デューナ・ダラン
「“ウリエル”、シュート」
最初に動いたのは、ファリスだった。
真っ白に輝く炎の玉が瞬時にファリスの前に展開され、私に向かって飛んでくる。
「“崩拳”!」
当たれば一瞬で灰燼と化すであろう白炎球に、私は消し飛ばすつもりで高練度かつ大量の氣を纏わせた拳を放つ。が、やはりというか、白炎球は勢いが衰えることなく軌道のみを逸らして地面に当たり、爆発した。
……やっぱり、10割を維持しないと防げないか。わかってはいたけど、やっぱり長期戦はできないわね……
まだ二桁回数分の10割技を使うだけの気力はあるから大丈夫だけど、それでも乱発はしたくない。スキルを使うということは、回復するとは言っても命を削っているのと同義だ。使いすぎは死を招く。
さて、どうやったらあの子を気絶させられるのかしら……?
考えていると、悠長に対策を立てる暇を与えないように、ファリスの攻撃が襲いかかってきた。
「ボム、ラピッド、ウォール」
「チッ……!」
初撃は私の足元から。一度赤い光が一点に収束されたあとに、狭い範囲での白い爆発が起きる。
無論、収束が始まった瞬間から私はその場所から飛んで離れて回避したけど、生身で当たれば消滅は免れない。
ファリスの魔術はすべて範囲を狭めている代わりに、非常に高い威力となっている。例え高練度の氣を鎧のように纏っても、当たれば完全に剥がされてダメージは免れない。
スキルはあまり乱発したくはないから、全部避けないと……
そんな風に考えながら、爆発を完全に回避したのを確認し、瞬時に次の攻撃に意識を切り替える。
たしか、順番はボム、ラピッド、ウォールだったはずだ。なら次の攻撃は、ファリスの方からくるわね……でも、注意するのはそれじゃない……
予想通り、ボムを避け切った私に向かって、ファリスは細かい白炎弾を連射してきた。
マシンガンのように飛んでくる白い火の弾は、当たれば穴を空けられるのは確実。当たるわけにはいかない。幸い、性質や弾速は普通のそれと変わらないため、ファリスを中心に円を描くように走れば避けるのは容易い。問題は、ここからだ。
さて……いつ、くる?
しばらく、ファリスの放つ白炎弾を避け続けていると、一瞬だけ、私の目の前が白く光る。
来た……!!
その瞬間を見逃すことなく、私は少し無理な態勢をとってでもファリスから離れる方にその場から進まずに方向転換し、走る。
その瞬間、ヒュボッ!という音と共に光と見まごうほどに輝く炎の柱が私のすぐ横で立ち上がった。
「っ〜!」
直撃はしなかったものの、氣で張っていた装甲が足りなかったのか腕の肌が一部かすって焼けた。
肉を焼く激痛に叫びそうになるが、そこで止まったら次の攻撃を防げなくなるかもしれないため、ここは耐えるしかない。
一応、先ほど走って避け続けていた連射を警戒していたのだが、炎の柱が発生すると同時に、それは放たれなくなっていた。
よし、ここで……攻める!
ファリスが次の行動に移る前に、私は全開の縮地で彼女との距離を一気に詰め、そして構える。
最初に放ったあの一撃とは違う。丁寧に構えを取り、力を溜め、体のバネを使って放つ、まさに渾身の一撃。
構える手は、手刀。
「“神罰の矢”!!」
今放てる一撃の中では恐らく最も威力の高い一撃。当たれば、多分決着する。
しかし、その一撃がファリスに届くことはなかった。
技を放つ直前に、私の腕がまるで鉛にでもなったかのように重く感じた。……いや、腕が鉛のようになったのではない。正確には、勢いを殺されているのだ。
ぐ、ぐぐ……と腕がファリスに向かうごとに、蜘蛛の糸に絡み取られたように手刀の動きが鈍くなる。同じく、放たれた“神罰の矢”の速度も遅くなっていく。
でも、この勢いなら届く……!
……その考えは、甘かった。
あと少し、あと少しで届くというところで……矢の先端が、潰れた。まるで、なにかに当たったかのように。
そのまま、直進していく矢は何かに阻まれ、勢いを失ってパンっと弾けるようにして消える。それは、私が最初に放った矢と同じ消え方だった。
ちっ、やっぱり二重構造の防御機構か……
普通の、防壁としての防御魔術だけならば、どんなに強力なものでも私の10割の攻撃の前には土塊と一緒。簡単に吹き飛ばせる。それはファリスのものでも例外ではない。それだけの威力が、私のスキルにはある。
でも、今のファリスが使っている緩衝系の魔術と組み合わされると、話が変わってしまう。あの魔術は、私のスキルとの相性が悪い。
「チッ!」
「……“ガブリエル”、ジェイル」
とりあえず、このままここにいるのはまずい。私は攻撃が届かなかった悔しさで舌打ちしつつも、また縮地を使ってファリスと距離を置く。
離れたちょうどその時に、ファリスはさっきまで私のいたところを向いて、巨大な氷の箱を出現させていた。……判断が一瞬でも遅かったら、捕まってたわね……
ともかく、渾身の一撃でもファリスの壁を抜けることは不可能なことがわかった。なら、どうするか。ファリスの行動に注意しながら、私は策を練る。
すぐに攻撃してくると思ったのだが、ファリスが攻撃する様子は見られない。長考、おそらく向こうも首輪が策を計算しているのだろう。……これは、ちょうどいい。すこしじっくり考えてみるとしよう。
まず、一番厄介なのはファリスのあの防壁と緩衝、二重の防御機構だ。……どんな技も、インパクトとスピード、両方あって威力が高い攻撃となる。普通の防御障壁は前者を軽減しようとするが、それは攻撃を受けて軽減するため、私の使うスキルなど、異常な威力の攻撃を防げない。しかし、緩衝系の防御魔術ならどうか?緩衝系はインパクトではなく、スピードを軽減する。しかも、実体のある壁の術ではないため、術式が簡単に壊れることもない。どんな攻撃……特にスキルのスピードは、生身の肉体である限り、絶対値が決まってしまう。魔術などで補強しようとしても、それには体がそのスピードに耐えられるように保護したりとインパクト強化の何倍もの魔力や氣を使わねばならない。ならばインパクトの強さが頭打ちにならない限り、そっちを強化した方が効率的だろう。そして実際に、その考えが一般的に広がっている。魔術であれなんであれ、威力強化と言えばインパクト強化がほとんどである。そんな考えの穴を、緩衝系はついている。スピードを打ち消してしまえば、どんな攻撃も威力がなくなってしまう。例え完全に止められなくても、容易に回避することもできるし、さっきみたいに防御障壁で防ぎ切ることもできるようになる。非常に、厄介な魔術だ。
……それなら、すべての防御魔術で緩衝系を採用すべきではないかという意見もあるだろうけど、そうは問屋が降ろさない……って、あの子は言ってたっけね。なんでも、緩衝系の魔術はあの子のオリジナルであり、消費する魔力量と純度、行使するための魔術技術、どちらも平均的な魔術師が使うには高すぎるらしい。……っと、いけない、考えがそれたわね……
