命薫る日々
登場人物
アイオン
故あって妖精の国まで旅をし、辿り着いた戦士。
盲目であったが、魔人となることで片目を得る。
ガーラ
アイオンと共に妖精の国を目指したハイオークの魔物娘。
戦士のために、自らの片目を差し出した。
第一 命薫る日々
……穏やかな陽光が瞼を照らし、うっすらとした眩しさがアイオンの眼を焼く。
そのままアイオンはゆっくりとその瞼を開き……世界を見る。
ぼんやりと、輪郭の薄い世界が……目に映る。だが、徐々に物事の形と色が固まり、やがては完全にその世界の姿を目の中に映す。
どうやら、開いた窓から差し込んだ陽の光がアイオンの顔を照らしていたようであり、その優しくも暖かい眩しさを、少しだけ、目が痛まない程度にアイオンは見ると柔らかな藁の寝床からその身を起こす。
……そこは小さな木の家……
かつて住んでいた……兄と共に過ごした猟師小屋に似た小さな家であった。
おぼろげながらも光を取り戻した後、女王から用意したと告げられたこの家を見たとき、アイオンは驚いたものであった。それはかつての、ずっと記憶の底に封じ込めていた“故郷の姿”だったからである。
鬱蒼とした森のそばに立つ、猟師の小屋。兄と共に過ごした、あの場所、あの家であった。女王の力の賜物なのだろうその家は全てが木と植物、そして石や岩から作られており、故に細部は違っていたが、それでも十分だった。
長いこと、思い出すことすらも忘れていたのにも関わらず、ぼんやりとした記憶の中にある家の造り、そして小さな小道具に至るすべてが同じであるかのように感じられ、アイオンは数年、数十年ぶりに感じる郷愁と安息の中にいた。
(……もうずいぶんと、遠くに来た)
そうぼんやりと思いながら、アイオンは窓際に置かれた粗末な木の椅子、それに腰掛けながら窓の外……うっそうと茂る森と、その中を飛び交う妖精の光を眺める。窓からの景色までは同じとはいかなかったのだろう。それでも十分すぎるほどに似た景色ではあった。
(本当に、俺は……妖精の国にいるのか……)
妖精の女王が統べるという、常春の国。かつてアイオンが読み漁った物語の中でも、その記述は一貫していた。冬に抱かれる北の大地とは違い、妖精の国は雪が降ることはおろか、肌を刺すような冷たい風が吹くこともなく、常に柔らかな陽光と暖かい月光に照らされ、時折降る雨も霧雨のように穏やかで決して体が冷えることはないのだと。そして常に木々は青々と生命に満ち溢れ、どこまでも続く草原には花々が色とりどりに咲き誇り、澄んだ小川が煌めく。実りは豊かで、決して飢えることも渇くこともないという。
大樹が連なり、妖精たちが踊り暮らす理想郷……それが妖精の国であった。
しかし、そんな理想郷にも“決まり事”はあった。それは物語によって様々ではあったが常に同じなのは“王または女王の決定が絶対”ということである。そしてそれは、妖精の国について間もないころに実感もしていた。誰も女王の決定に異を唱えることはなく、そして自分たちさえもそれに従うことに何の違和感も抵抗も覚えなかった。それに、ノチェを瞬く間に癒した力も……下手をすれば神にさえ匹敵するのではないかと、アイオンは考えていた。
また、物語によっては“一度入ったら最後、妖精以外は出ていくことができない”と記述されているものもあった。物語の主人公によっては、そのまま定住して終わりということもあれば、機転を利かして、もしくは無理やり逃げ去る、ということもあったが概ね“妖精の国から逃げ出そうとする”ことは大変骨の折れることのようであった。今のところ、アイオンは出ていく気はなかったが、いざ出ていこうとした場合はどうなるのか興味は少しだけあった。
(……まあ、そんなことはないだろう……と思いたいが)
暖かい日差しを感じながら、ちらと脳裏に浮かぶのは己が捨て去った場所。そこに残してきた養父の姿であった。
息子同然に育てられたのにも関わらず、その愛に報いることなく裏切ってしまった。その苦悶を思うと、胸の奥にじくりと染み出すような、癒えることのない古傷のような痛みを感じるのであった。
養父は一体……どうしているのだろうか
もう二度と、会うことはない。そう決めた、なのにどうしてか考えずにはいられなかった。
アイオンがそのまま深い思索の道に入ろうとしたその時であった。嗅ぎなれた、薫りが鼻をくすぐり……暫くして大きな音を立てて小屋の扉が開かれる。
「アイオーン!」
はつらつとして大柄な、灰色の白髪とはち切れんばかりの褐色の実りを揺らしながらガーラが小屋の中に入り込んでくる。その片目には黒布が巻かれ、愛する者のために差し出した犠牲を物語るが、本人は何一つ気にすることなく快活に笑う。そのまま、すぐにアイオンを見つけるとぶつかるように抱きしめ、ぎゅっと己の全身を余すところなくアイオンに押し付けていく。
「んっ! ガーラ……」
力強くたくましい腕に包まれつつも、アイオンも負けじと力を込めてガーラを抱く。そのままどちらともなく、口と口を重ね合わせると、互いを味わうようにその舌を絡めゆっくりと背中を愛撫する。命溢れんばかりに脈打ち、暖かく柔らかい。その褐色の肌は肥沃な大地にも似て、種を撒けば豊穣を約束したことだろう。アイオンは口を離すと、そのままガーラの首元に顔をうずめ、その命薫る芳香を存分に楽しむ。
いつもならば、ここまで来たら後は邪魔が入る前に一つになるだけであったが、ガーラはそっとアイオンを離すとはにかむように笑う。
「へへ……おはよう」
「ああ、おはよう」
暫く、再び静かに口づけを交わすとじっと互いの体温を感じあうように抱きしめあう。ただ穏やかに、愛を確かめ合うように。
これほど落ち着いてガーラがアイオンとのひと時を楽しめるのは、ある理由がった。
アイオンの片目、ガーラが差し出した光。それは完全にアイオンに馴染んだわけではなく、仮継ぎのようにくっついているだけの状態であった。それを完全なものにするべく、暫くの間、アイオンは最も己の体に染み込んだ魔力の持ち主であり、眼の持ち主でもあったガーラと二人きりで過ごし、魔力の調律を受けて過ごすように女王から言われたのである。調律と言っても、複雑なことはなく、ただ一緒に過ごすだけではあるが。
なんでも、ほかの魔力が混じると反発が起きて上手く馴染まない可能性があるとのことであった。当然、暫くの間とは言えども、ようやく心安らかに愛する人と交われるとばかり思っていたガーラ以外の者たちからは一緒に過ごせないことに不満が出たが、ガーラと過ごした同じ期間だけ二人きりで過ごすという約定のもと、ガーラはイの一番にその幸福に預かっていたわけであった。
当然、役割が終わり次第、楽しんだ時間から……もしくはそれ以上に長く離れなければならないということは考えないようにして。それに、そんな長いこと馴染ませる必要はないとも女王は言っていた。
「……もうだいぶ、馴染んだんだな 瞳の色が変わってる」
そう言って、ガーラはかつて己のものだった瞳を見つめる。女王から教えられた目安が、ガーラの黄金の瞳が、アイオンの体に馴染んでいくと徐々にその黄金色からアイオンのもともとの瞳の色に変わっていくという。そして今、ほとんど瞳の色は変わりつつあった。おそらく、明日か明後日には完全に馴染んでいることだろう。
そのままじっと、互いの瞳の奥を見つめるだけの時間が過ぎる。
「……うしっ 食事にしようぜ しっかり食べてくれよ」
からりと笑って、ガーラは身を離すと入口においてきたバスケットを机の上に持ってくる。青い蔓草で編まれたバスケットには小さな花が幾つか咲いており、それが甘く爽やかな香りを放つ。蓋を開くと、瑞々しい果実に焼いた魚を包んだ香草、いつまでも香ばしい不思議な妖精のパン、すっきりと甘い花の蜜の入った小壺がバスケットいっぱいに詰められていた。それをガーラは手際よく並べていく。その様子は実に嬉しそうで、大きな尻と一緒にガーラの尾っぽが振れる様子をアイオンは何となくむらついた気持ちで眺める。
何となく、アイオンは自らの手をふりふりと振れるガーラの尻に置く。ほとんど服を着ていないこともあり、ぴちっとはじけるように、それでいてもっちりと吸い付く尻肉の感触が直にアイオンの手のひらに伝わる。柔らかく、沈み込むような肉体。
「……ガーラ」
触れられ、動きを止めたガーラにそっとのしかかるように、アイオンは自らの顔をガーラの後頭部……喜びと緊張でぴくんと跳ねる耳の裏……へとうずめ、愛する者の名を囁く。
囁きと同時にぴくんと、尻が跳ね手を押し上げる。その肉の感触を愉しみながら、アイオンは深く息を吸い命薫る、ガーラを味わう。決して上等とは言えないだろう、生命そのもののような粗野な薫り。しかして、あの日からずっと……アイオン自身を縛り焚き付け、捕らえて放さなかった……病みついてしまったこの薫りを、ゆっくりと、肺に染み込ませていく。
そのまま息を吸いながら……空いた手を、そっと滑らせ……大きな実りをその手におさめる。まるく、重い、それでいてどこまでも味わい深い果実。なけなしの衣服に守られたその芯をぴんと抓むと、ガーラはさらに腰を浮かせ……同時に湿った音が……全身を震わせる。興奮のせいか、より濃く、より深く蒸留された薫りがあたりに漂い始める。ちろりと、アイオンの舌がガーラの耳をなめる。
じっとりと、湿った……ガーラの吐息が漏れる。
「さて、食事にしようか」
「……は へっ え?」
しかし、戦士は意地悪く微笑むと、すっと“獲物”から離れる。まるで“狩り”そのものを愉しむかのように、過程を味わおうとするように。
「ンッ ムゥッ! もう!!」
尤も、期待させるだけさせておいて御預けとしゃれこむのは、少々意地悪すぎたかもしれない。アイオンは愛するガーラがいじけ始める前にそっと抱き寄せると、口づけを交わす。暖かなガーラの温もりと、少しばかり湿った汗を感じながらぎゅっと力強く、そして優しく愛情をこめて抱きしめる。
