第五章「情報、そして……」
……………………ん…………?
不意に嫌な感覚がして、僕は目を覚ます。
ここは………………たしか……
と、そこまで考えたのだが、僕は、一旦それを保留しなければならなくなった。
何故なら…………
「……………………で、なんで二人がここにいるのかな? それもこそこそと隠れるように…………」
目の前に、アーシェとラナさんがこそこそと動いていたからだ。
二人は、僕が起きていることに気がつくと、気不味そうな苦笑いをした。
「え……いや、な? これは、お主を起こそうと思っての?」
「そうそう。そうよ。決して襲いに来たわけじゃあ…………」
「……………………はぁ…………」
そんな二人の様子に、僕は溜息つく。
大体ここに滞在し始めて一週間。毎日こうなんだから、そりゃ溜息をつきたくもなる…………
最初のうちは、ベットに侵入されたりしたんだけど、流石にこんなに連続で来られると慣れてくる。
ところで…………
「ここ、どこだっけ…………?」
「お主はまたか!?」
いつものように忘れていた。
いや、流石に一週間ここにいれば自分の部屋くらいは分かるが、残念ながらここは僕に割り振られた部屋ではない。
僕の部屋はこう……もっと飾りっ気がない。
しかし、ここは僕の部屋と違って、こう……女性らしい……と言えばいいんだろうか……?
ちなみに、僕とアーシェは別々の部屋を割り当てられている。
そして、この洞窟の構造なんだけど……それぞれの部屋の前に、別の空洞が広がっている、という風になっている。
どうやら、居住スペースで戦闘を行わないよう配慮してこうなっているらしい。
そして、前にアーシェとラナさんが暴れていたのはその空きスペースだったらしい。
どんだけ凄いんだろうな、ここ…………
まぁ、それはともかく、今僕は他の人の居住スペースを借りている、ということになる。
でも、誰に借りたんだろう…………?
「ここは二ティカの部屋よ。たしか、流石に毎日襲われるのは嫌なんで、今日だけ部屋を変えて欲しいって頼まれたって言っていたわね。本当に忘れたの?」
二ティカさん…………………………………………ああ、思い出した。
「そうだった。昨日の夜に二ティカさんに頼んだんだった」
「………………本当に忘れてたのね…………何回か見たっていうのに、まだ信じられないわ……こんなにも物忘れが激しいなんて…………」
「たしかにの。これではまるで…………誰かに………………?」
何かを言おうとして、アーシェは止まった。
どうやら、何かに気付き、考えているようである。
そして、少し考えた後、ポツリと呟いた。
「…………そういえば、鶴城達に出会って話している時に、蓮杖のやつが何か言っておったのぅ…………たしか…………」
「…………“魔法っていうのは、とても理不尽だ。でも、理不尽だからこそ平等だ。相手に理不尽な力を放ち、そして自分には………………”」
…………僕は、アーシェの言おうとした智也の台詞を紡ぐ。
ただし、途中まで。
ここから先は、あまり心配されたくないので、自分からは言わない。
アーシェが思い出さなければ、知らないままで終わる。
しかし、それを聞いたアーシェは、内容を完全に思い出したようで、僕が言わなかった台詞の続きを、僕の代わりに言った。
「………………“そして自分には、代償を払わせるのだから”……」
それは、智也が魔法について説明する時に、必ず言う台詞。
僕も、彼から話しを聞いた時、一番最初に聞かされた。
「……思い出したぞ。そうじゃ。魔法には、みな代償がある。…………ルシア、何故隠していた?」
「いや、隠してたわけじゃないんだけどね…………ただ、言いにくかったんだ……心配かけたくなくて…………」
アーシェが少し怒ったように訊いてくるので、僕は苦笑しながらも誤魔化さずに答えた。
「………………んで、その代償っていうのはいったいなんなの? …………と言っても、大体予想はつくけど……」
「ははは……予想ついてるならいいじゃないですか……」
まさに確認、といった感じでラナさんは訊いてきている。
たぶん、二人とも、代償がなんなのか、分かっている。
でも、本人の口から直接聞かないと信じることができない。
いや、信じたくないって言うのが正確かな?
