狐とカボチャと油揚げ・番外編 〜冬至の夜に〜
とある街にある、とある小さな小料理屋。
カウンター席しか無い、小さなお店。
季節は冬。12月の下旬。
聖夜まではあと数日を控えた、いわゆるクリスマスのシーズン。
「ありがとうございました! 今後もご贔屓に………」
最後の客を送り出し、今日は少々早仕舞い。
のれんを片付け、下げられた『商い中』と書かれた札を『支度中』へと裏返す。
ふと引き戸の隙間から外を見れば、街中にはクリスマスのイルミネーションがちらほら。
「まぁ、和食屋にクリスマスは……あんまり関係ないからな」
そう言いつつも心中では、24日には七面鳥で創作和食でも………と密かに考えているこの男、実に天邪鬼である。
────―今宵は、冬至。
一年のうちで最も冬が深まり、最も昼が短く夜が長いとされる日。
この街には、雪こそいまだ降らないが、めっきり冬も深まり、師走の夜は特に冷え込む。
ぶるっ、と思わず身震い一つ。
引き戸を閉めて、鍵を掛け、手早く残った洗い物を済ませてしまう。
さっとカウンターを拭き上げ、最後に厨房全体を綺麗に磨き上げ、片付ける。
「………こんなもんか」
最後に手を洗って、布巾で両手を拭う。
温度が低く、乾燥しやすい冬場に水仕事を繰り返すその手は、皮脂を失い、ガサガサとひどく手荒れ、所々にあかぎれが見える。
「後、は………と」
一息ついて冷蔵庫を開け、中から幾つかのタッパーと小鍋を取り出す。
今夜のために、昨夜から仕込んだ食材の数々。
それらを両手で抱えると、厨房と店の明かりを落とし、住居となっている二階へと階段を上がっていった。
・
「あらぁ〜、大将。おかえりなさい〜、今日もお仕事、ご苦労さまですぅ~」
自室で出迎えてくれたのは やや京風に訛った言葉使いに着物姿、頭にピョコリと生えた耳、ふわりとした尻尾をふりふりとさせて、割烹着を来た『稲荷』が一人。
半年ほど前に出会い、ふた月程前、ハロウィンの夜に結ばれた、愛しい恋人だった。
「ただいま。………うん、いつもありがとう」
さっと部屋を見回して一言。
かつて、帰って寝るだけの場所だった部屋の中は、今日も綺麗に片付けられ、埃一つないほどピカピカに磨き上げられている。
畳の八畳間にはコタツが設置され、しっかりとみかんも置かれていた。
「ええんですぅ、ウチが好きでしとるんやから、気にせんといてください〜」
ぱたぱたと可愛らしく手を振って、照れ隠しのように笑う。
その手から、ふわりと、甘酸っぱい柚子の香りが拡がった。
「あれ? ひょっとして………」
「はい〜、今日は冬至やから、柚子湯を沸かしといたんですぅ~」
聞いて、タッパーをコタツに置きながら、浴室の方へと顔を向ければ、たしかにほのかに漂う柚子の香り。
「先、お風呂入られますぅ?」
「いや、先に食事にしようか。柚子湯は………後で、一緒にゆっくり入って、暖まろうか?」
稲荷が持ってきてくれた、タッパーの料理を盛りなおす皿を受け取りながら答える。
「………////////」
遠まわしな床の誘いに、稲荷はうっすら頬を染めて、コクリと頷いた。
・
そして、十数分後。
住居のキッチンで仕上げの調理を施し、酒に燗をつけ、二人が向い合って座るコタツの上には、料理の数々が並べられていた。
「わくわく、わくわく………」
「口に出るくらい楽しみで早く食べたいんだね?」
「(コクコク)」
無言で頷きながらも、稲荷は鼻をひくひくとさせて、待ち切れない様子で眼をキラキラとさせている。
「さて、それじゃあ、冬至の夜の宴、始めようか」
言って、おちょこに熱燗を静かに注ぐ。
「いただきますぅ〜」
満面の笑顔で、稲荷は箸を手にとった。
「大将………今日のお料理はぁ、カボチャばっかり?」
「うん、冬至だからね。カボチャづくしで揃えてみた。冬至にカボチャ食べると風邪引かないって言うからね」
食卓に並ぶのはカボチャ料理の数々。
