連載小説
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幕間其の二 〜天崙山名産紹介『銀竹油』〜

登場人物

ティエン
 武の道を究めんと志す人間の男。
 齢三十を前に三獣拳士の(自称)妹たちで童貞を散らす。

 タオフー
 人虎のライフーが変じた魔物娘。
 齢三百にして宿敵のティエンで処女を散らす。

 フオイン
 火鼠のフオジンが変じた魔物娘。
 齢百にして好敵のティエンで純潔を散らす。

 ヘイラン
 レンシュンマオのバイヘイが変じた魔物娘。
 齢五百にして強敵のティエンで貞操を散らす。

 ナオ
 ヘイランによって生み出された名状しがたい粘性の料理。
 ティエンに良く懐いており、ティエンの手伝いが大好きでヘイランが苦手。












〇天崙山名産『銀竹油』



 ……喧騒賑わう霧の大陸の都、その一角にある遊町で一体の刑部狸の露天商が声を張り上げ商いをしていた……



 さあさ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!
 この度お見せするは、霧の大陸一の霊峰“天崙山”から遠路はるばるやってきたぁっ!
 ひとたび舐めれば王道楽土、肌に塗れば桃源郷、匂いを嗅げばこの世の春が来るぅ!
 奇跡の一品、これ一本!

 その名もぉ〜……“銀竹油”!

 ……どうよ? そこのかっこよくて色っぽい旦那ぁ! ちょっと見ていかないかい?
 なになに? 怪しすぎてみるまでもぉ〜ないってぇ?

 まぁまぁ……物は試しってもんですよぉ旦那ぁ……
 それにぃ、これはぁ、本物ですってぇ旦那ぁ……

 なになに? 腕を掴むな? 足を踏むな? まあまあそう言わずに、見ていきますって一言いえば良いじゃないかあ
 それにぃ……こう見えてあっしは力持ちなんでさぁ……力で勝てるとお思い?


 ……そうそう! 最初からそう言えば良いんでさあ!

 ふっふっふ、先も言った通りこれは本物……正真正銘、天崙山で仙女様と直々に取引した品でございますよぉ〜!

 その証拠に!

 なんと!

 特別価格で!

 これをおつくりになられた仙女様直々に伝えられた!

 えろえろな制作秘話をお話ししますぜ!

 ……どうよ?

 え? 金をとるのかって? それはぁ〜そうでしょぉ〜旦那ぁ〜 物も情報も立派な通貨……世の中ゼニですぜ?
 それにぃ、エロ話でっせ? むらむら確実ぅ、目の前に可愛いメスがいたらぶち犯しぃ、確実ぅ……な話でっせ?
 なんならぁ、旦那はイイ男だからこっちでも……何? 値段? そりゃあもちろん、これだけ……ぇ、払う? ……チッ……

 ひぃふぅみぃ……チッ……意外と金持ってやがる……

 いやいや、なんでもございません
 この刑部狸の青藍(せいらん)めは誠実一筋の商売人でござい、もらうもんもらった以上はしっかりぃ、お勤めぇ、させていただきましょうともぉ〜 えぇ

 それではぁ〜ご笑覧、今は昔……天崙山の仙女様がまだ獣仙と呼ばれていた頃のことでさぁ……






 ……ある天崙山の昼下がり、仙石楼から離れた場所……眼下に小滝と小川を眺めるちょっとした渓谷で三獣拳士が一、岩流のバイヘイ……改めヘイランがのんびりと岩の上で体を伸ばしてごろごろしていた。
 なんとなしにその柔く豊満な体をむにゅりと転がし、気が向けばティエンに作ってもらった蒸し饅頭を手に取ってもきゅもきゅと頬張りながらただ悪戯に時間が過ぎるのを楽しんでいた。
 齢五百にして初めてといえるほど、充実した平穏な日々。この体に変じる前の、かつての巨石ともいえる体に未練がないわけではなかったが、こうして気を張ることなくだらだらと寝転び、帰る場所と待ち人がいるという生活に比べたら些末事のような気さえしていた。だが、同時に考えないわけでもなかった。果たして、いつまでこの生活が、この変異が続くのだろうかと、否……続いてくれるのかと。
 元の体に戻れば……戻ってしまえば、今の繋がりは断たれ……再びあの戦いの日々に戻るのだろう。それは致し方のないこととはいえ、ヘイランは少しばかり物憂げにため息をつく。
 
(……おや、あれは)
 そんな折であった、眼下の川に男が一人、洗い物をしようとやってきていた。身なりからして山に住む隠者のようであった。
 久しぶりに見た、ティエン以外の人間の男を前にヘイランは少しばかり興味をもって眺める。隠者にしてはそこそこ若く、身なりも山暮らしにしては整っていた。男の方はヘイランに気が付いていないのか、警戒心も何もなく鼻歌混じりに洗い物をはじめていく。

 暫く、ぼ〜っと眺めていたヘイランだったが、特に何事も無く洗い物が進むうちに飽いたのか、あくびを一つしてそろそろ帰るかと立ち上がろうとしたその時であった。

 がさりと、隠者の後ろの茂みが揺れ、何ものかがその身を現す。

 「! な、何奴!」
 隠者が叫ぶ。突然の出来事にヘイランは再び興味を取り戻して下をのぞき込む。
 突然の襲来者、その正体は……


 どうも、おおなめくじです

 な、なにやつ!

 おおなめくじです

 お、おおなめくじ……!

 いつもありがとうございます、きょうはおれいにまいりました

 な、なんのことだ……!

 いつもまいあさ、わたくしのすみかのまえにおいしいやさいをおいてくださっているではないですか、おかげでここまでおおきくなれました ですので、そのおれいに

 な、なんのことだ……! わたしはおまえのすみかなどしらないぞ!

 ……? あなたさまのはたけのよこにあるちいさなあなにわたくしはすんでいます、そこにまいあさやさいをおいてくださっているではないですか

 あ、あのあなか! いや……それはいらないやさいをてごろなあなにすてていただけだが……

 なっ……あんなにおいしいのに……まあでもそれなら……はじめまして、おおなめくじです けふまであなたさまのことをおもい、おしたいしております どうかわたくしとつがいになってくださいませんか

 な……! ……すまない、わたしはむしはにがてなんだ とくになめくじはみるだけでおぞけがたってしまう ほら、いまもこんなにさぶいぼが

 しゃらくせえ

 ああ! ぬめぬめ!

