連載小説
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火鼠躍る
 ……「ふー 食った食った!」
 先ほどまでの惨状はどこへやら、すっかりきれいになった食卓の上に並ぶ舐めとられた皿の山の脇でフオインが腹をさする。行儀の悪いフオインを横目で見るように、しっとりと椅子に座って茶を飲むヘイラン。
 タオフーは呼んだものの、部屋に引きこもり出てくることがなかったため今回も食事にはいなかった。流石に、再びティエンを連れ攫ってしまうことはなかったが、それでも度重なる珍事にフオインは興味を持ち始めていた。ヘイランに至っては、何が起きたか察していた部分もあり特にタオフーに関しては触れないでいた。

 ……先ほどの、怪物質をめぐる騒動の前……

 「お主、やったな?」
 ぷんと色濃い、濡れぼそった雌の匂い。食欲のあまり気づかなかったフオインとは違い、目ざとくタオフーの異変を察したヘイランは単刀直入に部屋でふて寝していたタオフーを問い詰める。
 「な、なにを 我は……」
 「とぼけるな わしの鼻をごまかせると思わんことだな、お前の股座から零れ匂ってくるわ じゃああえて問うが、お前の全身からなぜあの人間の匂いがする?」
 あからさまにうろたえ、隠れるように寝床の中に埋まる姿はとてもではないが三獣拳士が一体とは思えなかった。
 「……身を清めた程度で消し流せると思わんことだな まったく失望したぞタオフー……よもやあの小僧よりも先に」
 「うっ ぐっ……」
 そのまま暫く、懇々とヘイランに問い詰められるも、いよいよ恥辱極まったのかうめき声しか上げなくなり、最後は寝床に隠れたままぴくりとも動かなくなってしまった。
 はぁ……とヘイランはため息を一つ付くと、情が湧いたなど言ってくれるなよ、と言い残し仕方なくタオフーの部屋を後にするのであった。

 ……それが先ほどの話……

 (変に意識しているあやつをたきつけるのは暇つぶしに良かったが、よもや本当にヤってしまうとはのう……はあ……なんという……)
 はてさてどうしたものかとヘイランが頭を悩ませている横で、平らげた食事の片づけをティエンがてきぱきと行っていく。ティエンの足元には小さな粘性のナオがうにょうにょと触手を伸ばしながら手伝いを行っていた。先の一件以降、ナオは警戒しているのかヘイランの傍に寄ろうとはしなかった。
 なんとなしにヘイランはナオを見る。正直、色々と実験するのを楽しんでいた節はあったが、料理が生物に変じたのは今回が初めてであった。今までも動き出すことはあってもここまで明確な意思を持っていたことはなかったからだ、それも友好的と言って良い意思を。今までの怪物質は意思などなく、ただ周りのものをゆっくりと取り込み肥大化していくだけの肉塊であり、だからこそ今回もそうだと思い処分しようとしたのである。
 (……こやつの特性は……脳を使ったが故のたまたまか、それともやはり何かが起きておるのか……わからんのう)
 ずずっと、お茶を啜りながらヘイランは思索に耽り、そのままうとうとと寝息を立て始める。何と言おうと、久しぶりに食べたティエンの料理はやはり素晴らしく、満足感があった。食欲が満たされたヘイランはそのまま次なる欲求を満たす方向に動いたのである。
 かちゃかちゃとすっかり片付いた流しに食器を沈め、洗っていくティエン。ナオは水仕事はできないのか、それとも学習しているのかじっとティエンの動きを見ている。そんな折であった、すっと気配を感じティエンは後ろを向く。
 「よ、よう……なあ この後、良いか?」
 気配の主はフオインであった、どことなくしっとりとした声が響く。
 ティエンは普段と違うフオインの様子に違和感を覚えるも、フオインの言葉に応じるように了承する。
 「それじゃあ、いつもの 練習する場所で待ってるからな……早く来いよ!」
 そう言ってひゅうっと風のように駆けていくフオイン。どことなくそわそわしたような様子を怪訝に思うもなんだかんだと……あの薄暗い洞穴の中での情事を思い出し、火照る想いを振り払いながら……長い間開けてしまっていたこともあり、悪い思いをさせてしまったとティエンは急いで片づけを終えると、手伝ってくれたナオにお礼を言い小鍋の中に戻して休むように言うと、フオインの後を追うようにいつも演武の練習に使っている仙石楼の庭先へと向かう。



 「フオイン殿?」
 庭先へとたどり着いたティエン。だが、肝心のフオインの姿がなかった。
 (気でも変わったのだろうか?)
 ティエンが少しばかり辺りを見回したその時である。庭から少し行ったところ、崩れ落ちた塀の向こう側に広がる竹林から、霧の中でぽっと炎のような朱い光が揺らぐ。ティエンはなんとなしに、その光の方へと向かう。

