プロローグ
某月某日 大安吉日
都内某所 結婚披露宴会場
俺の名前は………いや、あーく、とでも呼んでくれ。ネットで使ってるHNだ。
今日は結婚式だ。俺の一番大好きな、後輩の、“彼女”の………。
でも、その隣に立っているのは………俺じゃ、無い。
「なーに辛気臭い顔してるにゃ、こんな日に………もっとしゃきっとしろにゃ………」
話しかけてきたのは友人の妹のK子(仮名)、頭から突き出したネコ耳と、ドレスのお尻からのぞく、ぴょこぴょこ揺れる尻尾は、コスプレではなく自前のもの。
そう、K子は人間じゃない、【ワーキャット】と呼ばれる“魔物娘”だ。
およそ数十年前、突如として開いた異世界との扉。
そこに住んでいたのは、女性しか存在しないサキュバス化した様々な魔物娘。
そして、彼女達が望んだのは此方の世界への移住と交流。
さらに世界中に隠れ住んでいた魔物娘もこの機会に姿を現した。
まぁ、最初のうちはかなりゴタゴタやら政治的な色々やら、差別とか人権問題、さらに宗教問題やらなんやらで戦争一歩手前までの反発等が合ったらしいが、いまやそれらの問題も殆んど解決し、世間はおおむね、移住してきた魔物娘たちとの共存を受け入れている。
特に、日本は最初期から積極的に魔物娘との共存を受け入れていた。
やはり諸外国では宗教的な問題が大きく、魔物娘たちにとっては暮らしにくいらしい。
ところが日本は古来から、人外と人間が交わってきた歴史を持ち、また、宗教的な意識も薄く、さらに漫画やアニメ等のフィクションで、“人外の女性”へ憧れを抱いていた者も多かったため、反発どころか諸手を上げて魔物娘達を受け入れた。
そして今、殆んどの魔物娘たちは、この日本で生活している。
「別に………なんでもないから、気にするなよ」
ごまかすように呟いて、“彼女”から視線を外した。
「はぁ〜あ、あの娘に先越されるなんて、思ってもみなかったにゃ………」
少し残念そうに頬を膨らませるK子。
ほんの一年前まで、付き合っていた彼氏が居たけど、ある日ぐでんぐでんに酔っ払って
俺の部屋に転がり込んでぶっ倒れて『あんなヤツもうしらないにゃー!』とか叫んでそままコタツで丸まって就寝。
翌日問い詰めても完全黙秘、なにがあったのか語ろうとせず、結局その日を境に彼氏と別れ、今現在フリーである。
「だったら別れなければ良かったのにね………そう思うだろ、あーくも」
K子の隣に立っていた、長い黒髪にドレス姿の美しい“男性”が言う。
そう、彼はK子の兄、K人。
妹と種族が違うことに関しては………まぁ、察して欲しい。
俺の昔からの友人であり同僚であり………自称男の娘、そういう趣味の男だ。
どこからどう見ても美しい女性にしか見えない、相変らずいろんな意味で凄いヤツ………
「結局なにがあったかも解らずじまいだからね、答えようが無いよ」
はぁ………と溜息を付いて、俺は再び後輩を、“彼女”を見る。
半年前にお見合いしたという、“彼女”の隣に居る人は………まぁ、言っちゃあ悪いが普通だ、特に特徴も無い。
でもなんとなく真面目そうで、優しそうで、人当たりは良さそうだ、きっと“彼女”を幸せにしてくれるだろう。
そして、その隣に居る“彼女”の肌は青白く、その髪の色は雪のような純白。
体調が悪いのではない、もともとそういう色なのだ。
そう、“彼女”もまた、魔物娘。
それも、異世界から来たのではなく、もともと日本に居たという魔物娘の一族“雪女”。
K子から紹介されて知り合って、お互いオタク趣味があったから気があって、異性の友人と言う形でずっと過ごして………
“彼女”のことは、なんとなく可愛いな、と思っていたけど………
だんだんその思いは恋に変わってきて………でも、この関係が壊れるのが怖くて、言い出せなくて………
大学卒業、そして就職。