今はどうやって私の攻撃をあの子に通すのかを考えないと……
あの子の防御魔術を魔術でどうにかする知識も魔力も私にはない。あくまで私は格闘戦特化の戦略級天使だ、魔術はどうにもならない。なら、自分持っている力でどうにかするしかない。
さっきの攻撃で足りなかったのは一つだけ。ファリスの防御魔術を通るほどのスピード、それが足りなかった。なら、スピードを補う攻撃方法を取るべきだ。今思いつくことのできた策は一つ。連撃を一点に集中して放つこと。釘を打つのと同じだ。板に当たった時に力が加わらなくても、その頭を叩いて追加の力を加えればいい。いくら緩衝の魔術でも、同じ場所への連撃を止めることはできないだろう。しかし、それを行うためには、あの子の隙をつかなくてはならない。連撃を放つということは、その場に留まることでもある。もしファリスに反撃の余裕がある状態で放ったら、あの子の魔術の餌食だ。
……よし、策は決まった。あとはあの子の隙を……
「…………“ミカエル”、チャント」
……策が決まったと思ったら、なにやらやばい単語が聞こえた。
もしかしてあの子、チャントって……聖歌って、言った?
「せっかく策立てたのにそれ使うの!?」
「_________」
私が文句を言ってる間に、ファリスは歌い出す。
透き通るような、染み渡るような美しい歌声。
信者も歌う、私たちにとって馴染み深い歌。
しかし今その歌に“侵食された”空間は、地獄と化す。
変化は、まず私の頭上から訪れた。
「っ!」
「_____」
ピリピリと悪寒を上から感じた私が大きく後ろに跳ぶと、そこに雷が落ちてきた。……いや、私のいたところだけではない。彼女の歌が届く範囲一帯に、次々と雷が落ちてきていた。
……変化は、それだけではない。
無作為に落ちてくる雷を避け続けていると、今度は地面が白く光り始める。地面の光が一定の範囲まで広がると、その光から、まるで火山の噴火のように雷の柱が立ち昇った。最初に立ち昇った一本を皮切りに、次々と地面の光が増えていく。
「まったく……隙なんて少しもありはしないわね……」
「__________」
愚痴りながら地面と空、両方に注意して雷撃を避けていくが、ファリスはさらに、攻撃を追加してきた。
パリッ、パリパリッと嫌な音を、私の耳が捉える。なにかしらと気になって、ちらっとファリスの方を見てみると……十個ほどの、大きな雷球が……
「ちょっとちょっと、まさかとは思うけど……!?」
嫌な予感とは、いつの世もよく当たるものである。
ファリスの出した雷球は、ファリスの甲高くなった歌の音程と共に、私に向かって飛んできたのだ。
……無論、ただ飛んできたくらいでは例え天と地から雷が襲ってこようとも私は回避できる。当然私は他の攻撃に注意しつつも後ろに飛んで雷球の軌道から外れる。
でも、その雷球は、ただまっすぐ飛ぶような、“シュート”や“ラピッド”ではなかった。
地面、または雷球同士でぶつかり合う、と言ったところで、すべての雷球はピタッと停止する。
どうくるか……!?興奮で時間が若干引き伸ばされた感覚を持ちながら、警戒してジッと雷球の出方を見る。
雷球は……バッと一斉にその場から散開して、もう一度私に向かって飛んできた。
「やっぱりかっ!ああもう厄介ねっ!!」
不規則に落ちる雷に、同じく不規則に立ち上る雷柱、そして私を追尾しかつ地面や互いにぶつかったりすることのない高機動型雷球……まさに、地獄絵図だ。
天と地からの攻撃に当たりやすくなりそうではあるが、雷球に直撃するよりはマシだ、と私は意を決して空中に飛び上がり、高速飛行を行って雷および雷柱を躱しながら雷球と距離をおいた。
“熾天使の歌声”
それが今ファリスが使用している、彼女の魔術の中でもっとも厄介な代物だ。
彼女の歌、放つ声、仕草……様々な要素すべてに、魔術的意味を付加して、歌が終わるまで攻撃を恒久的に発動し続ける魔術……
ただし、彼女の魔術的特性から、放つ魔術の属性は一つだけ。
彼女は、四大天使をメタファーとして四つの属性を使役するもののみを扱う。
ウリエルの火
ガブリエルの氷
ミカエルの雷
ラファエルの風
その四つの属性しか使えないがしかし、威力、発生速度、魔力効率、あらゆる面において普通のそれと比にならないレベルとなっている。しかも、一度一つの魔術を発動すれば、同じ属性であれば術の形状を宣言するだけで発動する……例えば、戦闘開始時にファリスが使ってきた、“ウリエル”の宣言のあとの魔術、シュート、ボム、ラピッド、ウォール、そのすべてが火の属性だった。しかし、“ガブリエル”の宣言のあとの魔術、ジェイルは氷……戦って生き残っていれば、説明されなくてもなんとなく法則はわかるはずだ。
……話は逸れたけど、今の状況において重要なことは、あの魔術、特に今のチャントは隙が少ない、ということだ。……とりあえず今の私にできることは、この雷撃地獄から生き抜くこと。
落ちる雷を、昇る雷柱を、迫る雷球を、見て、聞いて、感じて、私は避け続ける。
でもこのままだといずれ当たるわね……雷球の速度、少しずつだけど上がってきてるし……
「……落とすか」
そう決めて、私はチラッと雷球の数を確認する。……数は11、おそらく一個ずつ落とそうとしたら他のに取り囲まれて即お陀仏だろう。
なら、一気に落とせばいい。他の10割技と比べて精神集中や肉体保護もしないといけないから消費がかなり高いんだけど、まぁ、しょうがない。細かい調整と高い威力、その両方を兼ねているのはあれしかない。
少しずつ飛ぶスピードを落としながら、攻撃を回避されないよう、雷球との距離を詰め、氣を全身に行き渡らせる。そして、雷球との距離がここ、というところで、氣を解き放つ。
「“ダンスマカブル”!!」
少し前の、教団師団員を戦闘不能にするために放ったあの技をもう一度、今度は魔術を落とすために放つ。
ゆっくりと時間が遅くなっていく中、私は羽を動かしすぎて上昇しないよう注意しながら雷球の方を向く。ううん……羽が千切れないようにするためとはいえ、やっぱり飛びながらのこれは面倒ね……でも、やらないと死ぬかもしれないんだからしょうがない。
反動も考慮して、狙いを定め、雷球一個につき10発ずつ、鋭い氣の刃を放った。あまり多くはないが、飛びながら放つのは難しいし、なにより多くの氣を体に回すだけの時間がなかったのだから仕方が無い。
解き放った氣を使い果たし、時間が元の速度に戻る。放った約100の刃は、雷球をやすやすと引き裂き、消滅させた。
……なんだ、この分なら一発ずつでよかったわね……
そんなことを考えたのだが、一つだけ、刃を逃れた雷球があった。それは刃に当たる直前に急上昇して回避して、また私に向かって飛んでくる。
くそっ、なんて反応の速さよ!