 (……! フオイン殿)
 そこには、ティエンの予想通りフオインがいた。竹林の霧中、少し開けたところでフオインは先んじて演武を舞っていたのであった。流れるような動き、それはティエンが教えたものであるとわかると同時により洗練され、しかもフオインはそこに自らの炎を纏わせ幻想的かつ力強さあふれる独自の舞として完成させようとしていた。
 その美しさを前にティエンは一時見惚れる。そんなティエンの視線を受けながらフオインは演武を続けていく……霧の中、朱い揺らぎと空気が流れる音、そして少女の息遣いだけが木霊する。やがて、構えと共に演武は終わる。その見事さに感嘆の意を示そうと、ティエンは一歩前に出て声をかけようとするも、霧の中、演武を終え振り返った少女の濡れた瞳を見て言葉を詰まらせ足を止める。

 あまりにも妖しい

 ティエンの知るフオインは少年のようにあどけなく、純真無垢な瞳を持つ少女である。だが、今目の前に立っているのは汗と霧で濡れ、情念に燃える瞳を持つ一人の少女。健康的な美を放つ肢体、不釣り合いな豊かな胸、輝くような朱い髪……それら全てが先ほどまで感じていたフオインの無垢さを見せると同時に、その中に相反する妖しさ……艶めかしさを宿していた。
 そしてそれはなぜか、ティエンの中に炎を宿すような熱を灯らせ、毒のように体を痺れさせる。

 「ティエン」

 少女が、口を開く。いつもの快活さではない、しっとりと湿った“女”の声。

 「……ティエンは、俺のこと……好きか?」

 それは問いかけ。炎を宿した瞳で、ティエンのことを見る。

 「……好ましいとは、思っています」

 それは偽りざるもの、けれども恋慕というかは怪しいもの。

 「じゃあ……どうして……」

 言葉を切る。しかし……再び口を開く、意を決したように。

 「どうして、タオフーなんだ ……ティエン、答えてくれよ」

 鋭く、突きさすような問いかけ。声音全てが言外に告げる真実。言い逃れなどさせない、そうと感じるだけに足るもの。

 「……それは……」

 ティエンにとっても、複雑なものであった。だが、あえて言うのであれば……それは……

 「なんで、俺じゃダメなんだ?」



 それは、一陣の風……否、熱風の如く



 揺らぎ、霧の中答えを逡巡していたティエンの眼前にフオインが躍る。
 瞬間、ティエンの胸元に衝撃と熱が走る。

 ほぼ無防備であった胸に撃ち込まれた、フオインの朱く燃え上がった手による掌底。それを受けティエンの体が浮き、吹き飛ぶ。突然の衝撃に意識が揺れるも、ティエンの体に刻み込まれた武人としての本能が叩きつけられる前に受け身を取らせる。
 そのまま構えを取り、前を見据える。だが、前を見たティエンの目に映ったのは煙り蒸発した霧の残滓だけであった。

 朱い風が薙ぐ

 瞬間、ティエンは咄嗟に身を落とす。炎を纏った脚蹴りが、ティエンの頭部を掠める。そのまま地に降り立つと同時に回し蹴りが放たれ、守りを構えるティエンの腕を、足を打ち貫いていく。そのまま流れるように拳打の連撃が叩き込まれると、再びしなやかな足の連撃へと繋がり間断なくティエンの体に朱い炎と共にフオインの拳が、蹴りがめり込んでいく。
 それは、フオインがティエンと共に学んだもの……演武の本質そのもの……流れるように、止まることなく全ての武を繋げ打ち込んでいく。僅か数日、その間でフオインはティエンの教えを吸収し己のものとしていた。

 再び掌底が撃ち込まれ、ティエンの体が再度浮き飛ぶ。

 だが、逃がしはしない。フオインは恐るべき速さで距離を詰め、再び空中で蹴りを一発、二発と叩き込み地面にティエンを叩きつける。

 一見して、一方的な展開。だがフオインは見抜いていた。

 「……なんで打ってこないんだ? なんでだよ……」

 確かに、フオインの攻撃は全てティエンに入っていた……入ったが、それだけである。有効打と言えるのは不意打ちであった最初の一撃だけであり、あとはすべて巧妙に捌き受け止められ、殆ど効いてはいなかった。
 それはひとえに、一時の感情……激情に流され拳を交えることを良しとしないティエンの想い、そして好ましいと思っている少女に対し己が武をぶつけることに対する抵抗感からであった。