いずれも、アレンジされて油揚げが使われているのが、稲荷への愛情の現れだろう。
まず、小鉢に冬至の風物詩の一品、あずきカボチャ。
カツオ出汁で煮込んだカボチャと、小豆の粒餡を混ぜて炊いた煮物には、小さめに切って甘めに煮た油揚げが添えてある。
椀には、カボチャのすりながし、要は和風のパンプキンポタージュである。
クルトンの代わりに、豆腐を細かく切って脂で揚げ、クルトン風の油揚げにしてトッピング。
揚げ物として、カボチャの天ぷら、かぼちゃコロッケ、そして揚げたての油揚げの三品盛り。
そして最後に温かい、金銀融通蕎麦。
お手製の十割そばに、金柑の甘露煮と銀杏、そして刻んだ柚子の皮と柚子胡椒がトッピングされた、柚子と融通を掛けて、一年の金運を願う冬至の縁起物。
もちろん、出汁で煮付けた大きな油揚げがどーんと乗っかり、見た目は完全にきつねそばではあるのだが………
「はくはく、んくっ。……あぁん、どれも美味しいですぅ〜! お酒進んでしょうがないわぁ〜」
パクパクと料理を食べ進め、熱燗を煽り、心底幸せそうに男に微笑む稲荷。
「………ありがとう」
自分の蕎麦を啜りながら、嬉しそうに答えた。
料理人として、客に料理を振る舞うのは幸せだ。
だが、愛しい人のためだけに愛情を込めて腕をふるい、美味しいと言ってもらえる、それはこの上ない至上の幸せであり、言いようのない嬉しさだった。
・
食事を続けること、しばし。
「今年も………もうすぐ終わりだね」
「ええ、ほんまに………」
ぽつりぽつりと、お互い、静かに言葉を紡ぐ。
食卓の料理は、すでに綺麗に平らげられ、互いにおちょこの酒と湯のみの緑茶を、ちびちびと啜りながら、話を続けていた。
「この一年、いろいろあったね、本当に………前の店から独立して、師匠に出会って鍛えられて………」
「そんで、ウチと出会って?」
「そう、君と出会って、結ばれて、本当にいろいろあった、激動の一年間だったよ………」
「ちょっと気ぃ早いんとちゃいますぅ?」
「あはは、そうだね? まだ今年は10日くらい残ってるし、来年も宜しく………は気が早いか」
言って、お茶を飲み干すと、男はコタツから立ち上がる。
「さて、風邪引かないように柚子湯で温まろうか………もちろん一緒に、ね」
稻荷へと、差し出されるのは、ザラザラと荒れた、無骨な料理人の手。
「はい………」
頬を染めて、口元を袖で隠しながら、そっと、稲荷は迷うこと無く、その手を取った。
・
・
・
およそ一時間後………
「あはは、ちょっと頑張りすぎた………」
「お疲れ様ですぅ、うふふふふぅ………」
互いに、風呂あがりで、それぞれ浴衣と作務衣の寝間着姿。
長湯で軽くのぼせて、なにやら艶々とした稲荷に膝枕をされつつ、団扇で赤く火照った顔を仰がれていた。
少々長湯になってしまった理由は………もはや答える迄もないだろう。
「あ、手ぇ出してください〜。ハンドクリーム、塗ったげますぅ」
「ん、お願い」
少しふやけて、角質が柔らかくなった、荒れた両手に、懐から取り出したハンドクリームを、慈しむように、優しく塗りこみ、いたわるように擦り込んでゆく。
ざらついた荒れた手を、柔らかく温かい、すべすべとした稲荷の手が滑るように撫でてゆく。
思わず、色気を感じて、先ほどの行為を思い出し、頬を赤らめてしまう。
元々真っ赤にのぼせていたおかげで、バレずに済んだようだが。
「湯冷めせぇへんように、ほてりが取れたらすぐにお布団行きましょうか?」
ハンドクリームを刷り込み終えて、再び団扇を手にした稲荷を、もういいよと手で制して止めた。
「そうだね………風邪引かないように柚子湯に入って風邪引いたら、笑い話にもならないよ………あ、今日は延長戦は無しでね」
膝枕から体を起こしつつ、答える。
「もちろんです〜、これから年末年始で忙しくなりますからぁ、お体大事にせんと………」
そう言いながらも、稲荷が本心では残念そうに見えるのは気のせいだろうか?
