鍛治屋『LILAC』とクリスマス
ここは、鍛冶屋『LILAC』。親魔物領の街、グランデムにある鍛冶屋である。この鍛冶屋は人と積極的に関わろうとしないことで有名な魔物、サイクロプスが店主をしているという、珍しい場所だ。
そんな変わり種のサイクロプス、リラは現在非常に困っていた。
(結構、恥ずかしい)
無表情なことで有名なサイクロプスであるというのに、その顔は非常にわかりやすく羞恥で真っ赤に染まっていた。
(でも、ニシカは、この服装が普通だって、言ってた。だから、慣れないと)
そうやって自分を奮い立たせ、リラは自分のことを待っている二人の従業員のもとへと向かう。
なぜリラがこのようなことをしているのか。それは、ほんの数十分前に遡る。
「ほら、リラさん、先輩!!クリスマスケーキ買ってきました!!みんなで食べましょう!!」
ここは、『LILAC』の中の厨房。今日の分の営業を終わらせたリラは従業員の一人、ニシカに呼び出されてここへ来たのだが、そこには三人で食べるのには少し大きめなショートケーキがテーブルの上に置いてあった。ご丁寧に、テーブルの周りには三つの椅子が全てこっちを向いて置いてある。
しかし、この時期に祝うようなイベントが特に思いつかないリラは、てきぱきと切り分ける作業に移っているニシカを見て、首を傾げていた。
「そこに座ってくださいよ早く!!見ててください!!僕ケーキを均等に切り分けることは得意なんですから!!あ、でもチョコはあげませんからね!!」
ケーキの上には、確かにホワイトチョコが小さくおいてある。しかし、そこに書かれている「Merry Xmas」という言葉の意味が、リラにはよくわからない。
「あのー…ニシカ?なんで、ケーキ買ってきてそんなにテンション上がってるんですかい?今日ってなにかありやしたっけ?」
同じくニシカに呼び出されたもう一人の従業員である法被を着た青年、キリュウも今この状況の意味がさっぱりわからなかったようで、首を傾げながらニシカに聞いた。
その問いに、今度はニシカが首を傾げる番だった。
「何って…クリスマスに決まってるじゃないですか。二人とも、なんですかそんな訳がわからないみたいな顔しちゃって」
「「クリス…マス?」」
リラとキリュウの顔色を見て、ニシカはなんとなく状況を察する。
「ひょっとして二人とも…クリスマス、知らなかったりします?」
「ええ」
(…コクリ)
即答する二人に、ニシカはガクリと肩を落とすしかなかった。
とりあえず、毎年行われるイベントというところから説明をした。
「僕のいたエスバス家では毎年豪華なパーティをしていたんですよ。というよりそもそもなんで名前すら知らないんですか二人とも…」
「あっしは両親がジパング出身なもんで、そっちの方のイベントしか知らないんでさぁ」
「私、昔は山に住んでた、から」
「今は二人ともこの街に住んでるじゃないですか!!」
二人は本当にクリスマスを一から知らないようで、ニシカは頭をかかえる。折角クリスマスは三人で盛り上がろうと思っていたのにこれでは、テンションが下がるのも無理はないことだが。
しかしそんな時、ニシカの頭にある悪戯が思い浮かぶ。
(待てよ…ケーキ買う時に貰ったあれ…二人がこの有様なら、もしかして…)
いや駄目だ、とニシカは首を振る。
(無理、ですよね…そんな、簡単にいく訳、ありませんよね…)
考えれば考えるほどに馬鹿らしい気がして、普通にケーキ食って終わりでいいじゃないか、と思い、思考を中断したニシカだったが。
「ニシカ、どうしたの?」
こちらを上目使いで心配そうに見上げるリラを見た瞬間、悪戯を実行することしか考えられなくなるのだった。
「全くしょうがないですね。それなら僕が正しいクリスマスってやつを教えてあげますよ」
先ほどまでの呆れ顔から一転し、真剣な眼差しでクリスマスをニシカは語る。
「まず、リラさん!!あなたは格好からしておかしいです!!」