 「なんだよ……っ 俺じゃダメだってかッ! あの虎野郎と違って戦う価値もないっていうのかよ!」

 だがそれは、その情を含んだ眼差しは、傷つけたくないという想いは……フオインの逆鱗に触れてしまった。

 フオインは……フオジンは、ライフー、バイヘイに対し強い劣等感を宿していた。小さく貧弱な体、短い獣の手足、そして何より若輩として侮られ軽んじられる屈辱。

炎がなければ何もできぬと、そんなフオジンに対し対等な“武人”として接してくれたのはティエンだけであった。

 フオジンに対し、決して侮ることも軽んじることもなく、炎ではなくフオジンが磨き高めた武を脅威とし、そしてそれに対し己の武を以て唯一ぶつかってくれた存在。
 そして、何の奇跡か人の身を……獣身から人身に変じたフオジン……フオインに憧れの、何よりも渇望した長い手足を使った武を親身になって授けてくれたのもまたティエンであった。
 フオイン、フオジンにとってティエンの存在は……大きかった。

 だからこそ、フオインはティエンに惹かれていた。
 少女のように快活無邪気で、毒のない……ただただ純粋な思慕。元の体に戻りたがるタオフー、ヘイランとは違い、フオインはただ満足していた。人の身で過ごすティエンとの日々を……それだけに、苦しかった、悔しかった。

 ティエンが、タオフーを選んだ という事実が



 事の成り行きは知らない、わからない

 でも、結果は、事実はそうである

 皮肉にも、フオインの未熟な恋心はタオフーによる簒奪をもって完成した



 想い人が三日間にわたり、虎と何をしていたのか……人と虎が戻って暫く、ようやくそれを察した瞬間、フオインの心は燃え上がった。それは怒りと嫉妬、そして後悔。武だけでなく心すらも未熟な己に対する、深い深い自己嫌悪と悔恨である。

 そして今、想い人に己が武すらも、唯一の繋がりすらも否定されようとしている。それはフオインにとって、耐え難い苦痛であった。

 故に、フオインは叫び、打ちかかる。



 己が想いを拳に込めて、どうか応えてくれと






 ティエンは迷う、今眼前に迫る拳を……交えるべきかどうか。激情に流され、叫ぶフオイン。その激情が何の故をもって、爆発したのかティエンにはわからなかった。だが、それが己に起因するものだとは、フオインの言の葉に宿る感情、そして瞳の中に宿り燃えるものから察してはいた。

 だが、果たして激情のままに拳を交えることが良いことなのか……

 迷いは一瞬、光射す瞬間にも似ていた。

 ティエンはフオインの拳を受け留めると同時に、素早く拳を放ちフオインの腹を打つ。守りと同時に放たれた反撃を受け、フオインは怯み飛び退きティエンを睨む。

 フオインに対し、ティエンは構えをとり見つめる。その目は確かに、武人としてフオインを見る目であった。

 その目を受け、フオインは笑う。

 「……ちゃんと俺を見ててくれよ……ティエン!」

 叫びと共に、再びフオインが迫る。先ほどよりもずっと早く、そして跳ね飛ぶようにかく乱しながら、迫る。常人であれば決して見えぬであろうその動き、そしてそこから放たれる拳打をティエンは受け捌く。そう、確かに早かった、早さだけならばあのライフーすら遥かにしのいだであろう。だが、フオインの性格故か、それともいうように未熟さか、その拳は、蹴りは読み易すぎた。

 “しっかりと見れば見るほど”その動きはティエンの手の中に納まるものへと変じていく。

 本来であれば、己の全てを捌き防がれれば焦るものである。だが、フオインに焦りはなかった、防がれるならば……防ぎきれぬまで続ければ良い。それに何より、今ティエンが見ているのは己だけ、それが重要であった。ティエンより授け教えられた演武、それら全てを応じ流れるように連結していく。早く、早く、閃光の如く。熱を持ち、炎を纏いながらフオインは笑う。

 それは正に炎武、美しき炎の武であった

 フオインは知らなかったが、ティエンの教えた演武には全て対となる演武が存在する。そしてティエンはその対となる演武を、即興で、フオインにも劣らぬ速さで併せていく。同じように応じ、連結していく。その動き、絡み合う手足に一矢の乱れなく呼吸すらも合わさっていく。
 それはとても、心地よいものであった。

 フオインにとっては無意識のうちに己が知る“この体での武”を放った結果であったが、演武を模しそれを連結したものであれば如何に隙が無いように見えてもごく僅かばかりの隙が存在していた。そして、それをティエンは見抜く。
 全ての演武を終え、再度連結を始めるその一瞬だけフオインはティエンに完全に背を向ける。止めるならば、そこであった。そして、その瞬間は今まさに来ようとしていた。


 今だ!


