第十三楽句〜超常の輪舞曲〜
「おや、ようやくいらっしゃいましたか“黄泉の神殿”」
「敵情視察よ。芳しい情報はなかったけど、それで許してちょうだい」
「……ふむ、まぁいいでしょう」
教団のアリュート侵攻の地上部隊本拠地。
街から離れた場所に設営されたその中の少々外に作るのは豪奢すぎる部屋に、私は今回サポートをするはずの部隊の部隊長……司祭と顔合わせをしにきた。
当の司祭は、呑気に紅茶などすすっている。
私が集合に遅れたことに、司祭は口ではなんでもないようにしていたが、顔では難色をありありと出していた。
「で、あなたが今回私がサポートすればいい部隊の?」
「ええ、そうです。よろしくお願いしますよ」
話している間、司祭はまったく私と目を合わせようとしない。
「しかし、なぜあんな一犯罪者のために戦争を?」
「あなたもわかっているでしょう?そろそろアレに利用価値がなくなるからですよ」
「しかし、それなら戦争でなくても……」
「戦争をすることで、こちらの戦力の練度が上がるんですよ。幸い、向こうは親魔物領ですから、
滅ぼしてしまっても構わないですしね」
……やはり、というかなんというか、下種な……
「それでも、なぜあなたみたいな高い位の人がこんな場所に?」
「……そんなもの、あなたは知らなくてもいいのですよ。あなたは黙って私の指示を聞いてればいいのです」
「……了解」
服従するつもりなんて微塵もないが、とりあえずはそう答えておく。
「……作戦開始まであと十分です。足でまといにならないよう、時間まで休んでなさい」
「……了解」
嫌味ったらしい言い方だな、と心中で悪態をつきつつ、私はその場を後にし、外に出た。
外では、今回投入される兵力……通称、強化兵が無表情無感動にただただ整列していた。
強化兵
人造勇者計画の後釜として作られた、命令に絶対である兵士……
私たち聖女と同じ……いえ、それ以上に悲惨な道を歩かされた、作られた存在……
何をされたのかはわからないが、その表情からは、人間らしい感情の一切を感じなかった。
その境遇には同情もするし、憐憫の情も湧くが、それでも私の力ではどうしようもない。だから、目を逸らすしかない。
……ごめんね。
そう心の中でつぶやきながら、私はまた、これから私たちが攻める街を見に行った。
××××××××××××××××××××××××××××××
「……では、そろそろ時間じゃな。全員持ち場につくのじゃ」
『了解!』
「鶴城殿、海側は頼んだぞ」
「お任せを。メリカさんもお気をつけて」
「うむ。イーリスも頼んだぞ」
「それはこっちの台詞ですよ〜。私が領主なんだから〜」
「ははは、そうじゃな」
教団に対抗するための最後の会議が終わり、全員が持ち場へ向かって部屋を出る。
海には、鶴城さんたちスートの人たちが主に配置され、この街のギルドの泳げる人たちがサポート。
街、及び外周側は主にトートサバトの面々が行うらしい。
「さて、ではハーラデス殿も、移動しよう」
「ええ。えっと、クーさん、でしたっけ?よろしくお願いします」
「うん、よろしく」
「メリカさんも、こんな時なのに……ありがとうございます」
「なんの、気にすることはない。わしらがお主の役に立てるなんて、この街の住人として光栄じゃよ。それに、アミリも喜ぶじゃろう」
「ですね」
「いや、喜ばんかもしれんな」
「どっちですか!?」
「えっと、行かなくていいのかしら?」
「あ、そうじゃったな」
「行きましょう」
呑気に会話しているところをクーさんに言われて、僕たちはそそくさと移動をするのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「あ、おねぇちゃんお帰り!」
「うん、ただいま。準備はどう、アミリ?」
「すんごくいい調子だよ!」
様子を聞くと、アミリはメリカ様に作成してもらった専用の杖をくるくると器用に回す。
形状は短い棒の先端に黄緑色の魔石を埋め込んだ短杖。
アミリでは、ロッドタイプの魔杖は使えないという判断でメリカさんは形状をそのようにしたらしい。
しかし、短杖といえど製作者は我らがサバトの長、メリカ様なのだから、性能は普通のそれとは比較にならない。しかも、メリカ様はもっとも長い時間アミリと一緒にいたのだから、同調率も半端ではないだろう。
でも、わざわざ手製の杖を作る必要があるほどの相手、ね……
そうとう強い人と戦うみたいね、アミリは。
「他のお姉ちゃん達もみんな準備を終えて配置についてるよ!」
「そう、報告、ありがとうね」
「えへへへへ……はいなのです!」
お礼を言いながら、私はアミリの頭を撫でてやる。
なんというか、この子は本当に可愛がり甲斐があるわね……ついついお姉さんらしくしたくなるわ……お兄ちゃんの前でも。
「……いいお姉さんだよね、僕の奥さんは」
「む、なによぉ、私がお姉さんしたらダメなの、お兄ちゃん?」
「いやいや、可愛らしいなって」
「すぐに戦いが控えてるのに、そんなこと言えるなんて随分と余裕ねぇ」
「余裕って訳じゃないけど、思ったことを言っただけだよ」
「ん、ありがと……」
恥ずかしいことをなんでもないように言うお兄ちゃんに私は少し顔を赤くするけど、すぐに真面目な顔になって話を変える。
「とりあえず、作戦自体は変わらないけど、今から言う子たちに通達をお願い。内容は……」
説明をすると、お兄ちゃんは少し不思議そうな顔をした。
「いや、わかったけど……そんなの、いったいなにに使うんだい?」
「んー、内緒。と言っても、だいたいの用途はわかるでしょ?」
「まぁね。じゃあ、いってきます」
通達をしにお兄ちゃんは魔術を使って走り出し、その場から一瞬でいなくなる。
と、今度はアミリが理解できないといった感じの顔になっていた。
「ねぇねぇおねぇちゃん、反響の魔術なんて、なにに使うの?」
「ん?まぁ、面白いことよ」
「面白い?」
「アミリもきっと楽しめるでしょうね」
「楽しめますか!」
「いや、機嫌悪くなるかも……」
「機嫌が悪くなりますか!?」
「まぁ、アミリは自分の戦うべき相手に集中しなさい」
「……うん、わかった!」
不思議そうな顔から、期待した顔、そこからさらに驚いた顔……
ころころと表情の変わるアミリを見て楽しむ私だったが、今は目前に戦いを控えているのだから、気を引き締めないといけない。
注意を促すと、アミリは今までにないくらい、真剣な顔をしていた。
……ふぅん、こんな顔ができるようになったんだぁ……
「……アミィ、おねぇちゃんたちみたいにすごくはないけど、でも、頑張るよっ!」
「……ふぅん……」
なんていうか、うん……
「どうかしたのかい、なんか変な顔をしてるよ」
「あ、お帰りお兄ちゃん。変な顔って酷いなぁ〜。うん、まぁなんていうか、やっぱり男で女は変わるんだなぁって……」
そう思わせるほど、今のアミリは大きく成長しているように見えた。とは言っても無論、体がとかではなく、雰囲気とか、そんな感じのものが、だ。体が大きくなっちゃったら魔女としてはアウトだと思う、うん。
