連載小説
[TOP][目次]
ホットミルク
僕と美核の心が少しだけ通じあったあの日からだいたい一週間。
僕たちの距離は、目に見えて近づいていた。
と言っても、未だに恋人どうし、と言うわけではなく、とりあえず互いの気持ちが分かり合えてる、くらいのものだ。
恋人とはニアイコールでイコールじゃない関係。
それが今の僕たちだった。
そして、そんな僕たちはというと……

「空理注文〜、アッサムティー2つお願い」
「了解。マスター、アップルパイお願いします」
「……わかった」

……まぁ、いつも通りであった。
正直、互いの気持ちがわかってたところで、特段変わるようなことはない。
そもそも、毎日顔合わせてご飯を一緒に食べてるし、仕事も職場も同じだしね。
せいぜい、仕事時間外に一緒に出かけることが少しだけ増えたくらいだろうか?
ともかく、僕たちは特に大きく変わることもなくいつものように生活している。
行動面ではさほど変わっていないから目に見えて近づいてないじゃないかと思うだろうけど、互いの気持ちが通じ合い、変な遠慮がなくなったのだから、目に見えて近づいていている……と、思う。
そう、思いたいなぁ……
……ともかく、時間はお昼過ぎ。
喫茶店でお昼を食べる人たちもはけて来て、だんだん暇になってくる時間帯だ。
そして、そんな時間に入り口のチャイムが鳴って、新しいお客さんが入ってきたことを僕たちに伝えた。

「いらっしゃいま…せ……?」

お客さんを出迎えて、僕は一瞬言葉を止めてしまった。
白と黒が、お店にやってきた。
お客さんは二人。
一人は、黒い髪、黒い瞳、黒い服装といった、まさに漆黒を表したような男。
そしてもう一人は、白い長髪に赤い瞳、白い翼を持ち、男の方にあわせているのか、黒い服装をした、絶世の美女と言われる部類の女性。
店内のお客さんが、男女を問わず注目し、男性に関してはすでに魅了されているところを見ると、おそらく種族は……
…………リリム。

「お二人様でよろしいでしょうか?」
「ええ、そうよ」
「テーブル席とカウンター席がありますが、どちらにしますか?」
「テーブルでお願いします」
「かしこまりました。それでは、こちらにどうぞ」

とりあえず、人数確認をして、僕は二人を席に案内して、いつものようにその場を離れた。
魔王の娘がこの街にやってきた。
それは珍しいことだ。
まぁでも……

「……あれって、リリムよね、魔王の娘の?」
「うん、そうみたいだね」
「なにしにきたのかな?」
「さぁ?どうでもいいよ」
「え?」
「え?」

美核が少し驚いたような顔をしたので、僕は首をかしげる。
そう、どうでもいい。
リリムはよく考えれば魔王の娘という血統だけ違うサキュバスであるから、特段希少であるとは思わないし、僕は血統とかそういうのはどうでもいい人間だからそういうのも気にならない。正直アリスやナイトメアがきた方が興味を持つ。
そんなことを考えながらも、僕は美核から目を離して白黒の二人のお客さんを眺める。

「どうでもいいとか言いながらちゃっかり注目しちゃってるじゃないの」
「あ、いや違う違う。もうあの女性はリリムだってわかってるから種族に対する興味はもうないよ……ってそうじゃなくて、僕が興味をもったのは、男の方」
「男の方って、あの普通な感じの?」
「普通と言ったら僕もそうなんだけど……まぁうん、そうそう」
「でも、あの人って黒いだけだよね?」
「まぁ、美核からみたらそうだよね……」

そう言うと、今度は美核が首をかしげる。
そう、たしかに、知らない人が見れば、ただ黒いだけの人だろう。
でも、あの服は、この世界にいる、知っている人なら、興味を持つ。
あれはね……と、美核に説明しようとすると、奥から方丈君が出てきた。
そして、あの黒い男の人を見て、へぇと少し驚いた顔をした。