だって、二人とも僕にレテを使わせていたんだから…………
…………二人の目を見る限り、誤魔化しは効きそうにない…………
…………仕方がない。話そう…………
意を決し、僕は答えた。
「…………僕の魔法、“レテ”、その代償は簡単です。“僕が不定期にランダムでレテの効果を受ける”というものなんですから」
「「…………………………………………」」
僕の答えを聞いて、二人は黙ってしまった。
……おそらく、負い目を感じているんだろう。
「何故、早くに言わなかった? 言ってくれたのなら、なんとか…………」
「なんともならないから、魔法なんだよ……事実、“レテ”を使っても使わなくても、僕の記憶は消えていってるんだから…………」
「それでも、それでもじゃ。もしかしたら、力を使わなければ、ある程度レテの影響も…………」
「大丈夫だよ。さほど被害が大きいわけではないしね。………………それより、アーシェ、一つ訊きたいんだけど、いいかな?」
これ以上この話題はしたくない。
だから、僕は少し強引に話題を変えた。
そんな僕の意図を察したのか、アーシェは何かを言おうとして…………その言葉を飲み込み、僕の話題に合わせた。
「…………大丈夫でない…………が、お主にとってはそっちの訊きたいことの方が重要なんじゃろうな……」
「うん。そうだね。あのさ、フィスの話しなんだけど、彼女の呪いって、解ける?」
「ふむ………………難しそうじゃの。第一、まず本人を見てみなければ分からんよ」
「そっか…………」
やっぱり、フィスがいないとそこらへんはわからないか…………
「あ、そうだった!!」
と、不意にラナさんが大声を出したので、少し驚いて僕たちは同時にラナさんの方向を向いた。
「どうしたんですか? ラナさん?」
「うむ、突然叫んだりしおって。驚いたではないか」
「あ、いや、情報が入ったのよ」
「「なんの?」」
「フィスってアリスの」
「「なんでそんな重要なことすぐに話さなかった!!」」
ラナさんがとんでもないことを言ってきたので、僕達は同時に叫んでしまった。
「え、あ、いやぁ…………届いたの朝早くだったし……あなた達といると楽しくて……なんだか忘れちゃってたのよ…………」
「いや、楽しいからってそんな重要なこと忘れないでくださいよ…………」
「そうじゃな。忘れっぽいのはルシアだけで十分じゃ…………」
「全くね…………」
「ははは……面目ないです…………で、どうでしたか?」
「うん。いたわよ。知り合いのところに。突然現れたアリスが。事情を訊いて俄かに信じられなかったらしいけど、私の連絡で信じたらしいわ」
「そうですか…………それで、フィスは今どこに…………?」
「それが…………ねぇ…………?」
何故か、ラナさんは意地の悪そうな顔をしながらアーシェの方を向いた。
そして、そのままの状態で話しを続ける。
「それがね、ミラーサバトって集まりに保護されてるのよ…………」
「……!? …………………………………………」
「え? ミラー? それって…………」
僕はアーシェを見る。
と、アーシェにプイと顔をそらされてしまった。
となるとやっぱり…………
「アーシェのサバト…………なんですか? でも、アーシェは…………」
「そう。アーシェはサバトを持ってない。じゃあ、誰でしょう……?」
ニヤニヤしながらラナさんはアーシェの方を向く。
と、アーシェはラナさんから顔をそらそうとして、今度は僕の方を向いてきた。
…………あ、またそらした。
……で、今度はラナさんの方…………
どちらを向いても顔を背けなきゃならなくなって、アーシェはオロオロし始めた。
………………ちょっと可愛いな…………
そう思い、微笑しながらも、僕は考える。
アーシェと同じミラーと言う名前。
アーシェはバフォメットである。
なら……………………
「…………あ、もしかしてアーシェの………………」
「……………………そうじゃ、わしの母上のサバトじゃ…………」
僕が気がついたのが分かると、アーシェは観念したように言った。
やっぱり。それならアーシェと同じ名前でもおかしくはない。
「で、さらにそのミラーサバトから報告。もしかしたら、フィスちゃんの呪い、解けるかもしれないって」
「本当ですか!?」
「うん。呪いっていうのがなんなのか、本当にあるのか気になって調べたらしくて、で、その構成さえ弄ってしまえば術自体がその負荷に耐えられずに壊れるだろう…………だったかしら? まぁ、そんなことを言っていたわけよ」
「そっか………………よかった…………これで、フィスと…………」
「…………………………………………」
ホッとした。
…………彼女の恋人になってから、もう4年も経っていた。
長かったな…………
でも、これで、やっとフィスとずっと一緒にいられる。
と、感慨にふけりかけて、ふと違和感があることに気がつく。
「…………? どうしたの、アーシェ? さっきから黙ったままで…………?」
「…………む? いや、なんでもない。なんでもないぞ」
「…………そう? なら、いいけど…………」
むぅ、気のせいだったのだろうか…………
まぁ、今はそれよりも大事なことがある。
「で、ラナさん。そのミラーサバトってところは、どこにあるんですか?」
「ここからそう遠くはないわ。まぁ、そうは言っても歩いて最低一週間はかかるでしょうけどね」
「そうですか、じゃあ_________」
僕が言葉を続ける前に、ラナさんの服の一部が光る。
…………通信だろうか…………?
