第四話 魔女とシチュー、根っこと触手
〜〜〜〜〜〜
……わからない。
あの人……ルベルクス=リークと出会ってから、そう思う事がとても増えた。
私がどれだけ狭い世界にいたのか、思い知らされる。
夢中になって魔術を勉強し、この世界の成り立ちについて大体覚えた頃には、全てを知り尽くしてしまった気にさえなっていたのに。
酒場の事も、山に犬が出るなんて事も、私は何もわからなかった。
でも、今になって一番わからないのは……私自身の事だ。
彼と出会ってから、自分でも訳の分からない感情を感じる事が多い。
彼が私を嫌いかもしれないと思った時、私は思わず質問してしまっていたり。
それに、彼が誠実な反応を返してくれた時、ほっとしたり。
マンドラゴラの花を見かけた時、彼に私の出来るところを見せてやりたいと思ったり。
確かに私はルベルに興味を持っていて、彼をもっと知りたいとは思っている。
でもそれは、私にとっては知識欲の一種であるはずだ。
魔術の勉強をしている時のあの気分の高揚と同じであって、そこに別の感情はない……はず、なのに。
どうして、こんな気持ちになるのだろうか。
……わからない。私には何も、わからない……
この後も、私はもっとわからない感情ばかりを感じることになるのだけれども。
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「えーっと……えいっ」
「きゃっ……」
「もうちょい、力抜いた方がいいぞ。後、刃は手前側じゃなくて奥に差し込むようにだな……」
危なげな手つきで果物包丁を根っこに差し込むエリーに、俺はアドバイスを送る。
抜かれた直後はビクビクしていたマンドラゴラだったが、事情を説明してからは快く俺達に協力をしてくれていた。
つっても今は、あいつの手つきの危なっかしさに違う意味でびびってるんだがな……
「奥?奥って……ほわっ!?」
あーあー……ナイフ持ってんのに余所見しやがるから、手前に引く勢いが余って自分の体を刺しそうになってんじゃねぇか……
……ったく、しゃーねぇな。
「おらエリー、もう一回構えてみろ」
「う、うん……っ!?」
根っこにナイフを添えたエリーの手を、自分の手でそっと掴んでやる。
「お、お兄ちゃん!?」
「ほら、最初ぐれぇ俺が一緒にやってやるよ。そっちの方が身体に染みこむだろ?」
「え、あ、そっか……うん、そうだよね……」
余程驚いたのか、説明をしてやってもエリーはやたらとあたふたとしている。
……突然握るのはまずかったか?
「よし、んじゃあナイフの刃を押し込むぞ。別に切れ口は不格好でいいから、自分さえ傷つけないようにしてだな……」
「う、うん……」
そのまま、指導しつつも一緒にナイフを根っこに通していく。
つっても、やり方さえ覚えればエリーはきちんと出来るタイプのようで、結局切り終わる頃には俺が手を動かすまでもなく勝手に動いてくれたのだが。
「……ほっ、と!!やったぁ、ちゃんと切れたよお兄ちゃん!!」
「ほー……まぁ、初めてにしちゃあ、上出来だな」
緑色をした足から離れた根っこを、エリーは得意げに見せつけてくる。
正直切れ目は不格好だから、綺麗に出来たとは言い難いもんがあるけど……ま、それを言うのも野暮だしな。依頼には問題ねぇし。
それにしても……何だか今に比べて、手を握っている間は妙にエリーが大人しくなったような気がするんだが……気のせいだったか?
「あ、あの……私は……?」
「おう。世話になったな、嬢ちゃん!!それじゃあ……」
「え……あの、私をもらってくれないんですか……?」
次の場所へ行こうとした俺に対しておずおずと控えめながらに、マンドラゴラちゃんは顔を赤らめてそんな事を言う。
あー……マンドラゴラって、普通は引っこ抜いてくれた奴とそのままくっつくこと多いからなぁ……
別に、この子は可愛くねぇって訳じゃねぇ。
ただ、見た目がエリー並に幼く見えるこの嬢ちゃんをそういう目で見られるかっつったら……なぁ……
「私のことなんて、根っこしか興味ないんですか……?」
「その表現は色々と誤解生むから止めてくんねぇ!?」
とはいえ、こんな少女が目元を潤ませているのに、放置するという訳にもいかねぇ。
参ったな……依頼内容が簡単だったから思わず来ちまったけど、アフターケアぐれぇ考えてから受けるべきだったな……
「ねぇねぇ、それならもう一回土の中に埋まってみるのはどうかな?」
どう扱うべきか困っていた所に、横からエリーが口を挟んでくる。
「で、でも……私達、一度引っこ抜かれちゃうと、もう一度土に帰った所でもう身体は成長しませんし……」
「うん、それはエリーも知ってるよ!!でもさ、マンドラゴラって頭の花の香りで男の人おびき寄せることできるんでしょ?それ使って、もう一度男の人をおびき寄せてみたらどうかな?」
「あ、あぁ……その手が、ありましたね……!!」
エリーの理屈に納得したらしく、マンドラゴラちゃんは目を輝かせる。
エリーの言うことがこの場では最善なことは、俺でもよくわかった。
正直、俺はグランデムの街に連れてってやりゃぁいいとか、そんなことしか考えつかなかった。
それでもよかったかもしんねぇけど……まだまだ根っこを採らなきゃいけねぇのに、山ん中連れ回す訳にもいかねぇしな……
「わかりました……!!それじゃあ、私はここで失礼させていただきます……!!」
「うん!!ありがとうね、マンドラゴラ!!」
どうやらエリーが、上手いこと丸くこの場を収めてくれたようだ。
おんなじガキ同士だし、通じるところでもあったのか……?
