第五話 初めての夜は、賑やかに
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……ありがとう。
たったの一言なのにその言葉は私の心の中にじわりと染みこんで、胸を暖かくしていく。
それは、冒険者なんてもうこりごりだ、とまで思っていた私の考えを、根元から吹き飛ばしてしまう程に。
ずっと、疑問だった。
歩くのは疲れるし、目的のものだって必ず手に入るとは限らない。
本に書かれているようなかっこいい事なんて、ないのが当たり前で。
それなのに、なんでルベルは冒険者という職業を続けていられるのか。
それはきっと……ありがとうという言葉が、一番間近で聞けるから。
何度でも、その言葉を聞けるというのなら。
私のおかげで、今度こそ誰かが笑顔になることができるというのなら。
これしかないって、思った。
ルベルは……喜んで、くれるかな。
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「……わかってんのか?」
冒険者になりたい。
そう言って笑った少女、エリーへと俺はなるべく声を荒げないように切り返す。
「別に、依頼人にはいつも歓迎されるわけじゃねぇ。感謝もしねぇで金だけ渡してとっととどっか行く奴だっているし、もっと早くしろだの逆ギレするやつだっている。そもそも、依頼人には最初から最後まで会わない場合だって珍しくねぇんだ。ソーラちゃんが特別優しかったってだけで……てめぇが多分想像してるようには、ならねぇ事の方が多いんだぞ?」
真実を突きつけるのは辛いが、避けては通れない道だ。
冒険者の仕事はシンプルなように見えるが、決して楽なものではないのだ。
なんせ依頼をクリアできなきゃ金なんてろくにもらえねぇんだ、安定性なんぞ皆無に等しい。
「それに、な。今日てめぇが体験したのなんぞ、初歩の初歩もいいところだ。失敗すりゃ、そのまま死んじまうような危険な依頼だってあんだぜ?」
それを死ぬような思いをしてようやく解決して帰ったところで、依頼人からはろくに感謝だってされねぇ事だって珍しくはない。
そんなのは、間違ってもこんな小さいガキに負わせるような負担じゃねぇ。
「それでも……いいんだな?」
だから俺は、エリーの目を真っ直ぐに見つめてそう尋ねる。
俺より一回りも小さなガキは、見上げる事で俺の視線を受け止めて。
「……うん!!」
目を輝かせて、そう頷き返した。
「……合格、だな」
「……え?」
つい、そんな言葉が口をついて出てきた。
別に、俺が認めてもこいつが冒険者になれる訳でもないけどよ……そんな笑顔で言われちゃ、文句のつけようがねぇっつーの。
ったく、依頼から帰ってきた時はもう二度とやるもんかって声が聞こえそうな程ぐったりしてたっつーのに……これもソーラちゃんと出会ったおかげかねぇ。
「そんなになりてぇんだったら……俺が、推薦してやるよ」
全く、応援したくなるじゃねぇかよそんなの。
「グランデムのギルドだったら、冒険者の推薦がありゃあめんどくせぇ試験なんかはパスできっからな。明日にでも冒険者として活動できんぞ」
「本当!?そんなに簡単になれるの!?」
「感謝しろよ?これでも一応俺は、ある程度はギルドからも信頼されてんだかんな」
かくいう俺は、その『めんどくせぇ試験』を突破して冒険者になった身だ。
身体動かすだけならまだしも、ある程度は座学もやんなきゃいけねぇから苦労したな……いやー、あん時はぜってー二十年の人生の中で一番勉強したな、うん。
ま、こいつならそんな試験ぐれぇは通過しそうなもんだしな。
それなら、早いに越した事はねぇ。
「うん!!じゃあエリー、明日には冒険者になれるんだね!!」
「明日確定かよ……別にいいけどよ」
生憎俺は、明日も仕事するぐれぇしか予定はねぇ訳で……別に、付き合ってやってもいいか。
「んじゃあ、明日の朝10時ぐれぇにここ集合でいいか?てめぇも早い方がいいだろ」
「え……あぁ、うん……」
俺の提案に、エリーはどことなく曖昧な返事をする。
「なんだ?問題でもあんのか?」
「あの、えっと……」
エリーにしては珍しく、歯切れが随分と悪い。
それはまるで、言いたいことが決まっているのに言葉を選んでいるような……
「お兄ちゃん……一緒に寝て、いい?」
「……はぁ!?」
夜中の住宅街のど真ん中で、俺はまたしても声を張り上げてしまった。
……いや、でもこれ仕方なくね?
