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第弐章【ジンセイリュウテン】
 
 

 数分後。
 俺のアパート近くのファミレスで。

「えっ……と……ご注文を、お伺い、します……」

 おどおどしながら注文を確認するウェイトレス。
 まるでナイトメアかドッペルゲンガー(本体)のようだが、彼女はれっきとしたレッサーサキュバスであり、普段はかなりハイテンションで明るい娘なんだが………
 そりゃあ、目の前にドラゴンにエキドナ、バフォメットにヴァンパイアと高位の魔物4体が勢揃いしていればビビりたくもなるだろう。
 おまけに本人達が睨んでるつもりがどうかはわからないが、キッと見据えられて、ウェイトレスの娘がだいぶ怯えてる。


「俺、ホットコーヒーを一つ……」

「では、私も同じものを……シャーディは?」

「………オレンジジュースを、ください……」

「僕はハーブティを貰おうかな、もちろん最高級の物を頼むよ」

「我は、水だけで構わん…………」

 俺に続いて、四者四様に注文する“四天王”を名乗る四人。
 よくよく見れば、あのドラゴンは職場に押し掛けてきた、あの『シャムシェイド』だ。
 あのヴァンパイアも、道ですれ違って、日傘を拾ってあげた彼女に違いない。
 おまけにあのバフォメットは俺が自販機のボタンを押してあげた娘に間違いないし。
 『シャクナ』と名乗るこのエキドナは、あの電話の相手…………とまったく同じ声だ。
 
「どうしてこうなるかなぁ…………」
 
 ぼりぼりとごまかすように頭を掻いて、お冷のグラスを口に運ぶ。

 結局あの後、俺に詰め寄って来た四人に『とにかく、場所を変えて落ち着いて話そう!』と提案。
 四人はそれに頷いて………無言で俺に先導されるまま、このファミレスへと着いてきた。
 とりあえず奥まったテーブル席をお願いしたのだが…………

「はぁ…………」

 水を一口、ため息一つ。 
 ほんと、どうするかね、この状況。
 俺を挟んで向かいに4人、じっとこちらを見据えている。
 嗚呼、正直俺もこの場から逃げ出したい、わりと本気で。
 なんで俺、こんな高位の魔物娘に目を付けられてるワケ?

「おっ、おまたせしましたぁ………ホットコーヒーが二つに、ハーブティと、オレンジジュースになりますぅ…………」

 あぁ、もう涙目だよ、この娘。
 可哀想に………そう睨まないであげて………

「し、失礼しますぅ……」

 ウェイトレスが立ち去った、その時。

 
 パチンッ……!


 シャクナが静かに指をはじく。
 と、あの時と同じように、周囲の雑音一切がかき消え、場が静寂に包まれる。

「ちょ………なんだこれ………おい……」

 慌てて周囲を見渡す俺を尻目に、シャクナは優雅にコーヒーを口元へ運ぶ。

「………失礼、ちょっとした結界を張らせていただきました………ご心配なく、閉じ込めるといった類のものではございません。内外の音をすべて遮断するだけの、簡易なものでございます………」

 そして、コーヒーを一口。

「いや、なんで結界なんか…………」

「もちろん、周囲に話を聞かれないためでございます。『魔王ゼオンクロト』様………」

 また、俺のことを魔王と…………
 とりあえず、温かいコーヒーを俺も一口。
 気持ちを落ち着けたところで、軽く息を吸って。

「はっきり言わせてもらえないか? 人違いだ。俺はただの人間だし、君たちのことなんか知らない、はっきり言って迷惑なんだ。もう付きまとわないで貰えないか?」

 きっぱりと、口にした。
 その言葉に、四人全員の顔が、見るからに悲しげに変わる………。
 そして再び、口を開いたのはシャクナだった。

「やはり………記憶を失われているのですね、ゼオンクロト様…………」

「記憶って………俺は記憶喪失なんかじゃない。そりゃ孤児院出身だけど、れっきとした人間だし、記憶を失ったことも…………」

「ちがうよ、前世の記憶だ、君の、人間ではなく、魔族としての、ね…………」

 俺の言葉を制するように、ヴァンパイアが言う。

「前世…………?」

 前世………
 俺の前世………?
 それが、こいつらが俺に絡んでくる理由?