しかしながら、それでもまだ私の目にはアミリには幼さがあるように映る。だから……
「可愛い妹が頑張るんだもの、お兄さんお姉さんの私たちも、うんと頑張らないとね」
「……そうだね」
互いにそう言い合いながら、私たちは気を引き締め、敵のいるであろう向こう側を見て、彼らが来るのを待つのであった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「さて、全員配置についたかの?」
「はい、大丈夫です!ここから見える範囲であれば周囲一帯も準備完了ですね」
「そうか、ならばあとは敵を待つだけじゃな。“ハーラデス殿、お主はどうかの”?」
「“ええ、問題はないです”し、調子もいいです」
街を見渡せるほどの高さの場所……トートサバトの屋上に、僕と、護衛役をしてもらっているクーさんと、メリカさんにトートサバトの魔女が4人の、計7人が立っていた。
「それにしても、よくこんな作戦をやろうと思ったわね、メリカさんは」
「まぁ、一種の賭けじゃからそう思うのも仕方がないな。じゃが、これが成功すれば、きっと相手戦力の大半が戦意を失ってくれるはずじゃ。……というのは、表向きの理由じゃがの」
「表向きって……」
「まぁ、あれじゃよ、わしもこの時に立ち会いたいんじゃよ。アミリには悪いがの」
「……で、成功する見込みは?」
「ある。といっても、絶対、ではないがの」
「だいたい、6、7割程度ですかね?」
「意外に高いのね?」
「まぁ、相手は人ですからね……」
そんな話をしていると、街の外の空に、青い光が弾けた。
「合図、ということは、いよいよお出ましかの?」
「の、ようですね。準備をしておきます」
そう言って僕は席につき、衣装として貸してもらったモーニングコートの裾を引っ張って伸ばしたり、と服装を正す。
ここで行われる作戦の発案者は、僕。そして中核を担うのも、僕。なんというか、こんな勝手な作戦にメリカさんたちを巻き込んでしまい、申し訳ない限りだ。
でも、やると決めたからには、最後までやり遂げるべきだ。
「次に赤い信号が5つ上がったら、作戦開始じゃな……ハーラデス殿、緊張は?」
「してませんよ。一応、こういうのは慣れてますからね。状況は、違いますけど」
そう言って、苦笑いをしながら僕は目の前に設置されているピアノの鍵盤に指を添えた。もう、ピアノに触ることへの恐怖はない。
この作戦は、作戦というにはあまりにも稚拙で単純な……いや、これはもう作戦じゃないな……
これは、ただの演奏会だ。
「っ!ハーラデス殿、合図じゃ!いつでもいけるぞ!」
「わかりました、では、いきます……」
メリカさんは、この演奏会……作戦を、今回演奏する曲の名前をそのまま使って、こう読んだ。
「“超常の輪舞曲”作戦、開始です」
さぁ、ここからもう一度
僕の演奏者人生を再開しようか
××××××××××××××××××××××××××××××
『おぉぉおおぉぉおおおぉおお!』
『はぁぁあああぁぁぁあ!』
魔術と火花の散る戦場から少し離れた場所で、私は司祭の隣で戦いもせず、ただ様子を見ているだけだった。
「ふむ、今のところ、戦況はイーブン、と言った感じですか……」
「様子を見る限り、騎士団では実力不十分、師団で互角、と言ったところね」
「しかし、私の兵たちは押していますね」
私の今の仕事は、隣で嬉しそうに言うこの司祭の護衛。
まぁ、自由に行動できないのは残念だが、今の戦況を見る限り私が出しゃばる必要性はなさそうだ。
まず、騎士団と師団では押すことは出来ないし、こいつ自慢の強化兵は一部隊だけ。流石に数の暴力には勝てないだろう。しかも、この状況は相手が死傷者を出さないよう、手加減されて戦っている上での結果だ。もうどうしようもない。
「それにしても、私たちの襲撃は向こうに知られているはずがないのに、よく向こうは事前に察知して待ち構えられましたね……」
「近隣の街で目撃されていたせいで警戒したんじゃないの?」
「それも考えられますが、私は内部告発ではないかと考えるのですが?」
「……なによ、私が情報を流したと思ってるの?」
「さて、あなたに心当たりがあるのならそうではないですか?」
「ふむ、ないわね。まずそうする理由がないし」
「…………そうですか」
……私は、死者を出さないよう戦っている向こう側に味方したい。だからこそ、今やることは、静観することだけ。
そして、あの子が来た時は、あの子の覚悟と力を見せてもらう。
懸念すべきことをあげるなら、この強化兵部隊か……もしかしたら、死人が出てしまうかもしれないからなぁ……しかし、だからといって安易に指令であるこの司祭を仕留めると、周りの兵たちが感づいて私の今後が危うくなる。首輪がある限り私は教団に属さざるを得ないのだ。そこは注意しないといけない。
さて、どうしたものかな……と、考えていると、例のあの子、アミリちゃんだったかな?が、戦場に立っているのを視認した。
消耗を抑えるためか、魔晶石を使っての簡易魔術で他の人のサポートに回っている。
さて、あまりよくないタイミングで現れちゃったけど、どうしたものかな……
現状では、師団、及び強化兵に押されるように……と、いうよりよく見ると引きつけるように向こうの隊は後退している。なにか作戦でもあるのだろうか?それがいい感じにこっち側を混乱させてくれればいいんだけど……
「ふぅ、む……」
「どうかしましたか?」
「いや、順調だなぁって」
「そうですね。ここは前回の戦争で私たちを引かせた、と聞いていたので、もっとよいデータが得られると思ったのですが、これは少し、期待外れですね……」
「…………」
向こうが殺す気できたら今頃こっちは全滅してるだろうけどね、と皮肉に思いながら、私は特にこれといった反応もせずに、戦場の様子を見る。
……ん?
向こう側の前線から少し下がったところにポツンと、一人の魔女が立っていた。あんなところで、いったいなにを……
と、思った矢先に、その魔女が赤い閃光を空に向かって放った。
立て続けに、別の場所からも、赤い閃光が上がる。
……おかしい、敵発見の連絡であるであろう青い閃光はもう上がっていたはず。なのに、今更……と、いうことは、なにかある、ということね。
「……注意しなさい。なにか仕掛けてくるわよ」
「なに、問題はないですよ。私の強化兵は完璧ですから」
「…………」
教団の不利は万々歳だが、一応忠告をしてやる。しかし司祭はまったく気にしない。なんというか、愚かな……
と、思っていたのだが、こちら側には特にこれといった変化は見られない。気になることと言えば、先ほど閃光を上げた子と、前線の何人かが、なにやらよくわからない術式を展開したくらいだ。
あの術式自体には、なにも影響はなさそうなんだけ……
「………………?」
「どうかしましたか?」
「あ、いや、今なにか聞こえたような……」
誰かの声と言うより、なにかの音、が聞こえたような気がした。でも、微かに、ということは、どこか遠くの音、よね……?