「すまないな ……でも、ああでもしないと……我慢できそうにない」
口を離し、優しく耳元を撫でながら愛欲を告げる。それは今まで、戦士として封じ込めてきた、ガーラに対する想い。欲しつつも、どこか“人として”一線を引いていたもの。あの冷たい大地で、ただ生きる、それだけさえも厳しい中で耐え続けねばならなかった想い。
「……愛している、ガーラ」
それに応えるように、アイオンを抱く腕に力がこもる。もう、耐えなくて良い。この地には、悲しみも、痛みも、人と魔の隔たりもない。
その幸せを確かめ合うように、アイオンとガーラはお互いを抱く。
……「おいしい」
どちらともなく、言葉が漏れる。
アイオンは少しばかり冷めた焼き魚をむしったパンで包み食べる。ほんのりと塩気の効いた、そしてぴりっと辛みのある香ばしい匂いが食欲をそそる。ガーラはパンと一緒に、丸々と大きな赤い果実を齧っていた。その果実はリンゴに似ていたが、形が少し違っていた。だが、味も匂いも甘く瑞々しく、とてもおいしい果実であることは間違いなかった。
木のコップに酌まれた澄んだ水でのどを潤し、アイオンは口直しというように甘い蜜を少し舐める。とろりと舌に広がり、すうっと消えるような儚い蜜の味にアイオンは夢中になりそうであった。
そのまま、幸せな食事の時間が過ぎていく……
……少しばかり遅い、でも満たされる朝食を終えアイオンとガーラは何を話すわけでもなく、じっと静かに……藁の寝床の中で……抱き合い、体温を感じていた。
邪魔な衣服は脱ぎ捨て、生まれたばかりの姿で。そうしてゆっくりとお互いの肌と心音を重ねていくと、まるで一つに重ねあったような不思議な心地よさがあった。じんわりと熱が染み込み、馴染んでいく。これこそ魔力の調律と呼べるものであったが、アイオンとガーラは誰に教わるでもなく、そのことわりを理解していた。
そっと、アイオンはガーラの背中を撫でる。熱くしっとりと湿った、柔らかくも奥に弾力のある肉体。戦士として鍛え抜かれながらも、雌として完成された淫らな肉。何度味わっても、飽きることのない恵みを前に、アイオンは何度目かもわからぬ口づけを行う。薫り高く、少し塩気を含んだ肌に唇と舌を這わせ味わう。首筋をなぞるように、豊かなガーラの髪に顔をうずめて薫りを楽しみながら抱きしめた体を愛撫していく。
今までの、どこか急ぐような情交とは違う、どこまでもゆっくりとした交わり。お互いの体が絡み合い、結びあうようなこの時間がガーラは好きであった。誰にも邪魔されることなく、愛を確かめ合うことができる。それのなんと代えがたいものであろうかと、噛み締めるようにガーラは息を吐く。
暫く、背に回され柔らかな愛撫を続けていたアイオンの手がすべり、ガーラの尻の付け根……尾の根元をつかむようにさする。他のオークやハイオークのことは全く知らなかったが、アイオンはガーラの太くたくましい尾が好きであった。特に根元の付け根の毛は柔らかく、そして一段と熱く、そして“薫り”が濃かった。アイオンは根元をさすると、そのまま指を尾の裏……臀部の湿った窪みへと侵入させる。むっちりとした肉厚の太もも、その谷間の中でも秘すべき場所……そこへの無遠慮な侵入者にガーラは軽くのけぞるようにぴくんと反応する。
意地悪な戦士の慰撫に、ガーラは少し怒ったように相手を見つめるも、その刺激に喜び震えてしまっている尾の動きですぐに戦士に気持ちがばれてしまう。それに、とっくの前にガーラの秘所は熱く濡れ返り、少しその“門”を開けば一気に流れ出てきてしまうほどであり、どちらかといえば早くその“門”の鍵穴をいじって欲しかったのである。しかし、戦士は門のほうには見向きもせず、くりくりと尾の根をいじり、そのまましっとりと湿った“窄まり”を興味深く調べるようにゆっくりとその周辺をなぞる。
魔物と言えど、生き物である以上食事をすれば当然、出すための“営み”はするものではあったが、流石にその“営み”をするための場所ををいじくり回される、というのはいくらガーラであっても羞恥心が勝るようで、きゅっと尻に力を入れてこれ以上不埒な闖入者がこれ以上己の不浄に近づかないように挟み込み、行く手を阻む。
「そ、その アイオン……そこは、その……汚いから……」
ぽっと、より体を熱くしてガーラは請う。しかし、当の相手は顔を首に埋めたまま深呼吸をすると、うりうりと己の怒張をガーラの太ももに押し付けながら、力を入れてぷるぷると震える尻肉を掻き分けようと両手でむっちりとした肉を揉みしだきつつ、隙を伺うように指で“そこ”をつつく。
「! うひっ!」
きゅむっと、つつかれるたびに“そこ”が縮こみ、意地悪な指と手を尾で何とか振り払おうと藁の中で跳ねる。しかし、アイオンはそんなガーラの反応が面白いのか、より執拗になぞり、つつき、ついには大きく尻肉を掻き分けて不浄の秘部を空気にさらそうとした瞬間であった。
力んでいたのもあるが、うっかり“空気”が漏れそうになってしまう。
「もっもうっ! やめてくれって!」
ついに我慢の限界が勝り、ガーラは大きく叫ぶ。本来であれば突き飛ばしてもおかしくはないような行為を受けてもなお、その両腕はがっしりと愛する人を抱きしめ離すまいとより強く、強く……報復とばかりに締め堕とさんまでに……強く抱きしめる。
……そのまましばらく、許しを請うようにアイオンがその両腕でガーラの背中を叩き、いよいよ力がなくなりつつある頃合いになるまでがっしりと、抱きしめられ、アイオンの顔は豊かな両胸に埋められることになった。
「すまなかった ガーラの反応が可愛くて……やりすぎてしまったな」
少し笑いながらアイオンは謝罪する。
「もうっ! ……全く……そこはダメだっていったろ」
顔は怒っていたものの、その声音はどこか甘い。
「本当にすまないな ……こうしてゆっくり……その、なんだ 安心して触れあえる時がなかったからな つい興味が沸いてしまった」
穏やかな笑みを浮かべ、重ねてアイオンは謝る。そして、そっとガーラの頬を撫でる。かつての信心深く慎み深い戦士はどこへやら、魔物との情事を心から楽しむように……否、アイオンにとって魔物かどうかは関係なかった。ガーラ、愛するものとの情事だからこそ楽しんでいたのである。
「……むぅ ……なあアイオン……その、あたしの……お尻の……ぁな……に、興味……あるの?」
「ない、と言えばうそになるな でも、嫌ならもうしないよ」
「……ぅぅ…… ……その、その……今は、だめ その……準備すれば、できると……思う」
そう呟き、ガーラは顔を赤らめる。
「ガーラ 無理しなくても……」
半ば冗談めかして“興味”を見せたアイオンであったが、ガーラからしてみれば愛する人が望むならば……それも己の体に対し、情欲をぶつけるような行為ならば……それを拒む理由はなかった。実際、どのように準備をすればよいかはわからなかったが、何とかしようとガーラは小さく決意をする。
そんなガーラの眼の前に、アイオンが迫る。
「あ……っ んぅ」
頬を撫でながら、優しく唇をついばむ。しっとりと重なり、少しだけ舌が触れ合う。
「……いいかな」
そう呟き、横になったガーラの脇腹をそっと撫でる。
「……最初からそう言えよ……ほら……」
ころりと、藁の中で仰向けに寝転ぶ。それに重なるようにアイオンが上になると、少し身を起こし……そっと撫でるように、ガーラの体を見る。柔らかく成熟した褐色の肢体は大きく、特に目の前に広がる胸元は両手を使ってもなお零れ落ちそうなほどであった。それを彩るように白の混じった灰髪がもっさりとしつつも柔らかく広がる。何度見てもなお、飽きることなく己の欲望を焚き付ける肉体。
そんな肉体のあちこちに、傷が見える。その傷を優しく、愛おしみながらアイオンは撫でる。まずは全身に刻まれた、細かい傷……たくましい太ももから、むにりとした脇腹、そしてゆっさりと揺れる胸、そして頬へ……次に痛ましく開いた腹の傷痕……アイオン自身の悔恨たる、証……そこにそっと屈みこみ許しを請うように口づけを落とす。すんと薫る、命。そんなアイオンを許すように、ガーラはその頭を撫でる。
暫く、母に少年が顔をうずめるようにアイオンもガーラの腹に顔をうずめ、甘えるようにこすりつける。自分よりも大きなものに包まれる安堵、それはいかに年を重ねようとも求めてやまない根源的な欲求であった。そんな欲求を振り払うように、アイオンは名残惜し気に顔を上げると身を起こし、そしてそっと頭を撫でていたガーラの手を取り……その肩にある古い矢傷に触れる。
「ひひ……まだ、残ってるな」
あの時、故郷で……
「そうだな……」
忘れもしない、最初の出会い。
ガーラが受けた、最初の傷。アイオンの兄が放った、一矢を腕に受けた時のものであった。その傷痕はくすみ、少し消えかかっていた。その傷痕に触れるアイオンの手を包むようにガーラの手のひらが重ねられる。
そのまま瞳と瞳が交差するように絡みつく。もしもあの時、故郷で……捕まっていたのならば、どのような運命をたどったのだろう。
「ガーラ」
身を起こし、求める
「アイオン」
体を開き、受け入れる
熱い欲望があてがわれ……ゆっくりと湿った花を押し開いていく
吐息が漏れる。
欲望の先が、熱く、熱くねっとりとした潤いに包み込まれていく。そして訪れる、粘ついた肉襞を掻き分け押し込む感触。先が、欲望の頭がぷるんと滑り込む瞬間に広がる焼かれるような快感。
そのままぐっと、杭を押し込むように、胴を納めていく。柔く、しかし隙間なく、熱が、蜜が、舐るようにとろとろとアイオンを包む。ぴちぴちと押し出された蜜が股座を濡らしながら感じる、背が焼けぬけていくような感覚。苦し気に、甘く吐き出されるガーラの吐息に合わせて柔らかく収縮し、ねじるように蜜肉が顫動する。果たして、何度味わえばこの快感に慣れることができるのだろうか、それはアイオンには全くわからなかった。それほどまでに、ガーラとの交わりは常に新鮮な刺激と共にあった。