 間に合わなければ、止められなければ諸に連結した演舞をすべてその身で受けることになる。だがティエンは恐れなかった、前に踏み出し両手を前に……



 振り返ったフオインが見たのは、先ほどよりもずっとそばに立ち己に迫るティエンであった



 ここで、二つの幸運があった

 一つ、フオインは認めたようにティエンに惚れていたということ

 二つ、フオインは心が未熟故、感情の動きに振り回されやすいこと

 愛する男の体が、全てが眼前にある。その瞬間、確かにフオインの動きは僅かばかりとはいえ確かに停止する。

 そして感じる、己の体全てが目の前の男の体と両腕によって締め上げられる、その息苦しさと疑いようのない歓喜を。

 全身全霊を籠めた肉締め……である。単純かつ、己よりも非力……で小さければ小さいほど効果のある拘束技。だが、それは見ようによってはティエンが正面からフオインを抱きしめているようにも見えた。否、フオインは抱きしめられていると信じて疑わなかった。事実として、体を動かすことも逃げ出すこともかなわなかったが気になどならなかった。

 「……フオイン殿」

 しっかりと、芯の通ったティエンの声がフオインの耳元で響く。
 どくん、と跳ねて全身が熱くなる。


 「御免!」


 次の瞬間、フオインの腰……尾の付け根よりやや上の少しずれた位置……にティエンの指が押し込まれる。
 瞬間、ぴりっとした感覚と共にフオインの足腰の力が抜けていく。
 「あ、んあぁぁ〜」
 それと同時に、ぴりぴりとした奇妙な感覚が全身に駆け巡り頓狂な声と共にフオインはふにゃふにゃと力を抜く。

 そのままティエンに体の全てを預け、フオインはくったりと伸びる。そんなフオインを、ティエンは大事そうに抱えるとそっとその胸に抱くように持ち上げる。
 「な、何をしたんだ! ずるいぞ!」
 「申し訳ない……経穴の一つを突かせてもらいました 効くかどうかは賭けでしたが、人の身に近い故か効いてくれて良かったです」
 「なんだよ経穴って! 隠し玉なんてずるい! 俺なんて真面目にやる価値もないっていうのかよ!」
 経穴……人体にあるツボ……熟練した者が的確につけば人を殺しも生かしもする神秘の業、故に多くの流派は経穴を研究し、秘技として秘匿しているのである。そのうちのいくつかを、ティエンは習得していた。当然、暗殺に使われるような技もあったが、不殺を奉ずるがゆえに封印していた。
 今回フオインに使ったのは、動きを封じるためのものである。人の身であれば、半日はまともに動けなくなるツボである。
 「……いいえ、フオイン殿を傷つけたくなかったのです それはわかっていただきたい」
 ティエンの気持ちを知ってか知らずか、フオインは再び腕の中でぐずり始める。しかし、フオインもまた察してはいた。今の自分では……人の身に慣れぬ、人の身の武をまともに身に着けていない今では……勝てぬと、連結演武を、己が持てる全てをぶつけてもなお捌かれた時点で感づいていたのだ。だが、演武をもとにした武に拘らなければ勝ちの目はあったであろう。人の目では負いきれぬ速さと防げぬ炎、それは極めて大きな武器である。
 けれど、フオインはそんな“獣染みた”戦い方で勝ちたくなどなかった。あくまで人の身、長い手足を駆使した武を以てティエンに勝ちたかったのである。それにフオインもさすがにわかっていた。だからこそ、やろうと思えばティエンはフオインを打ちのめすことができたのにわざわざ効くかどうかわからない経穴を突くという危険を冒したのは、ひとえにそれだけフオインのことを大事に思ってくれているということ、たとえそれが粗相をした妹を窘めるような気持ちからの行動だったとしても、フオインにとっては初めて感じる暖かい気持ちでもあった。
 初めてだからこそ、向き合い方がわからなかった、というのもあるが照れ隠しのようにフオインはティエンの腕の中で非力に暴れ困らせるのであった。