ズボッ、と音を立てて、あっという間にマンドラゴラちゃんは地面へ潜ってしまった。
……こうして改めて見ると、ただ甘い匂いを放つだけの花にしか見えないよな、コイツ。
とか思いつつもピンクの花弁を見ていると、突然土から顔が生えてきた。
「ま、また私の根っこが伸びたら……来ても、いいですよ……?」
それだけ言って、今度こそマンドラゴラちゃんは顔を引っ込めてしまう。
……何だ、今の?
「むぅ……」
「エリーまでどうしたんだ、じっと見つめて……」
「何か、もやもやする……お兄ちゃん、早く集めに行こ?」
俺を引っ張るエリーの面は、どこか仏頂面だ。
その理由を疑問に思いつつも、俺は引っ張られながら獣道をまた一緒に歩き出すのだった。
それからの作業がどうなったかというと……マンドラゴラの根っこの切り取りに関して言えば、非常にスムーズだった。
エリーも最初の一件で学習したらしくちゃんと耳を塞ぐようになったし、その後のマンドラゴラちゃんへ対する配慮も万全だ。
ナイフを持つ手つきだけはたどたどしいものもあったが、それぐらいなら許容範囲だろう。
日が暮れるまでかかってしまったとはいえ、ギルドから渡された袋はマンドラゴラの根っこで一杯になり、俺が両手で抱えないといけない程になったのだから、後は帰るだけで依頼は成功だと言っていいだろう。
問題は……そもそも、そのマンドラゴラを探すことの方であった。
なんせ、このだだっ広い山の中でマンドラゴラがそうすぐに見つかる訳がない。
一人目があんなに早く見つかったのが奇跡的だったのだ。
『お兄ちゃん、こっちこっち!!』
『おぉ、わーってるっての……って、おい……』
『あら、人間がこんなところに来るなんて珍しいね。せっかくだし、蜜でも食べてかない?』
花の香りにつられて行って見ればマンドラゴラじゃなくてアルラウネでがっかりするわ(蜜は美味かったけどな)、
『男男男男ー!!新鮮な男だぁぁぁぁ!!』
『エリー、逃げんぞ!!走れぇぇぇぇ!!』
『やぁぁぁぁぁ!!』
マンドラゴラの叫びを聞いたのか、発情したハニービーに追いかけ回されるわ……
そんなことを、鍛えてきた俺ならともかくずっと勉強しかしてこなかったらしいガキがすればどうなるのかっつーのは……
「お兄ちゃぁん……疲れたよぉ……」
……まぁ、ごらんの通りだ。
本来なら魔術の補佐をする筈の杖は完全に体を支えるだけの存在となり、息も絶え絶えでどうにか俺の後ろをついてきている状態だ。
「もう歩けないよぉ……おぶってお兄ちゃん……」
「んなこと言えるんだったらまだ元気だろ。ほら、もうちょっとだから踏ん張れ」
さっきからこんな風に弱音ばかり吐くエリーだったが、甘やかすことはしない。
こういうのも含めて、冒険者の活動なのだから、それを置いては体験会ではないだろうと思うしな。
ちなみに、箒も置いてこさせたので、楽をできないようにする対策は万全だ。
「うえぇ……もう、やだぁ……」
……とまぁ、エリーの方は半泣きになっていながらも、それ以上は不穏なこともなく山道まで辿り着き、俺達はグランデムの街まで無事に帰ることに成功したのだった。
「ほらよ、依頼完了だ」
どさっ、とカウンターに根っこを大量に詰めた袋を置く。
ブラウのオッサンはそれを確認して、満足げに頷いた。
「おう、お疲れ様だな。……後ろのお嬢ちゃんは特に」
「あぁ、あいつはな……」
ちらり、と後ろに視線をやる。
「うみゅぅ……」
チェアーに腰掛けたエリーが、全身を脱力させてテーブルに突っ伏していた。
……いやー、よく頑張ったなあいつ。けしかけたの俺だけど。
「んで、報酬は?」
「おう、ちょうどよかった。その件なんだが……」
何故か含みのある言い方をして、オッサンは俺に言う。
「これ、直接依頼人に届けてきてくれねぇか?」
「はぁ?なんだってそんなこと……」
「いつもだったらそりゃあ、向こうに連絡したりこっちから配達人を派遣したりもするんだけどよ。今回は、依頼人の要望で採集できたらすぐに持ってきて欲しい、っつーことだ。まぁおめぇさんでなくても構わないがよ、報酬にちょっと色ぐれぇつけてやんぜ?」
「ふーん……事情は把握したけどよ、別に俺じゃなくてもいいってんならなぁ……」
そこにいるエリーの事もあるし、その辺には俺以外にも冒険者がたむろしてる。
幸い、今いる連中は朝の奴らとは違うやつらみてぇでホッとすんな……っとと、どうでもいいな、んなこたぁ。
「何でぇ。これは、おめぇさんの為を思ってでもあるんだぞ?」
「……あん?」
「ほれ、この依頼書の依頼人の名前見てみろ」
オッサンに言われるままに、書類に目を通す。
えっと……『薬師 ソーラ=セルグス』?