「……つまりあれか、寝床がねぇから泊めて欲しいっつーわけだな」
「うん、そうなの……」
外で立ち話というのもなんなので、とりあえず俺の家で話を聞くことにした。
いくらか説明を聞いて、ようやく俺はエリーの言いたい事を理解するに至る。
なんでもこの街からエリーの普段暮らしているサバトまでは遠く、箒を使わないと帰れないような距離らしい。
だが、夜間飛行は危険だからサバトでも禁止されているんだと。
「だったら宿屋はどうだ?本買ってたっつー事はてめぇ、金多少は持ってきてるんだろ?」
「ヤドヤって……なに?」
「……金払えばベッドで寝かせてくれるとこだよ」
……そろそろ、こいつの知識の偏りっぷりにも驚かなくなってきた。
慣れって恐ろしいな……
「そっか、お金払えば……あ」
おそらくは財布であろう小さな布の袋を取り出して中を覗き込んだエリーの口が、ぽかんと開く。
「本買ったらお金全部なくなったんだった……」
「もっと計画的に金使えやぁぁぁぁ!!」
さっきコイツをちょっと見直した俺が馬鹿だった……
やっぱりこいつ、見てねぇと危なっかしくて何するかわかんねぇ。
「あうぅ、ごめんねお兄ちゃん……」
とはいえ、流石に指摘されればそれを悪いと自覚する事は出来る奴なのである、こいつは。
……ったく、仕方ねぇ。
「……今日だけだぞ。明日からは、適当に宿屋探せよ」
「いいの!?わぁい、ありがとうお兄ちゃん!!」
泣きそうになったかと思えばすぐ明るくなったり……忙しい奴だな、つくづく。
「んじゃあ、てめぇの寝床どこにすんのかっつーのも決めなきゃいけねぇけど……とりあえず、先に風呂入っとけ」
言いながら、俺は風呂場の方を指差す。
あんだけ山の中歩き回ったんだ、見えなくとも服の下なり汚れてるかもしれねぇしな。
服……あ。
「……って、服の替えなんぞ持ってるわけねぇか。あー……今日は同じ服で我慢できっか?」
少し悩んだが、結局そんな案しか俺の頭には浮かばない。
何?俺の服貸せ?うるせぇな、サイズ全然合わねぇだろうが。
「あ、それは大丈夫だよお兄ちゃん!!ちょっと待ってて!!」
しかし、俺の予想に反してエリーは何か考えがあるのか、とてとてと駆け出していく。
何をするのかと後を追うと、そのまま階段を上って2階に入ってしまう。
……っておい、勝手に人の部屋ん中入りやがったぞ。
何してんだ、と思う俺の考えを読んだかのように、大きな布の袋を抱えてエリーは戻ってきた。
「こんな事もあろうかとね、お着替えは沢山持ってきたの!!」
「人の部屋断りもなく物置にすんなやぁぁぁぁ!!」
そういえばこいつ、既に不法侵入やらかしてんのすっかり忘れてたな……
「えっとね、エリーがお嫁さんになったらそれぐらい許してくれるかなって思って……痛い痛い頭割れちゃうよぉ!!」
「それ、悪いの100%てめぇだからな……!!」
この期に及んでまるで俺が悪いみてぇな言い方しやがったエリーの頭に、二つの握り拳をグリグリと金髪の中にねじり込む。
こいつのやった事を考えると、これでも相当容赦している方だ。
「あうぅ……痛いよぉ……」
「ったく……それで勘弁してやるから、感謝しろよ」
手を離してやるとエリーは涙目になっていたが、まぁ自業自得だろう。
「うぅ……あ、そういえばお兄ちゃん、ちょっといい?」
「……あんだよ」
これ以上何か面倒な事をしでかすのかと思ったが、エリーは自分が出てきた部屋を指差すだけだった。
「この部屋なんで武器がいっぱいあるの?エリー、ちょっと怖い……」
「あぁ、そこか?そりゃ、そこ武器庫だし当然だろ」
「ううん、そうじゃなくてその……お兄ちゃん、ちょっと来てよ!!」
エリーに誘われるようにして、俺が武器庫として使っている部屋の扉を開ける。