声高々にそういってビシッ!!とリラを指さす。
「私?」
「そうです!!そんなクロス様の図鑑にでも載ってそうなごく普通のサイクロプスの格好はクリスマスにするものじゃありません!!」
「ニシカ、メタな発言は自重してくだせぇ!!」
「そう、なんだ?」
「はい!!もう全然駄目駄目の0点です!!」
「そう、なの…」
「無視は立派ないじめですぜ…」
隅っこでいじけだしたキリュウを無視し、リラは当然の疑問を口にした。
「じゃあ、どんな服、着ればいいの?」
リラのその問いに、ニシカは待ってましたと言わんばかりの笑顔になる。
「そんなこともあろうかと思って、僕がケーキのついでに買ってきました。この袋の中に入ってるんで、向こうで着替えてきてください。いいですか?この服は、普通なんですからね?」
「う、うん。わかった」
そうやって、多少強引ではあったが、ニシカの作戦通りに事が進んだのであった。
ぱたぱたと駆けていくリラを見送りながら、ニシカは思う。
「リラさんって、純粋ですよね…」
数分後。
リラが、ニシカに差し出された服装を着て顔を真っ赤にしながらやってきた。
「お待、たせ」
その服装は、上半身は赤を基調としながらも白のトリミングがある長袖にリラの角が隠れるほどに大きな赤い帽子という暖かい服装ながら、下半身は上と同じ柄の丈が短めのスカートという、アンバランスなもの。
簡単に言うならば…ミニスカサンタだった。
リラの青い肌とは対象的な色合いの服は、それ故にとても映えていた。
「結構、はずかしい」
リラはさっきからずっともじもじとしている。琥珀色の単眼を潤ませるその姿に、ニシカは内心で大きなガッツポーズをした。
「ニシカ…これが、クリスマス、ってやつですかい…?」
いつの間にか拗ねていたキリュウが復活して、ニシカの肩に手を回していた。その静かな声色に、ニシカは冷や汗を垂らす。
(やばい…流石に先輩は、こんなあほなことしたらすぐに気づきますよね…)
「クリスマス…最高でさぁ」
そう言ってぐっ、と親指をたてる。キリュウの鼻からは、鼻血が一筋流れていた。
(先輩ー!?いや、助かったんですけども!!)
ニシカがケーキを切りながら、リラがキリュウの鼻血を押さえること数分。鼻血の原因が鼻を押さえていたので、キリュウの法被はリラの服以上に真っ赤に染まってしまっていたが。
「じゃ、食べましょっか!!」
「うん」
「りょーかいでさぁ!!」
三人はテーブルに座って、スプーンを手に取りようやくケーキを食べ始めた。
「ケーキうんめぇ!!」
キリュウのスプーンは素早く動き、キリュウだけケーキがもう半分近くはなくなっていた。
「落ち着いて、食べて」
呆れながら注意しつつスプーンを止めないリラ(サンタ服)と、笑顔なニシカ。
「こうやって三人でケーキを食べるってのもいいですねぃ」
「そう、だね。…あ」
ふっとリラが窓から外を見ると、外は雪が降り始めていた。
「ホワイトクリスマスって言うんですよ。こうやって、クリスマスに雪が降ることを」
「そうなんだ。綺麗…」
「案外、クリスマスってのも悪くねえや…」
優しく、雪が降り積もる中。鍛冶屋『LILAC』の夜は、静かに更けていった。
翌日の昼。
「あ、ミネアナさんじゃないですか!!いらっしゃいませ!!」
「ニシカ君こんにちは。あ、キリュウ、あんたどうでもいいから」
「まだ話かけてもないですぜ!?」
常連客のハーピー、ミネアナが『LILAC』へと来ていた。
「それにしても、キリュウ。あんたなんかあったの?」
「え?わかりやすか?」
「見ればわかるわよ。鼻の下伸ばしまくってんじゃない」
「あーやっぱわかっちゃいやすか」
そう言いながらも、キリュウの顔はにやけていた。
「クリスマスですよ、クリスマス!!あー、なんであっしは今まであんなこと知らなかったんですかね!!本当にもったいねえや!!」