「珍しいですね、学生服を着てる人なんて」
「ガクセイフク?」
「まぁ、学校用の服だと思っていいよ」
「でも、ここのにはないよね?」
「うん、まぁあそこは私服登校だからね」
「そうなんだ……で結局、なにが珍しいの?」
「まぁとりあえず、あの服の材料は今の技術じゃ外の世界から輸入するしかないものなんだ。で、つまりは彼は僕と同じ、外の世界から迷い込んできた、または召喚された人ってこと」
「そうなんだぁ……」

なんかよくわかんないまま頷いている、と言った感じの美核を見て、これは説明してもあまり理解できないかな、と思っていつものようにお客さんに話しかけることにした。
まぁでも美核に言われる前に、仕事も行うわけだけどね。

「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」
「あ、ええと……フィオナ、決まった?」
「あ、ちょ、ちょっと待って!なかなか決まらないの……うーん、ケーキもいいし、話ではパイも美味しいって……よし、決めた。チョコケーキとチーズケーキとアップルパイ、パンプキンパイにカステラ、クッキー、あとは飲み物にホットミルクで!」
「これはまたすごい頼んだな……大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫。ちゃんとあとで“運動”するしね♪」
「……そうかい……そしたら、俺はブラックのコーヒーで」
「かしこまりました。少々お待ちください」

……運動って、彼女はリリムだから、多分そういうことなんだろうなぁ……
と、二人の会話を聞きながらそう思ったけど、とりあえず突っ込むという無粋なことはせずに、僕は注文を受け取って美核に魅せるのだった。

「これはまた……多いわね……」
「まぁでも今はそんなに忙しい時間じゃないし、マスターと協力すればなんとかなるでしょ?とりあえず、僕は先に飲み物入れてくるね」

おお、と驚いている美核に苦笑しながら、僕はコーヒーとホットミルクを用意しに行く。
コーヒーはいつもマスターが淹れてくれてるからあるとして、まずはホットミルクだね……
まぁ、ミルク温めて適量の蜂蜜加えるだけなんだけど……
ということではい完成。
別のカップにコーヒーも注いで、僕は二つを白黒の二人のテーブルに運ぶ。

「お待たせしました。ブラックコーヒーとホットミルクです」
「ありがとうございます」
「じゃあ、さっそくいただきましょう」

飲み物を運んだあと、僕は一歩下がって店全体の様子を見渡す。
ほとんどの人がリリムの彼女に魅了されたままだと、会話に支障をきたしかねない。
というか、視線がうざい。
なので、とりあえず僕は手を打つことにした。
誰も僕のことを見てないことを確認してから、魔術を放つ。

「……“テンタラフー”」

テンタラフー。
本来なら、対象の精神を不安定にして魔術などを封じる魔術なんだけど、僕はその応用であることをした。
簡単に言ってしまえば、認識をズラした。
ズラして、魔力の影響を受けないようにさせた。
ん、ちょっと違うか。
正確に言うなら、勘違いをさせた。
彼女に対する興奮を、魅了を、そうとは思わせず、ただただいつもの如く過ごすように、勘違いさせた。
精神を不安定にさせるということは、精神に干渉すること。
ならば、相手の精神を少しだけでも自由にできるということでもある。
実験など、自分でいくらでもやった。
もともとこれは、美核への想いを抑えるために応用を始めた術なのだから。
ま、そんなどうでもいい話は捨て置いて、僕は周りの様子を見る。
対象は店の店員とあの二人以外の全員。
みんな、反応が正常に戻った。
ちなみに、店員にかけなかったのは移動が多いため効果が見込めないからだ。
……よし、これで大丈夫そうだ。
そう判断して、僕は二人に話しかける。
……もちろん、事故のないように、二人ともカップをテーブルに置いたのを確認してから、だ。