まぁしかし、残りは一つ。落とせないことはない。ここは……よし、予行練習とでもいきますか。
そう考えて、私は向かってくる雷球を抜き手を構えて迎える。使うスキルは多段攻撃が可能なもの。本来は広範囲への攻撃を目的としているが、今回は一発一発を線を結ぶようにして放つ。
避けられないよう、十分に引きつけてから……
「“スティグマ”!!」
振り抜いた腕から放たれたのは、私の腕の長さほどの細い円錐形の氣弾。それ自体には“神罰の矢”ほどの量はない。普通の生物にとっては十分以上の威力とはいえ、私の10割技の中ではもっとも弱い攻撃だ。
……しかし、このスキルは、一発氣弾を放つだけのものではない。
最初に放たれた氣弾にぶつかるように、もう一発、振り切った腕から同じ形の氣弾が放たれる……いや、二発放たれただけではない。二発目を追うように三発目、三発目を追うように四発目……素早く、次々と氣弾が放たれて、鎖状に氣弾が連なってその飛距離を、速度を、大きくする。
約100発。それが技を放って終わる一瞬の間に放たれる氣弾の数。
一瞬の間にまるで五月雨のように針状の氣弾を降らせるスキル、“刹那五月雨撃”をベースにした、私の10割技、“スティグマ”。
これで、ファリスの防御魔術を破る!
……でも、その前にあの雷球を破らなければならない。いやまぁ、もうすでにそれは完了しているわけだけどね……
放った鎖状の氣弾は、見事雷球を貫いて、その魔力を散らせていた。流石は“ダンスマカブル”に次ぐ速度を持つスキル。硬さのないものであれば一瞬か。……いや、硬さがあったとしても、おそらくは……
とりあえず、今は向こうの攻撃に注意を……
と、思ったのだけれど、いつの間にやら、ファリスの歌声と、それに伴う雷の地獄が、なくなっていた。
代わりに、ファリスの目の前に、私が最初視認した時にあった、あの白い魔術陣が展開されている。
「ここらが……勝負時、ね」
“セラフィム”
威力のみを考えれば、ファリス最強の消滅魔術。
彼女の持つ4つの属性を一つの魔術陣に混ぜ合わせ、反発させて暴走させることで膨大なエネルギーを光線状に放つ魔術である。
その光は、どの属性にも属さず、何者であろうとその光の前には塵も残さず消え去る。向こうでは、その光の美しさと悪を滅する威力から、“浄化の光”と呼ばれてた。
しかし、あれには4つの属性の魔力を均等に魔術陣に込め、暴走した魔力に方向性を持たせるために多くの時間がかかる。
……だから、今のうちに、仕留める。
失敗すれば、私はおそらく“セラフィム”に飲まれて消えてしまうだろう。でも、躊躇している時間はない。あれを回避するのは至難の技だし、弾くことなんて論外である。どうあっても、今の私にはあの子を止めるためのなにかをしなくてはならないのだ。
「……さぁ、いくわよ……!」
覚悟を決めて、私は腕に氣を集中させながら、縮地でファリスの真後ろを陣取り、抜き手を構える。
さぁ、これで終わりよ……
「“スティ……”」
腕を振る動作の中で、私は見た。
ぐるん、とファリスが振り向き、私の目を合わせるのを。
……ファリスは、スキルを放とうとする私のことを、補足していた。
……いや、まだだ!
