登場人物

ティエン
　武の道を究めんと志す人間の男。
　齢三十を前に三獣拳士の（自称）妹たちで童貞を散らす。

　タオフー
　人虎のライフーが変じた魔物娘。
　齢三百にして宿敵のティエンで処女を散らす。

　フオイン
　火鼠のフオジンが変じた魔物娘。
　齢百にして好敵のティエンで純潔を散らす。

　ヘイラン
　レンシュンマオのバイヘイが変じた魔物娘。
　齢五百にして強敵のティエンで貞操を散らす。










〇仙石楼の朝

……仙石楼の朝は早い。

　霧深い霧の大陸にそびえる名だたる霊峰の天崙山。
　その中腹に築かれた建物、名は仙石楼。
　その歴史は深く、かつてはこの地に住んでいた仙人たちの住居だったとされ、その仙人たちを師と仰ぎ、同じく仙人を目指す者たちの修行の場でもあったという。最も栄えた時などは一つの村のようであったと伝えられていた。だが、そんな仙石楼もとある仙人の堕落によて引き起こされた事件を境に衰退をはじめ、果てに捨て置かれた後……天崙山に潜む魔物や獣のねぐらとなっていたのである。
　そんな魔窟と化していた仙石楼であったが、人虎のライフーが現れたことにより状況は一変する。ライフーはたった一騎で仙石楼をねぐらとしていた何十……百を越えたかもしれぬ魔物を一匹残らず屠り、打ち倒しせしめたのである。その凄絶さと冷酷無比な武は天崙山に恐怖の伝説となって響き渡り、以後魔物たちのみならずふもとに住む人々にとっても、ライフーの寝床となった仙石楼は決して近づいてはならぬ禁忌の場となった。

　……門を叩くは愚か者、もしくは死にたがり……

　それは仙石楼を訪ねようとするものにとっての不文律であった。



　そんな仙石楼であったが、ここ最近は様相が違っていた。
　主であった人虎のライフーがいなくなり、代わりに見目麗しい仙女が三人……一人の人間の従僕と共に住んでいるとの噂が天崙山、並びにふもとにまで伝え聞こえていたのである。
　話の出処はわからず、その真偽を確かめようにも常人が仙石楼を訪ねるには七日かけて険しい天崙山を登らねばならず、わざわざ魔物や修験者崩れの野盗、山賊の類いが跋扈する道を踏破するという危険を冒してまで確かめに行くようなものはそうそういなかった。
　それにややこしいことに、天崙山には仙石楼以外にもそうした曰くのある建物や、浮世嫌いの人々が住む山村、仙人の住居などが点在しており、山に詳しくない者にとってはまっすぐ目的地に向かうということ自体がなかなかの難事であった。

　そんなこんなで仙石楼はなかなか陸の孤島……ある意味では現世から隔絶された場所であり、そこで流れる時間は仙人が感じるように変わる事のない悠久のようでもあるだろう……

　そんな仙石楼の朝は、早い。

　まだ薄暗い刻限、ティエンは己の部屋、そこに敷かれた寝床で目を覚ます。
　色々あってタオフーたちと“深い仲”になったのち、ティエンは度々タオフー、フオイン、ヘイランからそれぞれ……

　「ティエン、寝るぞ」

　「兄ちゃん、一緒に寝ようぜ！」

　「ティエンさん……一人寝は少し肌寒いわ……温めてくれないかしら？」

　……といった感じで毎夜毎夜誘いを受けると同時に、大抵三人が同時に誘いをかけるために度々衝突しており。その毎にひと悶着が起きるため、ティエンは問題を起こさぬように夜は何が何でも自分の部屋で寝る……と宣言することで事の解決を図ったものの、今度は……

　「ティエン……その、寂しくないか？　何なら一緒に寝てやっても……」

　「兄ちゃん、一緒に寝ようぜ！」

　「夜伽に参りましたわ、ティエンさん」

　と、結局何の解決にもならなかったため、結局ほぼ一昼夜かけた長い話し合いと手と足、そして尻尾が出かけたタオフーたちの説得の末、ティエンは四日の内三日は必ずタオフー、フオイン、ヘイランのいずれかと必ず同衾するという約定が取り決められたのである。
　それからというもの、夜は大変であった。