 あ、それぬめぬめ、もっとぬめぬめ、もういっちょぬめぬめ

 ああ! ぬめぬめ!



 ……そのままぬっちょんばっこんとおおなめくじに絡みつかれ、ぬこぬことおっぱじめている隠者を見ながらヘイランは最後の蒸し饅頭を頬張る。
 眼下では、ぬるぬるねばねばの粘液が飛び散り、絡み合う男女の姿が淫靡に繰り広げられている。嫌なはずのなめくじに絡みつかれながらも、柔い肉体と粘液で恍惚とした表情を晒す隠者の顔を見たその瞬間であった、ヘイランの脳裏にあるひらめきが走る。

 (あのぬるぬる……何かで再現できれば、あやつとの情事がもっと盛り上がるのでは!? ……こうしてはおれん!)
 ばっと普段の姿からは想像できないほどの身軽さと俊敏さでヘイランは山間を駆け抜け、自らの住処である仙石楼へと戻る。



 「戻られましたか」
 「あら、ティエン ……ええ、戻りましたわ お饅頭、おいしかったわ ありがとう」
 「いえいえ、喜んでいただけて何よりです」

 苔むした仙石楼への階段を登りきったその先、仙石楼へと至る門のところでたまたまティエンと出会うヘイラン。門の修繕を行っていたのか、鉄鎚などの工具を片手にごみごみとした木材、石材が邪魔にならない程度に積まれている。
 普段であればここで少しばかり雑談を、というところであったがあいにく今のヘイランにはそれどころではなく、軽く会釈をするとそそくさといった様子で自らの部屋に引っ込むと備え付けられた棚から壺とすり鉢、そのほか諸々調合に使う道具を引っ張り出して並べると、どかりと腰を下ろし思案に耽る。

 どうすれば……あのようなぬるぬるねばねばの液体が作れるか……

 ヘイランの挑戦が始まった。



 ……手始めにヘイランが手を付けたのは、実際におおなめくじから粘液を調達する方法であった。
 調達自体は存外うまくいった。そうというのも、ほぼ年中霧に覆われ湿っている天崙山はおおなめくじにとって非常に過ごしやすく心地よい環境であり、ちょいと探せばわりとすぐに見つかるからであった。おおなめくじにとって此度の変異……魔物が女生に変じる……は概ねヘイランにとっては都合のいい方向に作用していたようで、攻撃性がなくなっただけでなく話が通じ、また大分お人好しな性格となっていたようで、ちょっとした野菜と引き換えに快く粘液を分けてくれたのである。
 だが……


 「……これではいかんな」
 ヘイランは壺に入ったおおなめくじの粘液を見ながら唸る。
 というのも、確かにぬるぬるねばねば、という観点から見ればまず間違いなく完璧であった。だがしかし、欠点もあった。
 「あまりにもべたつく……うぅむ……これでは身動きが取りにくいではないか」
 傍から見ている分には全く感じないほどおおなめくじの動きは滑らかであったが、実際触れてみると想像以上に粘り気が強く、これを全身に塗りたくろうものならば怪力で唸らすヘイランであっても動くのに難儀することが容易に想像できたのである。もちろん、完全に動きを封じるほどではないが、ヘイランとティエン、二人して粘液まみれになろうものならばぬるぬるぐっちょの肉団子と化してしまうだろう。
 (……それはそれで、ぐひひ)
 トリモチよろしく、粘つき離れることの出来ないティエンを怪力に任せ一方的に貪るというのは大変そそられることであったが、それはそれとしてヘイランの思いついた方向とは少しばかりずれていた。
 「もう少し、こう……粘つきを抑えられないものか」
 あまりねばねばしているというのも考えものであった。



 ……次にヘイランが試してみたのは様々な果実や野菜、茸を磨り潰してみるというやり方であった。
 あの後、おおなめくじの粘液には水等を混ぜて薄めてみる等いくつか丁度良い粘り気を作れないか試行錯誤したものの、結局上手くいく方法を見つけられず悶々としたまま食事の席に出た時のことである。
 「! こ、これは」
 食事の中の一皿に“芋を磨り潰した汁”があったのである。白いそれは何とも言えない粘り気をもってぬるぬるとしており、思わずヘイランは小さく叫ぶ。
 「? ああ、それは擂り芋というものです 山芋をすりおろしただけの簡単な料理ですけども、それに塩や香草を混ぜてご飯にかけて食べると美味しいんですよ フオインが取ってきてくれたんです」
 てきぱきと他の料理を並べながらティエンが答える。その横ではフオインが得意げな顔でヘイランの方を見ていたが、ヘイランは無視すると興味深げに擂り芋に指をつける。
 (! ぬるぬるしている……少しばかりしゃりしゃりするが芋の残りか……ふむ、程よいぬめり気……これを使えば……)
 「ヘイラン……その 素手で触るのはやめておいた方が良いかと 痒くなるので」
 「あら、そうなの? ありがとう」
 なかなか上手くはいかないのう……、そう口の中で呟くもヘイランは次の道筋を見出しご機嫌な様子で食事へとありつくのであった。

 ……「さて、それでは取り掛かってみるかの」
 そうヘイランは呟くと目の前に置かれた様々な食材を前に舌なめずりをする。傍から見れば何か料理を作ろうとしているか、もしくは食事をしようとしているように見えたことだろう。
 とはいえ、やることは単純であり、ヘイランは山から採ってきたぬめりや粘りのありそうな芋や草に茸、果実を手に取ると簡単に小さく刻み、指でつまんだりしながらすり鉢で磨り潰していく。暫くの間、まな板を叩くトントンという小さな音やすり鉢を擂るゴリゴリといった音がヘイランの部屋の中から響く。たまたま通りかかる者がいれば、一体何が行われているのかと興味を引いたかもしれないがあいにくとそんな人物はいなかったようである。
 ともかく、作業自体はそこまで時間がかかることなく終わる。