「っ!?どういう、ことですか……!?」
「どうかし……?」
司祭がまさに驚愕、といった表情で凝視するのを目で辿ると、司祭は、自分の強化兵のことを見ていた。
いったいなんだ、と強化兵の様子を見てみるが、変化はないように思える。他の部隊にも変化はない、し……?
「え?これ、は……?」
変化は、最初は小さなものだった。最前線の人の手が鈍っているように見られただけ。
でもそれは、次第に周囲の人に伝播し、悪化して、遂に……
遂に、戦場のすべての人間が、攻撃を止めていた。
「これは、いったい……!?」
「少し様子を見てくるわ」
動揺を隠せない司祭をおいて、私は前線に向かって走る。
前線に近づく度に、微かに聞こえてきた音が、大きくなっていく。
それは、透き通るような音だった。
それは、心に響く、激しさと穏やかさ、両方を併せ持つ旋律だった。
それは、聞き覚えのある音だった。
そう、それは……
間違いなく、ハー君の演奏している、ピアノの音だった。
「ハー君……」
この音が彼の演奏によるものだとわかり、私は足を止め、周囲の様子を見た。
攻撃をやめた教団の兵は、なにか困惑しているような表情で、仕切りに周囲を見渡している。
いったい、どうしたのだろうと疑問に思ったが、その疑問は、すぐに解消されるのだった。
『この映像が、この戦争で起きるかもしれない、悲劇なんです……』
そんな、ハー君の声がどこからか聞こえてくると、頭の中に、いろいろな映像が浮かんでくる。
自分の大切な人たちが、次々と、殺されて行くところ……
戦って、戦って、悔いを残したまま、死んでいくところ……
演奏を通して、直接心に響くような、そんな感じで、様々な情報が頭に流れてきた。
ハー君が追われるようになった、“レクイエム事件”の真実。
ハー君の指名手配を利用して行ってきた、教団の侵略。
魔物は、人間とほとんど変わらない、泣いたり、笑ったり、怒ったりする生き物なんだという主張。
そして、ハー君の、戦いをやめて欲しいという、心の底からの純粋な願い……
こんなのが、直接心にきたのなら、たしかに、迷わないほうがおかしい、ね……
一部、心が本当に強かったり、今の訴えがまったく通用しない人ならともかく、騎士団や、なにも知らない師団だと、なぁ……
そう思いながら、私は流れてくる情報を無視して、強化兵の様子を見に行く。
「う、ああ……」
「あ、やめ……」
「……くる、し……」
……なるほど、他の兵と同じ……いや、少し症状が酷い、かな?なにかしらの術式の影響で、エラーを起こしてる、んだと思う。
これは、戦いは無理そうね。
……ふむ、強化兵は駄目になってるし、他の兵も普通の状態ではない。なら……
行動するなら、今、かな?
「……“アクセル”」
私は、魔術を使って即座に司祭の元へ戻る。
「な、なにが起こってるんだ!?」
「動揺を隠せないみたいね。説明するなら、なにかしらの術式の影響で、全部体が混乱している、と言った感じね。まぁ、都合がいいわ」
「都合がいい、だt……むぐっ!?」
司祭がなにか喚き散らそうとしたようだけど、私はそれを確認する前に、彼の後ろに回りこんで後ろ手に拘束し、口を塞いだ。
「……っ!っ!」
「騒ぐな。余計なことをしようとしたら、その部位を破壊するわ」
「……!」
一言、そう忠告してから、私は塞いでいた口を解放する。
「な、なにをする!」
「ちょっと、強化兵に新しい命令をしないで欲しくてね。たぶん、今の状態なら新しい命令さえされなければ、もうなにも行動できないだろうし」
「やはりっ……貴様、裏切るのか!?」
「裏切るもなにも、私たちはあんたらの味方になったつもりなんて、一度もないわよ?」
「っ!!強化兵!今すぐこいつを……!」
「忠告したわよね?今度は警告するわ。強化兵に命令をしようとすれば、舌を切り落とす」
私の警告に、司祭は黙る。
とりあえず、これで話が進めやすくなった。
「さて、あなたにはさらに質問があるわ。……強化兵、あの子たちに、なにをした」
「………………」
「答えなさい。答えれば、まぁ解放してやるわ」
「……知らない。私は指揮を任されただけで、詳しいことは……」
「……そう、ならいいわ」
じゃあ、もうこいつは用済みか。
「“ムドオン”」
「〜〜〜っ!?」
余計なことをされる前に、私は司祭を気絶させる。こいつは後で記憶を改竄する魔術で証拠を隠滅すれば問題はなくなるわね。でも、あれって魔力消費が激しいから使いたくないんだよなぁ……
と、考えていると、突然司祭を中心として魔術陣が展開された。
「……これは……?」
展開された魔術陣から、次々と強化兵たちが転送されてくる。転送された強化兵の表情は虚ろで、私を見ると、己の武器を構え始めた。
……大方、指令が気絶、及び死亡した場合、その周囲に転送されて襲撃したと思しき人物を始末しろ、という命令をされたといった感じだろう。
「まぁ、厄介なのをこっちに引きつけられただけでよしとするか」
ならば、あとはこいつらを倒して、アミリちゃんと戦うだけだ。
「じゃあ、いきましょうか……」
そうつぶやきながら、私は魔力を練り、術式を展開する。それを確認した強化兵たちが一斉に攻撃を開始する。
しかし、私はそれにまったく気を乱さずに、ただ一言、自分の術式の名を呼ぶ。
「……“闇の審判”」
さて、今回はどのくらいかかるかな……?
××××××××××××××××××××××××××××××
「……なによ、あれ……!?」
アミィの隣で、おねぇちゃんがそういいながら、“神殿のようなもの”を見ています。
ハーおにぃちゃんのピアノの演奏を聞いて喜んでいたのも束の間、アミィたちは突然現れたそれに驚きました。
というかハーおにぃちゃん、演奏するんだったらせめて言って欲しかったのです!あと最初はアミィだけに聞かせて欲しかったのです!まったくもぅ!