　お堅いわりには発情してればめちゃくちゃに犯し、そうでなければねっとりずっぷり、少しずつ一呑みにされるような長い交わりをするタオフー

　甘えつつも激しく求め、同じくティエンにも求められたがり、同時に背徳感故かなぜかやたらと燃え上がるフオイン

　最初は献身的に奉仕するもののその後にばっちり貪られ、そしてそのまま欲望のままに手練手管を弄して搾りつくすヘイラン

　そんなめくるめく彼女たちとの淫欲の夜は、齢三十を前にして女人の味を知らなかったティエンにとっては刺激が強すぎるものであり、しかも交代制にしたことで結果的に“他の相手よりも自分の方が絶対に良くできる”とばかりに彼女たちが燃え上がるためヤってる最中に意識を失う、次の日の朝には搾りつくされ足腰に力が入らない、ということはティエンにとっては日常茶飯事であった。
　そのためここ最近のティエンは、朝はいつもげっそりとしている有様であった。しかし、不思議と性欲は尽きなかったし、それが原因で日中倒れるということもなかった。むしろ、最近は慣れてきたのと流石の彼女たちもまずいと思ったのか、それともあまりがっつく必要がないと感じたのか激しい交合……タオフーが発情していない場合に限る……は余りしない方向に落ち着いてきていたこともあり、少しだけ体力に余裕ができていたのである。

　それに、ティエンも別段彼女たちとの交わりは嫌ではなかった。
　人外とは言え、かなり控えめに言っても美しい彼女たちに慕われ求められるのだ、悪い気がするわけがなかった。

　そんなこんなで三度目の一人寝の夜を終え、心身ともに気を張り巡らせた心地よい感覚と共にティエンは目覚める。最初の一人寝……三人をそれぞれ連夜相手にした後の夜は正に死んだように朝まで眠っていたし、二回目も似たようなものであった。
　ゆっくりと体を起こし、深く息を吸う。
　朝の冷たい、霧の混じった空気は肺に染み渡るようであり、すぐに意識が覚醒していく。仙石楼でタオフーたちと深い仲になる前はこの刻限に起きるのは普通のことであったが、今となっては大分久方ぶりのような気がしていた。

　ともかく、早起きしたのであればやることは一つ。朝の鍛錬である。

　鍛錬、と言っても激しいものではない。軽く天崙山を駈け、演武を行い、朝餉用の食材を取って帰る程度のことである。食材に関してはティエンが行かずともタオフーたちが自主的に集めて来てくれるものの、やはりいつも頼りきりというのはティエンとしては忍びないものがあった。
　何はともあれ、暫くできていなかった朝の鍛錬を行えると胸を膨らませ、着替えを済ませたティエンは戸に手をかけようと手を伸ばす。

　！　獣の気配　！

　戸に指をかけた瞬間。ティエンの脳裏に浮かぶは牙を剥いた獣の顔であった。

　……約定により陽が昇るまでの間、部屋の中にいるティエンに手を出すべからず……

　裏を返せば部屋から出れば、出てしまったが最後……後のことは無法である。


　……この気配は……ヘイラン……！


　よほど気を張っていなければ、見逃してしまうような幽かな、それでいて巧妙に隠された獣気。そこに混じる甘く薫る香気からティエンはヘイランが待ち伏せていると確信する。

　事実、扉の裏……廊下の闇にヘイランはその身を潜めていた。元来、バイヘイであった時ですら巨体の気配を消し岩と錯覚させ、木々の間に身を隠す術をもってティエンを苦しめたヘイランにとって、小柄な体となった今その身を闇にひそめるなどさらに容易いことであった。
　そうやって身を潜め、ティエンが出てきたところ捕らえ部屋に連れ込み朝の一番搾りでしっぽりやろうという腹積もりであることは間違いなかった。

　……この戸を開けるのは不味い……

　決して、嫌ではない。しかし修行者としてあまりにも爛れた生活は言語道断であり、何よりたいていの場合そのまま続けてタオフー、フオインとやる道に入ってしまう。そうなってしまったが最後一日ヤってるだけという日になってしまう恐れがあった。
　今日はいい加減溜まった洗濯物を洗ってしまいたかったし、まだまだ埃っぽいところの掃除や少しずつ減っている備蓄の食料や調味料の確認、滞ってしまっている仙石楼の補修を行いたかったのである。

　ティエンは素早く意識を回し、道を探す。

　……ならば！

　ティエンは窓から出ようと、ゆっくり窓際による。そのまま音もなく出ようと窓の淵に手をかけ、外を見た瞬間。

　！　獣の気配　！

　窓の外、仄暗い霧の中……うっすらと見える竹林の奥から、確かに感じる気配が一つ……

　……この気配は……タオフー……！

　それは殺気にも似た執念。隠しようのない……というよりも今まで気が付かなかったのが不思議なくらいの情念が竹林の奥から発せられていた。
　恐らく、巧妙に身と気配を隠していたものの、獲物が……ティエンが出てこようとしたためについつい喜びと興奮のあまりうっかり漏れ出してしまったのであろう。
　事実、ティエンの動きが止まると勘づかれたとばかりに竹林ががさがさと揺れ始め、暗闇に黄金の瞳がちらりと光る。