みっちりと、腰を押し付けるように全てを納めアイオンは深く息を吐く。そのままぐっと力を飲むように数度、己の剣をガーラの最奥にこすりつける。そのたびにガーラは艶声を上げながら、その欲望を加えこんだまま腰を浮かせる。その微かな動きと肉のうねりでさえ、吸い付いた肉がのたうつように埋めた欲望を擦り上げる。腰の奥を直接撫でられているかのような心地良さは、アイオンに暴発を起こさせないようにするのに精一杯にするほどであった。
お互いの、熱と共に吐き出される呼吸の音だけが部屋の中に響く。幾ばくか息を整え、アイオンは自らの腰の具合を確かめるように、ガーラの熱を味わうように少しずつ、恐る恐るといった様相で腰を引いていく。褐色の肉の谷間にうっすらと咲く、花びらのような桜色の少陰の襞がゆっくりと引き延ばされ、まるで肉の返しがあるかのように柔らかな肉牙が出ていこうとする肉棒を引き留める。特に、男根の返しとなっている雁首に至っては“傘の裏”に隙間なく肉の牙が絡みつき、その感触はまさしく魂が抜けてしまうかのようであった。
その感触を味わいながら、再び腰を突き入れていけば、ねっとりと溢れんばかりの蜜が男根を潤すと同時に、敏感な先端にぬらぬらと無数の蜜襞が絡まり擦られ、ちりちりと焼け付くかのような刺激を与えてくるのであった。そして最後まで埋めれば再び、膣壁が窄まるように蠢きぴったりと形に添って吸い付く。そうなってしまえば最後、ほんのわずかに腰をゆするだけでも腰が抜けるような心地よさが満遍なくまとわりついてくるのであった。故にちょっとでも気を抜けば、たちまちのうちに理性を絡めとられ本能のままに貪ろうとしてしまう。
その尋常ならざる快感を前に、アイオンは何とか意識を保ち、理性をかき集めながら考える。人であることをやめた、ということも影響しているのかもしれないが、あまりにも強い快感であった。今まで味わったことのない、旅の中でさえもこれほどの快感はそうそう記憶になかった。それとも、心の底から安心しているからこそ、今まで感じえなかったほどの快感を感受できるようになったのだろうか。答えは熱に浮かされ、まとまりそうになかった。
それに、それはガーラも同じことであった。元々、ただ愛する人に触れるだけでも多幸感に包まれる魔物娘が、もはや何にも邪魔されることなく心行くまで安心して愛する人をそのすべてをもってして受け入れ交わるのだから、その至福と快感は今までの比ではないだろう。元々オークは好色な種族ではあるが、その上位種たるハイオークをもってしても抗いきれない強烈な快感であった。
アイオンは再び食いしばるようにぐっと全身に力を入れ、快感に耐える準備をすますと、下で涙目になりながら荒い息を吐くガーラを抱き寄せ、己のすべてを密着させる。ちりちりと脳が焼ける音が耳の奥から響き、汗に湿った肌からはむせかえるような薫りが沸き立ち、蒸留された愛欲に包まれる中で全てが焼き溶けていく。
「ガーラ」
愛するものの名を呼ぶ。
「アイオン……っ いいよ いいよ!」
力が、こもる。離れないように、離さないように。アイオンは力を込めて、ガーラを求め始める。顔を豊かな髪に埋め、その首筋に口づけをしながら。
ずん、ずん、まるで地響きのような重い一撃。寝床が軋み、揺れる。そのたびに獣のように荒い息が、くぐもった叫びのように部屋に満ちる。一突き一突き、粘ついた音と蜜が飛び散る中、燃えるような広がっていく薫りに部屋が満ちる。窓は開いていたが、外の新鮮な空気を押し出すように、部屋の中が一色に染まっていく。
まるで空気にも味がついたかのような、濃い薫り。その中心で絡みつく一対の肉。ただ抱き合い、絡まり合い、一つになろうともがく肉塊。
その快感は筆舌にし難いほどのものであった。ただ緩やかな交わりでさえも果てかけない程の快感が、今まさに耐える間もなく襲い掛かるのだから。密着した体と同じく、引き抜いても離れることのない肉口は乱暴に、力任せに突き入れられるたびに大きく波打ち入口と最奥の袋を締め付け、逃すまいと蛇のようにうねり上げ。噴き出す蜜は熱く肌と肌を癒着させ、下半身に至ってはとろとろに溶け合ったかのように錯覚を覚えさせる。
無我夢中であった。まるで少しでも落ち着いて感覚を享受したが最後、弾けてしまうかのように、アイオンとガーラは逃げるように腰を振るう。立ち止まろうものならば津波の如く飲み込まれてしまうその快感から。
胸板に当たるツンと柔らかな二つの実りの感触、それを支える体のどこまでも沈み込むような柔さの奥に潜む張り詰めた弾力、大きく壊れることがないと安心できるガーラの肢体、そのどれすらも味わう余裕などなかった。せめてもの慰めは、ただ抱き合い肌を重ね合わせるだけでそのどれをも味わうことができたという点であろう。
ひときわ大きく、寝床が軋む音が響く。
アイオンはガーラを抱きしめながら何かに耐えるように呻くと、突き上げるように押し付けた腰を何度もひねりながら、びくびくとその体を震わせる。終わりを前に、今を惜しむように全身に力を入れ耐える。だが、そんなアイオンの覚悟も空しく、突き入れたガーラの肉花は熱く太く膨張した欲望をひくひくとしゃぶり上げながら加えこみ、より奥へ奥へと吸い込もうとするかのように締め付け吸い付いてくる。また、幾度も突かれた刺激で膨れあがった胎は別の生き物、それも飢えた獣のように蠢き“獲物”に食いつく。とろとろに粘り切った蜜肉とはまた違う、熱く硬い弾力のある小さな口がアイオンの鈴口に口づけを重ね、ねだるよう嫐るのである。
そんなアイオンに対し、ガーラは既に幾度も絶頂を重ね、野獣のように吠えながら腰と体を跳ねさせてその視界を明滅させる。その抱擁は絡みついた大樹の根のようで、さながらアイオンは根に取り込まれた岩のようであった。全身からは泉が沸くように汗が吹き出し、濡れた肌は灼け鉄のようにその汗を薫りとして燻ぶらせる。
燻ぶる汗に濡れた地母の肌に、アイオンは渇きを満たすように口をつける。薫り高いその味は、最後の力を振り絞るためのひと押しをしてくれるかのようにアイオンの心を奮い立たせ、そしてズンと重く腰の奥に落ちるようでもあった。ぐつぐつと己の中で煮えたぎるものは溶岩のようであった。
戦士は再び、叫ぶように獣の名を呼ぶ
呼んで、力を振るう。先ほどとは違い、打ち付けるような動きはない。だがより太く硬くいきり立った己をもって、ガーラの最奥を叩くように、一撃一撃を深く落とし込むように、ゆっくりと浅く抜き……そして確かめるように重く確実に腰を突き入れていく。
肉に突き刺さるような音が響くたびに、獣は全身を震わせ暴れるようにもがく。だが戦士は押さえつけるように、片手で頭を、もう片方の手で背を、腰を押さえつけ正面から全身を叩きつける。
より深く より強く より愛をこめて
感覚が焼き付き、ただ“快感”と“幸福”だけに塗りつぶされた意識の中で……アイオンとガーラは果てるのであった……
第二 もしもあの時
……妖精の国の昼下がり……からさらに時間が経った刻限、暖かな陽光に照らされつつも鬱蒼とした深い森のそばにぽつんと建っている猟師小屋があった。
その中で一組の男女が寝床の藁の中で横になっていた。どちらも汗にまみれ、体力を整えようとするかのように気だるげにしていた。静かに抱き合いながら、男は慈しむように女の……魔物の褐色の肌を撫でる。
良き土のように鮮やかな色をしたその体は富み、種を撒けば豊かな実りをもたらすであろうことは想像に難くなかった。そんな魔物は体を揺らしながら、嬉しそうに男に身を寄せる。
先ほどの激しい情交の後だというのに、もう魔物のほうは体力を取り戻したのか、物欲しげに男のほうを見ていた。だが、それは男も同じであった。少しばかり疲れを見せていたが、男の精力は既に回復の兆しを見せており、特にその象徴たる男根と精巣はあれほどの……精も根も尽き果てるような達し方をしたのにも関わらず、実りもたらす大地を前に己の種を撒かんと欲するかのように再び熱を持とうとしていた。
だが、それはあくまで体、本能の話であった。体を統べる理性……アイオン自身としては、これ以上昼に盛るというのは少しばかり遠慮したかったのである。そうというのも、このような激しい交わり自体は実は初めてではない。むしろ、魔物として生まれ変わり、暫くガーラとのみ関わるように言われたあの日から、ガーラとする営みは人であったころよりもさらに強烈な快感を伴うものへと変わり、それと同時に体力や精力のほうも人の体だった頃からは考えられないほどに早く回復するようにもなっていた。故に、致そうとすればそれこそほぼ昼夜休まずに続けることもできただろう。だが、それはあまりにも爛れていると、アイオンは流石にそのような生活はできないと……あまり意味はなかったかもしれないが、最低限の一線は己の中に設けることにしたのである。
とはいえ、そんなことを考えつつもアイオンの手はむにむにもにゅもにゅと先ほどまで楽しむ余裕がなかったガーラの大きな乳房をこねくり回しつつ、ついつい触ってしまうガーラの下腹部……子宮の上あたりを撫でていた。
大きく丸く柔らかな弾力に満ち、そして淡い桜色のつんとした乳首が褐色の豊丘のてっぺんで映えるように主張するガーラの胸、それに目を奪われたことは一度や二度ではない。それに、少したるみつつも、むしろそれが大地の豊穣をそのまま形にしたようにアイオンの眼に映るガーラの腹回りとそれを支えるずっしりとした腰と太もももまた、幾度となくアイオンの熱情を煽るものであった。