 しかし……

 「……ううむ」
 ヘイランは唸る。
 目の前には十何種類もの“試作品”が並び、一見すれば何かの実験のようにも見えた。また、様々な草や果実、芋、茸の臭いが混ざり少々強烈な臭気を放つ結果となってもいた。
 結果だけ先に告げるとすれば、この試作品の数々は失敗作であった。
 まず、全体的に汁気が多すぎた。確かにぬめるものの殆どの試作品は粘り気がなくさらさらとした手触りで、しかもかなり青臭かった。匂いという点だけ見れば果実から作り出したものはましであったが、すぐに乾く上にべたつくためあまり良い出来ではなかった。草に至ってはべちゃつく青臭い何かと化し……香草の類いはずっとましだったが、それでもヘイランが求めるものではなかった……とにかく失敗といってよかった。茸はぬるぬるした液を出すものがあり、これは上手くいく、と思ったもの束の間……確かに出ることは出るし水に混ぜればまあいい具合にはぬるぬるするのだが、量が取れなさ過ぎた。少しばかり手に塗って使う分には良いかもしれないが、全身に塗ろうと思えば……それも二人分……籠一杯のキノコが何杯いるものかと考えずにはいられなかった。この勝手の悪さはヘイランにとってはよろしくなかった。やってみなければわからないが、具合が良ければ何度も作り楽しみたいと考えていたからである。
 「くっ……! これらもダメだったか……!」
 痒くなりさえしなければ、あの山芋を使おうかと考えていたヘイランだったが、試しに塗ってみたところがチクチク、ひりひりムズムズと結構な痒みを訴えていたために、これを全身に塗るのは流石にきついと考えていたところであった。それに乾くと芋の成分が肌に張り付き、微妙に不愉快であった。
 「むぅ……ううむ」
 とにもかくも、次の方策も失敗といえたのである。



 ……次にヘイランが目を付けたのはその晩の夕餉の時であった。
 「なんだよヘイラン、難しい顔しちゃってさ 飯だぞ! 飯!」
 「……ちょっと考え事を……」
 相変わらずきゃいきゃいとはしゃいでいるフオインを横目にヘイランは程よく粘つき、かつぬるぬるしているものはないかと思案していた。
 「できましたよ 今日はタオフーが鹿を取ってきてくれましたから、それを料理しました……鹿肉の湯(スープ)、鹿肉の雑穀炒め、焼いた鹿肉……」
 次々とティエンが料理を並べていく。その横では足元でナオがちょろちょろと器用に動き回り、取り皿や食器を並べていた。その流れでヘイランの目の前にことりと鹿の焼肉が並べられる。
 「あら……」
 目の前の肉はホカホカと湯気を放ち、とろりとした油が溢れ出し見るからに美味そうであった。香草等で味付けと匂いをつけているのだろう、空腹を刺激する何とも言えない良い香りが漂う。
 「早く! 早く食べようぜ!」
 「フオイン、もう少し待っていてください」
 手を伸ばそうとするフオインをティエンが制止する。その様子は真面目な兄とわがままな妹のようであった。そんないつもの様子を眺めつつ、ヘイランは目の前の焼肉の油をさっと一つすくい、爪先ですり合わせる。
 (……ふむ)
 粘つきはあまりないが、良い感じにぬるぬるしていた。
 (うむ、う〜む 油、油か……なるほど)
 なるほど、盲点であったとヘイランは唸る。ねばねばに固執して思いつかなかったが、油であれば程よくぬるぬるしていることに加え、冷まして使えば程よい粘度を得られるかもしれないとヘイランは考える。
 「さあ、食べましょうか」
 「やったぜ!」
 がつがつと、凄まじい勢いで食事を書き込んでいくフオインをよそに、ヘイランは食事を口に運びながらどの油が良いかと思案を巡らせるのであった。

 「……ふぅ 満たされました……あら? ティエンさんは?」
 食事を終え、お茶を飲みながらホッと一息をついたヘイランは先ほどまで給仕をしてくれていたティエンがいなくなっていることに気が付く。
 「? タオフーがさっき攫って行ったぜ? ったくよぉ……いっつもうるさいのに自分の時だけはさっさとやり始めちまうんだからずりぃよな タオフーのやつ」
 そう言って不満げに椅子の上で胡坐をかくフオイン。そのまま苛立ち紛れに指先から火の粉を飛ばして空中で弾けさせている。
 (……ああ、今日はあやつの日だったか……ともすれば……明日はわしの日か、う〜む何とかうまいこと披露したいのう)
 そうと決まればのんびりと茶をすすっているわけにはいかない。ヘイランはぐずぐず煩いフオインとテケテケ言いながら後片付けをしているナオを後目に部屋へと戻る。既にタオフーの寝床からはぎしぎしと床を軋ませ、愛する男とそれに絡みつく雌虎の叫びが上がっていた。
 (……今日もあやつが“受けている”のか……ティエンは……ああいった筋肉だるまの方が好みなのか?)
 最近、ティエンとタオフーの交わりではタオフーが“やられている”ことが多かった。それだけに、愛する男の好みは武人らしく引き締まった肉体なのだろうかと、ぶすっとヘイランは己のぽよんとした肉体を眺め、若干不機嫌に思いつつも“なあに、明日になれば見ておれ……わしの手練手管と……うまく成功すれば……”と気を取り直し、愛する男の気を引くための《秘策》を作り出すべく試作を開始するのであった。



 ……暫く、揺れる仙石楼と虎の発情した啼き声を聞きながら、イライラした気持ちで作業していたヘイランはいくつかの試作品を前に……





 「くっさ!! なんじゃこの臭いは!!」





 と、叫んでいた。
 目の前には様々な方法で抽出された獣の油が並んでいたが、言ってしまえば所謂獣臭の大本を絞り出しているのだから臭いのは当然であった。
 特に魔獣たるレンシュンマオであるヘイランからすればより鋭敏に臭いを感じ取れるため、余計に臭く感じていた。それに獣の油は臭いだけでなく、冷めると固まるという厄介な性質も併せ持っていた。まあぬるぬるはしているし、人肌程度でも暖めれば溶けて液体に戻るため使えなくはなかったが、それはそれで不便であった。
だが何よりもヘイランにとって勘弁願いたかったのは臭いことであった。
 なんだかんだティエンはヘイランたちの体臭を“好む”性質があったが、だからといって獣臭全般が好きという確信はなかったし、ヘイランとしてもあまり臭い中でお楽しみ、というのは好ましくなかった。ヘイランはこう見えても雰囲気を大切にする方であったからである。

