第七楽句〜夜は暗く静かに過ぎてゆく〜
それは、三年前の記憶。
教団の師団訓練施設の一室で、私と、私たちの部隊を統括する私の上司に当たる男性が対峙していた。
統括は、椅子に腰掛けながら、教団の一部の司教などの下卑たものと違った、人当たりの良い笑みを浮かべながら私に話しかける。
「さて、休養日明けだけれども、どうだったかな?息抜きになったかい?」
「ええ、まぁ。お陰様で落ち着いた時間を過ごさせていただきました」
「と、言うことはやっぱり愛しの彼のところにいったのかい?」
「愛しのって、何を言ってるんですか……彼はそういうのじゃなくて、良き友人ですよ」
「おやおや、顔を赤くして……乙女だねぇ……」
「っ!!そっ、そんな話をするために私を呼んだわけではないですよね!?」
「ああ、そうだったね。すまない」
統括の指摘に気恥ずかしくなって、私は本題を出すように促した。
と、それまで部屋に充満していた教団の戦闘部隊に似合わぬ普通に和やかな空気が、急に暗く冷たいものに変わる。
「……また、任務だよ」
「ターゲットは?」
「大丈夫、ただの大罪人さ。近隣の町で目撃情報があったから、さっさと見つけてやっちゃってってさ。はいこれ資料、移動中にでも見といて」
「わかりました。すぐにでも向かいます」
「……すまないね」
部屋を出ようとする私に対し、統括は謝ったため、私は足を止め、振り返った。
「何故謝ってるんですか?」
「……本来なら、君たちはまだ訓練と調整が必要でここにいるべきなのに、無理させちゃってるし、それに……嫌な仕事、押し付けちゃってるからね」
そんな統括の言葉に、私は苦笑をした。
まったく、この人は本当に優しいな……
まだ訓練が終わってないからと、そう言って私たちに回された仕事を減らして残りを突っぱねたり、私たちの負担になりすぎないように楽な仕事ばかりを選んでくれてたり。
この人の方が私たちの何倍も苦労してるのに、それでもすまないと言う。
まったく本当に、この人の下につけてよかった。
そう思いながら、私は何を言ってるんですかと言う。
「元々私たちはそういう仕事のために訓練してるんですよ?だから、いい実践訓練になります。それに、そんなに嫌じゃないですよ。……罪のないヒトを殺すより、ずっとマシですから」
「……ありがとう」
「では、いって参りますね」
統括の礼を聞いて少し微笑みながら、私は今度こそ部屋を出て、任務への準備をする。
……あの頃は、すごくとまで言わなくても、でも、幸せだった。
いい上司に恵まれ、私のことを知ってなお普通に接してくれる友人がいて……少し、恋もしていたりして……
でも、そんな幸せは、それから二年も……いや、一年と続かなかった。
結局それは、三年前の話なのだ。
今とは、違うのだ。
××××××××××××××××××××××××××××××
「……ほれ、ココアじゃ。暖まるから飲むとよい」
そう言ってメリカさんが出してくれたココアを、ありがとうございます。とお礼を言ってから僕は飲み始める。
エルが去って、僕は話を聞くために、とメリカさんの部屋に連れてこられた。
ココアの温かさが体に広がっていき、ほぅとため息をつく。
「……どうやら、幾分か落ち着いたようじゃの」
「ええ、まぁ」
「……そしたら、いいかの、話を訊いても」
「……はい。何から話した方がいいでしょうか?」
僕が訊くと、メリカさんは、ふむ、そうじゃの……と少し考えたあとで訊く。
「まずは、なにがあったのか、じゃの。アミリの様子から、よくないことが起きたのは明白じゃがの」
「アミリちゃん……?が、どうしたんですか?」
「む?知らんのか。わしらはアミリが廊下で倒れてたのを見つけて急いでお主を探したんじゃが……その時は一緒しなかったのか?」
「え?倒れたってまさか……!!」
「大丈夫じゃ。弱ってはいたが気絶ですんどる。外傷もない」
「そう……ですか」
そう答えながらも、僕はアミリちゃんはきっと襲われないだろうとたかをくくって一人でその場を後にしたことを後悔した。
あの時一緒に逃げてれば、アミリちゃんを危険な目に合わせないですんだのに……!