 ……暫く、フオインはティエンの腕の中でぐずっていたものの、観念したのか今はその身を預けるようにして大人しくしていた。それと同時に、今己の置かれている状況を理解したのか、顔を朱くしぽっぽと湯気を出している有様であった。そんなフオインのことが可愛らしく、ティエンは小さな妹を見るように彼女をその腕に収めていた。
 今、ティエンはフオインの願いを聞き入れ仙石楼には戻らずに、仙石楼の傍の竹林の中、開けた場所で二人静かに霧海に沈む山々を眺めていた。
 陽はもうすぐ落ちようとしており、夕焼け色に染まった霧が彩る山々はとても幻想的で美しかった。それは悠久の時の中で佇み続ける霧の大陸の山々、そして霊峰天崙山においては何気ない一幕に過ぎなかったのかもしれない。
 もそりと、ティエンの腕の中でフオインが動く。その拍子に豊かな胸がぷるんと、柔餅の如く揺れる。たわわに実る、その豊穣についティエンは目をやってしまう。
 (……いかんいかん、気を落ち着けねば……タオフー殿の時のような間違いだけは……フオイン殿はまだ少女……少女なのだ……)
 どうも、先ほどから落ち着かない。ティエンはそう感じていた。何やらどうも体が熱く、言いようのない獣欲が己の中で育ってきている。だが、それはティエンにとっては受け入れがたいものであった。若いとはいえ成熟した女性であるタオフーとは違い、フオインは見るからに若く、少女といってよい年頃に見えたからである。実際のところ……百を越える魔獣の類いであったが……その精神性も、フオジンだった時と比べ大分体に合わせたもの、いうなれば年頃の少女というにふさわしいものに変質していた。
 そうでなくとも女性に対し無礼を働くわけにもいかず、かような邪な思いだけは抱いてはならぬとティエンは己に必死に言い聞かせる。だが、意識すればするほど、ティエンの中の獣欲はむくむくと膨れ上がり、言いようのない火照りとなってティエンの意識を苛むのであった。
 実際、少なからず触れているフオインの肌……若くぴちっと張りつめた白い肌が霧で少し湿り、吸い付くような感触の刺激は強くティエンを意識させており。腕の中に感じる温もりは炎のように熱く感じられ、小柄ながらもしっかりとした重量はよりその体の柔さと若々しい張りの感触をティエンに教える。
 そんな中で、ひとえにティエンが己の棍棒を持ち上げずに耐えられていたのは全身全霊をもって己の中の熱と獣欲を抑え込み、意識を美しい山々の風景に全力をもって向けていたからであった。そんな状況で何とか、己の中の欲望が鎮まるのを待っていた。
 そんな折である。
 「……なあ、ティエン」
 しっとりとした声で、フオインが問いかける。
 「なんでしょうか」
 ティエンは努めて冷静に、正面を見たまま応える。だが、それはフオインにとっては余り好ましくない対応だったらしく片腕をティエンの頬に添えると無理やり自分の顔を見るようにティエンの顔を動かす。
 「ちゃんと俺を見ろって言ったろ……よし」
 (……やはり可愛らしい……うっ しかし、この距離は……)
 ティエンの眼前にフオインの顔が目いっぱい映る。朱色の髪をさらりと流すその顔つきは未成熟さを残しながらも、既に女性として完成された美しさを宿しており、むしろその完璧さの中にちらりとあどけなさや幼さが見えるのが余計に愛おしさと抱いてはならぬ獣欲を刺激する。
 白い肌にはうっすらと朱がのり、触れてこそわかる高い体温からは立ち上るような薫気が発せられている。それに、服を着ていても隠しようのない……というよりもフオインの趣味か体の動きを阻害しない、殆ど下着に等しい服……でより強調された豊かな胸としっかりと大きな尻と太ももは余りにも眩しく、ティエンにとっては恐るべき毒でもあった。
 天女の如く美少女が、今腕の中に……

 ずくり、とティエンの芯が疼く。

 しかし、ティエンは抑える。鋼の意思を持って、己は獣ではないのだと言い聞かせながら。
 「どうしたんだ?」
 流石におかしいと思われたのだろう、フオインは少し心配するように首をかしげる。事実、ティエン自身は気づいていなかったが顔は赤くなり、少し汗もにじんできていた。それに、心臓の速さだけはどうしてもごまかしようがなかった。それでもなんとか、大丈夫だ、そう伝えようとした時であった。
 フオインがもそりと腕の中で動く。

 次の瞬間、ティエンの一物に何かが触れる。

 それはとても熱く、そしてもそもそと明確な意思を持って“それ”をまさぐっていた。
 「あ! ああ!」
 抑え込んでいたところの、突然の慣れぬ刺激。ティエンは呆けたように声を上げてしまう。その様子がおかしかったのか、フオインはくすくすと悪戯っぽく笑う。どうやら、ティエンにとって洒落にならない悪戯の主は腕の中の子ネズミのようであった。
 「フオイン殿……」
 戯れは……見る見るうちに硬度と熱を高め持ち上がる己を感じ、これ以上はいけないと思うも……与えられる心地よい熱を前に、張りついたように口からその言葉が出ない。

 「……なあ、ティエン……」
 同じように、熱い吐息をフオインが出す。
 「俺に……発情してくれてるのか?」
 少し照れるように、潤んだ目で問う。
 それを受け、ティエンは観念したように頷く。もはや、ごまかしようはない。ティエンは目の前の少女にあらぬ劣情を催していた。
 「そ、そうか! ティエンは俺に発情してるんだな!」
 本来であれば、軽蔑されるような所業。だが、フオインは少し顔を綻ばせると、まだうまく力の入らない体をぐっと起こしティエンに囁く。

 ティエン……俺が……フオインが欲しい……?