当然、余裕があれば交わりの最中であっても楽しみたいものであったが、先のようにそんな余裕はそうそう持てなかったため、こうして情後に母に甘えるようにして楽しむのが常であった。
「ぁっ ん……っ アイオン……っ……」
だが、それはそれとして耳や目には毒であった。触り心地がよろしすぎたのも当然、しっとりと汗ばむ肉体をくねらせ、すり合わせながら愛するガーラが目の前で喘ぎ物欲しげに見つめてくるのである。実際、この熱に中てられては心の中で引いた一線……少なくとも昼間交わったら夕刻になるまでは我慢する……というのを僅か数日で半分程は破られ……アイオン自身から破ってしまっている。
(……いかんな)
いくら体力などが沸いてくるとはいえ、これでは淫魔と変わらないではないかとアイオンは名残惜しさに髪を引かれつつも、極上の果実を手放すようにそっと藁の寝床から身を起こす。
「ん、ん〜……あいお〜ん」
そんなアイオンに、ガーラは甘えた声でその体を押し当て、誘惑する。
「……むっ ほら、ガーラ 少し遅いが昼食……もう夕食でもいい時間だ、準備をしないと」
「むぅ……わかったよ、それじゃあいっちょ……あ〜どうするかなぁ」
なんとなしに、ガーラは今までの癖が抜けきらないなと笑う。そうというのも、この妖精の国においてむやみやたらに野生の動物を殺すということは禁じられていた。というよりも、動物はほとんどの場合において妖精の友であったため殺生は厳禁であった。当然、食べるために狩りをするなどと言えば大騒ぎになってしまうだろう。
では何を食べるのかと言えば、肉を食べたければ魚、そして木々や草花に実る果実に、勝手に生えてくる野菜の類が普段の食事となるのであった。
だが、不思議なもので妖精たちの中にも“人間かぶれ”な妖精たちがいて、そんな妖精たちは真似事で小さな町や工房を作り、そこでパンやチーズといったものや、なんと衣服や装飾品の類まで作っていた。
ただ、作っていた、と言ってもほとんど魔法で動く不思議な小道具たちが勝手に作っているだけなのだが。一部の装飾品は妖精にとって大切なものなのか、いくつかの品は丁寧に手作りで作られているものも存在していた。ただ、そうした品は決まって“不思議な魔導具”だったために軽々しく触れられるようなものではなかったのだが。
何はともあれ、意外と妖精の国であってもそうした事情から人の道具や食料は手に入るものであった。また、妖精の国には貨幣の類は存在しなかったため、欲しいものがある場合は専ら物々交換であったが、それも森で摘んできた果実一個でチーズかパン一個といった具合だったので、あれほど人里で苦労した食糧集めがここでは殆ど苦労することがなかった。ただ、肉となる魚だけはガーラが釣りを苦手としていたため、ちょっとずつ練習はしているものの主にアイオンが釣っていたのである。
さて、そんな感じで昼食改め夕食をどうしようかとガーラは頭を悩ませるに腕を組む。だが、実際のところは食事の内容はどうでもよかった。アイオンに好き嫌いはないし、ガーラも別段これがダメだ、という食べ物はなかった。ただ、どうすれば早く美味しいものを用意できるか、ということだけであった。つまるところ、ガーラはあまり長いことアイオンのそばを離れたくなかったのである。
……あれこれ悩んだ末にガーラは森に入ると果実を数個、そしてキノコや山菜の類を摘んできて、どさりと机の上に置いてから鍋に水と塩を入れて暖炉の火を熾す。暫くして鍋が煮えてきたら、そこに採ってきた山菜とキノコを手で揉むように千切り入れていく。その様子は手慣れたものであり、かつて長い間住んでいた森でも同じようにしていたであろう。やがて、煮えた鍋を暖炉から外すと、ごとりとそのまま机の上に置く。
ぐつぐつと鍋の中で未だに煮立つ野菜のスープと森の果実、それが今日の夕食であった。
「ほいよ、冷めないうちに食べようぜ 火傷しないようにな」
「ありがとう それじゃあ、いただきます」
穏やかで温かい時間が、ことことと過ぎていく……
……食事を終え、一息ついた頃。日が傾き、穏やかな夕日が森を染めていた。すでに森は暗く、鬱蒼と翳り、妖精の国とは言え近寄りがたい重い暗闇が支配しつつあった。
そんな様子を窓からアイオンは椅子に座りながら眺め、そのアイオンをガーラが愛おし気に見つめる。これがここ最近の小屋の中の風景であった。
もうそろそろ、ガーラと……そうアイオンが思ったその時であった。ガーラが少しばかり、そわそわした様子で……ただいつもとは違う感じでガーラがアイオンのそばにより、話しかける。
「な、なあ……アイオン」
「どうしたんだ」
普段とは少し違う様子で話しかけるガーラに、アイオンは少しばかりの心配と興味を惹かれる。少しの間、もじもじとガーラはしていたが、やがて意を決したように口を開く。
「ちょっとした魔法の道具なんだけど……その、使ってみたいものがあるんだ」
そう言ってガーラが机の上に置いたのは、小さな香炉であった。恐らくは妖精が作り出したものなのだろう、その香炉は色とりどりの細かくも鮮やかな石を精微に組み合わせて作られており、とてもしっかりとした造りをしていた。虫のような装飾の小さな四つの足を持ち、手に持ってみれば見た目よりも少しばかり重く感じる。水晶か宝石かわからないが、薄紫色の透き通った美しい一枚石を削って作ったと思わしき蓋の装飾は見事なもので、それよりも少しばかり濃い紫水晶で象られたハートが抓みとして蓋のてっぺんに取り付けられている。
その香炉の蓋を開くと、香と思わしき紫色の練り薬がちょこんと、かわいい小さな石皿の上に置かれていた。
「それ……追憶の香炉(思い出の香炉)……っていう、ものらしいんだ」
ガーラが少しはにかみながらしゃべり始める。
「それを焚いて一緒に寝ると、その……夢を見るんだ」
「夢?」
「そう、夢……同じ夢を ……でね、最初に出会った頃の夢を見るんだって」
「それは……」
最初の出会い。その言葉を聞いた時、アイオンの眉が少し動く。
アイオンの表情を見て、ガーラも頷く。そう、最初の出会い、それは決していいものではなかった。
アイオンは人として、ガーラは魔物として、決して交わることのない隔たりがそこにはあり。結ばれた今となっても、あの時の故郷の姿を思い返すのは憚れるものがあった。
「うん……良い思い出じゃ……ない」
「それじゃあ、どうして」
当然の問いを、問うアイオンに対し、ガーラは少しはにかむように……郷愁の表情を燻ぶらせて……答える。
「……そうはならなかった、別の道……も、見せてくれるんだって だから、その……もしかしたら……アイオンがその、あたしに……その……あの時……」
捕まっていたら
消え入るような、小さな声。
それは、あり得たかもしれた過去。いや、むしろそうなるべきだった過去。ただの人の子が、小さいとはいえハイオークから逃げおおせた、ただそれだけが奇跡。
だが、そうはならなかった
だからこそ、夢の中だけでも知りたい。そういうことなのだろう。その想いを、アイオンは感じ取る。
けれど、それは過去の恐怖を、怒りを、憎悪を……呼び起こすかもしれないもの
黒く渦巻くその思いは、ようやく過去から、あの冷たい北の大地から解放された愛する人の負担となりえる。それがわかっていたからこそ、ガーラは言い淀んでいたのである。
静かに、ガーラは返事を待つ。
アイオンはそっと立ち上がると、心許なさげに尾を揺らすガーラの手を取り……
答えを告げる
……穏やかな日差しが窓から差し込む。その日差しを瞼越しに受けて、アイオンは目を擦りながらその身を起こす。
「やっと起きたか お前は寝てばかりいるな」
叱りつけるような、しかして愛情が隠れた声が耳に届く。その声の主はすぐに分かった。
「! 兄ちゃん!」
ぼろ布で繕った服の上に、毛皮を羽織った青年……アイオンの兄ステリオは少しばかり不愛想にしつつも手にした焼いたジャガイモをアイオンに放り投げる。焼きあがったばかりの、熱々の芋を投げられアイオンは悲鳴を上げて寝床の中で転げまわると、その様子をみてステリオは楽しそうに笑う。
「寝坊も少しは懲りたか? ほら、さっさと食べな」
そう言ってさらにもう一つ、意地悪な顔で焼けた石のように熱い芋を放り投げるのであった。
「……さて、今日は薪を売りに村の方に行ってくるよ アイオンはどうする」
荷支度を終えたステリオが、芋を平らげ寝床の片づけをしていたアイオンに問いかける。アイオンの兄、ステリオは猟師である。普段は狩りをしたり、このように森で拾ったり枯れ木を切った薪を集めては細々とではあるが日々の糧を稼いでいた。兄と幼い弟、ただそれだけの家族。それだけだからこそ、硬い絆を持つ家族。
ただ二人で、アイオンと兄は村から離れた小屋で生活していた。
血の匂いを人は嫌がるからな
そう言って寂しげに笑う兄の横顔を何度見ただろうか。
だが、兄は村から離れて……暗い森の傍で暮らすことをそう説明した。そしてそれは、アイオンにとってもうっすらと感じている村と自分たちの“隔たり”でもあった。村の人たちは素朴で信心深く、決して悪人でもないし、腕が立つステリオの事を良く頼ってはお礼として畑の作物を分けてくれてもいた。それに村の子どもたちもアイオンにとっては友達だ。だが、なんとなくアイオンとステリオと村の人々の間には見えない何かがあった。壁ほどではないが、細い縄のようなものが両者の間には、確かに存在していた。
だから、アイオンは何となく悟ってもいた。
きっと自分たちは最初からこの村に住んでいたわけではないのだと、でも、きっと兄に聞いてもどこから来たかは答えてくれないのだろうと。
それでも、アイオンは村に行くのは好きだった。少なくとも、村はアイオンたちを受け入れてくれているし、友達もいる。昨日も一昨日も、畑仕事から逃げるように子どもだけで集まっては少し離れた、大岩のある丘まで遊びに行っていた。