『ラナ様!!聞こえてますか!?』
「ええ。聞こえているわ。どうしたの、二ティカ」
ラナさんが取り出した紙から、二ティカさんの声が響いた。
その声は、焦っているように思える。
『逃げてください!!』
その言葉に、ここにいる全員が驚いた。
「いったい、何があったのじゃ?」
その中でも、比較的冷静な部類に入るアーシェが状況の説明を求める。
『それが、侵入者が…………』
「それだけなら特に問題はないじゃろう」
そう。侵入者が入っていても、それはダンジョンであるここでは日常である。特に問題ではない。
『それが、異常に強くて……』
「それこそ、ここでは一番あり得ることじゃないのか?」
『そうじゃないんです!!侵入者が……依頼を受けたって…………』
「依頼…………?」
『もしかしたら、ここにいる全員が殺されるかもしれません!!』
「「「……………………………………」」」
二ティカさんの言葉に、全員が黙る。
殺される、とは……穏やかじゃないな…………
「いったい、その依頼って言うのは、なんですか?」
念の為に、僕は訊いてみる。
もしかしたら、何かの勘違いかもしれないし…………
…………いや、違う。認めたくないだけだ…………
……………………少し、依頼内容を言うことを躊躇っていたが、二ティカさんは言ってくれた。
『依頼……それは…………“ここにいる魔物全てを…………処分する”、だそうです!!』
「…………そう、ですか…………」
『現在、全員逃がそうとしていますが、軽傷者50、重傷者40の被害が出てます!!…………まだ死者は出ていませんが……このままだと……………………ラナ様達もお逃げください!!』
「お主はどうするのじゃ、二ティカ?」
『私は…………他の魔物達と連絡を取って逃がそうと思っています!!では、早く逃げて下さいね!!』
そう言うと、通信は切れてしまった。
「「「………………………………………………」」」
僕達は、みんなして黙っている。
誰も、動こうとしていない。
「…………さて、二ティカはああ言ってるが…………?」
獰猛な笑みを浮かべながら、アーシェは言う。
「ええ。言ってるわね。……………………で、それがどうしたの?」
…………ラナさんは、凄絶な笑みを浮かべながら答えた。
ラナさんが怒っているのが、手に取るようにわかった。
…………ここ一週間で、こんなに起こっているラナさんは、見たことがない。初めてだ…………
「それより、あなた達はどうするの?別に逃げてもいいわよ?フィスちゃんの居場所、アーシェなら分かるでしょう?死んじゃう可能性だってあるのよ?」
「ふん、ここで友人を見捨てようものなら、それこそ死んだ方がましじゃ」
「アーシェはこう言ってるし、僕もそんなことするくらいなら死んだ方がましです…………それに、フィスに嫌われてしまいますからね」
僕らの考えていることは、全くと言っていいほど、同じだった。
「じゃあ、行きましょう?」
「そうじゃな。魔物達を殺そうとするやつらに、後悔させてやらねばな」
「僕の場合は、役に立つかどうか分かりませんがね」
…………僕達に、逃げるという考えは、全くなかった。
「まずは…………侵入者とやらを見つけないとね」
不意に嫌な感覚がして、僕は目を覚ます。
ここは………………たしか……
と、そこまで考えたのだが、僕は、一旦それを保留しなければならなくなった。
何故なら…………
「……………………で、なんで二人がここにいるのかな? それもこそこそと隠れるように…………」
目の前に、アーシェとラナさんがこそこそと動いていたからだ。
二人は、僕が起きていることに気がつくと、気不味そうな苦笑いをした。
