いを隠さない女の顔を見ても、これを夢だと思っている彼は意にも介さず……着物の隙間より見える胸部を、思い切り鷲掴みにした。
手の中で彼の動きに合わせて形を変えるのは、女性の胸の形をした青い何か。彼がそう感じたのは、それが人肌に比べて明らかに冷たかったからだ。熱が回った体には、ひんやりとした感触がなんとも心地が良い。しかしそれはただ冷たいだけでなく人間の胸にも負けず劣らずの弾力を持って彼の手を時に弾き返し、時に受け入れる。
「ひ、ひゃうん……だ、旦那様ぁ……いきなり、激しすぎますぅ……♪」
その女の表情は、桐谷にこれは夢だという思いをより一層強めさせた。
女を知らない桐谷は、ここが夢なのを良いことに自らの欲望を満たす為だけに手を動かしているだけなのだ。当然その手は力任せに動かしているだけで、女を悦ばせるどころか痛めつけたとしてもおかしくないという自覚はあった。
それなのに、目の前の女は嫌がるどころかむしろ恍惚とし……期待に満ちたまなじりは、もっと手を動かしてと言外にせがんでくるのだ。
触ったことはなくとも明らかに人間のものではないとわかる、手の中にある水の如き胸の感触も一因ではあっただろう。
ここは間違いなく夢なのだ、そう確信した桐谷の行動は更にエスカレートしていく。
既にテントを張っている自分のズボン、そのベルトに手をかけると一息でその下のパンツを含めて全て脱いでしまったのだ。
「はわぁ……♪これが、旦那様のもの……♪」
女から漏れるのは、期待にはずむ声。目を輝かせながら桐谷自身を見つめる彼女の姿は、どこまでも無防備で。
桐谷はその眼前に、そそり立つ愚息を見せつけるような体勢になると……ぐっと屈んで、そのまま肉棒を胸へと目がけて押しつけた。
「あぁっ……♪」
よがる彼女の豊満な胸は、柔軟に彼の物を受け入れる。
桐谷が腰を沈み込ませると、ぐちゅりと音を立ててそれに合わせて竿は彼女の青色な胸の中に挿入されて行くのだ。
竿の沈み込んでいく感覚も、人間の肌とはとても思えないものだった。ひやりと冷水のようにそこは冷たく、男根だけが熱を奪われたかのような錯覚に陥る。しかしその感触はただ受け入れるだけではなく僅かに異物を弾く柔らかさも合わせ持ったもので、押し入れる度に壁は擦れて張り詰めた陰茎を亀頭から裏筋まで余すことなく刺激してくる。そこに痛みはなく、女性器であるかのように快楽のみを桐谷に与えるのだ。
むにゅり、ぐにゅり……
桐谷が異物をねじ込もうとすればするほど、対応するようにそこは形を柔軟に変えてはそれを受け入れていった。
「は、ぁぁぁっ……♪」
それを繰り返している内に、ついには桐谷の肉の棒は根本まで沈み込んでしまった。
陰嚢まで余すことなく包み込む優しい冷たさと、桐谷に合わせて小刻みに震える刺激。何よりも、女性の胸の部分にすっぽりと自らの怒張が入っている情景そのものが、桐谷の興奮を助長する材料となっていた。
まるでその体が水のように見えたから試しにと思ってやってみたことであるが、どうやら本当にその体は水でできているらしい。
妙な夢だと思いながらも、桐谷はその愚息をすぐに引っこ抜いてしまう。
「はわ、ぁっ……?」
不思議そうな、どこか物足りなさそうなそんな声をあげる女性。
ここで止めるとは思ってもいなかったのだろう。しかし桐谷も実際に、ここで止めようとしていた訳ではない。
「あっ……♪」
ずん、今度は右の肩に目がけて肉棒は差し込まれていく。どうせ夢の中ならば、現実にはあり得ない事をとことんしてしまおうと決めたのだ。
服越しであるにも関わらず、その肩は胸と変わらない水のごとく柔らかな感触を持って愚息を受け入れた。
「へっ……あっ、なんで……そんなっ、とこっ……♪」
女の肩の中に愚息が侵入する、あり得ない光景。人智を越えた行動に桐谷は最初こそ驚くも、夢の中ならではの現象であると更に大胆な行動を取る。
肩口に挿入させたまま、その肉棒をかき回すように動かし始めたのだ。