……何の変哲もねぇ、武器がしまってあるだけの場所だ。
「だって、こんなにいっぱいあるんだよ……!?そもそもお兄ちゃん、剣以外も使うの?」
エリーは、武器庫の中をキョロキョロと見回しながら言う。
剣、槍、斧、刀、弓、短剣、メイス、鎖鎌、棍棒、戟、etc……
所狭しと並べられたありとあらゆる武器を、一つ一つ見つめながら。
「あぁ。一応、ここにある一通りは使えっけど?」
「へぇ、ここの一通り……へ!?お兄ちゃん、こんなに沢山の武器使えるの!?」
俺の言葉に、少々間を空けてエリーは驚いた。
……まぁ、そういうリアクションにもなるわな。
「昔、剣の師匠に物のついでで色々と教わってな。この辺のは全部、修行用に師匠から譲ってもらったもんだ。ま、剣以外は素人に毛が生えた程度しか使えねぇけどな」
俺の師匠は、『生き残る為には、使えるものは何でもいいから全て使え』とか豪語する人だったからなぁ……
……しごかれた時の記憶は、思い出したくもねぇ。
「それでも、すごいよ!!お兄ちゃんも、そのお師匠さんも!!」
「そりゃどーも。ま、確かに……すげぇ人だったよ、師匠は」
目を輝かせるエリーの言葉に、つい口元が緩んでしまう。
無邪気に師匠の事を褒めてもらえるのは、素直に嬉しかった。
「……さて、話はここまでだ。風呂湧かしてやっから、ちょっと待ってろよ」
これ以上続けると余計な事まで喋ってしまいそうで、俺はそこで強引に話を打ち切って階段を下りる。
「あ、待ってお兄ちゃん!!それ、エリーに任せて!!」
「あぁ?てめぇが風呂湧かすってことか?」
そこにエリーがそんな言葉をかけてくるが、あまり期待をできなかった。
好奇心とか独自の発想とかは買っちゃいるが、いかんせんこいつそれ以上に勝手に突っ走ってミスるイメージがでかすぎるんだよなぁ……
「うん、今度は絶対大丈夫だよ!!だって……これ、使うから!!」
そう言って、エリーが取り出したのは……背中に下げた、髑髏の杖だった。
俺としては、炎で風呂場を焼き焦がしたりしねぇか最初は不安だった。
だが、エリーのしたことといえば水だけ張ってあった風呂にちょこんと杖をあてがっただけ。
髑髏が内側から怪しげな赤い光を放つと、水だけだった筈の風呂が湯気を放って、俺の心配が杞憂だった事を知らしめたのだった。
「温度、これぐらいでどうかな?」
「どれ……お、ちょうど良い具合じゃねぇか」
触って確かめた水の温度は、いつも俺の入っている温度と殆ど変わらないように感じる。
「まほ……魔術ってすっげーんだな」
「えへん!!」
魔法と言ってしまいそうになったのを、どうにか言い直す。
エリーは幸いそこを気にすることもなく、胸の小さなまな板を偉そうに張るだけだった。
しかしまぁ、張ってみると本当にちっちぇえな。
「他にもね、洗濯とかならエリー魔術ですぐにできるよ!!すごいでしょー!!」
「……お前、本当に魔術『だけ』はすげぇんだな」
「ふっふーん、でしょでしょー!!」
気付いていないのか多少混ぜた皮肉を綺麗にスルーして、エリーは俺の言葉を喜ぶ。
とはいえ、こいつをすげぇと思っているのは本当の事だ。
普通、魔術師だろうとここにあるような魔術式洗濯機や風呂なんかはみんな買ってるっつーのに、それを全部一人でやるとはな……
「お風呂は熱を加えるだけだから術式構成も少なめで済むけど、洗濯って魔術だけで行おうとすると大変なんだよ!!原理的には水と風との複合なんだけど水は服が出ちゃわないように壁を作らなきゃいけないし、風はきちんと渦を巻くように生成しなきゃいけないし!!その渦にしたって、違う大きさの渦を複数、それも弱すぎず強すぎずの絶妙なバランスで作らなきゃいけないんだよ!!まぁ、同時に発生させる必要がないだけでもまだいいんだけど……」