「こいつ、独身女性らしいぞ?」
「うっしゃ行くぜエリー!!頼まれた仕事は最後まで引き受けるのが冒険者だぁ!!」
オッサンから地図と根っこの入った袋を受け取って、エリーをたたき起こす。
「お、お兄ちゃん、エリーもう無理だよぉ……」
「なんだと!?よし、そんならこうしてやらぁ!!いいからいくぜぇ!!」
「……うぇ?あ……ふぅ……」
起きる気配がなかったエリーを背中にかついで、俺は威勢良くギルドを飛び出した。
目指すはデーt……依頼人宅だぁ!!
「あなたが冒険者様ですね、お待ちしておりました」
お、おぉっ……!!
ノックの後に玄関の扉を開けてくれた女性、ソーラちゃんは、見事な美人であった。
艶やかに伸びるジパング系の黒い髪。
顔には赤い縁の眼鏡と、芯の通った切れ長の瞳。
更に視線を下にやれば、そこには揺れる大きな……おおっと、これ以上女性の体をじろじろ見る訳にはいけねぇな。
その上、物腰も丁寧とくれば、男としては反応せずにはいられないのは世の常というもの。
あのオッサンには感謝しねぇとな……!!
「あぁ、俺は冒険者のルベルクス=リークってんだ。これも同じ街に住んでる縁だし、よろしくな」
「はい、よろしくお願いしますね、ルベルクスさん」
「おっと、ルベルって呼んでくれていいぜ?街の奴らは、みんなそう呼んでるからな」
「わかりました、ルベルさん。それで、そちらは……?」
「エリーはエリーネラ=レンカートだよ!!よろしくね、ソーラ!!」
ちなみにエリーの体力は、背中におぶっている内にすっかり回復して、今ではこの通りだ。
ってかこいつ、本当は結構人と仲良くするの得意なんじゃねぇか……?
「まぁ、とにかくだ。ほら、これがソーラちゃんの為に採ってきたマンドラゴラの根っこだ」
「わぁ……ありがとうございます……!!」
袋を開けて中を確認すると、口元を綻ばせるソーラちゃん。
その表情は、とても可憐で……駄目だ、我慢できねぇ。
「ところで、ソーラちゃん……明日って、何か用事はあるのか?」
「私がですか?いいえ、特には……」
「それならよ……俺と、デートしねぇか?」
言いながら俺は、そっとソーラちゃんの袋を掴んでいる手に、俺の手を重ねる。
「は、はぁ……?」
「冒険者と依頼人……不思議なもんだな。あんたの依頼を受け取った時から、こうなる事は決まってたのかな?俺達の関係はそれだけの筈なのに、俺はそれ以上を望んじまってる。これも……運命、って奴かね?」
「そうですね……こうやって会えたのも、何かの思し召しでしょう」
笑って返すソーラちゃんの反応は上々だ。
よし、このまま押し切れば……!!
「あんたも感じるのか……だったら、これはもう決定的だ。俺達はこうやって会う為に産まれ、明日デートする為にこれまでの人生を……
あっつぁ!!??」
しかし、何故か口説き文句を言い終わる直前になって突然、俺の左手がとてつもない熱さに覆われて、俺はたまらず跳び上がった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ、問題ねぇ……てめぇ、何しやがんだクソガキがぁ!!」
火傷しそうな手に息を吹きかけつつ、俺をこんな目に遭わせた張本人であるエリーの方を向く。
両手が、陽炎がゆらゆらと立ち上る程度に熱を帯びたそいつのことを。
「むぅ……だってなんか、むしゃくしゃしたんだもん……」
「はぁ!?何訳わかんねぇこと言ってんだ!!その程度で手ぇ燃やされる俺の身にもなれや!!」
「とにかく、駄目ー!!お兄ちゃんはもう、ソーラと喋っちゃ駄目なのー!!」
「駄目って言われてはいそうですかって聞く奴がいるか!!いいからてめぇは大人しくしてろ!!つかむしろ先に帰れ!!」
「やだぁ!!エリー、お兄ちゃんと一緒に帰るのー!!」
エリーも何故か知らんが意固地になって、俺達の口論はますますヒートアップしていた。
あぁ、面倒くせぇ!!これだからガキは……!!
