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第六話 魔女と鼠の鬼ごっこ

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……どうしよう。
『あれ』がない事に気がついたのは、ルベルの作った朝食に舌鼓を打っている時の事だった。
そうだ、いつもサバトの自分の部屋に置いていたのをすっかり忘れていた。

使うのは、数日に一回程度でもいい。
けれど、あれがなかったら私は、いずれ……

でも……今から、サバトに帰るの?
今日からギルドに行きたいと言い出したのは、他でもない私なのに。

冒険者として、ルベルと一緒に過ごす。
そんな楽しい日々が、これから始まろうとしているというのに……?

……大、丈夫。
今まで、大事に至ったことはない。
注意していれば、無理に使う用事もない。

だから……もう少しだけ、ここに……


〜〜〜〜〜〜〜〜


「と、ゆうわけで……本日、監査官をやらせていただきます人間代表、マーチカ=エリューでーす!!マチちゃんでもチカちゃんでもマカちゃんでも、好きに呼んでね!!」

びしっ、という音が聞こえそうなぐらいに元気な敬礼のポーズで挨拶をするチカちゃん。
初めて俺に会った時と、全く変わらない挨拶だ。
純粋な人間の女の子で冒険者という珍しさに、誰にでも愛想の良い明るい性格。
それこそ、手にしている細身の剣さえなければ冒険者なのか疑わしいぐらい。
それが相まって、チカちゃんはグランデムのギルドではちょっとした人気のある子だ。

そんな子と俺が今日挑む事になったのはこのガキ、エリーの監査官。
直接手は出さずに依頼を解決するまで適度にアドバイスしつつ監視して、その経過に何か問題があったらギルドに報告する……と言えば聞こえはいいが、要するにお守りのようなものだ。
最初は驚いていたチカちゃんだが、ブラウのオッサンから説明(エリーが通り魔云々の下りはありがてぇ事に省いてもらった上で)を聞いたら快く承諾してくれた。
勿論、給料はちゃんと出るからってのもあるだろうが、それでもチカちゃんが来てくれたことはありがたい。

「エリーはエリーネラ=レンカートだよ!!よろしくね、マーチカ!!」
「おおっと私の言葉ガン無視だ!?まぁいいや、レンカートか……レンちゃんって呼んでいい?」
「うん!!全然いいよー!!」

そんな子だからか、チカちゃんはエリーとも仲良くなるのにそう時間はかからなかった。
ってかどことなく調子が似てるような気がするんだよな、あの二人。
そんな風にして二人の様子を一歩引いた所から眺めていると、チカちゃんの方が俺によってくる。

「それにしてもリッ君、いつの間にあんな可愛い女の子をお嫁さんにしたの?やるねー、このこの」
「だからちっげーってーの……」

ふざけて肘をついてくるチカちゃんに対して、俺は力の抜けた返事をすることしかできなかった。
本気で言っているわけでは、ないのだろう。
とはいえこの様子じゃ、ムキになって否定したところで余計にからかわれるのが目に見えているしな……

「それに、俺はあんなガキと結婚するぐれぇならチカちゃんとデートしたいっつーの」
「もう、冗談は髪型だけにしてよリッ君。髪の毛毟るよ?」
「笑顔が怖ぇよ!?」

いつもは優しいチカちゃんであるのだが、俺がデートに誘った途端にとても冷淡な拒絶をしてくる。
うぅむ、何が悪かったんだろうか……会う度に通算十回以上はデートに誘ってるというのに。

「まぁ、それはおいといてちょっと聞きたいんだけど……あの子、何したの?」
「んあ?何って、何だよ」
「いやー、大したことじゃないんだけどさ。……私、この街で監査官付きの試験やった冒険者なんて見たことないんだよねー。それなのに、あんなちっちゃい子にわざわざ二人がかりの試験官なんて……何かあったのかなって、思ってさ」

……突かれたくないところを的確に突いてきやがった。
実はこいつ、冒険者何人も病院送りにした通り魔だったんだぜ!!
なんて馬鹿正直に言えるわけねぇしなぁ……
そんなの、どっちも嫌な思いするだけだ。
かといって黙ってる訳にもいかねぇし……よし。

「……まぁ、な。ただ、あんまり言いたかねぇ。俺があいつ拾ったきっかけでもあんだけどよ……聞いてて気分のいい話じゃねぇんだよ」

ここは言えるところまで正直に話して、詮索を止めてもらう事にした。
そのついでに、エリーが嫁なんぞではない事もさり気なくアピールだ。

「チカちゃんに、不快な思いさせたかねぇ。俺から言えるのは……こんぐらいだ」

……よし、今の台詞は我ながらかっこよく決まった。
間の取り具合も完璧、これならチカちゃんも俺の事見直してくれるんじゃねぇか……!?

「ふーん、拾ったきっかけねぇ……あ、わかった!!エリーちゃんに童貞奪われちゃったんでしょ!!」
「どうしてそうなった!?」

見直すどころか、むしろ評価が暴落の危機に瀕していた。

「うんうんわかるよー、私がそれ聞いたら確かに嫌な思いするもんね……独り身の私への当てつけなの?ってなるよ。ってかもうなってるからその金髪引きちぎりたい」
「ちっげぇよ!!これでもまだ童貞死守してるっつーの!!」
「おぉ、それは逆にすっごいねー!!親魔物領なのにそれってリッ君どれだけ女の子に嫌われてるの?デートの誘いすぎ?」
「嫌われてねーよ!!これでも交友関係は広い方だっての!!……多分」

……いや、本当は女の子がみんな俺を嫌ってたりとかねぇよな?影で馬鹿にしてたりとか
ねぇよな?やっべぇ、急に自信がなくなってきた……って。

「じゃねぇよ!!だからとにかく、エリーの事なんだけどよ……」
「わかってるよー、リッ君」
「だから……へ?」

急にチカちゃんの声のテンションが変わる。
底抜けな明るさに落ち着きが混じるもんだから、俺は一瞬戸惑ってしまった。

「今日の私の仕事は、レンちゃんのお目付役。それ以上でも以下でもないから、言いたくない事なら聞かないって。いくら魔女って言ってもあの年頃の女の子じゃあ色々危険だろうしね、大方理由なんてそんなところでしょ?」

推測自体は的外れではあったが、こちらの事情を察してくれるのが非常にありがたかった。
……まぁ、まさか護らなきゃいけねぇのがこのガキじゃなくてむしろその周りとは思わねぇよな。

「ほいじゃ私、監査官の役目に戻るねー!!リッ君もよろしく!!」

それだけ言い残して、キョロキョロしながら先を歩くエリーの元へと歩くチカちゃん……っとと。

「マーチカ、そっちじゃないよー。行くんだったら……多分、こっちじゃないかな?」

違う道を行きそうになっていたチカちゃんを注意しようと思っていたら、先にエリーが注意をしてくれた。
さすが、地図と依頼書を交互に眺めながら歩いている事はある。
……張り切ってんなー、こいつ。