 (これでは全く使えん……)
 夜なべして作ったものの、あまり芳しくない成果にヘイランは疲れを感じどっとその身を投げ出す。部屋の中に漂う獣臭が、余計に疲労を煽るようでヘイランは辟易した様子でごろごろと寝転がる。タオフーの部屋からは雌猫と化したタオフーの甘声が届き、ヘイランの神経を逆なでしていく。
 「っあ〜……」
 ため息混じりの声がつい口からはみ出る。
 「……小腹がすいた」
 そうぽつりとつぶやき、ヘイランは部屋に貯め置きしてあるおやつ代わりの“銀竹”に手を伸ばす。天崙山に自生するこの竹は下手な金属よりも硬くしなやかなものであり、ヘイランはそんな銀竹をバリバリと噛み砕いて食べるのが好きであった。それは料理の味を覚えた今になっても、数少ない変わる事のない好みの食べ物といえた。

 ばきりと、裂いた銀竹の板を噛み砕く。
 獣の油の容器に蓋をし、窓を開けて換気をする。冷えた空気と共に、靄のような霧がうっすらと室内に入り込み、薄暗さも伴って少しばかり幽玄な雰囲気となる。
 (……仕方ない、そろそろ寝るか……)
 ごりごりと銀竹を噛みながらヘイランがそう考えていた時であった。ふと、手にした銀竹に目を落とす。そのなんとなくつるつるすべすべとした表面を爪で撫でる。表面にうっすらとした“何かの膜”が張られ、それがどうやら銀竹の表面を何とも言えない滑らか触感にしているようであった。
 そのまま、裂けた銀竹の断面を見る。ほんの僅かに、うっすらとだが滲む“何か”を見つける。
 (……ふむ……)
 ヘイランは銀竹の束を一つ握ると……そのまま力の限りに“握りつぶす”。
 くしゃり、ぱきぺきと竹が潰れる音を響かせながら、同時にとろりとした“汁”が垂れる。ヘイランはそれを器に受けると、握りつぶした銀竹を放り投げ己の手を見る。先ほど絞った汁が手についていたが、それは“ぬるぬるてらてら”としており、触れてみればかなり“油”に近いものであることが分かった。
 すんと、手を近づけ……匂いを嗅ぐ。少しばかり青い匂いがしたが、それは銀竹のさわやかな薫りに近く、それでいて銀竹よりも濃く薫るものであった。少なくとも、ヘイランにとってすれば嫌な臭いではない。
 なんとなしに、それを肌に塗る。ぬるりと広がるそれは、艶めかしくヘイランの肌を彩ると同時に、体温で蒸発しているのかより銀竹の鮮やかな薫りが立つ。

 その様子に、ヘイランはぺろりと舌なめずりをするのであった……












 ……夜、部屋で一人の男が床の上で静かに座していた。
 男の名はティエン。仙石楼の客にして、紆余曲折の果てに三獣拳士の妹たちと懇意の仲になった武人である。

 そして今はそんな三獣拳士の妹たちの情夫……というと言葉が悪かったかもしれないが、そんな状態にある男でもあった。

 もちろん、一端の武人としての矜持は捨ててはいなかったが、それでも最近は日々繰り返される情愛と肉欲の日々に少し溺れかけてもいた。だが、元来生真面目な男である。いけないとは思いつつも、タオフー、フオイン、ヘイランに想いをぶつけられれば応えずにはいられなかったのである。
 かくして今晩は取り決めのとおり、ティエンはヘイランと床を伴にするべく身を清めた後ヘイランの部屋へと参上仕ったのである。

 「少しばかり、お待ちになってくださいね」

 ティエンが部屋に参った所、そう言い残してヘイランはさっと姿を消したのである。故にティエンは待っていた、一人半裸の格好で。


 「……お待たせしました うふふ……」
 そっと、戸が開かれる音と共に静かな衣擦れの響きがティエンの耳に届く。その言葉に、ティエンはすっと振り返る……

 そこには、嫋やかな笑みを浮かべ……薄衣だけを纏ったヘイランが小さな壺を抱えて立っていた。

 その薄衣は淡い紫に染められており、その薄衣越しにヘイランの豊満な胸、そして少しだけ生い茂った慎ましやかな“花園”が、瑞々しく丸みを帯びた臀部の中に映える。髪はほどかれ、その白紫が薄衣と肩に沿うように薙がれている様子は実に艶やかであり、行灯の灯りに照らされる様子と合わさりティエンは知らず知らずのうちにごくりと喉を鳴らす。
 香でも焚いたのだろうか、どこか甘い薫りを燻らせながらヘイランは音もなくティエンの傍によるとすっと座り込む。その柔らかな仕草にティエンは己の心臓が跳ねるのを感じるのであった。
 そんなティエンの様子を、ヘイランは満足げに眺めるとそっと耳元で囁く。
 「ティエン様……いつもありがとうございます…… うふふ……不肖ながら、今宵はこのヘイランめがご奉仕……させていただきますわ」
 耳を舐めるような、ねっとりとした囁きにティエンの心の臓は言いようもなく、久方ぶりといっても良いほどに早鐘を打ち始める。それに、今までとは違う“ご奉仕”という言葉にもティエンは反応していた。