就職してからは、“彼女”と会う機会が減ってしまって………
だんだん、メールや電話も少なくなって………
半年前、久しぶりに掛かってきた電話も、適当にあしらって切ってしまった。
その一月後、彼女からメールが届いた。
【お見合いした相手と、結婚することになりました】
本当に大切な者は、失って初めてわかる。
皮肉なことに、“彼女”を失って初めて、俺はこんなにも“彼女”の事が好きだったんだと気が付いた。
どうして今、俺は“彼女”の隣に居ないんだろう。
あんなに側に居たのに、彼女はこんなにも遠い。
でも、“彼女”は、今日、手の届かないところに行ってしまう。
映画『卒業』みたいな真似も不可能。
花嫁を掻っ攫う度胸も無いし、そもそも“彼女”の気持ちは、俺から離れてしまっている。
ああ、過去に戻りたい。
過去をやり直せる、そんなチャンスがあるのなら、今度こそ、この想いを伝えたい。
そして、今日この日に“彼女”の隣に立ちたい………
過去に戻ってやり直したい――――――――――
『………本当に、そう思うかい?』
「えっ!?」
突然聞こえた謎の声。
パチン………。
そして次の瞬間、停電にでもなったように周囲が薄暗くなり、音も全ての音が掻き消える。
そして、俺以外の全員の動きが固まるように止まった。
「………………………ザ・ワールド!?」
いや、ボケてる場合じゃないだろう! と自分に心中ツッコミを入れていた時………
「うふふふふふ〜♪」
「あははははは〜♪」
「きゃははははは〜♪」
響く幼女の笑い声と、そして周囲にキラキラとした光球が漂い始めた。
よく目をこらせば、それらは七色に煌く美しい羽と長い耳と小豆色の髪を持った、掌サイズの女の子達。
【フェアリー】と呼ばれる妖精族の魔物娘たちだった。
異世界の“妖精の国”と呼ばれるエリアに生息する妖精たち。
彼女たちは此方には殆んど移住しておらず、移住してきた極少数のフェアリーも、自然豊かな森の奥深くにしか居ないとされている。
俺自身、本やテレビで見た事はあっても、本物を見たのは初めてだった。
そんなフェアリーが、どうしてココに?
「―――――『男は女の最初の恋人になりたがるが、女は男の最後の恋人になりたがる』by、オスカー=ワイルド………聞いたことあるかい?」
最初に聞こえたのと同じ、声が響く。
と、同時にフェアリーたちが手を繋いで、輪を作りクルクルと、ゆっくり回り、舞い始める。
その中心、何も無いはずの空間がゆっくりと光り輝き――――
「まぁ、ブっちゃけると、男は処女が好きだし、女は結婚相手を見つけたがるって意味だけどね………HAHAHAHAHA!」
光が収まるのと同時に、そこには一人の紳士が立っていた。
タキシード姿で、深く被った帽子で目が隠れて見えない。
そして、先ほどまで手を繋いでいたフェアリーたちは、恍惚の表情で彼にしなだれかかったり、抱きついたり肩に座ってほお擦りしたりと、思い思いに甘えている。
「えっ………と、貴方は………」
状況に付いて行けず混乱しながら問いかける。
「おっと、申し遅れたね。私の名はMr.シュガー。見ての通り、可愛いものを愛でる謎の紳士だ………」
すっ…と帽子を持ち上げて、自らに甘えるフェアリーたちを優しく撫でながら答えるMr.シュガー。
帽子が持ち上がったことによって顕になった顔。
俺は、その顔に見覚えがあった。
「あ、貴方は、まさか………」
そうだ、何度かテレビで見た事がある。
異世界にある国の一つ、妖精の国………通称【妖精王国】との親交を結ぶにあたって、選ばれた、あの有名な………
「ひょっとして、妖精王国日本大使のさt―――」
「―――私の名はMr.シュガー! 断じて佐藤などと言うロリコン紳士などでは無いっ!!!!」
なんかもの凄い剣幕で否定された!?