「……にしても、やっぱり珍しいですね、学生服は」
「……え?もしかして知ってるんですか、これ?」

僕の言葉に、男の方が少し驚いたように自分の学生服を示して訊いてくる。

「まぁ、知ってるもなにも、二年前までは僕もそれを着てたからね」
「ってことはもしかして……」
「そういうこと。はじめまして学生君。ここの従業員で元高校生の、星村空理です」
「あ、俺は黒崎 ゆうたです」
「よろしくね、黒崎君」

自己紹介をして、僕と黒崎君は握手をする。
それから、次いで女性の方の名前も訊く。

「そちらのリリムの方は?」
「フィオナ・ネイサン・ローランドよ」
「フィオナさんですね?はじめまして。よろしくお願いします」
「よろしく。……それにしても、いったいなにをしたのかしら?一瞬で私に向けられた視線が軽減されたと感じたのだけれど……」
「まぁ、小手先の技です。あのままだと、話しにくいと感じましてね。精神系魔術を少々」
「なるほどね……あと、注文をとってもらった時に思ったのだけど、あなた、私の魔力の影響を受けてないようね?さっきコウコウセイ?って言ってたけど、それってユウタのいたところ……外の世界の職業よね?やっぱり、外の世界の人間は魅了の魔力の影響を受けないのかしら?」
「さて、どうでしょうね……そうかもしれませんが、でも……」

僕はそう言った感情を制限してるから、という可能性もあるが、でも、それが理由であって欲しくない。
だから、少しカッコつけて、僕の確かな変化の証でもあるその台詞を言う。

「カッコつけて言わせてもらうなら、好きな人がいるから、というのが、理由であって欲しいですね」
「それ、最後の方のせいでカッコついてないわよ」

僕の言葉に、呆れながらそうコメントしたのは、カステラ、クッキー、チョコ、チーズケーキと、簡単に作れたり、保存できたりするものを持ってきた美核だった。

「お待たせしました。チョコケーキにチーズケーキ、カステラとクッキーでございます」
「ありがとうございます」
「星村さん、もしかして彼女が?」
「さて、どうでしょう?」

ニヤリ、としながら訊いてきたフィオナさんに、僕はやっぱり少しだけ恥ずかしかったため、笑みを浮かべるだけにとどめて答えない。
そんな僕の様子を見て、美核は、まったく、と呆れたような顔をしてから、また他の注文品の様子を見に奥に引っ込んでしまった。
彼女が後ろを向く時、ちらりと一瞬だけその顔が笑みを浮かべていたのが見えた。
……たぶん、僕と恋人に見えると言外に言われたのが嬉しかったんだろうな……
まったく……

「……可愛いわね、あの子」
「そうですか?」
「ええ。なんというか、大人しいというか、そんな感じで。……私の周りには、押しの強いのが多いから……私がいるっていうのに、ユウタに言いよったり襲いかかったり……はぁ……」
「それは……大変ですね」

フィオナさんが僕と同じような感想を持ってくれたことを内心嬉しく思いながら、僕は苦笑をする。
魔物どうしのほぼ当然といった暗黙のルールに、他の魔物の恋人には手を出さないといったものがあるが、やはり魔界方面の魔物たちはたくましいのかなぁ、恋愛方面に。

「……そういえば、黒崎君はいつくらいにこの世界に?」
「俺ですか?たしか……高校三年の……秋くらいですね」
「と、いうとやっぱり、志望校とか目指して大変だったかな?」
「……さて、どうでしょうね?もう切り替えてますから、なんとも……」

そういいながら、黒崎君はチラリ、と僅かにだがフィオナさんの顔色を伺った。
釣られて僕も気づかれないように彼女の様子を見てみると、フィオナさんは、少し気まずそうな、不安そうな、後悔してるような……そんな、暗い顔をしていた。
そしてそんな二人の様子を見て、僕は悟る。
……なるほどね。二人はそういう関係でもあるのか。
となると、あまり僕たちの世界の話題は出さない方がよさそうだね……
そう考えて、僕はそっか、と相槌を打ってそのまま話題を切り上げた。
話題を切り上げたからか、フィオナさんはホッとしたようにやっとケーキなどに手をつける。