「あーわかった!!わかったからさっさと入れ!!」
そこでまた妙なスイッチが入ってしまっているエリーにタオルを渡して、強引に脱衣場に押し込む。
こいつ、ほっとくと何かしら語り出すクセがあるみてぇだな……注意しねぇと。
「……ふぅ」
締めた脱衣場の扉にもたれかかって、一息つく。
……そういやあいつ、「おにいちゃーん、一緒に入ろ♥」とか言い出さなかったな。
あいつの性格ならそれぐれぇ言いそうなもんだが……まぁ、そこはいい。
明日から、大変だろうな……服はあるからまだいいにしろ、食事だって二人分用意しなきゃいけねぇし、寝床も確保しなきゃいけねぇし……
「って、何で俺あいつをここに住まわせる前提でもの考えてんだ……」
途中でその発想の馬鹿らしさに気がついて、慌てて思考を中断した。
明日になりゃ、あいつにはさっさと冒険者の寮にでも移り住んでもらうんだ。
家なんつーのは落ち着けるのが一番な訳で、あんな騒がしいガキにいてもらいたいなんつーことは……
「……ツンデレかっつーの」
疲れてんのかね……俺も。
さて……エリーが上がるまで、日課の鍛錬でもすっかな。
つっても、今日はもう遅いから大した時間もかけらんねぇか……?
……うし、素振りだけでもしよう。
そう思い立って、俺は剣を手に立ち上がった。
居間に程よく空いたスペースに立って、剣を構える。
肩に入る力、足の重心の乗せ方、手首の角度。
このために居間に置かれた鏡、その中に映る自分が最善の構えを取れているか確認する。
そして、振り上げた刃の軌跡が直線を描くようにゆっくりと少しずつ剣を下ろして……ある一点から、一気に力を込める!!
……ヒュッ!!
剣先が風を切る音を奏でて、刃が床に触れるまであと一寸のところで停止する。
……まず、一回。
この調子で……最低、100回だな。
適度に目標を決めて、俺は素振りを続けるのだった。
調子よく目標を終わらせてからしばらくして、エリーが風呂から出てくる。
程よく汗をかいた俺は、そのまま風呂に突撃した。
いくら魔物でも、風呂から上がりたてのエリーなら乱入の心配もなかったので、心地よく風呂を堪能する事ができた。
「おい、エリー!!そろそろ、てめぇの寝床決めるぞー!!……って」
風呂上がりにそう言いながら居間の方まで歩いていくと、エリーはすぐに見つかった。
「……すー」
ただし、ソファーの上に仰向けに寝っ転がっている姿で。
夜に男を翻弄する魔物の端くれが男より先に寝ていいのかよ……ったく、しょうがねぇな。
どうせ一日だし、そんぐらいなら俺の部屋に寝かせとくか。
足と背中の裏に手を入れて持ち上げると、エリーの小さな体は軽く持ち上がった。
ったくよー、お姫様抱っこなんぞ本来こんなガキじゃなくてもっと可愛い女の子にやりたいっつーのに……
階段を上がって、廊下を挟んで武器庫とは逆の位置にある俺の部屋の扉を足で開ける。
俺の部屋はこの前掃除したばかりで、全体的に片付いている。
本棚の本もきちんと番号順に並べてあるし、服も全てタンスの中だ。
これなら、いくら魔物でも下着を盗んだりだの妙な気を起こしたりもしないだろう……普段から清潔にしといてよかった。
そこのベッドに、そっと寝かせておいてやる。
「すー……すー……」
しっかし、寝顔だけ見てると本当に人間のガキと何ら変わりがねぇなぁ……
「……ん?」
何となくエリーの寝顔を見つめていると、妙なものを発見した。
正確には寝顔ではなくその少し下、エリーの喉元。
「何だ……?」
外からの月明かりに照らされる『それ』は、小さな円の中に幾何学的な模様が張り巡らされたもの。
素人の俺でも、魔術的な意味合いを持つと分かるような、それ。
「魔法陣か?これ……」
……何でこいつ、喉元に魔法陣があんだ?