「ああ、あんた無縁そうよねそういうイベント」
ミネアナの冷めた発言も無視して、キリュウはクリスマスの出来事を喋り続ける。
「今年ははっちゃけやしたぜぇ!!なんせ師匠があんな格好してあっし達の言うことなんでも聞いてくれたんですからねぃ!!いやーいいクリスマスでした!!」
キリュウのその発言で、場の空気が凍りついた。
「…は?あんた何言ってんの?」
「何って…クリスマスの話ですが?」
「み、ミネアナさん!!今日は何を買いにきたんでしたっけ!?」
ニシカは慌てて話題を切り替えようとするが、時すでに遅しだった。
「意味わかんないわよ。あんた、クリスマスなんだと思ってるの?」
「え、クリスマスって言ったら魔物が『さんた』っていう格好でお世話になっている人間に『プレゼントはワ・タ・シ、キャ』って言って日頃の感謝をご奉仕っていう形で返す行事ですよね?」
「…はぁ!?」
唖然とするミネアナを前に、ニシカは昨日の行動を悔いる。
ケーキを食べ終わった後、リラに「クリスマスって、これで終わり?」と聞かれたニシカは、二人(主にリラ)にあることないことを吹き込んだのだ。
最初は軽い冗談のつもりだったニシカだが、二人がなんでもホイホイ信じるのでつい調子に乗ってエスカレートしてしまい、リラが相当恥ずかしがるようなこともさせてしまった。
「ニシカ、昨日のあれなんか最高でしたよね!!ほら、師匠があっしのほっぺについてたケーキをなめとったやつ!!あの時の師匠の恥ずかしがる顔、忘れることができやせん!!」
「ごめん、この頭の悪いやつと会話したくないんだけど…ちょっとニシカ君、リラ呼んでもらえる?」
「え!?えっと、リラさんは今いな…」
「もう、来てる」
「うぇ!?」
気がついたら、ニシカの後ろにリラが立っていた。その顔は、うっすらとほほえみを浮かべている。
「ねぇ、ミネアナ。キリュウがおかしいって、どういうこと?」
「リラ、なんでか笑顔が怖いんだけど…この馬鹿なキリュウがついに妄想癖に目覚めちゃっただけの話よ」
いつもならこの辺でキリュウが怒るところなのだが、あいにくと記憶だけで興奮していて話を聞いてなどいなかった。
「妄想癖って、何?」
「だーかーらー、クリスマスは魔物が奉仕するものだー、とか訳のわからないこと言っちゃってるってことよ。意味わかんないわよ、リラがそんなの本気で信じて奉仕とかやったりする訳ないじゃない。ねえ?」
「…ありがとう、ミネアナ」
リラは顔をニシカの方へと向ける。その顔は、ニシカを『LILAC』にスカウトしたときのような笑顔だった。
「ねえ、ニシカ?どういうこと、かな?」
「え!?えと、いや、あはは…」
ニシカは引きつったような笑顔を浮かべたが、既に悟っていた。
(ああ、僕、死んだな…)
「ミネアナ。大事な話あるから、外出て欲しい」
「え?でも、私の用事すぐに終わるわy「いいから」
「もう、わかったわよ…いつか隣町で昼飯おごりなさいよねー」
有無を言わさないその態度に、ミネアナは文句を言いながらも出ていくしかなかった。
後ろの方で、目線で助けを送っているニシカには気づかないまま。
「えっと、リラさん?ほら、僕もちょっと前まで自傷癖の引きこもりだったじゃないですか?だからあまり外の事情がわからなかったりとかしたんでほら、多少事実ねじ曲がったりしたって言うかあの、ほんっとにすいませんあれ?その刀売り物ですよね?なんでリラさん持ってるんですか?なんで鞘から抜いてるんですか?いやもうマジ勘弁してくださいもう二度としませんのでぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
「ニシカ君!!ニシカ君…よね!?大丈夫!?しっかりして!!」
その後。
路上にボロボロのニシカと原型をとどめてない赤い布きれがミネアナにより発見されたとか…
10/12/21 17:21更新 / たんがん