ゲイザーさんを泣かせるだけのお話
「ひぃっ……!!ば、化け物……!!」
――――人間という生き物は、滑稽だ。
自分と異なる物を見るだけで、すぐに恐れを抱く。
それは例えば、手足の数や肌の色。
それから……目が一つしかない、ということも。
今日も、私の姿を見ただけで、顔を真っ青にして逃げ出す人間の男がいた。
私としては特に、どうなっても構わないのだが……まぁ、遊んでやるか。
「逃がすと……思っているのか?」
「うわぁぁぁ!!た、助けて!!どうか命だけは……!!」
少し魔術を使って逃げ出す男の前に回り込んでやると、男は私の前にひれ伏してみっともなく命乞いをする。
魔物が人を殺さない、という事すら知らないのか、私の姿を見て魔物以上の何かだとでも思ったのか。
確かに、同じ魔物の目から見ようとも、私の姿は異端に映っていることだろう。
手入れをしないせいで痛み、ボサボサになった黒い髪。
服の代わりに魔力の粘液で覆われた、生気のない灰色の肌。
髪と同じ色をして、背中から無数に映える触手には、一つ一つの先端に目玉がつくというおまけまで付いている。
そして、何よりも私を人間から遠ざけさせる特徴として……夜でも紅く光る、一つだけしかない目玉。
私は『ゲイザー』なのだから、人間が見れば怖がるのも無理はない。
「……ふん」
まぁ、せいぜい……今夜も、からかってやるとしようか。
「顔をあげろ。お前の粗末な体になど、興味はない」
「は、はい……!!ありがとうございま……!!」
――――そう言って指示通りに顔を上げた男の目から、生気が消え失せた。
「ほら、どうした?私はもう、お前になんぞ用はない。どこへなりとも消え失せるがいい」
「はい……ありがとうございます……」
ふらふらと、男が立ち上がる。
先程までとは別人のような、まるで生きながらゾンビにでもなったかのような雰囲気で。
その背中に、私はそっと耳打ちをしてやった。
「あぁ、ついでに言ってやると……この先にある森には、魔物が数多く潜んでいるぞ?最も……」
「お……あぁぁぁぁぁぁ!!」
「……そいつらはお前が家に帰れるような、生温い愛し方などしないだろうがな?」
私の言葉を全て聞く前に、男は口からよだれを撒き散らしながら私の指差した先にある森へと駆けだしていった。
ははは、随分と節操のない奴だ。
まぁ……私が、そうしてやったのだがな。
私の背中から生えている触手、その先にある目玉には、ある特殊な機能が備わっている。
それは、見つめた人間を暗示にかけ、自分の意のままに操る事だ。
あの男には、『魔物に犯されたい』という気持ちのみを増幅させておいたから、今のあいつの頭の中はそれ以外を考える余裕などなかったのだろう。
唯一の欠点はそう長続きするものではないという事だが、それにしたってあの男の場合解けている頃には複数の魔物に愛され続けて本心から快楽に堕ちていることだろう。
これだから……人間というのは滑稽だ。
何もせずとも私の姿を見るだけで勝手に恐怖を抱え、その感情すらも私が一回睨むだけで容易く塗り潰させられる。
次に私が会うのは、どんな奴なのだろうか。
まだ顔すら知らない人間を、次も私が自由に出来るのだと思うと……にやけるのが、止まらなかった。
いくらゲイザーといっても、常日頃あの姿を見せているわけではない。
その気になれば人間など何人束でかかってこようとも触手を使えば苦もなく追い返すこともできるが、流石にそればかりやっていては魔力の消費が激しい。
だから、昼日中に街を歩く時は、擬態の魔術で人間の姿をしているかのように周りに錯覚させている。
人間の姿を取ることは、別に屈辱ではない。
例えば、こうやって私の横を通り過ぎる人間が、正体を見せた時の怯えた顔を想像すれば……な。
「……おい、そこのお前」
「……はい?」
夜の路地を、一人で歩いている男。
キョロキョロとせわしなく周りを見つめる気弱そうなその人間が、今日の私のターゲットだ。
自分が声をかけられている事に気がついたのか、男の顔が一回り小さな私の身体を見下ろす。
今は擬態の魔術の上に目深に被ったフードを組み合わせているので、男には私の顔などほぼわからないだろう。
「少し、道を聞きたいんだが」