「ではまず、改めて自己紹介から始めさせていただきます。私の名はシャクナ。魔王ゼオンクロトの四天王が一人。陸海空の軍勢すべてを指揮する“魔軍総司令官”でございます」

 糸のように細い目のまま、にこりと微笑んで、シャクナが言う。

「僕は『シャルル・ド・ブラッド』、シャルロットと呼んで欲しい。魔王ゼオンクロトの四天王が一人。地の軍勢を率いる“死軍元帥”だ」

 次いで、銀髪のヴァンパイアが………シャルロットが、名乗る。

「我は……いえ、わたくしは古の巨竜シャムシェイド。魔王ゼオンクロトの四天王が一人。海空の軍勢を率いる“暴竜将軍”であります」

 そして、シャムシェイドも其れに続く。

「シャーディ………魔王ゼオンクロトの四天王が一人…………魔女たち諜報部隊を率いる“魔導参謀”………です……」

 最後に、バフォメットの少女がポツリと呟いた。

「それで………その四天王が仕えた魔王………それが俺の前世だって言いたいのか?」

 ぐい、とコーヒーを大きく口に含みながら答える。

「はい、貴方様の前世………後世において“征服王”と称された、魔界の英雄でございます………」

 そして、シャクナは、ゆっくりと語り始めた………一人の王の生き様を。
 一千数百年………正確な暦が無いため曖昧だが、そんな途方もない過去………
 今だ、人と魔が殺しあっていた時代。
 当時の魔王に対して反旗を翻し、自らが王の座を簒奪して、魔王に即位。
 そして、勇者と相討つまで…………在位期間僅か十年弱ながら、人間界を壊滅にまで追い込んだ古の魔王。
 その魔王の名は………………『ゼオンクロト』

「そう、そして君は、志半ばにして、勇者と相討ち、その目的は達せられること無く、その生涯に幕を閉じた………それでおしまい」

 シャクナの言葉の最後を、シャルロットが締めくくった。

「それが、『ゼオンクラード聖魔決戦』………そっちの世界の歴史書にも残る古の戦いの結末………ってわけか」

 話を聞いているうちにすっかり冷めきったコーヒーを、一気に煽る。
 苦い………ミルクか砂糖、入れとくんだった…………

「ええ……ですが、最後の戦いに赴く前、貴方は我々四天王だけに言い残されました………必ず、生まれ変わって帰ってくると、そう、誓ってくださいました………」
 
「閣下……」

「ゼオン……」

「ゼオンクロト、さま………」

 四人全員が、愛おしげに、優しげに、にっこりとほほ笑んで、俺を見つめる。
 だが其れは、俺に向けられたモノじゃない…………『魔王ゼオンクロト』に向けられたモノだ………

「証拠………」

「はい?」

「証拠だよ…………そっちが妄想するのは勝手だが………言い張るからには証拠があるんだろうな……?」

 冗談じゃない…………
 たまたま名前が被ったくらいで、魔王に担ぎあげられてたまるかよ………
 俺は人間だ………ましてや魔王の生まれ変わりでなんて、あるもんか………

「証拠…………かしこまりました…………お見せいたしましょう」

 驚くほどにあっさりと、シャクナは答えた。

「証拠が………あるのか?」

「ええ。貴方様の肉体に宿る魂…………其れは、明らかに人間の物ではなく、魔族の物なのです…………」

 こくりと、頷きながらシャクナは答える。 

「閣下………通常人間として生まれれば、人間としての魂を持って生まれます…………その逆もしかり、魔物として生まれれば魔物の魂を持って生まれる。しかし、人が魔に変わればその魂も魔へと変質する………其れが世界の理…………」

「………あり得ないの、です……魔の魂を、持ちながら……人間として、生まれ落ちる、など……この世界の、理に……『設定』に……背く行為……貴方は、存在自体が……矛盾……しているのです…………」