「……あ、美味しい」
「お口にあったようでなによりです」
「……あと、なんかユウタの作ってくれたものになんか似てるような……」
「へぇ、そうなのか?」
「うん、味の傾向っていえばいいのかな?そういうのとか、あと、食べてて暖かい気持ちになるのとか……そんな感じ」
「気持ち関してはわかりませんが……」

先にそう前置きを置いてから、僕はフィオナさんの疑問の答えになりそうなことを言ってみる。

「この店……というより、この街は外の世界……まぁ、黒崎君のいたような世界から技術なんかを多く取り込んでいるので、味なんかの傾向が似ているのかもしれませんね」
「?どういうことかしら?」
「ええと……ここって見た目普通の街なかんじなんですけど、転移魔術や通信魔術の技術があまり発達してなくて、その代わりに結構変わった部分が少しずつあるんですよ。例えば……ほら、あれとかです」

そういいながら僕が示したのは、お店にある電話。
それを見て、黒崎君はおっ、と反応し、フィオナさんは?と首を傾げる。

「あれは?」
「電話、ですよ」
「電話っていうと、ユウタの世界の通信機器よね?たしかヘレナがそれに似た機能のものを作ってたはずだけど……」
「それはたぶん、動力が魔力のものですね。まぁ、あれもだいたい同じようなものなんですけどね。魔力を電波や電源の代わりとして使い、各機体固有の振動数を使ってとかなんとか……まぁ、正直原理はわかりませんが、そんな感じです」
「なるほど、そういう風に技術を取り込んでいるのね……ってことは、あのレイゾウコとかデンシレンジとかも?」
「あーっと、冷蔵庫は食糧保存のために流通してますけど、電子レンジはないですね……温めるなら普通に火を起こせばいいですし、なにより、危険ですから……」
「危険って、なにが……?」
「猫、と言えば、黒崎君ならわかるかな?」
「……あー、あの話か……たしかに、危険と言えば危険ですね……」
「え?どういうことよ?」
「……知らない方がいいことも、世の中にはありますよ……」
「いや、それ余計に気になるわよ……」

しっかし、なんで黒電話なんだ?
そんなの趣味に決まってるじゃないですか。
そうなんだ……
と、そんな感じに会話をしていると、美核がのこりの注文品であるパイを二つ持ってきた。

「お待たせしました〜。アップルパイとパンプキンパイです」
「ありがとう」
「うーん、あらためて見ると、どれも美味しいそうだなぁ……」
「気になるんだったら、半分くらいあげよっか?」
「お、サンキュ。ありがたくもらうよ」
「そ・し・た・ら」

その言葉を待ってましたとばかりに、フィオナさんはニコッと笑みを浮かべながらまずケーキを半分切り……そしてまた小さく切ってフォークに乗せて……

「はい、あ〜ん♪」

……はい、来ました。
一部のカップルで起こりうるイベント!

「え、あ、あの……フィオナさん?普通にとって分けるって選択肢は……」
「あ〜ん♪」

黒崎君はフィオナさんの行動に動揺して、その奇行?を止めようと別案を出すが、フィオナさんはスルーしてなおもケーキを黒崎君に向ける。
えと、あの……とわたわた黒崎君は抵抗を試みるけど、案はまずスルーされるため、物理的にしか逃げられない。
そして、ここは店であるため暴れるわけにもいかず、物理的にも逃走不可能。
以上、星村考察的な二つの理由により、黒崎君は……

「あ、あ〜ん……」

顔を赤くしながらも、結局イベントを進行しましたとさ。
黒崎君があ〜んしたのを見て、フィオナさんは満面の笑みを浮かべて、はい♪と黒崎君にケーキを食べさせる。
しばらくは赤面しながらケーキを味わう黒崎君だけど、お、うまい。と感想を言うことによって、恥ずかしさを隠すことができた。
……でも、だ。しかしである。
よく考えて欲しい。
黒崎君は、まだ、ケーキしか食べていない。
……つまりは、そういうことだ。

