最終楽句〜奏者と魔女と聖女の関係〜
演奏ももう終わってしまう、そんな時に、遠くで作戦終了の合図が次々と上がっているらしく、周りがなにやら騒がしくなってきた。
しかし、演奏に夢中になっている僕はそれがなんなのか気にせずに、ひたすら自分の演奏をつづけ、そして……最後の音も、余韻だけを残して僕の指から離れていく。
演奏が、終わってしまった。
曲の終わりに達成感を感じつつも、もう終わってしまったという寂しさも感じる中で、僕は席を立ち、久しぶりだというのに未だに抜けない感覚のために一礼を行う。
……こんな忙しい時に拍手もなにもあったものではないのにね……と自嘲気味に思っていると、不意に前から拍手の音が聞こえる。
拍手の主をみると、それはメリカさんであった。
どうやら、作業を中断して拍手をしてくれたらしい。申し訳ない限りだ……
メリカさんの続いて、他の魔女さんたちも作業を中断して拍手をしてくれる。
「まったく、拍手なんていいですよ。みなさん忙しいでしょう?」
「そうでもないさ。いましがた海と一部を除いた各部隊から作戦終了の合図が上がった。地上のほとんどの敵兵は拘束されておるから、あとはもう残党狩りと一緒じゃよ。わしらの作業はもう終わったも同然じゃ」
言われて、よかった、役に立てたみたいだ。と安心しつつ、ふと気になったところを聞く。
「そういえば、アミリちゃんのところはどうしました?」
「……残念ながら、まだ終わってない。……いや、敵部隊自体はすでに拘束を終えているとの報告を得たのじゃが、同時に変なものが現れてアミリがそちらに向かったという報告も聞いての……」
「エル、ですね」
「そうとしか考えられんの。未だにメシュエル殿を拘束したという報告もないし、アミリのやつもやはり女じゃと言うべきか、勘が鋭いからの……とりあえず、わしはこれからそちらに向かい、地上の残存勢力の掃討とアミリの様子を見にいく。ハーラデス殿は……」
「僕も行きます」
「いやしかし敵はほとんどいないとはいえここは戦場。ハーラデス殿を連れていくのは危険だと思うのじゃが……」
「その危険からこの人を守るのが、私の仕事でしょ?」
「む、むぅ……」
僕の同行に、メリカさんは若干気が進まないようだったが、護衛役のクーさんの一言で反論材料が見つからなくなったようだ。
結果、メリカさんはしぶしぶ僕の同行を許可してくれたのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
戦闘開始をエルおねぇちゃんが告げてから、アミィたちは一歩も動かず互いに睨み合ってました。
でも、その状態はすぐに持たなくなりますです。
「いきますですよ、“ファイア”っ!」
「甘い甘い!そんなんじゃ当たらないよっと!」
先手はアミィが取りました。
まずは準備です!
アミィの放った火の玉を、エルおねぇちゃんは前に跳んで避け、アミィとの距離を詰めてきます。
そしてそのまま、構えられていた鎌が横薙ぎに振られたから、アミィは後ろに向かってジャンプして、さらに魔術を飛ばします!
「“ブリザド”!“ファイア”!もくもくコンボなのですよ!」
「せぃっ!ってあ!?」
アミィの攻撃を弾こうと思ったのか、おねぇちゃんは振り切った鎌をもう一回振り戻して氷の玉に当てます。
その時なのです。エルおねぇちゃんが鎌に当てて氷の玉が止まったおかげで、後に放った火の玉が氷に当たって、白い霧がいっぱい出てきたのです!
「一気に攻めるですよー!!“ジオ”!“アギ”!“マハジオ”!ビリビリコンボ!」
魔術を空中で飛ばした影響で都合よく霧の外に着地したアミィは、そのまま霧の中に連続して魔術を放ちます。すると、放った魔術が融合して、雷が絨毯みたいに広がる魔術に変化しました!
これこそ、アミィがメリカお姉ちゃんたちから教わった魔術の一つ、コンボマジックなのです!複数の魔術を組み合わせて大きな効果を出すのです!……その代わり、とっても頭を使うのですよぉ……
ビリビリコンボが霧の中を襲った後、しばらくはなんの音もしません。アミィは、警戒して杖をしっかり握ります。こんなので、エルおねぇちゃんが倒れないのはわかりきってるのです。
ヒュゥッと風が吹いて、溜まっていた霧が流されます。同時に、おねぇちゃんらしい影が見えたので、アミィは杖をその影に向けまた魔術を放……
「……やらせないわよ。“ムドオン”」
「っ!!」
魔術を放とうと準備をしたところで、エルおねぇちゃんの攻撃が来ました。
おねぇちゃんが魔術を発動した瞬間、アミィの足元に真っ黒な魔術陣が展開されたです。
思い出したのは、ハーモニアでおねぇちゃんがアミィを気絶させた時の魔術。……ついにきましたですか!
攻撃開始直前だったので焦りながらも、アミィは対抗するためにすぐに攻撃魔術を止めて、メリカお姉ちゃんたちから教わった魔術その2を発動させるのです。
「“テトラジャ”!なのです!」
魔術を発動させると、アミィは青色の正四面体状の光に包まれます。そしてその光がおねぇちゃんの魔術陣から溢れてきた黒いものに触れると、その光を強くして、黒いものと一緒におねぇちゃんの魔術陣も消してしまいました。同時に、その青い光も消えてしまいます。
「……驚いたわね。耐性をつけてきたんだと思ったけど、まさか魔術で無効化されるなんて……」
「えっへんなのです!これはメリカお姉ちゃんが教えてくれた特殊防護魔術、“テトラジャ”なのです!昔は致死性の高かった光や闇の魔術を中和無効化するために使われていた古代魔術……って言ってたけど、ほんとは意味がよくわからないのですよ!」
「……意味がよくわからないのはいいとして、そのことを敵である私に言っちゃってよかったのかしら?」
「…………………………あ……」
やややややっちゃったですよ!?
あまり手の内は教えるなってお姉ちゃんに言われたのに言っちゃったですよ!?
「どどどどうしよう……」
「……まぁ、言っちゃったものはしょうがないわよね」
やっちゃったですよぉ……と頭を抱えていると、話をきいちゃったおねぇちゃんは考え込み始めました。
「しかし、攻撃を無効化されるのはちょっと痛いわね……術を張らせる前に決めるか、はたまた物理で攻めるか……防御も変に立ち回るとさっきみたいに変化して厄介なことになるし……ふぅむ……本当に強くなったわね、アミリちゃん」
「えっへん!なのです!でも、アミィはおねぇちゃんを倒すために頑張ったのですから、まだまだいけますよ!」
そう言ってから、アミィは“昔のアミィに戻ります”。
……えへへ、準備、完了なのですよ。
「エルおねぇちゃん、覚悟、なのです!」
そう言ってから、アミィは目を閉じて、そのまま“閉じた目を封印”しました。
その様子を見て、おねぇちゃんは不思議そうな顔をしたのが“わかります”。
「……なにをしてるの……?」
「……内緒、ですよ!“ブフ”!“ファイア”!」
「あっ、また……!」
教えたらほんとのほんとに不味いので、アミィはさっさとまた霧を起こすことにしますです。
アミィは今度は自分の目の前に氷の柱を作って、そこに火を当てて蒸発させます。
コンボマジックの影響で魔術変化時の影響はでないから自分の近くで使っても大丈夫だ、とメリカお姉ちゃんが言っていましたが、本当に霧になっただけでお湯を沸かした時みたいに熱くなったりはしないのです。……理屈とかはまったくわかりませんですが。
「もっとまかないとなのですよ。“マハブフ”!おんなじところに“マハラギ”!」
エルおねぇちゃんの行動を確認する前に、問答無用でアミィはさらに霧を増やします。
たくさんの霧を出して、“おねぇちゃんのことを巻き込んだのを確認してから”アミィは霧の中から脱出します。
「よし!おねぇちゃん覚悟なのです!」
メリカおねぇちゃん達から本当に色々と教えてもらって、そして頑張ったのです!
油断してたら……負けちゃいますですよ?
××××××××××××××××××××××××××××××
「くっ、厄介ね……!」
霧に包まれるという厄介な状態の中、私はアミリちゃんの魔術に感心しながら、その状況にどう対処するかを考える。
こうやって実害のない、私に当てる気のない魔術を使っての妨害は非常に厄介だ。先ほどアミリちゃんがやったように私に関係ない、妨害することの難しい場所でそれを行うことができ、かつ今の状況のようにそこから私を巻き込むことができる。
この状況を打破するためには、少々苦手ではあるものの、闇属性以外の魔術の行使をするしかない。
「仕方がないわね……“マハ……ガル”!」
術の展開に手こずりながらも、私は自分の周囲に突風の柱を起こし、霧を吹き飛ばす。
よし、これで少しは視界がよく……
と、思った瞬間、少し離れた場所にある霧が、何かの光を反射したのが見えた。もしかして、なにか魔術が……
「……がぁっ!?」
霧と反射した光に気を取られたがために、私は“上から落ちてきた雷撃”に反応することができなかった。強い衝撃が、私の体を駆け抜ける。
「……ぐっ、くぅ……!!」
魔術に対する耐性がある程度あるため、気絶は免れたが、一瞬倒れて膝をつきそうになった。
「やってくれるわね、あの子……!」
なんとか足を前に出して私は踏ん張ることに成功する。
油断したわね、さっきのは雷撃の光が反射していたのか……
それにしても、よくこの視界の中で正確に当てることができたわね……やっぱり、さっき目を閉じたのと関係があるのかしら……?
最初に霧をかけた時は、広範囲に攻撃していたから、なにかしらは関係、してるわよね……
とりあえず、この邪魔な霧をなんとかしないと……私はそこまで魔力に鋭敏な感覚を持ってないから、こんなに濃い魔力の中じゃ探知もなにもあったもんじゃないわ……
そんなことを考えていると、また攻撃が始まった。
今度は、真正面から火の玉が飛んでくる。……火の玉と言うより、火球だから無論当たれば手痛いダメージを食らう。
ここは確実に避けるか弾くかしな……
「キャァッ!?」
突然、後ろから攻撃を受けた。
あつ……い……これ、まさかさっきの火球!?
いや、そんなはずはない。だって火球は前から……
「っ、消えてる……!」
やっぱり、あれはさっきの……?