「とりあえず、敵はみんなハーラデス君の演奏で混乱している。動けない人から確実に拘束して回収して行こう」
「そ、そうだね……!」
ずっと待っててもなにもないからか、おねぇちゃんたちは動けない人たちを回収することにしたようです。
でも、アミィはそこから動きません。
「?アミリ、早くいきましょう」
「……アミィ、ちょっとあそこで待ってるです」
そういいながら、アミィは神殿を指差します。
「あれって……神殿!?アミリ、あれはなんなのかわからないのよ?危ないわ」
「でも、たぶんあれ、エルおねぇちゃんのだから、いかないと……」
あの神殿が現れたとき、ほんの少しだけど、エルおねぇちゃんと一緒にいたときと同じ感じがしたのです。あそこにいけば、きっとエルおねぇちゃんと会える。
それで、ハーおにぃちゃんは渡さないって、エルおねぇちゃんを倒すんだ。
だから……
「アミィ、エルおねぇちゃんに会いにいくのです!」
「……ん、わかったわ。危なく感じたら、すぐに逃げるのよ?」
「了解なのですよ!」
「さぁ、私とお兄ちゃんは教団の人たちを回収しよっ!」
「ん、了解」
そうして、アミィはおねぇちゃんたちと別れて、神殿の方に向かいます。
ここは反響の魔術の場所から遠いから、意識を傾けないと聞こえないけど、ハーおにぃちゃんの演奏は、まだ終わってない。
耳に入る音は、とても、とても心地いいものなのです!
エルおねぇちゃんも、ハーおにぃちゃんの演奏、聞いたかな?
うん、きっと聞いてるよね。だってエルおねぇちゃんもハーおにぃちゃんのこと、好きなんだから。
「これが……そうだよね?」
遂に神殿の前まで到着したアミィは、その天辺を見上げます。
遠くから見ても大きかったそれは、近くで見るとさらに大きいのです!
「うーん、この中に、エルおねぇちゃんがいるん……だと思うけど、いるかなぁ〜?」
「……行かない方がいいわよ、そこのお嬢さん」
「ふにゅ?」
とりあえず、探してみよう!と神殿に近づこうとすると、誰かに声をかけられたようです。
誰かな?と周りを見回してみると、近くに、人間のお姉さんが立っていました。
「お姉さん、誰ですか?」
「私は……うーん、なんて言えばいいのかな……まぁ、敵じゃなわね」
そういいながら、お姉さんはアミィの隣に歩いて来て、アミィにあの神殿について説明してくれました。
「あれはね、メシュエル・ラメステラの“闇の審判”って術なのよ。中に入った者は、余程の耐性がない限り生命力を吸われ続けるわ。だから、あそこには入っちゃダメよ」
「……やっぱり、エルおねぇちゃんのでしたか!」
「ん?めーた……メシュエルの知り合いなの?」
「はいなのです!アミィ、エルおねぇちゃんを倒しにきたです!」
「……えーっと、それは、そんな親しげにいうこと、なのかしら……?」
アミィの言葉に、お姉さんは困ったような顔をしています。
「はぁ……まぁ、いいや。ともかく、危ないからその中に入っちゃダメよ。メシュエルにあいたかったら、出てくるまで待ちなさいな」
「はぁい!」
「ん、聞き分けがよくてよろしい!」
でも、エルおねぇちゃんはいつになったら出てくるのかな?
そんなことを考えながらもアミィは返事をします。と、お姉さんは頭を撫でてくれました!
「えへへへ……」
「さて、じゃあ私はちょっと……まぁ、片付けがあるから、ここを離れるわね。じゃあね、お嬢さん」
そう言って、お姉さんはその場をあとにします。
……うーん、あのお姉さん、誰だったんだろ?エルおねぇちゃんのお友達かな?
まぁいいや。今は、エルおねぇちゃんを待とう!
……どのくらい待ってればいいのかな?
××××××××××××××××××××××××××××××
「う〜ん、可愛い子だったわねぇ〜」
めーたんの様子を見に行った時に発見した魔女の子のことを思い出して、私は幸せな気持ちになった。
ああいう子、うちの子にしてみたいなぁ……そしたら、いっぱい可愛がれるのに……
などと考えながら、私は青い蝶の形をした術式を飛ばす。
鼻歌を歌いながら少し待つと、赤い蝶が私のところへ飛んできたので、それに触って術式を展開させる。と、術式を通して頭に直接、私が蝶の術式を送った相手の声が聞こえた。
『なによ百合姫、今忙しいんだけど?』
「うん、知ってる。お疲れ様めーたん」
『めーたん言うな。その様子だと、仕事は終わったのね?』
「終わったっていうか、投げ捨ててきちゃった。気に入らなかったから」
『あんたは、なんというか……』
「めーたんも人のこと言えないじゃないさ、今、強化兵と戦ってるんでしょ?」
『まぁね。で、なんの用かしら?』
「あ、うん。ちょっとそいつら早く片付けた方がいいよって言いたかったんだ」
『そんなことを?どうして?』
「いやさ〜、かんわいい〜子が、めーたんの聖堂前で待ってるんだよね〜」
『……そっか、アミリちゃん、来たんだ……』
「へぇ、アミリちゃんっていうんだ〜」
『若干あの子にあんたの魔の手が迫りそうな予感がするんだけど……まぁいいわ。じゃあ、ちゃっちゃとこいつら片付けましょう。百合姫、ちょっと神殿の裏の連中の記憶を消して適当に始末しておいてくれない?ちょっと今は手が離せないからあんたにしかあと始末頼めないのよ』
「ん〜いいよ〜。とりあえず拘束して向こうに渡せばいいよね〜?じゃあ、ちょっとこっちのボランティア終わったらいくね〜」
『ん、頼んだわ』
そう言うと、めーたんが送ってきた術式は効力失い、空気に溶けるようになくなってしまった。
「さてと〜、じゃあこのボランティアも、すぐ終わらせちゃおっか〜」
そういいながら、私は向こうに回収されずに捨て置かれた教団の兵を、転送魔術で回収し始めるのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「エルおねぇちゃん、まだかな〜?」
ハーおにぃちゃんの演奏も終わって、どのくらい待ったかわからなくなった頃に、アミィはそうつぶやきました。
1時間くらいかもしれないですし、たった数秒かもしれないですけど、アミィはまったく覚えてません。
でも、アミィの魔術やハーおにぃちゃんから聞いたエルおねぇちゃんの魔術のおさらいをしたりするうちに、その時は来ました。
突然、神殿が光に包まれて、ほどけるように消えたのです!
