序章【オワリノハジマリ】
魔王転生 〜Of feminization servant of the past〜
序章【オワリノハジマリ】
それは、今よりはるか昔。
サキュバスから即位した現・魔王よりも、幾代か前、一千数百年以上も前、遥か昔の物語。
すべての魔物が女性化することなく、人と魔物が殺し合っていた頃………
とある大陸において、既に数十年間続く、人と魔の………主神教会率いる人間界VS魔界の戦争。
当初戦局は、圧倒的な戦力と潤沢な神聖装備を供えた人類側有利に傾き、魔界の4割が制圧され、魔界が滅亡するのも時間の問題かと思われた。
しかし、防戦一方に加え、あらゆる状況に対し、後手に回り続ける現魔王に業を煮やした魔族の一部が造反。
『ゼオンクロト』と名乗る、若き魔族率いる反乱軍は、僅かな期間で魔界全土を制圧した。
暴竜将軍を名乗る古の巨竜『シャムシェイド』が率いるドラゴンの軍勢は天空を制し。
死軍元帥を名乗る死霊術師にして吸血鬼『シャルル・ド・ブラッド』が率いるアンデッドの軍勢が大地を制する。
魔導参謀を名乗るバフォメット『シャーディ』が、配下の魔女達を用いて情報をかき集め、作戦を立案し、策を練る。
魔軍総司令官と称されるエキドナ『シャクナ』が、彼らを手足のごとく指揮し、冷酷なまでに正確無比に作戦を遂行する。
そして、常に最前線に立ち、自ら剣を手に戦い、圧倒的なまでの強さとカリスマで持って、後に“四天王”と称される彼らを率い戦う魔族『ゼオンクロト』。
その姿は、魔界の奥深く、魔王城に引き籠って、常に後手に回り続ける現魔王から、魔界の民の支持を奪うのに十分すぎる程だった………
そして、魔王の代替わりにより、その戦況は大きく覆されることになる。
現魔王を下し、新たに即位した『魔王ゼオンクロト』。
そして配下の“四天王”が率いる魔王軍は、一気に反転攻勢を仕掛け、戦局は逆転。
瞬く間に制圧された魔界の土地を奪い返し、逆に人間界へと侵攻を開始する。
魔王自ら最前線に立ち続ける魔王軍の士気は、衰えることを知らなかった…………
魔王軍の反転攻勢開始より数年後には、人間界の大半を制圧することに成功する。
一転して、滅亡するのは人間界かと思われたその時、再び戦局は覆されることとなる。
たった一人の『勇者』の誕生によって……………
数ヵ月後。
魔界と人間界……その境界に位置する平野『ゼオングラード』
その中心に、魔界の奥地より移築された魔王城がある。
「…………勝ち目は無いな、この戦」
玉座に座する現魔王ゼオンクロトは、一人呟く。
周囲に控えるは、四天王……現魔王軍最高幹部の四柱である。
あどけない少年の面影を残した、死軍元帥シャルル。
半人半分獣の体に羊の頭、それらをフードとマントで覆い隠し、巨大な処刑鎌を携えるは、魔導参謀シャーディ、
鋭く釣り上った瞳に碧色の肌、そして腰から下の蛇体をくねらせる、魔軍総司令官シャクナ
暴竜将軍シャムシェイドのみが、その巨大な竜身を玉座の間に収めることができず、バルコニーより首だけを覗かせる。
四天王全員が、沈黙する。
事実、既に戦局は5分5分まで押し戻され、占領した地域も奪還されて、領土は互いに元通り。
しかし、人類軍のこの勢いは止まらないだろう。
現在、魔王城の周辺を人類軍が包囲し、魔王軍が全力で応戦しているが……戦況は芳しくない。
敵の戦い方を見るに、特攻も辞さない決死の覚悟で攻勢をかけている。
此処で魔王を討ち、すべてを終わらせる……そう信じての底力だろう。
しかし、本命は…………十中八九、魔王城に侵入した勇者を、魔王のもとへ送り届けるための、陽動。
『勇者』が現れて以来、人類側はその戦術で此処まで押し返してきた。
勇者が指揮官、隊長等の頭を遊撃で潰し、軍が崩れたところを一気に攻める……それが、現人類軍の基本戦術。
「おそらく、勇者は来る…………この俺の首を獲るために……それを、迎え撃つ……!」
確証は無い、侵入された形跡もない…………だが解る。
カンとしか言いようがないが、確信している。
勇者は、来る…………!