「まぁ、気がついてこちらに来れるようなら来いと伝えるように言っておいたから、あとでここにくるだろう。さて、話が逸れたな。結局なにがあったのじゃ?」
「そうですね……お風呂を出た時にアミリちゃんに会って……」
そして、僕は今までの経緯を話す。
僕の部屋に侵入者がいて、僕を殺しに来ていて、あの部屋まで逃げたこと……
流石に死のうと思っていたとかそういうことは省いたけど、状況を飲み込めるような説明をするように努力する。
そして、説明を終えた僕はすぐにメリカさんに頭を下げて謝る。
「……すみません、メリカさん。アミリちゃんを危険な目に合わせてしまって。あいつなら、僕だけを狙ってくるとたかをくくってて……」
「いや、いい。大事には至ってないし、怪我もしなかったからの。……それよりお主、あいつならと言っておったが、あの侵入者のことを知っておるのか?」
「ええ、まぁ」
「そしたらあやつはいったいなんなのじゃ?」
「彼女は……」
訊かれて僕は、彼女のことを、彼女から聞いたままに答える。
メシュエル・ラメスエラ
教団枢機機関によって育成された戦闘用聖女で、“黄泉の神殿”と呼ばれている……
と、そこまで言って僕は言葉を止める。
彼女の関係は、なんと言えばいいのだろう……
そう考えていると、メリカさんが、む、どうかしたのか?と声をかけてきたので、とりあえず僕はその時自然に感じた言葉を言う。
メシュエル・ラメステラ、彼女は……
「……僕の、親友です」
「親友、とな?」
僕の言葉に、メリカさんは眉をひそめる。
そして、ならなぜ……とつなげようとしたその時……
「ハーおにぃちゃん!!」
ダンッ!と部屋の扉が勢いよく開き、アミリちゃんが入ってきた。
そして、辺りを見渡して僕を見つけると、一直線に走って抱きついてくる。
「アミリちゃん……」
「よかった、よかったのです……ハーおにぃちゃんが無事で、みんなみたいにならなくて……本当に」
「……心配してくれてありがとうね、アミリちゃん」
「……はい、なのです。……おねぇさんの言ったとおり、ハーおにぃちゃんが怪我しなくて、よかったです……」
「む?」
「え?」
アミリちゃんの言葉に、僕たちは首を傾げる。
「おねぇさんって、エルのこと?」
「える?」
「ああと……メシュエル・ラメステラ。僕の部屋にいたあの人だよ」
「あ、うんうん。そうなのです」
「そやつが、ハーラデス殿を傷つけないと?」
「言ったのです」
「そしたら、なにゆえここを襲撃したのじゃ?傷つける気がないのなら、ここに来なければよいじゃろう」
「それは……」
答えようとして、僕は少しつまる。
教団の任務で、と言えば傷つける気がないと言う言葉に矛盾がでるし、死ににきたと言えば嫌な話題となり、最悪、僕の過去の話になる。
もうこの際過去を隠す気はないけど、それでも話すのには気が引ける。
そう考えながら僕は、どう答えたらいいのかわからないまま答えを口走ってしまった。
「僕に会いにきた、ようでした」
「は?」
「え?」
「あ」
僕の言葉にキョトンとする二人を見て、僕はもう一度自分が何を言ったのか思い返し、そしてしまったと後悔した。
「……お主、なにを馬鹿なことを言っておるのじゃ?」
「あ、いえ、別に間違ったことは言ってな……」
「そうなんじゃが、いやしかしそれにしては妙な……」
「うーん、でも、おねぇさんはおにぃちゃんのお友達だし、傷つける気はないって言ってたし、おかしくはない、かなぁ?」
「しかし傷つける気はないと言っても、あの侵入者はハーラデス殿に迫っていて……いや待て。まさか……」
アミリちゃんが納得しそうなのに反論して、メリカさんはふとなにかを思いついたように考え込む。
あやつはハーラデス殿の友人で、教団の……
ハーラデス殿はずっと教団から……
たしかあの部屋には……
二年前の……
そうブツブツつぶやいてから、スッと顔をあげて、メリカさんは答えに辿り着いた。
「もしかしてあやつは、ハーラデス殿にピアノを弾かせようとした、のか?」
「え?ハーおにぃちゃんに?」
「…………」
メリカさんの問いに、僕は答えない。
しかしこの場合は、沈黙は是の意味を示していた。