しかし、エリーの言葉にもチカちゃんはどこか納得がいかない表情をした。

「えー?だって、今日の依頼人って鍛冶屋さんなんでしょ?それなら、商店集まってるこっちの通りじゃないの?」
「そ、そうなの?うーん……」

チカちゃんが指差すのは、エリーの行こうとしている所とは反対の道。
街の中央にある大通り、「商店通り」なんて街の奴らには言われるぐらいに商店の集まった通りへと繋がる道だ。
この街の地理には疎いのか、エリーはチカちゃんの言葉に自信をなくしたようで。

「いや、こっちであってんぜ?俺、行った事あるから知ってんだ。ほれエリー、地図見せてみろ」
「わかった。マーチカ、エリーが言ってるのはここだよ!!」

エリーが手元の地図をチカちゃんに見せて、その背中から俺も地図を覗き込む。
グランデムの街の住宅街と商店街の境目――ギリギリ住宅街の側に立つ建物に、赤い丸と建物の名前。
名前は……鍛冶屋『LILAC』。

「うわっ、本当に住宅街の方にある……レンちゃんの言う通りだったんだ……」
「でしょでしょー!!やっぱりエリー、間違ってなかったもん!!」
「いや、これはしょうがねぇよ。俺もこの店見つけたのは、偶々だったしな」

ふらっと散歩中にその店を見かけて以降、お気に入りの場所の一つでもある。
家にある武器の整備も、最近は殆どあの店任せになってるしな。

「でも、何でこんな辺鄙なところに建てたんだかねー。もっと大通りの方に構えればいいのに」
「んー……あんまり人通りの多いとこ好んでねぇんじゃねぇか?店主の種族が種族だしな」
「店主さん魔物なの?じゃあ……鍛冶屋だし、ドワーフとか?」
「惜しいなエリー。手先が器用な魔物っていったらもう一人いるだろ?」
「もう一人?えーっと……あっ!!」

俺の言葉に、少し考え込んだエリーがハッとした表情をする。

「この街にいるの?種族柄、殆どが人里には降りてこないはずなのに……」
「えっ?えっ?レンちゃん、今のでわかったの?私、全然わかんないよ!?」

エリーとは対照的に、チカちゃんは頭にいくつもの?マークを浮かべている。
……冒険者として、もうちょい勉強しとくべきじゃねぇか?

「多分、エリーの考えで正解だぜ。今から会いに行く鍛冶師の女の子っていうのは……サイクロプスだ」



「ねぇ……リッ君、目的地、サイクロプスの女の子が経営してる鍛冶屋だよね……」
「あぁ、目の前にあるのがそうだぜ?」
「サイクロプスって言ったらさ……鍛冶の腕が超一流で、サイクロプスの武器さえあれば誰でも達人になれるとか言われちゃう魔物だよね……」
「そうだな、あの腕は俺もすげーと思う」
「いや、でもここ……店って言うの?」
「エリーもそう思う……」

チカちゃんとエリーの反応も、無理もねぇとは思う。
わかりやすい目印は、かろうじて二階の窓にぶら下がっている看板のみ。
言っちゃ悪いが、それ以外はどう見ても……普通の二階建ての民家だ。

「ほら、上見てみろ二人とも。あの看板に『LILAC』ってちゃんと書いてるだろーが」
「あ、ホントだ。一応、ドアにも『WELCOME』って看板ぶら下がってる……」

……正直、それさえなかったら店ということさえわからなさそうなのは否定できねぇけど。

「まぁ、いいや。とにかく、さっさと入ろうぜ」

外開きのドアを開けると、内側に取りつけられていたベルがカランカランと音を立てて鳴る。
その音に合わせて、パタパタと一人の男が店の奥から姿を現してきた。

「どうもいらっしゃ……!!ってなんだ、ルベルですかい。何の用ですかねぃ?」
「また随分なご挨拶じゃねぇかキリュウさんよぉ……」

俺だとわかるなり、そいつは露骨に嫌そうな顔を隠そうともしなかった。
短い黒髪の頭にはタオルのようなものを巻き、服はジパング製だと思われる独特の紋様と形をした羽織物。
あの服の名前、なんつったっけ……ラッキー?だったか?
まぁとにかく、鍛冶屋とはおおよそ不釣り合いに目立つ容姿には間違いない。
こいつはこの店唯一の従業員、キリュウ。
俺自身は別にこいつを嫌ってはいないんだが、何故かこいつは俺の事を目の敵にしてくる。
その理由は本当にわからん……俺のしてる事なんぞ、ここに来る度にここの店長をデートに誘ってるだけだというのに。

「あれ、あなただぁれ?ここはサイクロプスさんのお店じゃないの?」
「おぉ、中入ってみるとめっちゃ鍛冶屋だよ……武器飾ってあるし……」

早々に疑問を投げかけるエリーと、店内の様子に興味津々なチカちゃん。
俺に続いて入ってきた二人を見て、その男の顔がほころんだ。

「おっとこいつは失礼、まだお客様が居られやしたか!!皆様、本日は足を運んでいただきありがとうございやす!!あっしはキリュウ、ここ鍛冶屋『LILAC』の従業員でさぁ!!」

大げさな身振り手振りを交えて自分の事を紹介するのが、この店唯一の従業員キリュウ。
悪い奴ではないんだが、一々騒がしいんだよなコイツ。

「ほうほう、リュー君は従業員なんだねー!!……あれ?それじゃあ、サイクロプスさんって今日はいないの?」
「いいや、師匠ならいやすぜ!!今だって中で……」

そう言って、キリュウが奥の方へと手を向けた時の事だった。

「……呼んだ?」

凜とした声が、店の奥から店内に響き渡る。
思わずみんな、その響きに閉口してしまっていた。

奥の闇からスッと姿を現してくるのは、チカちゃんよりも小さい一人の少女。

紫色の髪をかき分けて、額に存在する一つの角。
青い肌の色と……顔の中心にある、大きな一つ目。

「ルベルクスが、ここにいる、とゆうことは。……あなたたちは、ギルドから、来たの?」

彼女こそがこの店の店主、サイクロプスのリラちゃんだった。





「最初に事件が、起こったのは、一週間程前のこと」

リラちゃんに案内されて、奥の部屋へと案内された俺達三人。
簡単な自己紹介を終えて、リラちゃんから今回の依頼の内容について詳しく尋ねることにする。
なお、キリュウは店番と言われて出払ってしまっている。
……体よく追い出しただけじゃねぇかとも思うけどな。

「工房に置いてた、加工用の宝石が、盗まれてた。勿論、最初は私の、不注意だと思った。けど、それが、何日も続いて。……盗まれてる事に、気がついた」

あまり人とは関わらないサイクロプスだからなのか、リラちゃんは随分とスローペースな喋り方をする。
その上、淡々と無表情に抑揚もなく話すものだから、チカちゃんなんかははぁ、とかへぇ、とか生返事をする事しかできていない。
まぁこの子は苦手なタイプだろうな、リラちゃんって。
慣れてないと一つ目って威圧感あるし。