　まずい、出るのは当然まずいとして急ぎ身を隠さねば……！

　もうすぐ夜が明ける。タオフーはそれをわかったうえで強襲をかけるつもりであることが伺えた。このままでは虎に喰われてしまう、それは避けねばとティエンは最後の手段に出る。
　部屋の隅、一見すればただの床だがごく僅かに切れ目が入れられている一角。そこの端にある僅かな隙間に指を入れ持ち上げる。すると、木の番が外れる音と共に床が上がり床下に抜ける道が出来上がる。ティエンは素早くその中に身を滑り込ませると、戸の裏手を持ちそのまま静かに閉める。
　それは……恐らくは、仙人の誰かが、または仙人の弟子が何らかの事情で作ったのであろう隠し扉であった。部屋の片づけをしていた時に偶然見つけたもので、このような形で使うことになるとはティエンとしても思わなかったが……ティエンが潜り込んで暫く、窓から部屋の中に乗り込む音が床下まで響く。それと同時に戸が……鍵を砕く音と共に……押し開けられる。
　「！　……ヘイランか……何用だ」
　虎の唸り声と共に、ミシミシと床に爪が立つ音が響く。いるはずのティエンがいないことに加え、獲物を奪い合う相手が現れタオフーはすこぶる不機嫌そうであった。
　「……たまたま外にいた時に物音がしたものですから、ティエンさんが猛獣に食い散らかされやしないかと心配になっただけですわ……まあ、その心配はなかったようですけれど……」
　ぎしりと、ヘイランの足が踏みしめにじり回される音が響く。
　二匹の獣は睨み合うように、その狭い部屋の中で弧を描いていく。その気配を感じつつ、ティエンがじっと息を潜めていたその時であった。ちょうどタオフーがティエンの潜む床の真上、それに足を掛けた瞬間である。みしりと、床が軋む音と同時に足を止める。
　ひくりと、虎の鼻が動く。

　瞬間、目にも止まらぬ速さで虎の爪が床を貫く

　「……逃がしたか」
　至極残念そうにタオフーは呟く。腕を引き抜き、床に空いた穴を覗くも既にそこには誰もおらず、愛する男の残り香だけが土の匂いに混じるばかりであった。だが……
　「まあ良い……ヘイラン、決着は預けたぞ」
　「あら……私も同じことを考えていましたわ……うふふ」

　逃げたのならば、追って捕えればよい

　獣が二匹、欲望をぎらつかせて嗤うと部屋から駆け出ていく。ちょっとした小村程度の広さがあるとはいえ、しょせんは一つの建物。匂いをたどることなど造作もない……疾く捕えてこの身燻ぶる熱を解してやらねば……そう飢えた獣の如く、タオフーとヘイランはティエンを探し始めるのであった。

　そのころ、ティエンは存外入り組んでいた床下の迷宮を何とか抜け出し、この身喰らわんと追い縋るタオフーとヘイランという二体の猛獣に対しどう対処するかを考えていた。

　（……果たしてどうすれば……）
　この時、ティエンの心に浮かんだ案は三つ……

　第一案……正面切って戦い、打ち破り落ち着かせる
　（ダメだ……！　タオフー殿もヘイラン殿も兄上殿たちに劣らず、百戦錬磨の武人なればこのティエンでは……まだ勝てない……！）
　事実、ティエンは先の戦いにおいてタオフーには惜敗、ヘイランに至っては見事に負かされてしまっている。それからの修行不足の今、戦っても勝てるとは思えなかった。

　第二案……説得を行い、納得させて引き下がってもらう
　（……できればこれが理想であるが、大人しく聞き入れてくれるだろうか……いや、ないな）
　実際のところ、これはティエンが痛感していることであった。タオフー、フオイン、ヘイラン、各々話は通じるものの基本的にわがままで自分本位である。強く言うか、お願いすれば聞き入れてくれる場合もあるが大抵は自分の欲望を優先するのが彼女たちであった。ともすれば話し合おうとのこのこ出て行けば話す間もなく食べられてしまうだろう。

　第三案……とりあえず今は逃げる、身を隠す
　（……口惜しいが……今はこれしかない）
　果たして、どこまで逃げられるかわからないが、タオフー、ヘイランが落ち着くまでの間は逃げ続けるしかないとティエンは心を決める。そうと決まればと、ティエンが顔を上げた瞬間であった。
目の前にふわりと熱が薫り、たわわに実った豊かさがプルンと揺れる。