ファリスが“セラフィム”を放つのにはまだじかんがある。あれを放たれる前に、通せば……
そんな私の考えは甘く、簡単に握り潰されてしまった。
……ファリスがこちらを向いた時、すでに“魔術陣は霧散して消えていた”。つまり、ファリスは別の魔術で攻撃することができるのだ。そして私はすでにスキルのモーションに入っていて、キャンセルすることはできない。……回避することは、できない。
「……“ラファエル”……」
死刑宣告のように、ゆっくりとファリスの声が耳に入ってくる。
……ああ、ローラン、ごめんね。お姉ちゃん、どうやら家に帰れないみたい……
ファリスも、ごめん。また、助けられなかったね……
二人に心の中で謝っていると、頭の中で、今までの出来事が思い返される。
向こうで必死になって頑張った時、始めてこっちに降りてきた時、ローランと出会った、ファリスを救えなかったあの時、ラインでの日々……そして、今。
ああ、まだ、死にたくないな……
でも、もう駄目だ。
なにかない限り、私は、死ぬ。
さぁ、覚悟しよう。
私は……
『よし!やっと繋がっ……っ!再現“インフィニティ”!!』
覚悟を決めようとしたその時に、不意に透明な光の壁が、私とファリスの間に展開された。
「……ショット」
「“……グマ”!!」
その一瞬あとに、私のスキルと、ファリスの魔術が、透明な障壁にぶつかる。
一瞬、かなり重い手応えを感じたが、すぐに透明な障壁はガラスが割れるように壊れ、私たちの攻撃がそれぞれに当たる。
鎖状の氣弾は、ガガガガガガッと、なにかを削り取っているかのように激しい音を立てながら、ファリスの肩に向かって突き進んでいく。
一方でファリスの放った風の散弾は、まるで壁となって押しつぶすように私の前面に満遍なく当たる。
ファリスの攻撃によって、私は大きく後ろに吹き飛ばされてしまうが、“スティグマ”の影響は継続する。激しい音を立てつつ、速度を落とされつつ、後ろから新しく放たれる氣弾に押されてさらに先に進む。
そしてついに、氣弾の先端が、ガンッ!と大きな音を立てて止まった。
……ファリスの防御魔術は、破ることができなかった。
「そん……な……かはっ!?げほっ、げほっ!」
ファリスの防御魔術を破れなかったという事実に、私は地面に転がりつつもショックを受ける……が、すぐに身体中が激痛に襲われ、吐血してしまい、そんなことを感じる余裕がなくなった。
『おいおい嘘だろ……完全防御障壁を使ったのに……!!デューナさん、無事ですかっ!?』
「大丈夫じゃ……ないわよ……!でも、ありがとう。助かったわ」
星村の問いになんとか答えながら、私はよろよろと立ち上がる。
……くそっ、助かったには助かったけど、これじゃまともに動けないわね……
『すみません、あなたがあの天使と接触した時に、なぜか通信が切れてしまって……ともかく、その状態での戦闘は危険です!急いで回収しま……』
「いえ、まだ、帰れないわ」
『なぜですか!?』
「あの子は、今救わないと、駄目なのよ」
じゃないと、またあの子は教団でやりたくもない仕事をさせられる……!
「これは、罪滅ぼし、なんだと思うわ。あの時、ローランを選んで、あの子を救わなかったことへの」
……あの時の選択を、ローランを連れて逃げる、という選択をとったことを間違っているとは思わない。でも、それでも後悔はしているのだ。あの時、ファリスを救えていれば、と。
そして今、私の目の前には、ファリスを救う、たぶん最後のチャンスがある。だから……
「だから、やらせてちょうだいな。あの子だけは、今、救わせてちょうだい」
とは言ったものの、星村が強引に私を回収しようとしたら、私はそれに抵抗することはできない。それくらい、精神的にも、肉体的にも、参ってきている。
……でも星村は、私の気持ちを尊重してくれた。
『……わかりました。こちらも可能な限り協力します』
「……ありがとう。でも、助力の必要はないわ。勝つ算段はついてる」
そう言いながら、私は右腕に氣を練って集中させながら、ファリスに向かって歩いて近づいていく。縮地は使わない。それを使うことによる氣の消費が、もったいないからだ。
対するファリスはというと、確実に止めを刺すつもりなのか、“セラフィム”の魔術陣を展開している。
勝負は、私が攻撃射程にたどり着くのが先か、ファリスの“セラフィム”の発動が先か、それにかかっている。
私の攻撃が防御魔術を破らない、という心配はない。今度こそ、破る。
そのために私は、自分の身体を捨てる覚悟を決めたのだから。
私の、最初で最後の技。
……さっきまで私の使っていた10割の技は、すべて“反動がこないように体を厳重に保護した状態で放ったもの”だ。あの威力の攻撃を生身で放とうものなら、反動でどこかしら体が壊れる。
しかし同時に、10割技は、その状態において最も威力の高い攻撃である。インパクトによる威力はすでにそれ以上上がることはないし、スピードも、あれ以上上げれば、肉体保護に必要な氣を確保できなくなる。
だから私は、身体を保護することをやめる。
すべての氣を攻撃に回して、身体の保護は最小限……攻撃が当たるように右拳が壊れないようにするだけ……に抑える。
反動のことは、考えない。死ぬ気はないけど、腕の一本、身体の半分くらい、くれてやる。
右腕に、今まで溜めたことのないほど高練度、そして大量で密度も高い氣の塊がまとわりつく。まるでそれ自体が光となったかのように、私の右腕は真っ白な光を放っていた。
……懐かしいわね。すごい久しぶりに、この技を使うわ。
……私が戦略級天使となる前の、死に物狂いの修行時代には、これをよく使って、いつも身体をボロボロにしたものだ。
でも、これを使う時は、いつも成功を手にしている。……今回も、きっと、いや絶対に、ファリスを助けられる。
ついに、私の射程範囲に、ファリスが入った。距離は、本当に近い。目と鼻の先に、“セラフィム”の魔術陣がある。もうすぐ発動できるのか、魔術陣は私の右腕と同じような光を放っていた。でも、それを見ても私は恐怖心を持たなかった。もう、準備はできている。取る行動は、一つだけ。
構えもなく、力も入れ過ぎず、ただ、右の拳を握って、腕を引いて、左足を一歩踏み出して、そして、ファリスに向かって拳を突き出す。
「……“壊世”……」
右腕からほとばしる真っ白な光に飲まれ、“セラフィム”の魔術陣も、防御魔術も、そよ風に吹かれた葉っぱのように、剥がれて消えた。
防御魔術の影響か、それとも私の氣がなくなったのか、全く氣を纏っていない素の腕が、氣の勢いに引っ張られ、ファリスの鳩尾にめり込む。
ほとばしる光が消え、くの字に曲がったファリスの動きがなくなり、そして、傀儡輪の稼働を示していた紫色の光の首輪が消えた。
……戦いが、終わった。
フッ、と地面に落ちかけたファリスの身体を、私は左腕で抱きしめて支える。
「……お帰り、ファリス」
意識の戻らないファリスに、私は言う。
さぁ、あとはこの子を連れて帰る……
パァン!!