「あ、やぁぁっ……♪肩、がっ……私の肩が、ぁっ……♪」
にゅぷり、にゅぷり。
卑猥な音を響かせて、その肩まわりは桐谷の動きに合わせて隆起する。彼が押せばそのまま平らに広がりながら凹み、彼が抜こうとすれば抵抗するように盛り上がって。水の壁から来る快感も、自ら淫棒を擦り付ける事によって一層のものとなって。
肩口を揺らす度に喘ぐ彼女は、肩を通じて自分に犯されているようで……自分の手で女がよがっている事実に、桐谷の興奮はなおも高まっていく。
ちゅぷっ……
「は、ああっ……♪あっ……え……?」
しかし桐谷は、またしてもそこから肉棒を素早く抜いてしまう。肩口をさっきまで貫通していたものが消えた事に気付き、その女性はどこか物足りなさそうな声を漏らす。彼はその声に、返事よりも先に体を動かす事で答えた。
行為を終わらせようと思った訳ではない。どうせなら……その体の全て、味わってしまおうと思っただけなのだと。
「……っ!!んぁ、あぁぁっ……♪」
引き抜いたばかりのそれを、今度は細い腕へとねじ込んだ。
腕をそれで床に縫い止めんばかりに愚息を押しつけると、水色の腕は肩同様に沈み込ませる事で桐谷を受け入れる。
けれど興奮しきった桐谷の行動は、その程度では収まらなかった。
腕を存分に堪能した後に引き抜けば、またしても違う場所へと彼は侵入していく。
滑らかなラインを描く、二つの太もも。
はだけた着物の隙間より少しだけ見える、お腹。
腕と体により挟まれ、谷間のごとく映る脇の下……
その体のあらゆる箇所に挿入を試みた桐谷は、その度に柔らかな快楽に翻弄される。相手の事を顧みず独りよがりのそれは、性具を使うのと何も変わらない動き。
「ぁっ……や、やぁっ……はげ、しいですっ……んぁぁっ♪」
それでも女は絶えず喘ぎ、悦び……それはまるで、桐谷の事を体全体で愛してくれるかのようで。
その表情に合わせるかのごとく、体と思しき液体の桐谷への受け入れ方も非常に暖かく柔らかいものだった。肉の棒近づけた時は弾み押し返してくるのに、いざ体に桐谷が入れば途端にそれは侵入を容易く許す。押せばあっさりと沈み、引けばつるりと離れ……その道中で、桐谷自身の動きで震える水の塊は断続的な快楽を彼に返す。
小刻みに揺れる、冷たい液体の感触。水よりも弾力を持ち、しかし固まることはなく桐谷自身の侵入も容易く受け入れるそれ。それは人肌ではけして味わえない感覚で、しかしそれ故にその温度と刺激は絶え間ない快楽となって。
しかもそれは、本来人体が侵入するなどありえない箇所ばかりなのだ。文字通りその体を味わっているという事実が、視覚から絶えず送られてくる情報が、更に桐谷の行動を苛烈にさせる。
このまま自分は、永久にでもこの体を弄び続けられるんじゃないだろうか……しかし、そんな思いもぶるりとした予感にかき消される。
それは腕と体の両方に沈み込む事ができる、脇を犯している時の事。桐谷の陰嚢の中で、男の欲望を吐き出す準備が始まったのだ。
頭の中で僅かに残った理性が、このまま出してはまずいと訴えかけてきた。それに従い、彼は慌てて腰を引こうとするも……きゅっ、と挿入していた脇が締まってそれは阻止される。
腕と体の両側から与えられる、冷たくも柔らかい感触。そこが、桐谷の限界点だった。
「ぐっ……!!」
びゅるり、と熱いものが連続して噴き出る感覚。
女性の脇の中で、桐谷は精を吐き出してしまっていた。桐谷自身だけではなく、白い欲望の塊さえその体は吸収していき……水色の全身の中で、それを受け止めた脇の辺りだけが白く染まっていく。
「あ、あぁぁ……♪美味しい、美味しいです……♪」
桐谷の脱力感と引き替えに、その女性は恍惚とした笑みを浮かべていた。
顔だけでなく声までどこかとろけたような調子で、彼女は桐谷の精を受け止め続ける。
どくり、どくりと欲望が吐き出されていく。それにつれて、桐谷の頭の中も少しずつ霧が晴れていくように冴えを取り戻していき……
(……あれ?)
