……暫く、ヘイランとの奇妙な情交の後ティエンは解放される。
　ヘイランはただ静かに己の衣服を整えるとティエンに背を向ける。その後ろ姿はどこか寂し気で、儚く見えた。

　ティエンはそんなヘイランの手を、そっと取る。ふわふわとした柔らかい、しかし時として岩すらも砕く剛腕。それがどうしてか崩れ落ちそうなほどに弱々しく感じる。きゅっと、指を絡ませてヘイランは少し振り向き、微笑む。
　「……本当に、貴方は悪い人　わたくしは大丈夫ですよ……早くタオフーちゃんのところに行ってあげなさいな……」
　そう言ってティエンの手を少し握りしめ、手を離す。

　「ﾃｹﾘｰ」

　いつの間にか、シミから復活したナオがティエンの傍による。
　「あらあら、だめよ……これからティエンさんは大事な用事があるのですから」
　「！　ﾃ ﾃｷｰ！」
　「うふふ……」
　「ﾋﾟ……!」
　しかし、ナオはティエンに到達する前にヘイランの手に捕まる。警戒し暴れるナオを睨みつけて黙らせた後、ヘイランはティエンを見送る。

　途中で未だにヘイランの締め落としから回復しないフオインを拾い上げると、そっと近くの椅子に寝かせ、仙石楼の宿舎……その二階に向かう。そこはタオフーの部屋。破れた扉が、そのまま四日前の激闘を思い起こさせる。

　傷ついた虎は、寝床に戻る

　果たして、タオフーはそこにいた。
　宿舎の中の一際広い部屋、その奥の寝床に座しティエンを睨む。ざらりと振り乱された銀髪によって顔は隠れ、ただ鈍く光る黄金色の眼光だけが見えた。その姿は伝説に語られる鬼女のようであり、実際そうであっただろう。タオフーの心は千々に千切れ乱れ、ぎらつく両目は不規則に揺れ動いていた。それはとても正気とは思えぬ様である。

　事実、タオフーは認めたくなかった。
　己の中に、宿る感情を……執着を。

　それは　嫉妬

　燃え上がる　情念

　己がこれほどまでに欲深いとは……メスに堕していたとは　初めて知った

　……もはや己が何者かすらもわからぬ……

　「醜いだろう」

　ティエンは、立ち止まる

　「我を見よ」

　ティエンの目が、白虎を見る

　鍛え上げられた、巨大な体躯が立ち上がる

　牙を剥き、爪を立て、白金の毛皮が脈打つ

　女に変じてさえも……武人として、完成された肉体……誇るべきもの　だが

　「我は、醜い」

　“女”としては、あまりにもかけ離れている

　ライフーでいるには……男ですらない
　タオフーでいるには……女でなさすぎる

　まるで……

　「怪物だ」

　どっちつかずの、成り損ない　そう、嗤う



　……もういいだろう……



　この苦しみも、痛みも、すべて終わりにしよう
　最初から、いずれこうなることはわかっていた

　望むべく結果ではないが、決着をつけよう

　“ライフーとして”





　「タオフー殿」

　「ッ！　その名を呼ぶなッ！！」

　目の前の男が、虎を、獣を見つめ声を出す。
　それはずっと前に、伝えておかなければならなかったこと。
　偽らざる、その言葉を。

　「貴女は美しい　初めて見た時から、ずっと……そう思っていました」

　その言葉に、タオフーの動きが、息が止まる。

　「嘘だ」

　声が。体が震える。

　「嘘ではないです」
　そう言って、ティエンはさらに一歩、前に出る。二歩、距離を詰める。三歩、目の前に迫る。

　手が届く

　ティエンの手が“タオフーの手”を取る。その温もりを感じ、鋭く伸びていた爪が収まっていく。逆立つ毛が、ふわりと落ちる。

　心臓が、跳ねる

　「タオフー殿……いや、タオフーと……呼ぶことをお許しください　貴女に伝えたい」
　恭しく、跪いてティエンはタオフーに請う。
　「私は、このティエンめは不出来な男です……武は未熟、意志は弱く、貴女の兄上にはとても及ばない」
　本来であれば、あの虎穴での出来事よりも前に……いや、あれがあったからこそ自覚したのかもしれない……あの日、あの時、確かに架かったのだ……多少荒っぽくとも
　「それでも、貴女のことを　タオフーのことをお慕いしていることを、お許しください」

　人魔の架け橋が



　……暫しの間、静かな時が流れる。
　その間、ティエンは動くことなくタオフーの返事を待つ。ティエンにとっては、悔いはなかった。流されるまま、よくわからぬまま関係をもってしまった、それにあの後フオイン、ヘイランとも関係をもって猶都合の良い言い様であろうということもわかっていた。けれども、あの日最初にタオフーと出会って、感じた心に嘘はない。
　ティエンは最初からタオフーに惹かれていた。だがそれは叶わぬものとして封じていたこと。いずれ果たされる兄との約束、その結果が出るまでは決して表に出してはならぬことと……