「え?あぁ、いいですよ。僕もこの街に来たばかりですが、できる範囲でならお聞きします」
声をかけてきたのが普通の人間だと疑いもせずに、優しい表情を浮かべる男。
この顔がどう歪むのか、想像するだけで……にやけ笑いが込み上げてくる。
「そうか……」
……ばさり。
私の意思で動く、背中から生えた触手。
それが蠢いて、人通りのない夜の路地に、私のかけていたローブを落とした。
「……そいつは、助かる」
擬態の魔術を解いて、私はゲイザーの姿をその男の前に晒した。
「……っ!!」
ふふ、驚いている驚いている……
あぁ、これだから人間というのはおかしくてたまらない。
今日の男は、どういった悲鳴をあげるのか……
その様を想像して、私が愉悦に浸ろうとした、その時。
「マナ……!?」
男の発した言葉に……私は、硬直してしまった。
「あ、あぁ、いや!!人違いだよね!!ゴメン、変なこと言っちゃったね……」
男がそう言って即座に謝る声にも、私は反応をすぐに返すことができなかった。
その、名前……どうして、知って……
そんな思いだけが、私の頭の中をぐるぐると回る。
結局、何秒か間が空いてようやくできたのは、短い言葉を発する事だけ。
「……そいつは、知り合いなのか?」
自分でも驚くぐらいに、声は震えていた。
……あり得ない。咄嗟に頭に浮かんだ可能性を、どうしても否定したくて。
「あぁ、小さい頃のね。僕はね、ずっとその子を探して旅をしていたんだ。一瞬、君の顔がその子そっくりに見えちゃってね……まぁ、その子は人間だから君とは別人だってすぐに気がついたんだけどね。だって君、魔物でしょ?」
その言葉で、私の背筋に嫌な予感が走り抜ける。
しかし、そんな事に気付きもせずに男は言葉を続けていく。
「君にこんな事を言ってもしょうがないかもしれないけど……昔、僕のいた村で……その、友達にいじめられている子がいてね。ちっちゃい頃に両親が死んだせいか、どちらかといえばふさぎ込んでいる事の方が多い子だった」
……やめろ。
「最初は、ただの同情だったんだと思う。泣いているその子を慰めようとして、声をかけてみて……でもね、最初はそんなつもりじゃなかったのに、僕は彼女とはよく遊ぶようになったんだ」
そんなもの、語るな。
「控えめだったけどね、優しい子だった。花の王冠を作ってあげたら、お花さんがかわいそうだよって言って地面に戻してあげるような子だった。結局、その花はボロボロになって、その子は泣き出しちゃったんだけどね」
思い出すな、私。あんなこと……今の私には、関係ない。
「その様子が、いつの頃からか可愛く見えて……一緒にいたいって、思ったんだ。でもね……あの子はある日、突然村から姿を消して……」
「やめろ!!」
その言葉を最後まで聞く前に、私は思いきり叫んでしまっていた。
「うわっ……!?ちょ、ちょっと!?」
苛立ちのままに男の事を突き飛ばして、逃げるように背を向けてその場から走り去る。
顔を見る事さえ不愉快だったから、暗示をかける気にもならなかった。
「ま……待ってよ!!どうしたの、急に……!!」
男の声に、聞こえないフリをして。
行く場所さえ何も考えないままに……私は、無我夢中になって駆け出していた。
「はぁっ……はぁっ……」
……それから、どれだけ走ったのだろうか。
どこをどう走ったのか、人間に姿を見られなかったのか。
そんな事も、覚えていなかった。
いつもだったら、人間の視線など自然と意識する事ができると言うのに……
それだけ、あの男の言葉が私の調子を狂わせたという事なのだろう。
呼吸を整える為に、壁に手をついて少しでも身体の負担を和らげようとする。
『ほら、ブタさんをきれいにしてあげるからお水をかけないと!!』
『何でここにいるんだよ、ブス!!』
『お前のか−ちゃん、ブサイクだからじさつしたんだろー!!』
「……っ!!」
落ち着いた脳裏によぎるのは、思い出したくもない記憶。
あの男が呼んだ、「マナ」という名前は……間違いなく、人間だった頃の私のものだった。
人間だった頃の私は、自分でも綺麗なんて言葉はほど遠い見た目だったように思う。
丸々と膨れた頬にはそばかすが大量にくっついて、細い目は嫌な印象を与えて、髪の毛はいくら手入れしてもクセが直らなくて。