「う〜ん……今日は良いかな、兄ちゃんが村に行っている間 俺、弦を作るよ 弦を切らしてたでしょ」
でも、今日は止めておこう。なんとなく、アイオンはそう思った。大好きな兄と一緒に村に行く、それだけでもわくわくしてくるが……昨日、兄が狩りに出かけた際に弓の最後の弦が切れてしまっていたことを思い出したからだ。そのおかげで昨日の狩りは獲物が無く、寂しい結果に終わってしまっていた。せめてもの成果と言えるのは胡桃を少し拾えたくらいだろう。
「おう、それは助かるな ……じゃあすまないが村に行ってくる アイオン、夕方までには戻るよ 腹が減ったら胡桃でも割ってくれ それじゃあな」
そう言って兄は外に置いてあった薪を背負うと、手をふり村の方へと歩き出す。正直、村まではそう遠くない。小屋からもぽつぽつと建つ村の小さな建物が見えるほどである。
「いってらっしゃーい!」
歩き去る兄に聞こえるように、声を上げて同じように手を上げる。
暫く、歩いていく兄を見送った後、アイオンは小屋の中に戻ると弦の材料を取り出して己の仕事へと取り掛かっていく。
弓を引いた瞬間に切れちまってな ……何かの凶兆じゃあなきゃ良いんだが……
げんなりした顔で帰ってきた兄の言葉が、なんとなくアイオンの脳裏に木霊していた。
……昼を少し過ぎた頃。ちょっとだけ作業にも飽き、小腹が空いてきたアイオンは兄が拾ってきた胡桃の入った袋を机の上から取ると、口を解き中から胡桃を取り出す。
ごろっとした、大きな胡桃であった。なんとなく、それをよく見ようと窓へと寄る。日差しがすっと、胡桃を照らしたその時であった。
妙な胸騒ぎが、アイオンの気持ちをざわつかせる。
それは言いようのない不気味さ。不安に駆られ、小屋の外に出てあたりを見回すも、穏やかな日差しがあたりを照らし……森は変わらず暗く静かに木々と風の音だけが響く。一見して、穏やかなものであった。
けれど、妙にざわつく。虫の知らせともいえるような、奇妙な不安感。だが、小さな子どもでしかないアイオンには、見回す以外にそれを探る手段は持っていなかった。結局、森も、周囲の丘も、そして住み慣れた小屋も何事もなく静かなものであった。
(……気のせい……かな)
手にした胡桃を、ぎゅっと握る。結局、アイオンは少し警戒するように、小屋の中へと戻ることにしたのである。なんとなく、こういう日もある。そう己に言い聞かせるように。それに、お腹もすいている。何か食べれば、不安じゃなくなるかもしれない……そういう思いもあった。
そして、扉をくぐり、胡桃の入った袋が置かれた机の前に立った時であった。
“薫り”が、燻る
嗅ぎなれない、しかして“悪臭”とも取れるような奇妙なまでに強い匂い。それを感じ取り、扉の方に振り向いた瞬間。
音を立てて、扉が閉まる。
そして、扉の影に隠れるように……小さな“魔物”が一つ……ぺろりと舌を出して嗤う。
“みいつけた!”
考えるよりも先に、足が動いた
窓を目指し、跳ねるように
「おっと! こっちはダメっすよ〜!」
だが、それを阻むように別の魔物が、小さな魔物よりも白い肌の……日に焼けてはいたが……毛皮を纏った大柄な魔物が窓の外に立ちふさがる。アイオンが別の窓を見るも、それぞれの窓に同じように魔物が立つ。いつの間にか、あっという間にアイオンは、小屋は魔物たちに包囲されてしまっていた。
逃げないと!
アイオンがそう叫ぶように、打開策を探すように見回そうとした次の瞬間。先ほどの強烈な薫りと共に、ぎゅっと、熱く、硬く……魔物に組みつかれる。
「つ〜かまえたっ!」
無邪気に、ただ無邪気に……魔物が笑う。それは小さな少女であった、背丈はアイオンよりも大きいぐらいで、灰色の髪を振り乱しちらりと黄金の瞳が……嗜虐的な輝きを湛えて……アイオンを見る。その肌は鮮やかな褐色で、豊かな土を想起させる。そして、年頃にしては発育が良いのか、アイオンが見たどの少女よりもむちっとしていた。
そんな魔物の少女が、ぴこぴこと猪のような耳を、尻尾を揺らす。そしてまた、その見た目に違うことなく、強烈な力をもってアイオンに抱き着く。それはそれは、とても嬉しそうに、ずっと欲しかった玩具をようやく手に入れたように、少女は両手に抱えるようにしてアイオンを軽々と持ち上げる。
「あ! ああ!」
「良かったすね〜ガーラのお嬢! 簡単に見つかって」
「いっひひ〜 うん!」
驚愕と恐怖で固まるアイオンとは対照的に、魔物たちと魔物の少女は朗らかに笑いあう。
「っ 放せ! 放せよ!」
「え〜 やだ!」
もがくようにして暴れるアイオンを、軽々と再び抱き寄せその胸に抱きしめるガーラと呼ばれた少女。その瞬間、むわりと薫りが立ち上りアイオンは少しむせるようにせき込むと叫ぶ。
「くさい! くさいよ!」
強烈な、獣の匂い
ツンと刺すような臭いとは違う、濃く、ひたすらに濃く薫る匂い……それは確かに、人によっては嫌悪をもたらすものであっただろう。
それに、年頃の少女であれば、たとえ事実であったとしてもそこまで直接的に言われれば傷つくものでもある。だが、魔物の少女は違った。
「そぉう? じゃあ……良い匂い〜っていうまで放してあげない!」
まるで己の薫りをわかっているかのように、悪戯っぽく意地悪な笑みを浮かべて口を開けると、べろりと長く肉厚な舌でアイオンの頬を舐める。ねっとりとした、甘い香りがアイオンの鼻を刺激する。これもまた、薫りが強くアイオンはさらに強く離れようともがく。だが、魔物と人の力の差はどうしようもなく、むちっとした体は柔らかくも決して振りほどけはしないとわかるほど強固にアイオンの体を縛る。
「うっ ううぅ……!」
離れようともがけばもがくほど、息を吸えば吸うほどに魔物の少女の薫りに絡め捕られ、まるで肉の中に埋もれていくような錯覚をアイオンは覚える。それでも懸命に抵抗を続けるも……ついに体力が尽き、アイオンは体を強張らせつつもへたり込むように魔物の腕の中に身を任せてしまう。
その様子を見て、魔物はにったりと……とても嬉しそうに微笑む。
……「にっへへ〜」
陽が少し傾きかけてきた頃合い。魔物の少女はアイオンの事を抱きしめ続けていた。
流石に立ち続けるのは疲れるのか、それとももうアイオンが逃げられないということに気を良くしたのかわからないが、ぺったりと床に腰を下ろし嬉しそうに体をゆすりながらアイオンに頬ずりをするようにその体全身をこすりつけていた。
魔物の少女の体温はとても高く、ホカホカと暖かかった。それに、あれほどくさいと思っていた匂いも鼻が慣れてしまったのか、濃く薫る魔物の匂いの中に何とも言えない薫り……一言でいえば癖になるような、嗅いでいるとぼぅっとするような……そんな薫りであることをわかってしまっていた。
同時に、アイオンは魔物の少女が毛皮で作られた胸当てと下履き以外に衣服を殆ど着ていないということにも気が付いてしまい、魔物とはいえ異性の……それもむちむちと発育の良い……体を余すところなく押し付けられ、少女の高い体温も相まって全身が熱くなってくる。それに加え、もがいたところで逃げられないはわかっており、暴れれば暴れるほど強くその体を押し付けられることもあり、アイオンはじっと耐えるように、身を任せるようにして静かにしていた。
それに、恐らく何らかの方法で少女の腕の中から逃げ出したとしても周囲には少女の魔物が引き連れてきた魔物たち……こちらは大人なのかかなりむちっとした……が小屋の周りにたむろしており、すぐに捕まってしまうであろうことは子どもと言えども想像に難くなかった。
「いひひ〜」
あれこれと、アイオンが頭を悩ませている横で、魔物の少女は上機嫌ににこにこと笑うばかりであった。その様子もまた、アイオンにとっては恐怖であった。
教会もないような小さな農村である。それでも、主神の教えは幼いころより聞かされており、当然魔物の脅威もまた知ってはいた。
血と破壊に飢え、悪意以外持たぬケダモノ
善性を持つように見えても、それは人に取り入り堕落、破滅させようと、利用しようとしているに過ぎないのだと……そう伝え教えられた。だからこそ、この獣の魔物が一体何を考えているのかわからないのがただひたすらに恐怖であった。今すぐアイオンを殺すわけでもなく、かといっていたぶり嫐ろうとするわけでもない。
それとも、この笑顔の裏でそう言った“悪意”を張り巡らせ、この後の“お楽しみ”へと思いを巡らせているが故の笑顔なのだろうか、と。
だが、少女の無邪気な笑い声と、力強くもまるで壊れ物であることをわかっているかのような、痛みの伴わない抱きしめ方、そして暖かく柔らかな体の感触と共にゆさゆさと揺すぶられるうちに恐怖も徐々に和らいで行ってしまったのか、知らず知らずのうちにアイオンの体も緊張が緩みその力がすっと抜けていった次の瞬間であった。
静かな部屋の中に、空腹を告げる音が響く
突然の、その音が自身の腹から響いたことに気が付いたアイオンは羞恥と、やってしまったという恐怖にその身を縮こませる。それは空腹であることを知られた、ということよりも魔物を不必要に刺激したくないという思いが故のことであったが、そんなアイオンの動揺が伝わったかのように体を揺すっていた魔物の動きが止まる。
それはアイオンにとって恐れていたことであり、口の中が一気に渇いていくような感覚に陥る。
だが、魔物の少女はそれ以上何をするというわけでもなく……ゆっくりと、アイオンの顔を覗き込むようにくりくりとした黄金の瞳を向ける。その瞳から怯えるように、アイオンが目をそらした時であった。
「お腹空いたの?」