 ほうっと耳に吹き付けられる熱さ。じんと、脳が焼けていく。もう、我慢できなかった。

 そのまま、フオインの首を抑えるとティエンは己の口をフオインの口に重ねる。熱い、熱と熱が交わる、溶け合っていく。
 舌を、唾液を、吐息を通じティエンの中にフオインの熱が流れ込んでいく。それは内側から焼いていくようであり、ちりちりとした焦燥感と同時に目の前の存在を明確に己のモノだと、メスだと認識していく。明らかに、異常な熱情。

 ゆっくりと、ティエンは口を離す。慣れぬ口交であったが、ぷりんと張りのあるフオインの唇は小さくもしっかりとティエンの口を受け止めていた。それに、何よりフオインが緊張しつつも突然の口付けを受け入れてくれたという事実が思った以上に暖かくティエンの心を包む。だが、最後の……理性に突き刺さった倫理観という楔が警鐘を鳴らす。

 本当に……いいのだろうか?

 禁忌は既に虎との交わりで破られた、とはいえ再度の相手はまた人外のモノ。それも少女の姿をした存在である。あまりにも背徳的な青い……青くも甘い果実……一度手にして、口にしてしまえば己の中の何かが変質してしまう。そんな恐れがあった。

 弾力のある乳房に己の指が埋まる。熱く、己の指を跳ね返す肉の塊、布越しにはっきりと感じるフオインの心音が愛おしさを過熱させる。

 恐れとは裏腹に、体はもう止まらなかった。

 「あっ んっ……んっ ティエン お、おれのおっぱいはどうだ?」
 少し浅い、早い吐息。切なげな表情に煽られるようにするりと手が滑り、薄布の隙間からフオインの胸を愛撫する。汗で湿った肌は柔い弾力と同時にぴったりとティエンの肌に張り付く。若さをこれでもかと感じさせる肌であった。そのたわわな果実もまた極上であり、ぴんと小さな芽が二つゆっくりと布越しにもわかるほどにその存在を主張していく。ティエンはその僅かばかりの上衣を脱がすと、露わになった薄桃色の芽を一つつまみ、舌で転がすように口に含む。

 少しあまじょっぱい味が、ほんのりと口に広がった

 「うぅんっ」

 齢三十を前にした大の男が、少女の豊かな胸に甘えるという背徳。そうとわかっていても、止まれなかった。フオインの高い体温で蒸留された汗は薫木の如く甘く、塩味を含んだ薫気を立ち上らせ、吸いこむたびにティエンの意識を燻し焦げ付かせていく。口に含んだ芽もまた熱く、はっきりとその熱を舌の上で感じられるほどであった。

 暫く、片手でフオインを抱きながらその胸を揉みしだき、口に含んだあと、少しばかりの熱の治まりを感じたティエンは胸から手と口を離して身を起こす。
 フオインの表情は少しばかり蕩け、先ほどのティエンの不器用な愛撫でも感じていたようであった。愛撫を、触れることを止めたティエンを不思議そうに、そしてやや不安げに見つめる。
 「……フオイン、殿……」
 これ以上は……今ここが、ティエンにとって最後の引き返しどころであった。今ならばまだ、己の理性と精神全てをもってすれば引き返せる。だが、わかってもいた。ティエンもまた臆病だったのだ、タオフーの時と違い……今度は己が襲う側……ただ流されていたタオフーとの時とは違う、己が己の欲望をもって目の前の少女を摘み取るのである。ティエンにとってそれは初めてのことであり、とても恐ろしく思えたのである。
 だから、赦されたかった。

 「なんだよ……ティエン やっぱり……俺じゃいやか? 俺なんかじゃ……」
 そう言って、より不安げな表情を見せたフオインの頬を、髪とふわふわした耳を優しく撫でる。互いに余裕がなかった。片方は踏み込むのを恐れ、もう片方は踏み込まれないのが怖かった。
 フオインの表情が翳る。