「ふふっ……」
すると、話に置いてけぼりにしてしまっていたソーラちゃんが、突然くすりと笑った。
「ルベルさんとエリーさん、仲が良いんですね。お二人は……兄妹なんですか?」
「ちっげぇよ!!こんなガキ親戚になんぞしたかねぇし!!」
ついムキになって、女性相手だというのに声を荒げてしまう。
それでさえ印象は悪くなってしまっただろうに、エリーは更に追い打ちをかけようとしてきた。
「そうだよ!!エリーは妹じゃなくて、お兄ちゃんのお嫁さ……」
グゥゥゥゥゥゥゥ………………
……それを止めてくれたのは、盛大に鳴った腹の音。
発生源は、俺の目線の更に下……勿論、エリーだった。
……一日中働きずくめだったし、そりゃ腹も減るわな。
「あら?エリーさん、お腹空いているんですか?」
「……あうぅ」
くすくすとソーラちゃんは笑う。
見れば、先程までは胸を張って得意げに言おうとしていたエリーが、今では恥ずかしそうに腹を押さえている。
……普段からこうだったら、もっと可愛げもあるんだがな。
「それなら……せっかくだし、我が家で食べていきませんか?」
すると……ソーラちゃんの口から、驚きの申し出が飛び出してきた。
「……いいの!?それじゃあ、食べたい!!」
「おい、エリー!!初対面の人相手に図々しいぞてめぇ!!」
「いえいえ、私は全然構いませんよ。一人暮らしですと、偶に作りすぎてしまう事がありますので……よろしければ、こちらからお願いしたいぐらいですし」
遠慮という言葉を置き去りにしてきたんじゃねぇかというエリーを注意するが、ソーラちゃんは咎めるどころか優しい言葉をかけてくれる。
……人間界に舞い降りたエンジェルか、この子は。
「んー……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらってもいいか?」
「えぇ、勿論。ご飯はみんなで食べる方が美味しいですからね」
少々迷ったが、せっかくの好意ということで、俺は素直に受け取ることにした。
デートでさえ断られる事が多い俺が、まさか女性の家で飯食べることになるなんてな……エリーに、初めて礼を言いたくなったぞ。
「それじゃあ、立ち話もなんですから、私の家にどうぞあがってください」
「あぁ、さんきゅーな。お邪魔させてもらうぜ……っとと」
おっと、ソーラちゃんの手は袋持ってふさがってるんだった。
その分も、ドアぐれぇ俺が開けてやらねぇとな。
「あら、お気遣いには及びませんよ?私……」
そう思ってドアの前に立った俺を、ソーラちゃんは呼び止める。
その声に振り向いた俺の前で、ソーラちゃんのスカートが下からパカッと開いて……って、へ……?
「手なら、沢山余っておりますので♪」
そこから、沢山の『何か』が飛び出した。
ぬるぬるとした粘液を放つ、紐のようにも見える桃色のそれは、どくどくと脈を打っていて……
「わぁ……すっごーい!!触手がいっぱいー!!」
そう、触手だ。
そんなものが、相変わらずにこにこと笑うソーラちゃんの足元から、大量に伸びているのだ。
その足元も、触手と同じような粘液が滴って濡れていて……っつーことは……
「そ、ソーラちゃん……『ローパー』だったのか……?」
「あら?隠していたつもりもありませんでしたが……お気づきになられませんでしたか?」
「あ、いや、まぁ……」
……まさか、胸から目線を逸らす為に足元を見なかった、とは言えねぇし。
「え?お兄ちゃん、気がつかなかったの?」
エリーはとっくに気がついていたようだ。
……そりゃあこいつは目線低いからすぐにわかったんだろうが、何か腹立つ。
「そういえば、明日のデートの件なんですが……」
「と、とりあえずその話は後にしようぜ!!俺も腹減ってきちまったからさぁ!!」
「あら、そうですか?」
そこで話を戻そうとするソーラちゃんに、慌てて話題を逸らす。
……勿論、ソーラちゃんを嫌いになったわけじゃねぇぞ?魔物だけあって文句無しの美人っぷりだし、何よりすごくいい子だぜ?