「ユウタ、はい、あ〜ん♪」
「ま、またなのか!?こ、今度は普通に自分で……」
「あ〜ん♪」
「……はい」

より一層笑みを明るくするフィオナさんに、より一層赤面する黒崎君。
そんな二人を見て、僕が思うことは一つ。
目の前でイチャイチャしてんじゃねーよおい……!!
そして、心同じくした仲間たちの視線が黒崎君たちに注がれているのを感じているのは、おそらく気のせいなどでは決してないだろう。
ちなみに、チラリと隣の美核の様子を見てみると、少し羨ましそうな顔で二人を見ていた。
……あのね、美核さん、勘弁してくださいよ?
そう思いながらも、僕は二人に視線を戻してから、精一杯の笑みを作って話しかけることにする。

「おやおやおやおや……お二人はとっても仲睦まじいですねぇ〜」
「仲がいいのは否定しませんけど、恥ずかしいもんは恥ずかしいです……!!っていうか星村さん笑顔怖い!ノッペリしてる!」
「失礼しました」

チッ、指摘されたら直すしかない……
心中で舌打ちをしながら、僕は努めた笑みをやめて普通に戻る。
と、黒崎君が周囲を見渡したからか、同族たちの視線がかき消え、いつもと同じ店内の空気となった。
とりあえず、あ〜ん♪のループが断ち切られて、話しかけるチャンスだと思ったのか、美核が、あ、あの……とフィオナさんに話しかける。

「フィオナ……さん?はこの街にはどんな目的で来たんですか?」
「え?ああ……そうね、ここに来たのは……まぁ、探し物かしら?」
「というか、買い物だな」
「探し物?買い物?」

どっち?と美核は首を傾げる。
九割がた買い物だろうけど、とりあえず僕は確認をとっておく。

「いったい、なにをお探しで?」
「指輪よ」

あー、うん。やっぱり買い物か。
……というか……

「指輪ってことは、もしかしてそれって……」
「結婚指輪とか……ですか?」
「……ええ、そうよ」

僕たちの質問に、フィオナさんは少し顔を赤くしながら嬉しそうに答える。
黒崎君も、いやははは……と顔を赤くして頭をかく。

「そうですか……おめでとうございます」
「お、おめでとうございます!」
「ありがとう」
「あははは……ありがとうございます」
「しかし、指輪ですか……なんとなくですけど、かなーり迷いそうですね……」
「そうなのよねぇ。どこかいいところはないかしら……?」
「ふぅむ、そうですねぇ……」

ここにも珍しい指輪は探せばあるだろうけど、いい指輪ってわけじゃないしなぁ……
作ってくれる人も、やっぱり鍛治メインでアクセサリ類は苦手だし……
残念ながらアクセサリなどを作ってくれる彫金師はこの街にはいない。
まぁ、ここはあまりアクセサリショップがあるような街じゃないしね……
といっても、専門店がないというだけで、アクセサリ自体は雑貨屋にたくさんあるんだけど。
とりあえずは、それを踏まえて情報提供でもしますか。

「この街だと、雑貨屋なんかにありますけど、やっぱり、他のところの方が質はいいでしょうね。近くだと、海に隣接してる港街のアリュートだとか、鉱山のあるトーラだとか……ですかね?」
「そう……そしたら、そこも回ってみましょうか」
「というか、雑貨屋で指輪って……」
「いやいや黒崎君、ここも雑貨屋をなめちゃいけないよ。普通ないようなものも置いてるんだよあそこは。テレビとかゲームとか、ビデオカメラとか……」
「……本当にここにはないものですね、それ……というかそれ使えるのか……?」
「……組分け帽子とか贄殿遮那とか、あとニューロリンカーもあったなぁ……」
「……いや、後ろ二つはわからないですけど、組分け帽子って、あの有名な映画のですか?」
「そうそうそれそれ」
「……本当に、なんでもあるんですね……」
「……なんか、話に全くついていけない……」
「私もよ……」
「まぁともかく、いろいろあるから興味があったら寄ってみなよって話ですね〜」
「そうね……時間があったら行こうかしら?ともかく、いろいろ教えてくれてありがとう。トーラとアリュートだったかしら?そっちも見に行ってみるわ」
「いえいえ〜お礼には及びませんよ」