「そうだ、私はロリコンなんかじゃない、可愛いものが好きなだけだ………ナノニミンナシテワタシノコトヲロリコンロリコンッテイイヤガッテチクショウ………」
なにやらブツブツと半泣きで呟き始めた佐藤大s………じゃなくてMr.シュガー。
そんな彼に、フェアリーたちは涙を拭ったり、頭を撫でて慰めたりしていた。
「えーと、あの………Mr.シュガー、さん? えっと………このザ・ワールド状態は一体どういうことなんですか?」
おずおずと、声をかける。
この異常事態の原因は目の前の彼にありそうだし。
「そうそう、本題に入ろうか」
と、彼はすっと背筋を伸ばして襟を正す。
「さっきも言ったね。『男は女の最初の恋人になりたがるが、女は男の最後の恋人になりたがる』………しかし君はまだ彼女を諦めきれて居ない。男であるにもかかわらず彼女の最後の恋人になりたいと、心から願っている、彼女の結婚式を迎えても、なお………」
言って、すっと彼が差し出した掌。
そこにちょこんと腰掛けた一人の黒髪のフェアリー。
見た目は幼女なのに、彼女だけは、どこか大人びた女性の雰囲気を漂わせている。
「この娘は私のハニーの一人………昔からこの教会に住んでいてね、たくさんのカップルを見届けてきた………でもたまに居るのさ、君のような、花嫁を諦められない男がね。
その中でも君は特に強い思いを持っていて、あまりにも可哀想だ。何とかしてあげられないか? と私のところに相談に来てくれてね。そこで、こうして参上したまでさ………」
「だからどうしたって言うんですか、過去に戻れるわけも無いし、やり直せるわけも無い」
そう、異世界との交流が始まって、魔法が世界に知れ渡り、それと競うようにして科学も一気に発展した。
それでも科学も魔法も万能じゃない、いまだ時間移動や死者の蘇生は夢物語のままだ。
「いや、それが出来る………といったら、どうするかね?」
なんでもない事のように、Mr.シュガーは答えた。
そして、掌に腰掛けたフェアリーに視線を向け。
「彼女は特別なフェアリーでね、異世界ではなく此方の世界出身なのさ。だから、昔から伝わる特別な力を持っている。“意識だけを、過去の自分に送る事が出来る”………そんな力をね」
「じゃあ、本当に………やり直せるんですか!?」
思わず、Mr.シュガーに詰め寄ってしまう。
本当に………本当にそんな事が出来るなら………
俺は………彼女の隣に………立てる!?
「可能性だけはある、まぁ、本当は写真とかスライドショーなんかの媒介が必要だけど、今回は彼女だけじゃなく、私のツテやコネ、そして愛しいハニーたちにも協力してもらったからね」
――――パチン!
Mr.シュガーが指を鳴らすと、不意に、三つの扉が俺の前に現れた。
「これ………は………」
三つの扉には、それぞれ日付が書かれ、小さなのぞき窓が付いている。
そこから見えるのは、過去の俺。
一つ目の扉の日付は、一年半前。見えるのは“彼女”と語り合っている大学生のころの俺。
特に記憶も無い、普通の日常だったはずだ。
二つ目の扉の日付は、一年前。見えるのは、K子とK人と“彼女”と俺が、いっしょにご飯を食べていた。たしか、俺とK人の就職祝いだったかな?
これも、一つ目と同じく、普通の日常。
三つ目の扉の日付は、半年前。見えるのは、電話を受けている俺。
――――脳裏に蘇る、半年前の記憶。
就職して、何とか仕事にもなれてきて、毎日くたくたになるまで働いて、帰ってきた、そんな日。
突然彼女から掛かってきた電話。
『先輩、今、話せますか?』
疲れていて、とにかく眠たくて寝たかった俺は嘘を付いた。
「ごめん、まだ仕事中でさ、今忙しいんだ、また今度ね」
そう言って、電話を切った。
その後、“彼女”はお見合いをして、そのまま――――――
「―――――これが、私のハニーたちやバフォ様にも協力していただき調べ上げた君の人生の“分岐点”だ。最も大きいのはこの三つ目………覚えてるだろう? 君が一番戻りたかった過去じゃないか?」
「………っ!」
返事をするのももどかしく、三つ目の扉に手をかけ、必死で開けようとする。
ガチャガチャと、幾らノブを回しても、扉はビクともしなかった。
「クソッ………なんでだよ!」
この扉には、鍵が掛かっている………!