……そういえば、エルおねぇちゃんは“黄泉の神殿”って呼ばれていたですね。ん〜、そんな怖そうな名前、おねぇちゃんには似合わないなぁ……こんなに、綺麗な魔術なのに……
なんて、目の前の光景を見ながら、アミィは思いました。
そして、そのおねぇちゃんが、消えていく神殿の中から、姿を現します。
真っ黒なマントで身を包んで、綺麗な銀色の髪を揺らして、綺麗な緑色の目をしっかりアミィに向けて……
エルおねぇちゃんは、アミィの前に立っています。
「お久しぶりね、アミリちゃん」
「お久しぶりなのです、エルおねぇちゃん!」
「どう?あれから頑張って強くなったかな?」
「はいです!頑張ってお姉ちゃんたちに鍛えてもらったです!」
「そう、それはよかったわ」
本当に嬉しそうな顔をしながら、おねぇちゃんは魔力で織った鎌を出し、構えます。
アミィもそれに答えて、杖を構えるのです。
「じゃあ、始めよっか」
「はいなのです!」
そして、アミィとおねぇちゃんの、ハーおにぃちゃんを賭けた戦いが始まりました。
「敵情視察よ。芳しい情報はなかったけど、それで許してちょうだい」
「……ふむ、まぁいいでしょう」
教団のアリュート侵攻の地上部隊本拠地。
街から離れた場所に設営されたその中の少々外に作るのは豪奢すぎる部屋に、私は今回サポートをするはずの部隊の部隊長……司祭と顔合わせをしにきた。
当の司祭は、呑気に紅茶などすすっている。
私が集合に遅れたことに、司祭は口ではなんでもないようにしていたが、顔では難色をありありと出していた。
「で、あなたが今回私がサポートすればいい部隊の?」
「ええ、そうです。よろしくお願いしますよ」
話している間、司祭はまったく私と目を合わせようとしない。
「しかし、なぜあんな一犯罪者のために戦争を?」
「あなたもわかっているでしょう?そろそろアレに利用価値がなくなるからですよ」
「しかし、それなら戦争でなくても……」
「戦争をすることで、こちらの戦力の練度が上がるんですよ。幸い、向こうは親魔物領ですから、
滅ぼしてしまっても構わないですしね」
……やはり、というかなんというか、下種な……
「それでも、なぜあなたみたいな高い位の人がこんな場所に?」
「……そんなもの、あなたは知らなくてもいいのですよ。あなたは黙って私の指示を聞いてればいいのです」
「……了解」
服従するつもりなんて微塵もないが、とりあえずはそう答えておく。
「……作戦開始まであと十分です。足でまといにならないよう、時間まで休んでなさい」
「……了解」
嫌味ったらしい言い方だな、と心中で悪態をつきつつ、私はその場を後にし、外に出た。
外では、今回投入される兵力……通称、強化兵が無表情無感動にただただ整列していた。
強化兵
人造勇者計画の後釜として作られた、命令に絶対である兵士……
私たち聖女と同じ……いえ、それ以上に悲惨な道を歩かされた、作られた存在……
何をされたのかはわからないが、その表情からは、人間らしい感情の一切を感じなかった。
その境遇には同情もするし、憐憫の情も湧くが、それでも私の力ではどうしようもない。だから、目を逸らすしかない。
……ごめんね。
そう心の中でつぶやきながら、私はまた、これから私たちが攻める街を見に行った。
××××××××××××××××××××××××××××××
「……では、そろそろ時間じゃな。全員持ち場につくのじゃ」
『了解!』
「鶴城殿、海側は頼んだぞ」
「お任せを。メリカさんもお気をつけて」
「うむ。イーリスも頼んだぞ」
「それはこっちの台詞ですよ〜。私が領主なんだから〜」
「ははは、そうじゃな」
教団に対抗するための最後の会議が終わり、全員が持ち場へ向かって部屋を出る。
海には、鶴城さんたちスートの人たちが主に配置され、この街のギルドの泳げる人たちがサポート。
街、及び外周側は主にトートサバトの面々が行うらしい。
「さて、ではハーラデス殿も、移動しよう」
「ええ。えっと、クーさん、でしたっけ?よろしくお願いします」
「うん、よろしく」
「メリカさんも、こんな時なのに……ありがとうございます」
「なんの、気にすることはない。わしらがお主の役に立てるなんて、この街の住人として光栄じゃよ。それに、アミリも喜ぶじゃろう」
「ですね」
「いや、喜ばんかもしれんな」
「どっちですか!?」
「えっと、行かなくていいのかしら?」
「あ、そうじゃったな」
「行きましょう」
呑気に会話しているところをクーさんに言われて、僕たちはそそくさと移動をするのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「あ、おねぇちゃんお帰り!」
「うん、ただいま。準備はどう、アミリ?」
「すんごくいい調子だよ!」
様子を聞くと、アミリはメリカ様に作成してもらった専用の杖をくるくると器用に回す。
形状は短い棒の先端に黄緑色の魔石を埋め込んだ短杖。
アミリでは、ロッドタイプの魔杖は使えないという判断でメリカさんは形状をそのようにしたらしい。
しかし、短杖といえど製作者は我らがサバトの長、メリカ様なのだから、性能は普通のそれとは比較にならない。しかも、メリカ様はもっとも長い時間アミリと一緒にいたのだから、同調率も半端ではないだろう。
でも、わざわざ手製の杖を作る必要があるほどの相手、ね……
そうとう強い人と戦うみたいね、アミリは。
「他のお姉ちゃん達もみんな準備を終えて配置についてるよ!」
「そう、報告、ありがとうね」
「えへへへへ……はいなのです!」
お礼を言いながら、私はアミリの頭を撫でてやる。
なんというか、この子は本当に可愛がり甲斐があるわね……ついついお姉さんらしくしたくなるわ……お兄ちゃんの前でも。
「……いいお姉さんだよね、僕の奥さんは」
「む、なによぉ、私がお姉さんしたらダメなの、お兄ちゃん?」
「いやいや、可愛らしいなって」
「すぐに戦いが控えてるのに、そんなこと言えるなんて随分と余裕ねぇ」
「余裕って訳じゃないけど、思ったことを言っただけだよ」
「ん、ありがと……」
恥ずかしいことをなんでもないように言うお兄ちゃんに私は少し顔を赤くするけど、すぐに真面目な顔になって話を変える。
「とりあえず、作戦自体は変わらないけど、今から言う子たちに通達をお願い。内容は……」
説明をすると、お兄ちゃんは少し不思議そうな顔をした。
「いや、わかったけど……そんなの、いったいなにに使うんだい?」
「んー、内緒。と言っても、だいたいの用途はわかるでしょ?」
「まぁね。じゃあ、いってきます」
通達をしにお兄ちゃんは魔術を使って走り出し、その場から一瞬でいなくなる。
と、今度はアミリが理解できないといった感じの顔になっていた。
「ねぇねぇおねぇちゃん、反響の魔術なんて、なにに使うの?」
「ん?まぁ、面白いことよ」
「面白い?」
「アミリもきっと楽しめるでしょうね」
「楽しめますか!」
「いや、機嫌悪くなるかも……」
「機嫌が悪くなりますか!?」
「まぁ、アミリは自分の戦うべき相手に集中しなさい」
「……うん、わかった!」
不思議そうな顔から、期待した顔、そこからさらに驚いた顔……
ころころと表情の変わるアミリを見て楽しむ私だったが、今は目前に戦いを控えているのだから、気を引き締めないといけない。
注意を促すと、アミリは今までにないくらい、真剣な顔をしていた。
……ふぅん、こんな顔ができるようになったんだぁ……
「……アミィ、おねぇちゃんたちみたいにすごくはないけど、でも、頑張るよっ!」