「一応、私とキリュウで、色々調べた。裏口の鍵の開け閉めとか、地下に抜け道がないかとか。……でも、何も、見つからなかった。それなのに、まだ物は、盗まれてる」

ただ、表情に出なくとも一つだけわかることがある。
……リラちゃんが、それをすっげぇ悲しんでるってこと。

「だから、あなた達に頼んだ。……この事件、解決してほしい」
「よっしゃ、引き受けた!!」

……そんな風に意気込んでしまって、つい俺が声を出してしまった。

「ちょっ、リッ君……気持ちはわかるけど、今日は私達の役目じゃないでしょ?少し落ち着きなって……」
「っ、あぁ……わりぃ……」

チカちゃんに指摘されて、頭が少しずつ冷えていく。
そうだ、今日の依頼は俺が手を出していいものじゃねぇんだ。
くそ、目の前で困ってる女の子ほっとけってのも気分わりぃもんだ……

「…………?」

俺達の会話の意味がわからなかったのか、リラちゃんが小首を傾げる。
……こういう何気ない仕草が可愛いんだよな、この子。無表情なのに。

「いや、俺が力になってあげてぇのは山々なんだけどよ。今日リラちゃんの依頼を受けるのは俺達じゃねぇ。こいつなんだよ」

俺の紹介を受けて、エリーが元気よく手をあげる。

「エリーに任せて!!エリーの魔術で、すぐに犯人を見つけてきてあげる!!」
「……頼りに、してる」

底抜けに明るいエリーの言葉に、リラちゃんなりに明るい言葉を贈る。
魔術で、ねぇ……まぁ結界張ったり大ジャンプしたりお手の物なんだ、犯人の足跡ぐれぇなら楽に追えるのだろう。
それならわざわざ、俺が手を出すまでもねぇしな。

……結論から言って、そんな考えは楽観だった訳なのだが。



「そんで?お前、どうやってその犯人とやらを見つけるんだ?」

俺達三人は、一旦鍛冶屋『LILAC』から外に出ていた。

あれからエリーは、リラちゃんから事件の状況なんかを詳しく聞いていたようだ。
エリーの手元にあるメモが黒く染まっているから、熱心に聞いてくれた事が窺える。
リラちゃんも言っていたが、あいつの小さな姿がいつになく頼もしく感じられた。

「それなんだけどね、えっと……まず、鍛冶屋『LILAC』の屋根に登ってみようと思うの!!」
「屋根?まぁ、お前の魔術ならそれぐらい楽勝だろうな。それで?」
「それからね、下が見えるような良い場所を探してー、下からは見つからないように隠れるの!!」

……何故だろう、俺の抱いた期待が粉々に崩れ去る気がする。

「後は怪しい人がここに来るまでひたすら待つだけだよ!!」
「すぐ捕まえるんじゃねぇのかよ……」

やはりというかなんというか、ひたすらに地味な作戦だった。
ってかそれ、ほぼ魔術必要ねぇだろ……
呆れている俺のところに、チカちゃんがやんわりとフォローを入れてくる。

「まぁまぁリッ君、ここはレンちゃんに任せようよ。レンちゃんのやり方だって、間違ってはないと思うよ?」
「それ言っちゃそうだけどよ……はぁ。ま、とりあえずお前の好きにやってみろ」
「うん!!」

……ヒュン!!
エリーが満面の笑みで頷くのと同時に、風の鳴るような音が俺達の横を通り抜ける。
そして、エリーの小さな体が一瞬で屋根をも通り越さんとする高さまで浮かび上がった。
……でもあれ、浮いてるように見えても本当は魔術で跳んでるだけなんだったか。
スタッ、と高いところから落ちたとは思えない華麗な着地で、エリーは屋根の上に立つ。

「エリーちゃん、すっごー……ていうかこれ、私達もついていった方がいいのかな?」
「まぁ、店先で首上に曲げて見張りする訳にもいかねぇだろ。リラちゃんに梯子か何か持ってきてもらってよ、俺達もゆっくり後を……」
「お、お兄ちゃん!!ちょっと来てぇ!!大変なの!!」

いつになく焦ったエリーの声が、唐突に頭上から聞こえてきた。
俺達は、お互いに顔を見合わる。

「……急ぐか」
「……そだねー」

チカちゃんと、初めて考えが完全に一致した気がした。



「多分、これだよね。犯人が使った道って……」

チカちゃんに俺、リラちゃんにエリー。
屋根の上に集められた俺達が見たのは、そこに空いた大きな穴。

「ちょっと、待ってて」

穴の中を覗き込んでいたリラちゃんが、穴の縁に手をつけて中へと身体を入れる。
その姿が完全に見えなくなってからしばらくして、ひょこりとリラちゃんが穴から顔を出す。

「……やっぱり。ここから、2階に、繋がってた。……完全に、盲点」

やはりここは、犯人の侵入経路と見てほぼ間違いないのだろう。

「お手柄だな、エリー。長丁場になるかと思ってたけどよ、この様子ならすぐに犯人も見つかるんじゃねぇか?」
「でしょでしょー!!エリーに任せれば、すぐに解決なんだから!!」
「レンちゃん、まだ調子に乗っちゃ駄目だよ。そういうのは、犯人捕まえてからにしないと」

リラちゃんに褒められて上機嫌なエリーを、チカちゃんは優しくたしなめる。
ま、チカちゃんの言う通りなんだよな。
偶々穴が見つかったからいいようなもの、犯人はまだ見つかってねぇんだから……

「ふんふふんふふーん♪今日も楽しいひっかりーものー♪あっつめってたのしいひっかりーものー♪」
「……ん?」

そこに呑気な鼻歌が聞こえてきて、慌てて辺りを見回してみる。チカちゃん、エリー、リラちゃん。誰も鼻歌なんて歌っていない。けど、どう聞いてもこれは女の子の声だぞ……?

「それにしても今日はすっごくのぼりやすいでちけど、何でちかねこれ……でも、楽なのは助かるでち!!これなら今日も、いっぱい光り物が……」

ひょこっと、屋根の縁から小さな耳が顔を出す。
灰色の耳に続いて、同じ色の髪と、丸っこい顔。
梯子を登ってやってきたのは、小さな女の子だった。
それも、鼠の特徴を持つ魔物――ラージマウス。

「……でち?」

……しばらく、突然の展開に俺達は全員固まってしまった。
やってきた見知らぬ女の子も含めて、何がどうなっているのかを把握しきれないような、そんな表情。
みんなの視線が少女に集まり、少女の視線は行ったり来たり。
その中で俺は……叫んだ。

「エリー……さっさとあいつ捕まえろ!!あいつとびっきり怪しいだろうが!!」
「うぇ!?あ、うん!!」
「でち!?」

叫ぶと同時に小さな鼠の頭は引っ込んでしまい、一瞬反応が遅れたエリーがそれを追い掛ける。
ぴょんっ、ひとっ飛びで屋根の端に跳んでから、そのまま手を縁にかけて下に落下する。

「って、おま……!?ここ、2階の屋根だぞ!?」

慌てて俺も屋根の縁から下を覗き込む。
くそっ、急かすんじゃなかった!!
あいつ、下で大怪我してるんじゃねぇか……!?