「あ? 雪………」
「え? 本当だ………」
互いに何気なく視線を向けた窓から、宙に舞う粉雪が見えた。
「………積もるかな?」
「ええ、毎年この街はぁ、少しの間だけ、積もりますから〜」
「じゃぁ、ホワイトクリスマスになるかな?」
「はい〜、たぶん、大丈夫やと思いますぅ〜」
しばし、二人で肩を抱き合って、ちらほらと舞う粉雪を静かに見つめる。
「ねぇ、大将?」
「うん、何?」
「クリスマスやけどぉ、ウチ、とびっきりのプレゼント、用意してますさかい。楽しみにしとってください〜」
にこりと、此方を見つめて微笑む稲荷を見て、改めて心中で決意を固める。
(やっぱり………けじめは、付けないとな………)
悟られぬよう、作務衣のポケットを密かに弄れば、其処には無くすのが不安で、ずっと持ち歩いてしまっている小箱が一つ。
(やっぱり、渡すならクリスマスが一番いいよな、うん………彼女のプレゼントのお返しに………)
そう、思いを巡らす男に悟られぬよう、稲荷は、そっと愛おしげに自分のお腹を撫でた。
「うふふぅ………楽しみやねぇ〜? ふふっ………本当に、ねぇ?」
静かに、優しく擦りながら、自分のお腹に語りかける。
「だから、元気に、生まれておいで………」
静かに、幸福な未来を信じて。
・
・
彼は、ポケットに、永遠の愛の証を隠して。
彼女は、お腹の中に、二人の愛の結晶を宿して。
こうして、お互いに最高のプレゼントを用意した二人は、クリスマスの夜、晴れて夫婦と成るのだが………
それはまた、べつのお話で。
END
カウンター席しか無い、小さなお店。
季節は冬。12月の下旬。
聖夜まではあと数日を控えた、いわゆるクリスマスのシーズン。
「ありがとうございました! 今後もご贔屓に………」
最後の客を送り出し、今日は少々早仕舞い。
のれんを片付け、下げられた『商い中』と書かれた札を『支度中』へと裏返す。
ふと引き戸の隙間から外を見れば、街中にはクリスマスのイルミネーションがちらほら。
「まぁ、和食屋にクリスマスは……あんまり関係ないからな」
そう言いつつも心中では、24日には七面鳥で創作和食でも………と密かに考えているこの男、実に天邪鬼である。
────―今宵は、冬至。
一年のうちで最も冬が深まり、最も昼が短く夜が長いとされる日。
この街には、雪こそいまだ降らないが、めっきり冬も深まり、師走の夜は特に冷え込む。
ぶるっ、と思わず身震い一つ。
引き戸を閉めて、鍵を掛け、手早く残った洗い物を済ませてしまう。
さっとカウンターを拭き上げ、最後に厨房全体を綺麗に磨き上げ、片付ける。
「………こんなもんか」
最後に手を洗って、布巾で両手を拭う。
温度が低く、乾燥しやすい冬場に水仕事を繰り返すその手は、皮脂を失い、ガサガサとひどく手荒れ、所々にあかぎれが見える。
「後、は………と」
一息ついて冷蔵庫を開け、中から幾つかのタッパーと小鍋を取り出す。
今夜のために、昨夜から仕込んだ食材の数々。
それらを両手で抱えると、厨房と店の明かりを落とし、住居となっている二階へと階段を上がっていった。
・
「あらぁ〜、大将。おかえりなさい〜、今日もお仕事、ご苦労さまですぅ~」
自室で出迎えてくれたのは やや京風に訛った言葉使いに着物姿、頭にピョコリと生えた耳、ふわりとした尻尾をふりふりとさせて、割烹着を来た『稲荷』が一人。
半年ほど前に出会い、ふた月程前、ハロウィンの夜に結ばれた、愛しい恋人だった。
「ただいま。………うん、いつもありがとう」
さっと部屋を見回して一言。
かつて、帰って寝るだけの場所だった部屋の中は、今日も綺麗に片付けられ、埃一つないほどピカピカに磨き上げられている。