幼い頃に両親が死んだ私は、親戚の元に引き取られて育てられていた。
でも、私を引き取ってくれた叔母夫婦は、私に興味を向けてはくれなかった。
家族でご飯を食べても、私の方を決して向くことはない。
何か話をしようとしても、それより先に夫婦が会話を始めてしまう。
どうしてかわからなかったある日の夜中、ふと寝付けなかった私はお手洗いを目指している途中に聞いてしまう。
叔母が「死んでまで私に迷惑ばっかり……!!」などと、母への恨み言をぶつぶつと呟いている事を。
……その時の叔母の表情は、布団を被って寝ても私の記憶から離れることはなかった。
そんな家が嫌で外に遊びに行ったら、今度は村の子供にいじめられた。
一人で暗い表情をしている可愛くもない私は、きっと標的としてはちょうどよかったのだろう。
顔の事を何度もからかわれて、逃げても追いかけまわされて。
そんな自分の顔を段々と嫌いになっていって、いつからか私は変わりたいと思うようになっていた。
……彼等を、見返せるようになりたいと。
そんな私の元に……狸の耳を生やした行商人さんが、ある日やってきた。
駄目もとで聞いてみたら、綺麗になれる薬というのを私のお小遣いでも買えるような値段で提供してくれた。
渡す直前にその行商人さんは、人間を止めることになってもいいか、と私に問いかけて。
私はそれに、二つ返事で首を縦に振った。
そうして、私の夢は叶ったのだ。
ゲイザーという、他人を意のままに操れる魔物になる事によって。
人間という生き物がどれだけ滑稽であるのかを、知ることが出来たのだから。
それから私は村を抜け出して……この力で、これまで一人で生きてきた。
だから、人間であった頃の記憶など、もう関係がない筈なのに。
私を捜していただと?少しの間、遊んだ事があるだけだろう……!!
それなのにどうして今更、私の前にあの男は現れる……!!
乱れた呼吸は、未だに定まろうとはしない。
それは、頭の中も一緒の事で。
とにかく呼吸を落ち着けようとして、月明かりに照らされる私の影は揺れる。
その影に……大きな影が、覆い被さった。
「鬼ごっこは君、いつも苦手だったよね……肝心な時に限って、真っ直ぐしか走らないんだもの」
それに続いて優しい声が、私の背後から聞こえてくる。
「……マナ、なんだろ?どうしてそんな姿になっちゃったのか、わからないけど……」
振り返ってみると、そこには私を苛立たせる男の姿。
名前は確か……サッド、だったか。
一歩、一歩。
私に近づいてくる男に対して……
「……来るな!!」
私は、声を張り上げる。
「それ以上近づいてみろ!!この触手で、お前に暗示をかけてやる!!この街どころか、二度とどこにも行けないような魔物のところへ連れていってやるぞ!!」
それ以上、その顔を見せるな。嫌な記憶で、私の心をかき乱すな。
私はそれが、腹立たしいんだ。
「マナ……?」
「マナなんて知らない!!私はお前みたいな人間とは違う、化け物だ!!この一つ目で、お前なんか思い通りにできるんだ!!」
だから、その足を止めろ。
こっちに……来るな。
「それが怖かったら、大人しく……!!」
「……そんな事、ないよ」
それなのにサッドは、変わらない調子でそう言った。
「怖くなんかない。どんな姿になったって、君は……可愛いと、思うよ」
「ふざけるな!!言うに事欠いて可愛い、などと……!!私のどこを見たら、そんな事を言えるんだ!!」
平然とした顔で戯言を言うのだから、私の苛立ちは余計に増していく。
「僕は好きだよ、その目。くりっとしてて、愛嬌があって……大きいから、余計にそう思えるしね」
何故だ……!?何故、この男はこんなことまで言う……!?私を褒めて、何の得があるんだ……!!
意味が分からない。来るな、これ以上。
その思いとは裏腹に、私の足は動いてはくれなくて。
男の姿は、もう目の前にまで迫っていた。
「今から言うことだけは、信じて欲しい。昔から変わらない、僕の気持ちだ」
どこまでも、かけてくるのは優しい言葉。
「マナ。僕は……君の事が、昔からずっと好きだった」
どこまでも真剣な表情で、彼は私にふざけた事を言ってのける。
そんなことを言われたって……私は……!!