ふわっ……

そんな俺の予想に反して、風の鳴る音と共にエリーはまるで階段でも降りるかのような仕草で着地をした。

……あぁ、風の魔術あったなそーいや。
余計な心配させやがって……でも、そのおかげでエリーは走り出したラージマウスちゃんの前に立つ事に成功した。
ここを通さない意思表示か手を広げて、エリーは叫ぶ。

「止まってー!!あなたに聞きたいことあるのー!!……ふわぇっ!?」
「でっちー!!」

……まぁ、その程度で止まる泥棒がいるわけもねぇよな。
当然のごとく、ラージマウスはエリーの横をあっさりと通過して逃げていってしまう。
スタスタと駆けるその速度は速く、その姿はあっという間に路地を折れ曲がって見えなくなってしまう。

「うぇぇ……どうしよう……」
「おい、諦めんな!!こっち登ってこい!!お前なら屋根から追えるだろ!!」
「あ……そっか!!うん!!」

泣きそうになっていたエリーに咄嗟に叫んでやると、エリーはすぐに跳んでこちらまで戻ってきた。

「ほら、てめぇの仕事なんだからさっさと行ってこい。ボサッとしてると本当に逃げられちまうぞ」
「おっけー!!今度こそ逃がさないもん!!」

威勢よく魔術を使い、エリーはラージマウスが逃げた方向へと屋根の上を跳んで追っていく。
おぉ、その気になれば結構早いんだなあの魔術。あの様子だったら、見失いさえしなければ放っておいても追いつきそうだ。
……ボサッとしてらんねぇな。

「リラちゃん、ちょっと行ってくるから待ってろよ!!」
「わかった。任せる」

コクリ、と頷くリラちゃんを背に、俺とチカちゃんは梯子を降りる。
降りてみれば、二人はすっかりどこかへ移動してしまったらしい。
今日の俺は監査官なんだし、早く見つけねぇとな……

「チカちゃん、ちょっと走るぞ。ついてこれるか?」
「ふっふっふー、リッ君こそ私の足舐めないでよね!!これでも、私には俊足のチカちゃんなんて異名がついてると思ってた時期があったんだから!!」
「結局ついてねぇんじゃねぇか……」

軽口を叩き合いながら、俺達はエリーの元へ向かって駆け出すのだった。



「こっちか……!?」
「うん、多分!!」

エリーを追うとは行っても、屋根の上にいるあいつを完全に追うのは困難だ。
だから、屋根の上を跳んでいるあいつの姿を見逃さないようにしつつ、その方向を目指して路地を走るしか方法がない。

けど、注意してねぇとあのガキ見逃しちまう……!!
もうちょっと俺等が追いかけやすいように指示しとくべきだったか!?

「くっそ、早く行かねぇと……!!」
「……しっかしまぁ、リッ君も本当にあの子の事好きなんだねー」
「……ん?あの子って……誰の事言ってんだ?」

人目にはつきにくい裏路地に差し掛かったところで、チカちゃんが走りながら口を開いた。
けど、好きな子って何の話だ?……いや、まさかな。

「またまたー、レンちゃんの事だよ。リッ君、随分あの子の事気にかけるよねー。やっぱり、お嫁さんだから?」
「ぶっ!?」

悪い予想の的中に、走りながら思わず吹き出してしまう俺。

「だからあいつは嫁じゃねぇっつーの!!ってか気にかけるってなんだ!!あいつなんぞ、まだ一回や二回同じ依頼をやっただけの……!!」
「だからぁ、その時点でリッ君相当気にかけてるでしょ?」
「……?」

そこで、チカちゃんは急に神妙な言い方になった。
その珍しい態度に、俺は次の言葉が言えなくなってしまう。

「リッ君、私がいくら誘っても一緒の依頼を受けてくれたことなかったじゃん。私だけじゃなくて、他の人とも。それなのに、レンちゃんは知り合って間もなさそうな感じなのにあっさりとそれを許してる……これで、気にかけてないんだったら何なのかな?」

責めるわけでもない、いつも通りの明るい口調でぶつけてくる純粋な疑問。
そのくせに、突っ込むところがやたらと的確だ。
……頭を使うのは苦手そうにしてるクセに、妙なとこで鋭いんだよなこの子。

「……別に、そういう訳じゃねぇよ」

確かに、チカちゃんの言うとおり、俺は今まで誰とも一緒に依頼をやった事がねぇ。
誰かと一緒に依頼をやったのなんぞ、昨日のエリーが初めてだ。

けどそれは、個人的な理由があったからだ。
誰かと一緒に依頼をやったら、そいつに頼らざるを得ない局面というのが出てくるだろう。
だが俺はそこで誰かを頼らずに、全て自力で解決したい。
ただそれだけの、傍から見ればアホくせぇ理由が。

それでも……俺の”夢”に近づくには、それが一番だと思ってたから。

……つっても、チカちゃんの性格上んなこと言ってもからかわれることが目に見えているしなぁ。
ここは、それよか説得力ある事言っとくか。

「俺はただ、あいつを放っとけねぇだけだ。あいつ、ちょっとでも目を離したら途端になんかやらかしそうだろーが。だったら、俺が見てやるしかねぇだろ」

前科持ちだしな……というのは、心の中にそっとしまっておく。

「ふーん?……ま、そういう事にしといたげる」

くすくすと笑って、チカちゃんはそれ以上の追求をしてこなくなった。
ったく、他人事だと思いやがって。いくらなんでも、あいつが嫁はねーだろ……

「……お、あれレンちゃんじゃない?」

そうこうしている内に追い掛けてる当の本人、エリーの姿を発見する。
なんだ、あいつ……曲がり角に、しゃがみ込んでる……?

「おーい、エリ……」
「しーっ!!」

声をかけようと近づくと、エリーは口元に人差し指を当てながら小さな声を出す。
……そうか、この先にいるのか。

「あのね、この先行き止まりなの。ラージマウス、いっぱい走ってたからそこで今休んでるみたい。……多分、エリーがここにいることには気がついてないと思う」
「……ホントかよ?案外、気付いてないふりしてるだけじゃねぇか?」

そう思い、路地の角から少しだけ顔を出す。

「でー……ちー……」

盛大な鼻ちょうちんを浮かべたラージマウスが、一匹。
路地の行き止まりの壁に、背を預けて寝そべっていた。
人いねぇ裏路地だからって自由すぎねぇかあの子……まぁ、あれなら気付かれてる100%心配ねぇな……

「それで、さっきみたいに逃げられちゃうのは嫌だから……今ね、捕まえる準備してるの!!」
「準備ぃ?何してんだてめぇ?」
「えっとね、結界だよ!!すぐ逃げちゃっても、これなら関係ないでしょ!!」