 そのまま、促されるままにティエンはうつ伏せに寝かせられると、ヘイランの手で履いていた長履きと下着を脱がされる。
 「では、失礼して……」
 かちゃりと、壺の蓋が外される音が響く。何をするのかと、興味深げにティエンがヘイランの方を見ると、何やら壺から何かの汁を手に零しているところであった。それはとろりとした黄金色の“油”のようなもので、それをヘイランは己の手にたっぷりと塗していく。同時に、何とも爽やかな竹の薫りが部屋の中に広がっていく。
 (……あれは……もしや竹瀝?)
 ティエンがそんなことを考えていると、ヘイランがその“竹の油”をティエンの肌にもかける。とろりとしたそれの肌触りは不愉快ではなく、油のようにすっと肌に馴染む。そして、準備が整ったのかヘイランは己の手を広げると、ぐっと肉球でティエンの背中を“揉んで”いく。
 「! あ! ぁ!」
 ふわふわの毛皮がしっとりと油で湿り、柔くも程よい硬さのある肉球で揉み解される感覚は、知らず知らずのうちに疲れをため込んでいたティエンの体を、強烈な麻薬の如くたちまちのうちに虜にさせていく。ほんの僅か、揉まれただけでティエンは極上の快楽を感じるのであった。それに、ほんのりと高い体温を持つヘイランの手のひらは、少し冷える夜の空気と合わさり、思わず全てを預けてしまいたくなるような心地よさを与えていた。
 「うふふ、どうかしら」
 「……ぁ! ぅ……!」
 むに、ぐに、と肩回り、そして背中、腰へとヘイランはゆっくりと体重をかけながら、そして恐るべき技巧を駆使してティエンのコリをほぐしていく。それは正に魔性の快楽であり、ティエンは言葉を失ったまま天井にも上る想いの中で喘ぐ。
 己のたくらみが、上手く行っていることに気を良くしたヘイランは“失礼します”と一声耳元で囁くと、のっしりとティエンに跨る。じゅんと暖かい“花園”が薄衣越しにティエンの臀部に押し当てられる。その感触に、うつ伏せでありながらティエンの“暴れん坊”が固く熱くなっていく。背後に感じるヘイランの体温、そしてむにゅりと柔らかく押し付けられた太ももと薄衣越しにはっきりとわかるほど熱い秘花の湿り気、それら全てがティエンの獣欲を刺激していく。
 そのままヘイランはきゅうっと体重をかけると、按摩を再開する。ティエンは心地よい重さを感じながらも、背後で手の動きに合わせ腰をくねらせるヘイランの手管にすっかり骨抜きにされ、力を抜き、息を吐いてすっかり蕩け切ってしまっていた。
 うっかりすれば、寝てしまいそうなほどの心地よさであったが、だが同時に強い興奮ももたらしており、それが覚醒の一助となっていた。爽やかな香りに包まれながらも、その中に確かに薫るヘイランの匂い、高い体温に柔い肉体、そして押し付けられた秘部……油かそれとももっと別の“蜜”か、じっとりと濡れぼそりねとねととしたヌメリがティエンの臀部に蛞蝓が這うように塗り広げられていく。そのままくるりと、滑った音と共にヘイランが体制を変えると、油を垂らし次は足を揉み始める。
 「ぁぁ……っ!!」
 一揉み、ヘイランの肉球と爪によって刺激された瞬間、脳天を突き抜けるような快感がティエンの足に走る。
 「うふ、凝っていらっしゃいますのね」
 長旅とそれに続く過酷な戦いの連続。それによって酷使され休む暇もなかったティエンの両足に与えられる慰安の蜜は劇薬であり、ともすれば激痛にすらなったが突き抜けた快楽はそれすらも快感となりティエンの脳と体を焼く。くいッと、足を折り曲げられ、脛回り、そして腱を、柔柔としかしてしっかりと揉みしだき、足裏をも解していく。その度にティエンはびくびくとその身を震わせ、跳ねるようにして快感を耐える。
 「おぅっ! おっ! ぉぉお!!」
 よほど心地よいのだろうか、ティエンは普段の様子からは見られないほどすっかりと砕け切り、だらしなく快感に顔を歪ませていた。それは間違いなく、タオフーやフオインと交わしてきた情交にはない、ヘイランだけが与えることができる“快楽”であることを示していた。
 その事実に、ヘイランはいたく上機嫌となり。そのままピコピコと小さな丸尻尾を振りながら、くにくにとその豊満な尻をティエンの背に押し付ける。じゅんと熱の籠った“中心”を、ティエンに感じさせながらゆっくりとヘイランは手の平で足を揉み上げていく。ぐぅっと、押し上げるたびにティエンの口からこらえきれぬ快感の吐息が噴き出していく様子は面白く、ヘイランは何とも言えない優越感を感じながら時間をかけてティエンの下半身を揉みほぐすと、再びくるりと体の向きを変え倒れかかるように……つんと澄ました己の胸先と、むにゅりと柔く形を変える胸を押し当てて……耳元で囁く。

 「それでは……ティエン様、仰向けになられてね」

 耳が蕩けるような、蠱惑的な薫り。
 だが、その言葉にティエンはハッと顔を赤くする。既に十分赤かったが、それでもさらにぽっと赤く染まる。その理由を、ヘイランはわかっていたが、むしろそれはヘイランも望んでいることであった。
 「ヘ、ヘイラン その……」
 「うふふ……!」
 少しばかりの抵抗。だが、岩をも軽々と持ち上げるヘイランの怪力の前にすれば、赤子の戯れにすらならない抵抗であった。そのままあっさりとティエンはひっくり返され、己の“恥”を天高く掲げる様相と相成る。
 ごろりと返ると同時にぴんと、熱をもってそそり立つ雄姿……その姿にティエンは恥じ入るように顔を背け、ヘイランは飢えた様子で唇を舌で湿らせる。


 「……うふ、うふふ お続き、しますね?」
 ほんの少しの間、ほけっと忘れていたヘイランだったが、思い出して取り繕うように微笑むと、再びその手のひらを竹の油で濡らし、ティエンの足を開かせその間に座ると爪先から満遍なく塗すように両手を使って、ぬるぬると両足を握るように、しかして絶妙な力加減で揉みしだきながら扱いていく。大きく力強く、それでいて柔く暖かいレンシュンマオ特有の手の心地よさに、ティエンはヘイランの眼前で足を開き、己が恥部と弱点をすべてさらけ出しているという恥を知りながらもほうっと息を吹き出す。だが、ヘイランからすれば、この程度の按摩はまだまだ“序の口”であった。
 「……失礼します」
 この時、喘ぐティエンの目には入らなかったが、もしも目にしていたのならばティエンはいよいよ“貪られる時が来た”のだと確信したことだろう。そう思えるほどに、今のヘイランの顔は妖しく、そして“悪い”顔をしていた。