「完全勝利は捨てた……だが、負けるつもりなど、無い……俺を殺せば魔王軍は総崩れになると思ってるらしいが…………条件は同じだ……勇者が死ねば、人類軍の勢いは止まる……! 逆に言うなら勇者を倒す唯一のチャンスだ……!」
いまだ、その眼には火が点る。
勝てぬと理解してなお、戦意は一層燃え盛り、『負けない』結果を導くために進む決意を瞳に宿す。
『聖剣』と『聖盾』という二つの力を備えた勇者は正に無敵、絶対に勝つことはできない…………しかし、負けないことはできる。
最大の攻撃力と最強の防御力を持つ敵に、互角に戦えるのは、魔王ただ一人。
「悪いな、お前ら……俺の“夢の果て”に連れて行ってやれなくてよ………でも、今はこうするしかない……俺が命を落とそうとも、必ず勇者を倒す、お前らは全力で人類軍を倒す。まぁ、こっちの被害も甚大だろうから、最悪でも痛み分けには持ち込める…………一時的にではあるが、戦いも終わるはずだ……」
たとえ、負けて死んでも、勝たせはしない…………
そう、最後の決意を口にした。
『では、閣下…………我らが先にあたって勇者の力を削ぎましょう……この命落とそうとも、勇者に手傷を与えて見せましょうぞ……』
シャムシェイドが口を開く。
正に武人らしく、吠える様に高らかに宣言する。
「いや、シャムシェイド……お前を行かせるわけにはいかない…………四天王は今すぐ前線に加われ」
『なっ……!? 我らに、勇者から逃げろとおっしゃるのですか!?』
「いいや、違う……シャーディ」
ゼオンクロトは、己の参謀に視線を向けて説明を求める。
その意を受けて、羊頭半人半獣の参謀は、水晶玉を手に、一歩前へと歩みでる。
「はっ…………戦場の配下の魔女たちより送られてきた情報を統合いたしますと…………後、25分以内に我々四天王全員が前線に加わらなければ、魔王軍は人類軍に敗北する可能性…………67%強、です……」
水晶に次々と移し替わる映像を横目に見ながら、ポツリポツリと呟いた。
「シャクナ」
次いで魔軍総司令官……自身の側近中の側近へと視線を返す。
「我々四天王が単独で勇者に挑んで勝利できる確率は……限りなく、0に等しいかと……仮に我々四天王全員で戦っても、勝率は同じく、限りなく0です……しかし、ゼオンクロト様ならば勝率は75%……ただし、ゼオンクロト様の生死を問わず……という条件付きですが……」
冷静に、ただ現実のみを淡々と告げた。
『…………しかし、閣下……』
「分かっただろう? 勇者に勝てるのは、魔王軍では俺だけだ………さぁ、四天王、すぐに最前線に向かえ! 俺が勇者に勝っても人類軍が押し寄せてきたら意味が無くなっちまうからな……」
渋るシャムシェイドを諭すように呟くゼオンクロト。
そして、ふっと息を整え…………
「なぁ、お前ら…………生まれ変わりッて……信じるか?」
そう、ぽつりと口にした。
「はい…………前世の記憶や能力の一部を有したまま生まれ変わることは、極めて稀ですが、実証されております』
シャクナがその問いに答える。
「たしかに…………前例はあるよ……でも極めて稀で……しかも、『魔王』が生まれ変わった前例は……無い……」
死霊術師たるシャルルが、初めて沈黙を破り、シャクナの言葉を補完する。
「ふん、前例なんか知ったことか…………俺は死んでも必ず帰ってくる、もう一度“俺”としてな…………そしてお前らを、俺の“夢の果て”に必ず連れて行く。百年後か、二百年後か、もっと先か、それも分からないけどな…………まぁ、もしもう一回俺に付き合ってくれる気があるなら…………まぁ、気長に待っててくれ」
散歩にでも出かけるかのような、気さくな魔王の言葉。
死を覚悟したその言葉に、四天王は黙って頷いた。
「改めて命じる……四天王は今すぐに前線に出撃しろ。全力で人類軍を潰ぶしにかかれ。……別れの言葉は言わないぜ……おまえら……だから“また、会おう”」
『………………』
シャムシェイドは無言で首を垂れ、言葉を発すること無く、前線へと飛び立った。