畳の八畳間にはコタツが設置され、しっかりとみかんも置かれていた。
「ええんですぅ、ウチが好きでしとるんやから、気にせんといてください〜」
ぱたぱたと可愛らしく手を振って、照れ隠しのように笑う。
その手から、ふわりと、甘酸っぱい柚子の香りが拡がった。
「あれ? ひょっとして………」
「はい〜、今日は冬至やから、柚子湯を沸かしといたんですぅ~」
聞いて、タッパーをコタツに置きながら、浴室の方へと顔を向ければ、たしかにほのかに漂う柚子の香り。
「先、お風呂入られますぅ?」
「いや、先に食事にしようか。柚子湯は………後で、一緒にゆっくり入って、暖まろうか?」
稲荷が持ってきてくれた、タッパーの料理を盛りなおす皿を受け取りながら答える。
「………////////」
遠まわしな床の誘いに、稲荷はうっすら頬を染めて、コクリと頷いた。
・
そして、十数分後。
住居のキッチンで仕上げの調理を施し、酒に燗をつけ、二人が向い合って座るコタツの上には、料理の数々が並べられていた。
「わくわく、わくわく………」
「口に出るくらい楽しみで早く食べたいんだね?」
「(コクコク)」
無言で頷きながらも、稲荷は鼻をひくひくとさせて、待ち切れない様子で眼をキラキラとさせている。
「さて、それじゃあ、冬至の夜の宴、始めようか」
言って、おちょこに熱燗を静かに注ぐ。
「いただきますぅ〜」
満面の笑顔で、稲荷は箸を手にとった。
「大将………今日のお料理はぁ、カボチャばっかり?」
「うん、冬至だからね。カボチャづくしで揃えてみた。冬至にカボチャ食べると風邪引かないって言うからね」
食卓に並ぶのはカボチャ料理の数々。
いずれも、アレンジされて油揚げが使われているのが、稲荷への愛情の現れだろう。
まず、小鉢に冬至の風物詩の一品、あずきカボチャ。
カツオ出汁で煮込んだカボチャと、小豆の粒餡を混ぜて炊いた煮物には、小さめに切って甘めに煮た油揚げが添えてある。
椀には、カボチャのすりながし、要は和風のパンプキンポタージュである。
クルトンの代わりに、豆腐を細かく切って脂で揚げ、クルトン風の油揚げにしてトッピング。
揚げ物として、カボチャの天ぷら、かぼちゃコロッケ、そして揚げたての油揚げの三品盛り。
そして最後に温かい、金銀融通蕎麦。
お手製の十割そばに、金柑の甘露煮と銀杏、そして刻んだ柚子の皮と柚子胡椒がトッピングされた、柚子と融通を掛けて、一年の金運を願う冬至の縁起物。
もちろん、出汁で煮付けた大きな油揚げがどーんと乗っかり、見た目は完全にきつねそばではあるのだが………
「はくはく、んくっ。……あぁん、どれも美味しいですぅ〜! お酒進んでしょうがないわぁ〜」
パクパクと料理を食べ進め、熱燗を煽り、心底幸せそうに男に微笑む稲荷。
「………ありがとう」
自分の蕎麦を啜りながら、嬉しそうに答えた。
料理人として、客に料理を振る舞うのは幸せだ。
だが、愛しい人のためだけに愛情を込めて腕をふるい、美味しいと言ってもらえる、それはこの上ない至上の幸せであり、言いようのない嬉しさだった。
・
食事を続けること、しばし。
「今年も………もうすぐ終わりだね」
「ええ、ほんまに………」
ぽつりぽつりと、お互い、静かに言葉を紡ぐ。
食卓の料理は、すでに綺麗に平らげられ、互いにおちょこの酒と湯のみの緑茶を、ちびちびと啜りながら、話を続けていた。
「この一年、いろいろあったね、本当に………前の店から独立して、師匠に出会って鍛えられて………」
「そんで、ウチと出会って?」
「そう、君と出会って、結ばれて、本当にいろいろあった、激動の一年間だったよ………」