 「ッ! ヘイラン、ヘイラン!」

 びくんと、ティエンの全身が、腰が跳ねる。
 それもそのはず、足を揉んでいたヘイランの両手が……つつつっと油で滑るように腰元まで上がったかと思えば、そのままティエンの両玉をしっかりと“握った”のだから。
 「何かしら?」
 しかし、当のヘイランはまるで知らぬとばかりに、とぼけた様子で悪戯っぽくティエンに問いかける。そんな邪気に満ちた無邪気な笑みを浮かべながらもその両手はにぎにぎと玉を揉む。一見して握りつぶそうとしているかのように、ヘイランの指がくっと玉に食いこむ。だが、決して苦痛ではなかった。むしろ、鈍痛の中に奇妙な心地よさ、大切な部分だからこそ……それを預ける解放感と合わさり何とも言えない不可思議な心地よさがティエンの腰奥に広がっていく。
 その手さばきは正に巧絶妙技であり、繊細に撫でるように、そして時に力強く、ティエンの玉を撫で繰り揉み抱いていく。そんなヘイランの技巧を助けるように、竹油の程よいぬめりにすっとした清涼感とじんわりとした手のひらの温もりが混ぜ合わさりながら芯に染み込んでいくのは、舌にし難いほどの快感であった。また、玉という生殖をつかさどる場所が癒されているからだろうか、直接的な性感は全くと言って良いほど受けていなかったが、ぐつぐつと腹奥で煮え滾るように己の中に精が創り出されていく感覚をティエンははっきりと感じていた。だからだろうか、無意識のうちにティエンの腰は軽く動き何もない宙に対し己が欲望を誇示し突き入れる。そんなティエンの雄を前に、ヘイランは欲望を隠すことなくぎらついた視線を走らせながら熱く湿った荒い息を吐く。その熱い吐息にさえ反応してしまうほど、精が張りつめたティエンの男根は敏感になっていた。

 そのようにして、ヘイランの手によって慰撫された玉は連日連夜の酷使が嘘のように熱を放ち、どくどくと脈打つように欲望をティエンの雄に送り出す。ティエンの雄もまた熱く硬く、そして気持ち普段よりも大きくそそり立ち冷たい夜の空気の中で湯気を放ちながら存在を誇示していた。
 「ああ……ティエン様……うふふ、そ、それでは……うふ、うふ……うふふふふ」
 まさかここまでまでうまくいくとは、真似事といえば真似事で知識だけの按摩であったが、それによって立派にそそり立ちすっかり出来上がったティエンの雄を前に、ヘイランは己の胎が熱くうねるのを感じる。つまるところ、そろそろ我慢の限界であった。
 「うっ」
 両手で包むように、ティエンの象徴に竹油が塗られていく。暖かく、しっとりと湿りながらもふわふわと柔く大きなヘイランの手、それによって労わるように包まれる。びくびくと喜びに打ち震え、ただ油を塗るだけの緩慢な一擦りで達してしまいそうであったが、ティエンは何とか耐える。
 竹油を塗られ、ぬらぬらと光るそれはまさしく欲望そのものであった。その欲望を前にヘイランもいよいよのぼせあがり、ティエンの腰元を両手でつかみ己が腰を浮かせると、纏っていた薄衣をはらりと、胸元だけ開ける。跨った下にはもちろん、ティエンの雄が、ヘイランの雌にあてがわれる形で収まり少しヘイランが腰を落とせばすぐにでも飲み込まれてしまう位置にあった。
 「それでは失礼して……ティエン様……お情け、くださいね……」
 甘くしっとりと、囁くように……しかしてわがままにヘイランは告げる。そのまま開けた胸に残った竹油をすべて振りかけると、ゆっくりと腰を落とし……体を滑らせるようにティエンの胸元へとその柔く大きな胸を……押し付け竹油を塗り広げるように密着していく。熱くぬめり、そしてどこまでも柔らかいヘイランがそのすべてを使ってティエンを包む。それはまさしく、一瞬ティエンとヘイランが混ざり溶け合ってしまったのではないかと思うほどであった。

 「はぁ……っ! ふっ……ぅぅぅ……」

 深く押し込まれた胎から絞り出すような吐息、それと同時にぷるりとヘイランの尻が震える。熱いうねりを掻き分けつつも、導かれ吸い込まれて沈み込むように、くにゅんとした感触と共にティエンの全てがヘイランの中に収まり、ちゅうっと巾着のように窄まる。決してきつくはない、だがしっかりと密着しゆるゆるとした優しい締め付けが満遍なくティエンを包む。ぬるりとした竹油によって合わさった体が隙間なく埋まる感触は、互いの火照った体をより深く溶け合わせているようであった。それでいて僅かな筋肉の動きさえも伝わるようで、脈動が響くたびにティエンとヘイランは言いようのない一体感を覚えていく。
 暫く、ヘイランは荒く深い呼吸をしながら、ぷるぷると震える体を抑えるようににちゅにちゅと小さく体を動かす。そんな緩慢な体の動きとは裏腹に、ヘイランの蜜巾着は搾り上げるようにうねり、にちゃにちゃと引くつく肉襞がティエンの欲望を包み撫で上げ我慢は毒だと言わんばかりに破精を乞う。当然、入れる前から決壊が近かったティエンからすればもう限界にも等しく、力の抜けた体に何とか力を籠め決壊を持ちこたえているに過ぎなかった。それは男の意地でもなんでもなく“すぐに果てるには惜しい”と無意識のうちに思ってしまうほどの快感だったからであった。だが、そんな思いも虚しく、にゅるりと、ヘイランの尻が持ち上がる。吸い付いた肉がぐにゅりと、引き伸ばされるように欲望にまとわりつきながら撫で上げていく。撫で上げると同時に、中の蜜襞が胴と雁首に引っ付きなぞりあげる感触は凄まじく、腰の奥が丸ごと持っていかれてしまうかのようであった。
 「うっ」
 そしてそれは、容易くティエンを決壊せしめるほどの威力であった。
 「あぅ……っ!」
 音がすれば、さぞかし良い音がしたであろう。胎でのたうつ飛沫を感じながらヘイランは浮いた腰を再び落とす。びちゃりと蜜が掻き出され、拭きだすと同時にティエンの欲望がひときわ大きくびくりと精を吐き出す。一突き、ただの一突きであったが、その快感は焼け付くように思考を熱し、ヘイランの中の獣性を震わせるように刺激していく。叶うものならば、今すぐにでもめちゃくちゃに腰を振り落とし貪り尽くしたかったが、あいにく、ティエンにとっては幸運にもヘイランは今の一突きで軽く腰を砕いてしまっていた。
 だが、砕けたならばそのまましゃぶろう、ヘイランの物言わぬ下の口はちゅくちゅくと咥えこんだティエンを奥へ奥へと導くように、しかして快感に痺れるように顫動しながら震えていく。ティエンの方も、とっぷりと熱く舐る湯に半身を浸しているかのような心地にすっかり腰が抜け、時折快感に対する脊髄反射とでもいうように腰がぴくんと跳ねてはヘイランの奥を小突く以外何もできなくなってしまっていた。そんな微かな動きにもヘイランの蜜肉は重ねるように締め付けを強め、精を吐き出してもなお硬く熱いティエンの欲望に次をねだり、ティエンもまたその緩やかで逃れ得ない快感に応じるようにぴんとヘイランの中で一物を跳ねる。
 そんな風にして、暫しの間互いに動くことは叶わなかった。