「まだ……言って、くれるの……?」
……私、は。
「こんな姿に、なっても……昔と同じ事、言ってくれるの……?」
溢れる涙を……抑えることが、できなくて。
「やっと……認めて、くれたね」
安堵の表情になっている彼の胸に、私は思いっきり倒れ込む。
少し辛そうにしながらも、彼は私の魔物となった身体をしっかりと支えてくれた。
「急にあんな事言うから、心配したよ。魔物になって……マナは人間のこと、嫌いになったの?」
彼の服を私の涙で汚しながら、私は首を横に振る。
「うぅん、そんな事ない……!!私だって本当は、仲良く、したかっ……!!なのに……!!」
沢山の目を持ちながら、目を逸らし続けてきた本当の想い。
一度出てきてしまえば……後は、転げ落ちるように溢れ出てきた。
……本当は、彼の為に魔物になることを決意した。
私と一緒に遊んでくれた、たった一人の男の子。
彼が笑ってくれる度に……私みたいに可愛くない女の子が一緒にいるのが、辛くて。
魔物みたいに可愛くなれれば、いいと思っていた。
それなのに、私がなったのは可愛らしくもないゲイザーの姿。
この姿を見た彼に嫌われるのが怖くて、逃げるように村を後にして。
仲良くなりたかった人間からは、余計に忌み嫌われるようになった。
だから……得た力で人間を見返してやるぐらいしか、私には心の隙間を埋める手段が思いつかなかった。
ゲイザーの力で人間を操って、滑稽だと笑って。
それでも……ずっと、私の心は痛んだままで。
そんなことを知る由もないはずなのに、彼の胸は優しく私を包み込んでくれていて。
「うわぁぁぁぁぁん……!!」
私はそれに甘えて、思い切り涙を流し続けるのだった。
「もう一度……聞かせて欲しい。私で、いいんだな?」
「うん、そうだよ。君だから……一緒に、いて欲しいんだ」
「……物好きな奴め」
私の憎まれ口にも、彼はちょっと苦笑いをするだけだった。
私の眼を見下ろして、サッドは暖かく微笑みかけてくれる。
……もう、本当の気持ちに目を背けたくない。
私だってずっと、サッドの事が好きだったから。
だから私は、自分の目を強く瞑って……意思を込めて、大きく開いた。
「……っ!?う、うぅっ……」
彼から見れば、きっと私の眼は赤く輝いたように見えたことだろう。
その目を見たサッドの反応に、自分の暗示が成功したことを確信する。
ゲイザーが暗示をかけられるのは、何も触手だけではない。
私の忌み嫌った、自分の目……単眼にも、その力がある。しかも、それは触手など比べものにならない強さで、だ。
今かけたのは、『私を好きになれ』という暗示。
勿論、サッドが私を嫌っている訳ではないのはわかっている。
わかってはいても……やはり、確信が欲しいのだ。
本当に好きであってもそうでなくとも、私の能力を使えば必ず好きになってくれる。
「うっ……うううっ……!!」
だからこれは、あくまで……ほけ、ん……?
「マナ……マナ……!!」
「ぁっ……!?」
血走った目をしたサッドが、私を地面へと押し倒した。
「いたっ!?」
先程までの優しい顔が嘘のように乱暴な手つきで押されて、少し地面に頭をぶつける。
何だ!?今も昔も、サッドはこんな事をする奴では……!!
私の暗示がこいつの気持ちと重なって、暴走を起こしているとでも……!?
「ゴメン、痛かった……?でも、僕もう、我慢が……!!」
サッドは言いながらもズボンに手をかけると、すぐにチャックを下ろしてしまう。
そこから現れたのは、何もしていないのに既に臨戦態勢へと入ったサッド自身の物。
途端に漂う、濃厚な雄の匂い。
それが、私の身体を火照らせていって……♪
「ま、待て!!」
しかし、私の中の理性が、すんでの所でそれを押しとどめる。
「いくらなんでも、ここは外だぞ!!私は魔物だが、流石にそれは……!!」
「何を、言ってるんだ……先に、誘ってきたのは……マナの方、じゃないか……!!」
「え……?あ……」
言われて、気がついたことがあった。
私の身体を覆う、魔力でできた粘液。
それが……足の間だけ、別の湿り気を帯びていた。
確かに、私もサッドと繋がるのは嬉しいけど……あんなにおっきいなんて、思ってなかったから心の準備が……!!