そんな俺の肩に、ポン、とMr.シュガーが手を置いた。
「ダメダメ。今そこに戻っても、何の意味も無い、絶対に未来は変わらないぞ? それに、分岐点はあくまで分岐点、へたな選択をすれば、今より最悪な結果になる可能性もある………」
「でも………俺はあの時………」
あの時、“彼女”とちゃんと話をしていれば………“彼女”は………
「今私たちに解っている事は、今そこに戻って彼女と電話で話をしたって何の意味もないということだ。ただ電話で話しただけで彼女と結婚できると本気で思ってるのかい?」
「………………」
たしかに………電話一本で結婚できれば世話無いよな………
「男と女の仲は、そう簡単に行くもんじゃない。好きでもなんでもない男にお見合い止めろなんていわれても不愉快なだけだし、恋人でもなんでもない男にお見合いを止める権利など無い………その結果を招いたのは、関係が崩れる事を恐れて一歩を踏み出さなかった、君自身だ」
「………………………………」
何の、反論も出来なかった。
関係が壊れるのが怖くて、一歩踏み出せなかった俺が、いまさらあの瞬間に戻ったって………きっと、何も変わらない………
「だが、私たちだって勝ち目の無い勝負をお膳立てしたつもりは無い。ポイントを抑えれば、まるでオセロのように、一気に逆転劇が起こる。そして君は彼女の隣に立つ事が出来る」
言って、Mr.シュガーは三つの扉を指し示す。
「いいか、この三つ目の扉を開けるためには、二つの鍵が要る。そしてその鍵はこの一つ目と二つ目の扉の先に必ずある」
「鍵!? その鍵って何なんですか!?」
「そこまで面倒見きれるか、その鍵が何なのかは自分で探せ! 鍵くらい自分で探せなきゃ、過去に戻ったって同じこと繰り返すだけだぞ」
「………でも、ヒントくらい………」
「はぁ………まったく、ホラ、見てみろ」
溜息を付いて、Mr.シュガーが指し示したのは、“彼女”の顔。
そこがフェアリーによってライトアップされ、“彼女”の顔がはっきりと照らされる。
結婚を迎えて、笑顔で、微笑んでいる。
「あれが………本当に彼女の笑顔だと思うか?」
「えっ!?」
その一言が、なぜか心に響く。
何も思い浮かばないのに、その一言は心に重くのしかかった。
「ヒントは以上だ………さぁ、覚悟は良いか? 未来が変わる保障も無い、最悪もっと悪い未来に変わる可能性もある………だが逆転出来ない勝負じゃない………受けるか?」
Mr.シュガーが差し出したその手。
聞かれるまでも無い、例え、最悪な方向に転ぼうとも、“彼女”の隣に立てる可能性があるなら………
「…………受けます!」
言って、俺はMr.シュガーの手を取った。
「いいだろう、覚悟を決めた男の目になったな………じゃあハニー、よろしく頼むよ」
黒髪のフェアリーはコクリと頷くと、俺の元へとふよふよと飛んできて、小声で耳打ちする
「えっとね〜………ゴニョゴニョゴニョ………」
「え? それを大声で言わなきゃいけないんですか?」
「うん、ちゃんとおおきいこえでいってね〜♪」
「解りました………」
そして、俺は大きく、深呼吸をする。
それを確認して、手はずどおり、Mr.シュガーが叫ぶ。
「いざ行かん、君に幸あれ!」
Mr.シュガーの言葉に黒髪のフェアリーが続く。
「もとめよ〜、さらばあたえられんっ♪」
そして、俺は聞いたとおり、彼女の後に続く。
「ハレルヤ〜〜〜〜〜〜〜〜〜チャーーーーンスッ!!!!」
―――――カッ!