 「ん……っ ふう……ふぅ ……動き、ますね んっ」
 そう耳元で囁いて、ヘイランがその身を起こす。とろりと全身に広げられた油に彩られた豊かさが薄灯りに照らされて艶めかしくティエンの眼前で揺れる。その姿に見惚れていると、ヘイランの両腕が胸と肩の付け根辺りに置かれ、揉みこむように力が少し入る。それに合わせるように、ヘイランの腰がゆっくりと、這うように前後にくねる。きゅっと締め付けられて浅く、浅く抽挿が繰り返される。しっかりと根元を咥えこまれ、ヘイランに包まれたまま絡みついた蜜襞に欲望が扱かれる。時折肌に当たる体毛とは違い少しばかりかたいヘイランの陰毛の感触がまた情欲を煽り、ティエンの獣欲を高めていく。
 極上の雌が体を揉み解し、癒され昂った欲望をその場で受け止めてくれるのだ。視覚的なものはもちろん、情緒としても、感覚としてもこれ以上の快感はそうはないだろうと断言できるほどであった。
 それに竹油の効能だろうか、互いの体温によって熱せられたそれはぴったりと隙間なく二人の皮膚を融着させているように互いの肌を感じさせ、柔らかなヘイランの肉感が余すところなくティエンの脳に伝わってくる。正しく、半身の一部が丸ごとヘイランの中に埋もれてしまったかのような錯覚さえ覚えるようであった。
 その快感の大波に、身を任せるようにティエンは力が抜けていく。緩やかに腰がくねるたびに、柔蜜に埋もれた分身が愛撫されるように締め付けられ、甘い刺激が絶え間なく下半身を支配する。それに加え熱くじんわりとヘイランの熱がうつり、芯の先からじんじんと痺れるような感覚が広がっていく。火が灯るような心地よさも合わさり、ティエンは己の腹底で再び精が沸騰していくのを感じるようであった。
 「……ん ふ……ぅっ」
 ぼやけた眼前にヘイランの美しい顔が迫り、そのまま重なった唇から舌がとろりと流れ込む。蜜と錯覚するような甘さを感じ、ティエンは疑うことなくヘイランの舌に己の舌を絡める。口の中で、二つの生物が渦を巻く、とろとろと蕩け合うようにティエンの口の中で踊る。少しばかりくすぐったいような、こそばゆい感覚。
 ちゅっと、静かな音と共にヘイランの舌が解れる。離れた口からは変わらず甘い薫りが漂い、舌は名残惜し気にティエンの口を舐める。それは獣が示す親愛の情でもあり、獣人たるヘイランが無意識のうちに感じ、そして示す愛と野性の徴でもあった。その証左に、腰の動きは少しずつ自制を振りほどき、早くなり始めていく。労わるように捻り、押し付けるだけだった腰も貪るように浮きかけ、その身に宿る獣性と獣欲が徐々に顔を覗かし始めていた。その眼も鋭い眼光が宿り、息も早く短くなっていく。
 たんっ、たんっと浮いた腰が落ちるたびに湿った布を叩くような音が響いていく。微かに腰の抽挿が早まり、弾力のある蜜襞の口で“根元”をなぞられ締め付けられることで熱せられた性感が急激に昂っていく。それに加え“たっぷりと”蜜が詰まったヘイランの淫道は僅かな攪拌にも容易く絡みつき、空いた隙間を許さないとばかりに動きに合わせて吸い付き鈴口、雁首を舐めなぞる。
 そんな優しくも苛烈極まりない快楽の熱を前に、耐えられる者などいるのだろうか。
 ティエンがそんなことを考えたり考えなかったりする間もなく、意識が淡い桃色に染まっていく。どこまでも柔らかくて温かい肉のうねりの中に沈む、そんな錯覚と共にティエンの上にヘイランがその体を押し当て密着していく。その全身からは薫り立つように竹の甘い薫りが立ち昇り、ヘイランの薫りと共にティエンを包む。
 密着しつつも、その腰の動きは早まり、うねるように腰を浮かしてはしっかりと叩きつけ、より深く飲み込むようにぐりぐりと腰を捻り回していく。その度にヘイランとティエンの口からはくぐもった快楽の呻きが漏れ。そして互いにどちらともなくその顔を舐め、口を交わす。