だけど……ローパーっつったら、旦那を触手で絡め取って、日夜愛する魔物だ。
俺はこれでも、冒険者っつー仕事は結構好きだから、それを止めてまで女の子と付き合いたくはないわけで……
はぁ……ソーラちゃんには悪ぃけど、後で追求されたらそれとなく断らねぇとな……
何となく決まりの悪い気分になりながらも、俺はエリーと一緒に、触手によって開けられた家の中へとおじゃまさせていただくのだった。
……つーかブラウのオッサン、ソーラちゃんの事知ってて黙ってやがったなあの野郎。
ソーラちゃんに案内されたのは、リビングのような部屋だった。
来客者用なのか四人分程度が座れるテーブルとチェアがあって、そのほかにも内装を見る限りではローパーとはいえ人間とそう変わらない生活模様だ。
さっき歩いてきたばかりの床は濡れちゃあいるが、それ以外に汚れているような場所もなく、清潔な印象さえある。
本人曰く、掃除は結構頻繁にしているのだそうだ。
綺麗好きのローパーとはまた、珍しい奴もいるもんだよな……
「ルベルさん、エリーさん。お待たせいたしました」
などと部屋を見回している内に、湯気の立ち上る皿を持ったソーラちゃんがキッチンから現れた。
……触手で持っているのは、この際関係ないことにしよう。
つーか、ぬるぬるとした触手でどうやって持ってんだ……?
「クリームシチューです。お口に合うのかはわかりませんが……」
コトリと置かれたその皿の中からは、食欲をそそる牛乳の香りが立ち上って、俺の空腹を刺激する。
材料はオーソドックスに人参、鶏肉、じゃがいも、ブロッコリー、マッシュルームってとこか。
けど、シンプルだからこそ彩りもよくて、丁寧に作られたことがわかるような、そんな熱だけではない温かさをその料理からは感じる。
……やべ、俺も腹鳴りそうだ。
「うっし!!そんじゃ、いっただくぜぇ!!」
パチンと勢いよく手を合わせて挨拶をするのもそこそこに、俺はスプーンを手に取った。
手近にあった人参と鶏肉をスプーンですくって、口の中へと入れる。
……うお。
人参はよく煮込まれてて甘くて柔らけぇし、鶏肉も脂がのっていて一噛みするごとに濃厚な味が口の中に広がる。
何より、ミルクで作られたシチューがそれらに加えた味が、バラバラな具材を一つの料理として昇華させるような……
……要するに、とてもうまかった。
「……ねぇねぇ、お兄ちゃん」
そんな風にシチューの味を堪能していた時、くいっと袖が隣から引っ張られる。
「……ってなんだ、エリー」
「これ、お芋とかいっぱい沈んでるけど……どうやって食べるの?」
「シチュー食ったことすらねぇのかよてめぇ……」
まだ会ってから短いとはいえこいつの性格も大分把握してきたつもりだったが、ここまで世間知らずとは思っていなかった。
っつーか、シチューぐらい出してやれよサバトの連中……
「普通に、スープと同じ要領で食やぁいいだろうがそんなん」
「でも、このお芋とかスープがいっぱいついちゃってるよ?」
「それを食うもんなんだよ。そっちの方が食材にスープが染みこんで、美味くなんだぞ?」
「へぇ……そうなんだ……」
……いやまぁ、適当に言っただけだが間違いじゃねぇよな、多分。
まじまじと、俺の言ったことを確認するかのようにシチューを見回すエリー。
その様子を、ソーラちゃんは微笑ましく眺めていたが、エリーはスプーンを手に持つ。
「……いただきます」
――――スッ。
次の瞬間、流れるように自然な動作で、エリーは食事前の挨拶をした。
目を閉じて、両の手の平を合わせての一礼。
たったそれだけの事なのに……思わず見惚れてしまうほどに、その動作は洗練された優雅さを持っていた。
エリーの持つスプーンはシチューの皿の中へと入り込んで、じゃがいもとスープを乗せて口元へと運ばれる。
それは、音もなく。机や床に零すどころか、僅かに雫を垂らすことさえもなく、エリーの口の中へと静かに入っていった。
もぐもぐと口を動かしているのはわかるのに、周りの音を全て消してしまったのかと思うぐらい、エリーは音を立てない。
そしてごくり、と喉が動き、料理の一口目が喉を通過したのが何となくわかった瞬間。
「――――美味しい!!これ、すっごく美味しいね!!」
エリーが感嘆の声をあげて、そこで俺はようやくハッとなった。
ソーラちゃんに視線を移すと、彼女もエリーに見入っていたらしく俺と目を見合わせていた。
「こんな柔らかいじゃがいも、エリー初めて食べた!!ほくほくで、ミルクの味も染みこんでて……すごいね、ソーラ!!」
無邪気に味の感想を述べるエリーの表情に、先程の気品さえ感じられる行儀の良さは欠片も見当たらない。
あまりの切り替えの早さに、さっきのエリーは別人だったんじゃねぇかって疑うぐらいだった。
「喜んでもらえてよかったです。私、人に振る舞うなんて初めてだったので……」