「……ふぅん……」
なんていうか、うん……
「どうかしたのかい、なんか変な顔をしてるよ」
「あ、お帰りお兄ちゃん。変な顔って酷いなぁ〜。うん、まぁなんていうか、やっぱり男で女は変わるんだなぁって……」
そう思わせるほど、今のアミリは大きく成長しているように見えた。とは言っても無論、体がとかではなく、雰囲気とか、そんな感じのものが、だ。体が大きくなっちゃったら魔女としてはアウトだと思う、うん。
しかしながら、それでもまだ私の目にはアミリには幼さがあるように映る。だから……
「可愛い妹が頑張るんだもの、お兄さんお姉さんの私たちも、うんと頑張らないとね」
「……そうだね」
互いにそう言い合いながら、私たちは気を引き締め、敵のいるであろう向こう側を見て、彼らが来るのを待つのであった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「さて、全員配置についたかの?」
「はい、大丈夫です!ここから見える範囲であれば周囲一帯も準備完了ですね」
「そうか、ならばあとは敵を待つだけじゃな。“ハーラデス殿、お主はどうかの”?」
「“ええ、問題はないです”し、調子もいいです」
街を見渡せるほどの高さの場所……トートサバトの屋上に、僕と、護衛役をしてもらっているクーさんと、メリカさんにトートサバトの魔女が4人の、計7人が立っていた。
「それにしても、よくこんな作戦をやろうと思ったわね、メリカさんは」
「まぁ、一種の賭けじゃからそう思うのも仕方がないな。じゃが、これが成功すれば、きっと相手戦力の大半が戦意を失ってくれるはずじゃ。……というのは、表向きの理由じゃがの」
「表向きって……」
「まぁ、あれじゃよ、わしもこの時に立ち会いたいんじゃよ。アミリには悪いがの」
「……で、成功する見込みは?」
「ある。といっても、絶対、ではないがの」
「だいたい、6、7割程度ですかね?」
「意外に高いのね?」
「まぁ、相手は人ですからね……」
そんな話をしていると、街の外の空に、青い光が弾けた。
「合図、ということは、いよいよお出ましかの?」
「の、ようですね。準備をしておきます」
そう言って僕は席につき、衣装として貸してもらったモーニングコートの裾を引っ張って伸ばしたり、と服装を正す。
ここで行われる作戦の発案者は、僕。そして中核を担うのも、僕。なんというか、こんな勝手な作戦にメリカさんたちを巻き込んでしまい、申し訳ない限りだ。
でも、やると決めたからには、最後までやり遂げるべきだ。
「次に赤い信号が5つ上がったら、作戦開始じゃな……ハーラデス殿、緊張は?」
「してませんよ。一応、こういうのは慣れてますからね。状況は、違いますけど」
そう言って、苦笑いをしながら僕は目の前に設置されているピアノの鍵盤に指を添えた。もう、ピアノに触ることへの恐怖はない。
この作戦は、作戦というにはあまりにも稚拙で単純な……いや、これはもう作戦じゃないな……
これは、ただの演奏会だ。
「っ!ハーラデス殿、合図じゃ!いつでもいけるぞ!」
「わかりました、では、いきます……」
メリカさんは、この演奏会……作戦を、今回演奏する曲の名前をそのまま使って、こう読んだ。
「“超常の輪舞曲”作戦、開始です」
さぁ、ここからもう一度
僕の演奏者人生を再開しようか
××××××××××××××××××××××××××××××
『おぉぉおおぉぉおおおぉおお!』
『はぁぁあああぁぁぁあ!』
魔術と火花の散る戦場から少し離れた場所で、私は司祭の隣で戦いもせず、ただ様子を見ているだけだった。
「ふむ、今のところ、戦況はイーブン、と言った感じですか……」
「様子を見る限り、騎士団では実力不十分、師団で互角、と言ったところね」
「しかし、私の兵たちは押していますね」
私の今の仕事は、隣で嬉しそうに言うこの司祭の護衛。
まぁ、自由に行動できないのは残念だが、今の戦況を見る限り私が出しゃばる必要性はなさそうだ。
まず、騎士団と師団では押すことは出来ないし、こいつ自慢の強化兵は一部隊だけ。流石に数の暴力には勝てないだろう。しかも、この状況は相手が死傷者を出さないよう、手加減されて戦っている上での結果だ。もうどうしようもない。
「それにしても、私たちの襲撃は向こうに知られているはずがないのに、よく向こうは事前に察知して待ち構えられましたね……」
「近隣の街で目撃されていたせいで警戒したんじゃないの?」
「それも考えられますが、私は内部告発ではないかと考えるのですが?」
「……なによ、私が情報を流したと思ってるの?」
「さて、あなたに心当たりがあるのならそうではないですか?」
「ふむ、ないわね。まずそうする理由がないし」
「…………そうですか」
……私は、死者を出さないよう戦っている向こう側に味方したい。だからこそ、今やることは、静観することだけ。
そして、あの子が来た時は、あの子の覚悟と力を見せてもらう。
懸念すべきことをあげるなら、この強化兵部隊か……もしかしたら、死人が出てしまうかもしれないからなぁ……しかし、だからといって安易に指令であるこの司祭を仕留めると、周りの兵たちが感づいて私の今後が危うくなる。首輪がある限り私は教団に属さざるを得ないのだ。そこは注意しないといけない。
さて、どうしたものかな……と、考えていると、例のあの子、アミリちゃんだったかな?が、戦場に立っているのを視認した。
消耗を抑えるためか、魔晶石を使っての簡易魔術で他の人のサポートに回っている。
さて、あまりよくないタイミングで現れちゃったけど、どうしたものかな……
現状では、師団、及び強化兵に押されるように……と、いうよりよく見ると引きつけるように向こうの隊は後退している。なにか作戦でもあるのだろうか?それがいい感じにこっち側を混乱させてくれればいいんだけど……
「ふぅ、む……」
「どうかしましたか?」
「いや、順調だなぁって」
「そうですね。ここは前回の戦争で私たちを引かせた、と聞いていたので、もっとよいデータが得られると思ったのですが、これは少し、期待外れですね……」
「…………」
向こうが殺す気できたら今頃こっちは全滅してるだろうけどね、と皮肉に思いながら、私は特にこれといった反応もせずに、戦場の様子を見る。
……ん?
向こう側の前線から少し下がったところにポツンと、一人の魔女が立っていた。あんなところで、いったいなにを……
と、思った矢先に、その魔女が赤い閃光を空に向かって放った。
立て続けに、別の場所からも、赤い閃光が上がる。
……おかしい、敵発見の連絡であるであろう青い閃光はもう上がっていたはず。なのに、今更……と、いうことは、なにかある、ということね。
「……注意しなさい。なにか仕掛けてくるわよ」
「なに、問題はないですよ。私の強化兵は完璧ですから」
「…………」
教団の不利は万々歳だが、一応忠告をしてやる。しかし司祭はまったく気にしない。なんというか、愚かな……
と、思っていたのだが、こちら側には特にこれといった変化は見られない。気になることと言えば、先ほど閃光を上げた子と、前線の何人かが、なにやらよくわからない術式を展開したくらいだ。
あの術式自体には、なにも影響はなさそうなんだけ……
「………………?」
「どうかしましたか?」
「あ、いや、今なにか聞こえたような……」
誰かの声と言うより、なにかの音、が聞こえたような気がした。でも、微かに、ということは、どこか遠くの音、よね……?