「ゼオン………またね」
同じく、名残惜しそうに幾度も振り返りつつ、シャムシェイドの背を追い、シャルルもバルコニーから飛び立った。
「……ゼオンクロト様…………信じております…………必ず、来世に………」
そして、シャーディは闇に溶け込むように、霞んで消えた。
残るはシャクナとゼオンクロトの二人だけ。
「魔王様……準備は出来ております。親衛隊および警備兵、メイド、執事、すべて退去は完了させてございます。この城に残っているのは、すでに貴方と私だけ…………」
「例のモノは?」
「城内の迷宮化、および考えうる限りの罠の設置。万事整えてございます」
「御苦労」
「では、私も最前線で指揮を採らせていただきます。…………魔王様、またお会いしましょう」
深々と頭を下げ、ゆっくりと魔王に背を向ける。
「シャクナ……」
その背に、ゼオンクロトが声をかけ、シャクナは振り返る。
「俺が魔王になれたのも、魔王を目指すと言ったその日から、俺を信じて支えてくれたお前のおかげだ……本当に、感謝している……」
「持ったいないお言葉です……それでは……」
「ああ、また会おう…………」
そして、玉座の間から四天王最後の一人が立ち去った。
ゼオンクロトは一人、四天王と別れ、空となった城で、玉座に座して、ただ待つ。
やがて、ゆっくりと、目の前の扉が開き…………美しき白銀の鎧に聖剣と聖盾を携えた勇者が、姿を現す。
「さぁて……もはや気の利いた言葉も、勧誘も必要ないな……世界の半分をくれてやると言っても、お前は首を縦には振らないだろう?」
無言で、こくりとうなずく勇者。
顔全体を覆う兜に隠れ、顔は窺い知れないが、絶えること無き殺気だけは、びりびりと伝わってくる。
「さぁ、殺しあおうぜ、勇者ぁっ!」
身に宿す魔力を全力で解放。
後先のことは考えず、全力全開で振り絞る。
天の黒雲が割れ、地が揺れ、唸る。
莫大な魔力が漆黒の霧のごとく具現化し、全身に纏わりつく。
「滅びるがいい……覚悟しろっ! 魔王ーーーーっ!!!」
同じく、全身を光り輝く聖なるオーラで包み込む勇者。
聖剣と聖盾も、より一層光り輝く。
それはまさに太極図。
白と黒、光と闇、聖と魔、正義と悪。
そして、『勇者』と『魔王』が、激突する―――――
後に『ゼオンクラード聖魔決戦』と呼ばれる、この最後の戦いにおいて、『勇者』と『魔王』が相討つ結果となり、さらに人類、魔王軍、共にほとんどの兵力を失い、双方が壊滅状態に陥った。
人類側は、希望の象徴であり切り札でもある『勇者』を―――――
魔王軍は、象徴であり、頂点である『魔王』を―――――
それぞれ失ったことにより、人と魔の戦争は、一時的に休戦状態へと持ち込まれる事になる。
また、魔王ゼオンクロトに仕えた四天王も『ゼオンクラード聖魔決戦』終結の折、姿を消した。
後に、戦場跡から遺品と思しき品々が見つかるも、鱗や鎧の破片、服の切れ端や家紋入りの帯剣程度では、戦死した証拠とは成りえなかった。
魔王の後を追い、自ら命を絶ったのではないかという、噂が流れるも証拠は無く、一向に姿を現さない四天王は、時が経つにつれ、この戦いで戦死した……と伝えられるようになっていった。
この休戦を一つの区切りとして、一時的にではあるが、人と魔の戦争は終わりを告げることとなる。
しかし、それも長くは続かない。
人類側に新たな『勇者』が生まれ、魔界に新たな『魔王』が即位すれば、再び戦いの幕は開くだろう。
それは、神の定めた世界の掟……魔は人を食らい、人は魔を撃つ、それが世界の宿命………絶対的な『設定』。
されど、時は流れ、世は移り変わる。
幾度となく、『魔王』は代替わりし、新たな『勇者』は生まれ、人と魔の争いは繰り返し、決して終わることは無い。
そして、ゼオンクロトの死より、一千数百年後。
サキュバス種の新たなる魔王が即位し、すべての魔物たちは、姿と本能を大きく変質させ、また、魔王が勇者を夫に迎え入れたことから、人と魔のあり方は、大きな変革の時を迎えることになる…………