考えていると、そんな大きな音が近くで聞こえて、私の体がファリスと一緒に地面に倒れた。なにが起きたのかは、わかっている。
……ああ、もうちょっとこれがくるまでラグがあると思ったんだけどなぁ……
『……デューナさん?デューナさん!どうしたんですか!?しっかりしてください!!』
あー、ごめん星村、答えるだけの余裕がある状態じゃないや……
この子の回収とか、いろいろ……
たのん……だわ……
………………
その言葉を最後に、私は意識を落とした。
最初に動いたのは、ファリスだった。
真っ白に輝く炎の玉が瞬時にファリスの前に展開され、私に向かって飛んでくる。
「“崩拳”!」
当たれば一瞬で灰燼と化すであろう白炎球に、私は消し飛ばすつもりで高練度かつ大量の氣を纏わせた拳を放つ。が、やはりというか、白炎球は勢いが衰えることなく軌道のみを逸らして地面に当たり、爆発した。
……やっぱり、10割を維持しないと防げないか。わかってはいたけど、やっぱり長期戦はできないわね……
まだ二桁回数分の10割技を使うだけの気力はあるから大丈夫だけど、それでも乱発はしたくない。スキルを使うということは、回復するとは言っても命を削っているのと同義だ。使いすぎは死を招く。
さて、どうやったらあの子を気絶させられるのかしら……?
考えていると、悠長に対策を立てる暇を与えないように、ファリスの攻撃が襲いかかってきた。
「ボム、ラピッド、ウォール」
「チッ……!」
初撃は私の足元から。一度赤い光が一点に収束されたあとに、狭い範囲での白い爆発が起きる。
無論、収束が始まった瞬間から私はその場所から飛んで離れて回避したけど、生身で当たれば消滅は免れない。
ファリスの魔術はすべて範囲を狭めている代わりに、非常に高い威力となっている。例え高練度の氣を鎧のように纏っても、当たれば完全に剥がされてダメージは免れない。
スキルはあまり乱発したくはないから、全部避けないと……
そんな風に考えながら、爆発を完全に回避したのを確認し、瞬時に次の攻撃に意識を切り替える。
たしか、順番はボム、ラピッド、ウォールだったはずだ。なら次の攻撃は、ファリスの方からくるわね……でも、注意するのはそれじゃない……
予想通り、ボムを避け切った私に向かって、ファリスは細かい白炎弾を連射してきた。
マシンガンのように飛んでくる白い火の弾は、当たれば穴を空けられるのは確実。当たるわけにはいかない。幸い、性質や弾速は普通のそれと変わらないため、ファリスを中心に円を描くように走れば避けるのは容易い。問題は、ここからだ。
さて……いつ、くる?
しばらく、ファリスの放つ白炎弾を避け続けていると、一瞬だけ、私の目の前が白く光る。
来た……!!
その瞬間を見逃すことなく、私は少し無理な態勢をとってでもファリスから離れる方にその場から進まずに方向転換し、走る。
その瞬間、ヒュボッ!という音と共に光と見まごうほどに輝く炎の柱が私のすぐ横で立ち上がった。
「っ〜!」
直撃はしなかったものの、氣で張っていた装甲が足りなかったのか腕の肌が一部かすって焼けた。
肉を焼く激痛に叫びそうになるが、そこで止まったら次の攻撃を防げなくなるかもしれないため、ここは耐えるしかない。
一応、先ほど走って避け続けていた連射を警戒していたのだが、炎の柱が発生すると同時に、それは放たれなくなっていた。
よし、ここで……攻める!
ファリスが次の行動に移る前に、私は全開の縮地で彼女との距離を一気に詰め、そして構える。
最初に放ったあの一撃とは違う。丁寧に構えを取り、力を溜め、体のバネを使って放つ、まさに渾身の一撃。
構える手は、手刀。
「“神罰の矢”!!」
今放てる一撃の中では恐らく最も威力の高い一撃。当たれば、多分決着する。
しかし、その一撃がファリスに届くことはなかった。
技を放つ直前に、私の腕がまるで鉛にでもなったかのように重く感じた。……いや、腕が鉛のようになったのではない。正確には、勢いを殺されているのだ。
ぐ、ぐぐ……と腕がファリスに向かうごとに、蜘蛛の糸に絡み取られたように手刀の動きが鈍くなる。同じく、放たれた“神罰の矢”の速度も遅くなっていく。
でも、この勢いなら届く……!
……その考えは、甘かった。
あと少し、あと少しで届くというところで……矢の先端が、潰れた。まるで、なにかに当たったかのように。
そのまま、直進していく矢は何かに阻まれ、勢いを失ってパンっと弾けるようにして消える。それは、私が最初に放った矢と同じ消え方だった。
ちっ、やっぱり二重構造の防御機構か……
普通の、防壁としての防御魔術だけならば、どんなに強力なものでも私の10割の攻撃の前には土塊と一緒。簡単に吹き飛ばせる。それはファリスのものでも例外ではない。それだけの威力が、私のスキルにはある。
でも、今のファリスが使っている緩衝系の魔術と組み合わされると、話が変わってしまう。あの魔術は、私のスキルとの相性が悪い。
「チッ!」
「……“ガブリエル”、ジェイル」
とりあえず、このままここにいるのはまずい。私は攻撃が届かなかった悔しさで舌打ちしつつも、また縮地を使ってファリスと距離を置く。
離れたちょうどその時に、ファリスはさっきまで私のいたところを向いて、巨大な氷の箱を出現させていた。……判断が一瞬でも遅かったら、捕まってたわね……
ともかく、渾身の一撃でもファリスの壁を抜けることは不可能なことがわかった。なら、どうするか。ファリスの行動に注意しながら、私は策を練る。
すぐに攻撃してくると思ったのだが、ファリスが攻撃する様子は見られない。長考、おそらく向こうも首輪が策を計算しているのだろう。……これは、ちょうどいい。すこしじっくり考えてみるとしよう。
まず、一番厄介なのはファリスのあの防壁と緩衝、二重の防御機構だ。……どんな技も、インパクトとスピード、両方あって威力が高い攻撃となる。普通の防御障壁は前者を軽減しようとするが、それは攻撃を受けて軽減するため、私の使うスキルなど、異常な威力の攻撃を防げない。しかし、緩衝系の防御魔術ならどうか?緩衝系はインパクトではなく、スピードを軽減する。しかも、実体のある壁の術ではないため、術式が簡単に壊れることもない。どんな攻撃……特にスキルのスピードは、生身の肉体である限り、絶対値が決まってしまう。魔術などで補強しようとしても、それには体がそのスピードに耐えられるように保護したりとインパクト強化の何倍もの魔力や氣を使わねばならない。ならばインパクトの強さが頭打ちにならない限り、そっちを強化した方が効率的だろう。そして実際に、その考えが一般的に広がっている。魔術であれなんであれ、威力強化と言えばインパクト強化がほとんどである。そんな考えの穴を、緩衝系はついている。スピードを打ち消してしまえば、どんな攻撃も威力がなくなってしまう。例え完全に止められなくても、容易に回避することもできるし、さっきみたいに防御障壁で防ぎ切ることもできるようになる。非常に、厄介な魔術だ。