住宅街の壁に手をつくエリーの手元を覗き込んでみると、そこには書きかけの円とその中に数多ある紋様。
壁を作って、中に閉じこめてしまおうって発想か。

エリーなりに、作戦考えてたんだな……

「なるほど……まぁ、いんじゃね?」
「うわ、レンちゃん何やってんのか全然わかんないよ……これ、何語?」
「えっと、ここをこうして、この陣は重ねて……っと!!よし、できたよー!!」

チカちゃんと二人で野次馬をしている内に、エリーの書いている魔法陣は完成したらしい。
まぁ、さっきと違って壁に閉じこめる作戦自体は悪くねぇし……
……壁に?
なんだ?何か、引っかかることがあるような……

「二人は待ってて!!エリーがすぐに、捕まえてくる!!」

しかし俺が違和感の正体に気付くよりも、エリーの行動の方が早かった。
自信満々に立ち上がったエリーは、路地の中へと足を踏み入れる。
それこそ、わざと聞こえるように豪快に足を踏みならして。

……こいつが自信満々の時って、大抵ろくなことにならねぇんだよな。

不安を感じつつも、俺達二人は壁から顔を出して様子を窺うことにした。

「むにゃ……でち!?」

よっぽど耳が良かったようで、早々に起き上がるラージマウスちゃん。
エリーの姿を見るなり立ち上がって、また逃げようとしてエリーの方へと走り出す。

「もー逃がさないよ!!大人しく……エリーに捕まって!!」

ガツン、と勢いよくエリーが髑髏の杖で床を叩く。
その背中に薄紫色に輝く結界が発生して、唯一の逃げ道を塞いだ。

「でち!?」
「へっへーん!!これでどう!?」

突然壁が出てきた事に驚くラージマウスちゃんを見て、エリーは得意げだ。
……後ろ姿しか見えねぇけど、多分ドヤ顔してるんだろうな。

「さぁ、これで逃げ場は……!!」
「でっちー!!」

それでもラージマウスちゃんは速度を落とそうとせずに走ってくる。
まさか……エリーに突進するつもりか……!?

俺の予感が当たったのか、どんどんラージマウスちゃんとエリーの距離は近づいてくる。

最初は遠かった距離が手を伸ばせば届きそうな距離に、そして目と鼻の先……

「あうっ!?……ぅん?」

ぶつかりそうになる直前に、思わずエリーは目をつぶってしまっていた。
しかし、予想していた痛みが訪れないことに気付いたのか、恐る恐る閉じた目を開けていく。

「……あっ!!」

目を開けたエリーはしまった、と言わんばかりの声をあげた。
……そりゃ、捕まえようとしたラージマウスがするすると爪を使って壁を登っていくのを見ちゃあな。

あぁ……違和感の正体、こいつか。
はしごを見て『楽に登れる』なんて言ってたってことは、今までそれがなくてもあの屋根まで登ってきたっつーことだ。
……素手で登る可能性ぐれぇ、考慮しとくべきだったか。

「ま、待ってぇ!!」

既に登り終わっちまっていたラージマウスちゃんを追い掛けて、慌ててエリーが屋根の上へとジャンプする。
そこで何が起こっているのかは、下にいる俺達では見ることができない。
あいつ……間に合ったのか……?

しかしそんな俺の祈りも虚しく、数分が経ってからエリーは屋根から一人で顔を出してきた。
屋根の上からふわりと飛び降りてくるが、その表情は浮かないものだった。

……見失ったみてぇだな、こいつ。

「あうぅ、ごめんねお兄ちゃん……エリーが屋根に登った時にはもう、どっか行っちゃってたみたいで……」
「俺に謝ってどうすんだよ。泣き言行ってる暇あったらさっさと探せ」
「はーい……で、でも、また見つかるよね?ラージマウスが入ってくる場所はわかってるから、また明日にでも……」

エリーは自分に言い聞かせるようにそんな事を口にする。

……ったく、楽観が過ぎんだろそんなん。

「んー……レンちゃん、ちょっと質問していいかな?」
「うん、いいけど……どうしたの、マーチカ?」

俺が口を開くより先に、チカちゃんが喋りだした。

「あのねレンちゃん。レンちゃんには今、どうしても毎日行きたいところがあったとするよ?でも、その場所に行く為の道は一つの橋だけしかないの。ここまではいい?」
「う、うん……?それが、どうしたの?」
「そしたらね、ある日その橋は壊れてその場所に行けなくなっちゃったの。もしこうなったらエリーちゃん……どうする?」
「どうする、って……うーん、他の道が無いなら諦めるかなぁ……」
「そうだよね、レンちゃんも諦める事を考えちゃうよね。って事は……あのラージマウスちゃんも、同じ事考えるんじゃないのかなぁ?」
「……ぁ!!」

ようやくチカちゃんの言いたい事を理解したエリーの顔色が、さっと青くなった。

「い、行かないと!!早くしないと、逃げられちゃう……!!」
「いや、どこに行く気だってーの……」

どこかへ走りだそうとしたエリーの肩を、掴んで止める。

「何で止めるのお兄ちゃん!!今行かないと、もう一生依頼を解決できないかも……!!」
「焦るのはわかるけどな、てめぇ体力ねぇんだから闇雲に探してもすぐバテちまうだろうが。せめてやるならさっきの風の魔術で跳ぶなりしろ」

つっても、それやろうとしたら全力で止めさせてもらうけどな。
さっきは見つかったからいいが、俺等がエリーを見失ったら監査官の意味ねぇし。

「風の、って……あぁ、『旋風舞(つむじのまい)』の事?あれは跳ぶだけの術じゃないよ。足と床の間に発生させた風の塊を爆発させてね、ジャンプの勢いを強めたり着地の衝撃を和らげたりする術なの!!これね、結構役に立つんだよ!!」
「いや、詳しい説明とか聞いてねぇし……ってか名前あったんだな、あれ」

魔術師がよくやる呪文みてぇなの唱えねぇもんだから、てっきり全部名前のない魔術だと思ってたぞ。

「うん、エリーのサバトオリジナルの技だからね!!他にもいっぱいあるんだよ!!」
「はー……じゃああれか、あの炎の玉ぶっ飛ばすやつも名前あんのか?」
「え?あれに名前なんてあるわけないよ。あれはただの基礎魔術だもん」

かっこいい名前がないものかと期待を込めて聞いてみたが、エリーの答えは非常にドライなものだった。
ってか俺の体を散々燃やしたあれ、あれで基礎魔術だったのかよ……

「じゃああれは?さっきの、あのでっかい結界張るやつ!!あんなにでっかいなら基礎って訳でもないでしょ!!」
「ううん、あれも基礎魔術だよ。だって、魔法陣書くだけで構成できる簡単なものだよ?」
「えー、あれで簡単なんだ……レンちゃん何者なの本当に……」

いつの間にやらチカちゃんまでもが話に加わって、エリーの魔術に名前があるかないかで盛り上がってしまっている俺達である。
それにしてもエリーの奴……魔術について話す時だからか、本当に楽しそうな顔しやがるな。