「いや……聞いたら聞いたで、面倒な事になりそうだな……」
耳栓一つでペラペラと語り出す奴にこんないかにも魔術的なものについて聞いたら、それこそ一時間は語り続けそうだ……
「……ま、ほっときゃいつか話してくれんだろ」
気にはなるが、詮索していいものなのかどうかもわかんねぇんだ。
下手に突っ込むのも、よくねぇよな……
「ふぁ……」
……そろそろあくびが出てきたし、俺も寝るか。
毛布を引っ張り出して一階に下りて、ソファーに毛布と一緒に寝っ転がる。
やはり疲れていたのだろうか、横になるとすぐに目蓋が重くなってきた。
……色々あったな、今日は。
退院早々俺が入院する原因が俺の元に嫁発言して現れたかと思えば、一緒にマンドラゴラの根っこを取りにいって、それから女の子の家でシチューご馳走になって……
明日はまず、ギルドに行くんだったか……
俺が推薦してやって、エリーを冒険者にして……
……ん?
エリー、冒険者……
なんか、まずいことを忘れてるような……
しかし、俺がそれを思いつく前に、意識は静かに落ちていく。
……次の日、嫌でもそれを思い出す事になるとも知らず。
「……そいつは、無理な相談だな」
翌朝。
ギルドの扉が開くと同時に飛びこんだ俺達を待っていたのは、ブラウのおっさんの冷たい返答だった。
「おめぇ、何考えてやがる?たかが見学を許してやった程度で、全部許された気にでもなったか?そこの嬢ちゃんが何したか……もう一度、考えてみろ」
まだ誰もいないカウンターの中に、容赦のない言葉がこだまする。
隣にいるエリーは、小さく縮こまってしまっていた。
「何かしらねぇが、おめぇがその嬢ちゃんを気に入ってるのはわかる。だがなぁ、今の俺からすればそいつはただの前科持ちなんだよ。そんな奴を、推薦されたからってほいほい採用するわけにはいかねぇってのは……ルベル、おめぇさんでも理解できるよな?」
「…………っ」
……正論だ。
オッサンの言うことは、どこにも間違った要素がない。
それは何より、俺が覚えていないといけない事だった筈のことだ。
……けど。
こいつは、冒険者になりたいって笑顔で言っていた。
誰かを笑顔に出来るって事を、喜んでいたんだ。
そんな奴が冒険者になれねぇなんて、そんな事あってたまるかよ……!!