……それなら、すべての防御魔術で緩衝系を採用すべきではないかという意見もあるだろうけど、そうは問屋が降ろさない……って、あの子は言ってたっけね。なんでも、緩衝系の魔術はあの子のオリジナルであり、消費する魔力量と純度、行使するための魔術技術、どちらも平均的な魔術師が使うには高すぎるらしい。……っと、いけない、考えがそれたわね……
今はどうやって私の攻撃をあの子に通すのかを考えないと……
あの子の防御魔術を魔術でどうにかする知識も魔力も私にはない。あくまで私は格闘戦特化の戦略級天使だ、魔術はどうにもならない。なら、自分持っている力でどうにかするしかない。
さっきの攻撃で足りなかったのは一つだけ。ファリスの防御魔術を通るほどのスピード、それが足りなかった。なら、スピードを補う攻撃方法を取るべきだ。今思いつくことのできた策は一つ。連撃を一点に集中して放つこと。釘を打つのと同じだ。板に当たった時に力が加わらなくても、その頭を叩いて追加の力を加えればいい。いくら緩衝の魔術でも、同じ場所への連撃を止めることはできないだろう。しかし、それを行うためには、あの子の隙をつかなくてはならない。連撃を放つということは、その場に留まることでもある。もしファリスに反撃の余裕がある状態で放ったら、あの子の魔術の餌食だ。
……よし、策は決まった。あとはあの子の隙を……
「…………“ミカエル”、チャント」
……策が決まったと思ったら、なにやらやばい単語が聞こえた。
もしかしてあの子、チャントって……聖歌って、言った?
「せっかく策立てたのにそれ使うの!?」
「_________」
私が文句を言ってる間に、ファリスは歌い出す。
透き通るような、染み渡るような美しい歌声。
信者も歌う、私たちにとって馴染み深い歌。
しかし今その歌に“侵食された”空間は、地獄と化す。
変化は、まず私の頭上から訪れた。
「っ!」
「_____」
ピリピリと悪寒を上から感じた私が大きく後ろに跳ぶと、そこに雷が落ちてきた。……いや、私のいたところだけではない。彼女の歌が届く範囲一帯に、次々と雷が落ちてきていた。
……変化は、それだけではない。
無作為に落ちてくる雷を避け続けていると、今度は地面が白く光り始める。地面の光が一定の範囲まで広がると、その光から、まるで火山の噴火のように雷の柱が立ち昇った。最初に立ち昇った一本を皮切りに、次々と地面の光が増えていく。
「まったく……隙なんて少しもありはしないわね……」
「__________」
愚痴りながら地面と空、両方に注意して雷撃を避けていくが、ファリスはさらに、攻撃を追加してきた。
パリッ、パリパリッと嫌な音を、私の耳が捉える。なにかしらと気になって、ちらっとファリスの方を見てみると……十個ほどの、大きな雷球が……
「ちょっとちょっと、まさかとは思うけど……!?」
嫌な予感とは、いつの世もよく当たるものである。
ファリスの出した雷球は、ファリスの甲高くなった歌の音程と共に、私に向かって飛んできたのだ。
……無論、ただ飛んできたくらいでは例え天と地から雷が襲ってこようとも私は回避できる。当然私は他の攻撃に注意しつつも後ろに飛んで雷球の軌道から外れる。
でも、その雷球は、ただまっすぐ飛ぶような、“シュート”や“ラピッド”ではなかった。
地面、または雷球同士でぶつかり合う、と言ったところで、すべての雷球はピタッと停止する。
どうくるか……!?興奮で時間が若干引き伸ばされた感覚を持ちながら、警戒してジッと雷球の出方を見る。
雷球は……バッと一斉にその場から散開して、もう一度私に向かって飛んできた。
「やっぱりかっ!ああもう厄介ねっ!!」
不規則に落ちる雷に、同じく不規則に立ち上る雷柱、そして私を追尾しかつ地面や互いにぶつかったりすることのない高機動型雷球……まさに、地獄絵図だ。
天と地からの攻撃に当たりやすくなりそうではあるが、雷球に直撃するよりはマシだ、と私は意を決して空中に飛び上がり、高速飛行を行って雷および雷柱を躱しながら雷球と距離をおいた。
“熾天使の歌声”
それが今ファリスが使用している、彼女の魔術の中でもっとも厄介な代物だ。
彼女の歌、放つ声、仕草……様々な要素すべてに、魔術的意味を付加して、歌が終わるまで攻撃を恒久的に発動し続ける魔術……
ただし、彼女の魔術的特性から、放つ魔術の属性は一つだけ。
彼女は、四大天使をメタファーとして四つの属性を使役するもののみを扱う。
ウリエルの火
ガブリエルの氷
ミカエルの雷
ラファエルの風
その四つの属性しか使えないがしかし、威力、発生速度、魔力効率、あらゆる面において普通のそれと比にならないレベルとなっている。しかも、一度一つの魔術を発動すれば、同じ属性であれば術の形状を宣言するだけで発動する……例えば、戦闘開始時にファリスが使ってきた、“ウリエル”の宣言のあとの魔術、シュート、ボム、ラピッド、ウォール、そのすべてが火の属性だった。しかし、“ガブリエル”の宣言のあとの魔術、ジェイルは氷……戦って生き残っていれば、説明されなくてもなんとなく法則はわかるはずだ。
……話は逸れたけど、今の状況において重要なことは、あの魔術、特に今のチャントは隙が少ない、ということだ。……とりあえず今の私にできることは、この雷撃地獄から生き抜くこと。
落ちる雷を、昇る雷柱を、迫る雷球を、見て、聞いて、感じて、私は避け続ける。
でもこのままだといずれ当たるわね……雷球の速度、少しずつだけど上がってきてるし……
「……落とすか」
そう決めて、私はチラッと雷球の数を確認する。……数は11、おそらく一個ずつ落とそうとしたら他のに取り囲まれて即お陀仏だろう。
なら、一気に落とせばいい。他の10割技と比べて精神集中や肉体保護もしないといけないから消費がかなり高いんだけど、まぁ、しょうがない。細かい調整と高い威力、その両方を兼ねているのはあれしかない。
少しずつ飛ぶスピードを落としながら、攻撃を回避されないよう、雷球との距離を詰め、氣を全身に行き渡らせる。そして、雷球との距離がここ、というところで、氣を解き放つ。
「“ダンスマカブル”!!」
少し前の、教団師団員を戦闘不能にするために放ったあの技をもう一度、今度は魔術を落とすために放つ。
ゆっくりと時間が遅くなっていく中、私は羽を動かしすぎて上昇しないよう注意しながら雷球の方を向く。ううん……羽が千切れないようにするためとはいえ、やっぱり飛びながらのこれは面倒ね……でも、やらないと死ぬかもしれないんだからしょうがない。
反動も考慮して、狙いを定め、雷球一個につき10発ずつ、鋭い氣の刃を放った。あまり多くはないが、飛びながら放つのは難しいし、なにより多くの氣を体に回すだけの時間がなかったのだから仕方が無い。
解き放った氣を使い果たし、時間が元の速度に戻る。放った約100の刃は、雷球をやすやすと引き裂き、消滅させた。
……なんだ、この分なら一発ずつでよかったわね……
そんなことを考えたのだが、一つだけ、刃を逃れた雷球があった。それは刃に当たる直前に急上昇して回避して、また私に向かって飛んでくる。
くそっ、なんて反応の速さよ!