考えつくのは、昔砂漠地帯で戦った時に使われていた、蜃気楼。でもあれは真後ろからの攻撃を前からに見せるような強い幻覚作用はなかったはず……
いったいなにを……
考え込む時間を与えず、次の攻撃がくる。
まったく……
「少しは考える時間が欲しいわね!“マハムドオン”!」
私は足元に大きな魔術陣を展開し、私には害のない闇を発生させて飛んでくる魔術を飲み込み、無効化する。
闇の審判で相当量魔力を消費しているから、防御であまり使いたくなかったんだけど、いつまでも当たり続けるわけにはいかないから、仕方がない。
しかし、それでも防戦一方じゃ変わらない。聖女と言われたって魔力の質がいいだけで保有魔力量は魔物のそれには及ばないんだ。こっちの魔力が尽きるのが先に決まっている。
……これを使うのは危険だし消費も大きいから、気は乗らないけど……
「しょうがない。アミリちゃん、死なないでよ?“ブラックホール”」
そういいながら、私は魔術陣にさらに新たな魔術を加える。すると闇を吐いていた陣が止まり、黒い球に形を変えた。そして球は一気に点にまで凝縮され、術の効果が発動した。
ブラックホールの名の通り、この術式は、すべてを吸い込み、消滅させる。
黒い点から、強い引力が発生した。霧が、アミリちゃんの発動していた魔術が、どんどん吸い込まれていく。一個、二個、三個……いやいや、どれだけ術を放ってたのよアミリちゃん……
……無論、私も引力に引っ張られている。鎌を地面に突き刺して、踏ん張ってる状態だ。
この魔術は特殊で、特定の魔術を合成することで発生する。ちょうど、アミリちゃんのいうビリビリコンボなどと同じだ。……まさか、アミリちゃんがこの系統を使うとは思わなかったけど……
さて、と……霧が晴れてきたわね……
右手に魔力を練り、左手で式を織りながら、私は言う。
「流石に、そう簡単に負けてはあげないわよ、アミリちゃん?」
××××××××××××××××××××××××××××××
「うにゃ〜!霧がなくなるのですよぉっ!」
ななななんかいっぱい吸い込まれてるです!さすがにエルおねぇちゃんから結構離れてるからアミィが吸い込まれることはないですが、アミィの放った魔術が次々と吸い込まれていくです!
たしか……“ブラックホール”と言ってましたか。あんな魔術ハーおにぃちゃんから聞いてないのですよ!まぁでもハーおにぃちゃんもエルおねぇちゃんの手を全部知ってるわけじゃないって言ってたら、しょうがないですね。
「むぅ、どうしましょうですか……」
霧はなくなっちゃいますし、張ってた魔術も全部持ってかれちゃいました……
新しく張ってもいいですが、霧はまた消されちゃいそうですし、アッチはバレたくないですし……またコンボマジックかなぁ……
「“ダーク”!」
「来ましたですかっ!」
遠くのアミィに気がついたおねぇちゃんが黒い塊を飛ばしてきました。
ハーおにぃちゃんが、エルおねぇちゃんの魔術の大半が生命吸収の効果があるから、絶対にあたっちゃいけないと言ってましたので、除けるかテトラジャで防御するかしないとですね。
距離は結構あるから、テトラジャしてから避ければいいですね。
「“テトラジャ”!」
あとは、避けるのです。目を封印しちゃって見れてないですけど、“わかる”から問題はないです。
ホーミング性能があったら怖いですから、アミィはおねぇちゃんの魔術を引きつけることにします。
「……“分裂”“加速”」
「ふぇ?」
と、おねぇちゃんが何か言った途端、塊がアミィの目の前まで迫ってました。
「ひゃっ!?」
避けることもできず、アミィは後ろに弾かれてしまいます。
あ、危なかったです。テトラジャ張っててよかったで……
「ふぇ?」
弾かれてから態勢を立て直して、前を見てみると、なぜかまだ黒い塊が残ってました。
「ま、マズイの……」
「“発射”“加速”」
「キャアッ!?」
なにかしようとする前に、黒い塊はアミィに当たりました。
感覚が、全部黒で埋め尽くされてしまいます。ですが、まだ気を失うほどじゃないです。
早く立ち上がらないと、なんて考えてると、エルおねぇちゃんはアミィの元までやってきて、追い打ちをかけてきます。
「“ムドオン”これで、勝負あり、かしらね?」
「う、くぅ……!」
おねぇちゃんの術式で、アミィの体から段々と力が抜けていきます。
「はぁ……なんというか、これじゃほとんど先生の術式で勝ったようなものね……アミリちゃんは、頑張った方よ。ここまで私を追い詰めたんだから」
「……う、く……まだ、なのです……!」
「無理よ。もうムドオンが発動してる。あとは気絶して、それで終わりよ」
「アミィは……負けれない、です……!」
「あぁ、ハー君のことなら、大丈夫よ。あなたたちに任せるわ。奪いにいくこともないから、安心して頂戴」
「そうじゃ、ないです……アミィは、おねぇちゃんに、ハーおにぃちゃんとまたお話して欲しいのです」
「……?」
「ハーおにぃちゃん、おねぇちゃんに会った時、嬉しそうだったのです。ほんとはおにぃちゃん、友達に会えなくて、寂しかったんだと思うんです。だから、アミィがおねぇちゃんを倒して、捕まえて、おにぃちゃんとお話させるのです。おねぇちゃん、アミィに勝ったら、どこか行っちゃうつもりでしょ?なんとなく、そういうのわかるですよ」
「………………」
「だから、アミィは……負けられないのです!」
そう言って、アミィは倒れたまま、“奥の手”を使う準備をしますです。体力的にはもう、ちょっと動くことしかできません。これが失敗したら、もうあとはないのです。
……失敗なんて、しないですけどね!
「“ドロー・フルケア”!」
宣言しながら、アミィは持っている杖の魔石に、魔力を流しますです。すると、魔石からあたたかい白い光がでてきて、アミィを包み込みます。その光が、アミィの体を癒してくれて、ムドオンで減った生命力なんかが回復し、全快の状態となりました!
ついでに、おねぇちゃんの魔術陣を破壊して、アミィのきている服も綺麗になります。
これこそ、完全回復魔術“フルケア”なのです!術者をあらゆる厄災から解き放ち、100%の状態にする、ただでさえ希少な回復魔術の中でもトップクラスの効果と希少性を持つ魔術なのです!
「……回復魔術か……またすごいものを用意してくれたわね……」
「メリカおねぇちゃんがなにかあった時にって、時間をいっぱい使って準備してくれたのです!」
もうしょうがないのです。奥の手使っちゃいましたし、出し惜しみはなし、です。アミィはフルケアで解けちゃった目の封印をもう一度行ってから、攻撃を開始します。
「仕切り直しで一気に行きますですよ!“炎犬”“氷兎”“雷鳥”“風猫”!行けなのです!」
火でできた犬さん、氷でできたうさちゃん、雷でできた鳥さん、風でできたねこちゃん、それぞれがアミィの杖から放たれて、エルおねぇちゃんに飛んで行きます。
「形を持った……?ともかく、当たっちゃ駄目ね」
そう言いながら、おねぇちゃんは横に飛びます。
かかったのです!
「みんな、おねぇちゃんを取り囲むのです!」
「えっ?なっ!?」
アミィ命令すると、四匹ともおねぇちゃんを囲んでぐるぐると回ります。
そしたらそのまま攻撃いくですよ!
「犬さんうさちゃん猫ちゃん、いくですっ!」
アミィの声に反応して、おねぇちゃんは鎌を振って三匹を消そうとします。
でも、当たらないですよっ!
三匹は、おねぇちゃんが鎌を振る前に跳んで、おねぇちゃんの真上で合体します!
「ま、さかっ!?」
「かまいたち、いっけーですよ!」
「当たるかっ!きゃっ!?」
コンボマジックによって、おねぇちゃんの頭上に、大きな風の刃が降ります。
が、やっぱりおねぇちゃんはそれを跳んで避けました。
でも、そんなことちゃんとわかってたですよ!
かまいたちを避けたおねぇちゃんの背後を、待機していた鳥さんが襲いかかるです!
バリッという音と一緒におねぇちゃんが悲鳴をあげましたが、倒れることはありませんでした。
「くぅ……誘導式の魔術か……またとんでもないものを……」
「言ったですよ!おねぇちゃんを倒すために頑張ったって!」
誘導とは、ちょっと違うですけどね。
アミィが使ってるのは、なんでもない、ただの基本魔術なのです。
でも、おねぇちゃんを追った時にアミィの魔術がおねぇちゃんを追った話をヒントに、メリカおねぇちゃんたちが発見してくれたですけど、アミィの魔力は特殊なものだそうです。なんでも、アミィの意思に反応していろいろと変化する、とかなんとか。
そこでアミィは自分の魔力を高めたりして、普通とは違う、形を変え、アミィの意思通りに動く魔術を使えるようになりました!……その代わり、昔のアミィに戻って視覚を封印しないと使えないっていう条件がありますけどね……
でも、高まったアミィの魔力は感覚もある程度共有してるらしくて、魔力を少し飛ばして音を聞いたりものを見たりできるから問題なし!なのです!霧を張ったあとは、それを利用しておねぇちゃんに攻撃したですよ。ちなみにコンボマジックのやり方とか、魔術の名前を考えるためにいろいろ本を読みました!
おねぇちゃんにはまだこのことは内緒です。アミィが勝って、ゆっくり話せる時間ができたら教えてあげるですよ!
「ほんとに、厄介になるほど頑張って強くなったわね……でも、負けるつもりはないわよっ!“ダーク”!ムドオン”!」
「むっ、“テトラジャ”!“風鳥”“氷亀”!いくのですよ!」
おねぇちゃんの攻撃に応えて、アミィも魔術を発動するです。
避けられないムドオンはテトラジャで消して、飛んでくるダークは鳥さん亀さんで迎撃です!
二体は玉になってダークに突っ込んでほとんど消えてしまいましたが、亀さんの氷が少し残ったので、また小さな塊にしておねぇちゃんに飛ばします。
「小さくても操れるのね……でも、当たらないわ!」
「まだまだー、ですよ!“氷魚”“風猫”“雷蛇”“炎鳥”!」
氷を避けるのはわかりきってたので、アミィは追撃に魔術を放ちます。
猫ちゃん蛇さん魚さんが、おねぇちゃんの前まで勢いよく飛んで、そして混ざりあい、激しい水流になって襲いかかります。これぞ水流アタックなのですよ!……ほんとはハイドロブーストというらしいですが。
「っ、“ダーラ”!飲み込め!もう一回“ダーラ”!」
「むむぅ、“氷亀”“氷魚”“風蛇”“風鳥”!氷の壁なのです!」
おねぇちゃんの魔術に、アミィは亀さんと魚さんと鳥さんを使って壁を作り防御するです。
ついでに、おねぇちゃんを待ってる間にも確認したけど、方位磁石で方角確認。えっと、アミィの前が北で、左が西、右が東……よし、これで準備完了です!
と、思ってると、カシャンという音を立てて氷の壁が割れて、黒い塊がアミィの向かって飛んできました!少し驚いて、アミィは横に跳んで避けますです!
「ひゃうっ!防げると思ったですけど、驚いたです!」
「あのあとに“ダーク”を加えたのよ。……というか、アミィちゃん、あなた、“決め手になるような大威力の魔術、使えない”でしょ?」
「……バレましたか、です」
攻撃を止めておねぇちゃんがそう言ったので、アミィは素直に答えます。
そうです、アミィは、一発一発がそれほど威力を持たない低級の攻撃魔術しか使えないのです。
「そうなのです。だからアミィはコンボマジックに頼って威力を底上げしているのですよ」
「……やっぱりね」
「“炎鳥”“氷亀”“風蛇”“雷猫”!」
「“ダーラ”。無駄よ。その程度なら簡単に打ち消せる」
アミィの放った鳥さん亀さん猫ちゃんが混ざり、かまいたちを放ちますが、おねぇちゃんのダーラで消されてしまいます。さらに、おねぇちゃんは言います。
「……それに、まだ本気を出さなくてもこれ以上の威力の魔術を私は使える。これで勝負ありね」
……勝負、決しましたですよ。
これで……
アミィの勝ちですよ!