「っ!?どういう、ことですか……!?」
「どうかし……?」
司祭がまさに驚愕、といった表情で凝視するのを目で辿ると、司祭は、自分の強化兵のことを見ていた。
いったいなんだ、と強化兵の様子を見てみるが、変化はないように思える。他の部隊にも変化はない、し……?
「え?これ、は……?」
変化は、最初は小さなものだった。最前線の人の手が鈍っているように見られただけ。
でもそれは、次第に周囲の人に伝播し、悪化して、遂に……
遂に、戦場のすべての人間が、攻撃を止めていた。
「これは、いったい……!?」
「少し様子を見てくるわ」
動揺を隠せない司祭をおいて、私は前線に向かって走る。
前線に近づく度に、微かに聞こえてきた音が、大きくなっていく。
それは、透き通るような音だった。
それは、心に響く、激しさと穏やかさ、両方を併せ持つ旋律だった。
それは、聞き覚えのある音だった。
そう、それは……
間違いなく、ハー君の演奏している、ピアノの音だった。
「ハー君……」
この音が彼の演奏によるものだとわかり、私は足を止め、周囲の様子を見た。
攻撃をやめた教団の兵は、なにか困惑しているような表情で、仕切りに周囲を見渡している。
いったい、どうしたのだろうと疑問に思ったが、その疑問は、すぐに解消されるのだった。
『この映像が、この戦争で起きるかもしれない、悲劇なんです……』
そんな、ハー君の声がどこからか聞こえてくると、頭の中に、いろいろな映像が浮かんでくる。
自分の大切な人たちが、次々と、殺されて行くところ……
戦って、戦って、悔いを残したまま、死んでいくところ……
演奏を通して、直接心に響くような、そんな感じで、様々な情報が頭に流れてきた。
ハー君が追われるようになった、“レクイエム事件”の真実。
ハー君の指名手配を利用して行ってきた、教団の侵略。
魔物は、人間とほとんど変わらない、泣いたり、笑ったり、怒ったりする生き物なんだという主張。
そして、ハー君の、戦いをやめて欲しいという、心の底からの純粋な願い……
こんなのが、直接心にきたのなら、たしかに、迷わないほうがおかしい、ね……
一部、心が本当に強かったり、今の訴えがまったく通用しない人ならともかく、騎士団や、なにも知らない師団だと、なぁ……
そう思いながら、私は流れてくる情報を無視して、強化兵の様子を見に行く。
「う、ああ……」
「あ、やめ……」
「……くる、し……」
……なるほど、他の兵と同じ……いや、少し症状が酷い、かな?なにかしらの術式の影響で、エラーを起こしてる、んだと思う。
これは、戦いは無理そうね。
……ふむ、強化兵は駄目になってるし、他の兵も普通の状態ではない。なら……
行動するなら、今、かな?
「……“アクセル”」
私は、魔術を使って即座に司祭の元へ戻る。
「な、なにが起こってるんだ!?」
「動揺を隠せないみたいね。説明するなら、なにかしらの術式の影響で、全部体が混乱している、と言った感じね。まぁ、都合がいいわ」
「都合がいい、だt……むぐっ!?」
司祭がなにか喚き散らそうとしたようだけど、私はそれを確認する前に、彼の後ろに回りこんで後ろ手に拘束し、口を塞いだ。
「……っ!っ!」
「騒ぐな。余計なことをしようとしたら、その部位を破壊するわ」
「……!」
一言、そう忠告してから、私は塞いでいた口を解放する。
「な、なにをする!」
「ちょっと、強化兵に新しい命令をしないで欲しくてね。たぶん、今の状態なら新しい命令さえされなければ、もうなにも行動できないだろうし」
「やはりっ……貴様、裏切るのか!?」
「裏切るもなにも、私たちはあんたらの味方になったつもりなんて、一度もないわよ?」
「っ!!強化兵!今すぐこいつを……!」
「忠告したわよね?今度は警告するわ。強化兵に命令をしようとすれば、舌を切り落とす」
私の警告に、司祭は黙る。
とりあえず、これで話が進めやすくなった。
「さて、あなたにはさらに質問があるわ。……強化兵、あの子たちに、なにをした」
「………………」
「答えなさい。答えれば、まぁ解放してやるわ」
「……知らない。私は指揮を任されただけで、詳しいことは……」
「……そう、ならいいわ」
じゃあ、もうこいつは用済みか。
「“ムドオン”」
「〜〜〜っ!?」
余計なことをされる前に、私は司祭を気絶させる。こいつは後で記憶を改竄する魔術で証拠を隠滅すれば問題はなくなるわね。でも、あれって魔力消費が激しいから使いたくないんだよなぁ……
と、考えていると、突然司祭を中心として魔術陣が展開された。
「……これは……?」
展開された魔術陣から、次々と強化兵たちが転送されてくる。転送された強化兵の表情は虚ろで、私を見ると、己の武器を構え始めた。
……大方、指令が気絶、及び死亡した場合、その周囲に転送されて襲撃したと思しき人物を始末しろ、という命令をされたといった感じだろう。
「まぁ、厄介なのをこっちに引きつけられただけでよしとするか」
ならば、あとはこいつらを倒して、アミリちゃんと戦うだけだ。
「じゃあ、いきましょうか……」
そうつぶやきながら、私は魔力を練り、術式を展開する。それを確認した強化兵たちが一斉に攻撃を開始する。
しかし、私はそれにまったく気を乱さずに、ただ一言、自分の術式の名を呼ぶ。
「……“闇の審判”」
さて、今回はどのくらいかかるかな……?
××××××××××××××××××××××××××××××
「……なによ、あれ……!?」
アミィの隣で、おねぇちゃんがそういいながら、“神殿のようなもの”を見ています。
ハーおにぃちゃんのピアノの演奏を聞いて喜んでいたのも束の間、アミィたちは突然現れたそれに驚きました。
というかハーおにぃちゃん、演奏するんだったらせめて言って欲しかったのです!あと最初はアミィだけに聞かせて欲しかったのです!まったくもぅ!
「とりあえず、敵はみんなハーラデス君の演奏で混乱している。動けない人から確実に拘束して回収して行こう」
「そ、そうだね……!」
ずっと待っててもなにもないからか、おねぇちゃんたちは動けない人たちを回収することにしたようです。
でも、アミィはそこから動きません。
「?アミリ、早くいきましょう」
「……アミィ、ちょっとあそこで待ってるです」
そういいながら、アミィは神殿を指差します。
「あれって……神殿!?アミリ、あれはなんなのかわからないのよ?危ないわ」
「でも、たぶんあれ、エルおねぇちゃんのだから、いかないと……」
あの神殿が現れたとき、ほんの少しだけど、エルおねぇちゃんと一緒にいたときと同じ感じがしたのです。あそこにいけば、きっとエルおねぇちゃんと会える。
それで、ハーおにぃちゃんは渡さないって、エルおねぇちゃんを倒すんだ。
だから……
「アミィ、エルおねぇちゃんに会いにいくのです!」
「……ん、わかったわ。危なく感じたら、すぐに逃げるのよ?」
「了解なのですよ!」
「さぁ、私とお兄ちゃんは教団の人たちを回収しよっ!」
「ん、了解」
そうして、アミィはおねぇちゃんたちと別れて、神殿の方に向かいます。
ここは反響の魔術の場所から遠いから、意識を傾けないと聞こえないけど、ハーおにぃちゃんの演奏は、まだ終わってない。
耳に入る音は、とても、とても心地いいものなのです!