まぁしかし、残りは一つ。落とせないことはない。ここは……よし、予行練習とでもいきますか。
そう考えて、私は向かってくる雷球を抜き手を構えて迎える。使うスキルは多段攻撃が可能なもの。本来は広範囲への攻撃を目的としているが、今回は一発一発を線を結ぶようにして放つ。
避けられないよう、十分に引きつけてから……
「“スティグマ”!!」
振り抜いた腕から放たれたのは、私の腕の長さほどの細い円錐形の氣弾。それ自体には“神罰の矢”ほどの量はない。普通の生物にとっては十分以上の威力とはいえ、私の10割技の中ではもっとも弱い攻撃だ。
……しかし、このスキルは、一発氣弾を放つだけのものではない。
最初に放たれた氣弾にぶつかるように、もう一発、振り切った腕から同じ形の氣弾が放たれる……いや、二発放たれただけではない。二発目を追うように三発目、三発目を追うように四発目……素早く、次々と氣弾が放たれて、鎖状に氣弾が連なってその飛距離を、速度を、大きくする。
約100発。それが技を放って終わる一瞬の間に放たれる氣弾の数。
一瞬の間にまるで五月雨のように針状の氣弾を降らせるスキル、“刹那五月雨撃”をベースにした、私の10割技、“スティグマ”。
これで、ファリスの防御魔術を破る!
……でも、その前にあの雷球を破らなければならない。いやまぁ、もうすでにそれは完了しているわけだけどね……
放った鎖状の氣弾は、見事雷球を貫いて、その魔力を散らせていた。流石は“ダンスマカブル”に次ぐ速度を持つスキル。硬さのないものであれば一瞬か。……いや、硬さがあったとしても、おそらくは……
とりあえず、今は向こうの攻撃に注意を……
と、思ったのだけれど、いつの間にやら、ファリスの歌声と、それに伴う雷の地獄が、なくなっていた。
代わりに、ファリスの目の前に、私が最初視認した時にあった、あの白い魔術陣が展開されている。
「ここらが……勝負時、ね」
“セラフィム”
威力のみを考えれば、ファリス最強の消滅魔術。
彼女の持つ4つの属性を一つの魔術陣に混ぜ合わせ、反発させて暴走させることで膨大なエネルギーを光線状に放つ魔術である。
その光は、どの属性にも属さず、何者であろうとその光の前には塵も残さず消え去る。向こうでは、その光の美しさと悪を滅する威力から、“浄化の光”と呼ばれてた。
しかし、あれには4つの属性の魔力を均等に魔術陣に込め、暴走した魔力に方向性を持たせるために多くの時間がかかる。
……だから、今のうちに、仕留める。
失敗すれば、私はおそらく“セラフィム”に飲まれて消えてしまうだろう。でも、躊躇している時間はない。あれを回避するのは至難の技だし、弾くことなんて論外である。どうあっても、今の私にはあの子を止めるためのなにかをしなくてはならないのだ。
「……さぁ、いくわよ……!」
覚悟を決めて、私は腕に氣を集中させながら、縮地でファリスの真後ろを陣取り、抜き手を構える。
さぁ、これで終わりよ……
「“スティ……”」
腕を振る動作の中で、私は見た。
ぐるん、とファリスが振り向き、私の目を合わせるのを。
……ファリスは、スキルを放とうとする私のことを、補足していた。
……いや、まだだ!