「ねぇ、おねぇちゃん、メタファーって知ってますですか?」
「隠喩のこと、よね?実際のものではなくとも、それを彷彿とさせるものを使うことでそれを表現するっていう……」
「ですです。猫ちゃん、仕上げですよ」
アミィが指示すると、猫ちゃんはおねぇちゃんの方に走ります。
当然、おねぇちゃんはそれをかわすか弾くかするために身構えますが、猫ちゃんはおねぇちゃんの方には行かず、アミィから見て左に曲がって、ある位置でお座りして止まりました。
「……いったい、なにをしてるの?」
「……もう一個聞きますです。おねぇちゃん、ジパング地方の四神のお話を知ってますか?」
「ええ、少しだけなら。たしか、四つの聖なる獣が東西南北の四方を守って…………まさ、か……!」
「いきますですよ……!」
ハッとなって、おねぇちゃんが回りを見回すと、おねぇちゃんが回避した氷の亀さんとアミィが“呼び出しながらも使わなかった”鳥さん蛇さん、そしてさっき配置した猫ちゃんが、おねぇちゃんを中心に、それぞれ四つの方向にいました。
おねぇちゃんの後ろに、氷の亀さん……北の玄武。
アミィから見て右に、風の蛇さん……東の青龍。
おねぇちゃんの正面、アミィの背後に、炎の鳥さん……南の朱雀
アミィから見て左に、雷の猫ちゃん……西の白虎。
そして、四神の守る四つの方向の中央には、ジパング地方に魔物として存在し、力の象徴とも言えるある存在が座しているのです。
アミィのこの魔術は、ジパング特有の方位と属性を利用した神話再現魔術です!
おねぇちゃんはアミィの企みに気がついてその場から離れようとしますが、もう遅いのです。
配置していた四匹の魔術が解けて、地面に大きな光の魔術陣が現れます。
さぁ、いきますですよ!
アミィは、力の限り、その術の名前を叫びます。
「“黄龍招来”!!」
魔術陣から登る、龍を思わせるような光の柱が、エルおねぇちゃんを飲み込んで……
エルおねぇちゃんは、術の跡で、倒れていました。
勝負が、決まったのです。
そう、思ったのです……
でも……
ボッ
突然、そんな音が聞こえたかと思うと、エルおねぇちゃんの背中から、真っ黒な、翼のようなものが生えてきたのです。
「お、ねぇ……ちゃん?」
『被験者の意識遮断、完了。傀儡輪完全起動。標的の殲滅を開始します。“オメガクラスタ”用意……』
アミィが声をかけても、おねぇちゃんはまったく意に介さないで、おねぇちゃんじゃない不気味な声でなにか言いながら、ボロボロの体で立ち上がって自分の正面に黒い魔術陣を展開して、魔力を溜めています。
「おねぇちゃん、どうしたの!?」
『魔力の不足を感知。生命力で代用します。チャージまで、あと3分』
これ以上の攻撃は、おねぇちゃんが死んじゃうかもだから、できないのですよ……
おねぇちゃん、どうしちゃったんですか?
アミィは、どうすればいいですか……?
無機質な声が怖いおねぇちゃんを、アミィはただただ見ていることしかできないでいましたです……
××××××××××××××××××××××××××××××
「ふ……ははは!ざまぁ見ろ!」
傀儡輪の起動を確認して、私はあの小娘を笑ってやった。
小娘に気絶させられてから、なにもされなかったようで、傷一つない状態で目を覚ました私はあいつに報復させるため、すぐに傀儡輪を起動した。なにやらからだがボロボロだったようだが、別に壊れたら捨てればいい。
「くくく……道具は道具らしくそうやってただ操られてればいいんだ!」
「そう、じゃあクズはクズらしく無様に命を散らしなさい」
「えっ?」
背後から誰かの声が聞こえたかと思うと、私の視界が空の青だけとなった。
おかしいな……上は見ていないのだが……
「こんなことしなきゃ、命だけは助かったろうにね。でもね、あなたは私を怒らせるようなことをした。だからこうなったのよ」
「…………」
誰かの声にどういうことだ、と問い詰めようとしたのだが、なぜか声が出ない。思考もなんだか、ぼんやりとしてきた。
だんだんと、落下しているような感覚を覚える。視界がくるくると回って、妙な感覚がする。しかし、その感覚が少しずつ薄れて、視界も暗くなってきた。
「これで命令権は潰したわね……さて、じゃあ早くあの子を止めにいかないと。まったく、傀儡輪を発動されたなんて……なんて謝ればいいのよ……」
それが、私の聞いた最後の言葉だった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「な、なにが起こっておるのじゃ……!?」
「エル、今“オメガクラスタ”って……!?メリカさん、早くここから離れてください!クーさんも、すぐ追いつきますから、メリカさんをお願いします!」
「え?あちょっと!?」
アミリちゃんとエルの戦いを少し前から見ていた僕たちは、エルから黒い翼が生えたのを確認した。
それを見たメリカさんは、理解し難い不可思議そうな顔をしていたが、僕はエルの人間味のない大きな、警告音のような声での宣言を聞いて、顔が青ざめて、クーさんにメリカさんのことを頼んでからすぐにアミリちゃんのところへ走った。
「アミリちゃん!」
「あ……ハーおにぃちゃん……あのね、おねぇちゃんが変なの……!」
「わかってる!なにかはわからないけど、エルによくないことが起こってるんだと思う。でも、あの術式はすごく危険……らしいから、早くここを離れよう!」
「でも、まだアミィおねぇちゃんを捕まえて……」
「その男の言う通りよアミリちゃん。早くここから離れなさい」
「あ、神殿でのおねぇちゃん……」
ここを離れようと説得してみるが、アミリちゃんはここを離れようとしない。
と、そこに一人の女性がやってきた。
「あなたは……?」
「……君がハーラデス君か……まぁ、いろいろとメシュエルから聞いてるわよ。私はローズ。あの子と同じ聖女部隊の一人で、あの子の上司ってとこかな」
「エルの上司……ってことは、今エルのやろうとしてることもわかりますよね?あなたも早くここから離れないと……」
「わかってるけど、大丈夫よ。あの子は私が止めるから」
オメガクラスタ
エルの話では、これとあともう一つ、闇の審判という術式がエルの最大の魔術、らしい。
彼女の話では、オメガクラスタに当たった人間は、生命力を四散されて、一瞬で……死ぬらしい。
そんな技を、この人は止められるのだろうか……?疑問は残る、が今はアミリちゃんを避難させないと……
「あなたはその子を連れて早く避難して。この戦場にはもうほとんど人はいないわ」
「わかりました。さ、アミリちゃん、行こう?」
「駄目です!アミィもエルおねぇちゃんを止めるです!アリュートにおねぇちゃんを連れて行くのです!」
「……残念だけど、あの子をあの街におくことはできないわ。今の状態、あれが街で起こるからね」
「大丈夫なのです!それはメリカおねぇちゃんたちと……」
「聞き分けなさい。もう、あの子はあなたじゃ止められないわ。実際、あの子、本気じゃなかったでしょう?」
「………………」
あれを見れば、嫌でもわかる。
人を殺す魔術を使う彼女の、その本気……
エルは誠実にアミリちゃんと戦ってくれていた。でも……殺すつもりでは、本気では、なかった。
そのことをちゃんと自覚しているのか、アミリちゃんは反論せず、顔をうつむける。
しかし、なにかを思いついたのか、ガバッと顔を上げた。
「テトラジャなら!闇の魔術を無効化できるテトラジャなら……!」
「もしかしたら、で死んだら意味ないわよ。早く、ここから離れなさい」
「でも……でも……!」
「ほら、早く。じゃないと発動の時間になるわよ」
「……アミリちゃん……」
「嫌です!アミィは、アミィは……!」
「問答をしてる余裕はもうないわ。ここ一帯が死地になる前に、早く……」
「その必要はないよ」
ローズさんの言葉に、突然男の声が割り込んできた。
男……おかしい、ここにいるのは、僕とエル、アミリちゃん、そしていたとしてもメリカさんとクーさんくらいのものだったはず。
いったい誰……?
と思ってその声のする方を見てみると、そこには、僕に教団の思惑を教えてくれた、あの神出鬼没の人……たしか、ライカさん、だったかな……がいた。
「ライカ……おじさん?」
「数日ぶりだね、アミリちゃん、ハーラデス君」
「ライカさん……」
突然やってきた上に、逃げる必要がない、という言葉……と、おじさんでいいんだ、という考え……によって、僕は困惑した顔になってしまった。
「ライカ……まさか、あの……」
「話はあとだよ。ちょっと待ってて、今急いであの子を止めてくるから」
そう言うや否や、ライカさんの姿が消えてしまった。
どこだ?と周囲を見回してみると、何時の間にか彼は、魔術陣を展開しているエルの、“背後”に回っていた。
『起動カウント開始、じゅ……』
「“傀儡輪解錠”……ギリギリだったね」
エルの背後に回ったライカさんがなにかをすると、魔術陣が蜃気楼のように霧散して消え、エルはフッと力が抜けたように倒れる。
倒れるエルを、ライカさんは抱きとめて、そのままの状態でまた消えた。
どこに行った?と探してみると、なんと、僕の横に現れていた。そして、抱きとめていたエルを僕に押し付けるように渡す。
「はい、この子よろしくね」
「え、なんで僕……?」
「いや、この子なら君に任せた方が喜ぶだろうし、それにこのまま僕が持ってると妻が怖いんでね……」
「ぶ〜、私もめーたん抱っこしたい〜……じゃなくて、ライカさん、いったいメシュエルになにをしたんですか?」
「若干本音が漏れてるよ、百合姫君。なに、簡単だよ。メシュエル君の傀儡輪を解除しただけさ、これでね」
そう言いながら、ライカさんはなにやらいろいろと線やらなにやらが刻まれた小さな金の棒を見せる。
「なぜその呼び方を……というかあなたまで百合姫と……いえ、それはあとででいいですね。その小さな棒……それを使って傀儡輪を解除できるのですか?」
「ああ、できるよ。試しに君に使ってみようか?“君なら効果はあるし、ちゃんと自分の状況を走査できる”だろう?」
「……噂通りの御仁ですね、ライカさん……」
「ローズお姉さん、ライカおじさんのこと知ってるですか?」
「ええ、というか、この世界の……少なくとも私のいる世界の教団では、有名な人よ。この世界の教団は他の世界の教団に比べて非常に技術が稚拙でね、騎士団にでも入って遠征しようものならば、その死亡率は相当なものだったと聞くわ。それでも、教義のために行く人は絶えなかったらしいけどね。そして、この人は、昔中立領として教団にも異世界の進んだ技術を提供してくれた。そのおかげで、今の教団の死亡率はグッと下がってる、一部上層では、認める認めないに関わらず有名な話よ。詳しくは知らなくても、ここの教団は中立領の支援のおかげで今に至ってるという噂が教団中でよく知られているわね」
「へぇ、そうなんですか……」
変な人だと思っていましたけど、実はすごい人なんだなぁ……
「で、どうするんだい?試すのか、試さないのか」
「……よろしくおねがいします。なんであっても、あの術式は忌々しい枷ですから、早く外したいです」
「ん、了解。じゃあいくよ……“傀儡輪解錠”」
ローズさんの許可を得ると、ライカさんは彼女の首に手に持っている金の棒の先端を向けて、発動キーかなにかを言う。
すると、ローズさんの首から紫色の輪っかのような魔術式が滲み出てきて、カチャッという音が聞こえたかと思うと、空気に溶けるように消えてしまった。
「どうだい?ちゃんと外せてるだろう?」
「……たしかに、外せてますね。さすがは異世界の魔術技術といった感じですか……」
「いや、これは僕のところが独自につくったものじゃなくて、本家本元、君のところの教団の正式な解除キーだよ」
「えっ?」
「ちょっとラインの方でもいろいろあってね……一応、話は知ってるだろう?第三、第四の……」
「ああ、やっぱりあそこも失敗しましたか。だからライン周辺はやめといた方がいいと進言したのに、あの耄碌爺どもが……」
「まぁ、流石に身内に被害があって怒らないほど人間出来てるわけじゃないからね……ちょっと交渉してきたんだ」
「交渉、というといったいどんな……?」
「詳しくは伏せるけど、簡単に説明すると、こっちに被害があったんだけど、教団の首を物理的にすげ替えてあげようか?と提案したところ、ある程度こっちの要求を呑んでくれることになったんだ。まぁ、いろいろと要求させてもらったよ」
『………………』
いや、それ交渉じゃなくって脅しと言うんじゃ……?