お礼を言われて返していると、方丈君が現れて、どうぞ、と気を利かせてフォークと小皿を黒崎君に出してくれた。

「お、ありがとうございます」
「いえ。それより、あなたも大変ですね……断れないのがまた辛いところというか……」
「わ、わかってくれるのか!?」
「まぁ、僕のところも同じ感じですからね……」
「……あんたも、大変なんだな……!!」

……なんか、よくわからないけど、友情みたいなものが芽生えてるような感じだった。
……いや、黒崎君、彼はちょっとばかし君と違うからね?相手が複数いる子だからね?方丈君は。
……まぁ、そう言おうと思ったんだけど、言うのは無粋だなぁと思い直して言わないことにした。

「って、あれ……?」
「ん?どうしたの空理」
「あ、いや黒崎君の制服……」
「俺の?どうかしましたか?」
「なんか、よく見ると所々違う布で縫われてるよね?破れちゃったのかい?」
「あ、これですか。ええまぁ、そんな感じです。これと同じ生地がなかったから……」
「え、そうなの?そしたら、ファーデンで頼んでみたら?それと同じやつ、あるかもしれないわよ?」
「ふぁーでん?」
「あ、“シルバーファーデン”っていう私の友人がやってるお店です。ここから少し離れた場所にあるんですけど、あそこは布も扱ってるんですよ」
「そうなの……ユウタ、どうする?」
「……………………」

美核の提案にフィオナさんはふむふむとうなずいて黒崎君に訊くが、黒崎君は黙ったまま少し下を向いて考え込む。
そして、しばらく考え込んだあとに、顔を上げた。

「いや、このままでいいや」
「……え?」
「ユウタ、いいの?」
「ああ、このままでいい。直してくれた人に悪いし、まぁその、なんていうか……」

そこで黒崎君は言葉を止め、あー、えー、と上を向いて言い淀む。
そして……

「ともかく、これはこのままにしておく」
「だからなんでなのよ〜!」
「あー、まぁ、あれだ。思い出があるからってとこだよ」
「思い出って……」

と、呟いてから、今度はフィオナさんが考え込む。
少しして、顔は暗くなり、それからまた少しすると、何故か顔が赤くなった。

「……もしかして、ユウタ言ってるのって、思い出っていうより……」
「……ああ、まぁそういうこと」
「…………」

二人がそう言葉を交わすと、どちらも顔を赤くして互いを見ていた。
その様子を見て、わけのわからない美核は首をひねり、同じくなにがあったのかを知らない僕はいろいろと予想をしていた。
……最彼のあの子じゃないんだからお初の記念とかじゃないだろうし、破れてるのを直してあるってことは、初めて喧嘩したことの……?いや、違うか。
あとは……うーん、思いつくのは、大切な人を守った思い出?
でもなんか黒崎君はそんな戦うって感じはしないよなぁ……
まぁ、それはあとで調べればいっか。

「……お前ら、あまり長話はするなよ」
「あ、マスター」
「すみません。ついつい会話が弾んでしまって……」
「そろそろ仕事に戻らないとまずいか……」

気がつくと、マスターが注意するところまで長話をしていた。
流石にこれ以上休んではいられないか……
そう思い、僕は二人に、そしたら、これで失礼しますね。といってからその場を離れて他の席の様子を見に行く。
美核も方丈君も僕に倣って二人に挨拶をしてから自分の仕事に戻って行った。
まぁ、いっぱい話せたし、心残りは……ないかな?
でも……
そんな感じで、僕は注文をとったり飲み物を淹れたりしながら、飽きずに幸せそうな黒崎君たちの様子を見ていたのだった……