叫んだ瞬間、俺は光の奔流に包まれた。
「――――ってわあああああああぁぁぁぁぁぁーー!!」
光に包まれて意識が薄れ行く中、一つ目の扉が、ゆっくり開くのが視界の端に移り………
俺の意識は、そこで途絶えた。
都内某所 結婚披露宴会場
俺の名前は………いや、あーく、とでも呼んでくれ。ネットで使ってるHNだ。
今日は結婚式だ。俺の一番大好きな、後輩の、“彼女”の………。
でも、その隣に立っているのは………俺じゃ、無い。
「なーに辛気臭い顔してるにゃ、こんな日に………もっとしゃきっとしろにゃ………」
話しかけてきたのは友人の妹のK子(仮名)、頭から突き出したネコ耳と、ドレスのお尻からのぞく、ぴょこぴょこ揺れる尻尾は、コスプレではなく自前のもの。
そう、K子は人間じゃない、【ワーキャット】と呼ばれる“魔物娘”だ。
およそ数十年前、突如として開いた異世界との扉。
そこに住んでいたのは、女性しか存在しないサキュバス化した様々な魔物娘。
そして、彼女達が望んだのは此方の世界への移住と交流。
さらに世界中に隠れ住んでいた魔物娘もこの機会に姿を現した。
まぁ、最初のうちはかなりゴタゴタやら政治的な色々やら、差別とか人権問題、さらに宗教問題やらなんやらで戦争一歩手前までの反発等が合ったらしいが、いまやそれらの問題も殆んど解決し、世間はおおむね、移住してきた魔物娘たちとの共存を受け入れている。
特に、日本は最初期から積極的に魔物娘との共存を受け入れていた。
やはり諸外国では宗教的な問題が大きく、魔物娘たちにとっては暮らしにくいらしい。
ところが日本は古来から、人外と人間が交わってきた歴史を持ち、また、宗教的な意識も薄く、さらに漫画やアニメ等のフィクションで、“人外の女性”へ憧れを抱いていた者も多かったため、反発どころか諸手を上げて魔物娘達を受け入れた。
そして今、殆んどの魔物娘たちは、この日本で生活している。
「別に………なんでもないから、気にするなよ」
ごまかすように呟いて、“彼女”から視線を外した。
「はぁ〜あ、あの娘に先越されるなんて、思ってもみなかったにゃ………」
少し残念そうに頬を膨らませるK子。
ほんの一年前まで、付き合っていた彼氏が居たけど、ある日ぐでんぐでんに酔っ払って
俺の部屋に転がり込んでぶっ倒れて『あんなヤツもうしらないにゃー!』とか叫んでそままコタツで丸まって就寝。
翌日問い詰めても完全黙秘、なにがあったのか語ろうとせず、結局その日を境に彼氏と別れ、今現在フリーである。
「だったら別れなければ良かったのにね………そう思うだろ、あーくも」
K子の隣に立っていた、長い黒髪にドレス姿の美しい“男性”が言う。
そう、彼はK子の兄、K人。
妹と種族が違うことに関しては………まぁ、察して欲しい。
俺の昔からの友人であり同僚であり………自称男の娘、そういう趣味の男だ。
どこからどう見ても美しい女性にしか見えない、相変らずいろんな意味で凄いヤツ………
「結局なにがあったかも解らずじまいだからね、答えようが無いよ」
はぁ………と溜息を付いて、俺は再び後輩を、“彼女”を見る。
半年前にお見合いしたという、“彼女”の隣に居る人は………まぁ、言っちゃあ悪いが普通だ、特に特徴も無い。
でもなんとなく真面目そうで、優しそうで、人当たりは良さそうだ、きっと“彼女”を幸せにしてくれるだろう。
そして、その隣に居る“彼女”の肌は青白く、その髪の色は雪のような純白。
体調が悪いのではない、もともとそういう色なのだ。
そう、“彼女”もまた、魔物娘。
それも、異世界から来たのではなく、もともと日本に居たという魔物娘の一族“雪女”。
K子から紹介されて知り合って、お互いオタク趣味があったから気があって、異性の友人と言う形でずっと過ごして………
“彼女”のことは、なんとなく可愛いな、と思っていたけど………