同じことを思ったのか、ローズさんも無言になる。
と、そんな僕たちに近づいてくる人たちがいた。
「お〜い!アミリ!ハーラデス殿、無事か!?」
「あ!メリカお姉ちゃん!と……」
「クーさん、今回僕の護衛役をしてもらってた人だよ」
「そうなんだ〜」
「まったく、二人ともいつまで経っても戻ってこんから心配したではないか!」
「そうよ、特に私はハーラデスさんの護衛なんだから、あなたを守らないといけないのに……」
「すみません、でも、ライカさんのおかげでなんとななったんです」
「む、ライカ殿……そういえば何時の間に……」
「少し前に来たばかりだよ。詳しい話はあとでにしよう。……それより、百合姫君」
「あ、はいなんでしょう?……この呼び方で反応してしまうのは複雑な気持ちね……」
「まぁ、いいんじゃないかな?ともかく……はいこれ、君にあげるよ」
満面の笑みを浮かべながら、ライカさんは解除キーをローズさんに渡す。
「あ、ありがとうございます……って、え?なんで、私に?」
「いや、僕が持ってても仕方がないでしょ?そんなことより、海の方も終わったろうから、早く事後処理に向かうとしようよ」
そんなことを言いながら、ライカさんは飄々と街に戻っていく。
完全に話に置いてけぼりにされつつ、僕たちはライカさんの後を追うのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
こうして、教団のハーラデス君拘束、およびアリュートの制圧は失敗に終わった。
アリュート側は軽傷者が多数見受けられたが、重傷者は数名、死傷者は0と非常に少ない被害ですんだ。対して教団側は軽傷者多数、重傷者も普通の戦争に比べたらすくないものの、そこそこの数はいて、死傷者はいないが、行方不明者が一名いる、というのが“公式発表”だ。……なんというか、これを戦争と言うのは先人たちに誇るべきか、謝るべきか……まぁそれはおいておこう。
僕ことライカ・鶴城・テベルナイトの交渉によって、アリュート周辺の全教団師団は撤退、教会騎士団もそれぞれの場所に帰還。一部部隊はアリュート、ラインで捕虜として滞在。概要は、強化兵……向こうの世界では、量産兵だったね……が、一部隊40名、そして教団人造聖女2名だ。前者は身体強化などの魔術が悪影響を及ぼすため治療を行う名目でラインへ、後者2名は片方が意識不明でしばらく移動できないため、アリュートで療養をとるのだそうだ。
街はさほど大きな被害にも合わず、復興も早いうちに終了。完全にアリュート側の勝利であり、教団師団の面目丸つぶれである。
ともかく、ここまでが僕のやるべき補足説明だ。
ここから先は、彼らに任せるとしよう。
××××××××××××××××××××××××××××××
あの戦争から僕の演奏活動再開の日から、だいたい一週間が経過した。
メリカさんの気が早く、またアミリちゃんとの約束もあり、だいたい三日前……街の復興が終わったその日に復興祭という名目で演奏をさせてもらった。
そして今は……
「……あのさ、一言いいかな?」
「なぁに、ハーおにぃちゃん?」
「どうしてこうなった……」
……なぜか、アミリちゃんに女の子の格好をさせられていた。
アミリちゃんの話では、この黒を貴重としたフリフリしてる服は、ゴシックロリータという種類のファッションらしい……
「アミィですね、ハーおにぃちゃんにはこういう服が似合うと思ってたんです!」
「そ、そうなんだ……」
いつものように部屋にやってきてちょっとついてきてと言われ、なにも気にせずについていったらこの様だ……ほんと、どうしてこうなった……
…………結果だけいうなら、僕は、ここ、ハーモニアでピアニストとして活動することになった。
というのも、アミリちゃんとの約束があったからだ。
『できればアミィは、ハーおにぃちゃんといっぱいいっぱい一緒にいたいのです』
あの戦争のあとで、そうアミリちゃんが言ってきて、メリカさんも“お主の迷惑でなければ、ここを活動拠点にせぬか?”というお誘いをしてくれたので、僕はお言葉に甘え、ここを活動拠点として、作曲や演奏、あと副業としてピアノ教室なんかをやることにした。
あとは、個人的に時間をとってアミリちゃんにピアノを教えたり、逃げた頃とは比べ物にならない、充実した日々を送ってる。
「うん、アミリちゃんの言うとおりだったね。ハー君、なかなか似合ってるじゃない」
そうアミリちゃんの隣にいる女性が言ってきたので、僕はため息をつきながら反論する。
「あのねエル、僕は男だからね?こういうのを着る趣味はないんだよ……」
そう、エルもしっかりと回復して、ここにいた。
……エルのこれからを話しておくと、エルは……もう、教団には戻らない。
エルが教団で聖女として戦っていたのは、自分に魔術を教えてくれた師に恩返しをするためであり、その師が亡くなって恩返しをする人がいなくなる……どころか、“その師を殺した”教団のために戦う気などまったくなかったという。しかし、例のライカさんが解いてくれた術式……たしか、傀儡輪だったかな?……のせいで、いやいや戦わざるを得なかったとのことだ。
そして、現在はその傀儡輪の呪縛はないため、彼女は教団に戻らず、聖女部隊も脱退。その旨をローズさんに伝えてから、僕と同じようにここで働くことにした。
なんでも、僕の護衛、マネジメント、そしてここの雑用と、いろいろやるらしい。……エル、マネジメントなんてできるのかな……?ともかく、現在は昔一緒にいた時のように元気に過ごしている。……そういえば、荷物を運んだ時は驚いたな……まさか昔プレゼントしたぬいぐるみクッション、まだ持ってたなんて……
ちなみに、エルはメリカさんから魔女にならないか、と誘いを受けていたのだが、断ったそうだ。メリカさんが言うには長生きできるらしい。なんで断ったんだろうか……?ちっちゃくなるのが嫌だったのかな?
……ローズさんはというと、エルが目覚めてから傀儡輪の解除などいろいろと説明してからすぐに教団へと戻っていった。なんでも、聖女部隊の人たちはみんなあの術式を埋め込まれているから、それを解除しにいくらしい。
「でも似合うものはしょうがないじゃないの。あ、そうだアミリちゃん、このまま……ゴニョゴニョゴニョ」
「それいいですね!アミィ乗った!ですよ!」
「……ほんと、二人は仲がいいね……いつも一緒にいるし……」
「ん〜、仲がいいのは認めるけど、私はちょっと別の理由もあるのよねぇ〜」
「あ、それはアミィも一緒なのです」
「あー、それって……」
「はいなのです」
「……」
「……」
『ね〜?』
少しの沈黙のあとに、二人はにっこり笑って両手をタッチする。
「……女性って、なんかよくわからないな……」
「まぁ、ハー君じゃわからないわね……」
「そうですよ〜。ハーおにぃちゃんだとわからないのですよ〜。実際まったく気がつかないんだも〜ん」
「ハー君のあれは生まれつきみたいなのよ……昔も同じようなもんだったしね……」
「二人してなんの話をしてるのかな?」
「なにって……」
「ハーおにぃちゃんのことですよ?」
『ね〜?』
「……はいはい、それはもうわかったから……」
「……ねぇねぇアミリちゃん、これはちょっとあれじゃないかな?」
「……はいなのです、少しはちゃんと意識して欲しいのです」
「……よし、やるか」
「おーけーですよ」
「え?なに?二人してなんか怖いよ?」
なんというか、怒ってるような、呆れてるような……なんか変なこと言ったかな?
「ハー君ハー君、ちょっと目をつぶってくれないかな?」
「ん?まぁ、いいけど……」
目的はわからないけど、この二人のことだから変なことはしないだろうとお願いを聞いて目をつぶる。
と、なにやらこそこそと動いて、右とか左とかいう小さな話し声が聞こえてきたので、若干不安になってきた。
「あ、あのさ二人とも、いったいなにを……」
「そりゃっ!」
「えいっ!なのです!」
チュッ……と、柔らかな感触が、両側の頬から伝わってきた。
「ひゃわっ!?」
「ひゃわっ!だって!ハー君可愛いなぁ〜」
「女の子みたいなのです!」
無論、これに驚かない僕ではない。変な声で小さく叫んでしまった。
そんな僕を見て、二人はくすくすと楽しそうに笑う。
だから、僕は男なんだって……そんなことを言わないで欲しい……
じゃなくて、今、もしかして二人は僕にキ……キスを?い、いやアミリちゃんならじゃれてそういうのやってきてもおかしくない年……というより見た目をしてるけど……
「あ、あのさ二人とも、さっきのは……」
「お、ハー君顔赤くしてる!」
「一応女の子として見てくれてましたね!」
「あ、言っておくけどねハー君、私もアミリちゃんも、おんなじ気持ちなんだからね!!」
「よし、じゃあエルおねぇちゃん、急いで逃げますですよ!」
「オッケー!よ〜い……ドンッ!!」
そう言って、二人は僕を置いてダッシュで部屋を出ていってしまった。
「あ、二人とも待っ……って、その前に着替えを……」
着替え、を……
あれ?着替えはどこにいった?
たしかそこに置いておいたような……
……もしかして……持ってかれた?