「え……いや、な? これは、お主を起こそうと思っての?」
「そうそう。そうよ。決して襲いに来たわけじゃあ…………」
「……………………はぁ…………」
そんな二人の様子に、僕は溜息つく。
大体ここに滞在し始めて一週間。毎日こうなんだから、そりゃ溜息をつきたくもなる…………
最初のうちは、ベットに侵入されたりしたんだけど、流石にこんなに連続で来られると慣れてくる。
ところで…………
「ここ、どこだっけ…………?」
「お主はまたか!?」
いつものように忘れていた。
いや、流石に一週間ここにいれば自分の部屋くらいは分かるが、残念ながらここは僕に割り振られた部屋ではない。
僕の部屋はこう……もっと飾りっ気がない。
しかし、ここは僕の部屋と違って、こう……女性らしい……と言えばいいんだろうか……?
ちなみに、僕とアーシェは別々の部屋を割り当てられている。
そして、この洞窟の構造なんだけど……それぞれの部屋の前に、別の空洞が広がっている、という風になっている。
どうやら、居住スペースで戦闘を行わないよう配慮してこうなっているらしい。
そして、前にアーシェとラナさんが暴れていたのはその空きスペースだったらしい。
どんだけ凄いんだろうな、ここ…………
まぁ、それはともかく、今僕は他の人の居住スペースを借りている、ということになる。
でも、誰に借りたんだろう…………?
「ここは二ティカの部屋よ。たしか、流石に毎日襲われるのは嫌なんで、今日だけ部屋を変えて欲しいって頼まれたって言っていたわね。本当に忘れたの?」
二ティカさん…………………………………………ああ、思い出した。
「そうだった。昨日の夜に二ティカさんに頼んだんだった」
「………………本当に忘れてたのね…………何回か見たっていうのに、まだ信じられないわ……こんなにも物忘れが激しいなんて…………」
「たしかにの。これではまるで…………誰かに………………?」
何かを言おうとして、アーシェは止まった。
どうやら、何かに気付き、考えているようである。
そして、少し考えた後、ポツリと呟いた。
「…………そういえば、鶴城達に出会って話している時に、蓮杖のやつが何か言っておったのぅ…………たしか…………」
「…………“魔法っていうのは、とても理不尽だ。でも、理不尽だからこそ平等だ。相手に理不尽な力を放ち、そして自分には………………”」
…………僕は、アーシェの言おうとした智也の台詞を紡ぐ。
ただし、途中まで。
ここから先は、あまり心配されたくないので、自分からは言わない。
アーシェが思い出さなければ、知らないままで終わる。
しかし、それを聞いたアーシェは、内容を完全に思い出したようで、僕が言わなかった台詞の続きを、僕の代わりに言った。
「………………“そして自分には、代償を払わせるのだから”……」
それは、智也が魔法について説明する時に、必ず言う台詞。
僕も、彼から話しを聞いた時、一番最初に聞かされた。
「……思い出したぞ。そうじゃ。魔法には、みな代償がある。…………ルシア、何故隠していた?」
「いや、隠してたわけじゃないんだけどね…………ただ、言いにくかったんだ……心配かけたくなくて…………」
アーシェが少し怒ったように訊いてくるので、僕は苦笑しながらも誤魔化さずに答えた。
「………………んで、その代償っていうのはいったいなんなの? …………と言っても、大体予想はつくけど……」
「ははは……予想ついてるならいいじゃないですか……」
まさに確認、といった感じでラナさんは訊いてきている。
たぶん、二人とも、代償がなんなのか、分かっている。
でも、本人の口から直接聞かないと信じることができない。
いや、信じたくないって言うのが正確かな?