　だが、タオフーと関りを持ってしまった今、それを封じておくのは余りにも無情に思えた。

　故にティエンは告げたのである。後出しにも等しく、苦しかったが、気持ちを伝える。



　「し、信じられぬ！」

　果たして返事は、にべにもないものであった。
　しかしタオフーは手を払おうとはせず、むしろより強く絡めてくる。
　「そ……そう言って、あやつらもたぶらかしたのだろう！？　騙されぬぞ！」
　顔を背け、怒声を上げる。しかしその声は微かに震え、覇気はない。
　しかし、そんなことに気が付くほどティエンも誑し者ではなかった。信じられぬと激昂するタオフーにひたすら頭を垂れ、許しを乞う。
　「タオフー、殿……信じてください！」
　「タオフーと呼べ！！」
　「タ、タオフー！　お慕い申し上げます！！」

　暫く、こんなじゃれつきのようなやり取りの後、タオフーは叫ぶ。

　「そ、そこまで言うなら……しょ……しょうめい、証明して見せよ！」

　その言葉に、ティエンは驚きに満ちた表情で顔を上げる。






　……かくして、一組の雌雄が互いに裸体を晒し、寝床の上に立つことに相成った。
　しかし、互いに己の全てをさらけ出したまま、どちらとも動くことなく……両の手を互いに向かい合う形で握りしめたまま……もじもじと初心な様子で互いの体を見つめ合っていた。
　何とももどかしいばかりの時間が過ぎる。互いの体はしっかりと受け入れる準備を済ませており、タオフーの秘所は濡れに濡れ、ティエンの愚息は熱くそそり立っていた。

　ティエンの視線は主にタオフーの瞳に向けられていたが、鍛え抜かれた……逞しい両腕と両足、そして引き締まり割れた腹部、慎ましくもしっかりと主張をする形の良い胸とその頂にて桜色に染まる蕾、それを縁取るがっしりとした両肩……そしてふるふると心もとなさげに足に巻き付いたり、ふるんと宙を泳ぐ尻尾……ともかく全身に満遍なくその視線を向けていた。
　それはあの暗い虎穴では見えなかった、よく見る暇もなかったものを、今目に焼き付けようとしているかのようであった。

　それに対し、タオフーの視線は概ねティエンの“雄”に向けられていた。自らと同じく、鍛え抜かれたティエンの体と、こちらを優しくも熱情を籠めて見つめる瞳もちらりと見てはいたが、それよりもこれから己は“雌”になるのだと……この“雄”によって……ということを噛みしめるかのようにじっとそれを見る。

　「……タオフー」

　最初に攻めたのは、ティエンであった。そっと、両手の楔を解きその手を虎の腹に這わせる。
　「ん、ふぅっ」
　じっとりと熱く、手のひらから脈動が伝わる。しなやかで、強い弾力のある体。己よりも立派な、大きな体。だが、それが触れられるだけで緊張に硬くなっているという事実に、ティエンは言いようのない愛おしさを感じる。汗が滲み、仄かに薫る塩気とぬめりが、ティエンの興奮をより高めていった。
　割れた腹筋をなぞり、へその周りを描き、そっと上に撫でる。ゆっくりと脇腹を、肋骨を愛撫し胸へと至る。両の手で、すっぽりと収まるその慎ましやかさ。タオフーは、当初こそ動きやすくてありがたい、そう思っていた。だが今は、豊かな胸が羨ましく感じていた。なにせ、見るからに物足りない。タオフーにとって“女”というものは豊かな胸、柔らかな体であった。
　そんなタオフーの引け目など、知る由もないティエンは夢中になってタオフーの胸を、蕾を揉む。しっとりと手に吸い付き、それでいて反抗的に硬く弾く感触は触れていて飽きがなく、ティエンを夢中にさせていた。
　「あっ　ふっ　んん……っ」
　そんなふうに乳に夢中になるティエンを見下ろし、じんとした熱い快感にもじもじと悶えるタオフーであったが、同時にどこか心くすぐられる心地になり、その心地の赴くままにティエンを抱きしめる。背丈の差は、そのまますっぽりとティエンの頭を己の胸に収めることができ、その瞬間タオフーの中に在る気持ちが芽生える。

　……護りたい……

　それは、本来ありえぬもの。魔獣たるものが、人を庇護せねばならぬと感じるなど……だが、タオフーは確かに感じていた。ティエンもまた、タオフーの大きな体に抱きしめられるのはとても心地よく、ここ数年来感じたことのない安堵の気持ちに浸るのであった。