そこでようやく、彼はこれが夢ではない可能性に気づいた。
やたら明白な意識、感触。体を包み込む水のような不思議な温度、突く度に耳の中に響く蕩けるような甘い声。射精の圧倒的な快楽と、それに伴う疲労感……これら全てを夢だと片付けるには、それらは余りに明瞭とし過ぎていて。
もしかしたら、熱に浮かされるあまり自分はとんでもない事をしてしまったのでは……肉欲に支配された思考から一転、理性を取り戻した途端に弱気な思考が鎌首をもたげ始める。
慌てて桐谷は女性から、ひいてはこの狭い部屋からさえも逃げだそうとして腰を引いた。
「あはっ……♪旦那様ぁ……♪」
逃げる事など、叶いはしなかったが。
桐谷の視界に水色の何かが大きく広がったかと思えば、そのまま彼はそれに押し倒されてしまったのだから。
「こんなに求められてしまえば、私……否が応にも、高ぶってしまうじゃないですかぁ……♪」
そんな声に続いて、目の前にはあの蕩けた表情をした女性。しかし、首に繋がるその体が人の形をしているのは肩口まで。
そこから下、服から伸びる手と足は文字通り溶けてしまったかのように体の形がぐにゃりと崩れ、水色のそれは桐谷の体を背中から腰まで包み込んでしまっていた。肉棒のみを覆っていたひんやりとした感覚が、今度は桐谷の背中を、腕を、その半身を覆い尽くす。
得体の知れない物体に包まれる恐怖から、彼は逃げようと腕に力を込めて引きちぎろうとする。けれど、それは押しても弾む柔らかい感触に為す術もなく弾かれてしまう。むしろその粘液を固めたような、屋台のスライムにも似た粘ついた感触に、微かに心地よさを覚えてしまう程だった。
「ぁん……♪そんなに焦らずとも、ぉっ……すぐに、準備いたしますからぁ……♪」
ぐずぐずに形を失くした手足の一部が伸びて、着崩れさせられながらも最後の一線だけは守っている服の帯に手をかける。
ちゅるんと音がして帯が外されると、服はその場で体に沈み込むかのごとく消えてなくなり……水色の裸体が、桐谷の目の前に晒された。
色こそ人のものとは違えど艶やかに、なだらかに曲線を描く体のライン。桐谷はゴクリと唾を飲み、そこから目が離せなくなる。少し前に逃げようとしたばかりだというのに、今では目の前にある女性の姿に夢中になっていた。
慎ましくも大きく育った胸の先端に、尖りきった乳頭。
そこからくびれのある腹へと視線を移し、更に下げればそこにはぽたぽたと液体を漏らす下半身……
「は、ぁっ……♪待ち遠しくて、どうしても……漏れて、しまいますね……♪」
愛液のように流れるそれを、桐谷に見せつけるようにして女性はその場所を近づける。
体を見ている内に再び硬くそそり立ってしまった、桐谷の男の象徴へと。
「あぁ、これで私も……ご主人様と、一つに……♪」
くちゅり、お互いの先端が触れあう。
女性は心底嬉しそうに声をあげ……躊躇う事無く、その腰を一気に落とした。
「はっ……ぁぁぁぁぁっっっっ……♪」
「…………っ!!」
瞬間、桐谷の背筋を寒気と電撃が同時に貫いた。
女性の体のどこに挿入しても、同じだったはずの快楽。愛液のような粘液を垂らし続けていたそこも、同じ水色をしていたのに……どの場所でも感じられなかったすさまじい快楽が、桐谷に襲いかかってきたのだ。
冷たくもどこか暖かみを感じる温度、人肌よりも液体に近い独特の感触はそのままに、粘ついたものが桐谷の侵入をこれ以上なく円滑なものにするのだ。その上締め付けるような感覚は更に細かく、それでいて的確に彼を気持ちよくさせようと蠢いてくる。それは例えるならば、何百もの小さな舌が同時に肉の棒を責め立てているように。
女性にとって、ここ以外の場所への行為など軽い前戯でしかなかったのだろう。それだけでも、経験のない桐谷にとっては絶頂するにふさわしいものであったのに。
「まだ、動きますよぉ……♪ほら、ほらぁ……♪」
「な、ぁっ……っっ!!」
肉棒を挿入するだけに留まらず、奥を突く直前に女性はその腰をずるずると引き始めたのだ。