「あれはどうだ?最初に会った時に使った、地面を盛り上がらせるやつだ」
「あれは『地栄掘(ちえいくつ)』だよ!!やること単純に見えるかもしれないけど、座標の指定とか結構大変なんだよ!!」
「ほえー……よく覚えられるねぇ……私、色々あって全然覚えらんないよ……」

これに関しては俺も完全にチカちゃんに同意である。
基礎だかなんだか知らねぇが、何で名前があったりなかったりするんだよ面倒くせぇ。
……あ、そうだ。

「いっそよ、名前ねぇやつに全部てめぇでつけて見たらどうだ?そっちの方がわかりやすいだろ」
「えー、なんでー?エリー別に、そんなことしなくてもわかるよー?」

名案だと思った提案だったのだが、エリーの顔は渋い。
まぁ確かに、単純に区別するだけなら必要はないのかもしれねぇけどな。
しかしそれ以上に、俺としては気になる事があるのだ。

「いや、それだけじゃねぇよ。なんかよぉ、魔術の時何も言わねぇって淡泊じゃねぇかと思ってな。そうだな、こう……炎出す時に『紅蓮の炎よ、我が敵を滅せよ!!』とかよ、ねぇのか?」
「お兄ちゃん、それ名前じゃなくて詠唱だよ……しかも基礎魔術でわざわざそんなこと言わないよ……」

珍しくエリーがまともなツッコミを返してきた。
……なんか無性に恥ずかしいな畜生。

「私はリッ君の言うこともわかる気がするなー。『ファイアー!!』ってやって炎を出すだけでもさ、楽しそうじゃない?」
「んー……名前って、そんなに良いことかなぁ?魔術は出せるだけでもいいと思うけど……」
「そりゃ、出すだけだったら困らないんだろうけどさ。……名前をつけてあげるとさ、どんなに小さな魔術でも愛着が湧くもんだからさ。例えば、こんなに小さなものでも……『ウォーターボール』!!」

言いながらチカちゃんが手をかざすと、そこに小さな水の玉が姿を現した。

「おぉ、すげぇ!!で、これがどうなるんだ?」
「どうにもならないよ。この魔術は、これで終わり」

しかし、その玉は手の内を離れることもないままくるくると手の上で回って、やがてパッとはじけてしまった。
……これだけでも充分すげぇとは思うけど、実用性はほぼねぇな。

「『ウォーターボール』?あれ、そんな名前の魔術あったっけ?」
「ううん、名前は私が勝手に付けただけ。これ、ただの水の超初級呪文だし」
「あ、やっぱり……そうかなとは思った……」
「……何で一目でわかんだよ」

こいつが特別なのか、それとも魔術かじってりゃ誰でもわかるようになるのか……
今からでも魔術の勉強、少しやり直した方がいいかもな……

「そうだよー、こんなのちょっと魔術をかじれば誰でもできるような簡単な術。私にできるのなんて、せいぜいこれぐらいで精一杯。だけどさ、私はこの術気に入ってんだ。だってこれは……『ウォーターボール』っていうのは、私だけの魔術だからね」
「マーチカだけの、魔術……」

チカちゃんが再び出現させた水の玉を、エリーは興味深げに見つめる。
ただの水の塊なのに、それは不思議と輝いているかのように見えた。

「だからさ、レンちゃんもやってみたらどう?結構ね、やってみると楽しいよ!!」
「うーん……それなら、やってみるのもいいかも……」
「そうと決まれば話は早ぇな。ほら、試しに何か適当に名前付けてみろよ。そうだな……炎の玉の奴とかどうだ?」
「あぁ、あれ?えーと……ほ、炎のボール、とか?」
「もっと簡単なのでもいいんだよ?いっそ『どっかーん!!』とか掛け声だけでも!!」
「そうだな、こんなんフィーリングだフィーリング」
「『ふぁ』……『ふぁいあー』……って、そんな事言われてもすぐに思いつかないよー!!そもそも、こんな話してるよりも先にエリー達はラージマウス追い掛けないとでしょー!!」
「お?おぉ、そういやそうだったな」

ここでようやく、話が派手に脱線していることにエリーは気がついたようだ。
まぁ、その原因が他でもないてめぇ自身である事にまでは気がついてねぇみてぇだが。

「あ、ホントだ!!ゴメンねレンちゃん、私すっかり忘れてた……!!」
「……おいそこの監査官」

素で気付いてなかったのかこの子は……

「でも、どうしよう……さっき、何でいなくなったのかわかんないままだし……」

そういやさっき、言ってたな。
『屋根の上に行った時にはもう、姿が見えなくなってた』……だったか。
確かに、普通なら屋根の上に行けば姿ぐれぇは確認できるよな。

「ラージマウスちゃんがすっごいスピードで見えなくなるところまで走ったとかじゃないの?あの子、結構早かったみたいだったし」
「うーん、その可能性も考えたんだけど……エリーが追い掛けてた時の速さよりも少しぐらい速かったとしても、ちょっとそれはおかしいかなって……」
「だったら、どっかに隠れたんじゃねぇか?んで、エリーがいなくなった隙にこっそりと逃げ出して……とかな」
「でも、エリー屋根の上から見てたんだよ?隠れられるようなところもなかったし……」
「……それはどうだかな」
「……え?」

少し含みのある言い方をしてやると、エリーが俺の顔を見上げる。
そう、俺はラージマウスちゃんのいる場所の見当がとっくについていたのだ。
……じゃなきゃのんびり雑談なんぞしようとするかよ。

「てめぇが気がつかなかっただけで、多分あったんじゃねぇか?例えば、『屋根から降りてすぐの路地にでもある場所』かつ『ラージマウスという種族の絶好の隠れ家』になりそうなところ……とかよ」

俺はそこでニヤリ、と口元に笑みを浮かべる。……ふっ、決まったな。

「えー、ちっともわかんない……リッ君答え教えてー」
「チカちゃんに教えても意味ねぇだろ……」

一瞬で台無しになった。

「えっと……ラージマウスって言ったら基本的にダンジョンみたいな薄暗い所が好きな生き物だから……居そうなところって言ったら洞窟とか、あとは……

……っ!!」

まぁ……エリーは、今ので気がついたみてぇだな。

「そっか……!!それなら、すぐに消えたのも納得だよ!!お兄ちゃん、ちょっと見てくるね!!」

気付いた事が余程嬉しかったのか、言うなりエリーは屋根の上へともう一度跳んでいってしまう。
それから顔を出してくるのは、さっきと大体同じくらいの時間がかかった。
違っていたのは……あいつの顔が、してやったと言わんばかりに笑っていたことぐらい。

「やっぱり……!!お兄ちゃーん、ラージマウスの居場所がわかったよー!!」

近所迷惑も辞さず大声を張り上げるエリーだったが、今回は働きに免じて注意しないでおいた。

「後は、あの子の動きを止めなきゃいけないよね……どうしよう……」
「あ?んなもん簡単だろ。てめぇの持ってる魔術を、ちょちょいと使えば……」



〜〜〜〜〜〜〜〜


「でっちー♪でっちー♪でっちっちー♪」

すっかり暗くなった道を歩きながら、マユは鼻歌を歌っていたのでち。
さいしょ見つかった時はどうなることかと思ったでちが、もう追ってこないみたいでよかったのでち!!
でも、屋根の上に空いていた穴に気付かれるなんて……もう、あそこは使えないでちね……

「……まぁ、いいでち!!光り物、いっぱい集まったでちからねー!!」

それでもいっぱいかざった光り物を見たら、これでいいかっていう気持ちになったのでち。
ここまで来ればぜったいに安心でちからねー……見たところ人間のようでちたし、ここに気付かれることはないのでち!!
もう一回ながめる為に、マユは置いてある光り物の一つを手に取ったのでち。

「ほぇー……」

いつ見ても、いいピカピカっぷりでち……
ちょっとした気分で屋根の上をさんぽしてたら見つけた、大きな穴。
おもしろそうだから入ってみたら、そこにはたくさんの光り物。
毎日ちょっとずつ持ち帰って、マユのねぐらは今ぴっかぴかなんでち!!
このピッカピカと……いつまでもいっしょでち!!