だんだんその思いは恋に変わってきて………でも、この関係が壊れるのが怖くて、言い出せなくて………
大学卒業、そして就職。
就職してからは、“彼女”と会う機会が減ってしまって………
だんだん、メールや電話も少なくなって………
半年前、久しぶりに掛かってきた電話も、適当にあしらって切ってしまった。
その一月後、彼女からメールが届いた。
【お見合いした相手と、結婚することになりました】
本当に大切な者は、失って初めてわかる。
皮肉なことに、“彼女”を失って初めて、俺はこんなにも“彼女”の事が好きだったんだと気が付いた。
どうして今、俺は“彼女”の隣に居ないんだろう。
あんなに側に居たのに、彼女はこんなにも遠い。
でも、“彼女”は、今日、手の届かないところに行ってしまう。
映画『卒業』みたいな真似も不可能。
花嫁を掻っ攫う度胸も無いし、そもそも“彼女”の気持ちは、俺から離れてしまっている。
ああ、過去に戻りたい。
過去をやり直せる、そんなチャンスがあるのなら、今度こそ、この想いを伝えたい。
そして、今日この日に“彼女”の隣に立ちたい………
過去に戻ってやり直したい――――――――――
『………本当に、そう思うかい?』
「えっ!?」
突然聞こえた謎の声。
パチン………。
そして次の瞬間、停電にでもなったように周囲が薄暗くなり、音も全ての音が掻き消える。
そして、俺以外の全員の動きが固まるように止まった。
「………………………ザ・ワールド!?」
いや、ボケてる場合じゃないだろう! と自分に心中ツッコミを入れていた時………
「うふふふふふ〜♪」
「あははははは〜♪」
「きゃははははは〜♪」
響く幼女の笑い声と、そして周囲にキラキラとした光球が漂い始めた。
よく目をこらせば、それらは七色に煌く美しい羽と長い耳と小豆色の髪を持った、掌サイズの女の子達。
【フェアリー】と呼ばれる妖精族の魔物娘たちだった。
異世界の“妖精の国”と呼ばれるエリアに生息する妖精たち。
彼女たちは此方には殆んど移住しておらず、移住してきた極少数のフェアリーも、自然豊かな森の奥深くにしか居ないとされている。
俺自身、本やテレビで見た事はあっても、本物を見たのは初めてだった。
そんなフェアリーが、どうしてココに?
「―――――『男は女の最初の恋人になりたがるが、女は男の最後の恋人になりたがる』by、オスカー=ワイルド………聞いたことあるかい?」
最初に聞こえたのと同じ、声が響く。
と、同時にフェアリーたちが手を繋いで、輪を作りクルクルと、ゆっくり回り、舞い始める。
その中心、何も無いはずの空間がゆっくりと光り輝き――――
「まぁ、ブっちゃけると、男は処女が好きだし、女は結婚相手を見つけたがるって意味だけどね………HAHAHAHAHA!」
光が収まるのと同時に、そこには一人の紳士が立っていた。
タキシード姿で、深く被った帽子で目が隠れて見えない。
そして、先ほどまで手を繋いでいたフェアリーたちは、恍惚の表情で彼にしなだれかかったり、抱きついたり肩に座ってほお擦りしたりと、思い思いに甘えている。
「えっ………と、貴方は………」
状況に付いて行けず混乱しながら問いかける。
「おっと、申し遅れたね。私の名はMr.シュガー。見ての通り、可愛いものを愛でる謎の紳士だ………」
すっ…と帽子を持ち上げて、自らに甘えるフェアリーたちを優しく撫でながら答えるMr.シュガー。
帽子が持ち上がったことによって顕になった顔。
俺は、その顔に見覚えがあった。
「あ、貴方は、まさか………」
そうだ、何度かテレビで見た事がある。
異世界にある国の一つ、妖精の国………通称【妖精王国】との親交を結ぶにあたって、選ばれた、あの有名な………
「ひょっとして、妖精王国日本大使のさt―――」
「―――私の名はMr.シュガー! 断じて佐藤などと言うロリコン紳士などでは無いっ!!!!」
なんかもの凄い剣幕で否定された!?