そして、新魔王の即位より数十年後。
始まりは、親魔物領のとある遺跡で、『扉』が発見された事だった…………
極めて近く、限りなく遠い世界……科学と物理法則に縛られた世界、日本。
およそ十数年前、突如として開いた、剣と魔法の異世界との扉。
そこに住んでいたのは、女性しか存在しないサキュバス化した様々な魔物娘。
そして、彼女達が望んだのは、此方の世界への移住と交流。
さらに、世界中に隠れ住んでいた魔物娘も、この機会に次々と姿を現した。
まぁ、かなりゴタゴタやら政治的な色々やら、差別とか人権問題。
さらに宗教問題やらなんやらで、いろいろと大変らしいが、世間はおおむね、移住してきた魔物娘たちとの共存を受け入れているようだ。
特に、日本は最初期から積極的に魔物娘との共存を受け入れていた。
やはり諸外国では宗教的な問題が大きく、魔物娘たちにとっては暮らしにくいらしい。
ところが日本は古来から、人外と人間が交わってきた歴史を持っている。
また、『妖怪』と呼ばれる人外との交流は、既に民間レベルで進んでいた事もあり、人成らざるものを受け入れる下地が既にできていた。
さらに、人外に排他的な宗教思想も薄く、さらに漫画やアニメ等のフィクションで、“人外の女性”へ憧れを抱いていた者も多かったため、反発どころか諸手を上げて魔物娘達を受け入れていた。
まぁ、そんな歴史的な大事件よりも、一般人の俺からしてみたら、日常生活の方がよっぽど大事なわけで……
「是音くん、今日の現場作業は大丈夫かね?」
「はい、所長。14時から自分が現場で直接監督します。昨日の分の報告書は午前中に上げときますんで」
所長の問いかけに、PCのモニターから顔を上げて答える。
薄いブルーの作業着にネクタイを締め、胸のネームプレートには【K・ZEON】と刻まれている。
「ん……わかった、頼んだよ」
答えて、所長も自らの仕事に戻る。
「ふぅ……」
デスクに置いていたコーヒーを一口啜ると、俺もPCのモニターに視線を戻した。
俺の名は『是音黒斗(ぜおん くろと)』。
清掃会社【(株)ホワイトビネガ】に務める、ブルーカラーのしがないサラリーマンだ。
正社員30人くらいの小さな会社で、事務作業とバイトを指揮する現場作業の両方をこなす、班長を務めている。
まぁ、名ばかり管理職だけどね……ちなみに25歳独身です……。
この不況の中、他の中小企業の例に漏れず、残業代とボーナスと有給休暇は都市伝説。
幸い、社長がちょっとばかりコネを持ってるらしく、市役所や図書館、市民会館などの公共施設の清掃を良く回して貰えている。
そのおかげか、週休二日とサービス残業無しで、給料そこそこ貰えるのは、ありがたいと思うべきだろう。
「さて、と。とりあえず報告書を12時半までに終わらせて、飯食って昼寝しよう……」
時計を目をやり、仕事の段取りを付けつつ、ぐっと背伸び。
そんな、いつもと変わらない平日の昼前だった……そう、あの瞬間までは。
「おーい、お前に電話だ」
少し離れたデスクの同僚が、受話器の口を押さえて俺に告げる。
自分のデスクの受話器を取って、転送ボタンを押す。
「はい、もしもしー。お電話変わりました是音です」
「あぁ、その声……貴方の声に、間違いありません……本当に、おなつかしい……」
聞こえてきたのは、聞き覚えのない女性の声。
「……?」
「是音黒斗様……いいえ、魔王様。長いこと貴方を探しておりました……」
「…………え? ちょ!? えぇ!?!?」
いきなりの言葉に、軽いパニックに陥る俺だった…………
平凡な一般人……ゲームで言うなら『ここは、○○の村です』とか言うだけの『村人A』のような、ごく普通の人生を送るはずだった俺。
しかしこの日、イージーモードだった俺の人生は、いきなりEXハードモードに切り替わる。
ある日、いきなり掛かって来た、俺を『魔王』と呼ぶ女性からの電話。
それが、すべての始まりだった…………