「参ったな……このまま外にでて追いかけろってことか……」
早く追いかけないと、見失ってしまいそうだ……
…………それにしても、だ……
二人とも、おんなじ気持ちなんだからね、か……
それもまた、参ったものだ。
勘違いしている、ということもあるけど、さて、どう捉えたものか……
そういうことは、今までまったく考えてなかったからな……ずっとピアノのこととか考えてたし、逃げてたころは考えてる余裕もなかったし……それに、そういうのはもうちょっと年をとってから考えればいいかと思ってたし……
「まったく、参ったなぁ……」
服のことか、二人のことか、僕はそう言いながら、またため息をついてから部屋を出て行く。
まだ時間はあるんだ。
恋とか、結婚とか、そういうのは、ゆっくり、ゆっくり考えていけばいい。
……今はとりあえず、あの二人を追いかけるとしますか。
「こら、二人とも!服を返してください!!」
しかし、演奏に夢中になっている僕はそれがなんなのか気にせずに、ひたすら自分の演奏をつづけ、そして……最後の音も、余韻だけを残して僕の指から離れていく。
演奏が、終わってしまった。
曲の終わりに達成感を感じつつも、もう終わってしまったという寂しさも感じる中で、僕は席を立ち、久しぶりだというのに未だに抜けない感覚のために一礼を行う。
……こんな忙しい時に拍手もなにもあったものではないのにね……と自嘲気味に思っていると、不意に前から拍手の音が聞こえる。
拍手の主をみると、それはメリカさんであった。
どうやら、作業を中断して拍手をしてくれたらしい。申し訳ない限りだ……
メリカさんの続いて、他の魔女さんたちも作業を中断して拍手をしてくれる。
「まったく、拍手なんていいですよ。みなさん忙しいでしょう?」
「そうでもないさ。いましがた海と一部を除いた各部隊から作戦終了の合図が上がった。地上のほとんどの敵兵は拘束されておるから、あとはもう残党狩りと一緒じゃよ。わしらの作業はもう終わったも同然じゃ」
言われて、よかった、役に立てたみたいだ。と安心しつつ、ふと気になったところを聞く。
「そういえば、アミリちゃんのところはどうしました?」
「……残念ながら、まだ終わってない。……いや、敵部隊自体はすでに拘束を終えているとの報告を得たのじゃが、同時に変なものが現れてアミリがそちらに向かったという報告も聞いての……」
「エル、ですね」
「そうとしか考えられんの。未だにメシュエル殿を拘束したという報告もないし、アミリのやつもやはり女じゃと言うべきか、勘が鋭いからの……とりあえず、わしはこれからそちらに向かい、地上の残存勢力の掃討とアミリの様子を見にいく。ハーラデス殿は……」
「僕も行きます」
「いやしかし敵はほとんどいないとはいえここは戦場。ハーラデス殿を連れていくのは危険だと思うのじゃが……」
「その危険からこの人を守るのが、私の仕事でしょ?」
「む、むぅ……」
僕の同行に、メリカさんは若干気が進まないようだったが、護衛役のクーさんの一言で反論材料が見つからなくなったようだ。
結果、メリカさんはしぶしぶ僕の同行を許可してくれたのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
戦闘開始をエルおねぇちゃんが告げてから、アミィたちは一歩も動かず互いに睨み合ってました。
でも、その状態はすぐに持たなくなりますです。
「いきますですよ、“ファイア”っ!」
「甘い甘い!そんなんじゃ当たらないよっと!」
先手はアミィが取りました。
まずは準備です!
アミィの放った火の玉を、エルおねぇちゃんは前に跳んで避け、アミィとの距離を詰めてきます。
そしてそのまま、構えられていた鎌が横薙ぎに振られたから、アミィは後ろに向かってジャンプして、さらに魔術を飛ばします!
「“ブリザド”!“ファイア”!もくもくコンボなのですよ!」
「せぃっ!ってあ!?」
アミィの攻撃を弾こうと思ったのか、おねぇちゃんは振り切った鎌をもう一回振り戻して氷の玉に当てます。
その時なのです。エルおねぇちゃんが鎌に当てて氷の玉が止まったおかげで、後に放った火の玉が氷に当たって、白い霧がいっぱい出てきたのです!
「一気に攻めるですよー!!“ジオ”!“アギ”!“マハジオ”!ビリビリコンボ!」
魔術を空中で飛ばした影響で都合よく霧の外に着地したアミィは、そのまま霧の中に連続して魔術を放ちます。すると、放った魔術が融合して、雷が絨毯みたいに広がる魔術に変化しました!
これこそ、アミィがメリカお姉ちゃんたちから教わった魔術の一つ、コンボマジックなのです!複数の魔術を組み合わせて大きな効果を出すのです!……その代わり、とっても頭を使うのですよぉ……
ビリビリコンボが霧の中を襲った後、しばらくはなんの音もしません。アミィは、警戒して杖をしっかり握ります。こんなので、エルおねぇちゃんが倒れないのはわかりきってるのです。
ヒュゥッと風が吹いて、溜まっていた霧が流されます。同時に、おねぇちゃんらしい影が見えたので、アミィは杖をその影に向けまた魔術を放……
「……やらせないわよ。“ムドオン”」
「っ!!」
魔術を放とうと準備をしたところで、エルおねぇちゃんの攻撃が来ました。
おねぇちゃんが魔術を発動した瞬間、アミィの足元に真っ黒な魔術陣が展開されたです。
思い出したのは、ハーモニアでおねぇちゃんがアミィを気絶させた時の魔術。……ついにきましたですか!
攻撃開始直前だったので焦りながらも、アミィは対抗するためにすぐに攻撃魔術を止めて、メリカお姉ちゃんたちから教わった魔術その2を発動させるのです。
「“テトラジャ”!なのです!」
魔術を発動させると、アミィは青色の正四面体状の光に包まれます。そしてその光がおねぇちゃんの魔術陣から溢れてきた黒いものに触れると、その光を強くして、黒いものと一緒におねぇちゃんの魔術陣も消してしまいました。同時に、その青い光も消えてしまいます。
「……驚いたわね。耐性をつけてきたんだと思ったけど、まさか魔術で無効化されるなんて……」
「えっへんなのです!これはメリカお姉ちゃんが教えてくれた特殊防護魔術、“テトラジャ”なのです!昔は致死性の高かった光や闇の魔術を中和無効化するために使われていた古代魔術……って言ってたけど、ほんとは意味がよくわからないのですよ!」
「……意味がよくわからないのはいいとして、そのことを敵である私に言っちゃってよかったのかしら?」
「…………………………あ……」
やややややっちゃったですよ!?
あまり手の内は教えるなってお姉ちゃんに言われたのに言っちゃったですよ!?
「どどどどうしよう……」
「……まぁ、言っちゃったものはしょうがないわよね」
やっちゃったですよぉ……と頭を抱えていると、話をきいちゃったおねぇちゃんは考え込み始めました。
「しかし、攻撃を無効化されるのはちょっと痛いわね……術を張らせる前に決めるか、はたまた物理で攻めるか……防御も変に立ち回るとさっきみたいに変化して厄介なことになるし……ふぅむ……本当に強くなったわね、アミリちゃん」
「えっへん!なのです!でも、アミィはおねぇちゃんを倒すために頑張ったのですから、まだまだいけますよ!」
そう言ってから、アミィは“昔のアミィに戻ります”。
……えへへ、準備、完了なのですよ。
「エルおねぇちゃん、覚悟、なのです!」
そう言ってから、アミィは目を閉じて、そのまま“閉じた目を封印”しました。
その様子を見て、おねぇちゃんは不思議そうな顔をしたのが“わかります”。
「……なにをしてるの……?」
「……内緒、ですよ!“ブフ”!“ファイア”!」
「あっ、また……!」
教えたらほんとのほんとに不味いので、アミィはさっさとまた霧を起こすことにしますです。
アミィは今度は自分の目の前に氷の柱を作って、そこに火を当てて蒸発させます。
コンボマジックの影響で魔術変化時の影響はでないから自分の近くで使っても大丈夫だ、とメリカお姉ちゃんが言っていましたが、本当に霧になっただけでお湯を沸かした時みたいに熱くなったりはしないのです。……理屈とかはまったくわかりませんですが。
「もっとまかないとなのですよ。“マハブフ”!おんなじところに“マハラギ”!」
エルおねぇちゃんの行動を確認する前に、問答無用でアミィはさらに霧を増やします。
たくさんの霧を出して、“おねぇちゃんのことを巻き込んだのを確認してから”アミィは霧の中から脱出します。
「よし!おねぇちゃん覚悟なのです!」
メリカおねぇちゃん達から本当に色々と教えてもらって、そして頑張ったのです!
油断してたら……負けちゃいますですよ?
××××××××××××××××××××××××××××××
「くっ、厄介ね……!」
霧に包まれるという厄介な状態の中、私はアミリちゃんの魔術に感心しながら、その状況にどう対処するかを考える。
こうやって実害のない、私に当てる気のない魔術を使っての妨害は非常に厄介だ。先ほどアミリちゃんがやったように私に関係ない、妨害することの難しい場所でそれを行うことができ、かつ今の状況のようにそこから私を巻き込むことができる。
この状況を打破するためには、少々苦手ではあるものの、闇属性以外の魔術の行使をするしかない。
「仕方がないわね……“マハ……ガル”!」
術の展開に手こずりながらも、私は自分の周囲に突風の柱を起こし、霧を吹き飛ばす。
よし、これで少しは視界がよく……
と、思った瞬間、少し離れた場所にある霧が、何かの光を反射したのが見えた。もしかして、なにか魔術が……
「……がぁっ!?」
霧と反射した光に気を取られたがために、私は“上から落ちてきた雷撃”に反応することができなかった。強い衝撃が、私の体を駆け抜ける。
「……ぐっ、くぅ……!!」
魔術に対する耐性がある程度あるため、気絶は免れたが、一瞬倒れて膝をつきそうになった。
「やってくれるわね、あの子……!」
なんとか足を前に出して私は踏ん張ることに成功する。
油断したわね、さっきのは雷撃の光が反射していたのか……
それにしても、よくこの視界の中で正確に当てることができたわね……やっぱり、さっき目を閉じたのと関係があるのかしら……?
最初に霧をかけた時は、広範囲に攻撃していたから、なにかしらは関係、してるわよね……
とりあえず、この邪魔な霧をなんとかしないと……私はそこまで魔力に鋭敏な感覚を持ってないから、こんなに濃い魔力の中じゃ探知もなにもあったもんじゃないわ……
そんなことを考えていると、また攻撃が始まった。
今度は、真正面から火の玉が飛んでくる。……火の玉と言うより、火球だから無論当たれば手痛いダメージを食らう。
ここは確実に避けるか弾くかしな……
「キャァッ!?」
突然、後ろから攻撃を受けた。
あつ……い……これ、まさかさっきの火球!?
いや、そんなはずはない。だって火球は前から……
「っ、消えてる……!」
やっぱり、あれはさっきの……?