 途切れ途切れに、シャムシェイドが、シャーディが、続ける。

「何を馬鹿な………第一、俺に魂を観ることなんて…………」

「お望みとあらば、お見せいたしましょう…………」
 
 俺の言葉を遮るように、ゆっくりとシャクナが眼を開いた。
 キッと鋭く釣り上った、蛇独特の細長い瞳孔を抱く、黄金の瞳が露わになる。

「お手を…………そして、眼を閉じていただけますか?」

 ゆっくりと、此方に掌を差し出した。

「…………」

 差し出されたシャクナの手を…………握る。
 そして、促されるままに眼を閉じた。

(これは……………)

 眼を閉じているはずの眼に、視点は違えど、はっきりとした視界があった。
 その分……だろうか、それ以外の感覚が、少し霞みがかったような………そう、夢を見ている感覚に近い。

(魂をイメージ化する術を施した私の視界と、貴方様の視界を繋いでおります…………さぁ、ごらんください)

 頭の中に直接シャクナの声が響き、そして彼女は辺りを見回す…………それに従い視界が移動する。
 辺りのテーブルで夕食を獲る、家族連れやカップル………そんな人間の身体を透かし、胸に灯る蒼い炎の様な……おそらくは魂が、見える。
 レッサーサキュバスのウェイトレスや、男性の恋人と食事をする魔物娘達………そんな彼女たちの胸に灯る魂の色は、少し紫がかったように紅い。
 人が蒼で、魔が紅………ってことか…………
 灯り方の強さや、激しさに差があるのは………そのまま生命力というか、魂の強さを表しているのだろうか…………?
 シャクナの視界が元に戻る………シャムシェイドやシャルロット、そしてシャ−ディ……
 彼女たちの魂の色は、他の魔物娘よりも激しく、その色も、黒に限りなく近いほどの、深紅。
 そして、シャクナの視界が正面の……眼を閉じた俺を見据える…………
 俺の胸に燃え盛る魂は…………
 激しく、渦巻くほどにうねりを上げ、その色は、深紅すらも通り越した、暗い暗い光さえ飲み込む、禍々しき漆黒の炎…………

「…………………っ!!」

 はねのける様にシャクナの手を振り払って、眼を開く。

「っは! っぁ…………あ………っあ……!」

 呼吸が、乱れる、息が、苦しい。
 二、三度、大きく息を吸って、乱れた呼吸を落ち着ける。
 なんだ、一体何なんだ!?
 あれが………俺の魂!?
 どす黒く、あんなにも禍々しく燃え盛る、魔王の………魂。
 こんな映像、幻覚か、作りものだと、まだ反論することもできた。
 だが、本能が、俺自身の心が、其れを事実だと、認めてしまった、認識してしまった。
 俺自身の魂が、これが自分自身の姿だと受け入れている。
 いくら頭で否定しようと、心の中では受け入れるしかなかった。
 俺は、魔王の、生まれ変わりであると…………。

「一度魔王となった者は、繋がりの強弱はあれど、すべての魔物とリンクする………現魔王が良い例だ。サキュバス種である彼女の影響によって、すべての魔物は女性化し、淫魔としての性質を併せ持つ事になった………対して、魔王であった頃の君の影響は極めて小さかったな………精々、自分の意思を伝達する、簡易なテレパシー程度のものだった………だが、僕たち4人だけは違った………君が魔王化する前から行動を共にしていたせいだろうか、上手くは言えないが………魂が繋がっていた感覚があった………絆、とも呼べるだろうね………だから、解る。君の魂は、ゼオンクロトの物に間違いないと、我々の魂が訴えてくるんだ…………」

 そう、諭すように、言い聞かせるように、シャルロットが言葉を紡ぐ。
 
「じゃあ、今の俺は? この俺の存在はなんなんだ!? 前世の記憶を取り戻せってことは…………今の俺に消えろっていう事じゃないのか?」

 思わず、テーブルに拳を叩きつけて叫んでいた。
 今の自分は、一体何なのか、記憶を失った魔王? 魔王の生まれ変わり? 記憶が戻るまでの仮初の自我?
 『俺』という存在は………一体何なのか……
 生まれて初めて『自分』という存在が、アイデンティティが崩壊しようとしていた。