To be continued……
序章【オワリノハジマリ】
それは、今よりはるか昔。
サキュバスから即位した現・魔王よりも、幾代か前、一千数百年以上も前、遥か昔の物語。
すべての魔物が女性化することなく、人と魔物が殺し合っていた頃………
とある大陸において、既に数十年間続く、人と魔の………主神教会率いる人間界VS魔界の戦争。
当初戦局は、圧倒的な戦力と潤沢な神聖装備を供えた人類側有利に傾き、魔界の4割が制圧され、魔界が滅亡するのも時間の問題かと思われた。
しかし、防戦一方に加え、あらゆる状況に対し、後手に回り続ける現魔王に業を煮やした魔族の一部が造反。
『ゼオンクロト』と名乗る、若き魔族率いる反乱軍は、僅かな期間で魔界全土を制圧した。
暴竜将軍を名乗る古の巨竜『シャムシェイド』が率いるドラゴンの軍勢は天空を制し。
死軍元帥を名乗る死霊術師にして吸血鬼『シャルル・ド・ブラッド』が率いるアンデッドの軍勢が大地を制する。
魔導参謀を名乗るバフォメット『シャーディ』が、配下の魔女達を用いて情報をかき集め、作戦を立案し、策を練る。
魔軍総司令官と称されるエキドナ『シャクナ』が、彼らを手足のごとく指揮し、冷酷なまでに正確無比に作戦を遂行する。
そして、常に最前線に立ち、自ら剣を手に戦い、圧倒的なまでの強さとカリスマで持って、後に“四天王”と称される彼らを率い戦う魔族『ゼオンクロト』。
その姿は、魔界の奥深く、魔王城に引き籠って、常に後手に回り続ける現魔王から、魔界の民の支持を奪うのに十分すぎる程だった………
そして、魔王の代替わりにより、その戦況は大きく覆されることになる。
現魔王を下し、新たに即位した『魔王ゼオンクロト』。
そして配下の“四天王”が率いる魔王軍は、一気に反転攻勢を仕掛け、戦局は逆転。
瞬く間に制圧された魔界の土地を奪い返し、逆に人間界へと侵攻を開始する。
魔王自ら最前線に立ち続ける魔王軍の士気は、衰えることを知らなかった…………
魔王軍の反転攻勢開始より数年後には、人間界の大半を制圧することに成功する。
一転して、滅亡するのは人間界かと思われたその時、再び戦局は覆されることとなる。
たった一人の『勇者』の誕生によって……………
数ヵ月後。
魔界と人間界……その境界に位置する平野『ゼオングラード』
その中心に、魔界の奥地より移築された魔王城がある。
「…………勝ち目は無いな、この戦」
玉座に座する現魔王ゼオンクロトは、一人呟く。
周囲に控えるは、四天王……現魔王軍最高幹部の四柱である。
あどけない少年の面影を残した、死軍元帥シャルル。
半人半分獣の体に羊の頭、それらをフードとマントで覆い隠し、巨大な処刑鎌を携えるは、魔導参謀シャーディ、
鋭く釣り上った瞳に碧色の肌、そして腰から下の蛇体をくねらせる、魔軍総司令官シャクナ
暴竜将軍シャムシェイドのみが、その巨大な竜身を玉座の間に収めることができず、バルコニーより首だけを覗かせる。
四天王全員が、沈黙する。
事実、既に戦局は5分5分まで押し戻され、占領した地域も奪還されて、領土は互いに元通り。
しかし、人類軍のこの勢いは止まらないだろう。
現在、魔王城の周辺を人類軍が包囲し、魔王軍が全力で応戦しているが……戦況は芳しくない。
敵の戦い方を見るに、特攻も辞さない決死の覚悟で攻勢をかけている。
此処で魔王を討ち、すべてを終わらせる……そう信じての底力だろう。
しかし、本命は…………十中八九、魔王城に侵入した勇者を、魔王のもとへ送り届けるための、陽動。
『勇者』が現れて以来、人類側はその戦術で此処まで押し返してきた。
勇者が指揮官、隊長等の頭を遊撃で潰し、軍が崩れたところを一気に攻める……それが、現人類軍の基本戦術。
「おそらく、勇者は来る…………この俺の首を獲るために……それを、迎え撃つ……!」
確証は無い、侵入された形跡もない…………だが解る。
カンとしか言いようがないが、確信している。
勇者は、来る…………!