だって、二人とも僕にレテを使わせていたんだから…………
…………二人の目を見る限り、誤魔化しは効きそうにない…………
…………仕方がない。話そう…………
意を決し、僕は答えた。
「…………僕の魔法、“レテ”、その代償は簡単です。“僕が不定期にランダムでレテの効果を受ける”というものなんですから」
「「…………………………………………」」
僕の答えを聞いて、二人は黙ってしまった。
……おそらく、負い目を感じているんだろう。
「何故、早くに言わなかった? 言ってくれたのなら、なんとか…………」
「なんともならないから、魔法なんだよ……事実、“レテ”を使っても使わなくても、僕の記憶は消えていってるんだから…………」
「それでも、それでもじゃ。もしかしたら、力を使わなければ、ある程度レテの影響も…………」
「大丈夫だよ。さほど被害が大きいわけではないしね。………………それより、アーシェ、一つ訊きたいんだけど、いいかな?」
これ以上この話題はしたくない。
だから、僕は少し強引に話題を変えた。
そんな僕の意図を察したのか、アーシェは何かを言おうとして…………その言葉を飲み込み、僕の話題に合わせた。
「…………大丈夫でない…………が、お主にとってはそっちの訊きたいことの方が重要なんじゃろうな……」
「うん。そうだね。あのさ、フィスの話しなんだけど、彼女の呪いって、解ける?」
「ふむ………………難しそうじゃの。第一、まず本人を見てみなければ分からんよ」
「そっか…………」
やっぱり、フィスがいないとそこらへんはわからないか…………
「あ、そうだった!!」
と、不意にラナさんが大声を出したので、少し驚いて僕たちは同時にラナさんの方向を向いた。
「どうしたんですか? ラナさん?」
「うむ、突然叫んだりしおって。驚いたではないか」
「あ、いや、情報が入ったのよ」
「「なんの?」」
「フィスってアリスの」
「「なんでそんな重要なことすぐに話さなかった!!」」
ラナさんがとんでもないことを言ってきたので、僕達は同時に叫んでしまった。
「え、あ、いやぁ…………届いたの朝早くだったし……あなた達といると楽しくて……なんだか忘れちゃってたのよ…………」
「いや、楽しいからってそんな重要なこと忘れないでくださいよ…………」
「そうじゃな。忘れっぽいのはルシアだけで十分じゃ…………」
「全くね…………」
「ははは……面目ないです…………で、どうでしたか?」
「うん。いたわよ。知り合いのところに。突然現れたアリスが。事情を訊いて俄かに信じられなかったらしいけど、私の連絡で信じたらしいわ」
「そうですか…………それで、フィスは今どこに…………?」
「それが…………ねぇ…………?」
何故か、ラナさんは意地の悪そうな顔をしながらアーシェの方を向いた。
そして、そのままの状態で話しを続ける。
「それがね、ミラーサバトって集まりに保護されてるのよ…………」
「……!? …………………………………………」
「え? ミラー? それって…………」
僕はアーシェを見る。
と、アーシェにプイと顔をそらされてしまった。
となるとやっぱり…………
「アーシェのサバト…………なんですか? でも、アーシェは…………」
「そう。アーシェはサバトを持ってない。じゃあ、誰でしょう……?」
ニヤニヤしながらラナさんはアーシェの方を向く。
と、アーシェはラナさんから顔をそらそうとして、今度は僕の方を向いてきた。
…………あ、またそらした。
……で、今度はラナさんの方…………
どちらを向いても顔を背けなきゃならなくなって、アーシェはオロオロし始めた。
………………ちょっと可愛いな…………
そう思い、微笑しながらも、僕は考える。
アーシェと同じミラーと言う名前。
アーシェはバフォメットである。
なら……………………
「…………あ、もしかしてアーシェの………………」
「……………………そうじゃ、わしの母上のサバトじゃ…………」
僕が気がついたのが分かると、アーシェは観念したように言った。
やっぱり。それならアーシェと同じ名前でもおかしくはない。
「で、さらにそのミラーサバトから報告。もしかしたら、フィスちゃんの呪い、解けるかもしれないって」
「本当ですか!?」
「うん。呪いっていうのがなんなのか、本当にあるのか気になって調べたらしくて、で、その構成さえ弄ってしまえば術自体がその負荷に耐えられずに壊れるだろう…………だったかしら? まぁ、そんなことを言っていたわけよ」
「そっか………………よかった…………これで、フィスと…………」
「…………………………………………」
ホッとした。
…………彼女の恋人になってから、もう4年も経っていた。
長かったな…………
でも、これで、やっとフィスとずっと一緒にいられる。
と、感慨にふけりかけて、ふと違和感があることに気がつく。
「…………? どうしたの、アーシェ? さっきから黙ったままで…………?」
「…………む? いや、なんでもない。なんでもないぞ」
「…………そう? なら、いいけど…………」
むぅ、気のせいだったのだろうか…………
まぁ、今はそれよりも大事なことがある。
「で、ラナさん。そのミラーサバトってところは、どこにあるんですか?」
「ここからそう遠くはないわ。まぁ、そうは言っても歩いて最低一週間はかかるでしょうけどね」
「そうですか、じゃあ_________」
僕が言葉を続ける前に、ラナさんの服の一部が光る。
…………通信だろうか…………?