あっけらかんとした、少女の声が響く。その声に悪意はなく、ただ純粋にアイオンを慮るようであった。だが、アイオンはそんな少女の問いかけに、未だ拭えぬ恐れと、少しばかりの羞恥の気持ちから顔をそむける。けれど、魔物の少女は気にすることなく……そして目ざとくアイオンの手に握られたままの胡桃を見つける。アイオン自身もすっかり忘れていたが、先ほどからずっと胡桃を握りしめたままであった。それは、硬い胡桃の皮が指に食い込む痛みさえも忘れるほどの緊張と恐怖がアイオンの体を覆っていた証でもあった。少しだけ、魔物の少女は拘束を緩めると、そっとアイオンの手に自身の手を重ねる。その手は暖かく、硬く強張った指をほぐすようにむにむにと揉んでいく。
やがて、ころりとアイオンの手の中から胡桃が一つ、魔物の少女の手のひらに落ちる。
「胡桃、食べる?」
からころと笑いながら、姉が弟に問うように語り掛ける。アイオンは何も言わなかったが、魔物の少女は特に気にすることもなく微笑むと……ぱきりっ……と、いとも容易く胡桃を握りつぶすようにして割る。そして、中身を取り出すとアイオンの口へともって来る。
「ほら、食べなよ」
「っ いいっ いいよ!」
頑なな様子で、拒むものの魔物の少女は押し込むようにアイオンの口の中に胡桃を入れる。その際に、アイオンの舌が魔物の少女の指を舐める。濃い、獣の味が口の中に広がるようであった。それは熱く、奇妙な官能感となってアイオンの体に広がっていくと同時に、ぼんやりとしたモヤを意識の中にかけるようであった。
「おいしい?」
少しだけぼんやりとした頭で、ついついアイオンは頷く。確かに、それはおいしかった。空腹で渇いた舌の上に広がる胡桃の甘さは心地よく、そして物足りなかった。
そんなアイオンの反応に魔物の少女は嬉しそうに笑うと、アイオンを抱きかかえたまま立ち上がり机の上に置かれた胡桃の袋を取ると、またペタリと座り込みあやすように片手で胡桃を取り出しては握り割り、それをアイオンに与えていくのであった。
胡桃がなくなり、空腹が満ち足りたアイオンは眠気を覚えていた。
夕暮れが小屋の中を薄暗く照らし、木と藁の寝床よりもずっと暖かく柔らかい魔物の体に溺れ、緊張で疲れ切った体に満腹感が程よく染み渡っていく。それはどうしようもないほど心地よかった。すでにアイオンは魔物に対する……少なくともこの少女の魔物に対する恐れは消え失せ、ただ理由はわからないまま、なぜ自分なのか、どうしてこんなことをするのか、問いかける勇気もないままその身を預けていた。
そのまま眠りの神が、アイオンの瞼に手をかざそうとしたその時であった。外から、声が、なによりも頼もしい声が響く。
「アイオーン! 帰ったぞー!」
「! 兄ちゃん!」
それは叫びと言うよりかは、呟きであった。
だが、はっと目を覚ましその身を起こそうとする。だが、少女はがっしりとアイオンを押さえつけるようにその腕を放しはしなかった。その顔からは笑顔が消えうせ、黄金の瞳だけが爛々と薄闇に浮かぶ。それは、宝を、なによりも大切なものを奪われまいとする魔物の本能を見せた瞬間でもあった。
アイオンが、助けを求めようとした時であった。がさりと、重々しい音が閉じた扉の外から響く。同時に、先ほどアイオンの行く手を阻んだ魔物たちの群れの気配が小屋の周囲に蠢く。どうやらこの群れは、アイオンが思ったよりもずっと多くの魔物を引き連れていたようであった。
「てめえら……!」
唸るような、兄の声。間違いない、兄は今、魔物に囲まれている。アイオンは確信する。
「悪いね ……今、かわいい妹が中でよろしくやってるんだ 邪魔なんて無粋な真似しないでおくれよ」
そして響く、魔物の少女に似た声。だがそれはより力強く、より自信に満ち……そして恐ろしかった。危険な魔物だ、アイオンは兄に逃げるように叫ぼうと口を開く。だが、どうしてか声が出なかった。粘ついたように、舌が動かない。
鉄を擦るような音が響く。魔物たちがざわつき始める。
「……穏やかじゃないねえ 良いぜ 私もちょいとばかし暇しててな、相手してやるよ お前たち、邪魔するんじゃないよ!」
絶対的な強者、それがわかる。だが、兄はそんな相手にも恐れずに立ち向かうのだろう。鉄の刃が、空を切る音が響く。
戦いの音が、扉の向こう側から響く
その戦いは激しく、拮抗していることが魔物たちの真剣な唸りや声の響きから伺えたのである
だが、決着はあっさりとついた。兄の心に、焦りがあったのだろう。重く響く殴打の音、そして兄の呻き声が漏れるように流れていく。
アイオンの心に、絶望が広がる。
そのまま、間髪入れることなく……扉が押し開かれ……木が折れる音と共に扉が外れる。
「ああ! やっちまった……まあいいや ガーラ、終わったかい? さっさと攫って帰るよ ? ……はぁ……初心なもんだねぇ 何もやってないのかい?」
扉を打ち壊し、気絶した兄を肩に担ぐように抱えた大柄な魔物。それは今、アイオンを抱きかかえている魔物をそのまま大きくしたような、よく似た魔物であった。
「姉ちゃん! ……あ、うん……まだ」
呆れたような眼差しで、魔物の少女を見る大きな魔物。だが、それは些末な問題なのだろう。そのまま大柄な魔物は兄を、ステリオを抱えたまま森の中へと入っていく。そしてまた、魔物の少女もアイオンを抱えたまま……大事に、大切に抱きしめながら小屋を出る。
もはや、アイオンに抵抗する気はなかった。頼みの綱の、せめて逃げてほしいと思った兄さえも捕まってしまった。
もう、助からない
その事実に、アイオンは押しつぶされ、声を上げることすらできないままゆっくりと闇が広がる森の中へと……魔物の少女と共に、飲み込まれ消えていくのであった。
ただ、静かに、夕焼けに紅く焦げ付くアイオンと兄が過ごした小屋。そして遠くに見える村々……それがアイオンの見た、故郷の最後の姿であった。
……それからのことはあっという間であった。
暗い、暗い森を進む魔物たちに連れ去られたアイオンは魔物たち……ハイオークのエデル、そしてガーラが率いるオークの群れが作り上げた集落……と呼ぶには少々お粗末ではあったが、野営地のような場所に連れ去られ捕らえられていた。そこでアイオンは、いよいよ殺されるものとばかり思っていたが……
「もうお前たちは、私たちのモノだ」
エデル、ハイオークの魔物でアイオンを襲ったガーラの姉。その魔物が集落について、一番に告げた言葉。それはある意味では、死刑宣告でもあった。人の世から、魔物の世へ、渡ってしまったが最後戻ることは許されない。
「えっへへ〜 ずっと一緒にいようね!」
気絶した兄にすがるように身を寄せるアイオンの横で、無邪気ににっこりと笑うガーラ。
もしも、ガーラが魔物ではなく普通の人の少女であれば、アイオンもきっとすぐに心を許したであろう。それぐらい、その笑顔は可愛らしかった。だが、月明かりしかないような薄暗い森の中で見るそれはアイオンにとっては恐ろしい笑顔のように映り、改めて己の境遇を嘆くように身を縮こませていく。
「……さて ほらっお前たち、さっさとこいつを私の寝床に運びな!」
にったりとした笑みを浮かべ、エデルは手下たちに指示を出す。この時、アイオンは気づかなかったが、エデルの肌は上気するように熱を放ち、その目は情欲に濡れていた。だが、恐怖に身をすくませていたアイオンは兄が食い殺されると思い込み、連れ去られまいともがくも、所詮は人の、それも子どもの力で魔物にはかなうはずもなく、あっさりとガーラに抱き着かれてしまい、動きを封じられているうちに兄はオークの一体に担がれていってしまう。
……暗喩的にいえば“食い殺される”のは間違いではなかったであろう。
「ね、ねっ 親分! 良いでしょ、少しだけ〜……」
「あ〜? ……しょうがねえなあ、私が終わった後にな」
オークたちの歓声が上がる中、エデルは毛皮で作られたテントの中でも大きく立派なもののなかに手下を引き連れて……兄と一緒に入り込んでいく。
「……ねえ そ、それじゃあ……あたしたちも一緒に、寝よ! ……?」
抱きしめ、少しばかりまごまごしながらガーラがアイオンに問いかけた時であった、今後の自身の行く末や連れ去られた兄に対する恐怖、これまでの疲労に空腹、絶望と言った様々な感情が頂点に達したアイオンは壊れたようにすすり泣き始めてしまい、それを見たガーラは慌てて何とか泣き止ませようとするも、結局アイオンは疲れ果て気絶するように眠りに落ちるまでの間、ガーラの腕の中で泣き続けたのであった。
翌日……絶望にすっかり萎れてしまったアイオンが元気を取り戻したのは、理由は違ったがアイオンと同じくらいやつれ萎れてしまった兄ステリオと会ってからの事であった……
それ以降、アイオンたちは殺されるどころかかなり大切にされていた。
相変わらず兄は夜の間はエデルたちに連れ去られ、翌日はげっそりとしていたが死ぬようなことも無下に扱われているということもなく。むしろ昼間は見張り付きとはいえ自由に集落内を動き回ってもよかったし、食事もふんだんに用意されるなど待遇は良いとさえいえた。それに、どういうわけか兄のステリオはオークたちからの人気も高かったし、ステリオ自身も納得いかなさげではあったがオークたちとは時折会話を楽しむぐらいには打ち解けていた。
アイオンもまた魔物とはいえ、ほとんどずっと一緒にガーラといた関係で七日、十日もたつ頃にはお互いに名前を呼び合い、憎からず思う程度には仲が良くなっていたのである。
ガーラと過ごし始めてから幾日、もうだいぶ打ち解けたある日のことであった。
アイオンはガーラと一緒に森の中で食べられそうなキノコや木の実、草花の類を一緒に探していた。
最初こそ、集落から出ることは厳しく制限されていたものの、今となっては兄のステリオもエデルの“お付き”と言う形で外に出ることが許されており、アイオンもガーラと一緒と言う条件ならば比較的緩く集落の出入りを許されていた。何なら一人であったとしても、集落の周辺、見張りのオークが見える位置ならばその辺をふらつく程度の事はある程度許されていた。