 甘い、どこまでも甘い交わり

 すでにヘイランは当初の“やり口”など忘れ、一匹の獣として愛するツガイを貪ることに没頭していた。その体を守るように覆い、両手を絡め互いの手と手を取り、口を重ね合わせ互いの欲望をぶつける。ティエンもヘイランの柔肉を抱きしめ、振り下ろす腰元に片手を伸ばしては可愛らしく震えるふわりと小さな黒尻尾を掻くように撫でる。悪戯に尾を掻かれる度に、ヘイランは背筋に震えるような刺激が走り、より強く搾り上げるように己の中で埋まるティエンとその分身を締め付ける。
 響き渡る、激しい快感を前にティエンの限界はすぐ目の前に迫るも、口合で声を塞ぎ肉を踊らせて暴れまわるヘイランに対し伝えることも抑えることもかなわず、ティエンはくぐもった快叫を上げながらヘイランの中で再度果てる。
「おおっぅ!!」
 胎底を叩く、熱の感触にヘイランは驚くように腰を震わせるとぐっと深く腰を落とし、吸い上げるようにぶるりと尻肉が持ち上がる。そのまま数度、ぎゅ、きゅうっと味わうように腰が、尻が揺れる。それに合わせて深くも短い息が口から漏れる。それは冷えた空気の中に白靄を燻らせ、この情交がいかに燃え上がったものであるかを知らせるようであった。
 「ん……っ ふっ……ぅっ!」
 ぶるんと、余韻を感じるように蜜肉が締り、腰が浮く。


 「……ふぅ うふ……失礼、少しばかり……その、夢中になってしまいましたわ」
 そう呟いて、ヘイランは腰をちゅくちゅくと軽くゆする。未だにティエンを咥えこみ、蜜奥に炎を宿していることからも、貪りたくて仕方がないと叫んでいるようであったが、ヘイランにとっては奉仕すると言った手前はしたないと感じてもいるようであった。
 もじりと少し恥ずかし気に身をよじるヘイランの姿に、ティエンの中でむくりと何かが持ち上がる。

 そのまま身を起こし、ヘイランは油の入った小壺を探す。ほっこりとした湯気を放ちながら、薄灯りに照らされる油塗れの……てらてらと光る豊かで淫靡な肉体が薄靄の中で揺らぐ様子は、まるで仙女のように美しく……妖艶な姿であった。
 「……そ、それでは 揉みの続きを……っ!」
 ぐぅっと、腹を押し上げる心地よい痺れるような圧迫感に、ヘイランは手に取った壺を取り落とす。いつの間にかティエンはその身を起こし、その両手をヘイランの腰に回していた。
 「あ……っ! ふ、ふぅ ティエン様、何を……」
 ぐりぐりと“先”を押し付ける。
 「っ! ふっふ……っ! うふふ……そ、その……少しばかりお顔が…… あ……ん」
 そのまま、ぐっと押し広げるようにヘイランを抱き寄せ、その口を奪う。
 そして、ゆっくりとティエンは体を起こしながらヘイランを押し倒していく。か弱き乙女のように、ヘイランはころりと寝所にその身を横たえ、ティエンがその上に覆う。



 ……それからしばらく、夜通し仙石楼……そして天崙山に艶やかな啼き声が響き渡っていくのであった……













 ……ということのしだいでさぁ、どうですぅ?
 え? なになに? 信じられないってぇ?

 嫌だなぁ……旦那ぁ しっかりお話したじゃあないですかぁ 何度も言いますけどねぇ、この“銀竹油”は正真正銘! 天崙山直送! 一番搾り! ……の極上品でさあ……
 嘘でもなんでもなくぅ 仙女様直々に銀竹を……こうっ ぎゅっとね……あっしには無理なんすけどね 絞ってぇ……できあがりっ! てなわけよ

 なんならぁ……そんなにこれの効能を疑うようならぁ あっしが実演してあげてもぉ……良いんすよぅ?
 どうですかい、今ならなんと! 旦那のここでお支払いでもぉ……

 なに? 触るな? うもうっ いけずぅ……でもそんなところが……なに? もう行く?
 ちょっと待った 旦那ぁ……ここまであっしに話させておいて何も買わずにぃ……行くってのは、ないんじゃないかい? 金は払った? いやいや、この青藍……話だけで何も買わせずに行かせるたあ刑部狸の名折れってもんでさぁ……だからぁ、ちょいとそこの暗がりで二人っきりでもう一つぅ……

 あ! こらまてっ!


 ……げへへ……残念でしたねぇ 旦那ぁ……あっしは足も速いもんでね…… 古今東西……腕っぷしで風来坊に負けるようじゃあ、商売人はやっていけねえってもんですよぉ……

 なに? もう金ない? 嘘はいけませんねえ……ほらぁ、こんなところに金がしこたま……ついでに立派な宝玉もここに……あ、こら 隠すんじゃあない!

 なに? 妻子がいる? また嘘はいけませんねぇ……あっしは獣でっせ? 旦那が独り身なんてぇ、匂いで気づいてまさぁ ちなみにぃ、この青藍めも寂しい身なんでさあ、こんなところに一人と一匹、これはぁ 運命ってもんですよぉ ほぅら、そこの隅で、この銀竹油と青藍めをぉ……実演販売、しちゃいますかねぇ……

 なに? ほかの品物を見たい? またまたぁ……嘘は…… ……う〜ん旦那、そんなに見たいんですかい? あっしとここでいいことしたほうが楽しいと思うんだけどねぇ しかし……まあそこまで言われて品物を紹介しないってのは商売人じゃあないからねぇ
 わかりやしたよ旦那 では、あっしめの店に来て色々見てってくださいな、何せ天崙山から取り寄せた“おすすめ”はまだまだたくさんあるからねぇ……

 ……それと一つ……もう、逃げようってのはなしでっせ?

 ふひひ、よろしい ではこちらへ……あっちの露店? あれは客寄せ用の店でさあ、この青藍めが商いをする場所はあの角をちょいと行った先にありまさあ



 さあさ旦那ぁ、いきやしょうか あっしが商いをする店……“獣仙窟”へ……


23/03/12 18:37更新 / 御茶梟
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■作者メッセージ
読んでいただきありがとうございます。

幕間其の二です。

元ネタは竹から採れる竹瀝という液体です。実際のところどれほど絞れるかはわかりませんが、天崙山の銀竹だから、ということで許してもらえればと思います。
何はともあれ、楽しんでいただけたのならば幸いです。

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