「完全勝利は捨てた……だが、負けるつもりなど、無い……俺を殺せば魔王軍は総崩れになると思ってるらしいが…………条件は同じだ……勇者が死ねば、人類軍の勢いは止まる……! 逆に言うなら勇者を倒す唯一のチャンスだ……!」
いまだ、その眼には火が点る。
勝てぬと理解してなお、戦意は一層燃え盛り、『負けない』結果を導くために進む決意を瞳に宿す。
『聖剣』と『聖盾』という二つの力を備えた勇者は正に無敵、絶対に勝つことはできない…………しかし、負けないことはできる。
最大の攻撃力と最強の防御力を持つ敵に、互角に戦えるのは、魔王ただ一人。
「悪いな、お前ら……俺の“夢の果て”に連れて行ってやれなくてよ………でも、今はこうするしかない……俺が命を落とそうとも、必ず勇者を倒す、お前らは全力で人類軍を倒す。まぁ、こっちの被害も甚大だろうから、最悪でも痛み分けには持ち込める…………一時的にではあるが、戦いも終わるはずだ……」
たとえ、負けて死んでも、勝たせはしない…………
そう、最後の決意を口にした。
『では、閣下…………我らが先にあたって勇者の力を削ぎましょう……この命落とそうとも、勇者に手傷を与えて見せましょうぞ……』
シャムシェイドが口を開く。
正に武人らしく、吠える様に高らかに宣言する。
「いや、シャムシェイド……お前を行かせるわけにはいかない…………四天王は今すぐ前線に加われ」
『なっ……!? 我らに、勇者から逃げろとおっしゃるのですか!?』
「いいや、違う……シャーディ」
ゼオンクロトは、己の参謀に視線を向けて説明を求める。
その意を受けて、羊頭半人半獣の参謀は、水晶玉を手に、一歩前へと歩みでる。
「はっ…………戦場の配下の魔女たちより送られてきた情報を統合いたしますと…………後、25分以内に我々四天王全員が前線に加わらなければ、魔王軍は人類軍に敗北する可能性…………67%強、です……」
水晶に次々と移し替わる映像を横目に見ながら、ポツリポツリと呟いた。
「シャクナ」
次いで魔軍総司令官……自身の側近中の側近へと視線を返す。
「我々四天王が単独で勇者に挑んで勝利できる確率は……限りなく、0に等しいかと……仮に我々四天王全員で戦っても、勝率は同じく、限りなく0です……しかし、ゼオンクロト様ならば勝率は75%……ただし、ゼオンクロト様の生死を問わず……という条件付きですが……」
冷静に、ただ現実のみを淡々と告げた。
『…………しかし、閣下……』
「分かっただろう? 勇者に勝てるのは、魔王軍では俺だけだ………さぁ、四天王、すぐに最前線に向かえ! 俺が勇者に勝っても人類軍が押し寄せてきたら意味が無くなっちまうからな……」
渋るシャムシェイドを諭すように呟くゼオンクロト。
そして、ふっと息を整え…………
「なぁ、お前ら…………生まれ変わりッて……信じるか?」
そう、ぽつりと口にした。
「はい…………前世の記憶や能力の一部を有したまま生まれ変わることは、極めて稀ですが、実証されております』
シャクナがその問いに答える。
「たしかに…………前例はあるよ……でも極めて稀で……しかも、『魔王』が生まれ変わった前例は……無い……」
死霊術師たるシャルルが、初めて沈黙を破り、シャクナの言葉を補完する。
「ふん、前例なんか知ったことか…………俺は死んでも必ず帰ってくる、もう一度“俺”としてな…………そしてお前らを、俺の“夢の果て”に必ず連れて行く。百年後か、二百年後か、もっと先か、それも分からないけどな…………まぁ、もしもう一回俺に付き合ってくれる気があるなら…………まぁ、気長に待っててくれ」
散歩にでも出かけるかのような、気さくな魔王の言葉。
死を覚悟したその言葉に、四天王は黙って頷いた。
「改めて命じる……四天王は今すぐに前線に出撃しろ。全力で人類軍を潰ぶしにかかれ。……別れの言葉は言わないぜ……おまえら……だから“また、会おう”」
『………………』
シャムシェイドは無言で首を垂れ、言葉を発すること無く、前線へと飛び立った。
「ゼオン………またね」