考えつくのは、昔砂漠地帯で戦った時に使われていた、蜃気楼。でもあれは真後ろからの攻撃を前からに見せるような強い幻覚作用はなかったはず……
いったいなにを……
考え込む時間を与えず、次の攻撃がくる。
まったく……
「少しは考える時間が欲しいわね!“マハムドオン”!」
私は足元に大きな魔術陣を展開し、私には害のない闇を発生させて飛んでくる魔術を飲み込み、無効化する。
闇の審判で相当量魔力を消費しているから、防御であまり使いたくなかったんだけど、いつまでも当たり続けるわけにはいかないから、仕方がない。
しかし、それでも防戦一方じゃ変わらない。聖女と言われたって魔力の質がいいだけで保有魔力量は魔物のそれには及ばないんだ。こっちの魔力が尽きるのが先に決まっている。
……これを使うのは危険だし消費も大きいから、気は乗らないけど……
「しょうがない。アミリちゃん、死なないでよ?“ブラックホール”」
そういいながら、私は魔術陣にさらに新たな魔術を加える。すると闇を吐いていた陣が止まり、黒い球に形を変えた。そして球は一気に点にまで凝縮され、術の効果が発動した。
ブラックホールの名の通り、この術式は、すべてを吸い込み、消滅させる。
黒い点から、強い引力が発生した。霧が、アミリちゃんの発動していた魔術が、どんどん吸い込まれていく。一個、二個、三個……いやいや、どれだけ術を放ってたのよアミリちゃん……
……無論、私も引力に引っ張られている。鎌を地面に突き刺して、踏ん張ってる状態だ。
この魔術は特殊で、特定の魔術を合成することで発生する。ちょうど、アミリちゃんのいうビリビリコンボなどと同じだ。……まさか、アミリちゃんがこの系統を使うとは思わなかったけど……
さて、と……霧が晴れてきたわね……
右手に魔力を練り、左手で式を織りながら、私は言う。
「流石に、そう簡単に負けてはあげないわよ、アミリちゃん?」
××××××××××××××××××××××××××××××
「うにゃ〜!霧がなくなるのですよぉっ!」
ななななんかいっぱい吸い込まれてるです!さすがにエルおねぇちゃんから結構離れてるからアミィが吸い込まれることはないですが、アミィの放った魔術が次々と吸い込まれていくです!
たしか……“ブラックホール”と言ってましたか。あんな魔術ハーおにぃちゃんから聞いてないのですよ!まぁでもハーおにぃちゃんもエルおねぇちゃんの手を全部知ってるわけじゃないって言ってたら、しょうがないですね。
「むぅ、どうしましょうですか……」
霧はなくなっちゃいますし、張ってた魔術も全部持ってかれちゃいました……
新しく張ってもいいですが、霧はまた消されちゃいそうですし、アッチはバレたくないですし……またコンボマジックかなぁ……
「“ダーク”!」
「来ましたですかっ!」
遠くのアミィに気がついたおねぇちゃんが黒い塊を飛ばしてきました。
ハーおにぃちゃんが、エルおねぇちゃんの魔術の大半が生命吸収の効果があるから、絶対にあたっちゃいけないと言ってましたので、除けるかテトラジャで防御するかしないとですね。
距離は結構あるから、テトラジャしてから避ければいいですね。
「“テトラジャ”!」
あとは、避けるのです。目を封印しちゃって見れてないですけど、“わかる”から問題はないです。
ホーミング性能があったら怖いですから、アミィはおねぇちゃんの魔術を引きつけることにします。
「……“分裂”“加速”」
「ふぇ?」
と、おねぇちゃんが何か言った途端、塊がアミィの目の前まで迫ってました。
「ひゃっ!?」
避けることもできず、アミィは後ろに弾かれてしまいます。
あ、危なかったです。テトラジャ張っててよかったで……
「ふぇ?」
弾かれてから態勢を立て直して、前を見てみると、なぜかまだ黒い塊が残ってました。
「ま、マズイの……」
「“発射”“加速”」
「キャアッ!?」
なにかしようとする前に、黒い塊はアミィに当たりました。
感覚が、全部黒で埋め尽くされてしまいます。ですが、まだ気を失うほどじゃないです。
早く立ち上がらないと、なんて考えてると、エルおねぇちゃんはアミィの元までやってきて、追い打ちをかけてきます。
「“ムドオン”これで、勝負あり、かしらね?」
「う、くぅ……!」
おねぇちゃんの術式で、アミィの体から段々と力が抜けていきます。
「はぁ……なんというか、これじゃほとんど先生の術式で勝ったようなものね……アミリちゃんは、頑張った方よ。ここまで私を追い詰めたんだから」
「……う、く……まだ、なのです……!」
「無理よ。もうムドオンが発動してる。あとは気絶して、それで終わりよ」
「アミィは……負けれない、です……!」
「あぁ、ハー君のことなら、大丈夫よ。あなたたちに任せるわ。奪いにいくこともないから、安心して頂戴」
「そうじゃ、ないです……アミィは、おねぇちゃんに、ハーおにぃちゃんとまたお話して欲しいのです」
「……?」
「ハーおにぃちゃん、おねぇちゃんに会った時、嬉しそうだったのです。ほんとはおにぃちゃん、友達に会えなくて、寂しかったんだと思うんです。だから、アミィがおねぇちゃんを倒して、捕まえて、おにぃちゃんとお話させるのです。おねぇちゃん、アミィに勝ったら、どこか行っちゃうつもりでしょ?なんとなく、そういうのわかるですよ」
「………………」
「だから、アミィは……負けられないのです!」
そう言って、アミィは倒れたまま、“奥の手”を使う準備をしますです。体力的にはもう、ちょっと動くことしかできません。これが失敗したら、もうあとはないのです。
……失敗なんて、しないですけどね!
「“ドロー・フルケア”!」
宣言しながら、アミィは持っている杖の魔石に、魔力を流しますです。すると、魔石からあたたかい白い光がでてきて、アミィを包み込みます。その光が、アミィの体を癒してくれて、ムドオンで減った生命力なんかが回復し、全快の状態となりました!
ついでに、おねぇちゃんの魔術陣を破壊して、アミィのきている服も綺麗になります。
これこそ、完全回復魔術“フルケア”なのです!術者をあらゆる厄災から解き放ち、100%の状態にする、ただでさえ希少な回復魔術の中でもトップクラスの効果と希少性を持つ魔術なのです!
「……回復魔術か……またすごいものを用意してくれたわね……」
「メリカおねぇちゃんがなにかあった時にって、時間をいっぱい使って準備してくれたのです!」
もうしょうがないのです。奥の手使っちゃいましたし、出し惜しみはなし、です。アミィはフルケアで解けちゃった目の封印をもう一度行ってから、攻撃を開始します。
「仕切り直しで一気に行きますですよ!“炎犬”“氷兎”“雷鳥”“風猫”!行けなのです!」
火でできた犬さん、氷でできたうさちゃん、雷でできた鳥さん、風でできたねこちゃん、それぞれがアミィの杖から放たれて、エルおねぇちゃんに飛んで行きます。
「形を持った……?ともかく、当たっちゃ駄目ね」
そう言いながら、おねぇちゃんは横に飛びます。
かかったのです!
「みんな、おねぇちゃんを取り囲むのです!」
「えっ?なっ!?」
アミィ命令すると、四匹ともおねぇちゃんを囲んでぐるぐると回ります。
そしたらそのまま攻撃いくですよ!
「犬さんうさちゃん猫ちゃん、いくですっ!」
アミィの声に反応して、おねぇちゃんは鎌を振って三匹を消そうとします。
でも、当たらないですよっ!
三匹は、おねぇちゃんが鎌を振る前に跳んで、おねぇちゃんの真上で合体します!
「ま、さかっ!?」
「かまいたち、いっけーですよ!」
「当たるかっ!きゃっ!?」
コンボマジックによって、おねぇちゃんの頭上に、大きな風の刃が降ります。
が、やっぱりおねぇちゃんはそれを跳んで避けました。
でも、そんなことちゃんとわかってたですよ!
かまいたちを避けたおねぇちゃんの背後を、待機していた鳥さんが襲いかかるです!
バリッという音と一緒におねぇちゃんが悲鳴をあげましたが、倒れることはありませんでした。
「くぅ……誘導式の魔術か……またとんでもないものを……」
「言ったですよ!おねぇちゃんを倒すために頑張ったって!」
誘導とは、ちょっと違うですけどね。
アミィが使ってるのは、なんでもない、ただの基本魔術なのです。
でも、おねぇちゃんを追った時にアミィの魔術がおねぇちゃんを追った話をヒントに、メリカおねぇちゃんたちが発見してくれたですけど、アミィの魔力は特殊なものだそうです。なんでも、アミィの意思に反応していろいろと変化する、とかなんとか。
そこでアミィは自分の魔力を高めたりして、普通とは違う、形を変え、アミィの意思通りに動く魔術を使えるようになりました!……その代わり、昔のアミィに戻って視覚を封印しないと使えないっていう条件がありますけどね……
でも、高まったアミィの魔力は感覚もある程度共有してるらしくて、魔力を少し飛ばして音を聞いたりものを見たりできるから問題なし!なのです!霧を張ったあとは、それを利用しておねぇちゃんに攻撃したですよ。ちなみにコンボマジックのやり方とか、魔術の名前を考えるためにいろいろ本を読みました!
おねぇちゃんにはまだこのことは内緒です。アミィが勝って、ゆっくり話せる時間ができたら教えてあげるですよ!
「ほんとに、厄介になるほど頑張って強くなったわね……でも、負けるつもりはないわよっ!“ダーク”!ムドオン”!」
「むっ、“テトラジャ”!“風鳥”“氷亀”!いくのですよ!」
おねぇちゃんの攻撃に応えて、アミィも魔術を発動するです。
避けられないムドオンはテトラジャで消して、飛んでくるダークは鳥さん亀さんで迎撃です!
二体は玉になってダークに突っ込んでほとんど消えてしまいましたが、亀さんの氷が少し残ったので、また小さな塊にしておねぇちゃんに飛ばします。
「小さくても操れるのね……でも、当たらないわ!」
「まだまだー、ですよ!“氷魚”“風猫”“雷蛇”“炎鳥”!」
氷を避けるのはわかりきってたので、アミィは追撃に魔術を放ちます。
猫ちゃん蛇さん魚さんが、おねぇちゃんの前まで勢いよく飛んで、そして混ざりあい、激しい水流になって襲いかかります。これぞ水流アタックなのですよ!……ほんとはハイドロブーストというらしいですが。
「っ、“ダーラ”!飲み込め!もう一回“ダーラ”!」
「むむぅ、“氷亀”“氷魚”“風蛇”“風鳥”!氷の壁なのです!」
おねぇちゃんの魔術に、アミィは亀さんと魚さんと鳥さんを使って壁を作り防御するです。
ついでに、おねぇちゃんを待ってる間にも確認したけど、方位磁石で方角確認。えっと、アミィの前が北で、左が西、右が東……よし、これで準備完了です!
と、思ってると、カシャンという音を立てて氷の壁が割れて、黒い塊がアミィの向かって飛んできました!少し驚いて、アミィは横に跳んで避けますです!
「ひゃうっ!防げると思ったですけど、驚いたです!」
「あのあとに“ダーク”を加えたのよ。……というか、アミィちゃん、あなた、“決め手になるような大威力の魔術、使えない”でしょ?」
「……バレましたか、です」
攻撃を止めておねぇちゃんがそう言ったので、アミィは素直に答えます。
そうです、アミィは、一発一発がそれほど威力を持たない低級の攻撃魔術しか使えないのです。
「そうなのです。だからアミィはコンボマジックに頼って威力を底上げしているのですよ」
「……やっぱりね」
「“炎鳥”“氷亀”“風蛇”“雷猫”!」
「“ダーラ”。無駄よ。その程度なら簡単に打ち消せる」
アミィの放った鳥さん亀さん猫ちゃんが混ざり、かまいたちを放ちますが、おねぇちゃんのダーラで消されてしまいます。さらに、おねぇちゃんは言います。
「……それに、まだ本気を出さなくてもこれ以上の威力の魔術を私は使える。これで勝負ありね」
……勝負、決しましたですよ。
これで……
アミィの勝ちですよ!