「そうだ、私はロリコンなんかじゃない、可愛いものが好きなだけだ………ナノニミンナシテワタシノコトヲロリコンロリコンッテイイヤガッテチクショウ………」
なにやらブツブツと半泣きで呟き始めた佐藤大s………じゃなくてMr.シュガー。
そんな彼に、フェアリーたちは涙を拭ったり、頭を撫でて慰めたりしていた。
「えーと、あの………Mr.シュガー、さん? えっと………このザ・ワールド状態は一体どういうことなんですか?」
おずおずと、声をかける。
この異常事態の原因は目の前の彼にありそうだし。
「そうそう、本題に入ろうか」
と、彼はすっと背筋を伸ばして襟を正す。
「さっきも言ったね。『男は女の最初の恋人になりたがるが、女は男の最後の恋人になりたがる』………しかし君はまだ彼女を諦めきれて居ない。男であるにもかかわらず彼女の最後の恋人になりたいと、心から願っている、彼女の結婚式を迎えても、なお………」
言って、すっと彼が差し出した掌。
そこにちょこんと腰掛けた一人の黒髪のフェアリー。
見た目は幼女なのに、彼女だけは、どこか大人びた女性の雰囲気を漂わせている。
「この娘は私のハニーの一人………昔からこの教会に住んでいてね、たくさんのカップルを見届けてきた………でもたまに居るのさ、君のような、花嫁を諦められない男がね。
その中でも君は特に強い思いを持っていて、あまりにも可哀想だ。何とかしてあげられないか? と私のところに相談に来てくれてね。そこで、こうして参上したまでさ………」
「だからどうしたって言うんですか、過去に戻れるわけも無いし、やり直せるわけも無い」
そう、異世界との交流が始まって、魔法が世界に知れ渡り、それと競うようにして科学も一気に発展した。
それでも科学も魔法も万能じゃない、いまだ時間移動や死者の蘇生は夢物語のままだ。
「いや、それが出来る………といったら、どうするかね?」
なんでもない事のように、Mr.シュガーは答えた。
そして、掌に腰掛けたフェアリーに視線を向け。
「彼女は特別なフェアリーでね、異世界ではなく此方の世界出身なのさ。だから、昔から伝わる特別な力を持っている。“意識だけを、過去の自分に送る事が出来る”………そんな力をね」
「じゃあ、本当に………やり直せるんですか!?」
思わず、Mr.シュガーに詰め寄ってしまう。
本当に………本当にそんな事が出来るなら………
俺は………彼女の隣に………立てる!?
「可能性だけはある、まぁ、本当は写真とかスライドショーなんかの媒介が必要だけど、今回は彼女だけじゃなく、私のツテやコネ、そして愛しいハニーたちにも協力してもらったからね」
――――パチン!
Mr.シュガーが指を鳴らすと、不意に、三つの扉が俺の前に現れた。
「これ………は………」
三つの扉には、それぞれ日付が書かれ、小さなのぞき窓が付いている。
そこから見えるのは、過去の俺。
一つ目の扉の日付は、一年半前。見えるのは“彼女”と語り合っている大学生のころの俺。
特に記憶も無い、普通の日常だったはずだ。
二つ目の扉の日付は、一年前。見えるのは、K子とK人と“彼女”と俺が、いっしょにご飯を食べていた。たしか、俺とK人の就職祝いだったかな?
これも、一つ目と同じく、普通の日常。
三つ目の扉の日付は、半年前。見えるのは、電話を受けている俺。
――――脳裏に蘇る、半年前の記憶。
就職して、何とか仕事にもなれてきて、毎日くたくたになるまで働いて、帰ってきた、そんな日。
突然彼女から掛かってきた電話。
『先輩、今、話せますか?』
疲れていて、とにかく眠たくて寝たかった俺は嘘を付いた。
「ごめん、まだ仕事中でさ、今忙しいんだ、また今度ね」
そう言って、電話を切った。
その後、“彼女”はお見合いをして、そのまま――――――
「―――――これが、私のハニーたちやバフォ様にも協力していただき調べ上げた君の人生の“分岐点”だ。最も大きいのはこの三つ目………覚えてるだろう? 君が一番戻りたかった過去じゃないか?」
「………っ!」
返事をするのももどかしく、三つ目の扉に手をかけ、必死で開けようとする。
ガチャガチャと、幾らノブを回しても、扉はビクともしなかった。
「クソッ………なんでだよ!」
この扉には、鍵が掛かっている………!