褒められて気をよくしたようで、ソーラちゃんは嬉しそうに笑っている。
「よろしければ、おかわりもありますのでどんどん食べてくださいね?」
「わぁい!!じゃあエリー、もっと食べたい!!」
「だから、少しは遠慮しろっつーのてめぇ……何かわりぃなソーラちゃん、さっきから世話になりっぱなしでよ」
「いえいえ。こんなに喜んでもらえるなら、私も作った甲斐があったものですから」
こんな懐の深いことを言ってくれる辺りつくづく、ソーラちゃんは出来た子だと思う。
……チクショウ、デートに誘いてぇ。
「でもまずは、その皿の中身をちゃんと食べてからにしてくださいね?」
「うん!!」
言い方はとても元気だったのに、再び食器を構えたエリーは、またしても絵に描いたような綺麗な作法でスプーンを操り、シチューを口の中へと入れていく。
……見間違いじゃなかったんだな、やっぱ。
「……あれ?お兄ちゃんにソーラも、どうしたの?」
エリーに声をかけられて、ようやく我に返る。
……いかんいかん、またしても二人でガン見しちまってたか。
「あぁ、いえ。エリーさん、綺麗な食べ方するなって思いまして」
「エリーの……食べ方が?」
「えぇ。その作法、どこかで習ったんですか?」
ソーラちゃんの質問は、俺も聞きたいことだった。
だが、エリーは首を横に振る。
「うぅん、習ったりなんてしてないよ?エリー、そういうの気にしたこともないし……そんなに違うかなぁ?」
「いや、断言できるレベルに違ぇよ」
とすると……無意識でやってんのか、コイツ。末恐ろしいガキだな……
……やべ。喋ってたらちょっと机にこぼした。
「ふーん、そうかなぁ……?それよりソーラ!!ソーラはあの根っこで、お薬作るんだよね!?」
もうこの話題には興味がないのか、エリーは話題を変えて机の下にあるマンドラゴラの根っこの詰まった袋を指差す。
「えぇ、そうですよ?」
「依頼書にも書いてあったろ。それがどうしたっつーんだ?」
「でも、根っこってそのままでも媚薬になるよね?それなのに、わざわざ薬にする必要ってあるの?」
……言われてみれば、確かにそうだな。
「エリーさんの言う通りですね。確かに、マンドラゴラの根っこはそのままでも媚薬としての作用を持っています。ですが、これには別の楽しみかたもあるでしょう?」
「別の……あ、わかったよ!!しゃぶって汁を啜るんだね!!」
「はい、正解です」
「やったぁ!!」
当てられたことがよっぽど嬉しかったのか、エリーははしゃぐ。
「ですが、その味は切り取ってしまえば長くは続きません。マンドラゴラの夫であれば切り取らなくても直接吸うこともできますが、それ以外の方ですとそうもいかないでしょう?」
「あー……そーいや、そうだな」
まさか、魔物の嫁がいる隣で吸うわけにもいかねぇしな……
「ですから、私はその成分を味と媚薬のそれぞれに分けて抽出してみようかと思ったのです。媚薬はより濃厚に、えっちな気分で無い方もマンドラゴラの根っこの味を楽しめる……そんな事ができたらいいなぁ、と思いまして」
目標を語って、少し恥ずかしそうに笑うソーラちゃん。
「わぁ……それ、すっごく面白そう!!」
「だな。マンドラゴラの根っこの味ジュースとかあったら、俺も飲んでみてぇし」
「そう言ってもらえると、ありがたいです。そうですね……せっかく新鮮な内に届けていただいたのですから、実際にやってみせますね」
机の下に置かれた袋を触手でつかんで、ソーラちゃんは立ち上がる。
飯はどうすんだ、と言おうとして皿を覗くと、既にソーラちゃんの分は空になっていた。
……いつの間に食ったんだよオイ。
「実際に、って……今からやるってことなの?」
「一応、大体の準備は揃っていますからね。ちょっと待っていてください。すぐに、ご用意いたしますね」
彼女が向かったのは、リビングの壁際に置かれた机。ただし、そこは比較的清潔にしている部屋の内部の様子とは対照的に、様々な試験管やビーカーなどの実験器具、山積みになった書類などが置かれていた。
置かれているものから予想はできていたが、やはりそこは実験の為の場所らしい。
……実は、そこだけ明らかに目立っているからさっきから気になってはいたんだよな。
「えーっと……まずは、細かく砕いてみましょうか……」
袋の中から根っこを取り、乳鉢に入れたそれをゴリゴリと細かく磨り潰す。
扱う根っこはそれだけではなく、二本目は味を確認するためかナイフで小さい形に切っていた。
かと思えば試験管を持って、何かに使うのであろう二つの薬品と思える怪しげな液体を混ぜ合わせる。
それらの作業を、ソーラちゃんは身体の触手を利用して並行作業で進めていた。
……触手って、そういう使い方もあるんだな。
「わぁ……」
それがよっぽど興味を引くのか、エリーはスプーンを持つ手が止まっている程だった。
ただ、その気持ちは俺もよくわかる。