同じく、名残惜しそうに幾度も振り返りつつ、シャムシェイドの背を追い、シャルルもバルコニーから飛び立った。
「……ゼオンクロト様…………信じております…………必ず、来世に………」
そして、シャーディは闇に溶け込むように、霞んで消えた。
残るはシャクナとゼオンクロトの二人だけ。
「魔王様……準備は出来ております。親衛隊および警備兵、メイド、執事、すべて退去は完了させてございます。この城に残っているのは、すでに貴方と私だけ…………」
「例のモノは?」
「城内の迷宮化、および考えうる限りの罠の設置。万事整えてございます」
「御苦労」
「では、私も最前線で指揮を採らせていただきます。…………魔王様、またお会いしましょう」
深々と頭を下げ、ゆっくりと魔王に背を向ける。
「シャクナ……」
その背に、ゼオンクロトが声をかけ、シャクナは振り返る。
「俺が魔王になれたのも、魔王を目指すと言ったその日から、俺を信じて支えてくれたお前のおかげだ……本当に、感謝している……」
「持ったいないお言葉です……それでは……」
「ああ、また会おう…………」
そして、玉座の間から四天王最後の一人が立ち去った。
ゼオンクロトは一人、四天王と別れ、空となった城で、玉座に座して、ただ待つ。
やがて、ゆっくりと、目の前の扉が開き…………美しき白銀の鎧に聖剣と聖盾を携えた勇者が、姿を現す。
「さぁて……もはや気の利いた言葉も、勧誘も必要ないな……世界の半分をくれてやると言っても、お前は首を縦には振らないだろう?」
無言で、こくりとうなずく勇者。
顔全体を覆う兜に隠れ、顔は窺い知れないが、絶えること無き殺気だけは、びりびりと伝わってくる。
「さぁ、殺しあおうぜ、勇者ぁっ!」
身に宿す魔力を全力で解放。
後先のことは考えず、全力全開で振り絞る。
天の黒雲が割れ、地が揺れ、唸る。
莫大な魔力が漆黒の霧のごとく具現化し、全身に纏わりつく。
「滅びるがいい……覚悟しろっ! 魔王ーーーーっ!!!」
同じく、全身を光り輝く聖なるオーラで包み込む勇者。
聖剣と聖盾も、より一層光り輝く。
それはまさに太極図。
白と黒、光と闇、聖と魔、正義と悪。
そして、『勇者』と『魔王』が、激突する―――――
後に『ゼオンクラード聖魔決戦』と呼ばれる、この最後の戦いにおいて、『勇者』と『魔王』が相討つ結果となり、さらに人類、魔王軍、共にほとんどの兵力を失い、双方が壊滅状態に陥った。
人類側は、希望の象徴であり切り札でもある『勇者』を―――――
魔王軍は、象徴であり、頂点である『魔王』を―――――
それぞれ失ったことにより、人と魔の戦争は、一時的に休戦状態へと持ち込まれる事になる。
また、魔王ゼオンクロトに仕えた四天王も『ゼオンクラード聖魔決戦』終結の折、姿を消した。
後に、戦場跡から遺品と思しき品々が見つかるも、鱗や鎧の破片、服の切れ端や家紋入りの帯剣程度では、戦死した証拠とは成りえなかった。
魔王の後を追い、自ら命を絶ったのではないかという、噂が流れるも証拠は無く、一向に姿を現さない四天王は、時が経つにつれ、この戦いで戦死した……と伝えられるようになっていった。
この休戦を一つの区切りとして、一時的にではあるが、人と魔の戦争は終わりを告げることとなる。
しかし、それも長くは続かない。
人類側に新たな『勇者』が生まれ、魔界に新たな『魔王』が即位すれば、再び戦いの幕は開くだろう。
それは、神の定めた世界の掟……魔は人を食らい、人は魔を撃つ、それが世界の宿命………絶対的な『設定』。
されど、時は流れ、世は移り変わる。
幾度となく、『魔王』は代替わりし、新たな『勇者』は生まれ、人と魔の争いは繰り返し、決して終わることは無い。
そして、ゼオンクロトの死より、一千数百年後。
サキュバス種の新たなる魔王が即位し、すべての魔物たちは、姿と本能を大きく変質させ、また、魔王が勇者を夫に迎え入れたことから、人と魔のあり方は、大きな変革の時を迎えることになる…………
そして、新魔王の即位より数十年後。
始まりは、親魔物領のとある遺跡で、『扉』が発見された事だった…………