あんなの、挿入れられたら……私、壊れちゃ……!!
「もういいよね?じゃあ、そろそろいくよ……」
「あっ……!?やぁぁぁぁぁぁぁ……♪」
……それは、前戯も無しに私の中に入り込んできて。
熱いものに私はかき混ぜられて、頭の中が気持ちの良さでめちゃくちゃにされて。
それから私が意識を取り戻すまでには、夜が明けるぐらいの時間が必要だった。
「ほら、この触手を落ち着いてじっくり見ろ……」
「……はい」
私の指示に従って、目の前のコカトリスは私の背中から生えている触手、その内の一つをじっと見つめる。
それに少しだけ気恥ずかしさを感じながらも、私はそいつに暗示をかけてやる事にした。
「いいか、よぉく聞け……『お前は可愛い、その羽も尻尾も全部』……」
「『ボクは可愛い……羽も尻尾も、全部……』」
私の言葉を聞いている内に、コカトリスはとろんとした目になっていく。
よし……順調に、聞いているようだな。
「『お前とあいつはいつも仲良くしている……だから、少し勇気を出せばいい……』」
「『ボクはあの人といつも仲良くしている……だから、ちょっぴり勇気を出せばいい……』」
私の言葉を反芻して染みこませているように、少しずつ声に力が入っていく。
よしよし……そろそろ、仕上げだ……!!
「『だから、今すぐ……告白、してくるんだな……』」
「『だから、今すぐ……告白すれば、いいんだね……!!』」
臆病な種族のコカトリスとは思えないぐらいに、そいつは元気な声を張り上げた。
「おぉぉぉぉし!!ボク、今ならなんでもできちゃいそう!!なんであんなに躊躇ってたんだろう!!ボクの想い、今すぐ伝えてこないと!!」
コカトリスというよりミノタウロスかサラマンダーのようなやる気をたぎらせ、翼をバサバサと振り回す。
……これならば、明日にはこの街には新しいカップルが一組誕生していることだろうな。
「マナさん、ありがとう!!ボクの告白が上手くいったら、何かお礼するね!!」
「……そうか。それは、楽しみだな」
「よぉぉぉし!!それじゃあ、まったねー!!」
言うが早いが、コカトリスは持ち前の脚力を活かして颯爽と私の前から姿を消した。
その背中を見ながら、私は口元が緩むのを抑えられなかった。
人間にイタズラするのとは違う、暖かい物に心が包まれる。
こういうのもやってみると……案外、良い物だな。
「……何してたの?」
「……あぁ、サッドか」
わざわざ振り向いて、確認するまでもない。
そこで私にかかる声は、愛する旦那のものだった。
「何、少し勇気が出せない奴がいたから、私の能力で後押ししてやったまでの事だ。物は使いよう、という奴だな」
それは、少し前から始めた事だった。
かつて人を弄んだ、暗示をかける能力。
人と仲良くしたい、という自分の気持ちに気付いてから、この能力は誰かを喜ばせる為に使いたいと思ったのだ。
それからその使い方を私なりに考えてみた結果、このような形に収まった。
勇気が出ない男女の後押しを多数してやった事から、今では私はこの街で『一つ目のキューピッド』などという呼ばれ方を頂戴したりしている。
例え見た目がおぞましくても、気持ちが悪くても。
誰かの為に動くだけで、私を見る人の目は優しいものに変わっていった。
「そっか……やっぱり、マナは優しいんだね」
それに……例え変わらなかったとしても、認めてくれる人はいる。
「でも……あんまり目移りばかり、しないでくれよ?君が他の男ばっか見ていると、また離れていっちゃわないか不安になるんだ」
「……そんなこと、するわけがない」
私がゲイザーになったのだってきっと、人間を見返す為じゃなくて。
「この目は……お前一人を見つめる為に、一つになったんだからな」
たった一つの大切な事に、気付かせてくれるためだったんだ。
彼のくれた、かけがえのない想い。
私はそこから、もう二度と目を離さない。
13/12/31 22:04更新 / たんがん