「おめぇさんの意思を尊重して、情報を一般に隠してるだけでも感謝しろ。だから悪いが、現状では諦めてもらうしかねぇって事だ……」
どこか遠くに聞こえるオッサンの声に、反論をしようと口を開いた、その時。
「……現状の評価、だったらな」
「……は?」
ニヤリと、オッサンは笑った。
「おいおいルベル、俺達ギルドはおめぇさんの見る目ぐらいなら信頼してるつもりだぜ?そのおめぇさんが推してんだ、どんな過去があろうがその嬢ちゃんが使える奴だって事ぐらいは理解できる」
「え……じゃ、じゃあ……!!」
さっきまでの厳しい態度は何だったのか、別人のように明るい顔をするオッサンに、エリーの顔もつられるように明るくなっていく。
「お、おい!!でもオッサン、今採用するわけにはいかねぇって……!!」
「形式的にはそうなるな。だからな、推薦があったからって言っても『ただで』採用するわけにいかねぇってことだよ。こっちの方で、雇っても問題がないか試させてもらう。……さしずめ、嬢ちゃん用の特別試験ってところだな」
「それなら……それさえ、問題なければ……」
期待に満ちた目でオッサンを見上げるエリーに、オッサンは頷いて答える。
「あぁ……『俺の評価が変わるような事があったら』、採用してやるよ」
「……本当に!?やったぁ!!」
その言葉に、飛び跳ねそうな勢いではしゃいで喜ぶエリー。
それを見て、ブラウのおっさんも嬉しそうに目を細める。
「……性格の悪い真似しやがって」
「悪く思うな。俺としちゃ、まずはあの嬢ちゃんの反応を見ておきたかったんでな」
「……そうかい。それで、反応とやらはよかったのか?」
「そこだけなら、及第点ってところだ。まぁ……じっくり確認させてもらおうか」
ったく、嫌な言い方しやがって……素直に感謝しづれぇじゃねぇかよ、これじゃあ。
「よし、嬢ちゃん聞いてくれ。これから、特別試験の説明をするからな」
「うん!!エリー、頑張るね!!」
張り切っているエリーの明るい声が、まだ誰も来ていない酒場に響く。
つっても、ぼちぼち時間も経ってるし、そろそろ俺達以外誰かしらは来てもおかしくねぇとは思うんだがな。
ぴらり、とブラウのオッサンは一枚の紙を差し出す。
「ここに、一週間ぐらい前から解決されてない依頼がある。難しい依頼でもないんだが、その分報酬が少し低めに設定されていてな。……これを、嬢ちゃんに『一人で』解決してきてもらいたい」
「うん、わかった!!」
「お、おい……こいつ一人に任せるのかよ?いくら難しくねぇって言っても、それは無茶じゃねぇか?」
オッサンの言葉に、反論する。
こいつはまだ色々と物を知らねぇんだ、それなのに一人任務に放り出すってのは……
「わかってるよ、だからそこには監査官を付けさせてもらう。勿論、推薦したお前にはそれをやってもらう事になるが……推薦した本人だけだと、主観の混じった報告になりかねんからな。そこでもう一人、監査官を付けさせてもらうぞ」
「もう一人?つっても、まさかオッサンがやるわけにもいかねぇだろ。誰がやるんだ?」
「あぁ、それなんだが……」
「おっはよー!!」
そこに突如として入ってくるのはギルドの扉が開かれる音と、それにセットでついてきた元気な朝の挨拶。
「あれれ?リッくんと……なになにー、その子今日はどうしたの?」
振り返ってみれば、そこにいるのは明るい茶髪を頭の上で纏めた女の子。
女の子とはいっても、この子も俺と一緒の冒険者なんだけどな。
「あ、もしかして……また結婚の報告?リッくん、おめでとうだね!!」
「ちっげぇよ!!」
しかもよりにもよってその子は、昨日エリーが放り投げた爆弾発言を目の前で聞いていた人間の内の一人だった。
親指を突き立てて勘違いの祝福をしてきたので、全力で否定をしておく。
「……ちょうどいい。お前にするか」
「……へ?」
それを見たオッサンが、指を差して一言。
「ルベル、マーチカ。この嬢ちゃんが依頼を完了させるまで……お前達二人で、嬢ちゃんの監査官をしてもらおうか」
「……へ?監査官?ブラウさん、何の話それ?」
突然そんな事を言われれば、この子――チカちゃんが、頭上に?マークを浮かべるのは当然な訳で。
……今日も、平穏無事には終わらなさそうだ。
14/02/03 13:46更新 / たんがん
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