極めて近く、限りなく遠い世界……科学と物理法則に縛られた世界、日本。
およそ十数年前、突如として開いた、剣と魔法の異世界との扉。
そこに住んでいたのは、女性しか存在しないサキュバス化した様々な魔物娘。
そして、彼女達が望んだのは、此方の世界への移住と交流。
さらに、世界中に隠れ住んでいた魔物娘も、この機会に次々と姿を現した。
まぁ、かなりゴタゴタやら政治的な色々やら、差別とか人権問題。
さらに宗教問題やらなんやらで、いろいろと大変らしいが、世間はおおむね、移住してきた魔物娘たちとの共存を受け入れているようだ。
特に、日本は最初期から積極的に魔物娘との共存を受け入れていた。
やはり諸外国では宗教的な問題が大きく、魔物娘たちにとっては暮らしにくいらしい。
ところが日本は古来から、人外と人間が交わってきた歴史を持っている。
また、『妖怪』と呼ばれる人外との交流は、既に民間レベルで進んでいた事もあり、人成らざるものを受け入れる下地が既にできていた。
さらに、人外に排他的な宗教思想も薄く、さらに漫画やアニメ等のフィクションで、“人外の女性”へ憧れを抱いていた者も多かったため、反発どころか諸手を上げて魔物娘達を受け入れていた。
まぁ、そんな歴史的な大事件よりも、一般人の俺からしてみたら、日常生活の方がよっぽど大事なわけで……
「是音くん、今日の現場作業は大丈夫かね?」
「はい、所長。14時から自分が現場で直接監督します。昨日の分の報告書は午前中に上げときますんで」
所長の問いかけに、PCのモニターから顔を上げて答える。
薄いブルーの作業着にネクタイを締め、胸のネームプレートには【K・ZEON】と刻まれている。
「ん……わかった、頼んだよ」
答えて、所長も自らの仕事に戻る。
「ふぅ……」
デスクに置いていたコーヒーを一口啜ると、俺もPCのモニターに視線を戻した。
俺の名は『是音黒斗(ぜおん くろと)』。
清掃会社【(株)ホワイトビネガ】に務める、ブルーカラーのしがないサラリーマンだ。
正社員30人くらいの小さな会社で、事務作業とバイトを指揮する現場作業の両方をこなす、班長を務めている。
まぁ、名ばかり管理職だけどね……ちなみに25歳独身です……。
この不況の中、他の中小企業の例に漏れず、残業代とボーナスと有給休暇は都市伝説。
幸い、社長がちょっとばかりコネを持ってるらしく、市役所や図書館、市民会館などの公共施設の清掃を良く回して貰えている。
そのおかげか、週休二日とサービス残業無しで、給料そこそこ貰えるのは、ありがたいと思うべきだろう。
「さて、と。とりあえず報告書を12時半までに終わらせて、飯食って昼寝しよう……」
時計を目をやり、仕事の段取りを付けつつ、ぐっと背伸び。
そんな、いつもと変わらない平日の昼前だった……そう、あの瞬間までは。
「おーい、お前に電話だ」
少し離れたデスクの同僚が、受話器の口を押さえて俺に告げる。
自分のデスクの受話器を取って、転送ボタンを押す。
「はい、もしもしー。お電話変わりました是音です」
「あぁ、その声……貴方の声に、間違いありません……本当に、おなつかしい……」
聞こえてきたのは、聞き覚えのない女性の声。
「……?」
「是音黒斗様……いいえ、魔王様。長いこと貴方を探しておりました……」
「…………え? ちょ!? えぇ!?!?」
いきなりの言葉に、軽いパニックに陥る俺だった…………
平凡な一般人……ゲームで言うなら『ここは、○○の村です』とか言うだけの『村人A』のような、ごく普通の人生を送るはずだった俺。
しかしこの日、イージーモードだった俺の人生は、いきなりEXハードモードに切り替わる。
ある日、いきなり掛かって来た、俺を『魔王』と呼ぶ女性からの電話。
それが、すべての始まりだった…………
To be continued……
11/06/28 03:01更新 / たつ
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