××××××××××××××××××××××××××××××


「……星村、会計頼む!」
「あ、は〜い」

マスターに頼まれてレジに向かうと、そこには黒崎君たちがいた。

「お待たせしました〜。これからまた指輪探し再開ってところですか?」
「ええ、まぁそうですね」
「星村さん、いろいろと教えてくれてありがとうね」
「いえいえ〜。こちらもいろいろと喋れて楽しかったですよ」

喋りながも、手を動かしてパッパと会計を済ませる。

「はい、ちょうどお預かりします。ありがとうございました、また起こしくださいね」
「そうね……また来る機会があったら、来ようかしらね」
「そうだな」

そう言って、フィオナさんたちはじゃあね〜と店を後にした。
と、ちょうど二人が店を出た時に、僕にもとに美核が来る。

「フィオナさんたち、行っちゃったんだ?」
「うん。これからまた指輪探し再開だってさ」
「そっかぁ……」

僕が言うと、美核は店の外を見て、指輪かぁ……と呟く。

「……やっぱり、欲しい?」
「……ん〜」

僕が訊くと、美核は少しだけ顔を赤くしながら考え、そして……

「今はいらないけど……でも、いつかは、欲しい、かな」
「……そっか」

答えると、やっぱりそうとう恥ずかしかったのか、美核はすぐにじゃ、じゃあ仕事戻るね!と店の奥に向かってしまった。
……そうだね。いつか、いつかは、美核に、あげよう。
そう思いながら、僕も仕事に戻るのだった。
11/12/09 20:42更新 / 星村 空理
戻る 次へ

■作者メッセージ
××××××××××××××××××××××××××××××

この話の落ちというか、蛇足的後日談

「お疲れ様〜って、うわっ!!空理なにやってるの!?」
「お疲れ〜」

営業時間を過ぎ、片付けを終えたあと、ある作業をしていた僕を見て美核が驚いた。

「いや、お疲れ〜じゃなくって、なにそれ黒っ!?しかも宙に浮いてる!?」
「あー、これ?」

美核が黒っ!?とか言いながら指差したのは、まぁ美核の表現通り、黒くて宙に浮いてるなにかだ。
……何かって言っても、ものじゃないけどね……
僕がとりあえず答えようとすると、美核はそういえばなんか見たことのあるような……と、なにかに気がついたようだ。
まぁともかく、僕は美核の質問にとりあえず答えとく。

「まぁ、なんていうか……面白いものかな?」
「面白いって、それが?」
「うん、これが」
「うーん、まいっか」

じゃあ部屋にいるわ。
そう言って、美核は自室に戻っていく。
なんというか、あの日から美核のスルースキルが高くなってきた気がする。
いやまぁもう隠すことないから堂々とオーサー使ってるからっていうのがあるけどさ……
なんて思いながら、僕は黒崎君から読み取った物語を本にしていくのだった。


××××××××××××××××××××××××××××××


解説:オーサーの能力は物語の作製と再現であるため、作者が星村である必要はない、と。
そんなどうでもいいことはともかくとして。
いかがだったでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです。
今回はノワール・B・シュバルツさんの、クロクロルートでお馴染みのクロくんこと黒崎 ゆうた君!そして、リリムルートの主人公!フィオナさんにご来店いただきました!
ノワールさん、キャラをお貸しくださり、ありがとうございます!
うまく二人を表現できてればいいのですが……
お二人の目的は指輪探し!!
無事いい指輪が手に入るといいですね!
しかし、やっぱり書いてて恨めしいというか羨ましいというか……
と、ともかく次回です!
次回は星村は名前だけ知っているあの夫婦と一人の軍曹……二組のお客様をお迎えします!
サブタイは“ポトフ”!
楽しみにしてくださると嬉しいです。
さて、今回はここで。
感想をくださると嬉しいです!
では、星村でした。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33