「ねぇ、おねぇちゃん、メタファーって知ってますですか?」
「隠喩のこと、よね?実際のものではなくとも、それを彷彿とさせるものを使うことでそれを表現するっていう……」
「ですです。猫ちゃん、仕上げですよ」
アミィが指示すると、猫ちゃんはおねぇちゃんの方に走ります。
当然、おねぇちゃんはそれをかわすか弾くかするために身構えますが、猫ちゃんはおねぇちゃんの方には行かず、アミィから見て左に曲がって、ある位置でお座りして止まりました。
「……いったい、なにをしてるの?」
「……もう一個聞きますです。おねぇちゃん、ジパング地方の四神のお話を知ってますか?」
「ええ、少しだけなら。たしか、四つの聖なる獣が東西南北の四方を守って…………まさ、か……!」
「いきますですよ……!」
ハッとなって、おねぇちゃんが回りを見回すと、おねぇちゃんが回避した氷の亀さんとアミィが“呼び出しながらも使わなかった”鳥さん蛇さん、そしてさっき配置した猫ちゃんが、おねぇちゃんを中心に、それぞれ四つの方向にいました。
おねぇちゃんの後ろに、氷の亀さん……北の玄武。
アミィから見て右に、風の蛇さん……東の青龍。
おねぇちゃんの正面、アミィの背後に、炎の鳥さん……南の朱雀
アミィから見て左に、雷の猫ちゃん……西の白虎。
そして、四神の守る四つの方向の中央には、ジパング地方に魔物として存在し、力の象徴とも言えるある存在が座しているのです。
アミィのこの魔術は、ジパング特有の方位と属性を利用した神話再現魔術です!
おねぇちゃんはアミィの企みに気がついてその場から離れようとしますが、もう遅いのです。
配置していた四匹の魔術が解けて、地面に大きな光の魔術陣が現れます。
さぁ、いきますですよ!
アミィは、力の限り、その術の名前を叫びます。
「“黄龍招来”!!」
魔術陣から登る、龍を思わせるような光の柱が、エルおねぇちゃんを飲み込んで……
エルおねぇちゃんは、術の跡で、倒れていました。
勝負が、決まったのです。
そう、思ったのです……
でも……
ボッ
突然、そんな音が聞こえたかと思うと、エルおねぇちゃんの背中から、真っ黒な、翼のようなものが生えてきたのです。
「お、ねぇ……ちゃん?」
『被験者の意識遮断、完了。傀儡輪完全起動。標的の殲滅を開始します。“オメガクラスタ”用意……』
アミィが声をかけても、おねぇちゃんはまったく意に介さないで、おねぇちゃんじゃない不気味な声でなにか言いながら、ボロボロの体で立ち上がって自分の正面に黒い魔術陣を展開して、魔力を溜めています。
「おねぇちゃん、どうしたの!?」
『魔力の不足を感知。生命力で代用します。チャージまで、あと3分』
これ以上の攻撃は、おねぇちゃんが死んじゃうかもだから、できないのですよ……
おねぇちゃん、どうしちゃったんですか?
アミィは、どうすればいいですか……?
無機質な声が怖いおねぇちゃんを、アミィはただただ見ていることしかできないでいましたです……
××××××××××××××××××××××××××××××
「ふ……ははは!ざまぁ見ろ!」
傀儡輪の起動を確認して、私はあの小娘を笑ってやった。
小娘に気絶させられてから、なにもされなかったようで、傷一つない状態で目を覚ました私はあいつに報復させるため、すぐに傀儡輪を起動した。なにやらからだがボロボロだったようだが、別に壊れたら捨てればいい。
「くくく……道具は道具らしくそうやってただ操られてればいいんだ!」
「そう、じゃあクズはクズらしく無様に命を散らしなさい」
「えっ?」
背後から誰かの声が聞こえたかと思うと、私の視界が空の青だけとなった。
おかしいな……上は見ていないのだが……
「こんなことしなきゃ、命だけは助かったろうにね。でもね、あなたは私を怒らせるようなことをした。だからこうなったのよ」
「…………」
誰かの声にどういうことだ、と問い詰めようとしたのだが、なぜか声が出ない。思考もなんだか、ぼんやりとしてきた。
だんだんと、落下しているような感覚を覚える。視界がくるくると回って、妙な感覚がする。しかし、その感覚が少しずつ薄れて、視界も暗くなってきた。
「これで命令権は潰したわね……さて、じゃあ早くあの子を止めにいかないと。まったく、傀儡輪を発動されたなんて……なんて謝ればいいのよ……」
それが、私の聞いた最後の言葉だった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「な、なにが起こっておるのじゃ……!?」
「エル、今“オメガクラスタ”って……!?メリカさん、早くここから離れてください!クーさんも、すぐ追いつきますから、メリカさんをお願いします!」
「え?あちょっと!?」
アミリちゃんとエルの戦いを少し前から見ていた僕たちは、エルから黒い翼が生えたのを確認した。
それを見たメリカさんは、理解し難い不可思議そうな顔をしていたが、僕はエルの人間味のない大きな、警告音のような声での宣言を聞いて、顔が青ざめて、クーさんにメリカさんのことを頼んでからすぐにアミリちゃんのところへ走った。
「アミリちゃん!」
「あ……ハーおにぃちゃん……あのね、おねぇちゃんが変なの……!」
「わかってる!なにかはわからないけど、エルによくないことが起こってるんだと思う。でも、あの術式はすごく危険……らしいから、早くここを離れよう!」
「でも、まだアミィおねぇちゃんを捕まえて……」
「その男の言う通りよアミリちゃん。早くここから離れなさい」
「あ、神殿でのおねぇちゃん……」
ここを離れようと説得してみるが、アミリちゃんはここを離れようとしない。
と、そこに一人の女性がやってきた。
「あなたは……?」
「……君がハーラデス君か……まぁ、いろいろとメシュエルから聞いてるわよ。私はローズ。あの子と同じ聖女部隊の一人で、あの子の上司ってとこかな」
「エルの上司……ってことは、今エルのやろうとしてることもわかりますよね?あなたも早くここから離れないと……」
「わかってるけど、大丈夫よ。あの子は私が止めるから」
オメガクラスタ
エルの話では、これとあともう一つ、闇の審判という術式がエルの最大の魔術、らしい。
彼女の話では、オメガクラスタに当たった人間は、生命力を四散されて、一瞬で……死ぬらしい。
そんな技を、この人は止められるのだろうか……?疑問は残る、が今はアミリちゃんを避難させないと……
「あなたはその子を連れて早く避難して。この戦場にはもうほとんど人はいないわ」
「わかりました。さ、アミリちゃん、行こう?」
「駄目です!アミィもエルおねぇちゃんを止めるです!アリュートにおねぇちゃんを連れて行くのです!」
「……残念だけど、あの子をあの街におくことはできないわ。今の状態、あれが街で起こるからね」
「大丈夫なのです!それはメリカおねぇちゃんたちと……」
「聞き分けなさい。もう、あの子はあなたじゃ止められないわ。実際、あの子、本気じゃなかったでしょう?」
「………………」
あれを見れば、嫌でもわかる。
人を殺す魔術を使う彼女の、その本気……
エルは誠実にアミリちゃんと戦ってくれていた。でも……殺すつもりでは、本気では、なかった。
そのことをちゃんと自覚しているのか、アミリちゃんは反論せず、顔をうつむける。
しかし、なにかを思いついたのか、ガバッと顔を上げた。
「テトラジャなら!闇の魔術を無効化できるテトラジャなら……!」
「もしかしたら、で死んだら意味ないわよ。早く、ここから離れなさい」
「でも……でも……!」
「ほら、早く。じゃないと発動の時間になるわよ」
「……アミリちゃん……」
「嫌です!アミィは、アミィは……!」
「問答をしてる余裕はもうないわ。ここ一帯が死地になる前に、早く……」
「その必要はないよ」
ローズさんの言葉に、突然男の声が割り込んできた。
男……おかしい、ここにいるのは、僕とエル、アミリちゃん、そしていたとしてもメリカさんとクーさんくらいのものだったはず。
いったい誰……?
と思ってその声のする方を見てみると、そこには、僕に教団の思惑を教えてくれた、あの神出鬼没の人……たしか、ライカさん、だったかな……がいた。
「ライカ……おじさん?」
「数日ぶりだね、アミリちゃん、ハーラデス君」
「ライカさん……」
突然やってきた上に、逃げる必要がない、という言葉……と、おじさんでいいんだ、という考え……によって、僕は困惑した顔になってしまった。
「ライカ……まさか、あの……」
「話はあとだよ。ちょっと待ってて、今急いであの子を止めてくるから」
そう言うや否や、ライカさんの姿が消えてしまった。
どこだ?と周囲を見回してみると、何時の間にか彼は、魔術陣を展開しているエルの、“背後”に回っていた。
『起動カウント開始、じゅ……』
「“傀儡輪解錠”……ギリギリだったね」
エルの背後に回ったライカさんがなにかをすると、魔術陣が蜃気楼のように霧散して消え、エルはフッと力が抜けたように倒れる。
倒れるエルを、ライカさんは抱きとめて、そのままの状態でまた消えた。
どこに行った?と探してみると、なんと、僕の横に現れていた。そして、抱きとめていたエルを僕に押し付けるように渡す。
「はい、この子よろしくね」
「え、なんで僕……?」
「いや、この子なら君に任せた方が喜ぶだろうし、それにこのまま僕が持ってると妻が怖いんでね……」
「ぶ〜、私もめーたん抱っこしたい〜……じゃなくて、ライカさん、いったいメシュエルになにをしたんですか?」
「若干本音が漏れてるよ、百合姫君。なに、簡単だよ。メシュエル君の傀儡輪を解除しただけさ、これでね」
そう言いながら、ライカさんはなにやらいろいろと線やらなにやらが刻まれた小さな金の棒を見せる。
「なぜその呼び方を……というかあなたまで百合姫と……いえ、それはあとででいいですね。その小さな棒……それを使って傀儡輪を解除できるのですか?」
「ああ、できるよ。試しに君に使ってみようか?“君なら効果はあるし、ちゃんと自分の状況を走査できる”だろう?」
「……噂通りの御仁ですね、ライカさん……」
「ローズお姉さん、ライカおじさんのこと知ってるですか?」
「ええ、というか、この世界の……少なくとも私のいる世界の教団では、有名な人よ。この世界の教団は他の世界の教団に比べて非常に技術が稚拙でね、騎士団にでも入って遠征しようものならば、その死亡率は相当なものだったと聞くわ。それでも、教義のために行く人は絶えなかったらしいけどね。そして、この人は、昔中立領として教団にも異世界の進んだ技術を提供してくれた。そのおかげで、今の教団の死亡率はグッと下がってる、一部上層では、認める認めないに関わらず有名な話よ。詳しくは知らなくても、ここの教団は中立領の支援のおかげで今に至ってるという噂が教団中でよく知られているわね」
「へぇ、そうなんですか……」
変な人だと思っていましたけど、実はすごい人なんだなぁ……
「で、どうするんだい?試すのか、試さないのか」
「……よろしくおねがいします。なんであっても、あの術式は忌々しい枷ですから、早く外したいです」
「ん、了解。じゃあいくよ……“傀儡輪解錠”」
ローズさんの許可を得ると、ライカさんは彼女の首に手に持っている金の棒の先端を向けて、発動キーかなにかを言う。
すると、ローズさんの首から紫色の輪っかのような魔術式が滲み出てきて、カチャッという音が聞こえたかと思うと、空気に溶けるように消えてしまった。
「どうだい?ちゃんと外せてるだろう?」
「……たしかに、外せてますね。さすがは異世界の魔術技術といった感じですか……」
「いや、これは僕のところが独自につくったものじゃなくて、本家本元、君のところの教団の正式な解除キーだよ」
「えっ?」
「ちょっとラインの方でもいろいろあってね……一応、話は知ってるだろう?第三、第四の……」
「ああ、やっぱりあそこも失敗しましたか。だからライン周辺はやめといた方がいいと進言したのに、あの耄碌爺どもが……」
「まぁ、流石に身内に被害があって怒らないほど人間出来てるわけじゃないからね……ちょっと交渉してきたんだ」
「交渉、というといったいどんな……?」
「詳しくは伏せるけど、簡単に説明すると、こっちに被害があったんだけど、教団の首を物理的にすげ替えてあげようか?と提案したところ、ある程度こっちの要求を呑んでくれることになったんだ。まぁ、いろいろと要求させてもらったよ」
『………………』
いや、それ交渉じゃなくって脅しと言うんじゃ……?