　「よっ！　兄ちゃん、こんなところで何してんだ？」
　なぜ気が付かなかったのか、目の前に彩とりどりの山の幸を詰めた籠を背負ったフオインが興味津々といった様子で立っていたのである。片手には山で捕らえたのだろうか、数匹の丸々と太ったウサギが蔓で縛られてぶら下がっていた。
　相変わらず来ている衣服はそのはち切れんばかりの肉体を包むには小さく、しかもしっとりと汗に濡れて肌に張り付きその瑞々しい体つきを強調していた。
　「……？　兄ちゃん？」
　「あ、ああ……それは……フオインはどうしてここに？」
　煽情的な姿から放たれる微かに薫る健康的な甘い汗の薫りと、ほんのり漂う熱気に一瞬気をやってしまっていたティエンだったが、フオインに声を掛けられ正気に戻る。どうしてと理由を問われても、流石にタオフーとヘイランに追われ逃げていたところ……というのはティエンとしては気恥ずかしく答えようがなかったため苦し紛れに問い返す。
　「へへ！　俺か？　食いもん取ってきたんだ、見てくれよ今日もたくさん採れたぜ」
　そう言ってにっかりと笑うと背負った籠を下ろし、手にしたウサギをティエンに見せるように持ち上げる。山盛りに籠に詰められた山菜やキノコ、果実とウサギ。これだけの量をもってしても仙石楼では一日持てばよい方であったが、少なくともティエンが食料を探しに行く必要は今日にいたってはもうなかった。
　「で、兄ちゃんは何でここにいるんだ？」
　相変わらず屈託のない笑顔で再びティエンに尋ねるフオイン。流石にごまかすことはできないと、ティエンは苦笑交じりに応える。
　「……恥ずかしながら、タオフーとヘイランから逃げておりました」
　今日は自由な朝だったこと、タオフー、ヘイラン両名から朝一番に強襲を受けたこと、床下に隠れ逃れたこと……を多少ぼかし、フオインに告げる。
　「なんだ、兄ちゃんも逃げることあるんだな」
　気恥ずかし気にそう話すティエンに、フオインはからっと微笑んで返す。

　「……でもよお、その　ここにいて大丈夫か？　もう後ろにいるぜ」

　そして告げられる残酷な現実。
　フオインの言葉、それが終わると同時にぞわりとした獣気が全身を包み捕らえる。耳の後ろに、獣の吐息が囁く。荒く息を吐き、じっとりと獲物を舐め回すような、ぎらついた視線が絡みつく。
　「探したぞ、ティエン」
　さわりと、たくましくふわふわとした手が右肩に置かれる。芳しいばかりの薫気が、ティエンの鼻に刺さる。
　「うふふ……本当に」
　ふわりと、柔くふわふわとした手が左肩に置かれる。甘く漂う薫気が、ティエンの鼻に入り込む。
　「タオフーにヘイランよお……兄ちゃんが逃げ出すって何やったんだよ……」
　何も、何もされてはいない、こうして捕まるまでは。

　「ティエン……朝は冷える……そうだろう、我はもう凍えそうだ」
　「そうね……今日は一段と霧深いわ……ほら、こんなにしっとりと濡れて……ぁ」

　じっとりと、熱い二つの体がティエンに絡みつく。
　一見して、柔くただ体を絡みつかせているかのようだが……味わえばわかる。もはやティエンに逃れす術はなかった。絡みついた手は頑強な太蔓のようにティエンの四肢を縛り、その身を包むように背後から覆いかぶさる巨体のタオフーと小柄ながらも三体の中で一番の怪力を誇るヘイランが捕らえた獲物を逃すはずがなかった。一縷の望みがあるとすれば、二体の魔獣が獲物をめぐっての仲違いであったが、あいにくとタオフー、ヘイランともそんな愚の骨頂を犯すことはなかった。二体の獣は知っている、欲望を解放するべき時と、抑えるべき時を……今は独占欲を抑えこみ、協調してことに当たった方が結果としてよいのだ。

　「ず、ずりいよ！　俺だって！」
　霧深い山の中、肌を晒しその身をくねらせ始めた二体の獣と一人の男。それに触発されたかのようにもう一体の獣がその衣服を脱ぎ去り飛びつく。男の正面に、たわわなふくらみが押し付けられ、その熱く湿った谷間で醸成された薫りがティエンの脳を焼く。

　あ、ああ……もう……終わり……だ……

　熱く滾る、己の中の欲望を自覚する。熱く溶け合った三つの肉体が肉の檻となって、ティエンを包み捕らえる。そのままゆっくりと獣の口が、己を飲み込んでいく感触を味わいながらティエンはその身を震わせるしかなかった……






　……仙石楼の朝は、早い……

　霧深い山脈の奥深く、まだ陽が射して間もない頃合い
　獣の嬌声が山々に響き渡る

　盛りの日は、まだ始まったばかりであった

■作者メッセージ
短いですが読んでいただきありがとうございます

拳仙百記ですが、長編→短編数話→長編、の繰り返しで掲載したいと考えています
掲載形態含め試行錯誤しつつ書いていきたいです

どのような形であれ、少しでも面白いと思ってもらえましたら幸いです