 ティエンは、覚悟を決めた。

 再び、口と口を合わせる。ぴくりと強張った体の上を、指を滑らせ秘部へと……少女の聖域へとその手を伸ばす。薄布一枚で守られたそこは、恐ろしいほどに熱く、そして蜜で濡れぼそっていた。
 そのまま薄布を開き、秘所へと……ほっこりと熱を溢れさせる炉に己が指を這わせる。熱い蜜が、指の腹に絡みつく。女性の聖所に触れるのは、今生二度目のことであった。ゆえに優劣などわからなかったが、それでもなお白無垢貝の如く滑らかな、それでいてぷりっとした弾力と沈み込む柔さから確信することはできる。これは極上のものだと、ここに己を埋めれば……否、ただ眺め見つめるだけでも下手すれば達することができるかもしれぬと、ティエンは感じる。
 口を離し、フオインを見つめる。フオインはうっとりと、それでいて余裕のない表情で……少し恐れを含んだ顔で……同じように見つめ返す。
 そのまま見つめ合いながら……優しく、ティエンは無垢貝の秘裂をなぞる。熱く蜜で濡れ、ぬるぬると指が滑る。その時、こりっとした硬い感触が指の腹に感じる。それは秘裂の上、割れ目の少し奥まったところに慎ましやかに感じるもので、そこをティエンの指が撫でるたびにフオインはひゅっ、ひゅっ、と早く深い息を吐く。ぴくぴくと体を震わせ、見るからに余裕がなくなっていく。
 「ひっ、ティエンっ そこっ そこ、だめっ! お、おれっ、おっ! おかしくっ」
 びりびりとした快楽が体を突き抜けているのであろう、何度かこすり上げるだけでフオインは全身を強張らせびくびくと震え、ティエンの体にしがみつく。その様子が愛しく、そしてよりティエンの劣情を高めていく。既に愚息ははちきれんばかりであり、衣服の上からでもはっきりと感じるほどに隆起しフオインの体を押し上げんとしていた。

 ねっとりと、秘所から離されたティエンの指に蜜が絡みつく。ほこほこと湯気を放つ熱気と共に、とろりと蜜が垂れる。
 そのまま、フオイン最後の衣服……秘所の守り、炉の扉となっていた布切れを外すと、ティエンはフオインを己に向かい合わせるように座らせる。フオインの、少女の細い……不釣り合いな豊かな胸、そしてしっかりと太ましい臀部と太ももに汗が伝う……体が、朱に火照り広がる。そして、大開となった太ももの根元、白無垢貝は小さく開かれ己が蕾と中の……蜜を滴らせぬめぬめと赤貝の如くうねる秘肉が、ちゅくちゅくと小さな淫音を零していた。それはしっかりと、目の前の少女が“メス”であることを鮮明にオスに告げていた。
 狭く暑苦しい衣服から解放された愚息は高らかに反り返り、極上の蜜壺を前に歓喜に打ち震える。それはまさしく獣欲の発露であり、ティエンにとっては葛藤の根源でもあった。そして、そんなティエンの欲望を、フオインは驚きと……そして確かな歓喜の色で見つめる。

 「フオイン、殿……」
 幽かにちらつく、ある想い。それは、目の前の少女の兄……本人だとは思いもよらぬことだったが……フオジンに対する葛藤である。タオフーとの交合においても同じであり、いずれは彼女らの兄と戦い、場合においては死すらも覚悟せねばならない。

 果たして、この場で欲に流されることは……無責任でしかないのでは……

 だが、昂り燃え盛る獣欲を止めることは叶わない。それでも、相手が拒否してくれれば、それは叶う。

 「ティエン…… い、いいぜ……来て……くれよ」

 「……すみませぬ、フオイン殿……」

 どうして謝るんだ、そんな怪訝な顔をした少女の秘裂にゆっくりと獣欲を押し付ける。ぴくりと、少女の顔が緊張に歪む。
 徐々に重さがかかり……ちゅうっと、熱くぬめった蜜口が男の鈴口、亀首を包む。あてがわれた無垢貝が、少しずつ押し開かれる。狭く熱く、それはぴったりと型を取るように少女の蜜肉は男を包む。

 あつい

 びくびくと、獣が肉の中で狂喜する。それは征服の証し、誰にも侵させたことのない聖域を、無遠慮に踏みにじる快感であった。

 少女は体を強張らせ、男にしがみつく
 荒い吐息 流れる汗 薫る体

 愛おしい

 壊したい

 相反する心が、獣が男の中に生まれる

 「……ティエン……」

 少女が、男の名を呼ぶ。みちみちと包まれた肉が、蜜がうねる。しがみついた体を起こし、少女は悪戯っぽく、男の眼前で囁く。

 「……俺、女の子か? 女の子……だよな?」



 ずんっ、と男は突き上げる。

 艶叫が、上がる。

 「あっ…… あ、あ……ッ」

 うねる、うねる、ぴったりとはまったまま肉がうねり蜜が噴き出す。
 「フオインッ!」
 男は少女の名を叫び、慣れぬ腰使いで乱暴に突き上げていく。柔く弾力のある腰と尻を掴み、乱暴に快楽を、獣欲のまま貪る。一見して、苦痛にもなりかねないほど乱雑に繰り返される抽挿。
 しかし、熱く粘ついた蜜肉はしっかりと男の欲望を受け止め、吸い付くように、そしてしなやかに締め上げていく。少女の体は華奢な見かけとは裏腹に、しっかりと男の上に跨り下手な腰使いにもぴたりと己を合わせ快感を得ていた。
 合わせ高める……それは、先ほどの演武にも似ていた。だが、上手となるは男ではなく少女の方であった。不慣れなのは互いのはず、だが少女は恐るべき速さで快楽を、互いに高まる術を習熟していっていた。それはひとえに本能的なものだったのかもしれない……メスとして、愛するオスに抱かれる歓喜をどう表現するべきか、感ずるべきか、それを少女はわかっていた。