エルおねぇちゃんも、ハーおにぃちゃんの演奏、聞いたかな?
うん、きっと聞いてるよね。だってエルおねぇちゃんもハーおにぃちゃんのこと、好きなんだから。
「これが……そうだよね?」
遂に神殿の前まで到着したアミィは、その天辺を見上げます。
遠くから見ても大きかったそれは、近くで見るとさらに大きいのです!
「うーん、この中に、エルおねぇちゃんがいるん……だと思うけど、いるかなぁ〜?」
「……行かない方がいいわよ、そこのお嬢さん」
「ふにゅ?」
とりあえず、探してみよう!と神殿に近づこうとすると、誰かに声をかけられたようです。
誰かな?と周りを見回してみると、近くに、人間のお姉さんが立っていました。
「お姉さん、誰ですか?」
「私は……うーん、なんて言えばいいのかな……まぁ、敵じゃなわね」
そういいながら、お姉さんはアミィの隣に歩いて来て、アミィにあの神殿について説明してくれました。
「あれはね、メシュエル・ラメステラの“闇の審判”って術なのよ。中に入った者は、余程の耐性がない限り生命力を吸われ続けるわ。だから、あそこには入っちゃダメよ」
「……やっぱり、エルおねぇちゃんのでしたか!」
「ん?めーた……メシュエルの知り合いなの?」
「はいなのです!アミィ、エルおねぇちゃんを倒しにきたです!」
「……えーっと、それは、そんな親しげにいうこと、なのかしら……?」
アミィの言葉に、お姉さんは困ったような顔をしています。
「はぁ……まぁ、いいや。ともかく、危ないからその中に入っちゃダメよ。メシュエルにあいたかったら、出てくるまで待ちなさいな」
「はぁい!」
「ん、聞き分けがよくてよろしい!」
でも、エルおねぇちゃんはいつになったら出てくるのかな?
そんなことを考えながらもアミィは返事をします。と、お姉さんは頭を撫でてくれました!
「えへへへ……」
「さて、じゃあ私はちょっと……まぁ、片付けがあるから、ここを離れるわね。じゃあね、お嬢さん」
そう言って、お姉さんはその場をあとにします。
……うーん、あのお姉さん、誰だったんだろ?エルおねぇちゃんのお友達かな?
まぁいいや。今は、エルおねぇちゃんを待とう!
……どのくらい待ってればいいのかな?
××××××××××××××××××××××××××××××
「う〜ん、可愛い子だったわねぇ〜」
めーたんの様子を見に行った時に発見した魔女の子のことを思い出して、私は幸せな気持ちになった。
ああいう子、うちの子にしてみたいなぁ……そしたら、いっぱい可愛がれるのに……
などと考えながら、私は青い蝶の形をした術式を飛ばす。
鼻歌を歌いながら少し待つと、赤い蝶が私のところへ飛んできたので、それに触って術式を展開させる。と、術式を通して頭に直接、私が蝶の術式を送った相手の声が聞こえた。
『なによ百合姫、今忙しいんだけど?』
「うん、知ってる。お疲れ様めーたん」
『めーたん言うな。その様子だと、仕事は終わったのね?』
「終わったっていうか、投げ捨ててきちゃった。気に入らなかったから」
『あんたは、なんというか……』
「めーたんも人のこと言えないじゃないさ、今、強化兵と戦ってるんでしょ?」
『まぁね。で、なんの用かしら?』
「あ、うん。ちょっとそいつら早く片付けた方がいいよって言いたかったんだ」
『そんなことを?どうして?』
「いやさ〜、かんわいい〜子が、めーたんの聖堂前で待ってるんだよね〜」
『……そっか、アミリちゃん、来たんだ……』
「へぇ、アミリちゃんっていうんだ〜」
『若干あの子にあんたの魔の手が迫りそうな予感がするんだけど……まぁいいわ。じゃあ、ちゃっちゃとこいつら片付けましょう。百合姫、ちょっと神殿の裏の連中の記憶を消して適当に始末しておいてくれない?ちょっと今は手が離せないからあんたにしかあと始末頼めないのよ』
「ん〜いいよ〜。とりあえず拘束して向こうに渡せばいいよね〜?じゃあ、ちょっとこっちのボランティア終わったらいくね〜」
『ん、頼んだわ』
そう言うと、めーたんが送ってきた術式は効力失い、空気に溶けるようになくなってしまった。
「さてと〜、じゃあこのボランティアも、すぐ終わらせちゃおっか〜」
そういいながら、私は向こうに回収されずに捨て置かれた教団の兵を、転送魔術で回収し始めるのだった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「エルおねぇちゃん、まだかな〜?」
ハーおにぃちゃんの演奏も終わって、どのくらい待ったかわからなくなった頃に、アミィはそうつぶやきました。
1時間くらいかもしれないですし、たった数秒かもしれないですけど、アミィはまったく覚えてません。
でも、アミィの魔術やハーおにぃちゃんから聞いたエルおねぇちゃんの魔術のおさらいをしたりするうちに、その時は来ました。
突然、神殿が光に包まれて、ほどけるように消えたのです!
……そういえば、エルおねぇちゃんは“黄泉の神殿”って呼ばれていたですね。ん〜、そんな怖そうな名前、おねぇちゃんには似合わないなぁ……こんなに、綺麗な魔術なのに……
なんて、目の前の光景を見ながら、アミィは思いました。
そして、そのおねぇちゃんが、消えていく神殿の中から、姿を現します。
真っ黒なマントで身を包んで、綺麗な銀色の髪を揺らして、綺麗な緑色の目をしっかりアミィに向けて……
エルおねぇちゃんは、アミィの前に立っています。
「お久しぶりね、アミリちゃん」
「お久しぶりなのです、エルおねぇちゃん!」
「どう?あれから頑張って強くなったかな?」
「はいです!頑張ってお姉ちゃんたちに鍛えてもらったです!」
「そう、それはよかったわ」
本当に嬉しそうな顔をしながら、おねぇちゃんは魔力で織った鎌を出し、構えます。
アミィもそれに答えて、杖を構えるのです。
「じゃあ、始めよっか」
「はいなのです!」
そして、アミィとおねぇちゃんの、ハーおにぃちゃんを賭けた戦いが始まりました。
12/08/21 22:51更新 / 星村 空理
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