「それに、だ………既に魔界には魔王が居る………なのに今更俺を担ぎ出して………魔王軍は一体何をするつもりなんだ……?」

 昔の魔王を今更呼び寄せなければならないほど、戦局が傾いている筈は無いのに………

「我らは、魔王軍ではございません…………我らだけで、魔王ゼオンクロトの帰還を信じ、独自に動いております…………」

 ポツリと、シャクナが答える。

「そう、僕たちは魔王ゼオンクロトの目指した“夢”と、その“夢の果て”を信じ、動いている一派………とでも言ったところかな」

「わたくしが忠誠を誓ったのはゼオンクロトであり、魔王の称号ではございません。貴方を信じ、転生を待つのは当然のこと…………」

「……………………(コクリ)」

 三人も其れに続く。

「要は、魔界の権力争いかよ………たとえそうだとしても………関係無い、俺は俺だ! 俺は是音黒斗………魔王ゼオンクロトじゃない! 前世で俺がどう言ったかは知らないが………今の俺は人間なんだ! 魔界の争いに巻き込まないでくれ!」

 テーブルに顔を伏せ、思ったままに言葉を吐く。
 頭の中が混乱して、上手く纏まらないまま口に出す。

「かしこまりました………ですが、貴方様は極めて不安定なのです………人間の肉体という脆弱な器に、魔王の魂という莫大なエネルギーの塊が無理やり収められている………いつ崩壊が始まっても、おかしくは無いのです………」

 何を馬鹿な…………
 俺は極めて健康そのものだ。
 会社の健康診断だって、毎年異常無しで通ってきてる………
 今までも、これからだって、きっとそうだ………

「お願いです、貴方様の御身体が心配なのです、せめて、お傍に…………」

 食い下がるシャクナに対し、俺は顔を伏せたまま、テーブルの上で握っていた両拳を解いて、だらんと両腕を下げる。
 もう、どう踏ん張っていいかすらも分からず、脱力感だけが襲ってくる。

「もう………頬っておいてくれ………頼む…………俺に日常を返してくれ…………訳わからねぇんだよ、もう………」

 テーブルに顔を伏せたまま、小さく、絞り出すように、そう告げた。
 
「…………かしこまり、ました…………」

 そう、悲しげに呟く声が聞こえ、ガタガタと、立ち上がる音が聞こえ…………
 やがて、結界によって遮られた周囲の雑音が戻ってくる。
 顔を上げると、もうあの4人は姿を消していた。
 すっかり温くなったビールと冷え切った幕の内弁当をぶら下げ、俺もファミレスを後にした。
 これで、日常が帰ってくると、確信の無い希望を抱きながら………
 











 コツ、コツ、コツ、コツ……
 
 静かに、黒斗一人の足音が響く。  
 彼ののアパートまで、2、30メートルほどの路地裏。
 人通りの少ない裏通りであり、ちょうど街灯も途切れ、辺りが闇に包まれる。
 その背後………闇の中から溶け出すように、人影が姿を現す。
 黒斗は、全く其れに気が付いた様子は無い。
 体つきから察するに男性だろうか、その手には、鈍器と思しき大柄の十字架が握られていた。
 その影は、静かに胸の前で十字を切ると、音も無く、黒斗の背後へ近付き、静かに十字架を振り上げる。

 
 グッシャアッ!!
 

 何かが叩き潰される鈍い音が、路地裏に響いた。 


 To be continued……
11/07/08 00:31更新 / たつ
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■作者メッセージ
一週間ギリギリになってしまいましたが何とか第弐章、お届けできました………
第零章はもう少しお待ちください。
なお、私事ではありますが、7月中は仕事が忙しくなり、一週間に一回の更新が限度かと思われます、ご了承ください。
では、また次回!

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