「なるほど、の。すべて理解できた。あの日の再現、と言ったところか。まったく、友人を殺したくないとはいえ、酷なことをするもんじゃ」
「あの日って?」
「あ、それは、じゃな……」
「ハーおにぃちゃん、ピアノ弾けるの?」
「そうだなぁ……弾けない、ね」
「……メリカおねぇちゃんも、ハーおにぃちゃんも、アミィに隠し事、してるでしょ?」
言い淀む僕たちに、アミリちゃんは悲しそうな顔をする。
「……やっぱり、あるんだ、隠し事」
「「…………」」
「あのね、ハーおにぃちゃんは、アミィの恩人さんなのです。アミィに幸せになるような演奏を聴かせてくれて、そして、目が見えるようになりたいって、そう思わせてくれた人なのです。だから……」
今度はアミィがハーおにぃちゃんを助けたいのです。
そう言って、アミリちゃんは真剣な顔で僕を見る。
そんなの、隠し事には関係ないよ……
僕はそう言って切り捨てることは、出来なかった。
アミリちゃんは、僕のことを思ってくれている。
好きとかそういうのかはわからないけど、でも、助けてくれようとしてくれる。
だから僕は、アミリちゃんにできるだけ応えたくなった。
「わかった。じゃあ、全部教えてあげるよ」
覚悟を決めて、僕はすべてを話すことにする。
メリカさんが少し驚いたような顔をして僕のことを見てきたので、僕は無言で頷く。
元々この話を口止めしていたのは僕だ。アミリちゃんにはきつい話だからという理由もあるだろうけど、口止めしていた僕から話すから、きっと許してくれるだろう。
しかし、まずはなにから話したものか……
そうだね、最初は……
「まずは、僕が教団に狙われてるのと、僕がピアノを弾かない、その二つの元凶となる事件から話そっか」
「……あれか……」
「ええ。二年前に起きた、“レクイエム事件”。僕が死んでしまった母のために、と開いた演奏会で起きたその事件の内容は、とても簡単」
そこで一旦止めてから、僕は教団に追われていることとピアノを演奏しなくなったことの、この二つの理由を、とてもわかりやすく伝わるような一言を言う。
「僕の演奏を聴いた人全員が、死んじゃったんだ」
教団の師団訓練施設の一室で、私と、私たちの部隊を統括する私の上司に当たる男性が対峙していた。
統括は、椅子に腰掛けながら、教団の一部の司教などの下卑たものと違った、人当たりの良い笑みを浮かべながら私に話しかける。
「さて、休養日明けだけれども、どうだったかな?息抜きになったかい?」
「ええ、まぁ。お陰様で落ち着いた時間を過ごさせていただきました」
「と、言うことはやっぱり愛しの彼のところにいったのかい?」
「愛しのって、何を言ってるんですか……彼はそういうのじゃなくて、良き友人ですよ」
「おやおや、顔を赤くして……乙女だねぇ……」
「っ!!そっ、そんな話をするために私を呼んだわけではないですよね!?」
「ああ、そうだったね。すまない」
統括の指摘に気恥ずかしくなって、私は本題を出すように促した。
と、それまで部屋に充満していた教団の戦闘部隊に似合わぬ普通に和やかな空気が、急に暗く冷たいものに変わる。
「……また、任務だよ」
「ターゲットは?」
「大丈夫、ただの大罪人さ。近隣の町で目撃情報があったから、さっさと見つけてやっちゃってってさ。はいこれ資料、移動中にでも見といて」
「わかりました。すぐにでも向かいます」
「……すまないね」
部屋を出ようとする私に対し、統括は謝ったため、私は足を止め、振り返った。
「何故謝ってるんですか?」
「……本来なら、君たちはまだ訓練と調整が必要でここにいるべきなのに、無理させちゃってるし、それに……嫌な仕事、押し付けちゃってるからね」
そんな統括の言葉に、私は苦笑をした。
まったく、この人は本当に優しいな……
まだ訓練が終わってないからと、そう言って私たちに回された仕事を減らして残りを突っぱねたり、私たちの負担になりすぎないように楽な仕事ばかりを選んでくれてたり。
この人の方が私たちの何倍も苦労してるのに、それでもすまないと言う。
まったく本当に、この人の下につけてよかった。
そう思いながら、私は何を言ってるんですかと言う。
「元々私たちはそういう仕事のために訓練してるんですよ?だから、いい実践訓練になります。それに、そんなに嫌じゃないですよ。……罪のないヒトを殺すより、ずっとマシですから」