カツン……。

「でち……?」

足音が聞こえたのは、その時だったでち。
こんなところに、足音……?
同じ、ラージマウスでもいるんでちかねぇ……それなら、あいさつをしておくでち!!

同じラージマウスに会えると思うと、マユの気分はうきうきとしてきたのでち。
その気分のまま、ねぐらからひょっこり顔を出して……

「……やっと、見つけた」

……マユは、息が止まるかと思ったのでち。

「あなたが消えた路地、マンホールがあったからすぐに気付いたよ。……この街の下水道中、ずっと探したんだからね!!今度こそ……絶対に、逃がさないんだから!!」

今日マユの事を追い掛けてきた小さな女の子が、そこにいたのでち。

「……でっちー!!」

マユはすぐに、にげることにしたのでち!!
つかまったら、おこられる。マユはかしこいから、自分がどろぼーだっていうことはわかっているのでち。
でも、なんであんなにおこってるのかはわからないんでちが……いっぱいあるんだから、ちょっと持ってくぐらいゆるしてほしいのでち。

でも、こまったでちねぇ……うしろはいきどまりで、女の子もおこってるでちからとなりを通りたくもないでち……あ、そうでち!!
となりにある、はしごをのぼればいいのでち!!
そうと決まれば……!!

「でちー!!」

これでも、マユはのぼったりおりたりするのは得意なんでち!!
あの女の子とも、これでいっぱいはなれるのでち!!
天井のふたをあけて、マユはすぐに外に出たのでち。
これでふたをしめれば……すぐには追いかけて来れないのでち!!

さーて、下ではくやしそうな顔をしてるんでちかねー♪
ふたをしめるついでに、マユは穴の中をのぞきこんだのでち。



「……『旋風舞』!!」

ヒュン!!



そこから聞こえてきたのは、風がうなるような音。
それと一緒に……女の子が、穴からとび出してきたのでち!!

マユよりもずっと上、女の子は空にうかびまちた。

その子が、がいこつのついたぼうをふりあげて……そのがいこつの目が、赤く光って……!!

「『ふぁいあー……すとらいく』!!」

おっきな炎が、ごうごう音を立ててマユの目の前に……!!

「でちぃぃぃぃぃぃ!!」



〜〜〜〜〜〜〜〜

「おー、やってるやってる」

マンホールの下から見上げると、ちょうどエリーが炎の玉……いや、『ふぁいあーすとらいく』か。
とにかく、全力で炎の魔術をぶちかますところだった。

「もう、のんびりしないのリッ君!!早くレンちゃん追いかけないと!!」
「……っと、そうだな」

チカちゃんに急かされて、俺は後を追う形で梯子を登る。

「よっ、と……」

どうにか地上から出て、エリーの姿を探す。
あのラージマウスちゃんを探して下水道中を歩いている内に、すっかり日が暮れちまったみてぇだな。
おかげで、暗くて探しづれぇ……っとと、いたな。

「あわわわわわ……」

目の前にある焦げた路地を見て、腰を抜かしてるラージマウスちゃんもセットだった。
……この様子だと、炎を使ってビビらす作戦は成功したみてぇだな。
相手はかなりちっちぇぇガキみてぇだったから、成功するだろうとは思っていた。

……ま、その炎に名前を付けてるとは思わんかったけどな。

「さぁ、その宝石返してもらうよ!!それは、リラのなんだから!!」
「い、いやでち!!たくさんあるんだから、ちょっとぐらいマユがもらってもいいじゃないでちかー!!」

ラージマウスちゃんが大事そうに抱えている宝石に手を伸ばすエリーだが、足が震えて涙目になってもなお彼女は離そうとはしない。

……厄介なパターンだな。
下手すれば最悪、力づくになっちまうぞ……?

「駄目なのー!!それは、リラの大事なものなんだからー!!」
「……でち?大事な、もの?」

だがそれは、意外にもエリーの一言であっさりとラージマウスちゃんは抵抗しなくなる。

「そう、大事なもの!!沢山あっても、一個でも足りなくなったらリラは困っちゃうの!!だから……持ってっちゃうのは駄目!!ちゃんと返して!!」

続くエリーの言葉は、しっかりとした意思に満ちあふれていて。

「レンちゃん、ちっちゃいのにしっかりした言い方できるんだね……」

隣では俺と同じように、チカちゃんも感心した目でエリーを見ていた。

全くだぜ……つい最近は、あの構図が逆だったのにな。

「わかったでちー……光り物、全部返すでち……」
「……うん!!」

これで、依頼も解決だしな。
全く……よくやってくれたよ、あいつは。

「やったよ、お兄ちゃん!!これで……エリーも、冒険者になれるよね!!」
「あぁ……そうだな」

本当は、まだ色々めんどくせぇ手続きもある。
けれど……あいつの笑う顔を見ていると、ついそんな言葉が口をついてしまうのだった。



それから、俺達はラージマウス――マユちゃんの住んでる下水道の一角から、リラちゃんの宝石を全て鍛冶屋『LILAC』へと運んでいった。
そこには、当然マユちゃんを連れて。
多少なりとも罪の意識があったらしく、抵抗らしい抵抗もなく彼女はついてきてくれた。

そして、今。

マユちゃんは、リラちゃんの前でぺこりと頭を下げていた。

「……ごめんなさいでち。もう、どろぼーは二度としないでち……」
「…………」

しゅんとなっているマユちゃんの事を、リラちゃんはただじぃっと見つめていた。
一切動かないその表情からは、何を考えているのかを感じ取るなんて俺ではまずできねぇ。
しばらく、微動だにしなかったリラちゃんだったが……その手が、すっと上にあがる。

まさか、ひっぱたくのか……!?

リラちゃんの腕が、振り下ろされた。

「……大丈夫」

ぽんぽん。
その手は、優しくマユちゃんの灰色の頭を撫でる。

「今回の事件は、あなただけの、せいじゃない。屋根の穴を、放っておいた、私達も悪い。だから……謝ってくれたら、それで充分」

頭に触れた感触に、最初は驚いたような表情を見せていたマユちゃんだったが……じわりと、目元がうるんでいく。

「でち……でちぃぃぃぃぃ……」
「ありゃりゃー、ユッちゃん泣き出しちゃったよ……」

涙を流すマユちゃんの事を、リラちゃんがぎゅっと抱きしめる。
……これで、一件落着ってとこか?