「ふんふふんふふーん♪」
俺は薬には詳しくねぇから、正直何をしているかというのはよくわかんねぇ。
けど、複数の触手が、『根っこを使って媚薬を作る』という一つの意思の元に動くその様子は……こうやって見ていると、まるでパフォーマンスか何かを見ているようで楽しいのだ。
「うふふっ♪さぁて、そろそろ仕上げですよぉ……♪」
……まぁ、刺激を全て快楽に変換するローパーの触手を使ってるせいか、顔が赤くなってるけどな。
「これで、最後にこうやって……よし、できました。どうぞ、飲んでみてください♪」
皿の中のシチューが大して減る間もなく、ソーラちゃんはビーカーの中に入った透明な液体をコップに入れて俺とエリーに差し出してきた。
……お、葉っぱみてぇないい香りがすんな、これ。
「……こっちは媚薬の方じゃねぇんだよな?」
「はい。こちらは、味の成分だけを抽出したものとなっておりますので、遠慮無くどうぞ……♪」
……うーむ、触手のせいかソーラちゃん、さっきに比べるとテンション高くなってる気ぃすんな。
まぁそれはともかく、だ。
今はお言葉に甘えて、コップの中身を有り難く飲ませていただこう。
一口目を口にした瞬間、口の中に広がるのは自然を連想させる香りと強烈な苦味。さらにその後を苦味が追いかけてきて苦味と混じりあい、苦味が苦味と……
「……苦っ!!」
「うえぇ、苦いよぉ……」
思わず口を離しても、まだ残る程の強さだった。
それはエリーも同じだったようで、渋い面をしてぼやいていた。
「あら?おかしいですね……ちゃんと甘味も一緒に抽出したはずなんですが……」
どうやら、ソーラちゃんにとっても想定外の出来事だったようだった。
つーことは……
「……失敗、ってことか?」
「そのようですね……申し訳ありません、せっかく楽しみにしていただいたのに……」
彼女の表情に合わせるように、背中ではしゅんと触手が垂れ下がる。
「気にすんなって。口振りからして、ソーラちゃんこれ作るの始めてだったんだろ?なら仕方ねぇよ」
「そうですね……ですけど、なにがいけなかったんでしょう……」
ソーラちゃんは机の上にある大量の薬品や器具を見つめながら、残念そうにつぶやく。
俺も一緒になってそこを覗いてみるが……やっぱり、何がなんなのかさっぱりわからん。
まぁ、こればっかりはしょうがねぇよな……
そんな風に諦めて、俺は大人しくシチューを食べる作業に戻ろうかと思っていた。
「ねぇ、ソーラ。そっちの方のお薬、飲んでもいい?」
そこにエリーが、口を挟んだ。
俺達が飲まなかった方の薬……つまりは媚薬を、エリーは指差す。
「エリーさんがですか?えっと、それなら寝室までご案内いたしますが……」
さらっと恐ろしい事言わねぇでくれソーラちゃん……
「うぅん、そうじゃないの。味がわかるぐらいでいいんだけど……いい?」
「味ですか?抽出してしまいましたから、こちらは無味無臭になっているはずですけど……あっ」
ソーラちゃんはそこまで言って、ハッとした表情になる。
触手の一本が媚薬の入った方の試験管を急いで持ってくると、エリーに手渡した。
「一舐めするだけなら、影響は無いと思います。試してもらえませんか?」
「うん!!」
……何だ?二人は何かに気づいたみてぇだけど……
さっぱりわからない俺を尻目にしてエリーは指先にそっと垂らし、ぺろりと舐めた。
「やっぱり……ソーラ、こっちが甘くなってるよ!!」
エリーのその一言で、俺もようやく状況を理解することができた。
食べた奴の話によると、マンドラゴラの根っこというのは、甘さとほろ苦さの2つの味がするらしい。それなのにその味だけを抽出した片方が苦くなって、もう片方が媚薬なのに甘い。
ここまで聞けば、いくら俺でも何が起きたのかぐれぇはわかる。
……間違えて苦味だけを抽出してしまった、ってことだ。
「……あ、本当ですね。まさか、こんなことになってるなんて……」
ソーラちゃんも驚いたところを見るに、エリーの味覚が特別におかしい訳でもないのだろう。
「すごいです、エリーさん。私、ちっとも気がつきませんでした……」
「エリーも絶対そうだ、って思ったんじゃないよ?ただ、こんな事もあるのかなぁって思っただけで……合ってたのは、偶々だよ」
謙遜なのか、エリーはそんな事を口にするが……正直に言って、俺はこいつに感心していた。
こいつのすげぇところは、魔術や魔物に対する膨大な知識ぐらいだと思っていた。
けど、そうじゃねぇ。
エリーが薬に対する知識がどこまであるのかは知らねぇが、流石に本を読むだけで職に就いたソーラちゃんに匹敵するという事はないだろう。何が起きているのかわからなかったのは、こいつも俺とそう変わらなかった筈だ。
それなのに、自分がわからねぇ事でも諦めずに考えて、その上それを解決さえしてみせた。