「……ありがとう」
「では、いって参りますね」
統括の礼を聞いて少し微笑みながら、私は今度こそ部屋を出て、任務への準備をする。
……あの頃は、すごくとまで言わなくても、でも、幸せだった。
いい上司に恵まれ、私のことを知ってなお普通に接してくれる友人がいて……少し、恋もしていたりして……
でも、そんな幸せは、それから二年も……いや、一年と続かなかった。
結局それは、三年前の話なのだ。
今とは、違うのだ。
××××××××××××××××××××××××××××××
「……ほれ、ココアじゃ。暖まるから飲むとよい」
そう言ってメリカさんが出してくれたココアを、ありがとうございます。とお礼を言ってから僕は飲み始める。
エルが去って、僕は話を聞くために、とメリカさんの部屋に連れてこられた。
ココアの温かさが体に広がっていき、ほぅとため息をつく。
「……どうやら、幾分か落ち着いたようじゃの」
「ええ、まぁ」
「……そしたら、いいかの、話を訊いても」
「……はい。何から話した方がいいでしょうか?」
僕が訊くと、メリカさんは、ふむ、そうじゃの……と少し考えたあとで訊く。
「まずは、なにがあったのか、じゃの。アミリの様子から、よくないことが起きたのは明白じゃがの」
「アミリちゃん……?が、どうしたんですか?」
「む?知らんのか。わしらはアミリが廊下で倒れてたのを見つけて急いでお主を探したんじゃが……その時は一緒しなかったのか?」
「え?倒れたってまさか……!!」
「大丈夫じゃ。弱ってはいたが気絶ですんどる。外傷もない」
「そう……ですか」
そう答えながらも、僕はアミリちゃんはきっと襲われないだろうとたかをくくって一人でその場を後にしたことを後悔した。
あの時一緒に逃げてれば、アミリちゃんを危険な目に合わせないですんだのに……!
「まぁ、気がついてこちらに来れるようなら来いと伝えるように言っておいたから、あとでここにくるだろう。さて、話が逸れたな。結局なにがあったのじゃ?」
「そうですね……お風呂を出た時にアミリちゃんに会って……」
そして、僕は今までの経緯を話す。
僕の部屋に侵入者がいて、僕を殺しに来ていて、あの部屋まで逃げたこと……
流石に死のうと思っていたとかそういうことは省いたけど、状況を飲み込めるような説明をするように努力する。
そして、説明を終えた僕はすぐにメリカさんに頭を下げて謝る。
「……すみません、メリカさん。アミリちゃんを危険な目に合わせてしまって。あいつなら、僕だけを狙ってくるとたかをくくってて……」
「いや、いい。大事には至ってないし、怪我もしなかったからの。……それよりお主、あいつならと言っておったが、あの侵入者のことを知っておるのか?」
「ええ、まぁ」
「そしたらあやつはいったいなんなのじゃ?」
「彼女は……」
訊かれて僕は、彼女のことを、彼女から聞いたままに答える。
メシュエル・ラメスエラ
教団枢機機関によって育成された戦闘用聖女で、“黄泉の神殿”と呼ばれている……
と、そこまで言って僕は言葉を止める。
彼女の関係は、なんと言えばいいのだろう……
そう考えていると、メリカさんが、む、どうかしたのか?と声をかけてきたので、とりあえず僕はその時自然に感じた言葉を言う。
メシュエル・ラメステラ、彼女は……
「……僕の、親友です」
「親友、とな?」
僕の言葉に、メリカさんは眉をひそめる。
そして、ならなぜ……とつなげようとしたその時……
「ハーおにぃちゃん!!」
ダンッ!と部屋の扉が勢いよく開き、アミリちゃんが入ってきた。
そして、辺りを見渡して僕を見つけると、一直線に走って抱きついてくる。
「アミリちゃん……」
「よかった、よかったのです……ハーおにぃちゃんが無事で、みんなみたいにならなくて……本当に」
「……心配してくれてありがとうね、アミリちゃん」
「……はい、なのです。……おねぇさんの言ったとおり、ハーおにぃちゃんが怪我しなくて、よかったです……」
「む?」
「え?」
アミリちゃんの言葉に、僕たちは首を傾げる。
「おねぇさんって、エルのこと?」
「える?」