そのような状況もあり、アイオンとステリオは逃げようと思えば逃げる準備をする隙もあっただろう。だが、そんなことは二人とも考えてはいなかった。何時までも拘束されているような状態であれば、ステリオはアイオンと共に逃げる算段をつけ脱走を試みたであろう。だが、実際はある程度の自由を得て、それに加え待遇も悪いわけではない。何より、ステリオはエデルに惹かれ始めてもいた。少しずつではあったが、昼間もアイオンと過ごすよりもエデルと一緒に過ごす時間が増えてきてもいた。
だが、それはアイオンも同じであった。アイオンは兄と一緒であれば、兄が満足であればどこでもよかったし、何よりあれほど恐ろしいと思った小さな魔物……ガーラの事が好きになっていた。あれこれと世話を焼いてくれる、ちょっとだけ年上の少女はアイオンにとって初めての、兄以外に頼り支えてもらえる存在であり、甘えられる存在でもあった。ガーラもまた、そんなふうに少しずつ甘えてくるようになったアイオンの事を実の弟のように可愛がっていたのであった。
「これは食べれる これは毒」
すんすんと、鼻を鳴らしながらガーラがキノコや草花を選り分けていく。しゃがみこんだガーラの後ろには少しばかり太めの尾がふんふんと機嫌よさげに振られていた。アイオンは、そんなガーラの横で選り分けられたものを袋の中に詰めていく。
兄とエデルは狩りに出ており、恐らく今日もまた何か獲物を捕って帰ってくるのだろう。ぼんやりと、そんなことを考えながらちらりとアイオンはガーラを見る。健康的な褐色の肌を彩るように白灰色の髪がふわりと流れ、その無邪気な顔を縁取っていた。頭からは猪の耳がぴこんとはね、しゃがみこんだ股の間から尾が見えた。
「……?」
どうしたの? そう問いかけるように金色の瞳がくりんとアイオンを見る。それと同時にふわりと、ガーラの薫りがアイオンの鼻をくすぐる。その仕草と薫りにアイオンの心臓が跳ね、なんとなく気恥ずかし気に首を振ると視線を下に落としガーラの手からキノコを受け取り袋に詰める。
初めて嗅いだ時、あれほど嫌悪を催したはずの薫り。だが今はどうだろうか、すっかり慣れたばかりかその薫りに包まれていると言いようのない安心感、そして何となく体が熱くなるような不思議な感覚にアイオンは包まれるようになっていた。恐らく、決していい匂いではないのだろう。むっとくるような獣の薫り……けれども、アイオンはその薫りが好きになっていた。
連れ去られてきたあの日から、アイオンはいつもガーラと一緒に寝ていた。
最初は逃げられないように、しっかりと抱きしめられ……そして今も同じように、けれども逃げられないようにではなく、純粋な思慕によってガーラはアイオンをその胸に抱いている。
しかして、まだ……一線は超えていなかった。
今の関係はどうあれ、あまり良い形での出会いではなかったということもあるが、ガーラもまた姉が言うように初心であり、そしてアイオンもまたそういう知識は少しだけ知ってはいても魔物を相手に実践しようという勇気は……少なくとも自分から、今のガーラとの関係を壊そうとするだけの勇気はなかった。
もちろん、少年ながらガーラの柔らかく発育の良い体つきに興奮を覚え、眠れぬ夜を過ごしたことも一度や二度ではない。そうでなくとも毎晩抱きしめられているのである、否応がなくガーラの体の“心地よさ”は身に染みている。
けれども、ガーラと仲良くなればなるほど、純粋に異性として意識してしまえばするほど、アイオンもまた奥手な部分が出てきてしまっていた。元々の性根としてもあまり欲望に忠実なほうではないこともあっただろう。それに敬虔な信者と言うわけではないが、主神の教えとしても性に奔放であることは戒められていたこともあった。
ガーラも魔物として性への飽くなき欲求はあったし、獣性を持つ魔物として衝動を感じることもあった。だが、いかんせんガーラも初心であったことに加え、アイオンにとって負担になるようなことはしたくなかった。もちろん“良くできる”と言う自信はあったが、それはそれとしてやっぱり“無理やり攫ってきた”というのはガーラにとって少しばかり決断を鈍らせる負い目でもあったのである。
何はともあれ、一人と一体は少年少女らしい清い関係を続けていた。
……「ここを畳むよ」
もさりと、採ってきた食料を詰めた袋が地面に置かれる。
その一言はアイオンとガーラが並んで集落に戻ってきた時の事であった。エデルと、兄のステリオがアイオンたちを見るや否や駆け寄り、安堵したように息を吐いてそう告げたのである。その言葉の意味を、アイオンは最初理解できなかった。
「……別の場所に行くの?」
だが、ガーラがそう告げることで意味を理解する。
別の場所に行く、それはつまり故郷であるこの場所を、土地を離れるということ。攫われた時から、覚悟はしていた。していたが、ぼんやりとしか考えていなかった。
「どうして……? まだたくさん食べるものあるよ」
ガーラが不思議そうに、姉に問う。少し伏し目がちに笑う姉に変わり答えたのは、ステリオであった。
「探索に出ていたベスが戦士の一団を見つけた、運よくベスは見つからなかったが何かを探している様子だったそうだ おそらく……とにかく、すぐにここも見つかるだろう……そうなったら戦いは避けられない」
ベスはステリオと仲の良いオークであり、エデルとの付き合いも長い古株のオークであった。
「痕跡は残さなかったはずなんだけどねぇ……しくったね」
「形はどうあれ、急に消えたんだ 怪しまれるのは仕方ないさ」
そう言ってステリオはエデルの頬と首をいたわるように撫でる。
戦士、それは魔物と戦うために専門の訓練を積んだ者たち。ただの荒くれ物が自称するような戦士とは違う、教団が認める生ける刃であり、盾。
それは戦う力のない民にとって……攫われ囚われたアイオンやステリオにとって救いの手となるはずであった。
けれども、どうしてかアイオンは言いようのない不安、そして恐れを感じてしまう。
そんなアイオンの手を包むように、そっとガーラが指を絡める。ちらりと横を見れば、同じように震えるガーラの小さな瞳が光っていた。
「とにかく、早く発つよ おらぁ! お前たち! 荷物をまとめな、明日の朝には出発するよ!」
怒号、それと同時にオークたちが跳ね回るようにばたばたと荷物をまとめ“家”を解体していく。すでに刻限は昼を回り、間もなく夕刻に差し掛かろうとしていた時であった。
「アイオン、お前はどうする」
ばたばたと騒がしい音が響く中、兄が問いかける。
「……え?」
きゅっと、絡む指に力がこもる。
「……エデルと……話をしたんだが アイオン、お前が望むなら……今ならまだ人里に帰すことが、できる」
「いやっ!!」
兄の声を遮るように、ガーラが叫び、あの時のようにアイオンを抱きしめる。そんなガーラの前に、エデルが立つ。
「わがままを言うんじゃないよ! まあ、私らオークが攫ってきた獲物を帰すだなんて癪に障るけど……ステリオの頼みだからね ……それに“まだ”なんだろう?」
姉に睨み付けられるも、ガーラの威勢は衰えずに吼え返す。そんな姉妹を横にアイオンは兄の眼を見る。
「に、兄ちゃん?」
「……俺は、俺はエデルと行く そういう約束なんだ ……代わりに、もしもお前が帰りたがっていたら帰すと ……村だけじゃあ心配だったが、教団の戦士が来ているんだったら安心できる 魔物のせいで家族を失った……孤児の世話もやっているはずだからな」
「だったら、俺も!」
一緒に行く、そう言おうとするアイオンを抑えるように頭を撫でると、兄は微笑む。
「まあまて すぐに答えを出すのが良いとは限らない ……一晩考えな、明日の夜明けに答えを聞くよ」
「いいかいガーラッ! いくらあんたが吼えようとここの長は私だ! 私が決めたことに嫌とは言わせないよ!! ……まあいい、どうしてもと言うなら一晩の間に何とかするんだね 私を倒すなり何なり、できるんだったら好きにしな!」
地が震えるような咆哮を前にしても、ガーラは怯むことなく姉を睨み返すと、アイオンを抱きかかえたまま走り去る。
そんな妹の様子を、姉はため息交じりに見つめると、横に立つステリオの方を見るのであった。
夜、ガーラとアイオンは大きな木の洞の中に作られた寝床にいた。
結局、あの騒動の後、アイオンとガーラは一言も言葉を交わしていなかった。ただ、最初の、捕まった日と同じようにガーラは強くアイオンを抱きしめ、そしてぼんやりと空を見上げていた。
空の月は青く、真ん丸に輝きながら夜空を照らし、夜空と同じように大地もまた青い輝きによって揺らいでいる。木々によって隠された森の中にもその光は届き、静かで幻想的な世界へと辺りを彩っている。
ずっと、ずっとガーラはアイオンを抱きしめ、放そうとしなかった。アイオンもまた、そんなガーラに身を任せていた。任せながら、考えていた。
「……ガーラ」
アイオンは、声をかける。
ぴくんと、少女の体が跳ねる。そして、ただ黙って……強く抱きしめる。顔をこすりつけるようにして、少年の言葉を待つ。
「……俺」
力が、こもる。少しばかり苦しい、でもアイオンはそっとその腕に己の手を重ねると答えを出す。
「一緒に行くよ ガーラと、一緒にいる」
強く、ひと際強く腕に力がこもり、その身を寄せる。熱い、ただひたすらに熱い体を押し付けるように。
「……良いの?」
「うん だって、兄ちゃんと一緒にいたいし……それに…… その……ガーラの事……」
熱い、ガーラの体の熱が移ったのか、燻ぶるような熱が漂う。けれど、そんな暑さにも気づかない程、アイオンもまた少しばかり体を熱くしていた。伝えておきたい、けれど口をもごもごと言いづらそうにかむ。
しかし、決心したように、その言葉を口にする。