冷たい心地よさに、擦れるような感触が加わる。同じ箇所だけを責めていた感覚も動きだして、縦横無尽に桐谷のあらゆる箇所を責め立てる。自分の弱点を知って行う自慰でさえ、ここまで同時に、かつ的確には弱点を責めることはできないだろう。
腰を引こうとしても、背中には先程自分を絶頂に追いやった感触。
冷えながらも柔らかいそれに背中を撫でられる度に、ぞわぞわとくすぐったさと気持ちよさをない交ぜにした感覚が背筋を登ってくるのだ。
二カ所から同時に訪れる、人外のものとしか思えない快楽。それは再び、桐谷の頭から男としての欲望以外の思考の一切を消し去った。この女が何であれどうでもいい、今はこの収まることのない欲望を思う存分ぶちまけてしまいたい。
まだ桐谷には経験がないからか、二度目だというのに『そこ』は早くも彼の願いを叶えようと行動を開始していた。
欲望は白い姿で液体となって製造され、尿道を駆け上る。
彼の分身はあえぐ彼女の姿と、その体がもたらす快楽に脈動をより強めていく。
「ぁっ、旦那様っ、旦那様ぁっ……♪もう、限界なのですね……♪みさめに、美雨の中に……たっぷり出して、くださいませぇ……♪」
自分の限界を感じながらも桐谷は、その甘い言葉に背中を押されるように自ら動き出した。
最後だと言わんばかりに女性目がけて腰を強く、強く押し上げて……!!
「ぁっ……ぐぅっ……!!」
「ゃっ……ぁっ、ぁぁぁぁっ……♪」
つい桐谷のものは決壊して、その中に溜まっていた白濁が女性の中に勢いよく発射された。
既に出し切った後だというのに、それは噴水のように女性の中へと放たれ続けて。半透明な女性の体を、中から白く染めあげていく。
「熱いの……体に、登って、ぇ……♪私、旦那様のっ……旦那様の、色にっ……♪」
桐谷と結合したまま女性は体を震わせて、恍惚とした喘ぎ声を漏らす。
その体には、桐谷の精がまたしてもふわふわと浮かび上がってきていた。
半透明で、液体のような感触を持つその姿。
桐谷が情けなくも早く達してしまったにも関わらず、咎めるどころかむしろ悦びの表情さえ浮かべる女性。
この光景は果たして、夢なのか現実なのか。
「旦那様……美雨はまだ、まだ足りません……♪……あの、旦那様……?」
しかし桐谷のその問いに脳が答えるよりも、脳が意識を落とす方が先だった。
少なくとも自分が風邪を引いていた、という彼女の言葉だけは嘘ではなかったのだろう。
体力を消耗しすぎた反動か、急激に体からが抜けていく。初めての行為は頭にも負荷をかけすぎていたのか、意識も共に落ちていく感触がした。
「だ、旦那様!?しっかりしてください、旦那様!!」
その声は夢の中のものなのかそれとも現実なのか、区別する事ができず。
ただ、自らをどこまでも想うその声を聞いて、桐谷は意識を失う直前に一つだけ確かな事を思った。
叶うならばこれが……夢であって欲しくはないと。
「〜〜♪〜〜♪」
軽やかな鼻歌と、味噌汁の匂い。次に意識を覚ました時に桐谷が真っ先に感じたのは、その二つだった。
ぼんやりと目を開けると、あまり使わないガスコンロの前で誰かが鍋をかき回しているところが見える。
エプロンに身を包み、黒く長い髪からは水が滴り続けるその姿……
「まぁ、旦那様!!よかった、その様子だと元気になられたようですね!!」
「あ、あぁ……」
そこには、夢の中の人物だと思っていた女性が間違いなく立っていた。
桐谷が身を起こすと、彼女は嬉しそうにおたまを持ちながらこちらの方へと向かってくる。
余程ぐっすり――おそらくは丸一日程度――眠っていたらしく、自分の体は昨晩感じていたけだるさが嘘のようにスッキリとしていた。
どこかふわふわとしていた意識も今でははっきりと冴え渡っていて……だからこそ、今なら自身を持って談じられる。
夢ではなかったのだ、この女性が自分の元にやってきていたことは。
「あぁ、良かった……申し訳ございません旦那様、私がつい風邪をひかれていたことも忘れ自分を抑えられなくなってしまったばっかりに……」
桐谷の返事を受けて、彼女はホッと胸をなで下ろす。
この一挙一動も、彼女の存在も、何もかも全て現実のものなのだ。