ファリスが“セラフィム”を放つのにはまだじかんがある。あれを放たれる前に、通せば……
そんな私の考えは甘く、簡単に握り潰されてしまった。
……ファリスがこちらを向いた時、すでに“魔術陣は霧散して消えていた”。つまり、ファリスは別の魔術で攻撃することができるのだ。そして私はすでにスキルのモーションに入っていて、キャンセルすることはできない。……回避することは、できない。
「……“ラファエル”……」
死刑宣告のように、ゆっくりとファリスの声が耳に入ってくる。
……ああ、ローラン、ごめんね。お姉ちゃん、どうやら家に帰れないみたい……
ファリスも、ごめん。また、助けられなかったね……
二人に心の中で謝っていると、頭の中で、今までの出来事が思い返される。
向こうで必死になって頑張った時、始めてこっちに降りてきた時、ローランと出会った、ファリスを救えなかったあの時、ラインでの日々……そして、今。
ああ、まだ、死にたくないな……
でも、もう駄目だ。
なにかない限り、私は、死ぬ。
さぁ、覚悟しよう。
私は……
『よし!やっと繋がっ……っ!再現“インフィニティ”!!』
覚悟を決めようとしたその時に、不意に透明な光の壁が、私とファリスの間に展開された。
「……ショット」
「“……グマ”!!」
その一瞬あとに、私のスキルと、ファリスの魔術が、透明な障壁にぶつかる。
一瞬、かなり重い手応えを感じたが、すぐに透明な障壁はガラスが割れるように壊れ、私たちの攻撃がそれぞれに当たる。
鎖状の氣弾は、ガガガガガガッと、なにかを削り取っているかのように激しい音を立てながら、ファリスの肩に向かって突き進んでいく。
一方でファリスの放った風の散弾は、まるで壁となって押しつぶすように私の前面に満遍なく当たる。
ファリスの攻撃によって、私は大きく後ろに吹き飛ばされてしまうが、“スティグマ”の影響は継続する。激しい音を立てつつ、速度を落とされつつ、後ろから新しく放たれる氣弾に押されてさらに先に進む。
そしてついに、氣弾の先端が、ガンッ!と大きな音を立てて止まった。
……ファリスの防御魔術は、破ることができなかった。
「そん……な……かはっ!?げほっ、げほっ!」
ファリスの防御魔術を破れなかったという事実に、私は地面に転がりつつもショックを受ける……が、すぐに身体中が激痛に襲われ、吐血してしまい、そんなことを感じる余裕がなくなった。
『おいおい嘘だろ……完全防御障壁を使ったのに……!!デューナさん、無事ですかっ!?』
「大丈夫じゃ……ないわよ……!でも、ありがとう。助かったわ」
星村の問いになんとか答えながら、私はよろよろと立ち上がる。
……くそっ、助かったには助かったけど、これじゃまともに動けないわね……
『すみません、あなたがあの天使と接触した時に、なぜか通信が切れてしまって……ともかく、その状態での戦闘は危険です!急いで回収しま……』
「いえ、まだ、帰れないわ」
『なぜですか!?』
「あの子は、今救わないと、駄目なのよ」
じゃないと、またあの子は教団でやりたくもない仕事をさせられる……!
「これは、罪滅ぼし、なんだと思うわ。あの時、ローランを選んで、あの子を救わなかったことへの」
……あの時の選択を、ローランを連れて逃げる、という選択をとったことを間違っているとは思わない。でも、それでも後悔はしているのだ。あの時、ファリスを救えていれば、と。
そして今、私の目の前には、ファリスを救う、たぶん最後のチャンスがある。だから……
「だから、やらせてちょうだいな。あの子だけは、今、救わせてちょうだい」
とは言ったものの、星村が強引に私を回収しようとしたら、私はそれに抵抗することはできない。それくらい、精神的にも、肉体的にも、参ってきている。
……でも星村は、私の気持ちを尊重してくれた。
『……わかりました。こちらも可能な限り協力します』
「……ありがとう。でも、助力の必要はないわ。勝つ算段はついてる」
そう言いながら、私は右腕に氣を練って集中させながら、ファリスに向かって歩いて近づいていく。縮地は使わない。それを使うことによる氣の消費が、もったいないからだ。
対するファリスはというと、確実に止めを刺すつもりなのか、“セラフィム”の魔術陣を展開している。
勝負は、私が攻撃射程にたどり着くのが先か、ファリスの“セラフィム”の発動が先か、それにかかっている。
私の攻撃が防御魔術を破らない、という心配はない。今度こそ、破る。
そのために私は、自分の身体を捨てる覚悟を決めたのだから。
私の、最初で最後の技。
……さっきまで私の使っていた10割の技は、すべて“反動がこないように体を厳重に保護した状態で放ったもの”だ。あの威力の攻撃を生身で放とうものなら、反動でどこかしら体が壊れる。
しかし同時に、10割技は、その状態において最も威力の高い攻撃である。インパクトによる威力はすでにそれ以上上がることはないし、スピードも、あれ以上上げれば、肉体保護に必要な氣を確保できなくなる。
だから私は、身体を保護することをやめる。
すべての氣を攻撃に回して、身体の保護は最小限……攻撃が当たるように右拳が壊れないようにするだけ……に抑える。
反動のことは、考えない。死ぬ気はないけど、腕の一本、身体の半分くらい、くれてやる。
右腕に、今まで溜めたことのないほど高練度、そして大量で密度も高い氣の塊がまとわりつく。まるでそれ自体が光となったかのように、私の右腕は真っ白な光を放っていた。
……懐かしいわね。すごい久しぶりに、この技を使うわ。
……私が戦略級天使となる前の、死に物狂いの修行時代には、これをよく使って、いつも身体をボロボロにしたものだ。
でも、これを使う時は、いつも成功を手にしている。……今回も、きっと、いや絶対に、ファリスを助けられる。
ついに、私の射程範囲に、ファリスが入った。距離は、本当に近い。目と鼻の先に、“セラフィム”の魔術陣がある。もうすぐ発動できるのか、魔術陣は私の右腕と同じような光を放っていた。でも、それを見ても私は恐怖心を持たなかった。もう、準備はできている。取る行動は、一つだけ。
構えもなく、力も入れ過ぎず、ただ、右の拳を握って、腕を引いて、左足を一歩踏み出して、そして、ファリスに向かって拳を突き出す。
「……“壊世”……」
右腕からほとばしる真っ白な光に飲まれ、“セラフィム”の魔術陣も、防御魔術も、そよ風に吹かれた葉っぱのように、剥がれて消えた。
防御魔術の影響か、それとも私の氣がなくなったのか、全く氣を纏っていない素の腕が、氣の勢いに引っ張られ、ファリスの鳩尾にめり込む。
ほとばしる光が消え、くの字に曲がったファリスの動きがなくなり、そして、傀儡輪の稼働を示していた紫色の光の首輪が消えた。
……戦いが、終わった。
フッ、と地面に落ちかけたファリスの身体を、私は左腕で抱きしめて支える。
「……お帰り、ファリス」
意識の戻らないファリスに、私は言う。
さぁ、あとはこの子を連れて帰る……
パァン!!
考えていると、そんな大きな音が近くで聞こえて、私の体がファリスと一緒に地面に倒れた。なにが起きたのかは、わかっている。
……ああ、もうちょっとこれがくるまでラグがあると思ったんだけどなぁ……
『……デューナさん?デューナさん!どうしたんですか!?しっかりしてください!!』
あー、ごめん星村、答えるだけの余裕がある状態じゃないや……
この子の回収とか、いろいろ……
たのん……だわ……
………………
その言葉を最後に、私は意識を落とした。
12/10/11 21:22更新 / 星村 空理
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