　心臓の音が、互いに重なる

　それはとても心地よく、そして確かな熱となってティエンはその想いに赴くままにタオフーを押し倒す。

　どさりと、寝床に虎が転がる

　押し倒された拍子に、両足を開く。その様は猫が腹を見せるようであったが、巨体の、それも鍛え抜かれた麗しき乙女がそれをするというのは、言いようのない倒錯的な興奮をティエンにもたらしていた。
　また、倒れこむと同時に寝床に染みついた、タオフーの薫りが本人の熱とともにむわりと舞い上がり、それを吸い込んだティエンの思考に桃色の霞をかけていく。

　見られている、すべて……

　期待と羞恥で朱に染まった顔だけでなく、己の体……そして先ほどからすっかり濡れ湿り、とろとろと蜜を漏れこぼしながらひくついている己が花弁まで……その状況にタオフーはきゅっと寝床にあるぼろきれで己が顔を隠す。それは、虎の手足であることも含め、どこか大きな猫のような愛くるしさをティエンに感じさせた。
　だが、愛くるしさだけではない、確かな熱情を、獣欲もまた感じていた。しかし、無理強いはさせたくなかった。ティエンはゆっくりと、再び愛撫を行いタオフーに愛情を示す。今度は、柔毛に覆われた太ももから太ましい尻、そして爪先にかけてゆっくりと立派な虎足の感触を楽しむ。毛皮に覆われた足は、よりタオフーの薫りが濃縮され、ティエンは顔を脛に……滑らせて足の甲に埋めると息を深く吸い込み、タオフーの桃臭を愉しむ。少しばかりの埃っぽさに混じる温もりと汗のかをりに、さらに己の劣情が高まっていくかのようであった。
　「ひっ　てぃ、ティエン！」
　そのまま、ティエンはタオフーの足裏……チクチクとしつつも柔らかい毛が密集し、そして肉厚の肉球が備えられた魅惑の部位……そこに顔を押し付けると舐めるように息を吸う。流石の行動に、タオフーもたまらず声を出すもその行為によってティエンがより“雄々しく”なっていることに驚く。
　ゆっくりと、足裏の薫りを愉しみ顔を離す。すっかり興奮しきり、熱に浮かされた顔でティエンはタオフーに請う。その目はぎらつき、獣欲に支配されていたがそれでもなお眼差しは優しかった。

　「タオフー　貴女が……貴女の全てが欲しい」

　その言葉に、どくんと心臓が脈打つ。
　普段のティエンらしからぬ、欲に塗れた言葉……そしてそれを己が、己の体が引き出したのだという事実に、タオフーは喜びを感じてしまう。

　しゅるりと、ティエンの腰に白金の尾が巻き付く。
　極上の毛並みとしなやかさ、何より力強く熱い締め付けがタオフーの意思を物語る。

　「いいぞ……ティエン……お前に、我の全てを……やろう」

　そう呟き、己が桃花を……腰を浮かせ、ティエンの前に差し出して誘う……



　……天下無二の“虎の花”……摘まんとするなら……



　男の雄が、虎の花に触れる

　狭い花弁を、ゆっくりと押し開く
　熱く、吸い付く……蜜が溢れ“呑まれて”いく
　じんわりと奥に進む雄首に、まとわりつく肉の牙
　もはや逃がさぬと言わんばかりに、返しの如く雁首に食いつかれるという感触に、ティエンは思わずうめき声をあげる
　なんという快楽であろうかと、あの虎穴で味わった三日間の快楽など、まことに通じ合った情交の前では前戯にしかならないと
　それほどの快楽であった

　全く持ってぴったりすべて、雄が雌に納まる

　肉の牙に食いこまれ、もはや抜くことは叶わず、しかしてうねり蠢く花肉はたとえ身動き効かずとも恐るべき快感をティエンに与えていた。

　あまりの刺激に、ティエンは力を失いタオフーの上に倒れこむ。
　そんなティエンをタオフーは抱え込むように受け止め、その雄を喰いしゃぶりながら囁く。



　我の全てはくれてやろう
　……代わりにお前の全ては我のもの……



　虎の花、摘まばそれまで　決して逃がさぬ　契り花



　虎の口が、摘み人の口に重なる

　牙が食いこみ、舌が喉に踊る

　上も下も、一吞みよ



　びくりと、男の体が震え弾ける
　しかし、虎は素知らぬとばかりに腰をうねらし男を喰らう
　二度、三度、うねりと共に男は震え虎に抱き着く
　虎も震え、その目は恍惚と獣欲に燃え輝く
　虎穴の時とは違う、緩やかな睦事

　しかして、その快楽なるは虎穴の比に非ず



　いつの世も、虎が人を喰うのは変わらぬと、思い知る也



　崩れゆく理性の中でそう思ったとか思わなかったとか