そんな俺の肩に、ポン、とMr.シュガーが手を置いた。
「ダメダメ。今そこに戻っても、何の意味も無い、絶対に未来は変わらないぞ? それに、分岐点はあくまで分岐点、へたな選択をすれば、今より最悪な結果になる可能性もある………」
「でも………俺はあの時………」
あの時、“彼女”とちゃんと話をしていれば………“彼女”は………
「今私たちに解っている事は、今そこに戻って彼女と電話で話をしたって何の意味もないということだ。ただ電話で話しただけで彼女と結婚できると本気で思ってるのかい?」
「………………」
たしかに………電話一本で結婚できれば世話無いよな………
「男と女の仲は、そう簡単に行くもんじゃない。好きでもなんでもない男にお見合い止めろなんていわれても不愉快なだけだし、恋人でもなんでもない男にお見合いを止める権利など無い………その結果を招いたのは、関係が崩れる事を恐れて一歩を踏み出さなかった、君自身だ」
「………………………………」
何の、反論も出来なかった。
関係が壊れるのが怖くて、一歩踏み出せなかった俺が、いまさらあの瞬間に戻ったって………きっと、何も変わらない………
「だが、私たちだって勝ち目の無い勝負をお膳立てしたつもりは無い。ポイントを抑えれば、まるでオセロのように、一気に逆転劇が起こる。そして君は彼女の隣に立つ事が出来る」
言って、Mr.シュガーは三つの扉を指し示す。
「いいか、この三つ目の扉を開けるためには、二つの鍵が要る。そしてその鍵はこの一つ目と二つ目の扉の先に必ずある」
「鍵!? その鍵って何なんですか!?」
「そこまで面倒見きれるか、その鍵が何なのかは自分で探せ! 鍵くらい自分で探せなきゃ、過去に戻ったって同じこと繰り返すだけだぞ」
「………でも、ヒントくらい………」
「はぁ………まったく、ホラ、見てみろ」
溜息を付いて、Mr.シュガーが指し示したのは、“彼女”の顔。
そこがフェアリーによってライトアップされ、“彼女”の顔がはっきりと照らされる。
結婚を迎えて、笑顔で、微笑んでいる。
「あれが………本当に彼女の笑顔だと思うか?」
「えっ!?」
その一言が、なぜか心に響く。
何も思い浮かばないのに、その一言は心に重くのしかかった。
「ヒントは以上だ………さぁ、覚悟は良いか? 未来が変わる保障も無い、最悪もっと悪い未来に変わる可能性もある………だが逆転出来ない勝負じゃない………受けるか?」
Mr.シュガーが差し出したその手。
聞かれるまでも無い、例え、最悪な方向に転ぼうとも、“彼女”の隣に立てる可能性があるなら………
「…………受けます!」
言って、俺はMr.シュガーの手を取った。
「いいだろう、覚悟を決めた男の目になったな………じゃあハニー、よろしく頼むよ」
黒髪のフェアリーはコクリと頷くと、俺の元へとふよふよと飛んできて、小声で耳打ちする
「えっとね〜………ゴニョゴニョゴニョ………」
「え? それを大声で言わなきゃいけないんですか?」
「うん、ちゃんとおおきいこえでいってね〜♪」
「解りました………」
そして、俺は大きく、深呼吸をする。
それを確認して、手はずどおり、Mr.シュガーが叫ぶ。
「いざ行かん、君に幸あれ!」
Mr.シュガーの言葉に黒髪のフェアリーが続く。
「もとめよ〜、さらばあたえられんっ♪」
そして、俺は聞いたとおり、彼女の後に続く。
「ハレルヤ〜〜〜〜〜〜〜〜〜チャーーーーンスッ!!!!」
―――――カッ!
叫んだ瞬間、俺は光の奔流に包まれた。
「――――ってわあああああああぁぁぁぁぁぁーー!!」
光に包まれて意識が薄れ行く中、一つ目の扉が、ゆっくり開くのが視界の端に移り………
俺の意識は、そこで途絶えた。
10/08/03 08:27更新 / たつ
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