「ちょっと気ぃ早いんとちゃいますぅ?」
「あはは、そうだね? まだ今年は10日くらい残ってるし、来年も宜しく………は気が早いか」
言って、お茶を飲み干すと、男はコタツから立ち上がる。
「さて、風邪引かないように柚子湯で温まろうか………もちろん一緒に、ね」
稻荷へと、差し出されるのは、ザラザラと荒れた、無骨な料理人の手。
「はい………」
頬を染めて、口元を袖で隠しながら、そっと、稲荷は迷うこと無く、その手を取った。
・
・
・
およそ一時間後………
「あはは、ちょっと頑張りすぎた………」
「お疲れ様ですぅ、うふふふふぅ………」
互いに、風呂あがりで、それぞれ浴衣と作務衣の寝間着姿。
長湯で軽くのぼせて、なにやら艶々とした稲荷に膝枕をされつつ、団扇で赤く火照った顔を仰がれていた。
少々長湯になってしまった理由は………もはや答える迄もないだろう。
「あ、手ぇ出してください〜。ハンドクリーム、塗ったげますぅ」
「ん、お願い」
少しふやけて、角質が柔らかくなった、荒れた両手に、懐から取り出したハンドクリームを、慈しむように、優しく塗りこみ、いたわるように擦り込んでゆく。
ざらついた荒れた手を、柔らかく温かい、すべすべとした稲荷の手が滑るように撫でてゆく。
思わず、色気を感じて、先ほどの行為を思い出し、頬を赤らめてしまう。
元々真っ赤にのぼせていたおかげで、バレずに済んだようだが。
「湯冷めせぇへんように、ほてりが取れたらすぐにお布団行きましょうか?」
ハンドクリームを刷り込み終えて、再び団扇を手にした稲荷を、もういいよと手で制して止めた。
「そうだね………風邪引かないように柚子湯に入って風邪引いたら、笑い話にもならないよ………あ、今日は延長戦は無しでね」
膝枕から体を起こしつつ、答える。
「もちろんです〜、これから年末年始で忙しくなりますからぁ、お体大事にせんと………」
そう言いながらも、稲荷が本心では残念そうに見えるのは気のせいだろうか?
「あ? 雪………」
「え? 本当だ………」
互いに何気なく視線を向けた窓から、宙に舞う粉雪が見えた。
「………積もるかな?」
「ええ、毎年この街はぁ、少しの間だけ、積もりますから〜」
「じゃぁ、ホワイトクリスマスになるかな?」
「はい〜、たぶん、大丈夫やと思いますぅ〜」
しばし、二人で肩を抱き合って、ちらほらと舞う粉雪を静かに見つめる。
「ねぇ、大将?」
「うん、何?」
「クリスマスやけどぉ、ウチ、とびっきりのプレゼント、用意してますさかい。楽しみにしとってください〜」
にこりと、此方を見つめて微笑む稲荷を見て、改めて心中で決意を固める。
(やっぱり………けじめは、付けないとな………)
悟られぬよう、作務衣のポケットを密かに弄れば、其処には無くすのが不安で、ずっと持ち歩いてしまっている小箱が一つ。
(やっぱり、渡すならクリスマスが一番いいよな、うん………彼女のプレゼントのお返しに………)
そう、思いを巡らす男に悟られぬよう、稲荷は、そっと愛おしげに自分のお腹を撫でた。
「うふふぅ………楽しみやねぇ〜? ふふっ………本当に、ねぇ?」
静かに、優しく擦りながら、自分のお腹に語りかける。
「だから、元気に、生まれておいで………」
静かに、幸福な未来を信じて。
・
・
彼は、ポケットに、永遠の愛の証を隠して。
彼女は、お腹の中に、二人の愛の結晶を宿して。
こうして、お互いに最高のプレゼントを用意した二人は、クリスマスの夜、晴れて夫婦と成るのだが………
それはまた、べつのお話で。
END
12/12/22 06:10更新 / たつ