『ラナ様!!聞こえてますか!?』
「ええ。聞こえているわ。どうしたの、二ティカ」
ラナさんが取り出した紙から、二ティカさんの声が響いた。
その声は、焦っているように思える。
『逃げてください!!』
その言葉に、ここにいる全員が驚いた。
「いったい、何があったのじゃ?」
その中でも、比較的冷静な部類に入るアーシェが状況の説明を求める。
『それが、侵入者が…………』
「それだけなら特に問題はないじゃろう」
そう。侵入者が入っていても、それはダンジョンであるここでは日常である。特に問題ではない。
『それが、異常に強くて……』
「それこそ、ここでは一番あり得ることじゃないのか?」
『そうじゃないんです!!侵入者が……依頼を受けたって…………』
「依頼…………?」
『もしかしたら、ここにいる全員が殺されるかもしれません!!』
「「「……………………………………」」」
二ティカさんの言葉に、全員が黙る。
殺される、とは……穏やかじゃないな…………
「いったい、その依頼って言うのは、なんですか?」
念の為に、僕は訊いてみる。
もしかしたら、何かの勘違いかもしれないし…………
…………いや、違う。認めたくないだけだ…………
……………………少し、依頼内容を言うことを躊躇っていたが、二ティカさんは言ってくれた。
『依頼……それは…………“ここにいる魔物全てを…………処分する”、だそうです!!』
「…………そう、ですか…………」
『現在、全員逃がそうとしていますが、軽傷者50、重傷者40の被害が出てます!!…………まだ死者は出ていませんが……このままだと……………………ラナ様達もお逃げください!!』
「お主はどうするのじゃ、二ティカ?」
『私は…………他の魔物達と連絡を取って逃がそうと思っています!!では、早く逃げて下さいね!!』
そう言うと、通信は切れてしまった。
「「「………………………………………………」」」
僕達は、みんなして黙っている。
誰も、動こうとしていない。
「…………さて、二ティカはああ言ってるが…………?」
獰猛な笑みを浮かべながら、アーシェは言う。
「ええ。言ってるわね。……………………で、それがどうしたの?」
…………ラナさんは、凄絶な笑みを浮かべながら答えた。
ラナさんが怒っているのが、手に取るようにわかった。
…………ここ一週間で、こんなに起こっているラナさんは、見たことがない。初めてだ…………
「それより、あなた達はどうするの?別に逃げてもいいわよ?フィスちゃんの居場所、アーシェなら分かるでしょう?死んじゃう可能性だってあるのよ?」
「ふん、ここで友人を見捨てようものなら、それこそ死んだ方がましじゃ」
「アーシェはこう言ってるし、僕もそんなことするくらいなら死んだ方がましです…………それに、フィスに嫌われてしまいますからね」
僕らの考えていることは、全くと言っていいほど、同じだった。
「じゃあ、行きましょう?」
「そうじゃな。魔物達を殺そうとするやつらに、後悔させてやらねばな」
「僕の場合は、役に立つかどうか分かりませんがね」
…………僕達に、逃げるという考えは、全くなかった。
「まずは…………侵入者とやらを見つけないとね」
10/10/06 10:24更新 / 星村 空理
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