 「あっあんッ! にっ兄ちゃん! 兄ちゃん!」

 少女の口から、情が漏れる。
 突き上げられ、食いつくように腕を男に回し耳元で叫ぶ。背徳的な、その響き。

 「フオイン!」
 「兄ちゃッ あっ!」

 それと同時に男は深く腰を突き入れ、まだこりこりとかたい最奥の口に己を押し付ける。その衝撃を受けみっちりとかみ合わさった蜜肉がにゅぐっと収縮、顫動しながら吸い付き引き絞るように男を飲み込んでいく。瞬間、弾けるような快感と共に締め付けられ、引き絞りに絞られた精が少女の中に吐き出されていく。
 少女は全身を震わせ、己が胎内に広がる熱を感じ入るように、そしてより強く求めるように男の身を抱きしめる。
 隙間なく、互いの肉と肉が合わさっているために吐き出された精の殆どはそのまま子宮の中へと流れ込んでいく。



 時間にして僅かな、短い交わり。しかして、短いながらも慣れぬこともありひと事終えたかのような倦怠感があった。それは心地よい、どこか満たされた気だるさであった。
 互いに荒い息を吐きながら、ようやく獣欲の昂りから覚めたティエンは、己にしがみつくフオインの背を撫でる。すべすべとした、健康的な張り肌に汗が流れる。辺りにはフオインの甘く塩気を含んだ薫りが漂い、再び劣情を燻ぶらせる。
 ぴくりと、フオインの中でティエンが跳ねる。

 「ぅん……」
 それを感じるように、フオインが体を預けたまま小さく鳴く。
 そのままきゅうっと肉をうねらせ、ちうちうと吸い付くように腰を小さく振る。三日三晩と半日の荒行の後の出来事であることもあり、疲労困憊のティエンとは違いフオインはまだまだ物足りない気持ちなのであろう。
 「へ、へへ……やっちゃったね、兄ちゃん……」
 そう言って、ちろりと舌を出してティエンの頬を舐めるフオイン。ちりっとした熱さが、頬を伝う。
 「ああ……ああ……フオイン……殿…… ……兄……とは?」
 先ほどから、自然に呼ばれる“兄”呼び。背徳的な響きを含んだ、悪戯な呼び名。
 「だめ? 俺、ティエンのこと……兄ちゃんって呼びたい……」
 「しかし、それは……」
 貴女の本当の兄……フオジンに対して悪いとティエンは告げる。しかしフオインはからりと笑い。
 「フオジンなんて知らないよ、俺はティエンが兄ちゃんの方が良い ……嫌か? 俺が妹……家族なんて……」
 あっさりと実の兄……自分……を切り捨てるフオインにティエンは驚きを隠せなかったが、それと同時に家族ならば猶更このような睦事は不味いのではと考えてしまう。だが、屈託なく、そして少し不安げに笑うフオインの顔を見ると、ティエンはダメだとは言えなかったのである。
 「……大丈夫ですよ、フオイン殿 その……兄と呼んでもらっても」
 「! 兄ちゃん! ティエン兄ちゃん!」
 抱き着き、顔を埋めて喜ぶフオイン。それはそうとしてしっかりと“兄の一物”を咥えたままであったが、そちらもきゅうっと喜びを示すように蜜肉の中でも兄に抱き着き吸い上げる。その耐え難い快感を受け、ティエンはあっさりと二度目の精を、抵抗する間もなくフオインの中に漏らす。それの勢いは全くなかったが、とぷとぷと再びフオインの狭い膣内を汚しながら広がっていく。
 (あ……ああ……フオジン、殿……ティエンめを、お許し……くだ……)

 難事続きの疲労困憊、そして止めとなった二度目の射精。フオインに許されたという気の緩みと彼女の体から与えられる心地よすぎる温もりを感じ、急速にティエンの意識が眠りの淵に沈んでいく。

 「あ! 兄ちゃん! 兄ちゃーん!」

 驚き、慌てるフオインの、可愛らしい妹の声を聴きながらティエンは意識を手放すのであった。


22/07/09 08:21更新 / 御茶梟
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