薬品を見ただけで、自分にはできねぇって投げ出した俺より……全然、すげぇじゃねぇかよ。
ったく……まだまだだな、俺も。
「それでも、原因がわかっただけでもすごく助かりました!!これを改善する方法なら、色々と思いつきましたし……」
ソーラちゃんも、快楽とはまた違った意味で嬉しそうな笑顔になる。
……触手も後ろでわきわき揺れてるのはちょっと怖ぇけど。
そして……ソーラちゃんは礼儀正しく、エリーにぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます、エリーさん!!」
……どうやら、こいつは褒められ慣れてはいないらしい。
ぽかん、とエリーは呆けたように口を開けて。
「う……うん……!!」
ややしばらくして、戸惑った表情を見せながらも頷いたのだった。
それからは、ソーラちゃんと話をしながらも残っていたシチューをエリーと二人で頬張った。
思えば、誰かと食べる飯というのは、随分と久しぶりだったからか、俺は話をするのに夢中になっていた。
それに加えて、エリーが一人でソーラちゃんの悩みを解決するなんて印象に残ることもあったからだろう。
……結局、エリーの食事作法に対する疑問は、言葉になる前に俺の中から消えてしまっていた。
空を見上げれば、もう立派な月が出ているような時間だった。
シチューに舌鼓を打った俺達はソーラちゃんの家を後にして(また来てくださいね、と最後に手を振られた。またしても危うくローパーということを忘れてデートに誘いそうになった)、俺の家へと真っ直ぐに歩いている最中である。
エリーがなぜそれについてくるのかはわかんなかったが……途中で思い出した。
そうだ、まだこいつ俺の家に置いてった本片付けてねぇじゃねぇか……ついてきたのは、そのためだろう。
「…………」
そのエリーであるが、家を出てからずっと黙りっぱなしだ。
それも、ただボサッとしているのではなく、何かを考え込むかのような、そんな表情をしながら。
そして、俺自身もこいつに対して、考えることはあった。
つっても……こいつはもう、大丈夫だろうと思うけどな。
今日の行動を見て、確信した。こいつ……エリーはもう、俺が面倒を見る必要はねぇ。
あんな風に、人や世界に触れる度に目をキラキラと輝かせるような奴が。
好き好んで誰かを傷つけたりなんぞ……してたまるか。
ところどころ常識知らずで危なっかしいところもあるが、きっとこいつならその内直していくだろう。
だから……こいつもそろそろ自分の家――この場合、サバトか?――に帰る頃合いだ。
再会した時はうんざりしていたクセに、こうして一日をこいつと共に過ごしてみると、別れが寂しくなってくるから不思議なもんだ。
まぁ……偶にはこうやって、ガキに付き合うっていうのも、悪かねぇな。
考え事に結論が出た辺りで、ちょうど俺の家が目に入るところまで辿り着いていた。
「……おい、エリー」
「……ねぇ、お兄ちゃん」
最後ぐれぇ気分良く送り出してやろうと思い、エリーになるべく明るく声をかけたと同時に、エリーも口を開いた。
「冒険者って……いつも、あぁいうことするの?いつも、最後には……『ありがとう』って、言われるの?」
それは、何ともエリーらしい唐突な問いかけだった。
だが……真面目に答えてやるべき質問だと、そう思った。
「……あぁ、そうだな。毎回依頼人に直接礼言われるとは限らねぇけど……少なくとも、俺達がこういう形で人の役に立とうとしてんのは、間違いねぇよ」
「……そっか。やっぱり、そうなんだ……」
俺の答えを聞いて、エリーは頷く。
……やべ。こいつひょっとして、自分のやったこと思い出して、必要以上に自分を責めてるんじゃあ……?
少し心配したが、それはどうやら過保護だったらしい。
「……あのね。エリーね、ソーラがさっき、エリーに『ありがとう』って言ってくれた時……心が、ほわってなったの。エリーが頑張ったのはお兄ちゃんに言われてたからで、ソーラの為にやった訳じゃないのに……すっごく、気分があったかくなった」
曖昧な表現でも、こいつの言いたいことはよくわかる。
冒険者になりたての頃の俺だって、そうだったから。
そうだよな……自分で頑張った依頼の礼を言われるっつーのは、嬉しいもんだよな。
「冒険者ってそういう仕事なんだね……お兄ちゃんはいつも、あぁやって『ありがとう』って言われてるんだよね……」
そこまで言って、エリーは顔を上げる。
月明かりに照らされたその顔は、これから起こる事への期待に満ち溢れていて。
「――――だからね、お兄ちゃん。エリーにも……冒険者を、やらせて欲しいの!!」
……つくづくこいつは、俺を巻き込まずにはいられないようだった。
13/09/25 22:54更新 / たんがん
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