自分の身を心配してくれる言葉に、桐谷は胸がじんわりと温かくなっていくのを感じていた。
「あ、あのさ……えっと……」
けれども、だからこそ余計に何故会ったばかりの彼女がここまで自分によくしてくれるのかが疑問になった。そこには、何故全身が濡れているままなのかという疑問も少なからず混じってはいたのだが。
質問の為に口を開こうとして、桐谷は自分が彼女の名前さえ知らない事に気がついた。
その様子を見て何かを察したのか、胸に手を当てて彼女は名乗る。
「申し遅れました。私の名前は美雨(みさめ)……ぬれおなごの美雨と申しますわ」
「ぬ、ぬれ、おな……?えぇ?」
自己紹介のはずが余計に訳の分からない言葉が聞こえてきて、桐谷は頭上に何個もの疑問符を浮かべる。
「知らなくとも、無理はございません。私達は、魔物……この世の影に、潜む者なのですから」
最も人に危害を加えるつもりはありませんけどね、と付け加えながら、美雨は自分の正体について話し始めた。
彼女が言うところによれば、この人間社会には彼女のような『魔物娘』と呼ばれる種族がひっそりと正体を隠しながら人間の傍で共に暮らしているというのだ。
娘、と名に付くだけあって彼女達は皆女性の姿をしており、その大半が男と交わり男の精……すなわち、精液をエネルギーとしていただくのだという。
「勿論、ただエネルギーを欲しいが為だけに殿方を襲うのではありません。魔物娘の大半にとっては、夫婦となる殿方を欲しがるが故の行動なのです」
魔物娘は人間と違い、一度伴侶としてみなした男に対しては生涯離れる事無く愛を注ぐらしい。
そしてその伴侶の見つけ方にしても種族により様々なものがあり……ぬれおなごという、スライム属の彼女達は中でもかなり特殊な部類に入るのそうだ。
「私達は濡れた姿でも目立たないように、雨の日を狙って殿方を待つのですよ。その姿に気付いた人が、私達に声をかけてくれる事を願って……そして、貴方はやってきました。私に傘をさしてくださって、その……綺麗だと、言ってくださいました……」
どこか尻すぼみな言葉に、不思議がりながら桐谷は美雨の顔に目を向けると。
……水色の頬には、ほのかに赤みがさしていて。
「旦那様……いいえ、桐谷様。どうか……私を、貰っていただけませんか……?」
恥じらいながらも、美雨は確かに桐谷の目を見据えて言う。その真摯な表情に、彼は自分の心が高鳴るのを感じていた。
乾く事を知らない、透き通りつつも黒い髪。着物の隙間から見える、水色の体。
いつの間にか彼女から目が離せなくなっているのを、桐谷は自覚する。それは熱に浮かされながらも自らの意思でその身を抱いたからか、それとも会いたいと思っていた女性から求婚を受けているからなのか。
一つだけわかる事は、桐谷も気がつけば美雨という女性の事をたまらなく愛しく思っていると言うことだ。
少なくとも、その誘いを断ろうとは夢にも思わない程度には。
……自分は一生、平凡で退屈な人生を過ごすと思っていた。
しかし、そんな自分の前に現れた女は人外の者で……彼女と会わせてくれたのは、あれだけ鬱陶しいと思っていたにわか雨で。
彼女と一緒ならば、今まで嫌っていたものでも好きになれる気がする。
そんな予感を感じながら……桐谷は、返事を待ち続ける美雨へと向き直るのだった。
「美雨さん……俺は、貴方と……」
……それからしばらくの月日が経った、ある雨の夜。
雨の中を傘もささずに歩く、一組の男女の姿があった。既に二人ともずぶ濡れで服が体に張り付いている程であるというのに、彼ら二人は急ぐ事も無くゆっくりとどこへともなく歩を進めていた。
「あの日も、こんな風ににわか雨でしたね……今でも雨は、お嫌いですか?」
「うーん、そうだね……」
全身から水を滴らせながら、女はお淑やかに笑って質問をした。
その表情から察するに、女は既に答えを知った上で問いかけているのだろう。
男は暗い空を見上げながら、女に笑い返してこう言うのだった。
「今は……そんなに嫌いじゃない、かな」
14/11/26 22:30更新 / たんがん