同じことを思ったのか、ローズさんも無言になる。
と、そんな僕たちに近づいてくる人たちがいた。
「お〜い!アミリ!ハーラデス殿、無事か!?」
「あ!メリカお姉ちゃん!と……」
「クーさん、今回僕の護衛役をしてもらってた人だよ」
「そうなんだ〜」
「まったく、二人ともいつまで経っても戻ってこんから心配したではないか!」
「そうよ、特に私はハーラデスさんの護衛なんだから、あなたを守らないといけないのに……」
「すみません、でも、ライカさんのおかげでなんとななったんです」
「む、ライカ殿……そういえば何時の間に……」
「少し前に来たばかりだよ。詳しい話はあとでにしよう。……それより、百合姫君」
「あ、はいなんでしょう?……この呼び方で反応してしまうのは複雑な気持ちね……」
「まぁ、いいんじゃないかな?ともかく……はいこれ、君にあげるよ」
満面の笑みを浮かべながら、ライカさんは解除キーをローズさんに渡す。
「あ、ありがとうございます……って、え?なんで、私に?」
「いや、僕が持ってても仕方がないでしょ?そんなことより、海の方も終わったろうから、早く事後処理に向かうとしようよ」
そんなことを言いながら、ライカさんは飄々と街に戻っていく。
完全に話に置いてけぼりにされつつ、僕たちはライカさんの後を追うのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
こうして、教団のハーラデス君拘束、およびアリュートの制圧は失敗に終わった。
アリュート側は軽傷者が多数見受けられたが、重傷者は数名、死傷者は0と非常に少ない被害ですんだ。対して教団側は軽傷者多数、重傷者も普通の戦争に比べたらすくないものの、そこそこの数はいて、死傷者はいないが、行方不明者が一名いる、というのが“公式発表”だ。……なんというか、これを戦争と言うのは先人たちに誇るべきか、謝るべきか……まぁそれはおいておこう。
僕ことライカ・鶴城・テベルナイトの交渉によって、アリュート周辺の全教団師団は撤退、教会騎士団もそれぞれの場所に帰還。一部部隊はアリュート、ラインで捕虜として滞在。概要は、強化兵……向こうの世界では、量産兵だったね……が、一部隊40名、そして教団人造聖女2名だ。前者は身体強化などの魔術が悪影響を及ぼすため治療を行う名目でラインへ、後者2名は片方が意識不明でしばらく移動できないため、アリュートで療養をとるのだそうだ。
街はさほど大きな被害にも合わず、復興も早いうちに終了。完全にアリュート側の勝利であり、教団師団の面目丸つぶれである。
ともかく、ここまでが僕のやるべき補足説明だ。
ここから先は、彼らに任せるとしよう。
××××××××××××××××××××××××××××××
あの戦争から僕の演奏活動再開の日から、だいたい一週間が経過した。
メリカさんの気が早く、またアミリちゃんとの約束もあり、だいたい三日前……街の復興が終わったその日に復興祭という名目で演奏をさせてもらった。
そして今は……
「……あのさ、一言いいかな?」
「なぁに、ハーおにぃちゃん?」
「どうしてこうなった……」
……なぜか、アミリちゃんに女の子の格好をさせられていた。
アミリちゃんの話では、この黒を貴重としたフリフリしてる服は、ゴシックロリータという種類のファッションらしい……
「アミィですね、ハーおにぃちゃんにはこういう服が似合うと思ってたんです!」
「そ、そうなんだ……」
いつものように部屋にやってきてちょっとついてきてと言われ、なにも気にせずについていったらこの様だ……ほんと、どうしてこうなった……
…………結果だけいうなら、僕は、ここ、ハーモニアでピアニストとして活動することになった。
というのも、アミリちゃんとの約束があったからだ。
『できればアミィは、ハーおにぃちゃんといっぱいいっぱい一緒にいたいのです』
あの戦争のあとで、そうアミリちゃんが言ってきて、メリカさんも“お主の迷惑でなければ、ここを活動拠点にせぬか?”というお誘いをしてくれたので、僕はお言葉に甘え、ここを活動拠点として、作曲や演奏、あと副業としてピアノ教室なんかをやることにした。
あとは、個人的に時間をとってアミリちゃんにピアノを教えたり、逃げた頃とは比べ物にならない、充実した日々を送ってる。
「うん、アミリちゃんの言うとおりだったね。ハー君、なかなか似合ってるじゃない」
そうアミリちゃんの隣にいる女性が言ってきたので、僕はため息をつきながら反論する。
「あのねエル、僕は男だからね?こういうのを着る趣味はないんだよ……」
そう、エルもしっかりと回復して、ここにいた。
……エルのこれからを話しておくと、エルは……もう、教団には戻らない。
エルが教団で聖女として戦っていたのは、自分に魔術を教えてくれた師に恩返しをするためであり、その師が亡くなって恩返しをする人がいなくなる……どころか、“その師を殺した”教団のために戦う気などまったくなかったという。しかし、例のライカさんが解いてくれた術式……たしか、傀儡輪だったかな?……のせいで、いやいや戦わざるを得なかったとのことだ。
そして、現在はその傀儡輪の呪縛はないため、彼女は教団に戻らず、聖女部隊も脱退。その旨をローズさんに伝えてから、僕と同じようにここで働くことにした。
なんでも、僕の護衛、マネジメント、そしてここの雑用と、いろいろやるらしい。……エル、マネジメントなんてできるのかな……?ともかく、現在は昔一緒にいた時のように元気に過ごしている。……そういえば、荷物を運んだ時は驚いたな……まさか昔プレゼントしたぬいぐるみクッション、まだ持ってたなんて……
ちなみに、エルはメリカさんから魔女にならないか、と誘いを受けていたのだが、断ったそうだ。メリカさんが言うには長生きできるらしい。なんで断ったんだろうか……?ちっちゃくなるのが嫌だったのかな?
……ローズさんはというと、エルが目覚めてから傀儡輪の解除などいろいろと説明してからすぐに教団へと戻っていった。なんでも、聖女部隊の人たちはみんなあの術式を埋め込まれているから、それを解除しにいくらしい。
「でも似合うものはしょうがないじゃないの。あ、そうだアミリちゃん、このまま……ゴニョゴニョゴニョ」
「それいいですね!アミィ乗った!ですよ!」
「……ほんと、二人は仲がいいね……いつも一緒にいるし……」
「ん〜、仲がいいのは認めるけど、私はちょっと別の理由もあるのよねぇ〜」
「あ、それはアミィも一緒なのです」
「あー、それって……」
「はいなのです」
「……」
「……」
『ね〜?』
少しの沈黙のあとに、二人はにっこり笑って両手をタッチする。
「……女性って、なんかよくわからないな……」
「まぁ、ハー君じゃわからないわね……」
「そうですよ〜。ハーおにぃちゃんだとわからないのですよ〜。実際まったく気がつかないんだも〜ん」
「ハー君のあれは生まれつきみたいなのよ……昔も同じようなもんだったしね……」
「二人してなんの話をしてるのかな?」
「なにって……」
「ハーおにぃちゃんのことですよ?」
『ね〜?』
「……はいはい、それはもうわかったから……」
「……ねぇねぇアミリちゃん、これはちょっとあれじゃないかな?」
「……はいなのです、少しはちゃんと意識して欲しいのです」
「……よし、やるか」
「おーけーですよ」
「え?なに?二人してなんか怖いよ?」
なんというか、怒ってるような、呆れてるような……なんか変なこと言ったかな?
「ハー君ハー君、ちょっと目をつぶってくれないかな?」
「ん?まぁ、いいけど……」
目的はわからないけど、この二人のことだから変なことはしないだろうとお願いを聞いて目をつぶる。
と、なにやらこそこそと動いて、右とか左とかいう小さな話し声が聞こえてきたので、若干不安になってきた。
「あ、あのさ二人とも、いったいなにを……」
「そりゃっ!」
「えいっ!なのです!」
チュッ……と、柔らかな感触が、両側の頬から伝わってきた。
「ひゃわっ!?」
「ひゃわっ!だって!ハー君可愛いなぁ〜」
「女の子みたいなのです!」
無論、これに驚かない僕ではない。変な声で小さく叫んでしまった。
そんな僕を見て、二人はくすくすと楽しそうに笑う。
だから、僕は男なんだって……そんなことを言わないで欲しい……
じゃなくて、今、もしかして二人は僕にキ……キスを?い、いやアミリちゃんならじゃれてそういうのやってきてもおかしくない年……というより見た目をしてるけど……
「あ、あのさ二人とも、さっきのは……」
「お、ハー君顔赤くしてる!」
「一応女の子として見てくれてましたね!」
「あ、言っておくけどねハー君、私もアミリちゃんも、おんなじ気持ちなんだからね!!」
「よし、じゃあエルおねぇちゃん、急いで逃げますですよ!」
「オッケー!よ〜い……ドンッ!!」
そう言って、二人は僕を置いてダッシュで部屋を出ていってしまった。
「あ、二人とも待っ……って、その前に着替えを……」
着替え、を……
あれ?着替えはどこにいった?
たしかそこに置いておいたような……
……もしかして……持ってかれた?
「参ったな……このまま外にでて追いかけろってことか……」
早く追いかけないと、見失ってしまいそうだ……
…………それにしても、だ……
二人とも、おんなじ気持ちなんだからね、か……
それもまた、参ったものだ。
勘違いしている、ということもあるけど、さて、どう捉えたものか……
そういうことは、今までまったく考えてなかったからな……ずっとピアノのこととか考えてたし、逃げてたころは考えてる余裕もなかったし……それに、そういうのはもうちょっと年をとってから考えればいいかと思ってたし……
「まったく、参ったなぁ……」
服のことか、二人のことか、僕はそう言いながら、またため息をついてから部屋を出て行く。
まだ時間はあるんだ。
恋とか、結婚とか、そういうのは、ゆっくり、ゆっくり考えていけばいい。
……今はとりあえず、あの二人を追いかけるとしますか。
「こら、二人とも!服を返してください!!」
12/08/21 23:18更新 / 星村 空理
戻る
次へ