「ガーラの事……す、好きだから……」
熱が、薫る。
もはや、獣にこの熱を抑えることはできなかった。
「? ガーラ……っ!?」
背中越しに感じる重み、それがゆっくりとしかし確実にアイオンの背に覆いかぶさってくる。柔らかくも弾力があり、そして熱い肉体。薫る、ガーラが……薫る。
それは蜜がとろけ流れるように、寝床に敷かれた柔らかな綿草の上にアイオンは押し倒される。荒いガーラの吐息が耳にかかった時であった。
「ひぅっ!」
ねっとりと、熱い舌がアイオンの耳の裏を舐める。舐めながら、ガーラの手が、抱きしめていた手がアイオンの体をまさぐる。腹を、胸を、肩を、探るように指と手のひらが這う。アイオンの背後からは、ガーラの下腹部……太ももの付け根より燻された、炉の如き温もりが押し付けられている。
普段の様相とは違う、ガーラの突然の行動にアイオンは混乱する。しかし、それと同時に己の体に与えられる熱と……快楽……そう、今までアイオンが目を背けてきた……欲望。それをむき出しにしていく艶めかしい体の動きによってアイオンは無意識のうちにガーラが何を求めているのか、己は何をすべきなのか……まるでわかっているかのように……体は未熟な性を奮い立たせていく。
「ぁぅっ」
ぴんと、アイオンの腰が浮く。浮いた先には、小さくもしっかりと“張り詰めたもの”が衣服の下で存在を主張していた。
荒く、湿った息がかかる
ごろりと、アイオンは仰向けに投げ出される。
そして、慣れぬ興奮にかすむ目を開き……見るのであった。
艶やかに、湯気を放つように上気した褐色の肌を……
長い、灰白の髪が滑らかに輝くさまを……
その黄金の瞳が濡れ、ただ一人を見つめるのを……
なだらかなその体に起伏は少なく、しかし青いながらも獣の果実はしっかりとその実を結び、将来の豊穣を約束する。
小さな花は無垢に閉じているものの、ほのかに見える桃色の花肉は蜜に濡れ、咲き誇るその時を待ち望んでいるようであった。
既にガーラの、僅かな纏いは脱ぎ去られ、生まれたままの姿をアイオンにさらしていた。それが、差し込む蒼い月光に照らされほんのりと揺らぐ。
肉付きよく、むっちりとした肢体。少しだけ慎ましやかに、しかして実り豊かであることを伝える胸のふくらみ。その先端の瑞々しい蕾は小さくも主張するようにぴんと空を突き、その実を覆う熱が本物であることを伝える。
少女でありながら、成熟した性を放つガーラを前に、アイオンは呆けたように……食い入るように見つめる。抱きしめられる時、いつも服越しに感じていた柔らかな肉体、それが今目の前の手が届くところにその身を見せている。アイオンの未成熟な欲望は、無遠慮に、しかし寄る辺なく手を伸ばしつつも戸惑うようにその肌の前で指を止める。
そんなアイオンの様子を、ガーラは少しもどかし気に、そして愛おし気に微笑むとそっとその手を取り己の体……少しだけだらしのないお腹にあてる。柔く指が埋まるようでいて、軽くはじくような張りのある肌。熱く薫るその体を、アイオンは夢中になって揉み始める。ほのかな汗に濡れたその体はしっとりと滑るようで、アイオンは興奮を隠すことなく腹を、指を走らせ……おずおずと胸を、小さくもしっかりと膨らみむにむにと形を変える小丘をもむ。母を知らぬ少年が初めて見る、女性の乳房。それは本能だったのだろうか、アイオンがガーラの、母なる象徴にかぶりついたのはすぐのことであった。
年端もいかぬ小さな胸に、甘えつく少年。それに驚きの声を上げるも、優しく微笑み乳をやる真似事のようにその首を抱く少女。たどたどしく、少年の舌が少女の蕾を舐め、吸い付く。それは決して小さくない痛みを少女にもたらしたが、その母を知らぬ少年の求めるものを、確かに少女は備えていた。だからこそだろう、未成熟な小さな乳房だったとしても、少年は確かに満たされていた。
暫く、荒い息が混じり合う。
淡い音と共に、アイオンの口がガーラの乳房から離れる。少しばかり伏し目がちに、アイオンは目を落とし、控えめにガーラの体をむにむにと揉む。しかして、そんな姿とは裏腹に、少年の欲望はぴくんとその存在を主張し、その役目を果たさんとしていた。
そのまま、ガーラはアイオンを再度押し倒すと……その欲望を封じる、最後の一つ……衣服を脱がせ、解放する。
確かに、それは小さかった。
しかし、硬く熱を放ちながらしっかりと立つそれは、自身の役目を果たさんと雄々しく吼えていたのである。
それを嬉しそうにガーラは見つめると、そっとその上にまたがる様にその両足を開きアイオンの上にかぶさる。両足が開いた時、うっすらと無垢花が開き湿った蜜の音と……濃い、濃すぎるほどの薫り……それを確かにアイオンは感じ、よりその未熟な昂ぶりを燃え立たせる。
そんなアイオンの昂ぶりに、少し腰を落としたガーラの無垢花が口づけを交わす。ちぅっと、可愛らしい水音が静かに響く。じんじんと、先から熱が、痺れが広がる。すでに先端はぷるんとした花肉によって包まれており、その奥の花口もまた欲望を捕えていた。ねっとりとした蜜が垂れる感触ですら、言いようのないもどかしい心地よさを伝える。
最後まで、このまま腰を落とせば、浮かせば……どんな風になってしまうのだろう。そう思わずにはいられない程であった。だが、ガーラはここで動きを止める。
そして、見る。
アイオンの瞳を
そして告げる。
「アイオン……っ」
ゆっくりと、腰を落としながら……その顔を、瞳を近づけ……
熱が広がってゆく、包まれていく
「好き 大好き……!」
口と口が、重なる
全てが、繋がる
じっと、全身の体重がかかり、一人と一体が……つながる
熱い
わけもわからぬほどのねつ
びくんと、少年の体が震え……初めてが、少女の中に入り込む……
それに合わせるように、少女の腰も浮き……きゅっと、ねじるように締る……
きもちいい
想いは重なり、肉が絡み合う。
少女はうねるように、その腰を浮かせ、少年の口内をその長い舌で舐る。少年もまた、抗いようのない熱と薫り、そして痺れを前に、必死にしがみつこうと力の限り少女の体を抱きしめる。柔くも力強い、その肉体は少年の拘束も意に介さぬようにずりずりと、慣れぬ腰使いで……しかして破瓜の痛みさえも愛おしく感じるかのようにしっかりと咥えこみしゃぶりあげていく。
無垢花は咲き誇り、その蜜をまき散らす
幼い欲望は燃え上がり、穢す喜びを知る
若草が燃え上がるのは、一瞬であった。
抱き合い、その肉を、肌を、汗を混じり合わせ、未熟で敏感な行為はすぐに再度の絶頂を若い一人と一体に与える。先に達したのはまたも少年であった、腰を跳ねさせ、最奥を叩くと同時に若気を迸らせる。少女はそれを受け入れると同時に、秘所を叩かれた衝撃、そして満ち足り焼き付く感覚によって全身を痺れさせる。
数度、腰を打ち付けるように少年は跳ね、そのたびに少女の小さな花はひくつき吸い付くようにうねる。
そのまま、疲れ果てるようにその身を寝床に投げ出すも……アイオンとガーラは再び相手を求め始める。未熟が故の、飽きるまで求めてしまう無尽蔵の欲求。それに突き動かされるままに、体を重ねていく。
まだまだ、夜は始まったばかりであった……
……月が、アイオンとガーラの寝床を照らす。
その蒼い光を眺めながら、少年と少女は裸で肩を寄せ合い、手と手を握り合わせている。
月は傾き、間もなくその光を地平に沈め太陽がこの地を照らすのであろう。それはアイオンにとって、故郷と……そして人の世界との別れを意味していた。けれども、後悔することはないだろう。なんとなく、アイオンはそう思っていた。
確かに、もうかつての友達に会うことはもうできないだろう。村の人たちにも、ましてやこの場所に戻ってことすらも恐らくはできない。
それに、旅は良いことばかりではなく、過酷な時もあるだろう。凍てつく冬の冷たさに嘆くかもしれない、何日もの飢えに悩まされるかもしれない、怪我や病に侵され苦しむかもしれない……でも、それは人の世でも同じだと、アイオンは思う。
だったら、大切な家族と一緒に生きたい。
それは兄だけでなく、隣で横になっている少女も一緒に……そう思っていた。
それと同時に、不思議にも思う。どうして、これほどまでに魔物に心を許したのだろうかと、しかして少年はそんな疑問もあっさりと振り払う。疲れていたし、何より頭はそんなに良くはない。深く考えない方がいいこともある……少女との繋がりは特にそう感じていたのである。
何となく、横を見る。
きらりと、薄闇に黄金が光る。少女もまた、同じように少年の瞳をのぞき込んでいた。
何となく、おかしくなって……お互いに微笑む。
おやすみなさい
ゆっくりと、瞼が重くなっていく
きっと、のりこえていける
どんなつらいひびも
ふたりなら きっと ……
……目が、覚める。
穏やかな日差しが、寝床を照らす。二人は変わることなく、裸で肩を並べ、手を握りながら眠りに落ちたのだろう。
アイオンは、そっと横を見る。
黄金の瞳が、陽光の中で輝く
けれど、その輝きは一つしかなく……褐色の肌には多数の傷が刻まれている。
そっと、その頬を撫でる。うっすらと細い涙が伝うように流れていた。
同じように……ガーラが頬に触れる。アイオンは知るだろう、己の内に熱くこみ上げるものがあることを。
寝床の周りには、香炉から伸びた薄紫の煙がうっすらと漂い、役目を終え消えていかんとしていた。それはまるで、失われた日々の儚さを告げるかのように……
その日、一人の人間と一体の魔物が泣いた
それはあり得たかもしれない日々
そして失われた未来、あるはずだった日々
……答えは遥か、もはや辿れぬ追憶の煙の先に……
23/07/09 20:14更新 / 御茶梟
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