「ああと……メシュエル・ラメステラ。僕の部屋にいたあの人だよ」
「あ、うんうん。そうなのです」
「そやつが、ハーラデス殿を傷つけないと?」
「言ったのです」
「そしたら、なにゆえここを襲撃したのじゃ?傷つける気がないのなら、ここに来なければよいじゃろう」
「それは……」
答えようとして、僕は少しつまる。
教団の任務で、と言えば傷つける気がないと言う言葉に矛盾がでるし、死ににきたと言えば嫌な話題となり、最悪、僕の過去の話になる。
もうこの際過去を隠す気はないけど、それでも話すのには気が引ける。
そう考えながら僕は、どう答えたらいいのかわからないまま答えを口走ってしまった。
「僕に会いにきた、ようでした」
「は?」
「え?」
「あ」
僕の言葉にキョトンとする二人を見て、僕はもう一度自分が何を言ったのか思い返し、そしてしまったと後悔した。
「……お主、なにを馬鹿なことを言っておるのじゃ?」
「あ、いえ、別に間違ったことは言ってな……」
「そうなんじゃが、いやしかしそれにしては妙な……」
「うーん、でも、おねぇさんはおにぃちゃんのお友達だし、傷つける気はないって言ってたし、おかしくはない、かなぁ?」
「しかし傷つける気はないと言っても、あの侵入者はハーラデス殿に迫っていて……いや待て。まさか……」
アミリちゃんが納得しそうなのに反論して、メリカさんはふとなにかを思いついたように考え込む。
あやつはハーラデス殿の友人で、教団の……
ハーラデス殿はずっと教団から……
たしかあの部屋には……
二年前の……
そうブツブツつぶやいてから、スッと顔をあげて、メリカさんは答えに辿り着いた。
「もしかしてあやつは、ハーラデス殿にピアノを弾かせようとした、のか?」
「え?ハーおにぃちゃんに?」
「…………」
メリカさんの問いに、僕は答えない。
しかしこの場合は、沈黙は是の意味を示していた。
「なるほど、の。すべて理解できた。あの日の再現、と言ったところか。まったく、友人を殺したくないとはいえ、酷なことをするもんじゃ」
「あの日って?」
「あ、それは、じゃな……」
「ハーおにぃちゃん、ピアノ弾けるの?」
「そうだなぁ……弾けない、ね」
「……メリカおねぇちゃんも、ハーおにぃちゃんも、アミィに隠し事、してるでしょ?」
言い淀む僕たちに、アミリちゃんは悲しそうな顔をする。
「……やっぱり、あるんだ、隠し事」
「「…………」」
「あのね、ハーおにぃちゃんは、アミィの恩人さんなのです。アミィに幸せになるような演奏を聴かせてくれて、そして、目が見えるようになりたいって、そう思わせてくれた人なのです。だから……」
今度はアミィがハーおにぃちゃんを助けたいのです。
そう言って、アミリちゃんは真剣な顔で僕を見る。
そんなの、隠し事には関係ないよ……
僕はそう言って切り捨てることは、出来なかった。
アミリちゃんは、僕のことを思ってくれている。
好きとかそういうのかはわからないけど、でも、助けてくれようとしてくれる。
だから僕は、アミリちゃんにできるだけ応えたくなった。
「わかった。じゃあ、全部教えてあげるよ」
覚悟を決めて、僕はすべてを話すことにする。
メリカさんが少し驚いたような顔をして僕のことを見てきたので、僕は無言で頷く。
元々この話を口止めしていたのは僕だ。アミリちゃんにはきつい話だからという理由もあるだろうけど、口止めしていた僕から話すから、きっと許してくれるだろう。
しかし、まずはなにから話したものか……
そうだね、最初は……
「まずは、僕が教団に狙われてるのと、僕がピアノを弾かない、その二つの元凶となる事件から話そっか」
「……あれか……」
「ええ。二年前に起きた、“レクイエム事件”。僕が死んでしまった母のために、と開いた演奏会で起きたその事件の内容は、とても簡単」
そこで一旦止めてから、僕は教団に追われていることとピアノを演奏しなくなったことの、この二つの理由を、とてもわかりやすく伝わるような一言を言う。
「僕の演奏を聴いた人全員が、死んじゃったんだ」
12/08/21 22:41更新 / 星村 空理
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