「それにしてもリラちゃん、私達のせいってどういうことだ?あの屋根の穴、マユちゃんが空けたんじゃねぇのかよ?」
「ずびっ、ちがうでちぃ……マユが見たときには、もうあそこは空いてたんでちぃ……」

俺の質問に、鼻を啜りながらマユちゃんが真っ先に答えてくれた。

「この子は、嘘を言ってない。あの穴は、老朽が原因。最近壊れたにしては、断面がとても、綺麗だったから」
「へぇ、断面が……って、そういうのって見てわかるもんなの?」
「あぁ、リラちゃんって目がめちゃくちゃいいんだよな。……一つ目だから、その分発達してるとかか?」
「私にも、詳しい理屈は、わからない。……わかるのは、せいぜい」
「……へ?私の剣がどうかした?」

リラちゃんが、チカちゃんが腰に提げた剣へと指を刺す。
これは……始まるな。

「昨日辺りに、その剣の鞘に。……あなたの、あいえ……」
「わー!!何も聞こえない何も聞こえない!!ってか、なんで昨日ってことまでわかるのー!?」

あたふたするチカちゃんに、内心合掌する。
リラちゃんの目は、理屈はわからんがすこぶるいい。それこそ、武器を見てしまえば大体の持ち主の人となりがわかってしまうぐれぇで……それがトラウマでここに通わなくなったお客とかいるんじゃねぇかと思う程だ。
……ってかチカちゃん、そんな趣味あったのかよ。

「リッ君、レンちゃん……何も、聞いてないよね?」
「……おぅ」
「……うん」

……その時、チカちゃんの背後に、前世代の魔王が見えた気がした。
俺もこれ以上追い打ちをかける気はねぇので、黙っておくことにする。
まぁ、ともかく……これで、依頼は完了だな。

「よし、帰るぞエリー。さっさとギルド行って、監査の報告をしなきゃな」
「うん!!今日、楽しかったね!!」
「あ、ギルドは私も一緒に行かないとだね……じゃあ、行こっか」

依頼も終わった、マユちゃんも許されたで万々歳だ。このまま帰ろうと、くるりと踵を返したその時。

「うー……光り物ー……」

弱々しいマユちゃんの声が、聞こえてくる。
……そういやマユちゃんって、あの下水道の中にたった一匹で暮らしてたんだよなぁ。
それならまぁ、宝石の一つぐれぇくれてやっても……

「何考えてんだ俺は……」

一瞬、そんな考えが頭をよぎったが、すぐに却下する事にした。

そんなことをしたら、それこそ今度はリラちゃんの方が困っちまう。
マユちゃんは納得してたし、これでいい……これで、いいに決まってるんだ……

「ねぇねぇマユー、ちょっとこっち来て!!」
「?どうちたんでちか、エリー?」

その時、俺達の一番後ろにいたエリーが、いつの間にやらマユちゃんのそばに寄っていた事に気づいた。

「これ、ちょっと持って見て!!」

そう言って、エリーがマユちゃんに差し出したのは……先端が髑髏の形をして、ゴツゴツとした杖。

「でち……?」

何が起こるかわからない、と不思議そうにみながらマユちゃんがその杖を受け取る。

ボゥ……

小さな音がして、髑髏の杖の目の部分が赤く光り始めた。

「でち!?」
「これね、マユが持つと光るんだよ!!宝石には、光で敵わないかもしれないけど……代わりにこれ、マユにあげるね!!」
「ほ、本当に!?いいんでちか!?」
「うん!!マユ、大切にしてね!!」
「ありがとうでち!!ほわぁ……」

触ったり離したりを繰り返している内に、赤い光はちかちかと点灯をしている。
その様子が、すっかり気に入ったみたいなのか……マユちゃんは、とても強くその杖を握りしめた。

「もうこれ、返してって言ってもあげないでちよー!!それじゃあ、エリー……ありがとうでちー!!」

すたこらさっさ。
古典的な表現をするならそんな音が流れそうなぐらいに、素早い速度でマユちゃんは走っていってしまった。
あの子は、これからも下水道で生活を続けるのだろうか。
一つだけわかるのは……これからはもう、悪さはしないだろうということだけだな。

「……よかったのかよ?」
「んー?何がー?」

その背中が完全にいなくなってから、俺はふとエリーに尋ねたいことがあったのを思い出す。

「杖を渡しちまってよ。あれ……魔術に大事なものなんじゃねぇのか?」

そこが少々、俺には気になっていた。
杖は基本、魔術の威力を増幅させる為のものだという事を聞いている。
それを、魔術が大好きなやつがあっさり手放しちまって……それで、大丈夫だったのか?

「うん!!」

しかし、エリーはそんなことを気にしていないかのように明るく笑った。

「だって……これで、マユからもありがとうって言ってもらえたんだもん!!」

そんなことを、無邪気な顔で言うもんだから。
……かなわねぇな、と初めて思った。



「…………やっぱり……気の、せい?」
「師匠?どうしたんですかいドアの方ばっか見つめて……」
「……キリュウ。ごめんなさい、考え事、してた」
「あっしは別に気にしやせんって。……誰か、さっきの人の中に気になる人がいるんですかい?」
「……えぇ。あの、エリーネラって子」
「エリーちゃんがですかい?見たところ、一番問題なさそうでしたけどねぃ……」
「あの子の杖は、おかしかった。だけど、彼女はそれを、手放した。だから……自信、なくなった」
「あぁ……そういえば、そんなこともありやしたねぃ。でも、それでどうして師匠が自信無くしたって事になるんですかい?」
「……あの子の杖、握られていたから」
「握られていた?そりゃ、杖は握るもんでしょうし当然じゃないですかい?」
「違う。……すごく、強い力だった。一目で、露骨に凹みが、わかるぐらい」
「強い力で……?そりゃまた、なんでですかねぃ?」
「……手を離すことを、怖がってた。それも、まるで……



あの杖自体が、あの子の。存在意義、みたいに……」


14/02/28 18:55更新 / たんがん
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■作者メッセージ

後書き
どうも、どうにか月2ペースで連載更新ができたたんがんです。

リラちゃん久しぶりの再登場!!なお話でした。
……いや、それ以外も勿論あったんですけどww

マーチカやマユなど周りがいっそう賑やかになりつつも依頼に全力なエリーと、少しずつエリーの事を認めていくルベル。
……実は、マユちゃんの視点にはちょこっとだけ伏線が張られてたりします。ヒントは、「彼女」の視点との違い……すぐに気づいたでしょうか。

さて、次回はそんな彼と初めてもらったお給金にはしゃぐエリーと二人っきりのお買い物の巻!?
……そんなお話になったらいいな、と思っております。

それでは、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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